【PF12】白薔薇作戦

担当北野旅人
タイプグランド 事件
舞台メキシコ(America)
難度難しい
SLvD(制限なし)
オプ
出発2020/03/15
結果大成功
MDPマクシム・ヴェッカー(pa0436)
準MDPシグナ・ガントレット(pa0058)
ライリー・ホワイト(pa2387)
中藤冴香(pa0319)
エリーゼ・クレーデル(pa0404)
莫水鏡(pa0196)
桜葉杏花(pa1513)
陳晶晶(pa2267)
悠来紀うつつ(pa0653)

オープニング

◆この世界、その裏側
 君は知っているか? この情報化・国際化された21世紀の現代において、何百年も歴史の裏で暗躍してきた秘密結社が存在することを。
 君は知っているか? しばしば世間を騒がせる怪盗が、胸に秘める正義の想いを。その高貴なる美学を。

 ローゼンナハト。選ばれし篤志家らにより運営されてきた怪盗(ファントム)たちの秘密組織。彼らは世間を騒がせ、美術品を盗む。だがそれは、文化の保護や国際犯罪の撲滅といった、正義の草の根運動なのだ。
 それが証拠に、ICPO(インターポール)内の新部署BICOは、国際犯罪に対する強力な組織であるが、そのメンバーはローゼンナハトの怪盗で占められている。

登場キャラ

リプレイ

◆オールミッション:作戦開始
「時間ですね‥‥」
 エリザベト・バリンデンはUNICOの作戦室にいた。学生会長の彼女は、セルティックフルート島に残り、情報の統括や、有事に備えた校舎待機役を担っていた。
 ミッション・ビショップ。『大人』が中心となり行う、クエーサークラッキング。
 ミッション・ナイト。『学生』が中心となり行う、新月部隊アジト急襲。
 ミッション・ルーク。『学生』が中心となり行う、敵開発部長のラボ急襲。
 ミッション・ポーン。『大人』が中心となり行う、ダブルオー本部急襲。
 ミッション・クイーン。『学生』が中心となり行う、敵総統ダッドへの、いろんな意味での奇襲。
 それらの進捗は、ここに当然、流れてくるわけだが。
「あなたもやはり、残りましたか」
 エリザベトの視線の先には、マクシム・ヴェッカーが楽しそうにノートパソコンを叩きまくっていた。
「いつもの通り、後方支援ですよ」
「‥‥また何か企んでらっしゃるの? 仲間をも騙すようなことを」
 エリザベトは挑むように言った。マクシムは振り返りもせず。
「ええ。いけませんか?」
「いいえ。それでこそ模範的なUNICOの学生ですわ」
 エリザベトはそれ以上問わなかった。彼、いや『彼ら』が黙ってやりたいというのであれば、そうするのが一番なのだと、学生会長は解っているのだ。

◆ミッション・ナイト:いざ、アジトへ
 乾いた砂が舞う、いかにも不毛の大地。ターゲットの洋館は実に見事な造りのようだが、この大地の中にぽつんと建っているさまは、不自然というより、なにか哀れですらあった。
「西部の決闘が始まる‥‥そんな雰囲気?」
 アデライン・エルムズが誰に言うでもなく言うと、
「西部劇っぽいけど、ここ南アフリカだからね‥‥むしろ南部?」
 紅嵐斗もまた、なにげなしにそう答えた。
「南部‥‥テキサスの決斗、ってところかな」
 今井天は親指と人差し指で、銃をバァンと撃つマネをする。
「‥‥だが、飛び交うのは銃弾よりも、超能力なのだろうな」
 大世宮典人は眉をひそめる――今頃になって、この作戦の怖さが、舌の上で味として現れたような気がしたからだ。これこそまさに、未知なる脅威。
 だが、典人らの視線の先、つまりもっと洋館に近い場所には、すでにシグナ・ガントレット、怪盗名《トワイライトバレット》が潜んでいた。「神をも欺く俺の技巧、見せてやるよ」と彼は言っていた――言葉通り、目を凝らしても、いるべき場所に、何者かがいるようには見えないほど、彼は周囲に溶け込んでいた。
 そして、大型赤外線スキャナーで内部を監視し続け、その人数や動きを、仲間にすっかり伝えてくれているのだ。
「人数はかなりいる。さすがはアジト‥‥いけそうか?」
 《トワイライトバレット》からの問いに、イリヤ・ヴォエヴォーダは「もちろんだ」と答え、なんとクレーン車に乗り込んだ。すぐに、ダンテ・ヴェッキオカルロ・ヴェッキオもそれに乗り込む。
「いよいよですね‥‥絶対に無事に帰りましょう」
 ライリー・ホワイトはMN(メタモルフォーゼ・ナノマシン)を起動させ、一瞬で怪盗《穴あけ屋》へと変身した。余談だがライリーが、UNICOの非公認部活『祝福チアリーダーサークル』に超能力的祝福チアダンスを頼んだことで、作戦の参加者ら全員は、不運に強い状態となっていた。
「よーし、潜入開始だね! ‥‥小雪さん、大丈夫?」
 推裾スエソ――《ウェイファーラー》は、かたわらの菱沢小雪を守るべく、ここに残る予定だ。
「ええ、私は平気‥‥皆さん、どうかご無事で」
「小雪様も気をつけて。ここはだいぶ後方ですが、危険があることに変わりありません」
 ハル・エスペラント――《プリンセスリバティ》はそう言いながら、目を細めて遠くを見た。仲間たちが、激しく疾駆し、突撃していく、その激しい砂埃を。

 洋館の警備兵は、うなりを上げて側面へ突っ込んでくるクレーン車に気づくや、すぐに無線で報告した。
「西側より敵襲、クレーン車!」

 そのクレーン車を駆るはイリヤ、いや今は《蒼焔のイリューシャ》。
「さらば、古き良き日々よ。新時代の『秩序』は我ら『怪盗』が頂くぞ」
 ――以前、小雪と約束をした。必ず守って見せると。エリザベトにも約束した。俺たちは任務を果たす。
「イリヤ先パーイ、集中してますう?」
 ダンテ、もとい《魔弾の射手》はからかうように言う。やや物思いにふけっていた《蒼焔のイリューシャ》は、我に返ると。
「黙ってろ、舌を噛むぞ」
「いやちょっと、荒っぽくないです? 運転も‥‥作戦も」
 カルロこと《星の夜想曲》が不安げに言うと、《蒼焔のイリューシャ》はニヤリとして。
「おかげでいい囮になれるだろう。誰か死ぬなら、最初に死ぬのは俺たちの誰かだ」
 その言葉と同時に、車体に何発も着弾したので、ヴェッキオ兄弟は「うわぁ」と頭を抱え込んだ。
 そして、クレーン車はマシンガンの鉄の雨をくぐり抜けて、塀をぶち怖し、本館の壁へ突っ込んだ。ご安心を、まだ、死者はいない。

 それと並行して、ドロシー・ロマンシア――《ファンシー・ガール》は。
「相手の体制が整う前に急襲して隙を作りたいわ」
 北海技研のスーパーロードバイクにまたがり、急発進。方向は、クレーン車の真逆からだ。敵の意識は今まさに、反対側に向けられているが、それでも監視の目は全方位に向けられており。
「バイクも来るぞ!」
 すぐに銃が向けられた。
「そう簡単にはいかないか‥‥なら、人機一体! スペックを超えた回避、見せてあげる!」
 右に左に、ほとんど倒れそうにマシンを倒しながら、バイクが迫る。
「ひ、低すぎて狙いが‥‥うぐあっ!」
 哀れな警備兵は、《ファンシー・ガール》に豪快にはじき飛ばされ、そしてそのバイクは無事、敷地内へと潜入を果たした。

 そうした動きを眺めていた《穴あけ屋》は、自身のアルテミスとしての超能力、『ワールド・ホール』を発揮させた。
 その手の先に浮かぶ、漆黒のワームホール。時空を歪め、此処と彼方と瞬時に繋ぐ。
「行きましょう」
 触れた仲間が、そして自分が向かうのは、新たな側面、屋敷北側の敷地であった。
 西方のクレーン、東方のバイク、北方より転移急襲。疾風怒濤の突撃ミッション、いよいよ本番である。

◆ミッション・ルーク:いざ、CERN
 スイスの美しい自然と、広大な研究施設群――だが研究施設の大部分は、地下にあるというのだから驚きだ。
 CERN、欧州原子核研究機構。その巨大な駐車場に、ディルク・ベルヴァルドの高級リムジンや、その他いくつかの車両が駐車していた。潜入工作は、もう間もなくだ。

「まだコネクターなんかいるのかよ‥‥」
 ミッションを前に声を震わすのは、暁靫凜音。気持ちの高ぶりと共に、怒りも湧いてきたのだ。
「俺の妹は、改造寸前で救出された。そいつらだって家族も友人もいるんだろう。抱いてた夢も、描いてた未来も。全部奪って使い捨ての駒にするのが正しい筈ないだろ!」
「ああ‥‥もちろんだ」
 一条葵はただ、そう答えた。他に言うべきことなんかない。
「全身サイボーグ、か‥‥やっぱりこんなこと、もう止めさせないと、だよね」
 日暮真央人も、元コネクターであり、今はローゼンナハト側、すなわちピグマリオであった。
「理想がどうであれ、やっぱり俺にとっては腕のことは、理不尽な悲劇に変わりなかったよ」
「ええ、こんなこと‥‥ここまでにしましょう」
 エリカ・ファラデーも自身のギアを最終調整する。
「皆で何かを楽しめる世界で、あってほしい。それを守る為に頑張る。秘密ラボ、興味あるし」
 エルミラ・ベルトラムがぼそりと言うと、桜葉千葉は「今、ちらっと本音めいたものが‥‥」と、苦笑い。
「興味といえば、練馬超科学秘密大学だよねぇ‥‥区庁舎の地下にでもあるのかな? それはそれで面白いね」
 莫水鏡はチラッとクモナルド・カカヴィンチ教授を見やるが、教授は「秘密は秘密なのだよー」と、いけずな対応。
「面白いといえば、これも超面白いです」
 中藤冴香は得意&大好きな特殊メイクを、希望者に施しまくっていた。今はヴェイン・アルカディアが変身中である。
「それにしても、カカヴィンチ教授で説得って‥‥大丈夫? 変な化学反応しない?」
 タキ・バルツァは気にしていた懸念を吐き出す。これにはフロウティア・モリスンもおおいにうなずく。
「まったくもって不安を覚えますが‥‥ともかくその舞台は整えましょう」
 やるしかない、思いながらも、フロウティアの心は遠くを漂う――彼女は思い返す。白薔薇作戦が始まる前、講師のソル・グリフィズが言っていたことを。ミッション・ポーンに(嬉々として)赴く前に、グリフィズは学生らを激励(挑発?)していったのだ。
――どっちか先にミッションを終了するか勝負だ。俺より遅いヤツは全員しごいてやるから覚悟していろ。
(ふふ、まったく先生らしい)
 フロウティアは腕時計を撫でる。
「ふふっ。僕、善悪とかより『愉しいか、愉しくないか』で動く人間なんです」
 ルイ・ラルカンジュもすでに、バッチリ美人に仕上がっていた。
「それに、世界が平和になっちゃったら、僕たち『怪盗』はお仕事しにくいですもん。だから、ダブルオーは僕たちが『頂きます』!」
 しかし、ルイはこの場におらず、ビデオチャットの参加だった。独立した動きをするようだ。
「よし‥‥頃合いだと思う‥‥」
 これまでずっとモニターとにらめっこしてたディルクが、ついに言った。
「わかる範囲では‥‥今からの時間に隙があると思う‥‥警備員の質とか‥‥研究者の評価を見るに‥‥セキュリティの種類も判明しただけ転送しといたから‥‥」
「ありがとう、助かるよ。さて、あとは実地で勝負かな」
 ゲルト・ダールはリムジンを下りる。皆も時間を空けて続いたり、別方面へ向かったり。
「これが最終決戦‥‥軍人の時を思い出すな」
 集推スイヤは淡々と言った――そこにあるのは、恐怖ではなく、高揚と冷静。
「連中との付き合いも長くなったが、ここで終わらせる!」
 崎森瀧はスイヤの背中を叩く。
「はい、全てを終わりにしましょう」
 スイヤは狙撃銃を担ぎ直した。
「葵‥‥絶対に生きて帰ってこようね」
 ユリア・ジェラードに言われ、葵は、「ああ」とうなずくと。
「俺達なら、何だってできるさ、ユリア」

 変装。入口セキュリティの改竄や、秘密裏の侵入。事前の準備のおかげで、多くの者が悠々と施設内へ潜入を果たした。
 だが、全区画を制したわけではない。まだまだ『浅い』。ここから、さらに深部へ向かい、そして目的地を探り出し、そこへ潜り込まねばならない。問題は山積みと言えた。
 主任研究員2年目のリンダ――いや、それに扮しているのは、エリーゼ・クレーデル。本物と入れ替わり、同僚に探りを入れる。
「あの、セクション3に用があるんだけど、ちょっとワケありで‥‥どうにかできないかしら」
「えーっと、知り合いに頼めたかな‥‥ところでリンダ、なんか雰囲気変わったわね?」
 まずい、疑われ始めるとすぐバレてしまう――内心焦るエリーゼ。
「違うのよ、ちょっとオトコ絡みなのよ。ね?」
 と、茶々を入れてきたのは、研究員ユン、ではなく、林秀玲である。そのまま一気に畳みかける。
「ほら、恋をすると、女って‥‥ね?」
「あ、ひょっとして‥‥そっか、それで恥ずかしそうだったのね。いいわよ、協力するわ」
 同僚は「うまくやるのよ」とウィンクしながら、セクション3の知り合いのナンバーを教えてくれた。
「‥‥焦ったわ」
「もう、エリーゼも無理しないんですよ? こういうのは秀玲にお任せです!」
「‥‥なんか楽しそうね」
「楽しいに決まってます! こんな大規模な作戦で、じりじりと奥へ‥‥最高です!」
 秀玲のやる気に、エリーゼはほんのりあきれている頃――

「初めまして、このたびはお時間いただきありがとうございます」
 手を差し出したのは、イギリスの国営放送のプロデューサー――に扮した、メレディス・メイナードであった。
「どうも、権威ある放送局に科学啓蒙をしていただけるなら歓迎ですよ」
 取材に応じる研究課長は、「で、どのようなテーマで?」と尋ねる。
「実はですね、さる情報筋によると、こちらに秘密の研究施設が隠されているとか」
 切り込んだ女記者は、桜葉千歳の変装だ。ちょっと突然すぎるんじゃないか、と、アシ役のヴァネッサ・ハートが肘で小突くが、もう遅い。
「秘密‥‥? いえ、ちょっとわかりませんねえ。どこからの情報ですかね」
 課長は目を丸くしてみせた。だが、何か隠している――ヴァネッサの嘘発見用メガネは、90%以上と判定した。
(ここで押し切らないとダメよ)
(わ、わかってるって‥‥)
 ヴァネッサと千歳のコソコソを察した冴香(が扮した女記者)は、ここぞとばかりに奥の手を使う。
「今、情報源から許可が出ました。こちらへ来てもらいますね」
「えっ、今から‥‥えっ?」
 開いたのは後ろのドア。そこには年配の女性研究員が。
「こ、これは部長‥‥って、ひょっとして‥‥?」
「ええ、私が調査を依頼したの。全面的に協力してくれる?」
 部長にこう言われては、課長は従うしかない。
「わ、わかりました。たしかにそのような噂は数か月前からあちこちでありまして、気にはなっていたんですよ‥‥では、他の研究者の話も聞いてみてください」
 課長に案内され、研究区画の方へ――途中、部長は冴香とヒソヒソ。
「変装グッズ、ばっちりだったよ。すっかり部長だって信じ込んでるね」
 部長は――実は、あらかじめ潜入工作をしていた桜葉杏花だったのだ。
「いえいえ、杏花さんの準備してくれた偽造IDなども大いに役立ちました」
 冴香らは、杏花の手引きでここまで来ていたのだった。
 こうして、日夜ここで過ごす研究員らの噂を統合し、秘密ラボのありそうな場所への目星を深めていくのだった。

 その頃、別の課長と、その秘書は、挨拶する職員らにうなずきながら、徐々に深部を目指していた。
「向かうべき方向はわかってきましたね‥‥行きましょう」
 課長の言に、秘書はうなずく――もちろん、彼らも怪盗だ。
 リラ・ミルンイーノク・オルティスがトイレに監禁した課長になりすました、《ドッペルゲンガー》。
「皆のサポートが大きいおかげ、だな」
 イーノクはそう言うと、リラの耳元に、そっと。
「リラ‥‥ここからが本番だ。無茶はするなよ」
「大丈夫です。イーノク君も一緒ですから」

◆ミッション・クイーン:遥かな船へ
 グッドオールドデイズ号。大海原に浮かぶそのクルーザーは、見る者が見れば、かなりの重武装が隠されているとわかるシロモノだった。
 そこに接近する、UNICOのヘリや高速艇。近づくにつれ、その重武装をいかんなく剥き出しにするクルーザー。両者の間で、ガトリング砲やロケット弾やミサイルの応酬が始まる。
 そんなヘリの一機、魔改造された通称『ピクシー』を操縦しているのは、ブライアン・ビリンガム――《B・B》だ。
 《B・B》のもくろみは凄まじい――ずばり、ダブルオーの総統の座を奪って組織ごと頂く!
「前に自分がいなくなっても代わりがすぐ現れるって言ったな? そんなら俺様が代わりになってやんぜ! なんてな!」
 さらに。
「電脳班~! SNS炎上作戦楽しくやろうぜー! こんな面白コンテンツは他にねぇよな!」
 なにやら別の何かも企んでいる!
 一方、後部では。
「全てを終わらせるの」
「でも、全てを護るの」
 栄相サイス栄相セイス――《アムリタ》と《ネクタル》が、静かに決意を固めていた。

「敵に、あまり動揺は見られないわね‥‥なら、力で押すまでだけど‥‥」
 アルカ・アルジェント――《甘き死》は、少しでも相手を圧倒すべく、拳銃で援護していた。
 と、その脇の船上コンテナが、いきなりガバァと開き、クーガー社製の魔改造SUVが姿を現した。それはガトリング砲を飛び出させ、猛烈にクルーザーへ反撃を浴びせる、や。
「行っくよおおお!」
 声の主、すなわち運転手は、ナタク・ルシフェラーゼ――《魅惑の火花》!
 急加速、そして不自然なバウンド、いやジャンプか!?
「うおおっ、どうして乗用車が甲板に飛び乗れるんだ!?」
 動揺する敵兵士! まさに神業! と、そこへジャベリンミサイルの破壊的援護が突き刺さる!
「へへ、これくらいスリリングじゃないと面白くないじゃん」
 放ったのは、マティアス・リブラン――《春風の狂詩曲》! 《B・B》のヘリからの手痛い一撃だ。
 そしてそのヘリは混乱に乗じ、仲間のラペリング降下位置へとホバリングを開始する、が。
「チェス盤を盤上ごとひっくり返すということは、正義も悪もない戦いをするということだ 大胆不敵なイリュージョンこそ、ファントムの本懐」
 煌宵蓮――《ブラック・ロータス》は、甲板までまだ何十メートルとあるのに、なんの降下装備もつけずに、飛び出そうとする。
「え、宵蓮、この高さで跳ぶのお前? いけんの?」
 《B・B》はギョッとしたが、
「真の目的を、果たす」
 《ブラック・ロータス》はガチで飛び降りてしまった――慌てて下を覗き込む斧箭槍剣こと《不動》は。
「うお、ガチで着地して、そのまま暴れてやがるぜ‥‥よっしゃ!」
 なにやら火がついてしまったらしい。「おいぃ!?」と止める《B・B》の声を無視し、
「これが武士の本懐イイイィィィィィ!」
 こちらもそのまま飛び降りてしまった!
「うわあ‥‥レミングの集団自殺みたい」
 《春風の狂詩曲》は呆れるが、でも《不動》もピンピンしてるのを見て。
「案外いけるのかな‥‥いやいや、錯覚錯覚」
「くそう、あいつらカッコいいじゃん。俺様負けてられねぇな!」
 《B・B》、なんとヘリを急速に旋回、急降下させはじめた。
「うそおおおお!?」
 わめく《春風の狂詩曲》を無視して、《B・B》のヘリは‥‥もうダメだぁ!(この連中!)

