【PF08】偽想郷への誘い

担当もこな
タイプグランド 事件
舞台アメリカ(America)
難度やや難しい
SLvB(アメリカ程度)
オプ
出発2019/03/04
結果失敗
MDPナタク・ルシフェラーゼ(pa0155)
準MDPメレディス・メイナード(pa0098)
フロウティア・モリスン(pa0099)
陳晶晶(pa2267)
オリバー・カートライト(pa1468)
リラ・ミルン(pa0389)
シグナ・ガントレット(pa0058)
馬並京介(pa0036)
莫水鏡(pa0196)

オープニング

◆倉庫街にて
 レヴィ・アルシア(pz0015)はニューヨークの古い倉庫街の一画に佇んでいた。
 この倉庫街の地下にはいくつもの地下廃線が残っており、連中はそこをアジトとしているようだ。
 この倉庫群のひとつにアジトへの入り口があり、レヴィはそこに乗り込む機会を窺っていた。

 逮捕された新月部隊員は洗脳されていることが分かり、それを解除したところ、どうやら活動の記憶を残している者がいることが分かった。

登場キャラ

リプレイ

◆アジト襲撃直前
 機は熟す、その少し前。
 このときはまだ皆、あれほどの悪夢に襲われるなど、考えてもいなかった。
「新月部隊がこれまでにしてきた行為。私達の仲間や先生を傷付けてきた。私はそれを許す訳にはいかない。私はテロや戦争が大嫌いだ」
 エイプリル・レモンが毅然と言うと、リュヌ・アカツキは肩をすくめ。
「個々の善悪感等どうでも良い。過去から在る芸術も、未来に生まれる芸術も、俺にはそれ唯一が心を動かすモノだ。それを歪め壊すのなら、ただ敵であるだけさ」
 だがそこで、レヴィ・アルシアがいよいよ襲撃のタイミングであると告げる。そして皆は、恐るべき迷宮へと踏み込んでいった――

◆甘露の迷宮
 手が届かないはずの、大切な人が迎える精神空間、それが甘露の迷宮。死別した家族や友人、絶対に手の届かない愛する人と出会うことだろう。
 迷い人は、その人とずっと一緒にいられる幸せな夢を見続けるのだ――

「じいちゃん、なんでいるんだ?」
 今井天は素朴な疑問を口にしたものの、さして驚いているふうもなく、祖父に笑いかけた。
「またゲームの話すっか?」
 天にとってはただ一人信頼できる人物であった……生きている間の祖父は。
 その祖父の幻が今、目の前にいた。
「ああ……そうだなあ、じいちゃん。ゲームは楽しい」
 頭がぼんやりして、なんだか自分が自分じゃないみたいだった。
「じいちゃんが好きなゲーム作家が新作だしてたぜ」
「おお、やるかやるか」
 夢中になりたい。ゲームに、祖父とのやりとりに。
 天は、ゲーム画面を食い入るように眺めながら、考える心を、徐々に放棄していった――

 目の前で談笑するのは、父さん、母さん、姉さん。紅嵐斗も、つられて笑みをこぼしていた。
 あの幸せだった日々と同じように食卓を囲み、話すのは仕事や学校でその日あった出来事。
 ときおり姉が頭を撫でたりしてくることへの煩わしさもそのままだった。
 自分は無遠慮なスキンシップに憮然としながら食事を口に運んでいる。
 嵐斗は、その光景を当たり前のように受け入れていた。
(何も変わっていなかったのかな……)
 俺も、俺の家族も、変わらずこうやって……。
 繰り返し始められる食卓での団らん。ああ、なんて心地いいのだろう……。

 ナタク・ルシフェラーゼの腕の中には、愛すべき我が子。
 ナタクはまだ目の見えぬ産まれたばかりの幼子が懸命に乳を吸う様子に微笑みを浮かべていた。
 すべてが愛おしい。
 そう思った時、幼子が小さな体からは想像もつかないくらいに大きな声で泣き始めた。
 なんて力強い泣き声だろう。これぞ、生きている証、これから強く生きていこうという証。
「ふふふ、赤ちゃんは泣くのが仕事だものね」
 ああ、いつまででも、こうしていたい……。

 ゲルト・ダールの目の前には戦争で亡くなったはずの父の姿。
「もう会えないと思っていたのにね……」
 あの頃と同じ優しい表情で、ゲルトの名を呼ぶ声は温かい。
「パパ」
 戻って来てくれたんだ。
 その懐かしさに身を委ねてしまえば、父を思い出して泣くこともなくなるのだろうか。
 繰り返しかけられる温かい言葉に心のどこかが痛んだ。
「僕、頑張ったんだよ。パパがいなくなってからもずっと……」
「つらい思いをさせてすまなかったね。でも、もういい、もう頑張らなくていいんだ」
 懐かしい香り、優しい表情、暖かい声……。
 ああ、パパだ。パパだ……パパ……。

 シャール・クロノワールは幸せな夢にどっぷり浸かったまま。
 大切な可愛い子たちとの時間を思い切り楽しんでいた。
 笑顔だが、その顔は次第にやつれていく。
 けれどシャールはそこに留まり続ける。
 この楽しい夢の世界に捕らわれたまま、肉体は衰弱し、精神は疲弊し。
 シャールの生命力は、精神迷宮の中で徐々に削られていく。
「いいのいいの、ちっちゃくて可愛い子は正義だもんね。ずっと大きくならないでいてよ、ずっとずっと、ずっとずっとこのまま……」
 我ながら未熟だと思う。こんな未熟な心はずんばらりと断つべきだろう。わかっちゃいるんだ、けど。
「そう、やろうと思えば、いつでもやめることができるんだ! ……なら、安心して今を楽しめるってね」
 もう、ダメかもしれない。でもそれがいけないことか?

