【PF10】地下大脱出

担当野間崎 天
タイプグランド 事件
舞台中国(Asia)
難度難しい
SLvC(紛争地域、島内)
オプ
出発2019/09/15
結果成功
MDPディルク・ベルヴァルド(pa0112)
準MDP桜葉千歳(pa0088)
ナタク・ルシフェラーゼ(pa0155)
莫水鏡(pa0196)
エラ・ウォーカー(pa1057)
崎森瀧(pa1178)
タキ・バルツァ(pa1565)
色原朔(pa2372)
ライリー・ホワイト(pa2387)

オープニング

◆露天鉱床
 各講師陣のバカンスのような補講に始まったUNICOの夏であったが、次第にダブルオーの闇を追う熾烈なものへと変貌していったのはご存じの事と思う。
 闇のプラットフォーム・クエーサーが犯罪者達の間に出回り、それらの情報を集め、利用者を突き止め、提供者を探る中でダブルオーの陰が浮かび上がったのだ。
 先日もコネクターとの戦闘が繰り広げられ、追い詰められたダブルオーの一味が逃げ込んだ先で、PCが発見された。
 そのPCをBICOの情報処理班が現地にて解析したところ、そこから、限定的にクエーサーにアクセス出来る事がわかった。
 それによって判明した、クエーサーのメインサーバー。

登場キャラ

リプレイ

◆脱出前に
 ルパンの放送を受けて脱出を決意した学生達であったが、ただ闇雲に部屋の外へと出たりはしなかった。
「ここに研究室が並んでいたよね」
「俺ならここに人員を配置するな」
 莫水鏡が空中にイメージした見取り図に、今井天が人員配置を予想して指を差した。
「ここはこうだったよね。どう行けば良いと思う? ジェームズ」
「そうだな――」
 水鏡と天の記憶した見取り図を聞きながら、ジェームズ・クレイトンは脱出ルートを考える。
「安全に進む為の研究員用のルートがあるはずです。恐らく迂回路でしょうが、探してみましょう」
 アガーフィヤ・コスィフも話に加わる。
「方位も分かるので、迷うことはないはずです」
 優れた体内感覚で、方位をしっかり把握している。進む方向が分からなくなる事はないだろう。
 このように、一瞬しか表示されなかった見取り図を飛び抜けた記憶力で正確に覚えていた学生達が、安全なルートの予測を立てていた。
「迅速かつ慎重に地下6階までいかないといけないからね」
 水鏡の言葉を否定する者はいなかった。
 敵の陣地の中でいちいちもたついていては、すぐに見つかってしまう。スムーズに進むためにはプランもなく迂闊に飛び出す訳にはいかないのだ。

 彼らがルートを検討している間にも、今この場で出来る事を探したり、思考を整理したりする学生も多かった。
「皆大丈夫!? 怪我していない!?」
 栄相セイスが怪我人や体調不良者がいないか診て回る。幸い、怪我をしている者はいなかった。ギアを失い動けない者を怪我人と呼ばなければ、の話だが。
 高圧電流の影響も、ないようで、セイスはほっとした。
「……良かったね。今だと……できる治療も……限られるから……」
 栄相サイスも、セイス同様に胸をなで下ろす。
 仮に、電流による火傷を負った者がいたとしたら、道具も水も薬も使えない今の状態では、出来る事が少なすぎる。
「……早めに医療道具を見つけないとね……」
 今この時に怪我人がいないとしても、この先、戦いになれば怪我をする人も多いだろう。と。
 装備を取り戻す前に戦闘になってしまえば、重傷化のリスクは格段に上がってしまう。
「ない……ないです……暗器も全部ないです……下着まで……見られちゃいました? あうあう」
 こちらでも、装備のなさを嘆く声が聞かれた。
 藤林香倶夜は最初に目を覚ました時に確認した時と同様に、暗器のたぐいを再度探してみたが、やはり一つも残されていないことに落胆を隠せなかった。しかも、着替えさせられているということは、そういうことである。
(乙女の怒りをダブルオーにお見舞いしますぅ)
 絶対に装備を奪い返して、仕返ししてやるべく、心を持ち直す。
 一方で。
「装備品がないのなら、ある物でなんとかするまでだ。タオルを水で濡らした物でも叩くと威力があるしな」
 崎森瀧も脱出にかけて気合いを入れていた。今ここにはタオルも水もないが、ようは何でも武器にする気概でいようということだ。
(スイヤのように武器がないと戦えない者を守らないとな)
 全ては仲間の為に。使える知恵と物をなんでも使って、戦いに備えるのだ。
「はい、そうしますぅ」
 香倶夜も、手頃な物品を飛び道具として確保するつもりでいたので、素直に賛同した。
 とりあえず、段ボールの中のレーションも持って行ってみるつもりだ。近距離から顔面に投げつければ、ひるませるくらいは出来るかもしれない。

「ルパンも中途半端に助けてくれるんだねー。いや助かるけども!」
(……ルパンが何の理由も無く……俺らを手伝うかな……?)
 アデライン・エルムズが、ルパン達の中途半端な援助に微妙なうれしさを感じていると、ディルク・ベルヴァルドは、学生達から外れた首輪を拾い集めながら、ルパンが自分達を手伝う理由を思案していた。
(盗みたいのは俺ら……? でも違う気がする……)
 大怪盗の頭の中は、きっと覗いてみなければ分からないことだらけなのだろう。
 だが、ルパンは、このくらいの援助でも、学生達なら十分と思っているのではないだろうか。
「せっかくのお膳立てだし応じてあげなきゃねっ」
 そう感じたアデラインが奮い立った頃、ルートを模索していた4人の円陣が解けた。それから、少々ざわついていた学生達に、アガーフィヤが声をあげた。
「災難に見舞われましたね」
 この言葉に皆頷き、特に、女性やピグマリオから強い同意の言葉が返って来た。
「ですが、心までは取り上げられていません」
 この言葉に、騒ぎすぎないように小さな拍手が返された。
 進むべきルートは定めた。
 今ある物を駆使し、取り上げられた物を取り返して脱出する為に、学生達は監禁場所を後にした。