◆ミッション・ナイト:疾風怒濤
 突入が開始されても、アデライン――《風操の射手》は、離れた位置にいた。
「いやあ、開けた荒野なら当然狙いやすいよねえ」
 そう、彼女はスナイパー。仲間の突入援護のため、まずは、見張り小屋や屋上の銃撃手を狙撃する。
「ダブルオーの好きにはさせたくないもんね! 頑張って援護するよー!」
 パァン。パァン。撃ち抜かれるたび、ひっくり返る兵士達。「うわあ、うわあ‥‥」と、それだけで戦意を喪失する者さえいた。
「なんだかすごいビビらせちゃってるな‥‥殺してないんだけどなー」
 エレクトリック弾で無力化しているだけなのに――でも、こんなに震えあがってくれるなら、儲けもの♪

 西方、クレーン車への応戦は凄まじいものになった――にも関わらず。
「あ、あいつムーンアイズか!?」
 警備兵が愕然とするほど、《蒼焔のイリューシャ》は、攻撃を避け、あるいは浴びてなお、動きの冴えが増していた。
「この目がムーンアイズに見えるか?」
 むろん、《蒼焔のイリューシャ》はムーンアイズなどではない。彼は、ファントムだ。
 拳銃、ナイフ、拳銃、ナイフ。スマートに、1人ずつ、無力化していく。
「へっ、殺さないようにするほうが正直難しいんっすよね、イリヤ先輩! 全員、生かして捕らえるのが俺らの仕事っすよ!」
 同時期にクレーン車を飛び出した《魔弾の射手》は、ここでは先輩を見習って拳銃で応戦。もとより技能は超プロ級だが、それでも先輩に感化されたのか、そのキレはいつも以上だ。
「『誰も死ぬんじゃない』が学長のオーダーですから。勤め上げて見せます」
 《星の夜想曲》は、ここぞと超能力を発揮する。
「――夜想曲!」
 そのとき、彼は必死だった。そのせいだろうか――能力をブーストしたつもりもないのに、一度に10人もの敵兵が、気絶したらしくグラァと倒れ込んだ。
「うそ‥‥今の、自分が?」
「らしいな。よし、一気に距離を詰めるぞ」
 《蒼焔のイリューシャ》に促され、3人は洋館内部を目指した。

 北側へ転移させた《穴あけ屋》。自身も最後にワープすると、さらに、新たなワームホールを作り。
「行ってらっしゃい」
 そこへ投げ入れたのは、C4爆薬。それが炸裂したのは、なんと南側の正面玄関。
「これで、全方位から襲撃があったと思うことでしょう。そして、正面に人員が集まるはず‥‥」
 だからこそ‥‥少し待ってから、催涙手榴弾と、音響手榴弾もそこへお届けし、さらにちょっとしてから、自分も、そこへ、ダイブ。
「では、遠くへ行っていただきましょう」
 正面玄関そばで苦しむ兵士や犬は、さらなるワールド・ホールによって、1km向こうまで転移させられるのだった。

「いいぞ、あとは内部へ突入してくれ」
 《トワイライトバレット》は、遠くから見た情勢を仲間に伝え、その成功を祈った。
「さて、待機組と合流するか」

 内部突入を果たし、各部屋の制圧を進めるファントム達。だが、ついに新月部隊、すなわちムーンアイズも立ちはだかるようになる。
「‥‥超能力相手は分が悪いが。まあ露払いくらいは出来るだろう」
 典人、いや《轍の刃》は、サングラスをかけたデブ野郎を前に、そう直感した。
「俺と力比べする気か? ザコめ」
 デブ野郎の突進。それはドタドタと醜いものだったのに、いざ受けてみると――
「ぐっ‥‥!?」
 《轍の刃》は、電車に轢かれたかのように吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
「くそ、これが超能力か‥‥?」
 原理は不明だ。単に筋力を高めた、などではない。だがその衝突力は、物理法則を無視して強烈であった――対処法は、すぐには浮かばない。
「くくくっ、まだまだ」
 デブ野郎がドスドスと突っ込んできた。かわせなくはない、うかつに受けないほうがいい‥‥いや、しかし。
「‥‥来い」
 《轍の刃》はあえて受けた。デブ野郎がボディアタックをする、その瞬間。
「破ッ!」
 なんと言えばいいだろうか。両手でその身を、受け止め、包み、そして受けたものを、『回して返した』とでも言えばいいか? 詳しい原理は、結局、《轍の刃》にもわからない。ただ、身体は無意識に、届いた衝撃を受け流し、さらに増幅させての、掌底打ち――
「ぐぽぁ!?」
 それを腹に受けたデブは、新幹線に轢かれたかのように10メートルもブッ飛び、壁に叩きつけられ、泡を吹いて気絶した。
「‥‥肩を傷めたか? 得体の知れん力を、数倍にして返すのは、骨が折れるな」
 《轍の刃》はそう言って肩を撫でたが、おめでとう、骨は折れていなかった。

 おれが取り戻すのは『家族の絆』。ウェイカーと小雪を会わせる事で、二人の絆を取り戻したい――
 そう決意しながら走る嵐斗、いや《サイドスワイプ》の前に立ちはだかるは、真っ赤なタイトスーツを身に着けた、なんとも魅惑的な女性。
「ムーンアイズか」
 《サイドスワイプ》は直感的にそう言った。
「その通りよ。新月部隊の消毒担当、コードネームはマンゴスチン、能力は火炎放射よ」
 マンゴスチンが投げキッスをすると、それだけでボワァと火炎が発生した。
「お喋りで助かるよ。いいのかな、そんなに能力をひけらかして」
「いいのよ。知ったって防ぎようがないんだから――消毒ゥ!」
 マンゴスチンは口から火を、いや、灼熱火炎地獄を吐き出した! 部屋全体を覆い尽くし焼き尽くさんとするそれは、たしかに避けるのも受けるのも無理としか思えぬ勢い。
 しかし。
「ふうーっ、終わった‥‥って、なんで無事!?」
 マンゴスチンは、《サイドスワイプ》がまったく無傷なまま、同じ場所に立っているのを見て、愕然とする。
「も、もう一度‥‥!」
 さらなる火炎。もはや部屋中が黒コゲだ。しかし、やはり。
「な、ぜ‥‥ゼィゼィ」
「それでは、俺を傷つけることは絶対にできないね」
 《サイドスワイプ》は涼しい顔で挑発した――が、本音を言えば、内心ヒヤヒヤもしていたのだ。
(危ない危ない‥‥MNオプションがなければ、どうなっていたか)
 彼は、ダッドが纏う液体金属『ジュエル』を参考にした、特別な素子を纏っていたのだ。これは炎にはとくに強い。マンゴスチンは、よりによって、相性最悪な相手とぶつかってしまったわけだ。
「なんでよ‥‥」
 マンゴスチンが膝をつくと、
「敗因はシンプルさ。単に、運がなかっただけ」
 《サイドスワイプ》が静かにそう告げる。と、マンゴスチンはバッタリと倒れ込んでしまった――力の使い過ぎかもしれない。
「あれ‥‥まいったな、指一本動かさずに新月部隊員を倒したけど、全然自慢する気になれないな‥‥」

 いっぽう、天こと《怪盗クク》が出くわしたムーンアイズは、幸運な相手とは言えなかった。
 廊下にたたずむ、サングラスの細身の男。そいつが、「歓迎しますよ」とでもいうふうに両手を広げて、じりじりと迫ってくる。
「新月部隊の者だね」
「‥‥」
 返事はない。
「俺は怪盗クク。そちらは?」
「‥‥」
 返事はない。
 どうするか。もし奴がエクスセンス(感応力)の使い手なら、この抗ESPヘルメットが役立つはずだ。しかし――
「!?」
 アゴ先を何かがかすめた。《怪盗クク》は慌てて距離を取る。
「不可視の力を操るのか‥‥サイコキネシス系かな。見えないのは厄介だ」
 《怪盗クク》は誘うように言った。相手はにやりとするだけ。読まれても、攻守に自信があるのだろう。
「でも、射程はあるようだな。さて、どうするか‥‥」
 うかつに踏み込めないまま、追い詰められるか――いや、それは見せかけ。《怪盗クク》は怪盗用眼鏡の脳波入力により、仲間と連絡し――そして。
 ガシャアアン。突如、敵の側方の窓ガラスが割られ、《ファンシー・ガール》が飛び込んできた! そのまま懐へ潜り込み、腹部の急所を一撃、一瞬で気絶させる。
「お届け完了~!」
 応援要請を受けての奇襲、大成功。
「助かったよ、ドロシー」
「でもこの人、弱かったよ? 呼ぶ必要あった?」
「何やら厄介そうな能力を持ってたのさ。おそらく、意識を振り向けてないほうには無力っぽかったから、脇から襲ってもらったってわけ」
「ふうん。意識もしてくれないなんて、乙女としてはフクザツだわ。ところでこの人の名前は?」
 《ファンシー・ガール》は、だらしなくひっくり返る男を指さして。
「いや、名乗らなかったんだけど‥‥これまでのコードネーム法則からいくと、果物の名前じゃないかな」
「じゃあ、オミカン、とか?」
 惜しい、デコポンでした。

 未知の超能力者を相手にするリスク――それをここまで、なんとか乗り越えてきたファントム達。
 だがいよいよ、最大の脅威が立ちはだかることになる。

◆ミッション・ルーク:砂漠に埋もれた鍵を探せ
 リラは頭を抱えていた。
 CERN潜入ミッション。当初は、あらかじめ潜入していた仲間の手引きや、仲間のオンラインサポート、そして潜入者自身のトリック、テクニックにより、順調に奥へ奥へと潜り込めていた、のだが――深部に入れば入るほど、不明点は増加し、警備の目やシステムの厳重さもますますレベルアップしてくる。もはやホイホイと扉を開けて前に進める、というような状況ではなくなりつつあったのだ。
 それも、リラの頭痛の理由の1つ。だがもう1つは。
「‥‥頼みますから、うかつなことはしないでくださいね、教授」
 使い終わった閃光指輪をしまいながら、リラはカカヴィンチをたしなめる。
「ごめんなのだよー。あまりにボンキュボンだったものだから、つい手が出たのだよー」
 通りかかった女性研究員におもむろにおさわりを敢行したものだから、リラはとっさに目くらましをして、今はイーノクがあわれな女性をロッカールームに安静にお閉じ込めなさっているところである。
「変装がバレるどころか、我々姉妹がセクハラ被害に遭いかねない、危険な任務ですね」
 千歳がそう言うと、妹の千葉は、
「ちー様、ご安心を」
 と、自信満々に請け負う。
「現時点でセクハラされてないということは、私とちー様は、教授の眼中にない、ということです」
「そ、それは‥‥嬉しいような、それはそれでムカつくような‥‥」
 首をひねる千歳の横で、リラも「私も‥‥?」と首をひねっていた。
 さて。そんな皆の前に現れた障害は、パスワード入力ボード。しかし、手がかりはまったくなし。
「こ、こうなったら最終手段で‥‥4回に1回はうまくいくでしょうし」
 千葉は超能力『強運体質』を試そうか、と言う。幸運と不幸の確率が同時に高まる、ギャンブラーな不可思議能力。
「いや、失敗でバレたら目も当てられないでしょう。4回に3回ならともかく」
 千歳は必死に思い留まらせる。
「あ、待ってください、これはひょっとして‥‥」
 リラは、吉原柚花からさきほど聞いたキーワードに違いない、と察する。柚花は『エンパシー』の能力で、この施設の様々な情報から、IDやパスワードに繋がりそうなキーワードを拾い上げているのだ。
「886287‥‥開きました!」
 なぜそれだと感じたのか。しいて言えば、確信に近い直感。リラはイーノクや桜葉姉妹とハイタッチする――と。
「あ、それ、さっきのおねーさんのスリーサイズなのだよー」
 カカヴィンチが手をワキワキさせてそう言ったので、全員ずっこけた。

 開かない鍵はない――そう信じるエリーゼだが、目の前にそびえる巨大金庫には、正直、絶望しつつあった。
 順を追って話そう。このセクションの管理者権限を得れば、非常にやりやすくなる、ぜひ奪取すべし――という方針が決まったのが、十数分前。
 それの変更が可能なコントロールルームに入るためのカードキーを、エラい人からスってきたのが、秀玲。
 そこに隣接する警備員詰所を、『黄色い蝶を舞い飛ばす怪盗シルクハット』により襲撃し、すっかり眠らせてきたのが、ゲルト、いや今は《ウートガルザ・ロキ》。
 はたして、コントロールルームに入れた3人。しかし、その変更のためには、分厚い巨大金庫の先にある端末が必要と判明。
 だがこの金庫、なんとアナログ式で、ごっつい鍵で開閉するらしい。エリーゼのピックツールでは歯が立ちそうもなかった。
「どこかに、あるいは誰かが、必ず鍵を持っているはずなのですよね‥‥」
 秀玲は再度、捜索済みの部屋を見回すが、望みは薄い。
「今からそれを調べたり、取ってくる時間はなさそうだね」
 《ウートガルザ・ロキ》は肩をすくめる。
「開かない鍵じゃないのよ、構造は見える‥‥」
 エリーゼは歯噛みする。道具と時間さえあれば、合鍵を作ってみせるけれど――
「落ち着いて、エリーゼなら絶対できます!」
 秀玲がその肩を叩く。するとふいに、エリーゼが秀玲に掴みかかるようにし。
「口紅‥‥貸して‥‥!」
「えっ、あ、ハイ」
 秀玲が化粧道具を取り出すと、エリーゼはそれを猛然と削り始め、なにやら鍵っぽい形にすると、おもむろに鍵穴に差し込んだ。
「まさか‥‥折れないのか?」
 《ウートガルザ・ロキ》も驚きを隠せない。だがエリーゼは、一言も発さず、やたらとゆっくりと『それ』をひねりながら、さらに反対の手でピッキングツールを差し込んでいくと――
「この程度で、私は折れないわ」
 がちゃこん。やたらごつい音と共に、鍵は回った。
 そして、口紅は粉々になっていた。
「驚いた‥‥あ、弁償はいいですよ、それ。サービスです」
 秀玲は再びエリーゼの肩を叩いた。
「私は《銀糸の万能鍵》。未来の扉は自分で開ける。どんな障害も越えてみせるわ」
 《銀糸の万能鍵》の、いや仲間も含めてだろうか、弩級の神業が、ファントムらを大きく前進させた。

 ルシアン・グリフレットはその時、警備員になりすまし、正規の警備員に混ざって、わんこを追いかけ回していた。
「どっかの国のナントカ大臣の娘の愛犬様だ、絶対に傷つけるなよ、丁重に捕獲さしあげろ!」
 すばしこい犬に翻弄される警備チーム。実はルシアンのわんこ(忍犬セガタ)なのだが、知るよしもない警備員は、ひたすら踊らされるのみ。
「あー疲れる‥‥メレディス、頼むぜ!」
 で、頼まれたメレディス――《メイデイ》は今、メインサーバールームに侵入を果たしていた。
 管理者の権限があれば、安全にこれにアクセスできる。そしてここを押さえれば、施設の把握やセキュリティの操作の大部分が可能になるはずだった。
 ディメンジョンフープを用い、スマートに内部に潜入すると、仲間の指示通り、クラックドングルを挿して。
「できましたよ。あとはお任せします」