 オリバー・カートライトの目の前には、幼い頃に亡くなったはずの父と母。
「嘘だろ、まさか……父さんと……母さん? なんでここに……」
 優しげにうなずく両親。オリバーの目に涙が浮かぶ。
「なんで、こんなところで……ああ……でも話したいことが、たくさんあるんだ……」
 小さい頃からずっと甘えたくても我慢してきた。いじめや、虐待や……いろんなことを……でもこれからはずっと一緒……
「ずっと一緒……に、いてくれるのか?」
 優しげにうなずく両親。オリバーの目から涙がこぼれる。
「父さん、母さん、聞いて、いろんなことがあったんだよ。本当に、一晩でも、二晩でも語り尽くせないくらいに……」

 さらに莫水鏡も、ありえないながらも甘露な罠に取り込まれていた(薄い本絡み)。
 はたして、学生らの運命は――。

◆悔恨の迷宮
 自分がかつて犯した失敗やそれに伴う後悔。それを繰り返し追体験する悔恨の迷宮。
 防ごうとしても、避けようとしても、逃れられない運命のように。迷い人は悲劇を繰り返す。

 目の前にいるのは昔の大切な人。
 馬並京介は後悔とともに、彼女の幻と対峙していた。
「あんたが死んだときのこと、忘れたことはないな……」
 すると突然、視界の先に線路が現れた。
 口論の末、部屋を飛び出す彼女。
 線路の向こうに電車が見え、追いかける京介の目の前で彼女は電車の行く手に飛び込んだ。
「――――――ッ!」
 声にならない自分の叫びを、京介は聞いた気がした。
 救えなかったという事実は、どう足掻いても変えられない。
 手を伸ばせと、それは彼女に届かない。声は、音にもならない。
 何度も繰り返される死の光景に、京介の心はどんどん疲弊していき、彼女の死への後悔に支配されていく。

 離れ離れになった家族。彼らへの思慕が、リラ・ミルンの後悔の源だった。
 犯罪者の家族として周囲の冷たい視線を受けながらも、それでも母と姉と幸せに暮らしていた。
 その母と姉がいきなりいなくなったあの夜。
 リラは、その夜のことを繰り返し追体験していた。 
 高熱のために床に伏しているリラ。
 その熱の下で見た夢の中で、姉が涙をこぼしていた。
「お姉ちゃん、どうして泣いているの?」
 それは本当に夢だったのか、現実に姉が枕元に来ていたのか。
 今となってはわからない。
 その夜、母と姉は家を出て行ってしまったから。
 私はなぜ、あのとき高熱でうなされてなんかいたのだろう?
 その後悔に、今もずっと、うなされ続けている…………

 ユウキ・ヴァルトラウテは目の前で、異母姉のアオイが殺される光景を見ていた。
 アオイが自分をここに隠し、ひとりで強盗に向かっていったのだ。
 ユウキはそれを止めることができず、ただ、ベッドの下からそれを見ているしかなかった。何度も、何度も。
(これがきっかけで……アオイの母も自殺するんだ……僕にはわかってる……)
 わかっているが、体はいっこうに動かない。見ていることしかできない。
(もし、自分が身代わりに殺されていたなら……)
 だが、まだ幼く病弱なユウキは、震えながら、声を殺すことしかできないのだ。

 イーノク・オルティスの乗った黄色いスクールバスは、その運転手が突然死したことで、悪夢の箱と化した。
 トラックと衝突。想像を超える衝撃。暗転。
 ……そして、惨状。筆舌に尽くしがたい惨状。
 平和になるはずの一日は、あっという間に、大勢の友人知人の命、自分の手足と、夢を奪い去ってしまった。
「うわ……うわあ……うわああああああっ!」
 自分の手足はもう、自分のものではなくなっていた。

 エリアス・ツヴァイクは周囲に立った大人や子供から罵詈雑言を浴びせられていた。
 記憶がないはずなのに、彼らはどうしてこうも鮮明に自分の前に姿を見せたのか。
「俺はいつまでたっても、悪魔かね?」
 問おうとして、エリアスは言葉を飲み込んだ。
 周囲の責めに耳を塞ぐこともできるだろう。
 だがそうしなかったのは、心のどこかで死を望んで来たから。
 悪魔だと罵る声に引っ張られるように、再び心が死の方へと傾こうとしている。
「俺は悪い存在、生きる穢れ。あんた達が俺にそれを望むのなら……普通に生きることができねぇなら、そうなってみるのも悪くねぇかもな……」
 黒いもやに包まれて、心は地の底へと沈んでいく。自分のあるべき場所へ。
 
◆死愛の迷宮
 愛する人が明確な殺意をもって、迷い人に牙を剥く。
 死を甘んじて受け入れるだろうか。それとも、愛する人を迎え撃つだろうか。
 愛する人と勝敗の付かない戦い。終わりのない殺し合い、それが死愛の迷宮――

 そこではシグナ・ガントレットが、最愛の妻に襲撃されていた。
「やめるんだ、エルフ!」
 だが、エルフ・プレシスはやめない。なぜだ、なぜなんだ。
 シグナは銃を下ろした。自分に妻は殺せない。だから――抵抗をやめる。
 だが、エルフはその手を緩めなかった。妻の槍が、シグナの心臓を貫いた。
「ぐはっ……」
 シグナはその槍の柄を掴んだ。そして、ささやくように言った。
「やめてくれ……君がそんな目で俺を見る世界にはいたくない……」
 
 メレディス・メイナードは幼馴染のルシアン・グリフレットと追いつ追われつの追いかけっこ。
「傷付けるという選択肢は、元よりありませんからね」
 コインを投げては、ルシアンの行く手に煙幕を張る。
 それを越えてくるルシアンに追い付かれそうになると、相手に当たらないくらいの絶妙な位置にトランプを投擲して威嚇した。
 けれど、いくら威嚇してもルシアンには効かない。
 走るスピードを緩めることなく、メレディスに追いすがる。
「まったく……。行動が単純すぎて、逆に読みにくいんですよ」
 だが、殺意は明確に迫ってくる。いつまでも逃げることはできない。
「さて、追い詰められたら、僕は白旗をあげればいいんですかね? それとも、殺されるしかないのか……」

 いっぽうのルシアンは、また別の世界で、黒柴のイッヌに片方の手の平を見せながら、
「ステイ、ステイ!」
 それでもイッヌはしっぽを振り振り、ルシアンに飛びかかろうと間合いを計っている。
 そこへメレディスのトランプ攻撃。
「ちょ、メレディスも、イッヌも落ち着け、な!?」
 だが、落ち着かない。自分も落ち着けない。
「くそ、どうすりゃいい、どうすれば……」

「あら、ヴェロニカ
 目の前に立った恋人に、アルカ・アルジェントは目を細めた。
 ヴェロニカから感じるのは、紛れもない殺意。いつもの彼女からは、決して向けられることのない感情。
 恋人への愛ゆえに、アルカは動揺した。
「私を殺すの?」
 問いかけても、ヴェロニカは答えなかった。隙を窺うように、短剣の切っ先をアルカに向け続けている。
「どうして?」
 問いへの返答は、鋭い刃先。明確な殺意。
「そう……あなたが殺りたいというのなら、ヤらせてあげる」
 愛の形に決まりはない。そのことをよく知る二人ではなかったか?
「でも、そう簡単には逝かないわよ」