◆地下4階
 倉庫が連なっている地下4階。人の気配は今のところないが、それ故、トラップは仕掛け放題。どこにあるか分かったものではない。
 それは、研究員用の通路と目されるこのルートであってもだ。
(怪しい床、通気口……罠はどこにでもありえます)
 先頭を進むアガーフィヤは、特に最大限警戒しながら進んでいた。
 床が落とし穴や作動用のスイッチになっていないか、通気口からガスが送り込まれないか、モーションセンサーはないか、音声センサーの可能性も考え、声は互いに出さないように打ち合わせてある。
(向こうはこの建物について知っている。それだけでこちらは不利だ。だから、少しでも不利を埋めないとな)
 地の利は敵にある。
 天もわずかな違和感を逃さないように、己の感覚を研ぎ澄ます。
 ピグマリオ達は自ら動けない。現状は、複数人に抱えて運ばれたりしているし、台車のような物が見つかれば、そちらに載せられる事になるだろう。
 だが、だからとただ足手まといになるのを良しとする者ばかりではなかった。
 イーノク・オルティスタキ・バルツァも、身動きがとれず、視覚も使えない中、残された感覚に集中していた。
(動けないことは慣れてる……)
 イーノクは、動かない部位がない分どうにか動けないか試してみて、結局どうにもならなかったのを少々残念に思いながらも、運ばれながら周囲の情報収集の補助を務め、
(聴覚もいい方だし、気配にもそこそこ敏感だから――)
 タキは工学知識ともあわせて、敵の不意打ちや罠の起動音に気を配る。
 そうして、慎重に進んできた学生達の行列は、アガーフィヤの制止の合図でピタリと一斉に止まる。
(この感じは、予想通りのモーションセンサーですか……赤外線を利用したものですかね)
 怪盗としての装備が整っていたならば、くぐり抜けられそうな物であったが、今の状態では難しいだろう。
 アガーフィヤは、やむを得ず、さらに迂回をする為、倉庫の中を通る事を後続に伝えた。

 倉庫の棚と棚の間には、今までよりも多くのセンサーが設置されていたが、学生達の集中力も高いレベルで継続して、うまく事前に察知しながら進む事が出来ていた。
(まるで迷路に迷い込んだ気分だね)
 推裾スエソが、行ったり来たりする中でふと思った。ゴールの見えない迷路。いや、むしろ、ここから地下3階へ向かう階段は見えている。だが、焦ってそちらに近づこうとすると、罠にはまってしまう。
 そんな中、ヴァネッサ・ハートが配管を指さす。罠が見つかったのか――と身構える者もいたが、桜葉千歳が首を振る。
 どうやら、配管を折って武器にしたかったらしいのだが、どんな影響が出るのかわからない。
 そりゃそうかとヴァネッサがため息を吐くと、瀧が鉄パイプのような物を差し出してくれた。
 倉庫の棚に一つ紛れていたらしい。
 ヴァネッサにとって、扱い慣れぬ系統の武器ではあるが、これでお嬢を守れると、ヴァネッサはありがたく受け取った。
(徒手空拳と言えど遅れをとるような鍛え方はしてない……が)
 ヤスケ・クロボーズも、適当な鋼板を見つけて盾代わりに構えた。
 敵には当然武器があるだろうが、こちらには揃っていない。
 先制射撃への備えとしての盾は有用だ。
 なお、重い鋼板を途中までは片手で扱っていた。もう片方の腕には歩けぬニコ・オークスを抱えていたからだ。台車が見つかってからはそちらに載せていたが、なんとも頼れる力持ちである。
 香具夜も、投げられそうなボルトなどを見つけては、罠に連動していないことを確認してから、手の中に握り込んでいた。
(本当、俺達ってただで起きないよな)
 遠回りさせられたからこそ装備が充実していく仲間達を見て、集推スイヤがこっそりと思った。

 こうして、学生達はジリジリとしびれる時間をかけながらも、地下4階をくぐり抜けたのであった。

◆地下3階
 階段を上った先、地下3階は静まりかえっていた。
 倉庫が連なり、言ってみれば大きな部屋が直接繋がっていた地下4階と異なり、この階は廊下と部屋がくっきりと分かれていた。
 静寂に満ちた廊下は、最左翼のこの場所の足音さえ最右翼の方まで響いてしまいそうなほどだが、各部屋の中の音が漏れてこないところを見ると、防音設備は良いのだろう。
 逆に言えば、廊下からの音も中に聞こえないだろう。
(この階は研究室とかだっけ?)
(そうだ。研究室が主で、他には目的地の倉庫や、職員用の更衣室やトイレ、給湯室なんかもあったな)
 疑問の声に天がひそひそと答える。更衣室やトイレは今いる左翼側にある。
(廊下に誰もいなさそうですしぃ、一気に行ってしまいますぅ?)
 香具夜の伺いに、学生達は少し迷ったが、慎重に事を進める事にし、その慎重さが、功を奏した。

 学生達がそのまま行っていれば鉢合わせしたようなタイミングで、角の向こうからピッ。という電子音が鳴った。
 その音と共に研究室の扉が開くと、中から職員風の白衣を着た男女が出てきた。
「元の研究も忙しいのに、また難題を押しつけやがって」
「あら。でも今の奴よりも楽しそうじゃない。どんな技術が秘匿されているか、わくわくするわ――ちょっと待って」
 和やかに会話していた二人が、にわかに押し黙る。そして、慎重に口を開いた。
「……聞こえる?」
「ああ……廊下の奥から、何か声が……歌?」
 廊下の奥から、かすかな声が聞こえた気がしたのだ。
「こんなところで誰が?」
「下の倉庫に閉じ込めてるって捕虜が逃げ出したのかもな」
「逃げた捕虜が……歌?」
「ないな。まあ、大方バカがケータイ落として着信鳴ってるんだろう……そいつはバカだが、選曲のセンスはあるみたいだがな」
 謎が解けて緊張が解けた二人は、歌に誘われるように廊下を歩いて行く。
 そして、廊下から引っ込んだ、更衣室の扉の前へと曲がった瞬間、目を見開いた。
 扉の前に、二人の女性が立っていたのだ。
 一人は、なまめかしい肢体を強調するような姿を見せ、もう一人は美しい生歌を披露していたのだ。
 突然の事態に職員の理解が追いつかず、まごついているうちに、ナタク・ルシフェラーゼは、先んじて行動に移す。
「こんな小さな服じゃ胸が苦しくて……もっと大きな服、ありません?」
 色っぽい吐息混じりの言葉に、男性の目線が胸……ナタクの体に釘付けになり、そんな男性にスレンダーな女性がムッとする。
 女性が、抗議の声を上げようと口を開いた。が、言葉は紡がれる事無く、彼女の体が傾き、男性が気付いて、ナタクから女性へと視線を逸らした瞬間、ナタクが男性に組み付き、首を締め上げた。
「! ――――……」
 男性は程なく締め落とされ、力が抜けた。
 二人の意識がなくなったのを確認し、小林三代は歌を止めた。
 女性の方の意識を奪ったのは、瀧であった。男女二人の意識が完全に三代とナタクに集中したのを認識した瞬間に階段室から飛び出し、女性の意識を一発で刈り取ったのだ。
「……武器は持っていないな」
 ポケットをまさぐるが、ただの研究員だからか、武器のたぐいは持っていなかった。
 瀧としてはやや残念ではあったが、まだ、拝借できる物はある。
「さて、このままだと女性服は一着だけですね」
 三代は職員の首から下がっているカードキーを抜き取ると、更衣室の扉の脇にある認証機にかざす。
 無事に更衣室の扉を開くと、職員二人を引きずり込んだ。手頃なロッカーに二人を押し込むと、それぞれ研究員の服を失敬して、変装した。
 三代もナタクも胸が苦しいのは相変わらずだったが、今は我慢する他ない。 