「きたよ‥‥始めよう」
 ディルク――《銀の怒り》が、電脳チームの皆にそう告げるや否や、リムジンの中は猛烈なキータイプの音に満たされた。
「メレディス先輩とむーたのお仕事‥‥無駄にしないです」
 シメオン・ダヤン――《朽ち果てし聖櫃》は、最強のファントム専用ノートパソコンを叩きながらも、Asuraシステムを搭載したフェイスギアをも並行させてクラッキングを開始した。
「セキュリティ書き換え‥‥いけてるいけてる」
 杏花――《黒闇中のセイレーン》のキーさばきは、伝説の魔女めいた妖しい手つきだ。
「シークレット区画‥‥見えてきたよ‥‥」
 《銀の怒り》は、集められた情報を再統合し、3Dマッピングしていく。目指すべき場所、その方向は、見えつつある。
 エルミラ――《蒼雷の蜃気楼》もまた、Asuraシステムをフル稼働させ、あらゆる情報を把握し、必要により書き換え、偽装し、そして簡単に操作できるようにさえした。
「100%完了‥‥」
「これで、公開セクションはほぼ安全に行き来できるはずだよ」
 《黒闇中のセイレーン》は仲間にそう伝え、そして、『裏のセクション』の位置を送った。
「そこはほとんど把握できてない。真央人も、気を付けて」
 エルミラの通信に、真央人は「大丈夫、安心して」とだけ伝え、通話を終えた。
 そうしながらすでに、真央人は――《怪盗テイルキャット》は、フロウティアと共に、最初のコネクターを無力化したところであった。
「裏セクション、早くもお出迎えか‥‥たしかに気を付けなきゃね」
 《怪盗テイルキャット》は、硬い部分を打ってしまった裏拳をプラプラさせつつ、ぼやく。
「逆に考えれば、ここからはのびのびとやれるということです」
 フロウティアは、毒を仕込んだ爪を見つめながら、女性研究員としての偽装を解き、《月下の蛍灯》へと変身した。そしてふいに、くすりと笑ってしまった。
「‥‥どうかした?」
 《怪盗テイルキャット》の問いに、《月下の蛍灯》は「いえ別に」としか答えなかった。
(先生に似てきた‥‥そんな気がしたものだから)

◆ミッション・クイーン:いざ乗船
 グッドオールドデイズ号に向かって、キリキリと墜ちていく《B・B》のヘリを、シルフィ・レオンハートは、別のヘリから見つめていた。
「ダッド‥‥このままで終わらせれないんだYO。蟹玉警部、ジェームズ、行くYO!」
 そう、これはジェームズ・クレイトンの操縦する怪盗ヘリであった。そして――
「だぁれがカニタマだ!」
 こちらは我らが可児丸ジュスタン、ICPOの怪盗特別対策班長であり、ローゼンナハトのファントムを含めて、いわば天敵なのだが‥‥?
「じゃあカニカマでもいいYO」
「むしろカニしゃぶはどうだ?」
 ジェームズまでこう言う。可児丸警部はたいそうご立腹だが――名前を間違えられたせい、だけではない。
「ところでなんなんだ、こんな所までヘリを飛ばしおって。あの船はなんだ?」
 詳しく聞かされず連れてこられたため、いらついているのだ。
「もうすぐわかりますよ。あそこに、怪盗の親玉がいます。壮大な怪盗パーティの始まりってわけですよ。ついてきます?」
 ジェームスの言葉に、可児丸警部は「当然だ!」とわめく。
「今さら戻れるか、ったく‥‥いや待て、なぜ学生のおまえらがそれを知ってる? いや、おまえら、何か関わっているのか‥‥?」
 UNICOが怪盗育成学校であることも、彼らがファントムであることも、この警部には絶対の秘密であった。しかし――
「もうすぐ‥‥すべてがわかりますよ」
 ジェームスはそう告げ、ヘリを降下させ始めた。

 黒い影がヘリから落下してきたとき、船上の兵士のほとんどは、「撃たれて落ちてきたのだろう」と思った。だからそれは、甲板に叩きつけられ、無惨な死を遂げる(あるいはとっくに死んでいる)と思っていた。
 だから、それがほとんど音もなく、スラリと着地したとき、皆、事態を飲み込めず、対応が大きく遅れた。黒衣の男が日本刀を抜き、手近な2人を斬り捨ててようやく、皆が銃を向け始める始末だった。
「悪いが急いでいるものでな‥‥斬られたい者からかかってくるがいい」
 《ブラック・ロータス》。奇跡の着地は、レッグギアの性能もあるが、それ以上に、覚悟があったがゆえ。
「こ、こいつめっ‥‥ぐはっ!?」
 真っ先に銃を放とうとした兵士は、強烈な衝撃で地面にめりこんだ。
「サンキュー、いいクッションだったぜ」
 《不動》だ。そのままイヤリングを外し、投げると、強烈な閃光が放たれ、銃撃者の目くらましとなる。
 この、無謀な二者の急襲が、ファントムらの強襲を加速させる。
「チャーンス♪」
 《魅惑の火花》は車で乗り込んだのち、集中砲火を浴び釘付けにされていたが、その統制が乱れたのを機に、催涙手榴弾を投擲。混乱を加速させつつ、ここぞと車の陰を飛び出し、手近な敵を華麗な蹴りで押しやる。
「これは遅れを取ってられないネ」
 エラ・ウォーカー――《風魔玉響》も車体から素早く駆け、忍者刀を霞のように振るいながら、《不動》の脇に並ぶと。
「行きますヨ、槍剣。皆もいるし、ユーも、ミーもここは勝つ所ヨ。これまでの負けは今日の勝利への布石ネ」
「ったりめえだ。俺の背中を盾にしたっていいんだぜ?」
「いざとなれば踏み台に使いますヨ」
 そして2匹の猛ファントムが煌めき、2つの敵がどぉと倒れる。
 それに続いてヴェロニカ・ラプシア――《ヴルぺス》が、ビームブレードを起動させる。
「正義の刃、味わいなさい」
 まさにローゼンナハトの最新テクノロジー、それが易々と、兵士らのアーマーを切り裂く。
「やらせるかぁ! ――おごっ」
 脇から反撃に出た兵士が、引き金を引く前に膝をつく。
「抵抗しなければ愛してあげる。抵抗するなら‥‥夢の中で溺れてなさい」
 《甘き死》は拳銃を下ろさぬまま、ヴェロニカの背中を守るようにぴたりとついた。
 そしてそこへ、ついに。
「とぅおおおりゃああああっと!」
 《B・B》のヘリがドガァンと船へ降ってきた! 着陸、というより、ほぼほぼ墜落に近いザマだったが、機体が無事なのはきっと神業的なアレなのだろう。
「着陸成功ー! てかおまえらばっか目立ってずるいじゃん、俺様負けてられねぇな!」
 で、即座にギアの高機動運動を発動させる。これはフェイスギアのAsuraシステムにより、レッグ&アームギアのロケットブースターを制御する、ピグマリオの究極運動形態だ。
「おらおらおらおらおら~!」
 船上を縦横無尽に駆け回る《B・B》! いかな高機動とはいえ――
「あまりに無謀でしょーが‥‥えいっ」
 《春風の狂詩曲》はよろよろと《B・B》のヘリからまろび出ると、粘着手榴弾で援護。
「学生の尻ぬぐいも寮母も仕事‥‥かしらね?」
 こちらは、今乗り込んだばかりのクエスティ・セージ――《花盗人》。その正確無比なボウガンの矢は、《B・B》を狙う兵士の銃の機関部を正確に射ち抜く。やろうと思えば高速機動中の《B・B》の尻さえ射貫けただろう。
「私が囮になるから、アレを頼むよ」
 エイプリル・レモン――《ポンコツお姉ちゃん》は、MNの最新機能、QPSディメンジョンフェイザー技術により、銃弾を透過(?)させて敵兵士の動揺を誘う、と。
「今、目くらましをするから、続きはよろしくね」
 悠来紀うつつは、MNで《幻影の揺りかご》へと変身。その際撒き散らした輝く花びら(超科学製)が、見とれた兵士に幻惑効果を与え、しばし我を忘れさせている、その間に――
「では、便乗させてもらうよ――ルナティック・ブースト!」
 色原朔――《パラドックス》は、その瞳を満月状に変え、超能力を発揮した。これで船上の兵士のほとんどが精神を錯乱させ、同士討ち等を開始。
 ダブルオーの精鋭vsUNICOの精鋭。死闘はまだまだ、ここから。

◆ミッション・ナイト:三賢人
 ついに新月部隊アジトの最下層に辿り着いたファントム達。脅威を切り抜けた先、広い鍛錬場のような部屋へ差し掛かると、そこには、そこに3人の男女が待ち受けていた。
「三賢人の間へようこそ‥‥私は『ピアニスト』」
 サングラスをかけ、黒スーツに身を包んだ、妙に細身の男は、鍵盤を叩くかのような仕草をした。
「俺は『バードマン』。ここまでだぜ、酔狂な怪盗さんたちよ」
 タンクトップでドレッドヘアなタフガイは、大げさに手招きし、挑発して見せた。
「『リバーシ』」
 戦闘用と思われるボディスーツで身を包んだ小柄な女性は、小さく、それだけ言った。
「三賢人ときたか‥‥なら、森の賢者ククと勝負だ」
 《怪盗クク》は、火遁手裏剣を投げて様子を見た。それは、三人の1メートル手前で、見えない壁にぶつかったようになり、爆発も不可視の壁に流されて消えた。
「バリア系の能力か」
 《蒼焔のイリューシャ》はそう分析する。
「能力に自信のある方々でしょう。だったら、戦術に疎い可能性が高い」
 《穴あけ屋》はそう言うと、ネズミ型とアニメロボット型のドロイドを送り出した。
「わたしはひたすら事態をかき回しましょう」
 それらは、煙幕や催涙ガスで、バリアを超えるやもしれぬ攻撃ができたかもしれないが――
「フッ」
 ピアニストの指先が、ドロイドに向けられた。指先から放たれる光るエネルギー体――2体のドロイドはそれを受け、ひしゃげ、破壊された。
「‥‥三賢人、と言ったな。厄介そうだ」
 《轍の刃》は腰を低く落とし、相手の出方を窺う。
「この三人、桁違いに強い。それでも、おれ達は怪盗。不可能なんてないんだよ」
 《サイドスワイプ》は、その連携を断つべく、率先して駆け出した。まずは煙幕発生コインを投げ、連中を牽制。そこへヤシの実型の手榴弾を転がす――脅威でないと判断されれば、バリアも出ないだろう、という狙いだ。
 だが、炸裂したヤシの実手榴弾、その凝固ジェルは、またしても不可視のバリアで防がれてしまった。
 直後、《蒼焔のイリューシャ》が疾駆した。何も構えず、愚直な直進。それで不可視の壁を越えられれば――
「ぐっ」
 が、激しくはじかれた。ダメか。そこへピアニストの光弾が襲う。《蒼焔のイリューシャ》は両腕で我が身をかばいながらよろよろと後退する。
「奴ら‥‥相当だ」
「なあに、なんとかなるっすよ」
 代わりに前に出るは、《魔弾の射手》。
「さぁ、まとめてかかってきな! 魔弾の射手の名、伊達じゃねぇっすよ!」
 この距離ならば、あのバリアに弾かれ――いや。
「なぜだ!?」
 バードマンが動揺する。どうやってバリアを抜けた!?
「驚いたか、ローゼンナハトの超科学だぜ? 超能力も超科学も、似たようなもんじゃねぇか!」
 《魔弾の射手》もまた、不干渉空間を発生させる最新の超科学技術で、バリアさえもすり抜けてみせたのだ。
 続けて兄の《星の夜想曲》も、同じ超科学ツールでバリアを通過する。愕然とする三賢人を前に、《魔弾の射手》は拳銃で、《星の夜想曲》はリボン状の暗殺具で、バードマンに重傷を負わせる。
「大丈夫、そう簡単には死なせませんから」
 《星の夜想曲》はそう勝ち誇る。しかし。
「‥‥!」
 直後、リバーシがバードマンに手をかざした。するとバードマンは、装備も含め無傷な状態に、瞬時に復活してしまった。
「やりやがったな‥‥やれ、ピアニスト!」
「ああ」
 ピアニストが両手の十指を広げ、そこから散弾のようにエネルギー弾を乱射した。
「ちょっとお、強すぎない!?」
 《ファンシー・ガール》は自分の身体をかばいながら、後退を余儀なくされる。
 恐るべき超能力三賢人。その打開策は、まだ、見えていなかった。

◆ミッション・ルーク:隠されたセクションの激闘
 ここはもはや、CERNのどんな公式記録にも記載されてない区画――ゆえに、なにが潜んでいても不思議ではないセクション。
 これまで、硬軟織り交ぜた潜入を試されていたファントムであったが、今や、直截的な脅威とのやりとりが主流となっていた。
「もう少し、もう少し時間を‥‥!」
 冴香――《錦屋鏡月》は、その電子ロックを開けるべく苦心していた。
 しかし、迫るのは無数の、浮遊したガンナードロイド。一斉に撃たれれば、生きていられる人間などいるはずもない。
「大丈夫だ。冴のことは‥‥俺が守る」
 オリバー・カートライト――《海猫》は、冴香と手を繋ぎながら、その身で彼女の背中を守った。そして浴びせられる集中砲火――本来であれば、二人は蜂の巣であったろう。しかし。
「なにがあっても‥‥俺が守る。安心してくれ」
 二人がはめた、特別なペアリングの超科学電磁バリアが、それらをすべて、退ける。
 《海猫》はそのまま前へ駆け、愛用のRAIJINヨーヨーと、暗殺者用の爪で次々とガンナードロイドを潰していく。
 そこへさらに、警備兵が飛び込んできた。しかし、
「オリバーはしっかり奥さんを守ってやってくれ、お前の背中はにいちゃんが守るからな!」
 ヴェイン――《ブラックキャット》が煙幕を発生させると、ドゥエイン・ハイアット――《拳銃貴族》と共にこれを撃退。
「開きました!」
 《錦屋鏡月》がこう言うと、続く仲間も含め、ファントムらは一気に核心部へと足を速めていく。
「オリバー先輩、この先は私が!」
 ユリア――《春》が真っ先に飛び込むと、そこへ浴びせられる十字砲火。
「うううっ‥‥!」
「ユリアッ!」
 そこへ葵――《蒼雷》が煙幕コインを投げ、敵兵の混乱を誘う間に、ビームブレードで相手をねじふせていく。
「あ、ありがとう‥‥助けてくれて」
 ユリアの礼に、葵は。
「無事でよかった。本当に‥‥自分の事は怖くないが、ユリアを失うのは怖いからな」
「えっ‥‥なら、奇遇だね。私も、葵を守れないことだけが怖いんだ」
「そうか‥‥なら、それを足せば」
「うん。お互いに死なないし、絶対に、負けないよね!」
 銃撃に屈する2人じゃない――だが、煙幕が晴れれば、通路の先には、数名のコネクターが待ち受けている。正面突破はあまりに危険だ。
「ずけずけ踏み込むのもまずそうですね‥‥どうします?」
 千歳――《怪盗紅月》が首を引っ込めながらそう言うと。
「どうするかって? どうにかするさ」
 凜音――《覚醒の鐘》は、おもむろに廊下を駆け出した。しかも得物は、なんとトランプケース!?
「これなら弾数はかなり多いぜ? ‥‥出来れば傷付けたくないしな」
「う、撃てッ!」
 当然、十字砲火を浴びる《覚醒の鐘》。だが防弾装備を信じ、かすめる弾をものともせず、そのトランプケースから高速でトランプを発射していく。むろん、そんなものに殺傷能力などあるはずもないのだが――
「わぶっ!?」
 顔や目に当たってのけぞったり、
「ちょ、あれっ‥‥? ちょ!?」
 銃のスライド部分に挟まりこんで、動作をおかしくしたり。
「無茶しやがって!」
 イーノク――《怒りの日》は、おもむろに出現させた巨大槍を手に、やはり無謀な突撃を敢行。銃弾を浴びて、浴びて、浴びてなお、足を止めず、
「喰らえええええ!」
 敵のマシンガンを、ギアパーツを、強引にぶっ壊していく。
 警備の陣形が崩れ、ファントムらが続々と押しにかかる。関門突破――だが、すぐに、十字路、そして三方向全てから出現する二足歩行の不気味なドロイド達。
「まずいですよ、手が機関銃になってます‥‥!」
 秀玲――《信頼できない語り手》は慌ててUターン。が、その入れ替わりに飛び出したのは、3つの影――
「さあ、ショータイムだよ!」
「輝ける大舞台の始まりさ!」
「美しさを競いましょう? 薔薇の同志」
 水鏡と、ライラ・アスランと、ネリッサ・ペルサキス――怪盗名は《流星》、《アルゴスの残骸》、《輝ける星》だ。《流星》が前方に、ポイッと投げたのは、なんとC5爆薬。《アルゴスの残骸》と《輝ける星》もそれぞれ左右の回廊に爆薬を滑らせ、それらは同時に起爆。ズゴゴォ、と凄まじい音がして、大量のドロイドが、一瞬で粉微塵と化した。
「いやー機械が相手だと手加減しなくていいからラクだねぇ」
 《流星》はそう言って、《アルゴスの残骸》、《輝ける星》とハイタッチした、が、すぐに三方向の回廊から、別途警備兵やコネクターがぞろぞろ出てきたので、あちゃあと頭を押さえ。
「えぇい、押し通らせてもらうよ。アイザールさんに真のモフモフとは何たるかを! 教えないといけないからね!」
 《流星》が左方へ向け、ファントムワイヤとブラッディサテライトで牽制し、それに続くように《アルゴスの残骸》と《輝ける星》が駆け出す。
 一方、前方からの銃撃には、シャール・クロノワール――《はらぺこくまさん》が、両手を大きく開いて、大胆不敵に自らを盾として、じりじりと距離を詰める。
「効かない効かない、超硬質化スプレーさいこー! ギアもカッチカチでさいこー!」
 てんで平気な《はらぺこくまさん》の姿に、コネクターでさえ動揺する。
「‥‥シャールはうるさいからちょっと黙って」
 タキ――《銀の腕》は、シャールの背に隠れながら、アームギア内蔵の超高張力ワイヤを射出し、敵兵士の銃に粘着させては、グイッと引っ張ってそれを奪う。
 右方向の連中は――どういうわけか、次々に何かにはじかれ、うち倒されていく。誰が? どうやって?
「元狙撃手‥‥いや、今も狙撃手のままか。その力、甘く見てもらっては困るな」
 それはスイヤ――《ティタヌス》の狙撃。なんと、人知れず通風孔へ潜り込り、天井裏のスナイピングポイントを確保したのだ。
「いいぞスイヤ。コネクターはギアを狙え」
 その夫の瀧――《ナーガ》は、天井にそう呼びかけると、拳銃と刀というスタイルで、迫る残党と対峙する。
(軍人の時と同じ‥‥いや、それと違うのは、大勢の仲間や守りたい人がいるからかもしれない)
 《ティタヌス》は、『絶対に殺さない銃弾』を繰り返し吐き出しながら、自分の中に育つ使命感に、今さらながら打ち震える。
「そうだ‥‥ここで全ての戦いを終わらそう」
「ああ。今までもそうだったが、おまえと一緒に戦う今、恐怖も不安も全くない。必ずやり遂げてみせる」
 《ナーガ》は高々と刀を掲げた。そして、迫る兵士へ、一気呵成に振り下ろした。
「ぐああ‥‥」
 胴体さえ一撃で切り離しそうな一閃だった――が、断ったのは戦意のみ。
「峰打ちだ。命を奪うのは‥‥《ナーガ》と《ティタヌス》の流儀じゃない」