 そこではない別のどこかで、ヴェロニカもまた、恋人であるアルカと対峙していた。
 冷たく注がれる殺意の視線。ヴェロニカはそれをそっと受け止めてから、一瞬寂しげに目を伏せた。
 そして、穏やかな笑みを浮かべてると。
「こうなることは覚悟していたの。私達は、騙し合いと駆け引きを生業とする怪盗……その上で、貴女だけを愛したわ」
 アルカになら殺されてもいいと思っていた。
 だから、それが今この時なのだとしたら、私はあなたの殺意を受け止め続けよう。
「あなたなら外さないでしょ?」
 そう、あなたは外さなかった。私は胸を撃たれ、血を流し、そして死ぬ。
 ――だが、目を開けると、あなたはそこに立ち、私は生き、そして殺意と銃。
「いいわ。好きなだけ殺して」
 撃たれるたび、撃たれるたび、文字通り、胸にぽっかりと穴が開いていく。それが広がっていく。
 やがて私は、アルカにからっぽにされるだろう。そこに、愛のかけらは、残るだろうか……

 ダスティン・ガーランドは溺愛する妹と義弟リュヌに対し、乾いた笑みを向けていた。
「本物の殺意ってわけか……さて……?」
 襲い来る暴力。防御しかできぬ自分。服が裂け、足が裂け、よろよろと下がりながら、だが冷静に声をかけ続ける。
「お前らがこんなことをするわけないよな、だろ? ……だが万が一、道を違えているというのなら」
 俺が必ず止めてやる。ガードを下げたダスティンは、リュヌに拳を向けた。

「やめろ! どうしてこんなことを……!?」
 エルフ・プレシスは、彼女を殺そうと迫る夫に声を張り上げた。
 向けられる銃に、得意の槍で応戦する。彼の体に当たらないように、銃だけを破壊するために。
 槍の切っ先が銃を跳ね飛ばした時、鮮血が同時に宙に散った。
 エルフは夫を傷付けたことに動揺する。その隙を、シグナは見逃さず、代わりの銃を抜く。
「私は決して夫を傷つけない、それが騎士の誓いだ!」
 パン、パン、パン……全身を撃たれ、エルフは信じられないといった顔で、血を吐き、倒れる。
 だが、終わったのではない。悪夢の本番は、これから始まるのだ。

 シメオン・ダヤンは走り回るネズミドロイドを追いかけていた。
「むーた、落ち着くです!」
 ちっとも言うことを聞いてくれない相棒の様子に首を捻りながら、延々小さなドロイドを追いかけるシメオン。
 走り回っていたむーたが突然方向を変え、シメオンに飛びかかって来た。
「むーた、らめぇ……!」
 いつものむーたなら決してしない行動に、シメオンは一つの可能性に思い当たった。
「もしかしてクラッキングされてるです?」
 それならば。
 シメオンはすぐにトランクPCでむーたにアクセスを試みた。
 しかし。
「正常化できないのです……あああ、むーたぁ!」
 むーたにこんな冷たい視線を向けられるなんて。シメオンは悲しみのあまり頭を抱え、そしてむーたは、容赦なく主をかじり蝕んでいく。

「くそっ、なんでだよ!」
 陳晶晶に迫るのは幼馴染。
 一緒にいたいと、やっと素直に言えるようになった途端にこれか……!
 彼女が狙っているのは、明らかに晶晶の命だった。
「やめるんだ、こんなことは……言いたいことがあるなら言ってくれ!」
 だが、彼女が伝えるのは、殺意を込めた暴力行為のみ。
 防いでみせる。反撃はしない。しかし……かすめた傷の痛みより、あの殺意が、晶晶の心に太い釘を刺していく――

◆迷宮の外で
 アジトの廊下に無様に転がり、表情を歪め苦悶する学生たちの姿を、ウェイカーは楽しい見世物でも見るように、監視カメラ越しに鑑賞しては、愉悦の笑みを浮かべていた。
「フフフ、苦しみ抜いてから死ぬがいい……ところで、イギリスのほうはどうだ?」
「ハッ、作戦を開始したところであります」
「そうか。サトウ達なら大丈夫だろう。我が部隊の精鋭だ。『普通の人間』が敵うはずもない」
「ウェイカー様! ヘスペリデスの様子が変です!」
「なんだと!?」
 ウェイカーは慌ててモニターを見た。別室で安楽椅子に寝そべっていたヘスペリデスが、身をよじり、汗を浮かべていた。
 エルドラドを展開中、彼女の肉体もコントロールを失う。ゆえにああして安静な体勢にしているわけだが……。
「テストでは、あのようなことはなかったはずだが」
 ウェイカーは笑みを止めて、モニターチェックを欠かさぬよう指示した。

◆甘露の迷宮
 どれほどプレイしただろうか。どれだけプレイしても飽きない。
 天はすっかり、祖父とのゲームに没頭していた。
「さて、次は何をやろうか」
 祖父は無数のソフトを提示した。だが、天は首を振ると。
「いや、ダメだよ、じいちゃん。俺には待ってる人がいるからな。帰らなくちゃいけないんだ」
「待っている人? そんなのいたかね?」
「ああ……じいちゃん、俺にはもう、たくさんの友達がいるんだ」
「ほう、友達がなあ」
「そして、俺を好きだという奇特な恋人もいる。俺には仕事があるんだよ、じいちゃん。それをちゃんと終わらせて帰らないとな」
 祖父の柔和に微笑むと、軽くうなずいて。
「そうかあ……行くんだな、天。なら、しっかりやるんだぞ」
「うん……ありがとう、じいちゃん」
 天はその手を握ろうとしたが、すでに、祖父はいなかった。
 ならば、この手は。向けるべきは。

 嵐斗が、この幸せな空間にずっといたい思いは、強まるばかりだった。
 そう、ずっとこうしていつまでも……そう思ってしまった、だがその時、嵐斗はこの空間の小さな綻びに気付いた。
「そうだった。俺は知っていたはずなんだ」
 この空間に取り込まれる時に指輪で放った電撃。何かされる、と思った瞬間に、自分自身に与えた電撃、その痺れるような痛みが、じわじわと戻ってくる。
「……ごちそうさま」
 嵐斗は席を立った。驚く家族の顔。だが嵐斗は、すまなそうに苦笑すると。
「もうおなかいっぱいなんだ。幻想の幸せはね」
 そう告げると、家族は納得したようにうなずいてくれた。
 さあ、帰ろう。大切な人の元へ。