 研究員にふんしたナタクは、廊下の角を曲がり、先ほどの研究員達が出てきたと思われる扉の前に立つと、カードキーで堂々と扉を開けて研究室内へと侵入した。
 学生達が角で待つことしばし。中から騒がしい音が聞こえ始めた。
 防音設備の能力を考えれば、かなり大変な事態になっているのかもしれない。
 右翼側の廊下を見張っていた警備員達が慌てて駆けつけてきて、中へと入っていった。
 今が突破するチャンスだ。
 と、急ごうとする学生達であったが、
「もう一枚あるよね? カードキー」
 色原朔が三代に問うと、三代は心得たとばかりに扉の元へ向かって、カードをかざして、再度解錠した。
 朔はドアを開けると、室内をそっとのぞき込む。
 予想通り、中では怒声や悲鳴が飛び交い、機械がけたたましいビープ音を鳴らし続けていた。
 研究員も警備員も中の事態を収集するのに精一杯で、こちらに気付く様子はない。
 これなら一人二人侵入しても大丈夫だと判断し、九曜光も室内へと入り込もうとすると、サイスがちょっと呼び止めた。
「……ねえ、できたらで良いんだけど――」
 サイスが光に耳打ちすると、光と三代は今度こそ研究室へと入り込み、応援を呼ぼうとしていた警備員にそれぞれすがり付いた。
「助けて! ホントこれどうなってるのよ!」
「ええい、離れろ! だから今から増援を――」
 インカムで増援を呼ぼうとした警備員達は、光と三代を見て、体をこわばらせた。
 一般の研究員にはない色気と艶。思わぬ柔らかな肉体の感触に頭の中がいっぱいになり、思考が目の前の女性に支配される。
(もっと混乱させてあげるよ)
 テーブルの影に隠れていた朔が警備員に精神を集中させると、警備員は突如、叫びだし、うずくまってしまった。
 もう一人の警備員は、三代が死角からの一撃で脳を揺らし、昏倒させていた。
 さらに、朔が集中する対象を、他の研究員に移すと、意味不明な言葉を叫び出す者や仲間に掴みかかる者などがあらわれ始めた。
 集中する朔の瞳は、満月のような色形に変じている。そう、朔の超能力、対象の精神を錯乱させるES能力、ルナティックだ。
 こうして、事態は収束すること無く、ますます混沌が広がっていった。

 学生達は、迅速にかつ静粛に廊下を抜け、最右翼の倉庫の前までたどり着いた。
 だが、研究員のカードをかざしても、鍵が開かない。
(このくらいの認証装置、なら、PCさえあれば、無力化できるです……けど)
 装備が、あれば……!と叫びたくなるのを抑えて、シメオン・ダヤンが悔しがっているところに、状況を引っかき回せるだけ引っかき回してきた光と朔と三代が戻ってきた。
 すると、光がポケットからピッと取り出したのは、カードキー。
「これももらってきたよ」
 すがり付いた警備員の物だ。自閉しているうちに、借りてきたのであった。
「……ありがとう……多分、これで……」
 サイスが礼を言うと、光がカードキーをかざす。と、今度こそ綺麗な音がなり、倉庫の扉は解錠された。
 倉庫の中に入ると、装備はすぐに見つかった。
 学生達の装備は、棚の上に揃っているだけでなく、種類別に丁寧に並べられていた。
 これから研究しやすいようにと、もう分類されていたのだろう。
「各種センサーも、なさそうだな」
 スイヤの調べに、サイスやアデラインも頷く。
 近寄れないようであれば、香具夜が超能力のインヴィジブルハンド……不可視の手で遠隔干渉するPK能力を使う事も検討したが、その必要はないようだ。
 早速スイヤと瀧が武器を回収し、手早く点検を済ますと、颯爽と廊下へと戻っていった。ヤスケも鋼板を下ろし、迅速に元々の装備を身につけて武装した。
 これまでのあり合わせの鋼板ではなく、マンホールの蓋型の盾とビームブレードを携えて廊下に出る。ヤスケはこれで皆が装備を調えるまで護る手はずだ。
 ヴァネッサの鉄パイプも香具夜のボルトも置かれて、正規の装備に持ち替えた。装備回収前の戦闘への備えは、結局使われる事はなかったが、備えて無駄だったということは決してないだろう。
 千歳も、装備回収前に戦闘になったら出るつもりであった。
(一応、無手の心得はありますから)
 だが、杞憂に終わろうとも、いざという時の備えや心構えは、怪盗には必要不可欠なものなのだ。
「全く女の子の持ち物を奪うなんて酷いよねっ」
「だよね! まったくもう、犬まで攫うというか取り上げるなんてどういうこと!?」
 アデラインは二つのペアリングを嵌めながら、スエソは床に寝そべる愛犬のボルゾイ、カエダを抱きかかえながら憤る。
 アデラインのリングは、とても大切な友人からの贈り物。女の子の大事な持ち物だ。だが、彼女の持ち物として、防弾衣や突撃銃など、まあそりゃ没収するよ。という物も多かった。
 カエダだって、他のボルゾイよりも優秀なだけでなく、専用のMNの首輪を装備しているのだ。連れ去って研究対象にするのが、妥当なのだ。
 カエダをセイスが触診するが、怪我は見あたらなかった。こちらも学生達同様に無事らしく、薬か何かで眠らされているだけのようだ。
 セイスが救急箱と用意していた薬品から、動物用の気付け薬を調合して飲ませると、無事に飛び起きたのであった。
 感動の再会を喜ぶ一人と一頭であったが、しかし、連れ去られたものの中には目を覚まさないものもいた。
「……よしだ?」
「大変なのです。むーたが動かないのです」
「だめだね。モチも」
 タキのアメショ型ドロイドである、よしだ、と、シメオンと朔のハツカネズミ型ドロイドである、むーたとモチは、一向に動く気配がなかった。
 タキが慌てて3体の調子を確認すると……外傷は無く、中の機械もハード面で壊れた箇所はなさそうであった。
 高圧電流でショートしてしまった可能性もあるが、考えられる中で一番可能性が高いのは――
「充電切れ、かな」
「それなら、仕方ないのです。偵察してもらいたかったですけど、脱出したらたっぷり充電してあげるです」
 二人はそれぞれのドロイドを優しく抱き上げた。ここまで自分がそうしてもらったように、今度は自分が動けぬ者達を運んであげるのだ。
「ああ、よかった。無事だったね」
 朔も安心してモチを抱き上げる。期待していたドロイドのギミックは使えないが、他に取り戻した装備で代用は可能だろう。
 光は、取り戻したAiフォンで何やらどこかに通信していた。ファントム秘匿通信のセキュリティを信じて、防諜されないと踏んだのだ。
「待ちくたびれてるかしら、彼?」
 緊急時に連絡するような相手は、いったい。