 前方の制圧が進むなか、後方では。
「これだけ派手に爆破してると、いくら表のセキュリティを制圧してても、警備員や研究者が迷い込むかもしれない」
 《ウートガルザ・ロキ》はそうつぶやくと、電脳班に、警報を出して一部区画を閉鎖するよう指示する。
「大丈夫かな、かえって怪しまれない?」
 《黒闇中のセイレーン》はそう危惧したが、
「責任は僕が取るさ。無関係者を巻き込まないのが第一だからね」
 《ウートガルザ・ロキ》が強く言うので、そうすることに。
 と、後方からさらに敵の増援が――よりによって、コネクトボーグが2体である。
「下がっていてください、教授」
 エリカ――《ルピナス》が、イージス・アームギアを機動し、特殊防御盾を形成する。
「こわいのだよー、たすけてなのだよー」
 教授、頼りなさすぎ問題。
「大丈夫です。必ず守ります」
 《ルピナス》は、自分よりはるかに巨大な相手の質量を、必死に受け止める。
「どうした、その程度の盾で、コネクトボーグが押さえられるとでも!?」
「くっ‥‥ええい!」
 押される《ルピナス》だったが、思い切って足を蹴り上げた。それは高周波振動レイピアつきのレッグギアである。その貫通力は、見事にコネクトボーグの腰をえぐり。
「おお? おお‥‥おっおっ‥‥」
 重要なポンプを貫通させられ、ぷしゅー、と膝をつくそいつはもう、立つこともできない、喋る鉄塊でしかなかった。
 そしてもう1体には、《蒼雷》と《春》が当たった。
「ユリアさえいれば‥‥斬れぬものなど!」
 《蒼雷》のビームブレードは実に冴えた。機械部分を切断し無力化すると。
「お前らに命を賭ける理由があっても、俺達にお前らを殺す理由はないんでな‥‥ところで、教授‥‥?」
「ん?」
「俺たちは全力であんたを守る。守るけども‥‥もうちょっとこう、戦闘の役にとか立てないのか?」
「げ、現場仕事には向いてないのだよー。どうしてもっていうなら、うーん‥‥あ、この無差別脱衣強制マシンを起動して‥‥」
「教授は! なあんにもしなくていいからねっ!」
 《春》は慌てて、その謎のピンクの発信機をぶんどった。

 激戦、激戦、激戦――だが、ファントムらは実に強かった。その勢いを止めることなどできはしない。
 あっという間に、皆は最深部へ辿り着いた。すなわち、ここが、アイザール教授の秘密ラボ、そのメインルームである。
 そこには、コネクトボーグ開発用の、禍々しい装置があった。だが、それを詳しくは記すまい。
 そこでは、精鋭のコネクトボーグとの、いわば最後の戦いがあった。だが、それでも所詮は、ファントムにかないはしない。
「ぐがっ」
 全身から銃口を生やした、ハリネズミみたいなコネクトボーグは、全方位に鉛弾を撒き散らしてくれたが、結局、《拳銃貴族》の拳銃の一撃で意識を断たれた。
「助かったよ、ドゥエイン」
 《海猫》の礼に、《拳銃貴族》は拳銃をクルクル回してしまいながら。
「友を助けるのは、貴族として当然の義務さ」
 と、その奥では。
「うぐ、う‥‥」
 最後のコネクトボーグが、どおと倒れ、そこには同時に掌底を打ち込んだ《怪盗テイルキャット》と《銀の腕》の、静かな残身だけが残る。
「ちょっとてこずったけど、こんなもんかな」
 《怪盗テイルキャット》は、アイザールの姿を探す――そして、愕然とする。「えっ?」と。
「カカヴィンチ教授の説得ですか‥‥ま、できなかったとしても、ダブルオーの技術の元をここで絶ってしまえるように、最悪拘束して連れ帰ればいいと思います」
 《ドッペルゲンガー》はそう言って、教授を見やり、愕然とする。「えっ?」と。
 みんなして驚くのも無理はない――アイザールは、全身を蜂の巣にされ、血だまりの中に倒れていたからだ。
「まさか‥‥さっきのハリネズミの流れ弾に‥‥」
 《メイデイ》は、さきほどのコネクトボーグの装備を呪う――この教授、なんだってあんな危ないモノ作って自分の護衛にしていたのか!?
「きょ‥‥教授!? ダメです、死んではいけません!」
 どこかに隠れていたらしい、やたら艶っぽい美人助手が、泣きながら教授に駆け寄る。そして血まみれの体を抱き寄せる。
 しかし、教授はぴくりともしなかった。

◆アナザーミッション:ヴァルツェンの王女
 5つのミッションや、待機、後方支援とは別に、まったく独自に動くファントムもいた。
 それは、九曜光が率いるチーム。彼ら彼女らは今、ヴァルツェン公国に赴いていた。

「おいお前ら、王女の部屋で何してる!?」
 声を荒げるSPたち――王女の私室へ通じるドアの前には、リュディア・ラヴィオラヤスケ・クロボーズが立ちはだかっていた。
「お姫様は取り込み中よ、ダンスの相手ならあたしがしてあげるわ」
 リュディアが指先を妖しく動かす。が、ヤスケがそれを制する。
「国の者に手を出すわけにはいかん。だが‥‥」
 ヤスケは、その巨体をずいと前に押し出すと。
「今いい所だ、無粋な邪魔は後にしてもらおうか」
「ふざけるな‥‥えっ王女から連絡? なに? ‥‥そうか」
 SPらは通信を聞き、すごすごと下がる。
「話が通じたようね。でも‥‥」
「ああ。万が一、ダブルオーの邪魔が入らぬようにせねば」
 リュディアとヤスケが守る、その室内では。

「――それで、あなたがたの狙いとは?」
 王女の問いに、光は。
「人が生み出した最高の宝を盗むこと、でしょうか」
「と言いますと‥‥?」
「ダブルオーの支配から、世界中の人々の心を盗みだし自由な世界に解き放つのです。世界中の人々が、悪意ある秘密結社の支配を自覚し、騙されないぞと決意させること。それが僕たちの狙いです」
「何か、大きな動きがあるようですね‥‥わかりました。しかし、私にいったい何をお望みなのでしょう?」
「ダブルオーと生で接触した者として。そして世界から注目される者として。我々の暴露放送の、メインキャスターをお願いしたいのです」
 光の申し出に、王女は「まあ」と目を丸くした。
「この放送は、ダブルオーという、影の支配的病原体の存在を世界中の人々に示し、抗原提示することで免疫反応を激しく起こすために必要なの。一時熱やアレルギーを起こすとしても」
 アリス・クラークもそう畳みかける。
「以前の運賃‥‥徴収させてもらえませんか、王女さま?」
 光の提案に、王女は、しばし、黙考し――そして。
「わかりました。やってみましょう」

 王女協力の報を聞いたキティ・ラップは、放送用中継車の中で、ひとりガッツポーズする。
「王女もOK、これで計画はうまくいきそうやな」
 可児丸警部も巻き込めた。あちらの、ブライアンはん達のSNS投稿作戦のサポート体制も整えてある。ネットだけやない、世界ネットのニュースチャンネルの枠も、プロデューサーを抱き込んで押さえてある。
「消されても即UPや。ダブルオー、覚悟しぃや」

◆ミッション・クイーン:血みどろの大海原
 ダブルオーのエリートが、重武装で守りを固めるグッドオールドデイズ号。華麗なる乗船を成功させているファントム達だが、しかし、こうも鮮やかに乗り込めたのには、ワケがある。
 船そのものに備えられた重火器や、ロケットランチャー等を所持する兵士たち。それらが開戦当初より、十全に機能していれば、被害は甚大なものとなっていただろう。しかし、それを抑えたのは――

「撃て、早く撃てっ! 何してるんだ!?」
 リーダーに吠えられても、銃座の兵士は途方に暮れるしかなかった。
「砲門が、動かなくて‥‥」
「なぜだ!?」
 なぜって。こっちが聞きたいよ、と兵士は思った。

「‥‥よし、もう少しだな」
 陳晶晶――《雲影》は、海から兵器群の無力化に努めていた。
 ヘリから早々に、海に着水した彼は、水中移動に特化したレッグギアにより船に接近。その海面ジャンプ能力や、スパイダーアームギアの機能により、突き出される砲門に取り付いては、硬軟様々な方法でその機能を破壊して回ったのだ。
 ときに工学知識を活かして。ときにシールドバンカーで強引に。さらに工学迷彩コートでカムフラージュまでしていたため、《雲影》の暗躍に気づけた敵は、一人としていなかった。
「一番槍を貰ったのは俺だぞ? だぁれも見てなかったけどな」
 《雲影》は自分にしかできない仕事を終えると、ついに、船上へとスパイダーワイヤを伸ばした。

 他にも、より危険な武器保持者に対しては、狙撃のできる者が率先して狙うことで、その危険を回避できていた。
 とくに、ミルク・マクナイト――《ホワイトレイヴン》は、離れたボートからひたすらに、ドラグノフライフルを放ち続けていた。
「絶対、この乗船を成功させる‥‥」
 そのかたわらには、相棒の――AiフォンXIp。より正確に言うならば、それに搭載されたAI、ベルダンディ。
「この狙撃、僕一人じゃ難しい けど‥‥今は皆と、君がいるでしょ?」
『ええ、可能な限りお役に立ちます』
 ベルダンディは請け負った。ただのスマホのように見えても、天候や風速の分析、調査、口頭での計算代行依頼など、いわゆる『観測手』の一部分を担わせることもできるのだ。
 そして、また一撃――敵の構えた対戦車ミサイルに穴が開き、使用不能に。
「今日の僕は、いつもと違うよ。なんか、こう‥‥」
 わくわくしてる。高揚してる。
 そしてその横では、アルフォンス・サインツ――《スパローホーク》もまた、アメリカ製スナイパーライフルで、危険の除去に努めていた。
「間もなくだ。本当の戦いのために、今は援護に徹するぞ、《ホワイトレイヴン》」
「うん、《スパローホーク》」
 仲間への祈りを、勝利への願いを、指先にこめ、熱い鉄として、2人は放つ――

 狭い船上での戦いは、いかにエリートと怪盗といえど、スマートとはいえないものだった。
 銃弾がえぐり、刃で指が飛び、悲鳴と嗚咽が、そして血しぶきが撒き散らされる。
「ううう‥‥みんな、頑張るんだYO」
 シルフィ――《風の舞姫》が言うや否や、《パラドックス》が、腹から大量出血しながら、後方へ運ばれてきた。
「いやぁ、錯乱した人は何するか‥‥わからないね‥‥」
 息も絶え絶えにそう言うと、すぐに《アムリタ》が駆けつけて応急処置を施し、さらに《ネクタル》が、超科学治療により、その傷を癒す。
「う‥‥血が止まった。ありがとう」
「よかった‥‥きっと大丈夫だからね。皆の力を信じているよ!」
 《ネクタル》の手により、《パラドックス》は再び立ち上がる。それを見送る《アムリタ》は。
「誰も死なせない‥‥そう強く信じれば‥‥」
「うん。きっと‥‥大丈夫!」
 《ネクタル》はそう言うと、新たな重傷者のため、立ち上がった。

◆ミッション・ナイト:増援部隊
 今、仲間たちが激しく戦っている――遠くで見守る、小雪と、それを守るファントムたち。
「小雪さん、怖い‥‥?」
 スエソの問いに、小雪は、しっかりと首を振る。
「いえ、皆さんがいてくれるので」
「そうだね‥‥私たちがいれば、大丈夫だよ!」
 スエソは小雪の強さに安堵する。
「皆さん、世界を救うために命を賭けてる‥‥すごいですよね」
 小雪は、まるで自分が無力であるかのように、そうつぶやいた。
「世界のため、とか、皆のため、じゃなくて、ただ大事な人を救いたい、それでも良いんじゃないかな」
 スエソはそう言うと、愛犬のカエダを撫でながら。
「私は小雪さんのため、大事な人のために頑張りたいし頑張るよ!」
「あ‥‥ありがとうございます、本当に」
「あの、本当のお兄様はどんな方ですの?」
 ふいにハルが聞いた。
「兄さん‥‥春太は、本当にふつうの男の子だったと思います。わんぱくで――」
「ごめんなさい、話の途中ですけど‥‥」
 ふいに遮ったのは、牧原火鳥。それがすぐに、《エイル》の姿に変身すると。
「どうやらダブルオーと関係しそうな部隊が、迫ってくるようです」
 見張りを怠らなかったため、その接近に早めに気づけたようだ。
「ふう‥‥お話は、またあとでゆっくりと」
 ハル、いや《プリンセスリバティ》は、医療ナノマシン薬剤を自らに注入すると、バトルハンマーを構えた。

「ジープが中心‥‥8台か。かなり重武装のようだ」
 《トワイライトバレット》が側方からスキャンデータを読み取り、仲間へ伝達する。
「なーんかガラの悪いのばっかり乗ってるよ‥‥?」
 スコープを覗く《風操の射手》が、増援部隊の風体に違和感を覚える。皆、屈強そうではあるが、兵隊や警備員というより、ストリートギャングのように見えるという。
「金で雇われた傭兵なのかもしれないな。南アフリカは、金さえあればストリートギャングでも重火器を買える。警察が押収した武器を、警察が横流しするような国らしいからな」
 《トワイライトバレット》の言に、《ウェイファーラー》は「うひゃあ」と肩をすくめつつ。
「押収して、売りつけて、またそれを押収して、売りつけて‥‥一番あくどいんじゃないかな、警察が」
「いっそ、ギャングと警察で潰し合って、仲良くいなくなればいいんですのに」
 《プリンセスリバティ》がぶつぶつ言うと、《風操の射手》は苦笑しながら、
「その、楽しそうなミッションは、またあとで、ゆっくりね」
 そう告げると、応戦の第一射を放った。狙うは先頭車両のタイヤ。命中。襲撃を受け、その場で展開を始めるギャング達。
「足は止めたか。だがここからは危険な戦いになるな」
 《トワイライトバレット》の指摘に、アンディ・クレイ――《ポノ》は率先して前に出る。
「俺が引き付ける、援護を頼むぜ。とりあえずデカいグレネードとかに当たらなければ‥‥いいんだけどな!」
「わたくしも行きます! リストーラーを射ったから、多少は‥‥!」
 《プリンセスリバティ》も続き、
「カエダは小雪さんを守ってて!」
 《ウェイファーラー》も飛び出す。
「俺は側方から行く、援護射撃を頼む」
 《トワイライトバレット》はフェイザーガン片手に、隠れ場所から単身、飛び込んでいく――無謀だな、と自嘲しながら。
「一発も無駄にしないよ。皆も、私も、無事に帰るよ! ずっと一緒にいたい人がいるからね!」
 《風操の射手》の狙撃もあり、ギャングの統制はすぐに乱れ、無様な応戦を見せ始めた。
 だが、火力と人数に差がありすぎた。重火器で殺しにかかる大勢を相手に、感電武器や睡眠スプレーや目潰し銃等で挑んだファントムらが、無事に済むわけがなかった――

◆アナザーミッション:本番5分前
 ヴァルツェンの王女によるゲリラ放送。その準備は、着々と整いつつあった。
 すでに王女らは、光の中継車に移動していた。もちろんキティの中継車もそばに控えている。
「配信ネットワークの構築は終了。撮影もミーに任せるでゴザルよ」
 スティーヴ・カラサワがグルグルメガネをキラリとさせると、小林三代も、分厚い眼鏡をギラリとさせて。
「王女のメイクももうすぐ終わります」
「放送希望のテレビラジオの確保も進んでいます。翻訳や字幕追加以外の改変はしないよう、話は通してありますわ」
 エルミーネ・クロイゼルもそう報告する。
「メイクは顔を整えるだけじゃありません、心に暗示をかけて気持ちを作り上げることができるんです」
 三代にそう言われると、王女は、メイクをされながら、こう答えた。
「では、うんと力強いメイクをお願いね。生まれてこのかた、演じることばかりの人生だったけれど‥‥きっとこれが、人生最大の演技になる気がするから」
 三代は「お任せを」と答えた――が。
(人生最大の演技‥‥? まあ、そんなものかしら)
 メイクに夢中で、今のセリフから感じ取った一抹の違和感を、深く掘り下げることはしなかった。