 泣く子をあやす幸せ。ナタクはしかし、泣きやまぬ我が子に、ふと疑問をいだく。
「どうしたの? おなか空いてるの?」
 おかしい。おっぱいはいっぱい飲んだはずなのに。
 いや……出ていない。出てたと思っていた母乳が、止まっている。
 止まっている? 違う。最初から出るわけなんか……。
「ああ……そうか……」
 この腕の中の愛しい温もりは、自分がついに味わうことのできなかった幻。
 そしてこの小さな命が生きていく未来を、より良いものとするために大学に、UNICOに入ったのだということを、ナタクは思い出していた。
「ごめんね。お母さん行くよ」
 あなたを愛する気持ちは私の胸の中に。
 抱くことのできなかった我が子を、強く抱き締める。我が子は、光となって消えていく。
「母は強くなくちゃね……子供を亡くした母はとくに」

「これからはずっと、一緒にいような」
 繰り返しかけられる温かい言葉……だが、ゲルトは心のどこかが痛んだ。
「パパ、僕、何か忘れているような気がするんだ」
 そう声に出すと、不意に甦る自身の固い決意。
「ごめんね。パパ」
 僕の決心はあなたの幻で壊れるような弱いものではないんだ。
「どんなに僕の意思を砕こうとしたって無駄さ! 僕は行く、こんな幻術に負けるものか!」
 ゲルトはきびすを返した。もう何を言われても、振り返る気はなかった。
 だが、結局は、振り返ってしまうことになる。
「気をつけていくんだぞ、ゲルト」
 声に驚き、えっ、と振り返るが、そこにはもう、父の姿はなかった。
 でも、父の存在は感じた。自分の中に、確かに。

 オリバーは両親と共にあった。ずっと一緒にいられるのだ。
 ずっと一緒?
 彼らと?
 そう、それでいい。
 母さんが優しく手を差し出す。その手に、自分の手を重ねた、その時。
 オリバーは、自分の左の薬指にある輝きを見つけた。
 それは恋人と分かち持つ大切な指輪。
「俺は、なにかを忘れている……そう……この指輪……そうだ、大切な恋人に、絶対帰ってくるって約束したんだ」
 ともすれば闇に留まりそうになる、彼を導く光。
「……ごめん。父さん、母さん。俺、そっちには行けないや」
 手をふりほどき、立ち上がるオリバー。両親は驚いたように追いすがるが。
「頼む、こないで! 冴香、俺に力を……絶対に帰るって誓ったんだ。だから……父さん、母さん、ごめん!」
 がむしゃらに駆け出した。全てを振り切るように。
 ――そして、ふいに立ち止まり、振り向くと。
 遠く遠くで、両親が、ゆっくりと手を振っていた。
「父さん、母さん……またな。俺、もう逃げずに、歌うよ。家族のことも、みんなのことも、自分の弱さも」

 エイプリルは偽りの記憶との瞬間的なすり替えに成功していた。
 題材はお伽噺。本当は意地悪なはずの継母と姉たち。
 そんな彼女たちに優しくされる違和感に、この世界が本当ではないと気付くだろう。
 洗濯も、掃除も、母と姉が率先してやってくれる。
 エイプリルに一番良いドレスを与え、舞踏会に連れて行ってくれた。
「幸せすぎる世界なんて嘘に決まってる」
 その言葉と共に、エイプリルの意識は現実へと向けられて。

◆悔恨の迷宮
 いつしか京介は、ユニコーンのマスクをかぶっていた。いや、マスクではない。顔がユニコーンとなり、それは徐々に、首から下までを、人間ではない何かを変貌させつつあった。
 俺はもう人間でなんかいたくない――そんな想いが、その肉体さえ変えつつあった。
 だが、侵食は止まった。いや、時も止まった。電車は止まり、彼女も止まった。
 京介は顔を上げた。そのユニコーンの瞳が、『世界』を冷静にねめつける。
「あぁ……こいつァ……とっておきの悪夢だな……悪趣味な野郎だぜ」
 ずっとずっと後悔していたこと。かつての、大切な人。
「よく遊んだんだ、良い女だった。ある日大喧嘩して……後日、踏切りで電車へ飛び出した、あのとっさの出来事……」
 どれほど後悔し、抱え込んできたか。後を追うことさえ、何度考えたことか。
 ちっぽけな自分の命で、この罪をあがなえるなら……
「……そうだ、その気になれば会えるさ。だがそれは間違った選択だ。死んだ事実は変えられない、俺は背負い続けなければいけねぇんだ。ちっぽけな俺は、背負った罪に潰されるところだった。だが残念だったな、俺の足腰は馬並なんだ」
 京介は天を見上げた。見てるのか? このクソ野郎め。
「昔の傷をえぐりやがって。だが感謝するぜ。 今一度、俺に生きる覚悟を思い出させてくれてよ。あぁ、そうだな……この任務が終わったら……久しぶりに墓参りにでも行ってやるか……」
 京介は悪夢に背を向けた。迷いは消えた。俺は前へ行くぜ、実はお前も、前にいるだろうから。

 涙が床にこぼれた。リラはもう、涙をぬぐうことさえやめていた。
 流しても流しても、涙が枯れることはない。
 これが私にふさわしい仕打ちなのだ。
 罪人の娘。迫害されて当然の出自。母と姉にさえ捨てられるような軽い存在。
 いや……戻ってきた。母が。姉が。弱り切った私の目の前に。
「連れていってくれるの……? 今度こそ……?」
 いや……母と姉は顔をそむけ、そして背を向けた。そしてまた、むこうへと去っていく。
 私は、誰にも連れていってもらえないんだ……永久にこの場に留まるんだ……

 完全なる深淵。その中でたゆたっているのは、エリアスには悪くない気分だった。
 けれど、不意に仲間たちの顔が思い出された。
(俺が悪であるのは疑いようもないが、今の俺には仲間がいる。その仲間のために善き者としていられるなら。悪を抱えて善をなすさ)
 闇が、薄まっていく。足が地につく。そこが地獄の土の上だとしても、エリアスは、しっかりと踏みしめて。
「鉄の森は狼が棲む森。狼とは災禍の種、昔の俺。それを内包する今の俺が森。故にヤルンヴィドを俺は名乗るんだ。悪も抱えて善を成す」