 廊下に出た瀧とスイヤは、まだ混乱している研究室の方へと近づいていた。
 必要であればナタクの脱出の援護を――と、扉の所まで来た時、ちょうど、解錠音と共に室内から警備員が飛び出して来た。
「! お――」
 慌てた様子の警備員が銃を抜くよりも早く敵の懐に入った瀧が警備員を沈めて、扉を閉めた。
「お見事です。瀧様」
「ありがとう……これはおまえに任せる」
 瀧は、抜かれずじまいだった警備員の拳銃を抜き取り、スイヤに渡す。この警備員は、この後更衣室のロッカーに放り込む事になるだろう。
 スイヤが拳銃の具合を確かめ終えると、すぐにまた解錠音がなった。
 また警備員か、職員か。身構える二人の前に顔を出したのは、ナタクだった。
「機械を弄ってたら、暴走しちゃって。ちょっとやり過ぎちゃったね」
 ナタクは、ニヒッと笑った。

◆地下5階
 地下5階に進むために、地下4階を再度慎重に進む必要はなかった。
(こんな時こそ……何か力になれるはず……)
 普段、自信がなくおどおどする事も多いライリー・ホワイトであったが、ここは時間短縮に大いに貢献してくれた。
 地下3階から、地下4階にある地下5階への階段のすぐ近くまで、彼女……失礼、彼の超能力、ザ・ホールにて、擬似的ワームホールを形成して瞬間移動させたのだ。
「今回は、運び屋に徹しますよ」
 今日のライリーは、ちょっとだけ自信に満ちていた。
 そうしてやってきた地下5階。こちらも、地下4階と同じように、大きな部屋同士が直接繋がり、時おり小さな部屋が挟まっているようであった。
「実験室だったね」
「ああ。そうだ」
 実験室と言う名の大きな部屋。いったい何の実験をする為の物なのか……と思っていたら、部屋の中に鎮座していたのは――
「……ゴリラ? と、たくさんのサル?」
 目を閉じているから眠っているのかも?とアデラインは思ったりもしたが、それにしては生気が感じられない。
「ドロイドかな?」
「そうであろうな」
 ヤスケが肯定し、ビームブレードを構えた。
「私が援護するから、近づいてやっちゃって」
「心得た」
「スイヤ。私達も行くぞ」
「了解です。瀧様」
 アデラインの指示に、ヤスケが返事をし、スイヤの了解を受けて、瀧もヤスケに続いて駆け出した。
 近づいてきた存在に反応し、ゴリラとサルの目が開いた。飛び起きたゴリラは、ドラミングをして学生達を威嚇すると、サル達は口を開いて銃口を見せた。
(人ならざる者かあ、分かってれば、対物銃ぶっ放してあげたんだけどねー)
 アデラインが心の中で愚痴りながら、モノクルに映る情報で補正し、突撃銃をサル型のドロイドに向けてぶち放てば、ちりぢりになって逃げ惑う。
(ま、さっさと倒して帰らなきゃ。待っててくれる人がいるから)
 スイヤは、アデラインが牽制してくれた分、じっくりと狙って一体ずつスナイプしていく。
 援護射撃のおかげでサル達に狙われる事なくゴリラに接近出来たヤスケと瀧は、それぞれの刃で立ち向かう。
 ゴリラが力任せに掴みかかってきた極太の腕を、瀧がノダチで受け流せば、攻撃後の隙をヤスケが突く。
 ゴリラの硬く分厚い装甲も、ヤスケのビームブレードの前では、ただ分厚いだけの紙と変わらなかった。
 脇腹が大きく裂け、内部が見えるほど。
 その傷口にアデラインとスイヤの銃弾を集めれば、ゴリラは内部から火を吹き、爆発炎上したのであった。
 残ったサル達もパパッと片付けると、学生達はこの階層を進んでいく。
 次の部屋でもドロイドとの戦闘になり、その後、小さな部屋を越えてまたドロイドとの戦闘になったのだが、戦闘が続く中、シメオンが小さな部屋の中の機材に注目した。
「何してるの?」
「無機物……警備システムなら、偽装データを流して誤魔化したり、無力化したり……できるかと思うです」
 シメオンの言葉に、なるほどと同意した学生達。
「いじるなら、この辺りです?」
 シメオンが指示した観測機器を、光が携帯工具でこじ開けて中の回路や配線を露出させた。
 内部をタキが覗いて確認すると……
「……うん。これなら対応できるかな」
 そのまま取り出した工具で、配線を弄る。素人には見分けすらつかない線の束を切って繋げて、横から割り込めるように改造していった。
 もし、よしだが動いていれば、作業の途中で出たクズをぺしぺしして遊んだのだろうか。そんなことを考える間に、工事は完了し、シメオンがノートPCに繋いだ。
 ディルクもこの時を待っていたとばかりに、自分のトランクPCに繋がせてもらう。
「ルパン達のネットワークに繋げられないか試してみる……」
 一回ハッキングしたなら……痕跡はあるはず……と、ディルクは移りゆく画面の隅から隅まで目を凝らした。
 本来であれば、ハッキングした後はなるべく痕跡を残さないようにするものである。
 ディルクも、それは承知していた。だが。
(……残してそうな気がする……)
 怪盗同士の勘と理。常識だけで考えていてはたどり着けない境地。
 はたして、ディルクの勘は当たっていた。
「……わかった。ここをこうして……」
「うまく、入り込めたのです」
 ディルクとシメオンは、システムへの侵入を無事に果たし、必要なデータをさらった。
 仕上げに、シメオンが警備システムをダウンさせると、戦闘中だったドロイド達の動きも、全て一斉に止まったのであった。

◆地下6階
 機械的な敵も罠もなくなった地下5階をくぐり抜けた学生達が階段を下りている最中、一番に反応したのは、ボルゾイのカエダだった。
 階段の上の方を見上げて低くうなり、飼い主のスエソに危険を、敵襲を伝える。
「あ、敵さん達、来ちゃったみたいだよ」
 昂ぶるカエダを落ち着かせながら、スエソは皆にも情報を伝えた。
 ドロイド相手には比較的派手に動いたので、どこかのタイミングで上に異常が伝えられてしまったのかもしれない。
 先に学生達が地下6階に辿り着いたが、敵の部隊が下りてくるのも早そうだ。
 学生達は、時間を稼ぐチームと先を急ぐチームに分かれて、対応することにした。
「すぐ出口見つけてやるから、早く来いよな」
 先に出口を探しに行くジェームズの言葉に迎撃準備を進める学生達はハンドサインで答えた。