「こちらは準備が整いそうだよ。放送は5分後に開始、大丈夫かな」
 光からの通信。キティは「こっちもバッチリや」と、答えつつ、も。
「‥‥こういう報道やっとると、思い起こすんは幼馴染の事やね」
「え、何だって?」
「いや、なんでもあらへん、すまん」
 キティは口をついた想いを、あらためてしまい込む。
 ――なんで気付けへんかったんやろ。得意やと思ってた事でコレや。このままやったらウチには何もあらへん、何処にも行けへん‥‥
「‥‥なあ、これ終わったら、ちょっと旅に出ようかと思うんや」
 自分を見直す旅に。キティはそんな想いが胸にふくれる。
「旅? もし僻地に行くなら、どこへなりとも連れてってあげるよ。《流星のメルクリウス》が、山頂でも、離島でも、南極だってね」
 光はドライバーらしいことを言った。
「そりゃ、おおきに‥‥」
 壮大な自分探しができそうやな、とキティは1人、苦笑した。

◆ミッション・ナイト:三賢人とファントム
 ピアニストの攻撃、バードマンの防御、リバーシの回復。
 その恐るべき連携バランスに、ファントムらは防戦を余儀なくされ、消耗する一方だった。
「だが、能力が判れば道は開ける」
 《怪盗クク》はオモチャからシャボン玉を発生させた――それは、睡眠ガスが封入された特別なガジェット。
(回復役から叩くのがRPGの鉄則‥‥あの透過対象を選べる結界、空気を全て弾く訳にはいかんだろう。認識してない毒ガスなら効くはずだ)
 しかし――シャボン玉もまた、不可視の壁に阻まれ、それ以上進まなかった。
「何のつもりか知らないが、小細工だって効かないぜ」
 バードマンがニヤリと言う。
「ふむ、思ったより高性能なようだな‥‥だが、それも解明してみせる。では、次は‥‥」
 《怪盗クク》は、《穴あけ屋》にうなずきかけた。《穴あけ屋》は、こくりとうなずき、その手にワームホールを生み出した。
 直後――《怪盗クク》は、リバーシの背後に転移していた。
「うっ‥‥?」
 そしてリバーシは、《怪盗クク》の睡眠爪を受け――倒れこんだ。
「バカな‥‥ピアニスト!」
 バードマンに請われ、ピアニストはエネルギーの鋭利な爪を無数に伸ばし、《怪盗クク》を切り刻んだ。《怪盗クク》は全身から血しぶきを上げ、倒れ込む。
「よし‥‥おっとぉ!」
 バードマンはすかさず、不可視結界を展開する。あの転移はともかく、これで接近する敵ははじけるはずだ――
 しかし、結界は、絶対ではなかった。
「‥‥行くぞ」
 《轍の刃》が、結界のありそうな空間へ向け、腰を低く低く落とし、両の掌をぐいと押し出す。それは確かに、不可視の障害にぶつかり、そして――
「はあああああっ!」
 氣(とでも呼ぶべきもの、か?)が、両手から結界へ注がれ、それは――
 パリィン。誰の目にも見えなかった。だが、たしかに、誰もが、綺麗な破裂音を聞いた。
「バカなあっ!?」
 バードマンにしてみれば、それは『絶対に破られるはずのない結界』だった。だが、後にして思えば、正しくはこうだったのだ――『その日までは、誰にも破れなかっただけの結界』だと。
「今だ! 魔弾の射手の名、伊達じゃねぇっすよ!」
 《魔弾の射手》の超能力指弾が、ここぞとバードマンを襲う。ぐおお、とよろめくバードマンは、そのまま《轍の刃》の肘打ちを喰らい、悶絶、ダウン。
「まだだ‥‥! オールレンジ攻撃‥‥!」
 それでもピアニストは諦めない。仲間が消えた今だからこそ――その両手から、四方八方に、強烈なエネルギー弾が撒き散らされる。
「くそっ、なんてヤツだ‥‥!」
 《サイドスワイプ》は顔と体をかばいながら、よろよろと下がるしかない。皆もおおむね似た状況だ。
「一人でもなんとかなるのだよ、新月部隊最強の、このピアニストがいれ‥‥ヴぁ‥‥?」
 エネルギーの奔流は止まった。その背中には、睡眠毒の仕込まれたシザーが突き刺さっていた。
「オールレンジといっても、自分にぶつけるわけにはいかないし‥‥足元までは気を配らなかったようだな」
 それは、死んだと思っていた《怪盗クク》であった。全身ズタボロだが‥‥生きていたのだ。
「こ、ここで眠るわけには‥‥Zzz‥‥」
 抵抗むなしく、ピアニストは寝オチした。
「やっぱり‥‥死んでるワケない、と思ってました」
 《星の夜想曲》は《怪盗クク》にサムズアップ。
「けど、もう‥‥死にそうかも」
 《怪盗クク》もまた、寝オチしそうな顔色をしていた。
「寝ても構わんぞ。おそらくもう‥‥脅威は去った」
 《蒼焔のイリューシャ》は、戦闘の空気が凪いでいくのを感じていた。
「けど、ある意味本当の戦いは‥‥ここからよ」
 《ファンシー・ガール》は、司令室への扉を見つめながら言った。そこに――真なるターゲットが、いるはずだった。

◆ミッション・クイーン:ダッドとの対戦
 船上の激しい戦い――双方の消耗は激しかった。だがついに、甲板上での死闘は、終息した。
 損耗を抱えながらも、ファントムらは船内へと侵入する。こちらにもまだ護衛の兵士がいたが、その抵抗もやがて、潰えていった。
 そして――最下層の、広い作戦室には、銀色に光る、のっぺりした人型の異形だけが、待ち受けていた。
「驚いたよ。まさかこの船を見つけ、ここまで来るとはね」
 ダブルオー総統、ダッド。その表情は、液体金属に覆われていて窺い知れないが、キンキンとした金属の声音だけで判断するならば、まるで動揺は感じられなかった。
「ずいぶん余裕の表情だね‥‥表情ないけど」
 《春風の狂詩曲》が言うと、
「まあ、この『ジュエル』もあれからアップデートしたからね。君たちとの戦闘データもフィードバックしてるから、前と同じとはいかないよ。なにせ予算がすごいもの」
 しれっと、そんなことを言う。
「そういえばその‥‥ジュエル、っていうボディ、総統専用なの? そんなにすごいなら量産すれば、こっちも危なかったのに」
 《魅惑の火花》の指摘。
「まだまだプロトタイプだからね。それに‥‥信用して託せる部下が、ほとんどいないのがね」
 と、肩をすくめるさまは、冗談のようにも、悲哀のようにも、見えなくはなかった。
「私の戦闘技術の全てを注ぎ込んでも、一騎討ちなら絶対に私はアナタに勝てない」
 《甘き死》は、ゆったりと、前に出始めた――仲間達は必ずダッドを倒す、だから私は私の言葉でヤツの心を撃ち抜く。色仕掛けに絶対の自信を持つファントムとしての、一世一代の、仕掛け。
「ケドね、もしアナタと2人、ベッドの上で交わしたら私は必ず勝つわ。アナタの吐息を甘くして、胸の鼓動を早めさせ、悦楽の海に沈めて私の虜にシテ魅せる‥‥」
 この美貌とカラダ、磨き上げた私というオンナ。それに宿る確信。それは神業をも呼び込むはず。
「私にも知らない事はある、アナタにも。なのにアナタは自分のヤり方が絶対に優れていると断言する‥‥それは間違いよ。アナタは焦がれるほどの愛を識っている? 私の与える甘い快楽を感じた事はある? 無いなら、私が全て教えてアゲルわ」
 《甘き死》が迫ると、ダッドは、なんと頭部のジュエルを解除し、エビータ・エリシーラとしての顔を晒した。そこに浮かぶ――妖艶な笑みに、《甘き死》が、いや、その場の誰もが、ハッと息を呑まされた。
「貴女の目には、貴女がくぐってきた天国と地獄が読み取れる‥‥では、私の目からは、何が読み取れる?」
 エビータの瞳に射貫かれた瞬間、《甘き死》は、甘い死を予感した――瞬時で理解した、この女性の見てきた地獄の、底の深さを。
「ダブルオーの総統、最高のワイズマン、いえ、その前に。私だってこの身をどれだけふるまい、搾取されてきたと思う? 自分を、家族を守るため、どんなけだもの達の宴に捧げてきたと思う?」
「ああ‥‥あああ‥‥」
「アルカ、戻ってきて!」
 叫んだのは《ヴルぺス》。《甘き死》を後ろから抱き締め、引き寄せ、唇を重ねると、彼女はやっと、魂の束縛から解放された。
「世界の真実が不条理で出来ている‥‥そう言いたくなる気持ちが、少し解ったわ」
 《ヴルぺス》はエビータにそう告げる。
「でも、それなら尚更、抗わなければ希望は生まれないわ」
「その通り。今はお互い、抗う時だよ」
 エビータは再びダッドとなる。
「そうこなくてはネ。ではユーの好きな『力』について、きちんと分かってもらいましょうカ」
 《風魔玉響》がビームブレードを構える。
「ようダッド、遊ぼうぜ。いや殺りあおうぜ」
 《不動》はおもむろに間合いを詰めた。得物などない、素手だ。
「おやおや、冗談が過ぎるね」
 ダッドはその格闘戦を、かろやかにいなす。
「小細工なんていらねぇ。今ある力のみで勝負するのが男ってもんだ。ボロ雑巾になろうが振り上げる拳が、蹴り上げる足が、打ち付ける頭が残っていれば、最後まで戦う」
「気合は認めるけど、愚直すぎるよ」
「バカで十分だ、賢く生きるのなんざ他のヤツに任せてるんでな」
 やがてその拳が、なんと見事に、ジュエルボディをボコリとえぐり、潜り込んだ! ――が。
「なっ!? ‥‥抜けねぇ!」
「これは見せしめだよ」
 ダッドの全身から、全方位に、鋭利な棘が伸びた――液体金属ならではの技か。《不動》は、まるで無数のレイピアに貫かれたかのように、なり、血を噴きながら、よろよろと下がり‥‥どぉと倒れ込む。
「な‥‥なんてことするんだYO!」
 《風の舞姫》がビームブレードで切りかかる。が、ダッドはヒョイと身をかわし、膝から伸ばした棘で、《風の舞姫》の腹を貫く。
「うあっ‥‥!」
「シルフィ!? おいコラこの野郎!」
 モブーノ・トリーマッキ――《怪盗伊達男》は、シルフィを助けるように飛び蹴りをかまそうとする、が、ダッドは先にシルフィから離れ、そして指先から伸ばしたエッジで、《怪盗伊達男》を切り裂いた。
「いっでええええ!?」
「落ち着け、手練れを相手に焦るな」
 《ブラック・ロータス》がカバーに入り、日本刀でダッドを牽制する。その刀の閃きが、ダッドの両手より繰り出されるジュエル・エッジと火花を散らす。
「ふふ、やるね、色男さん」
「私は故あって過去のない男になった。自身の過去を知りたいと思うこともあったが、今ではどうでもいい話だ」
「おや‥‥君も語りたいことがあるのかな?」
「地獄を歩んできたのは、貴様だけではない、ということだ。かといって、同情や安っぽい感情など不要だ」
「ふふ‥‥」
 キィン、キィン、キィン。会話は鋭いワルツのごとく。
「愚者には愚者に相応しい『偶像』が必要だろう。世界平和など、叶わぬ夢よ。それに‥‥そうなっては我々にとっても都合がよろしくないものでな?」
「なら、私たちはわかり合えるかな?」
 ダッドはそう言った。だが答えるより早く、《ブラック・ロータス》は下がり、代わりに《風魔玉響》が飛び出した。
「強き者が勝つのではない。勝った方が強いのネ」
 火遁手裏剣を投げる《風魔玉響》。ダッドは身をそらせて、あっさりかわしながら。
「ファントムなら、逃げるが勝ち、のが向いてるんじゃないかな?」
「いいや! 強さを示してやるネ!」
 フェイントを織り交ぜての、煙幕、投擲、そして――
「虚を混ぜた同時の六撃。ミーの、ミー達の全力を喰らうネ!」
 ビームブレード、そして足先のナイフ――それは、超科学ホログラフ分身を交えた、3方向同時の攻撃! もちろん2つは虚像だが――
「超科学忍法! これなら防戦するしかないネ!」
「それは、どうかな」
 ダッドの全身から、無数の棘が延びた――さきほどの、あの技だ。
「くうっ‥‥!」
 それが、《風魔玉響》の全身を貫く――分身ごと、全てを攻撃する手段が、ダッドにはあるのだ。
「エ、ラ‥‥」
 《不動》は、それへ手を伸ばすことしかできない。
 ――そこからは、一方的な戦いが展開された。
「し、信じられない強さだ‥‥」
 《幻影の揺りかご》が肩の傷を押さえて下がる。
「ち、治療が追い付かないよ‥‥!」
 《ネクタル》の超科学治療の腕でも、限界がある。
「超能力も効かない‥‥あのジュエルのせいか?」
 《パラドックス》の『ルナティック』も通じる気配がない。
 ダッドを止める者は――いまだ、現れない。