 イーノクは悔やみ続けていた。あれに乗ってしまったこと。事故後、だれも救えなかったこと。
 忘れられるはずもないあの体験。 いつまでも心の傷として残っている。誰のせいでもないこの事故を防ぐことができたなら……。
 でも、自分は生き残った。生き残っていることには意味があるはずだ。
 あれからもいろいろあり、本当の意味で、自分の手足は、自分のものではなくなった。コネクターに改造されたことで。
 だが、ピグマリオとなった今、このギアは、もう自分の本当の手足のようなものだ。
 そうだ……今、自分の手足は自由に動く。かつてより、はるかに俊敏に、強力に。
「これは誰も悪くなんかない。ただ運が悪かっただけだ。生き残った理由なんざわからないけどさ、これも主の課した試練ってんなら乗り越えるっきゃないだろ! ギアがあれば操縦だってできる! 事故る前にバスを止めればいいだろ!」
 イーノクは跳躍し、サイドブレーキを引いた。バスは止まった。
 バスの同級生らは、きょとんとした目でイーノクを見ていた。無理もない。イーノクは、しばし黙り込んでから、こう言った。
「あの時は、何もできなくてすまなかった……けど、あんたらの顔は、忘れない。その顔の数だけ、いやそれ以上の人を、この手と足で救ってみせるから」

 自分が身代わりになれば、何が変わっただろう? ユウキはずっと、その考えにさいなまれていた。
 だが、ふいに気付いた。今目の前にあるこれを、決定的に変える方法を。
 ユウキはベッドから出た。震えは、止まっていた。
「ん? なんだガキめ、そんなところに隠れてやがったのか? 見られたからには――」
「どこの誰がガキなのかな」
 ユウキに言われ、強盗は「うっ」とうめいた。子供だと思った相手は、銃を構えた青年になっていた。
「お、おまえは一体……」
「僕はファントム。奇跡を起こす者」
 パァン。銃は強盗の手を撃ち抜き、強盗は悲鳴をあげてのたうちまわった。
 アオイは、ユウキを見た。
「あなたは、まさか、ユウキ……」
「僕はファントム。過去は変えられないが、未来は、この手の中にあるよ」

 サラ・ハサンは、家族を殺した強盗を殺してしまったことを悔やみ続けていたが、今や顔を上げていた。
「両親は生きることを望んでくれたから、私は今ここで生きている……こんな迷宮に、いつまでも囚われてはいけないんです……!」

 タキ・バルツァもまた、過去を突き付ける再現シーンを乗り越えた。
「歴史が同じことを繰り返しているように見えて、実はそうではないように。いくら再現して見たところで、それが全て同じになるとは限らないよ?」
 全部同じになると思っているなら詰めが甘い。
 タキは過去を乗り越え、『今』を選んだ。

◆死愛の迷宮
 シグナは、槍の柄から手を離し、エルフを抱き寄せた。そして笑い出した。
「……フフフ……フハハハハッ!  こんな幻想で俺たちの絆が砕かれてたまるか。人の心を無闇に試したりするもんじゃないぜ」
 愛する妻が――エルフが、自分を攻撃することなどありえない。
 なら、その理由を冷静に分析すれば――これが幻影であると考えるしかなかった。
「君が本物なら、僕を傷つけるはずがない。君が偽物なら、僕が傷つくはずがない。つまり、どっちにせよ同じことなのさ」
 俺たちはきっと勝てる。絶対に壊せないもので、二人は結びついているのだから。

「こんな短時間で洗脳というのも考え難いですが、そもそも本人なのでしょうか」
 メレディスはふいに悟る。何かがおかしい。だが、何が? あいつはもともとおかしいし。
「えーと、つまり……あぶなっ、考え中ですよ、この脳筋!」
 だが、当たらない。当たらなければ大丈夫だ。いや、当たったって、あるいは。
「……ああ、そういうことでしたか」
 だったら、好き放題してやる。

 ルシアンはひたすら、考え続けていた。
 傷付けないように彼らを止めるには?
「待てって、イッヌ。お前のご飯が最近減ってんのは、お前のお腹周りがプニプニ……うわぁ……!」
 よく知った相手。弱点だってわかっているつもりだ。
 誓ったように。
 大切な彼らを傷付けることなく……だが……
「どうすればいい、どうすれば……!」
 終わらない模索。終わらない苦悩。このまま続けば、いつまで理性を保てるか……

 切り裂かれた肩の傷。その血をなめてから、アルカは、ふいに思い立った。
「これは……敵側の能力……?」
 彼女が操られているのか、あるいは……私の幻覚か?
 私が彼女に殺されてもいい。なら、私を信じる彼女が、私にどうされようと……少なくとも、これくらいの賭けは受け入れてくれるはず。
「仕方ないわね、ちょっと激しくするから簡単にイかないでよ?」
 銃声が四度。ヴェロニカは四肢を撃ち抜かれ、顔を歪め倒れこんだ。アルカはそれを介抱するかのようにしゃがみこむと。
「ここは私の領域……いや、私達の」
 アルカ流の催眠術。それが、二人を高みへ……深い深い沼から、光る場所へ浮かぶように……

 ヴェロニカは無抵抗のまま撃たれ続けていた。
 心はすっかり、失われていた。
 いや……ならばなぜ、ヴェロニカは歩み始めたのか。
 撃たれても、もうヴェロニカは倒れなかった。よろめきながら、アルカに向け、一歩一歩近づいていった。何度弾丸に撃ち抜かれようと、その歩みを止めることなく。
 そう、彼女の心は生きていたのだ。
 心を生かしたのは、執念か、悟りか、愛か。
 そうしてヴェロニカは、アルカを抱き締めると。
「あなたの心の中に、少しでも私を想う気持ちが残っているなら……」
 幻影は、愛を殺しきれなかった。

 ダスティンは覚悟を決めた――つもりだった。
 だが、振り上げた拳で、妹もリュヌも殴ることはできなかった。
「ダメだ、甘いな、俺も……ぐふっ」
 もちろん、代わりに拳を受けるはめになったのは、自分自身だ。
 結局、殴られ、切られ、刺され、撃たれ、あらゆる手段で攻撃され、殺されるのは、俺のほうなのだ。
「……いいぜ……来いよ、何度だって殺していい」
 その度に……わかってくる。これは偽物だって。
 幻の中でも俺は俺を曲げるものか。意地張って生きて、胸を張って死んでやる。
 その、自暴自棄な諦観が、ある種の光明に繋がる。
「これが幻だとしたら……現実に頑張ってる弟が、仲間がいるはずだよな……俺とあるいは同じ目に……」
 だとしたら、こんなとこで倒れてたまるか。
 任せろ、偽りの痛みなんてどうってこと無い。
 俺が本当に殴るべきは、一発ぶん殴ってやりたいのは……
「待ってろよ、ダブルオー……!」