 敵の到着と同時に、アガーフィヤがアサルトライフル――アバカン――を、アデラインもAKの残りの弾薬を全て吐き出すまでフルオートで撃ちまくり、敵の出鼻を抑えた。
 だが、弾丸は無限ではない。特に、地下5階で奮闘したアデラインは先に弾が尽きて後退する。
 その分、弾幕が薄くなったところで敵が雪崩れこんできた。
 銃弾がかすった腕や脚から見えるのは機械の体。コネクターだ。
 瀧はコネクター達に接近すると、ノダチで一人ずつと殺陣を演じる。
 腕を刀剣としたコネクターとはしのぎを削り合い、電ノコの腕のコネクターとは、ヒットアンドアウェーで間合いを計りながら戦う。
 今回、多人数で押し寄せてくる敵相手に、そういう戦い方になったのも、これができたのも、
「瀧様、背中は任せてください」
 スイヤが瀧に近づこうとする者から順に超音速弾で牽制したおかげだ。その正確無比な射撃が、敵の出足をくじき、瀧の活躍の場を広げた。
 香具夜も、ブラッディカードを投げつけ、ウィッグに仕込んだ鋼糸を振るい、乙女の怒りをぶつけて敵を追い払う。

 それでも漏れてくる敵に対しては、少人数で引きつける。
「さぁさぁこっちまでおいで!」
 資材置き場となっている部屋に飛び込んだ水鏡を、コネクターが3人追っていった。
 アサルトライフルに改造されたコネクターの右腕から発射される銃弾を、水鏡は3次元の動きで避けて、資材の裏へと隠れ、飛び出し、敵を翻弄した。
「こいつ……ちょこまかと」
 敵が焦れて一人で飛び出してしまうと、水鏡の格好の的となる。
 水鏡は逃す事無く、鋭い針の仕込まれた羽根ペン――ブラッディフェザー――を投げつけ、敵を昏倒させた。
「皆を決して傷つけさせやしないんだから!」
 守る為に撃つ。

 タキも、コネクターにちょっかいをかけてから、他の部屋に飛び込んだ。
 怒りに震えるコネクターが追いかけてくるのを、こちらも身の軽さを活かして逃げ回る。
 乱雑に積み上げられた資材や木箱、什器の間を効率よく進む術はパルクールのもの。それも、取り戻したギアによって強化された動きで行われるのだから、無骨なコネクター達が追いつける訳がなかった。
 コネクターが拳銃を取り出して発砲するが、予測のつかない縦横無尽な動きをするタキに標準を合せる事すらできず、やけっぱちな射撃に当たるほど間抜けでもない。
「そろそろ良いかな」
 タキが一転してコネクターへと向かって距離をつめてくると、弾丸をかわしてコネクターへと拳を振るう。
 手の甲に狼の刺繍がされた手袋には金属製のナックルが仕込まれていて、それがコネクターの顔面へとめり込み、ゆがめた。
 コネクターが衝撃から立ち直り、撃ち返す時には、もうタキは十分距離をとっていた。

 三代はコネクターに迫られる中で、優雅にバイオリンを構えた。
「なんだ、逃げるのを諦めて最後の思い出に演奏会でもしようってのか」
 コネクターが自慢の電動丸ノコを高速回転させて三代に近づこうとするが、三代の演奏が始まるとすぐに脚が止まった。
 顔から表情が抜け、上の空になったコネクターは、三代に迫ることができず、ただその場でたたずむのであった。
(誰が諦めますか。そんな必要、ないんですから)
 何せ、三代のバイオリンは、催眠演奏が可能な超科学の代物。敵の足止めにはもってこいな能力を発揮したのであった。

 先に進んだ学生達は、ルパンに言われた食糧庫に辿り着いていた。
 入り口の守りをヤスケやヴァネッサが固め、他の学生が中に入って出口を探す。
「下水と繋がってるんですよね?」
「ああ。そうらしいな」
 千歳の確認に、ジェームズが応じる。是の答えに、千歳はそれならと、動きを止めて耳を澄ます。
 捉えるべきは、水の流れる音と空気の流れ。
 そして、人間離れした千歳の聴覚は、それらの音を、捕まえた。
「あっちの方です」
 千歳が早足で部屋の奥へと向かい、ジェームズもついていく。
 食料の積まれた棚を迂回し、通路を塞ぐパレットの山を乗り越え、迷うことなく進んだ先にあったのは、木箱の山だった。
 この辺りのはずです……と立ち止まった千歳に代わって、今度はジェームズが前に出る。
「食糧庫って事は塞がれてる物の下にありそうだよなとは思ってたが、本当に木箱なのか」
 ジェームズが木箱を寄せて、床の方に空間探知の腕時計を向けると、想定通りの反応があった。
「間違いない。出口だ」
 優れた感覚と推理が、迅速な出口発見に繋がり、学生達はすぐに脱出することが出来たのであった。
 もし、ここでもたついてしまっていたら……時間稼ぎに出た者が敵の物量を前に力尽きる。ということも、あったかもしれない。
 出口が見つかったことを足止めチームに連絡すると、すぐに足止めチームは煙幕や閃光弾、催涙弾、爆薬等を駆使して敵を撒き、一気に距離を話して合流を果たしたのであった。
「僕は華麗な怪盗なんだ。背に死体の山じゃあ格好がつかないからね」
 朔の言うとおりだ。