◆ミッション・ルーク:ファントムがいるのだから
 アイザール教授の、不幸な死。想定外の事態に、ファントムらは浮き足だった。
「くそっ、そう簡単に死なせてたまるか」
 《拳銃貴族》は血まみれのそれを揺さぶるが、まるで反応はない。
「こんなときは、ええと‥‥斜め45度に、心臓マッサージとか」
 《銀の腕》がやってみるが、やっぱ、だめだった。
「死にたての人間には、必死の呼びかけが効くらしいけど」
 《ウートガルザ・ロキ》がこう言うと、《ルピナス》はカカヴィンチの背中をグイグイ押して。
「教授、お知り合いでしょう? お願いします!」
「え、えーっと‥‥やっほーなのだよー」
 カカヴィンチが明るく呼びかけても、アイザールはぴくりともしなかった。そりゃそうか。
「カカヴィンチ教授じゃダメかな。もっと、親しい人がいれば‥‥」
 《ウートガルザ・ロキ》がこう言って、カカヴィンチが「がびーん」としてるなか、おずおずと前に出たのは、『やたら艶っぽい美人助手』で。
「私、愛人でもありましたので‥‥教授ー! 死なないでー! カム・バーック!」
 アイザールの襟をつかんで、がったんがったん揺さぶると――おお、神よ!
「ううう‥‥死ぬかと思った‥‥」
「ばかな‥‥どこからどう見ても100%死んでたのに生き返るとは」
 《ティタヌス》は唖然としたが、しかし、やはり思い直した――ファントムをやっていたら、こんなことくらい、慣れっこにならねば、と。
「あーよかったー‥‥教授に死なれたら私、どうやって生きていけばいいか‥‥」
 やたら艶っぽく泣く美人助手――に注がれる、ファントムらの不審な目。
「もう、正体を隠さなくてもいいんじゃないかと」
 《メイデイ》がセキ払いすると、「あらやだ」と言って、助手は変装を解き――ルイ・ラルカンジュ、《薔薇のロザリオ》の姿になった。
「ふふふっ、実はちょっと前から助手兼愛人として潜入して、イロイロ探ってたんですよ」
「必要な内部情報も、少しばかりいただいておりました」
 と通信してきたのは、マクシム・ヴェッカー――《無貌の黒水晶》。
「おいおい、人が悪すぎるぜ‥‥」
 《覚醒の鐘》が呆れたように言うと、
「すみませんね、敵を騙すにはまず味方から、ってことで♪」
 《薔薇のロザリオ》は、あんまり悪びれたふうもなく言った。ルイなら仕方ないね。
「それはさておき‥‥モフモフ教授、ギアを開発したのならそこだけは素直に礼を言いたいところだ。それがなければここまで動けなかったので。次はギアを一般レベルにまで普及してくれたらとても嬉しい」
 《怒りの日》がそう告げるも、アイザールは「フン」という態度で。
「コネクターの基礎は私のものじゃない。ちょいと悪ノリしてコネクトボーグを作っただけだ。あれも駄作だがな‥‥」
「では、あなたは‥‥モフモフさんは、何を主な目的として研究していたのでしょうか」
 《錦屋鏡月》がなにげなく、だが、相手を見極めんとするように、尋ねた。
「私の望みは、世間の大衆をアッと言わせるようなものだ。その点、イクリプスは気に入っていたがな」
「イクリプス‥‥UNICOを襲った、巨大ドロイドか」
 《ナーガ》の言に、アイザールは「いかにも」とうなずく。
「あれもまだまだ駄作だったが、もっと時間と予算をよこせば、より完璧なティタンロイドを作ってみせる!」
「ティタンロイド‥‥それが本当に‥‥貴方の望みなのですか」
 《月下の蛍灯》は、疑問形というより、断定的にそう言った。彼の望みは‥‥そこにはない。その野望は、虚飾だ、と、直感が告げたのだ。
「そうですよ、そんな可愛い子たちを連れてるのに」
 千葉――《運命の天使》は、プードルやシャム猫のドロイドを指さした。それらはいつの間にか、アイザールにすり寄るようにしていた。
「大丈夫、教授ならできるよ!」
「ワタシもついてるから、大丈夫よ」
「おお、パピー、マギー、ありがとうな!」
 喋る犬猫のドロイド、それに破顔するアイザール――それはファントムらには、いびつなものにしか見えなかった。
「よしだの方が可愛いな‥‥よしだは誰かの自尊心を満たす為の道具じゃないから、その子達とは違うかな‥‥」
 《銀の腕》は、自身の猫ドロイドを抱きかかえながら、誰に言うでもなく、つぶやく。
「教授はピュアで可愛い‥‥ふふっ、博士のお気持ち、すっごくよくわかります。他人の取り決めた観点で判定された評価や、客観でお仕着せられる価値観なんてポイですよね?」
 《薔薇のロザリオ》は正体を明かしてなお、アイザールを持ち上げ――そしてアイザールは、「その通り!」と満たされている。
「ならばさぁさぁ、自慢のウチの子をお届けだよ! きっとアイザールさんのペットとも仲良くなれる! 愛猫家に垣根はない!」
 《流星》は連れてきた猫たちを送り出し、アイザールのドロイドらとじゃれさせた。そして「教授どうぞ?」と促す。
「む、これも可愛いな‥‥猫はいい‥‥いいものだ‥‥」
 アイザールは案外素直に、新参の猫もモフる。その姿は――純粋な動物好きに見えた。
「自分に実に正直な御仁だね。とても人間らしいよね。倫理や良心のような部分を除けば枠に収まらなかったからこそ才能が一点集中したタイプじゃない?」
 《銀の腕》は、あえてまっすぐに踏み込むことにする――望まず改造された者の気持ちを考えれば、放置はあり得ないけれど‥‥ならば。
「教授の作品で世界がひっくり返っても、それはダブルオーの成果で、キミの事を気にする人はほとんどいないんじゃない?」
「たしかに、ダブルオーは秘密組織ですしねえ」
 《銀の腕》と《信頼できない語り手》の指摘に、アイザールは「うっ」とひるむ。
「やっぱりモフモフには、ダブルオーは似合わないのだよー」
 カカヴィンチが、昔なじみというていで説得する。しかし。
「だまらっしゃい! ローゼンナハトの手先になんぞなりおって!」
「えー? ローゼンナハト、いいかんじなのだよー。予算もガッポガッポなのだよー。一緒に遊ぼうなのだよー」
「えええい! お前とだけは組めん! 赤羽での所業は忘れんぞ!」
「えーっと‥‥赤羽で、何があったんです?」
 《怪盗テイルキャット》は、あんまり聞きたくないなあ、と思いつつも、仕方なく聞いた。
「あいつは、山姥みたいな女のいるスナックに置き去りにしたり! ぼったくりバーで一人だけトイレから逃げたり!」
「それは‥‥有罪《ギルティ》だな」
 《海猫》は手でひたいを押さえる。
「わ、若気の至りなのだよー。今度は珍肉の美味しいお店でオゴるのだよー」
 カカヴィンチの言い訳に、「どんな珍肉‥‥」と《怪盗紅月》は頭を抱えた。
「あのー、モフモフさん。カカヴィンチの事、ライバルだと思ってるの? だったら、同じ条件で比べないと。実験と一緒だよ」
 ふいに、《ウートガルザ・ロキ》が説得に入った。
 僕にもライバルがいるけど、同じ条件だからこそ比べられる――だからこその、説得。
「大衆からマイナスの反応でも欲しいっていうのは、プラスの反応を得られないからだよね? もったいない。ローゼンナハトで、カカヴィンチ、好き勝手してるよ。ローゼンナハトで大衆から称賛を浴びようよ」
「ふざけたことを‥‥第一、今さらローゼンナハトが私を優遇するわけがない」
 アイザールは吐き捨てるように言った。だが、その口ぶりに、《ドッペルゲンガー》は、アイザールの真意を見た。
「いいえ、ローゼンナハトは、過去の罪や因縁に捉われるような組織ではありません。あなたの気持ち次第で、いくらでも優遇が可能です」
 それに続いて、《信頼できない語り手》は、天から降ってきた言葉を、添えた。
「あ、でもですね、あなたに実力がないとダメですけど?」
「実力だと!? あるに決まってるだろ! ふざけおって、ローゼンナハトめ、私の実力を思い知るがいい!」
 アイザールは湯気を出さんばかりにそうわめいた。それを見ていたファントムらは、もちろん、「ちょろいなあ‥‥」と思ったり、思わなかったり、思ったり、思ったりした。
「よーし、決まりなのだよー。さすがおにーさん、説得上手なのだよー」
 カカヴィンチは早くもアイザールと肩を組み、アイザールはたいそう迷惑そうにしている。
 が、これで万事つつがなく終了、と、あいなったわけではなかった。
「ごめん‥‥喜んでないで、急いで脱出できないかな‥‥」
 《銀の怒り》からの通信。続けて語ったのは。
「ちょっと、騒ぎが大きくなりすぎて。区画封鎖や、警備員の派遣が始まってるの」
 《蒼雷の蜃気楼》の指摘に、いまやCERN最深部にいるファントムらは、にわかに緊張感をみなぎらせるのだった。

◆ミッション・ナイト:ウェイカー
 新月部隊アジトに向かうギャングの増援。それはついに、完全に無力化された。
 しかし、ファントムらの被害も、非常に大きかった。ほとんどの者が深い傷を負うことになった。
 が、その傷も急速に塞がりつつあった。

「ふう‥‥助かった‥‥」
 《トワイライトバレット》は、癒えていく傷を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
 傷を癒したのは、《エイル》の超能力、リスキーリカバリー。他人の傷をゆっくりと癒せるが、その能力発揮には――
「私弱いけど、誰かを助けられる力で良かっ、た‥‥」
 自身の生命力をも消耗する。皆に能力を使い、体力も果てそうな《エイル》を、《プリンセスリバティ》があわてて抱きかかえる。
「もう! 無茶をなさって‥‥」
「私に‥‥任せてください」
 と、小雪が前に出た。そう、彼女も癒しの超能力者である。《エイル》を、《ウェイファーラー》を、あらためて優しい光で癒していく。
「一時はどうなることかと思ったけど‥‥ああ疲れたぁ」
 《風操の射手》は疲労でへたりこむ。だが、《ウェイファーラー》はその脇に手を差し入れ、よいしょと立ち上がらせる。
「本番はこれからだよ。いよいよ始まるみたいだから、そろそろ行かないと」
「そうか、みんなはついにそこまで行ったのか‥‥じゃあ、行かなきゃね」
 《風操の射手》は小雪を見た――いよいよ、ウェイカーに、妹を引き合わせる時がきたのだ。

 司令室。すでに隊長に対する護衛はファントムらによって無力化され、ウェイカーは、儚げな少女をかばうようにして立ち尽くすのみであった。
「ヘスペリデス‥‥大丈夫だ、俺がなんとかしてやる」
 ウェイカーはそう言いながら、内心では自嘲していた――なんともなるものか。ヘスペリデスの能力はどうやら対策されているらしく何の効果もない。手持ちの拳銃は弾かれ、なんの攻撃手段もない。俺の能力は他者の能力を強引に開花させることであり、いまや何の役にも立ちはしない。呼び寄せた増援さえ、どうもやられたらしい‥‥
「どうやら、戦う相手を間違えたようだな‥‥貴様らのことを駒としか思っていない連中に、命を預けていた気分はどうだ」
 イリヤはナイフも拳銃もしまいながら言い放つ。
「駒なのはお互い様だろう‥‥お互い誇りを持って、望んで駒になっていたのでは?」
 ウェイカーはひるまず睨み返す。
「洗脳‥‥いや‥‥」
 嵐斗は、どう言うべきか、逡巡する――洗脳されている者に、おまえは洗脳されている、と告げたところで、意味などほとんどないだろうから。
「たしかに、他人とちょっと違うからって阻害する人間の『常識』の中で生きるのって、いろいろ辛えっすよね」
 ダンテは、同じムーンアイズとして、ウェイカーの気持ちが多少はわかる気がした――迫害されうる能力を、重用してくれる相手。それにすがる気持ちもわかる。だが。
「でもさ、ダブルオー‥‥古き良き秩序だって結局はおんなじだ。俺達は変に使われるために生きてるんじゃねえんだっつぅの」
「変だと? 少なくともダブルオーの支配する世の中になれば、我々ムーンアイズは優れた存在として認められるはずだ!」
「‥‥俺はこの世界が結構好きなんでな。悪い面も当然あるだろうが、一部しか知らんのはダッドとやらも同じだろう。ダブルオーに造り変えられるのは御免被る」
 典人は、この男を殴りたかった。殴ればわかるかもしれないし、わからないような奴は殴られて当然な気もした。
「ウェイカー様、能力者も大事な人間です、それはよくわかります」
 ライリーは、優しげに語りかけた。
「でも、人間だからこそ、大事な物、優先順位があるはずです‥‥私は、恋人のためなら世界にだって穴を開けて見せます」
「穴、だと?」
「そうです‥‥あなたの、凝り固まった胸にさえ」
 そしてライリーはくるりと振り返り、司令室の入口を指さした。そこには――
「こ‥‥小雪!」
 ウェイカーの、春太の、妹が連れてこられたところであった。

◆ミッション・クイーン:死闘の行末
 ダッドは怪物だ。対峙したファトムらは、心底、そう思わされた。
 渾身の一撃でつけた傷もすぐに塞がる。そして反撃は速く鋭く、防げない。
 数で押しても押し切れず、数が多くとも全員に同時に反撃さえする。
「あの、ジュエルをなんとかしなければ‥‥」
 《ヴルぺス》は最後まで言えなかった。しなければ、やられる、とは。
 もちろん、ジュエルを潰すこと、それを諦めたファントムではない。即席の連携作戦、阿吽の呼吸で、それは行われた。
「うぐっ‥‥いまだ!」
 あえて攻撃を惹きつけた《雲影》、その陰から、《B・B》と《ポンコツお姉ちゃん》が飛び出し、そして、プシュー!
「!? これは‥‥」
 ダッドのジュエルに噴き付けられたのは、金属溶解ジェル。
「液体金属は液体とはいえ金属‥‥狙いは、そこ!」
 そして《ポンコツお姉ちゃん》が、超音波ガンで急所を狙う!
(どこかにメイン装置があるはず‥‥そこを壊せば!)
 想定していた胸部や腰部、命中――だが、頼りなく震えたジュエルの表面は、再び、元通りになりつつあった。
「わかるよ‥‥ジュエルを無力化したい気持ちは。けど、そのためにするであろう、何百という手段に対して、おおむね対策を取らせてあるんだ」
 ダッドは《ポンコツお姉ちゃん》と《B・B》を、刺し貫くのではなく、ポンポンとその肩を叩いてみせた。あまりにも人を馬鹿にした余裕っぷりである。
 ファントムらに広がる無力感、絶望感――ダッドは、怪物だ。
「このままではいかん、後退するぞ」
 《ブラック・ロータス》は傷を負った《不動》の肩を支え、皆に一時退避を促す。いずれにせよ打つ手のない皆は、《ブラック・ロータス》の後に続く。
「おやおや、逃走かな‥‥たしかに、勝ち目がないのに死ぬのは無駄なことだしね」
 ダッドは、逃げる者に対し、ゆったりとした足取りでついていく――そして皆は、甲板上へと場を移すことに。

 海はどこまでも広く青く、空は清々しく晴れ渡っていた。太陽を燦々と浴びて、ダッドのボディは、うっとりするほど美しい光を反射させていた。
「なんだ、あれは‥‥そしてこれは‥‥どういうことなんだ‥‥」
 可児丸警部は、初めて見るダッドと、それと戦う怪盗らの姿に、茫然とするしかなかった。
「奴は、ダッド。世界征服を企む秘密結社、ダブルオーの総統。そして我々、UNICOの学生は――」
 ジェームズは、怪盗《美の騎士》に変身してみせると。
「ローゼンナハトのファントム。ダブルオーを潰さんとする者」
「なん、だと‥‥? UNICOは、国際警察養成学校では‥‥どういうことだ‥‥?」
「そこは、後で詳しく解説しましょう」
 と、警部の肩を掴んだのは、マキシミリアン・エナー、UNICOの学長である。
「が、学長までここに‥‥?」
「いえ、今は学長ではありません」
 そして――変身。
「《怪盗レジェンド》とお呼びください」
「なんとおおおおお!? ‥‥うほっ?」
 突如、警部は尻もちをつき、ぼんやりとした目つきになった。
「ちょっと、落ち着いて静かに見ていられるツボを押しました。興奮されすぎたり、ましてや変に乱入されても困りますのでね。ぼぉんやりと、ショーをご覧になっててください」
 《怪盗レジェンド》はそう言って《美の騎士》にウィンクすると。
「さてさて、苦戦しているようだが‥‥皆のお手並み、拝見といこうか」

 船上に移れば、仲間のボートからの援護射撃も期待できた。その点ではたしかに、後退はファントムに有利であった。
 しかし、強烈なライフル弾の直撃さえ、ダッドを傷つけることはできなかった。
「ウソでしょ‥‥ジュエルのマテリアルって、消耗するんじゃなかった‥‥?」
 《魅惑の火花》は腕の傷を押さえながら、なにか手はないのか、と周りを見回す。
 と、《ブラック・ロータス》が独り、つぶやいてるのに気づいた。
「‥‥頃合いだ、アルフォンス」

 アルフォンス、つまり《スパローホーク》は、高速艇で並走しながら、ここまで狙撃を繰り返していた。
 しかし、それは一種のカムフラージュでもあったのだ。
「俺達は、最強のワイルドカードさ。あんたの『組織』を盗みに来たんだ」
 そうつぶやくと、次に装填したのは、殺傷用ではない、シグナル発信弾。
「これで、決める」
 弾は放たれ――ダッドの背中に命中した。そして、そのシグナルを受け取ったのは。

 グッドオールドデイズ号より遥か東、UNICOの作戦室。《無貌の黒水晶》は、人知れず高速でキーを乱打し始めた。
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ‥‥」
 チャップリンの言葉をつぶやき、そして。
「我らが求めるのは秩序より『混沌』です。混沌は全ての人に平等であるのは疑わざる事実です。善悪や正義は主観に過ぎません」
 そして――分析と入力、全て完了。最後に、エンターキーを押せば。
「喜劇のロングショット、発射」

 その頃、グッドオールドデイズ号では。
「いまだ、全員離れろ!」
 《ブラック・ロータス》が突如、皆に指示した。仲間らは、理由はわからないものの、その『意思』を理解し、一斉にダッドから離れた。
「おや‥‥?」
 ダッドは軽く驚き、ふと嫌な予感がして、空を見上げた。そしてその顔に、その全身に、蒼い光が怒涛のごとく注がれた。

「言ってるでしょう? 敵を騙すには、まず味方から‥‥」
 《無貌の黒水晶》は、別に申し訳なくもなさそうに、人知れずそうつぶやくと。
「ジュエルとのこれまでの戦闘データと、この作戦過程で得られたいくつかの極秘情報。それにより緻密に計算した出力で、アルフォンスの射ち込んだ座標に向けて注ぐ‥‥」
 たとえ人けのない大西洋上でも、それは射程圏内だ――ロシアの極秘対地攻撃衛星、その荷電粒子砲は。
 《無貌の黒水晶》の裏作戦は、ここに成就した。

 衝撃は一瞬だった。しかし、ダッドが受けた精神的衝撃は、一瞬では済むはずもなかった。
「ば、バカな‥‥」
 ダッドはまじまじと自分の身体を見た。もはやその身には、液体金属ジュエルは存在しなかった。足元に、わずかに残留物があるのみで、それ以外は蒸発してしまったのだろう。
 つまりダッドは、今や肌にフィットする、ありふれたボディスーツを着ているだけの、武器を持たぬ女性でしかなかった。
「うっ‥‥」
 そしてその首筋に、エレクトリック弾が撃ち込まれ、その膝をつかせる。
「勝てると信じて、この時を待ってたよ」
 《ホワイトレイヴン》は、狙撃を終えると、スナイパーライフルをそっと置き、再び信じて待つことにした。仲間がダッドを、エビータを説得するのを。

◆オールミッション:作戦遂行中
 マクシムがダッドのジュエルを全解除するその手際を、今回のUNICO側臨時指揮官となっている神津小五郎は、好もしげに眺めると。
「苦戦していたクイーンも追い込めたか。ナイトは説得工作中、ルークは説得完了‥‥と」
 素晴らしい素晴らしい、とうむうむうなずいてから。
「さて、ビショップとポーンは、まだ健在かな?」

◆ミッション・ビショップ:オトナたちの戦い
 ローゼンナハトの秘密電算室。ローゼンナハトの精鋭電脳部隊と、UNICOの講師数名が身を寄せ、クエーサークラッキング作戦の中心を務めている。
「なんだ、この程度の暗号が誰にも解けなかったのか? ローゼンナハトは学生だけじゃなく正式メンバーまでだらしないな、フハハハハ!」
 ジャック・イノセントのおそるべき暴言に、今はとりあえず言い返す者もいない、が。
「大丈夫かしら‥‥そのうち変な毒でも盛られるんじゃない?」
 アンナ・ヴィドルフがコーヒーやチョコを配りながらヒソヒソやるも、グロア・ガーは例によって「いいんじゃないですか」とぼんやり返しながら、しかしその指は凄まじく疾走していた。
「しかし、こう長丁場だと腰が‥‥あ、すみませんね」
 グロアは、腰をさすってくれたラインヒルデ・ボットにぺこぺこ。ラインヒルデは、この日のために開発した10本腕のマルチアームのうち1本で、グロアの腰をいたわりつつ、もう1本でサムズアップしつつ、残る8本と自分の両手で5つのキーボードと激しいマーチを演じていた。
「パイナポーのチームに、ベータ領域の精査を依頼します。ローゼンナハトメンバーは最深領域の暗号解読にかかってください」
 HALCOの声で、皆が作業を切り替える。エウニケ・カヤンデルは現在の進捗リストを見て、思わず笑みをこぼす。
「この、世界の裏側の、さらに電脳世界での戦いは、誰にも見られず、記録されることもないのだろうね」
 でも、それでいいのだ。
「芸術家だって制作過程なんか見せやしない。完成された作品さえよければいいのさ‥‥新しく、穏やかで、美しい世界という作品ができればね」