 エルフはもう、数えるのをやめていた。夫に殺された回数を。
 だが、いまだに、夫を殺してはいない。
 シグナが近づいてきた。エルフは最後の力を振り絞り、身をかがめててシグナに抱きついた。
「愛してるシグナ! だから必ずこの悪夢を終わらせてくれ!」
 長い長い抱擁――だが、それは、パンという乾いた音で、おしまいにされた。
「それでも……私は……傷つけない……シグナを信じてる……」
 でも、もうだめかもしれない。誰か、わたしたちをたすけにきてくれ……

 むーたの暴走が止まらない。シメオンは泣きながら、繰り返し繰り返しアクセスを試みた。
 だが、どうしてもうまくいかない。
「……むむむ? 違うです。むーたと違うのです?!」
 そうだ、なんで気付かなかったのだろう。
「むーたのニセモノなのです? むーたを返すです!」
 ニセモノのドロイド! だったら……ちょっとだけ抵抗あるけど、えいっ!
「ふう……で、ほんもののむーたはどこです? むーたあ、むーーーーーたあああああーーー……あっ、いた!」

「頼む、もう、もうやめてくれ……!」
 晶晶は、息もあがり、よろめくようにして身をよじった。
 その時、幼馴染の攻撃が胸をかすめ、そのポケットの中に入っていたカードが一通、はらりとこぼれて床に落ちた。
 その、素敵な香りのするカードを見た瞬間、ふいに気付いた。あいつはこんなことをする奴じゃない、偽物だ、こいつは。
 瞬間、イラっと来た。
「俺の大事なあいつを汚すんじゃねぇ! あいつの声で、姿で何してやがる!」
 偽物と分かれば遠慮はいらなかった。
 打ち付けた刺又は、幼馴染を激しく吹き飛ばした。そこへ、スパイダーアームギアより超高張力ワイヤを巻きつけると。
「偽物とはいえ、あいつのそっくりさんをこれ以上いたぶりたくない。じっとしていてくれるか?」
 だが、偽物は抵抗した。そこでワイヤをさらに締め付けると。
「じっと、していて、くれるかな? OK?」

 フロウティア・モリスンの相手は屈強なる講師だった。
 誰よりも強く、誰もが憧れる、イケメン講師。
 その講師と死闘を繰り広げた。
 勝てないと分かっていても。
 それでも挑み続けるのは、それが自分の願いだから。
 ぼろぼろになりながらも、フロウティアは自分よりも強い相手との戦闘に満足して……。

 斧箭槍剣斧箭鎌刀は、それぞれの夢の中で、互いと戦った。
 その戦いの末。
「まあ、兄の威厳は保てたからな」
「ええ。少々胸は痛みましたがね」
 軽口を言い合う余裕を見せたのは、はて、どちらの夢であったのか。

◆抵抗の果てに
 学生らは、その恐るべき精神力で、奇跡の力で、次々と精神攻撃へ抵抗していった。
 しかし、ヘスペリデスの能力は強固の一言に尽きた。これを脱するには、全員トータルの精神的反抗が必要であったが、敵の能力を打ち破るまでには、達しないのだ。
 このままでは、学生らは順次、廃人と化していくだろう。
 しかし、新月部隊も順調というわけではなかった。

「バイタル、安定しました……いえ、ダメです、再び危険な状態です!」
 ヘスペリデスには今や、点滴がなされ、バイタルチェックで万全の看護態勢であったが、それでもその身が跳ねるほど苦しんでいた。
 ファントムらの精神抵抗が、彼女の精神をも蝕んでいるのだ。
「やむを得ん……ヘスペリデスを失うリスクは犯せん。侵入者らは毒ガスで殺せ。死亡が確定した時点で、ヘスペリデスの能力を止めろ」
 了解しました、と医療班は答えたが、司令室には別の凶報も。
「ウェイカー様! 敵の増援が向かってきています!」
「なんだと……くそ、潮時か」

 増援――ローゼンナハトの現役ファントムらが後詰にやってきたのは、レヴィ講師の機転であった。
 意識が完全に持っていかれる寸前に、緊急SOSスイッチを入れていたのだ。異変を察知したUNICOの学長は、ただちに、近場のファントムの召集・増援を要請したのである。

◆警備兵との対峙
 ふと気がつくと、学生らは、侵入したその回廊で目覚めていた。
「うう、くそっ……何があったんだ……」
 エリアスはよろめいて立ち上がる。気分はかなり悪い。だが見たところ、最悪のさらに先、という仲間もいるようだった。
「あれは……あの幻影は、敵の能力か……? ムーンアイズはこんなことまでできるのか」
 ユウキは壁に手をついて立ち上がる。
 ヴェロニカとアルカも、お互いの体を支えに立ち上がり、その無事を確かめ合う。
「おい、大丈夫か」
 シグナが立ち上がらせようとしても、エルフはほとんど放心状態となっていた。
「……幻術師の僕を幻術にはめるとは、やってくれたね!」
 ゲルトが叫ぶや否や、エイプリルはすでにノートPCでセキュリティのハッキングを試み、監視カメラをダウンさせていた。
 と、廊下の先から、銃を手にした警備兵がやってきた。
 こちらに銃口を向ける警備兵の前に槍剣と鎌刀が立った。
「おら、かかってこい! お前らの相手は俺がしてやる!」
 槍剣の大きな声に一瞬怯んだように見えた警備兵たちだったが、すぐに気を取り直したように銃を構え直した。
 が、銃でひるむような槍剣ではない。
「実の弟に罵倒され斬りかかられるのに比べりゃテメェらの攻撃なんざ痒くて仕方ねぇよ!」
 銃弾の嵐を気にもとめず、ずかずかと迫る肉の壁に、警備兵が崩れ始める。
「うー……よいしょ」
 シャールも無力化に努めるが、動きに全然キレがないしハリもない。
「ちょっと、無理しないほうがいいんじゃない?」
 ナタクがサポートに入るや、シャールは足をもつれさせて、倒れこんだ。見た目以上に衰弱しているようだった。
「じいちゃんに、俺の最高の仲間達をみせてやるぜ」
 天は自身の怪盗カード機能も用い、回廊先を偵察。敵の配置を調査し報告する。
「行ってください。ウェイカーを逃す前に」
 鎌刀が仲間に先に行くよう促した。
 仲間を先に行かせるために、追従しようとした警備兵の前にフロウティアがパルクールの技で跳び行く手を阻んだ。
 華麗に宙返りして現れたフロウティアに、驚いて立ち止まる警備兵たち。
「行かせませんよ」
 宙に舞いながら羽ペンを投げ、毒斬で警備兵を麻痺させた。
 エルドラドで過去を見せられ不機嫌になっていたイーノクが殴りかかった。主に手足を狙い、相手を戦闘不能にしていった。
 タキは仲間たちの攻撃をすり抜ける警備兵の体勢を崩し、絶打で行動不能に。
 エイプリルはロングコートの光学迷彩で身を隠して不意打ちを。
 ドゥエイン・ハイアットは拳銃で警備兵の銃を撃ち落とした。
「彼を救いたい。彼も洗脳の可能性があるからな!」
 急ぎたかった。けれど、彼がもうそこにいない予感もしていた。
 追い詰めれば逃げるだろう。その逃げる一瞬の隙を突くことができたら。
 けれど、ドゥエインの思いもむなしく、司令室の扉を開けた先にウェイカーの姿はすでになかった。