 こうして、学生達は、囚われたアジトからの脱出を果たしたのであった。

◆下水道
 ルパン一味の掘った穴を抜け、下水道を学生達は進む。
 上手く脱出してやったり、と、それぞれ喜んだり、ルパン達に感謝したり、家に帰るまでが脱出だぞと気を引き締めにかかったりしていたが、そんな中、一人浮かない顔をしている者がいた。
「どうかしたか?」
 イーノクが何か考え込んでいる光に声をかけると、光は少しの沈黙の後に気になっている事を話した。
「……そろそろ、愛機のバイクが到着してもおかしくない頃なのよね」
 装備を取り返した時、連絡していた相手はバイクだったのだ。自動モードでここまで来るように手配しておいたのだが、一向にエンジン音すら聞こえてこない。
「待ちくたびれてすねちゃったのかしら」
「下水道の入り口がわからないだけなんじゃないか? バイクが入り込めるサイズや場所であるとも限らないしな」
「そうかもしれないわ。でも……」
 何か気になるの。光が不安を払拭できないまま進む。と、その不安が、現実のものとなった。
「止まれ!」
 アガーフィヤの一声で、学生達は地下4階の時のようにピタリと止まった。だが、あの時と違い、今は迂回路はなく、脅威は向こうからやってきていた。
「そういえばあそこの構造上、地下から逃げられることはなかったかな? ちょっと調査してみようかと思って来てみたら……運が良かったね」
 姿を現したのは、光のバイクではなく、全身を水銀で覆ったかのような、のっぺりした不気味な姿の人型――ダッド――であった。
「君達にはあまり酷い事はしたくないんだけど、おいたをするのなら、お灸はしっかり据えないとね」
 穏やかな口調ながら、異様な風貌が学生達に与える威圧感は相当なものであった。
 そんな中、エラ・ウォーカーは、自然に皆の前に出た。
(皆を危険には晒せないネ)
 強大な敵、実力のわからない不気味な敵を前にしても、臆することなく、まずは言葉を紡ぐ。
「ユーの理想を問うヨ。ユーが指示するダブルオーの目的は何カ?」
 謎の秘密結社に対する問い。誰もが気になるその目的だが、聞かれて答えるのか。
 学生達が固唾を呑んで待つと、ダッドは思いの外あっさりとしゃべり出した。
「世界を、あるべき平和な状態にすることだよ」
「…………はぁ?」
 あまりにも意外な言葉に、開いた口がふさがらない学生達に向けて、ダッドは蕩々と語る。
 今までしゃべりたくてもしゃべれなかった秘密を、ようやく打ち明ける事ができたとばかりに、みようによっては、嬉々として。
「ダブルオーは正式には、オールドオーダー(OldOrder)という秘密結社なんだ。それは長い歴史があってね、ローゼンナハトと同じくらいに。けど、私は歴史や伝統には興味ないんだ。ダブルオーは『古き良き秩序』を標榜しているけれどね」
「古き良き秩序……? アメリカのトレーラー暮らしのおっさんが掲げそうなセリフだね」
 タキが思わずそう言うと、ダッドは電子的な声で「フフフ」と笑って。
「たしかにね。でも、ある意味でダブルオーは、アメリカで腐ってるおっさんのいい味方なんじゃないかな。
 古き良き秩序……つまりね、それは、力による支配ということだよ。野蛮な時代の、化石じみた妄言に感じるかもしれないけど、しかし真理というのはいつの時代も変わらないものさ。古き良き芸術が色あせないように、あるいは時を経てなお輝きを増すように。
 平和とはつまり、争いのないことだ。秩序とはつまり、そういうことなんだよ。秩序のありがたみを知らない者が、21世紀には増えすぎたように思う。無秩序の恐ろしさは、もう忘れ去られようとしている」
「いかにも、悪い総統のセリフみたいな……」
 ディルクのぼやきも、自然に出たものだろう。が、ダッドは特に返事をしない。ただ、「そんなことはわかっているとも」とでもいうふうに、大仰にゆっくりうなずいただけだ。そして。
「世界は遥か昔から、ずっと力を基準に秩序が築かれてきたんだ。農奴が貴族に搾取されていたのは、貴族の力に屈していたからだよ。だが、大衆はそれを望んでいたんだ。力ある領主がいなければ、搾取されたのは、自由や財産ではなく、侵略者による自身と家族の命だったのだから。息子が殺され、妻が犯され、自分が奴隷となるより、庇護され細々と生きることがどれだけ尊いことか……
 やがて議会政治の時代になっても、力と力で世界の規範は描かれてきた。そして大国間は力で牽制しあい、秩序なき世界大戦を経て、どうやら人類は反省したことになったというけど……本当かな? 本当にみんな、平和のために一致団結して努力しているかな? そうしなきゃ維持できないことくらい君らもわかるはずだ。けど、世界の人々はそうしているかな?」
「それが動機? それにはあえて反論しないでおくけど、手段は、方法は雑じゃない?」
 水鏡はぴしゃりと言った。ダッドは、腕を組む。
「……確かに、もっといい方法ができたらいいなと、いつも自分の不肖を恥じるばかりだよ。けど、今の世界を見渡しても、このダブルオーしか、やりようがなくてね」
「ダブルオーで、悪を為して、世界を一致団結させるというのか?」
 天は思わず拳を握りこんだ。
「善か悪か、はこの場で論じるのはよそうじゃないか。正確に話し合うなら、非道な暴力を含んでいるかどうか? だね。ああ、我々はそれを含んでいる。だが、『過程』の手段の是非についても、今はやめておこう。
 私が防ぎたいのは、もはやどうにでもできない、大なる悲劇だ。力と力が争い、そのそれぞれの力が大きいほど、巨大な悲劇が起こるんだよ。大きな力は、不毛に争うためではなく、全人類を庇護するために使うべきだ。で、それが君たちに言わせれば、『悪の組織による世界征服』となる。いいんだよ、その理解で。反論する気はない」
「あら、理解を深めないんですか? この場で我々を味方にしようとか」
 千歳は挑発するように言ったが、ダッドは肩をすくめて。
「今この場でそれが叶うとは思えないよ。じっくり時間をかけて話し合えれば、あるいはわかってくれる子もいたかもしれないけど……こんなにぞろぞろ逃げられている状況では、ちょっと無理じゃないかな?」
「ああ、珍しく意見が合ったじゃねえか」
 斧箭槍剣は拳をペキペキと鳴らした。ダッドは、小さく後退してから。
「わかってもらえなくとも、これが私の正義なんだ。私は力ある者として、21世紀らしい方法で世界を統べる。力で。そして争いをねじ伏せる。だから、君達とは本当は戦いたくない。ぜひとも協力してほしいと思っている。そう簡単な説得でないことはわかっているけど……皆、できたら真剣に考えてみてほしいんだ。そしてもし、ダブルオーのやり方のほうが、世界を救えると思ったなら、いつでも私に相談してほしい」
 ダッドは胸に手を当てて、小さくお辞儀さえした。殊勝な姿だが、全身メタリックの異様にされると、腹立たしくもある動作だった。
「考えるまでもなく、一般人を巻き込むという『妥協』をした時点で、程度が知れていマス」
 エラは痛烈に言った。
「誰も彼もが妥協をする勇気を持っているなら、世界はもっと秩序に恵まれていただろうけどね」
 ダッドの言は、ある意味、正論だった。だが、それをダブルオーの総帥が、あの不気味な姿で不自然な声音で語るのが、UNICOの者には受け入れ難かった。
 武者震いするエラの横を抜けて、イーノクがダッドの前へと進み出ていく。
 その歩みはよどみなく、歩を進めながら、イーノクはダッドへの思いを表明した。