◆ミッション・ポーン:紅い華は狂気の谷の果てに
 メキシコ山間部、ダブルオー本部周辺。
 戦いはとっくに始まっていた。戦争といっても差し支えない、乱れに乱れた銃撃と血しぶきの領域。
 殺るか殺られるか――ダブルオーの兵士は、コネクターは、そんな思いを胸に、時に怯え、時に雄叫びながら、死地に身を投じていった。
 ――が、そんな思いで戦っているのは、あくまでダブルオーの側だけであり、ローゼンナハトの精鋭たちの心には、もっと違った景色が広がっていた。

「こっちより、あっちに行った方が、動きやすいと思うわ♪ だって、こっちに敵が集まるようにしむけちゃったもの~」
 レティス・ガッティ――《舞台裏の傀儡師》が仲間に通信する。巧みな誘導に成功した、というのだが。
「あらあら? ちょっと数が多すぎるわねえ。このままじゃ包囲されちゃったりして‥‥」
「もう、何やってるんだか‥‥」
 レヴィ・アルシア――《赤珊瑚》は、訓練された戦闘犬たちを《舞台裏の傀儡師》のほうへ送り、かく乱を手伝わせる。
「‥‥‥‥」
 その横からは訓練教官のベネズエル・マサラが、3メートルはありそうな謎の特注ライフルで、迫る兵士を百発百中で狙撃しまくっていた。その弾は命中した途端にネット状に広がる暴徒鎮圧用のものだ。
「じゃ、今のうちにねじ込んじゃおっかな」
 ランベルト・ロッシュ――《閃光の真紅眼》は、ボンドカー仕様のジープから銃弾をバラ撒きつつ、本部正面に車体ごと、まさにねじ込んで、そのまま廊下の兵士を撥ねに撥ねまくって、やっと階段そばで停車させる。
 と、ジープに乗り込んでいた講師らが、続々と飛び出し、さらに奥へと進軍を開始。
「行きますよ、丸太!」
 張憲永――《花郎先生》は、この日のために作らせた超科学製の丸太をブン回し、並居る兵士を次々と気絶させていく。
「うん、やはり丸太はどんな局面でもそれなりに使えますね。先生もどうです?」
 《花郎先生》の勧めを、ナサニエル・フォス――《マーセナリー》は「いや、結構」と、やんわり断り、この日のために取り寄せた聖騎士(パラディン)級のロングソードを抜くと、閃光のような速さで、側方の増援を次々に打ち倒した。
「学生らも健闘しているだろうか‥‥」
 《マーセナリー》がふいに口にすると、《花郎先生》も、丸太を肩に担ぎながら。
「そうですね‥‥剣術指南の成果を、彼らが見せてくれる事に期待しましょう」

 そして本部裏手では、直接地下階へと繋げる巧みな爆破工作が、ニナ・ガルト――《爆砕者ミース》の手によって為されたところであった。
「近年稀に見る、芸術的な爆破だったな‥‥学生諸君も上手くやれているだろうか?」
 満足と心配が入り混じる、複雑なぼやき――だがそんな感慨を、まったく気にかけず穴へと潜入する影、あり。その黒影は、辿り着いた地下倉庫で、おもむろに携帯ミサイルを発射して兵士らを混乱させると、片手にショットガン、片手に剣というクレイジースタイルで全力疾走を始めた。
「学生どものお守りで溜まった鬱憤晴らしだ」
 ソル・グリフィズ――《双龍剣》。浴びせられる鉛の雨を、まったくスピードを緩めぬままかわし続け、そして肉薄し、斬り、撃つ。
 やがてドアが開き、迎撃用の重火器装備ドロイドが、ガショガショと入ってきた。その前へ飛び出したのは、ゾフィ・ヴァルブルク――《ブル・ハンター》。
「ありがたいじゃないか。機械から手加減しなくて済むからな!」
 まずは挨拶代わりに、ロケットランチャー、ボーン! そして《ブル・ハンター》と《双龍剣》は、愉悦と狂気の嗤い声をあげながら、本部地下を蹂躙していった。

 むろん、ファントムらの被害がないわけではない。続々と重傷者が出、そして後方陣地へ運ばれてくる。
「うーん忙しい忙しい」
 オーレリー・エドワール――《テッセラクト》も、その能力を最大限発揮し、トリアージと応急処置に努めている。カイリー・オブライエン――《サイレントグリーン》も、超科学栄養強化ほうれん草(なんだそれは)をガジガジ噛みながら治療にいそしんでいた、が。
「え‥‥?」
 思わず目を丸くした、その理由は、ヒューイ・オブライエン――《アズールアクア》が肩を組んで連れてきた人物にあった。
「驚いたよ。一応、敵ではなく味方らしいんだけどね」
 《アズールアクア》が横たえた、瀕死の男は、なんとフランダル・バリンデン――《冬の稲妻》であった。
「どうして‥‥ローゼンナハトに囚われていたはずじゃ‥‥?」
 《サイレントグリーン》の疑問も当然だ。そいつは、ローゼンナハトを裏切り、ダブルオーのためのスパイに転向した男なのだから。やがて改心と後悔の念を見せたが、ずっと幽閉されていて当然の男なのだから。
 それでも、息も絶え絶えのフランダルは、《サイレントグリーン》と《テッセラクト》の処置を受け、やがて、語る。
「すまない‥‥足を引っ張って‥‥神津講師長に頼まれたのだ‥‥ローゼンナハトの総力戦に‥‥参戦しないか、と‥‥」
 大事な作戦への参加を、周囲の反対を押し切って(というか、ほぼコソコソと)示してくれた――その恩義に、フランダルは全身全霊をもって応じ、率先して最前線に立って応えたのだ。これだけ傷を負うのも当然といえよう。
「やれやれ、人の悪いのが多いね、UNICOのえらい人たちは」
 《テッセラクト》は苦笑して言う。
「そうか‥‥そういう事なら、共に戦おう」
 《アズールアクア》は、《冬の稲妻》の手を握り、再び復活することを、強く願った。
 だが、《冬の稲妻》が、再び最前線に立つことは、できなかった――なにせ、すでに精鋭達が、本部の最奥まで侵入し、望む限りの暴力でかき回していたからである。
 美味しいところは自力で奪う。本職のファントムは皆、徹底していたのだ。

◆アナザーミッション:予想外の、本番
「世界の皆さん。突然、このような秘密を明かすことを、お許しください」
 ヴァルツェンの王女、そのゲリラライブ放送が開始された――だが、それに何より驚愕したのは。
「ど‥‥どういうことですかぁ?」
 藤林香倶夜は、外部への警戒も忘れて、放送内容に見入ることになってしまった。

 光は、王女の美しい声音に、その麗しき所作に、ただただ茫然と聞き入り、魅入るしかなかった。
「恋のラビリンス~♪ 二人のサンクチュアリ~♪ レディよGoGo、魔女のサンド・ウィッチ!」
 キレッキレの振り付け、うますぎるアニソン熱唱。全世界は、悲劇の王女ユランテ様の、類い稀なるアニソンパフォーマンスを魅せつけられていた。
「これは‥‥素晴らしい、素晴らしすぎる才能でゴザル!」
 スティーヴは当然のことながら大興奮。が、アリスは「いやいやいや」とツッコんで。
「あたし的にも、なんかすごくサイコーではあるけど、違うでしょ! 台本と違いすぎっていうか、ダブルオーの暴露は!?」
「どうするの‥‥中止させる?」
 リュディアはそう聞いたが、キティは慌てて否定する。
「今止めたらかえって不穏なメッセージになってまう。それに‥‥数字だけはグングン来とるしな!」
 とは言っても、視聴率を取ることが、王女を売り込むことが、目的ではない。
「これは‥‥王女が裏切った‥‥?」
 光は事態を検討するが、正直、なにがなにやらよくわからない。
「裏切ったというよりは‥‥最初から‥‥」
 キティはハッとする。そうだ、王女は最初からこの計画を知っており、そのうえで、協力するフリをしてあんなマネに走ったのだ。
 では、その計画を知らせたのは?
「ダブルオーではありえない‥‥まさか‥‥?」
 キティの脳裏に浮かんだのは――そうだ、あの人だ。そうに違いない。
「何を企んどるんや、学長‥‥ッ!」

「私、ユランテ・ヴァルツェンは、日本のアニメが大好きなオタクなんです! 日本、および世界の国々と、カルチャーと、我が公国も交流を深めていきたいと願っています!」
 ゲリラ放送は、なにやらそんなかたちで終結しそうであった。
「まさか‥‥?」
 キティは、SNS配信の準備も見直す。それは間もなく、ブライアンらによって、エビータ説得工作のライブ配信を行うべく整えてあったもの、だが。
「やっぱり‥‥やられとる‥‥!」
 キティは髪の毛をわしわしとかきむしった。

◆ミッション・ルーク:教授と教授の脱出行
「よっし‥‥これで皆もモフモフもなんとかなるだろ」
 ルシアン――《銀朱の幻影》は、超科学治療を教授や仲間に施し、これで、誰もが自力で脱出行ができる状態となった。
「しかし、そのままUターンしても‥‥どこかに秘密の抜け道とか、ないですかね?」
 《怪盗紅月》がテキトーに言うと、その通信を聞いた《朽ち果てし聖櫃》が、判明した施設見取り図をじーっと眺め、そして。
「見えたです。その研究室の北側の壁を何メートルか壊せば、非常用通路に繋がると思うです」
「そう言われてもねえ‥‥って、えええ!?」
 《春》が愕然としたのは、《運命の天使》がいつの間にやら、RPG(対戦車砲)を肩に担いでいたからだ。
「女は度胸~ぅ!」
 それがおもむろに放たれ、研究室の壁がかなりえぐれた――が。
「もう少し、火力が必要そうだな‥‥」
 《ティタヌス》はそう見たが、そんな重火器は、もう、残ってはいない。
 すると。
「退路の確保なら、メイデイにお任せを」
 《メイデイ》がディメンジョンフープをそこに張り付ける。と、不干渉空間の発生により、残った壁の通過が可能になった。
 そして、続々と『壁抜け』を行い、非常用通路に出てみると、そこには、意外な者が待ち受けていた。
「まさか、どうしてここに‥‥?」
 《メイデイ》の愕然とした声に、その者は薄く笑って。
「自分の証拠隠滅と生還、最低限の情報の持ち帰りが最優先‥‥と、教えたつもりだけど。ちょっと派手に暴れすぎたようだね」
 潜入技術講師ベイリー・フェルト――《幻想影遊》が、助けにきたのだ。
「さて、防火システムは押さえてあるかい?」
「あ、うん‥‥大丈夫」
 《蒼雷の蜃気楼》が通信機ごしにそう答える。そして彼女は、言われた通りに防火ゲートを操り、追撃を防ぎ、迷路を構築しつつ、仲間の退路を開いていく。
「さて、この扉はオフラインのマシンだ。手早くやっつけられる学生はいるかな?」
 《幻想影遊》の問いに、
「ええと‥‥ECMトランクはどうかしら‥‥」
 ヴァネッサ――《星光の悪魔》はそれを開こうとした、が。
「なら、これが早いわ」
 《銀糸の万能鍵》が、マグネトロン装置を起動させ、手近な電子機器をズタズタにした――そして、あっさりと、その扉を開けてみせた。
「よし、あともう少しだよ。物理的痕跡はもう消せない、電子情報で出来るだけごまかせるかな?」
 《幻想影遊》の言に、《黒闇中のセイレーン》は、うめくようにこう答えた。
「今みんなでやってるけど! 現場はムチャばっかり押し付けるよねホント‥‥!」
「ほんと‥‥勘弁して‥‥」
 《銀の怒り》は、怒るというより嘆くような声でうめきながら、キーを叩く速度を上げた。

 そうして、教授と教授とファントムらは、無事にCERN脱出を果たした。
 その間に教授と教授が繰り広げた会話は、なかなか興味深いものがあったが、そこを掘り下げると報告書のページ数がうなぎのぼりになってしまうため、すっぱりと割愛する。
 ともかく、ミッション・ルークは、無事に成功したということだ。

◆ミッション・ナイト:人と人
「兄さん‥‥もう、やめよう?」
 小雪は、まともな言葉が浮かばず、それしか言えなかった――そもそも、言う必要などなさそうなくらい、兄の春太は、もう何も残されていないように見えたからだ。
 だが、ウェイカーの決意は固かった。
「やめるわけにはいかないんだ。やめるわけには」
「でも、もう‥‥続けようがないでしょう?」
「だからといって、ローゼンナハトに捕まるつもりはない」
 ウェイカーは死を覚悟した――が、唯一の拳銃はさきほど弾き飛ばされたのを思い出し、死ぬ手段さえ失っていたか、と肩を落とす。
「ウェイカー。お前は小物だ。大義なんかで動いても上手くいかない。だが、大事な物を守るだけの小物が一番強いぞ?」
 天はあえてそう言った。挑発のつもりではなく、せめて何かが伝わってくれれば、と思いながら。
「大事な物? 小雪のことか? もちろん大事だが、大義のほうがはるかに大事だ」
「死んで悲しむ者がいるうちが花だぞ」
 イリヤは憐れみをこめて言った。
「どうして妹を信じてあげられないんだい? 一緒に暮らしたいなら、せめて彼女の言葉に耳を傾けようよ」
 嵐斗は強く語る。ローゼンナハトのためにも、なにより、小雪のためにも。
「‥‥少なくとも、彼女はそこにいるんだから」
「お前らに毒された小雪を、か?」
 ウェイカーはヘスペリデスを抱き寄せた。そちらのほうが、妹より信じられる、というふうに。
「洗脳されている‥‥と思っているんだね」
 スエソは小さく首を振る――誰も彼女を洗脳などしていないのに。
「小雪さんのお兄さん? 妹が洗脳されてる、ですって? あなたの方がよっぽどおかしいわよ。ホントに今の仲間を信じられる? 小雪さんの涙より!?」
 ドロシーのいらだちが爆発した。
「本当は、小雪様が洗脳されてると思わないと、自分が信じられなくなるからではなくて? 本当にあなたの仲間は信じられますか?」
 ハルも続けてたたみかけた。
「うるさい‥‥それ以上我々を侮辱するな‥‥」
「私たちを見て。私たちが‥‥洗脳されているように見える?」
 アデラインは仲間たちを指し示しながら、言った。
「俺たちファントムはダブルオーとは違う。誰もが、自分の意志で戦い、ここにいる」
 シグナは自分の胸を叩く。
「もちろん、私もよ‥‥兄さん」
 小雪も大きくうなずく。
「私は‥‥貴方なしには生きていけません‥‥」
 ヘスペリデスが弱々しく言った。その、儚げな顔を見て、ウェイカーはふいに、思考が錯綜した。
(そうだ、俺がヘスペリデスを守るしかないんだ。しかし、守るとは? ‥‥彼女の心身を弱めたのは、俺の能力のためじゃないか。だがそれはムーンアイズの理想郷を作るためであり、ひいては彼女のためであり、しかしそれは失敗し、俺はつまり俺は)
「!?」
 ウェイカーが我に返ったのは、ハルが、彼とヘスペリデスを、まとめて抱き締めたからだった。
「な、なにをする‥‥」
「世界を本当に変えられるのは、暴力ではなく慈しむ心ですわ‥‥」
「世界を‥‥変えるのは‥‥」
「そうですね、そちらの方も一緒に、小雪さんと平和に過ごしたらいいんですよ」
 ライリーが、それで万事解決、というふうに言った。ウェイカーは、ローゼンナハトの接し方が自分の考えに無さ過ぎてすっかり戸惑い、返事も反応も遅れがちになった。

「‥‥おやおや、運命の輪が回り始めるのが見えるようです」
 カルロは、愛の力を今さらながらに実感した。
「愛は儚く、脆く、弱いものかもしれない‥‥だからこそ、儚く、脆く、弱い者に効果的なのかもしれませんね」
「儚く、脆く、弱い者? ‥‥それは人間、つまり我々のことですね!」
 スエソがそう言って笑うと、イリヤは、小雪を見やり、うなずいて見せた。
「約束しか通りだ。春太は連れて帰る‥‥小雪と共に、新たな家にな」
「ええ‥‥ありがとうございます」
 小雪は笑ってそう答えようとしたが、うまく笑顔を作れず、すぐに顔を両手で覆って激しく泣き出した。それは、彼女が何年も独りで貯め込んだ、様々な想いを、すっかり解き放つプロセスであった。
 春太は、もはや何も言わず、何も思考をまとめず、たたうつろに、宙を眺めながら、皆に背中を押されるままとなった。それは、銀色の糸が切れたマリオネットが、今度は自分の手足で動き出すための、長い長いプロセスの始まりであった。