◆立つ鳥は余韻だけを残して
「いませんね?」
 ウェイカーがいたはずの部屋の中を見渡し、リュヌは眉をひそめた。
 比良賀ソラは迷宮の中で彼女の推しを汚されたことに憤慨したまま、ここまでやって来ていた。
 大切な推しはあんなことしない!
 その怒りが、ソラがエルドラドに抗う力となったようだ。
「夢女子なめんな! 次の新刊のいいネタにはなったかもだけど……ええい、ごちそうさまでした!」
 ソラはここまで辿り着いたが、しかし肝心のウェイカーの姿はすでになく……。 
「春太さん、逃げた?」
 ウェイカーを挑発するように本名を出したソラに、ドゥエインも頷いた。
「すでに逃げられたあとのようだな。我々の敗北は決まっていたということか」
 その時、部屋の中にあったモニターに、くだんの人物の顔が映し出された。
「うお。出た……っ! 君はまだ逃げを打つのかい?」
 ソラの声に、皆も一斉にモニターに注目する。
 その皮肉には、ウェイカーはフフッと笑みをこぼす。
「無事でよかったな。毒ガスで殺すつもりだったが、残念ながら作動を止められたようだ……よくその状態でハッキングできたものだ」
「え、ハッキング……?」
 エイプリルはレヴィを見やった。その目を見て、わかった。どうやら心強い先輩が、助けてくれていたようだと。
「このクソ野郎め。一発ぶん殴ってやらねぇといけねぇが‥‥俺も馬鹿じゃねえ。今、どこだ?」
 京介に問われると、モニターの奥のウェイカーは微笑んだ。
「もう近くにはいない。拳の届かない所だよ」
「こそこそ隠れてないで、とっとと出てきやがれ!」
 シグナは挑発したが、ウェイカーはにやけたまま首を振るだけだった。
「追うだけ無駄だ。我々はとっくに重要な証拠を消し、安全な場所へと退避しているよ」
 ウェイカーはモニターの中で勝ち誇った。
「尻尾巻いて逃げて負け惜しみか、ワンワン」
 ルシアンが挑発する。
「なに、このアジトは見つかった時点で、どのみち放棄せねばならなかったからな。貴様らを殺せなかったことは残念だが、楽しみはあとにとっておいてもいいものだ」
「言ってろ、経産婦ナメんなよ」
 ナタクは中指を立てる。
「まさか最後にあんな精神攻撃を使うやつを用意していたとはね。やっぱり救いようのないファック野郎だね、君は」
 ショコラ・ブラマンジェが噛み付くと、ウェイカーは肩をすくめて。
「別に貴様らのために用意したのではない。彼女がいるエリアに無断侵入したのが悪いと思うがね」
「彼女……の能力ということですか」
 リラが言うと、
「ああ、ヘスペリデスという少女だ。彼女はもう少し強化が必要だな……」
 と、ウェイカーは惜しげもなく語る。
「ウェイカーさん。なぜ、あなたはそうも簡単に人を殺めるのです?」
 サラは顔を曇らせ、聞いた。
「ウェイカーさんは正しいのかもしれません。それでも、人を殺めて良い理由にはなりません」
 例え、あなたが正しいと思ってしていることでも。
 両親を殺害した強盗を自らの手で殺めた過去を、迷宮の中で追体験してきたサラは言った。
「いや、それが正しい手段ということもある。もっともその判断や、権利は、凡人には与えられないし、理解もされないかもしれないがな」
「でも、それを間違っている、と強く訴える人がいるよ。他ならぬ小雪さんだけど」
 ショコラはウェイカーに伝える。
「君の言うことに正しさは感じられないし、やり方も完全に間違ってるとしか思えない。小雪さんはそう言ってたけど、それでもこんなことをまだやるつもり?」
 それを聞いたウェイカーは。
「そうだな。……必ず分かり合える日がくる。そう伝えておいてもらおうか。必ず、いつか……な」
「次は、逃げる前に撃つ。なにせ、私はドゥエイン・ハイアットだからな」
 ドゥエインの言葉に、ウェイカーはせせら笑うような表情を見せた。
「俺に当てられるかな?」
「少なくとも、小雪さんは渡さん、私が守り抜く」
「どうかな? 貴様には無理だと思うが」
「では、私の仲間が守ってくれただろう」
 ドゥエインがそう言った直後、ウェイカーは何者かになにやら報告を受け、そして眉をしかめた。今度はドゥエインがせせら笑う番だった。
「小雪さんを誘拐できなかった、違うか?」
「……運よく生き残っただけの負け犬どもめ。ローゼンナハトなど、ムーンアイズに敵うものか」
 明らかにいらだっているウェイカーにリュヌは。
「数奇な瞳を持ちながら、扱い切れない奇跡ならその目を貰い受けましょうか。あなた方が生み出すいかなる偽りの奇跡も、俺たちファントムは打ち破るでしょう。そう、信じていますよ。ごきげんよう、ウェイカー。いつか、あなたの洗脳もいただきましょう」
「俺が洗脳されていると、まだ信じているのか? いいだろう、解除しにくるがいい。新月部隊はこんな所では終わらぬ」
 と、そこへ水鏡が一歩前に進み出た。
「ねえ、お兄さん。本当は小雪にムーンアイズのこと、隠したかったんじゃないかなあって、私思ったんだけど? 小雪には一人の女性として幸せになってほしかったんじゃないの?」
「……そうだな。……いや、違う。小雪もまた選ばれた者なのだ。それは誇るべきことだろう」
「お兄さんが使い方決めるんじゃなくて、ちゃんと小雪に決めさせたら? UNICOとかダブルオーとかどうでもいいの! 組織じゃない。お兄さん自身がどうしたいかじゃないの!?」
「もちろん、二人で、この世界を正しい方向へ導いていく。兄妹で能力に目覚めたのは、そのための啓示だろう。大いなる使命こそが、我が意思そのもの」
「ウーン……」
 水鏡は、ダメかなー、というふうに肩をすくめた。しかし。
「あ、そうだ。どうせ上手に逃げられるんでしょ? 前に見せてくれたし。だったら、また遊びにきたらどう? お茶でもしたら、お互いいい方向が見つかるかもだし」
「ふ……フハハ! そうだな、考えておこう。では、そろそろ、いいかな」
「うん。楽しい夢を、ありがとう」
 嵐斗が手を振ると、ウェイカーはにくたらしい笑みを残し、映像を切った。
 ショコラはそのモニターに向かって、ギアのロケットパンチを叩き付け、粉々に破壊してやった。