「ダッドのおかげで……ダブルオーのおかげで俺は再び杖なしで歩けるようになった。ありがとう」
 ダブルオーへの感謝の言葉に、学生達は驚き、ダッドでさえも驚きの素振りを見せた。
 なおも寄ってくるイーノクに対して、愛しい子どもを迎えるように、ダッドが手を開いて待ち受ける。が、イーノクはそんなダッドへ拳を振り上げる。
「けどな、洗脳されたことはゆるせない」
 洗脳され、コネクターとして手駒にされて過ごした数年間。その間の記憶はないが、ろくなものでは無かっただろう。
 何より、その間に、イーノクは天涯孤独にもなってしまっていたのだから。
 怒りの日として力を込めた一撃を、ダッドは、手を広げた姿勢のまま受けた。
「!?」
 イーノクは眉をしかめる。ダッドは動じない。ギアで殴ったというのに、この手応えは……
「なんだこのボディは。まるで鋼鉄で出来たゴムみたいだ」
「はは、うまい喩えだね。さて、それ以上向かってくるのなら、もう手加減はしないよ。このまま回れ右してアジトに戻るのなら丁重な扱いをしよう」
 ダッドの提案に、イーノクは拳をまだ震わす。そんな舐めた提案、誰一人飲めるわけがない。だが、ダブルオーのボスを相手に、まだ怪盗の卵である、自分達が叶うのか――
「さぁて、手間取らせた礼くらいはしねぇとな」
 真打ちとばかりに満を持して前に進み出たのは、槍剣。
 どっちにしても退かせねぇといけねぇなら拳は交わしとくべきだな、と、拳を鳴らして敵を睨む。
「ちょいと避難してろよ、どうなるか分からねぇからな」
 そう言ってイーノクを引かせると、槍剣は10cm位の注射器を取り出し、自分の腕に打った。
「後始末は頼んだわ――」
 言うや、槍剣の様子が一変する。
 肌は人間としてはあり得ない緑へと変色し、力を込めた両腕や両脚の筋肉が盛り上がり、眼からは知性の色が失われた。
 血走る瞳が見据えるのは目前の敵だが、敵と味方の区別がつくのかははなはだ疑問だ。
 モンスターか、狂戦士かという容貌になった槍剣は、恐怖を感じる様子が全くなく、一直線にダッドへと向かって突っ込んでいった。
「これはこれは、ローゼンナハトも残酷な薬を学生に使わせるね」
 ダッドは逆に、余裕を失わずに迎え討つ。
 槍剣のビームブレードが全力でなぎ払われるのを、ダッドがバックステップでかわすと、槍剣が続けざまに切り上げ、振り下ろし、切り払うのを、また紙一重で避けていく。
 超科学的アドレナリン剤『グリーンモンスター』でドーピングした槍剣が怒濤の連撃でたたみかける。
 その間に、戦力として不足する残りの学生達は、先に逃亡する術を模索する。
 ここで頼りになったのは、ライリーのザ・ホール。
 薄暗く、遠くまで見渡せない下水道であったが、水鏡の閃光弾を後方で炸裂させることで、遠くまで届く強烈な光源を確保し、ブーストされたワームホールが、ダッドの遙か後方への脱出路を開いた。
 一斉にワームホールへ触れ、ワープする学生達。
「皆で、無事、帰りましょうね」
 ライリー達は、ダッドと対峙するために残った者達へ言葉をかけて、駆け出していく。
 ダッドも、学生達が瞬間移動して逃げた事実に気付いたかもしれないが、それでもその事へ対処しようとはしなかった。
 いや、できなかった。
 ダッドは、槍剣の攻撃を余裕をもって避けているいるように見えていたが、他の事態に関与しようとしなかったり、いつまでも反撃に転じられていないかったりするところを見ると、槍剣の攻撃を見極められているわけではなく、必死に避けてなお、ギリギリ『避けられている』だけなのかもしれない。
 ならば、後一押しで当てられる。
「加勢するネ!」
 この場に残っていたエラが槍状の手裏剣をダッドへと撃ち出した。
 ダッドのこれまでの動きを見れば、避けられない軌道ではない。が、こちらの回避行動をとれば、槍剣の一撃がまともに決まるだろう。
「勇敢な子たちだ」
 ダッドは脚を止めた。手裏剣が迫り、槍剣が踏み込んでくる中、なおも落ち着き払ったままのダッドの外見が変わる。
 そう、変わったのだ、外見が。いや、フォルムが。のっぺりとしていたそのボディが、ほんの一呼吸で、中世の甲冑のような姿になったのだ。
 今度こそ槍剣の電磁の刃が銀色の胴体を捉え、手裏剣が命中すると、秘伝の火薬が爆発した。
 日々鍛えられた筋肉がドーピングにより更なる威力を発揮した剣戟。影投げで実は2本投げられていた手裏剣の連続爆発。だが、それでもダッドはよろめいただけで、流動体の胴体に出来た裂傷も爆傷も、すぐに塞がってしまった。
 そして、回避を止めたことでダッドは反撃にも転じ、槍剣をただ拳で殴り飛ばした。
 ただの、なにげない仕草のパンチであったが、それでも屈強な槍剣を何メートルも吹き飛ばすパワーがあった。
 すぐに起き上がった槍剣がまた斬りかかるが、早くも冷や汗が流れていた。敵の体力に底は見えないのに、自分は体力が増しているわけではないのだ。
(無傷で帰れる相手ではない、ネ)
 エラも覚悟を決める。自分も身を危険に晒すしかない。
 エラは、バリンデン家秘宝のパラディンレイピアを抜き放ち、二人の化け物の元へと突撃した。
 正面からの突撃に、ダッドも何かを感じ取った。が、それでも、あえて無視して、槍剣へ向かい直す。
 槍剣の重い一撃を手甲に変えた腕で受け止める。ダッドの反対の腕が、一瞬で武骨なサーベル状に変化する。それが槍剣を切り払う。
 槍剣も血反吐を吐きながらも、その剣をへし折る勢いでビームサーベルを打ち返す。
「やらせないネ!」
 エラが接近する。だが、ダッドの両手が組み合わされると、それが一本の大棍棒と化し、二人まとめてなぎ払わんとした。
 狂戦士と化した槍剣はともかく、エラの反応速度であれば、ギリギリ避けられたかもしれない攻撃。
 だが、彼女は避ける事なく、あえて共に受けた。
 交通事故にでもあったかのような衝撃が槍剣とエラを襲う。
 だが、それでも超科学的な防具で身を固めていた二人は耐えきった。
(どんなに強くても、絶対はないのデス!)
 槍剣の力任せの一撃に、エラは切り口を合せて続けざまに振るう。
 二人の合わさった攻撃に、肉を切らせて骨を断つ、決死の一撃に、斬れぬ物はなかった。
 ダッドを構成する流動体、液体金属のようなものの一部が一瞬途絶えて、赤い全身タイツのような布地が、ちらりと見えたのだ。だが、そこまでは刃は届いていなかった。
(これでも、届かないんデスカ)
 渾身の一撃でもってしても、ボディの中身が一瞬見えただけ。ボディに中身……
「中身……生身……中に人が……総帥がいるネ?」
 遠隔操作によるドロイドではないのだろう。それが分かっただけでも、大きな収穫かもしれない。
 と、次の瞬間、鋼のような筋肉をへこます程の硬く重い銀色の拳に槍剣を沈められ、エラの頭の中に敗北の文字が浮かんだ。ちょうどそのときだった。
 下水道が激しく揺れたのだ。まるで地震が起きたかのように。
 実はこの揺れは、ディルクがダブルオーへの仕返しにと、アジトの各所にしかけてきた首輪の爆発だった。
 揺れはすぐに収まったが、ダッドはなかなか次の行動を起こさない。
 微かに頭が動いているように見えるのは、もしかしたらどこかと通信や会話をしているのかもしれない。
 その予測は的中していた。
「こちらの爆薬を利用して仕返ししてくるなんて、やってくれるね。私はあっちの騒ぎを収めてこなければならないから、ここで失礼するよ」
 そう言うと、ダッドは、プロのアスリートさえ腰を抜かしそうな速度で、まさに飛ぶようにその場から駆けていってしまった。

◆地上
「もう、こんな無茶して!」
 エラが満身創痍の槍剣を連れて地上に出てくると、すぐにセイスが飛び出て、治療を開始した。
 その治療を施しながら、セイスはしかり飛ばす。
 薄れた意識の中で、槍剣はしっかり聞いていた。だが、それでも。
(やるしかねぇだろ。こっちとて撤退しないといけねぇし、そうなりゃしんがりは絶対必要だ。なら頑丈な俺が請け負うのは当然の話だろ。まーちょっと手はアレだが、そんくらいしないとダメだろ)
「はい。終わり」
 セイスも、医療従事者としてきつい言い方はするが、必要な無茶であった事は重々承知だ。
 護る為には、傷つかねばならないときもある。そんな彼らをサポートするのが、自分達なのだから。
(きっと皆で行けば大丈夫。だから、私は私が出来ることを全力で頑張るだけ!)

「さあ、早く乗って」
 ヴァネッサが千歳らにトミタ自動車の小型ハイブリットカー『アクア』に乗るよう促す。
 光も、下水道の途中で壊されていた愛機を修理して跨がり、アイドリングして調子を確認していた。なんとか走るだけなら大丈夫そうだ。
 脱出後、朝日に照らされた外の世界で、今しがた走ってきた方角を見上げれば、とある大手の通信機器会社系列の研究施設がそびえ立っていた。
「鍛えて、いつか超えて見せるヨ」
 エラがリベンジを誓う。それはきっと、この場にいる全員の気持ちの代弁であっただろう。

 こうして、今度こそ学生達は脱出を果たした。
 だが、ダブルオーの総統は、恐ろしい存在だった。強さも、その思考も。
 本当の争いは、これから始まるのだろう。

「……彼らを見逃したのですか?」
 研究員のその質問は、総統に対し、あまりにうかつと言うしかなかったが、ダッドはその程度で叱責したり、処刑するようなボスではなかった。
「チッチッチッ、まさか。逃げられてしまったんだよ。君らの『ジュエル』の調整が甘かったんじゃないかな?」
「は、す……すみません」
 そこで、調整は正しかったです、と本当のことを言い返すほどには、研究員も愚かではなかった。
「貴重な実戦データだよ、大事にフィードバックしておくれ。では、私はこれで」
 ジュエルを脱いだ総統は、颯爽と研究所を出ていくと、自分の執務室へ入り、赤い全身スーツを脱ぎ、シャワーを浴びることにした。執務室にシャワールームがあるのは、自分が総統になってから備えさせたものだった。
「ふー……いいねえ、UNICOの子たちは……実に……」
 ダッドは、右手の五指を開いては閉じ、開いては閉じ、何度もそれを繰り返した。何度も、何度も……まるでそうすることによって、何かが手中に収まるかのように。
「純粋だ……ローゼンナハト……無邪気なのはいい……はしゃいで……楽しんで……けど……」
 けど、それは、あくまでこの掌の中で。秩序の中で。それをはみ出す子は、おしおきせねばならない。



 12

参加者

f.無手での戦闘と、罠などの感知。序盤は任せろ
今井天(pa0066)
♂ 21歳 英探
d.メインの動きは出口の捜索といる場合の敵の迎撃ですね
桜葉千歳(pa0088)
♀ 20歳 英弾
サポート
g.………
ディルク・ベルヴァルド(pa0112)
♂ 24歳 乗知
e.んじゃ行かせてもらうぜ
斧箭槍剣(pa0114)
♂ 22歳 刃乗
b.カルメンの武器はこの肢体だって事、魅せてア・ゲ・ル♪
ナタク・ルシフェラーゼ(pa0155)
♀ 25歳 乗魅
d.……うん、ここだね。よろしく!
莫水鏡(pa0196)
♀ 20歳 忍魅
サポート
d.AIマシンに救援して貰えるようにして、脱出支援させてもらうよ。
九曜光(pa0455)
♀ 23歳 乗魅
g.治療サポートは任せて!
栄相セイス(pa0459)
♀ 20歳 知魅
g.えっと、こっち予定かな…。
栄相サイス(pa0460)
♀ 20歳 英探
b.変装術の限りを尽くして、奪われた装備の奪還に一役買わせてもらいます。
小林三代(pa0527)
♀ 21歳 英魅
a.二の足を踏んでいては、一歩たりとも前へ進めませんよ。
アガーフィヤ・コスィフ(pa0970)
♀ 20歳 英弾
e.総統、絶対に強いネ。でも、かならず生きて帰るのヨ!!
エラ・ウォーカー(pa1057)
♀ 24歳 刃忍
b.早めに武器を見つけないとな。
集推スイヤ(pa1090)
♀ 20歳 英弾
c.装備を取り返せたらこっち行くね。
アデライン・エルムズ(pa1094)
♀ 20歳 弾忍
f.素手でも足を引っ張ることはない、装備奪還まで主力を務めさせてもらおう。
ヤスケ・クロボーズ(pa1163)
♂ 27歳 刃乗
f.よろしくお願いします。
崎森瀧(pa1178)
♂ 25歳 英刃
g.早く装備を発見しなきゃね!
推裾スエソ(pa1498)
♀ 20歳 探魅
d.よろしく。
タキ・バルツァ(pa1565)
♂ 23歳 忍機
e.…やっぱ一発ぶん殴る。
イーノク・オルティス(pa1600)
♂ 24歳 英機
c.装備が無いとなにもできないのです(じたばた)
シメオン・ダヤン(pa2252)
♂ 19歳 知機
b.シメオン、落ち着いて。僕がサポートするとも!
色原朔(pa2372)
♀ 19歳 英超
b.わたしのインヴィジブルハンドで装備を取り返すので受けとってください。
藤林香倶夜(pa2373)
♀ 18歳 忍超
a.罠の対応等を行います。
ライリー・ホワイト(pa2387)
♂ 18歳 知超
 た、た~すけて~!
ニコ・オークス(pz0039)
♀ 20歳