◆事件のあと
 現役ファントムたが到着し、内部を調査したが、結局、アジト内は小者しか残されておらず、重要なデータも捕まえるべき敵も、何も残されていなかった。
 毒ガス装置は、現役ファントムらがすんでのところでハッキングし停止させてくれていたようで、おかげで学生らは、首の皮一枚というところで生き残った、という形になった。
 講師陣の機転で、最悪の事態はまぬがれたUNICOの学生たち。だがこの件を、学長は深刻に受け止め、反省したようだと、後日うわさで伝えられた。

「増援が間に合って、本当によかった……私は教育者として、あってはならないミスを犯した……もし彼らにもしもの事が起こっていたと思うと……これも英霊の奇跡なのだとしたら……私は少し、ファントムをやめたくなったよ」

 ――一方で。本件にまつわる吉報もあった。
 小雪の協力と、新月部隊との交戦記録、そして捕虜への尋問。それらを元に、ムーンアイズ研究は大幅に進み、ローゼンナハトにおいても実用に耐えうる運用体制の見通しが立ったのだ。
「戦力がアップするなら歓迎ですね」
 鎌刀の言に、タキも小さくうなずく――ピグマリオの自分も、歓迎されているのならばさいわい、と思いながら。
「しかし、ウェイカーの行方も気になるな。遠からず、再会することになるだろうしな」
 晶晶が鋭い表情で言うと、オリバーは腕を組んで。
「新月部隊か……あいつらも洗脳されてたんだよなあ」
「拉致洗脳など許せる物ではありません。今度こそ必ず、その野望を食い止めなければ」
 フロウティアは決意を固める。
「うん。小雪さんの為にもおにーちゃんを何とかしてやりたいしなあ」
 ソラがそうぼやくと、水鏡は遠い目をして。
「春太くんが、いわゆる機械的洗脳でないとしたら……なんとかできれば、手っ取り早いんだけどねえ」
「そう簡単にはいかないよ。困難な方法は、道が険しいもんだから」
 ナタクはそう言うと、指をくるくると回して、言った。
「でも、回り道はキライではないよ」



 14

参加者

b.あぁ…畜生、悪趣味な奴等だな…。
馬並京介(pa0036)
♂ 26歳 刃魅
e.…ほう…?怪盗に幻想と来たか。
リュヌ・アカツキ(pa0057)
♂ 25歳 忍魅
c.それでも、俺は…
シグナ・ガントレット(pa0058)
♂ 20歳 弾知
a.おおっ、じいちゃんか。
今井天(pa0066)
♂ 20歳 英探
c.(投擲準備)
メレディス・メイナード(pa0098)
♂ 21歳 探魅
d.私はこちらで。
フロウティア・モリスン(pa0099)
♀ 21歳 忍知
a.多分、おれの行くべき先はこっちだから。
紅嵐斗(pa0102)
♂ 20歳 英忍
d.あー?なるほどな?
斧箭槍剣(pa0114)
♂ 21歳 刃乗
c.…マジかよ。ステイ、ステイ!(てしてし)
ルシアン・グリフレット(pa0124)
♂ 22歳 英探
a.ああ、そんな…
ナタク・ルシフェラーゼ(pa0155)
♀ 24歳 乗魅
e.はっはっはっ。ソラちゃん、大丈夫かぁー?
莫水鏡(pa0196)
♀ 20歳 忍魅
a.えっ、嘘……、パパ……なの……
ゲルト・ダール(pa0208)
♀ 22歳 知魅
c.ふぅん…そういうコト。
アルカ・アルジェント(pa0217)
♀ 23歳 弾魅
c.それでも、貴女になら…。
ヴェロニカ・ラプシア(pa0222)
♀ 21歳 英忍
e.ああ見栄を切った手前、ウェイカーを救ってやらねばな。
ドゥエイン・ハイアット(pa0275)
♂ 27歳 英弾
b.このとき、もっと違っていたなら…
リラ・ミルン(pa0389)
♀ 20歳 弾魅
d.悪は逃がさないから。テロリストを救うつもりはないよ。
エイプリル・レモン(pa0679)
♀ 27歳 探知
c.……ま、いいか。
ダスティン・ガーランド(pa1171)
♂ 27歳 乗魅
c.それでも、私は…
エルフ・プレシス(pa1173)
♀ 27歳 刃乗
e.色々と試してみましょう。
サラ・ハサン(pa1214)
♀ 20歳 乗魅
e.こ、こんなん痛くも痒くも…ぐふっ
比良賀ソラ(pa1234)
♀ 20歳 忍知
b.そうか…
ユウキ・ヴァルトラウテ(pa1243)
♂ 27歳 英弾
a.父さん、母さん…
オリバー・カートライト(pa1468)
♂ 22歳 忍魅
d.ちっちゃくて可愛い子は正義だもんね!
シャール・クロノワール(pa1528)
♂ 26歳 刃機
d.よろしく。
タキ・バルツァ(pa1565)
♂ 23歳 忍機
d.そうきますか…
斧箭鎌刀(pa1581)
♂ 20歳 刃知
d.…マジかよ……
イーノク・オルティス(pa1600)
♂ 23歳 英機
e.あいつには一発、ぶん殴ってやりたいと思ったからさ。
ショコラ・ブラマンジェ(pa1623)
♀ 19歳 魅機
c.むーた!
シメオン・ダヤン(pa2252)
♂ 18歳 知機
b.あぁ…なんだ。そういうことか。
エリアス・ツヴァイク(pa2266)
♂ 22歳 忍機
c.何するんだ!?
陳晶晶(pa2267)
♂ 22歳 刃機
 愚かな……。狂い死ぬか、衰弱して果てるがよい!
ウェイカー(pz0133)
♂ 24歳