◆ミッション・クイーン:説得のためのカード
「ダッドさん、お怪我は大丈夫ですか?」
 《ネクタル》は、怪我を負ったエビータの治療にあたった――それを止めるファントムはいなかった。
「ありがとうね‥‥敵の大将を治療する能天気さ、嫌いじゃないよ」
 エビータは、とても素直とはいえない礼を述べ、ゆっくりと立ち上がる。
「ダッドさんとは方向性が違うだけで、護りたいものがあるのは一緒ですから」
 《アムリタ》がそう言うと、エビータはその頭をぽんぽんと撫でて。
「さて、と‥‥まさかロシアの軍部を巻き込んで、宇宙からジュエルを吹き飛ばすとは、正直驚いたよ。こうなっては私にできることは交渉だけだね。さ、どうぞ」
 エビータは自分の胸をとんとんと叩いた。「要求をどうぞ」というふうに。
「俺は復讐ではなく、宿命としてダブルオーの『乗取り』‥‥つまり『ダブルオー』という『秩序』そのものを『盗む』ことを計画した。総統の座、俺達が頂くってことさ」
 《スパローホーク》、いや、アルフォンスは、両親の因果を胸中に、そう告げ、ジョーカーが描かれた怪盗カードを投げ渡した。
「うん、やはりそうくるよね」
 エビータはにこやかにそれを受け取ったが――その余裕も、ここまでだった。
「知ってるか? 新月部隊は壊滅し、隊長のウェイカーはローゼンナハトに寝返ったぞ」
「なんだって‥‥?」
 エビータは怪訝な顔をした――同時にあちこちに攻撃の手が伸びたことは聞いていたが、そんなものはローゼンナハトの悪あがきか、自身の急襲への目くらましだと思っていたのだ。
「アイザール・モフモフもローゼンナハトお抱えの技術者に鞍替えしたぞ。クエーサーも完全に掌握し、メキシコのダブルオー本部もさきほど陥落したそうだ」
「おやおや‥‥?」
 エビータは『ハッタリを』という表情をしつつも、だが見逃すことのできない『ひょっとして』という色が混ざった。それは、おそらく、本人も予期しないタイプの、天啓的な直感であったのだろう、だからこそ、ダブルオー総統ともあろう者が、表情を繕えなかったのだ。
「嘘じゃないんだ。証拠は、ダブルオーのマシンで見たほうがいいよね」
 マティアスは、船内から拝借してきたダブルオー専用端末を、エビータに投げてよこした。
「‥‥まさか‥‥」
 どの情報も(あるいは、各所から情報が得られないという事実が)、ファントムの主張が正しいことを裏付けていた。
(トリックだ、連中お得意の)
 そう、こんなものいくらでも細工できる。ふざけたイリュージョンだ――しかし、それが真実でないことを、エビータ自身が、すでに揺るぎようのないレベルで確信してしまっていた。
「我々は混沌であり、愚者を導く存在。そして最強のワイルドカードだ」
 アルフォンスはほくそ笑んだ。ついにダブルオー総統が、最強のワイズマンが、物理的にだけでなく精神的な防御膜を剥がれるさまを見たからだ。
「信じられないことを、すぐ信じてくれて、助かるよ」
 《幻影の揺りかご》は変身を解いて、うつつとなり、静かに語りかける。
「うつつはカルメンじゃないし、未熟だ。人の心を盗むことはできないかもしれない。でも、貴女に人としての心を与えることはできると思ってる。経緯は違っても、うつつもまた、心を不要としてきた一人の人間だから。変装を解くのは、怪盗ではないうつつという人間としての誠意だ」
 うつつの言葉を機に、残るファントムも、その多くが続々とファントムとしての仮面を脱ぎ去り、エビータに対峙する。
「若者たちの同情、説得、まことにありがたいね‥‥こんな手間を踏まず、とりあえず連行して監禁したほうが早いだろうに」
 エビータはしかし、まだ心を折られてはいなかった。まだ、常人より遥かに強固な鉄骨であった。
「入手時の苦労と華麗さがあるから、かろううじて子孫にお宝を残せるのさ。強引に奪い取った物を素知らぬ顔して子孫に伝えられるか、ってね」
 ナタクは腕を組んで挑発的に言い返す。
「非効率や、覚悟の無さを、美学という抽象的なもので美化されてもね。そんな中途半端な存在に、人類の未来は託せない」
 エビータも同じポーズで返した。
「人類を救うのは、オールド・オーダー‥‥古き良き秩序、すなわち暴力による統率というわけか」
 アルフォンスがそう言うと、エビータは人差し指を振って。
「ちょっと訂正するよ。暴力ではなく、力さ。いや、力はすべて、暴力となりうるとも言えるけどね」
「どっちでも同じだ!」
 声を荒げたのは、晶晶。
「力による統率? より強いやつが現れたら『はい、どうぞ』って座を明け渡すだけじゃねぇか‥‥弱き者は救われねぇ」
「そうだよ。それに世界を統率するなんて、どだい無理な話だと思うけどね」
 朔が続けて、想いを語る。
「賢人の考えは僕には理解できないようだ。人は最善を尽くしながら間違ってきた。神にはなれない。僕は家に、ローゼンナハトに、存在理由を与えられてきたけど。人として生きる道は僕自身にしか選べないんだ。間違っていたって譲れない」
 揺るぎなく語るその姿に、エビータは目を細めた――まぶしいから? そう、まぶしいからだ。
 自信と愛に満ち溢れた、未来ある若者特有のまぶしさ。今、それが網膜に刺さるほどに感じるのは、自分の精神が摩耗しているからか? いや‥‥
「理想は理想だ。そんなもんバベルの塔と同じだ。統制してもいずれ崩れる。理由は簡単だ。人間ってのは『伝説』に恋焦がれるからさ」
 そう語るジェームズのことも、容易に直視はできなかった――そうだ、弱っているからじゃない。思い返せば、ずっと前からまぶしかったのだ、UNICOの学生らは。
「独裁が悪い訳じゃないんだ。チトーのような優れた独裁者、ブータン国王のような心優しい誰にでも愛される独裁者なら私は独裁者万歳なんだよ。でも君は違う逆らう者は力で捩じ伏せる」
 エイプリルのまっすぐな姿勢もまた、エビータの肥大し硬化した使命感に、ぶすぶすと風穴を開けていく。
「奪い取る力には反発が生じる。それが国家なら戦争も起こる。君が家族を奪われたように何億人もの不幸なエビータを生む。私達が君より優れていると解ったら君は私達に従うよね? それが君の理念でしょう? 私に世界をくれるなら争いのない博愛主義の世界にするよ。私は戦争とテロが大嫌いだからね」
 エイプリルに続き、
「そうね‥‥力で世界を支配しようだなんて、結末は見えているもの。独裁者は討たれる。同じ過ちを繰り返してしまうだけよ。抗うって、つまりは信じることよ。だから私達は戦いに身を投じて、言葉を尽くすの」
 ヴェロニカがそう告げると、アルカがそのかたわらに立ち、ただ何も言わずに、二人でエビータの目を見つめた――さきほど、視線だけで撃ち抜いた相手に、今度はエビータ自身が射貫かれようとしていた。
「貴女は甘いと笑うだろう。同時に腹立たしくも思うだろうね。貴女の苦しみを、うつつたちは知らない。知り得ない。何故なら人の苦しみは主観でしかなく、他者と比較することもできない。ワイズマンたる貴女が、それに気づけないはずはない。そして、だからこそ、貴女が腹立たしさを覚えることはワイズマンとして未熟なんだ」
 うつつがそう言うと、エビータは深く呼吸をしてから、
「‥‥そう、私はワイズマンとしてまだ未熟だ。それでも、私以上の素質がある者はいない。何より、私ほどの経験を積んだ者は‥‥この世のあらゆる地獄を見てきた者は‥‥」
「ぴぃ! 違うYO! 間違ってるYO!」
 シルフィは、正直に言えば、なんの考えもまとまってない状態で、反射的にそう叫んでいた。それもまた直感だったのだ。ワイズマンではなく、ファントムとして得られる直感。
「そうだ、間違ってる。この世の全ての絶望を味わったと勘違いして、希望を見れてねぇ。しっかり目を開けて見ろ‥‥この世には絶望しても、希望を抱き続けた奴もいるんだよ!」
 晶晶の言葉で、エビータはよろめいた。比喩ではなく、文字通り足がふらつき、後退した。なぜなら。
(希望を見ない‥‥そうね、私は、希望を見ないようにしてきた。否定してきた)
 絶望を肯定するために‥‥いや、あるいは、これ以上、絶望しないためにか?
「心なき人間に平和を築くことはできない。そして、うつつは貴女が心を取り戻せると信じてる。一緒に学園へ来てみない? 許しなくして、争いが終わることはない。うつつは貴女を心から歓迎するよ」
 うつつが手を差し伸べながら言った。エビータは、肩を震わせた――笑いをこらえ切れずに。
「くっくっく‥‥今さら‥‥平和な学生になって‥‥青春を、人生を取り戻せと‥‥? ふふふ、いや正直に言えば、それに憧れていたのかもしれないよ、私は‥‥だけど、ふふ、あはは‥‥それはさすがにもう‥‥」
「もう、遅い? そうかな、まだまだいけると思うけど」
 ミルクは大真面目にそう言った。が、それを否定したのは――
「エリシーラ君の言う通りだ。今さら学生からやり直させるのは、立場ある素敵な女性には酷というものだよ」
 ここにきて、やっと――学長が、入ってきた。
「なになに、今さらご登場?」
 ナタクが茶化すように言うと。
「まあね。真打ちは最後に‥‥というのもあるが、実は、ここに到るまでは、私が出てこじらせたくはなかったのだ」
 学長はそう語り、そして、エビータへと再度向き直ると。
「しかし、学園へ来てみないか、というのは、私からもいい提案だと思ったのだがね。これは今思いついたことなんだが」
「‥‥どういうことかな?」
 エビータは、意味がわからない、という顔を隠さず言った。
「つまり、講師をやってくれないか、というオファーだよ」
 この提案には、エビータよりむしろ、学生たちが目を剥いた。
「いったい‥‥何を教えればいいのかな?」
 エビータが鼻で笑いながらそう聞くと。
「もちろん、犯罪組織の統率についてとか、秘密結社のマネジメントについてとか、学べるテーマは非常に多い。学生らにとって非常に有意義な講義をしてもらえるだろう」
「おいおい、学長さんよ‥‥」
 槍剣は「ウソだろ‥‥」というふうに近づこうとしたが、学長はそれを手で制して。
「いやまあ、ダブルオー総統としての立場もあり、いろいろご多忙だろうからね。とりあえずは非常勤講師ということで。あと身分は隠して偽名で講師をやったほうがいいかな、お互いのためにも」
 すらすらと語られる学長の提案に、エビータも、そして学生らも、言葉を失った。
「サインツ君の宣言にあったろう。ダブルオーという組織を頂く、と。だが、総統の座は、エリシーラ君、きみが続けてもらいたいんだ。なぜなら、君以上にダブルオーの総統に向いた逸材はいないからだ。ホラ、君自身が提案したじゃないか、ローゼンナハトとダブルオーの業務提携。あの線でどうか一つ、よろしく頼むよ」
 学長はそう言って大きくうなずくと、エビータの肩をポンと叩いた。が、エビータはすぐに、その手を跳ね除けた。
「学長さん、それは業務提携というには一方的すぎないかな。その提案には、私がローゼンナハトに下ること‥‥つまり、総統の座にいながらスパイとして仕えろ、という法外な要求が含まれているんだよね?」
「察しが早くて助かるよ」
「なら、そちらも察してほしいんだけど‥‥そんな最悪の要求、呑むと思う?」
「呑まざるをえないんじゃないかな、君は」
 学長の言に、エビータは冷たく微笑み返して。
「追い込まれた今の私に‥‥拒否権はない、と? けど、そんな要求で、ダブルオーの理念を捨て去るわけにはいかないよ。私が死んでも、本部は復活するよ。様々な手足が潰れても、ダブルオーは必ず新しい総統を得て復活――」
「ダブルオーの理念じゃなくて、君だけの理念、だろう? 全世界の民の精神を強制コントロールしてまで秩序を築こうとするのは」
 この指摘に、エビータは押し黙った。図星だったようだ。
「まあ聞きたまえ。その君の理念も、きっと捨て去ることになるから」
 学長は自信満々にそう言うと、その根拠を語り出した。
「今回の白薔薇作戦‥‥ダブルオーの急所を同時に攻めて君を追い詰める、というものだったのだが、おかしいと思わないかね?」
「‥‥‥‥」
 エビータは、たしかにそう思っていた。そうなのだ、ダブルオーは完全に優勢だったのだ。それなのに、こんな大逆転劇を許してしまったのは、ひとえに――
「そう、秘密のヴェールに包まれていたダブルオーの様々な活動や拠点を、ほとんど判明させたからだ」
「‥‥どうやって?」
 エビータは聞かずにいられなかった。そこで学長は、パイナポー社の名誉会長、ビル・ジョブズの開発した超AI『スクルド』について聞かせた。それはエビータにも初耳だったようで。
「まさか‥‥あの天才のことは気にはしていたけど、こんなにも早く、そんな恐ろしいものを開発するとは‥‥」
「そうだ。実を言うとね、私も同じ思いをいだいたものだよ。『こんな恐ろしいものが、変な犯罪組織に最初に開発されなくてよかった』とね。今回の戦いは、ファントムとワイズマンの戦いと言えたものかどうか‥‥むしろ趨勢を決したのは、クラフトマンたるジョブズ氏、彼たった一人によると言えると思う。どうかな、まだ21世紀前半にして、世界はこんな有り様だよ。『たった一人のテロリストが人類を滅ぼす』いやその通り。エリシーラ君、きみの危惧はまったく正しい。だが、それが、君のやり方でなんとかなるものかな‥‥? 仮に100%、君のやり方が正しかったとしても、あと何年でそれを達成できるのかな? 10年では無理だろう。20年でも厳しいのでは? その間に、第二のビルが生まれたら‥‥?」
「たしかに、学長さんの言う通りかもしれないね」
 エビータは素直に認めた。しかし。
「しかし、それでローゼンナハトはどうするんだい? そうした脅威、恐るべき偶発的な人災を、必ず防げるとはまったく思えないんだけどね。ジョブズは今回『たまたま』ローゼンナハトの身内だった、ってだけでしょう」
「その通り。運がよかったね。しかし私は、この偶然を貴重なものと考える」
 学長は眼鏡を外した。そして、その目でエビータを見た。今度、視線で魂を穿つのは、学長の、《怪盗レジェンド》の番だった。
「今後もローゼンナハトは、ジョブズ氏のような逸材を、協力者として確保する努力を怠らない。同時に、ファントムとして、国際警察として、平和に貢献し、犯罪者にも一般人にも感銘を与え続ける。正しき道を示し続けるだろう。大丈夫、最大の犯罪組織たるダブルオーは、その総統が、相変わらず世界中の凶悪犯罪組織を束ねつつも、徐々に徐々に、その牙を削いでいってくれるからね。犯罪はどんどんマイルドになり、犯罪者は更生し、希望と平穏が増えていくのだよ」
「待て‥‥それはあまりにも理想論すぎる‥‥それでは人類は敗北する‥‥」
「敗北? 何にかね? 敗北とは、薬物だのナノマシンだので、人としての尊厳まで奪われた人々が世に満ち溢れることだ。それを私は、人類の敗北と考える。逆に人類の勝利とは、草の根を多くの人々が、希望を、平穏を、誇りを、尊厳を、美学を獲得していき、徐々に徐々に、精神的に高度な社会へと育成されていくことだ。人類は今、勝利しているし、今後とも勝ち続けなければならない。不断の努力でね。それが、私の美学だ」
 学長のこの言葉に、若きファントムらも、踏み出した。
「そうです、一人じゃできなくても皆と一緒なら出来る‥‥私はそう信じています」
「出来ると、信じていますから」
 サイスとセイスが、揺るがぬ瞳でそう唱える。
「うつつがその、希望の成功例なんだ」
 うつつが両手を広げる。
「ユーの不幸は、手を取ってくれる人と一緒になれなかった事‥‥今度はミー達が一緒に絶望と戦うヨ」
 エラは、強く、優しく、その魂に訴えかけた。
「私が‥‥そんな甘すぎる理想論に従うと思う‥‥?」
 エビータは右手でひたいを押さえながら、皆の言葉を必死にはねのけようとした。すると学長が、ポンと手を打って。
「そうだ! とりあえず非常勤講師の契約だが、1年契約でどうかな?」
「は?」
 エビータはぽかんとした。
「いやね、今すぐに決められなくても、別にいいんじゃないかと気づいたのでね。1年くらいはどうせ、ダブルオーも組織再編で忙しいだろう。だから、どのみちローゼンナハトの脅威じゃない。その間に、私の要求に従うか考えてくれればいいとも。で、何度か臨時講師としてきてもらえれば、君にもいい経験になるだろうし」
「‥‥驚いた。私のこと、そんなに信じてくれるなんてね」
 エビータはニヤリとした。モブーノはその笑顔に、ゾッとした思いがした。
「ヤバイぜ、この申し出は受けるに決まってら。なにせこんな最悪の状況に追い込まれておきながら、見逃してもらってダブルオー再建まで許されるんだからな。まともな総統なら、1年の契約終了後に、元の木阿弥にすりゃいいだけなんだから」
「つまり学長は、少なくともこの1年の間に、エビータの心を盗めると思ってるってわけだね」
 エイプリルは、この危険な賭けを行う学長の顔を覗き見た――それがあまりに爽やかな笑顔だったので、もう、いいや、って気さえしてしまうのだった。
「エリシーラ君の考えていることはわかるよ。1年の間に、私の心を盗めるものなら盗んでみろ、だろうね」
 学長はそう言うと、そうだ、と思い出したように指を掲げて、最後に1つ、付け加えた。
「講師の契約についてだが、言い忘れてたことがあったよ。UNICOに講義にきた際には、講師らとの親睦会‥‥という名の飲み会に参加するように。強制ではないが、必ず空気を読んで忖度し参加すること。それでよければ、握手で契約締結としようじゃないか」
 学長は右手を差し出した。エビータは、差し出された手を、10秒近くもじいっと見下ろしていたが、やがて、そっと握り返し、ここにローゼンナハトとダブルオーの業務提携(および、ダブルオー総統による犯罪講義契約)は成立した。

◆ミッション・オーバー:旅は続く
 エビータをグッドオールドデイズ号に残し、ファントムらは撤収した。その幕引きに、納得しない学生も多かったが、学長はにこにこと笑ってこう言った。
「まさか君たち、この私と君たちで、1年も猶予を与えられて、あのエリシーラ君を口説き落とせないとでも思っているのかね?」
 その、挑発的な物言いに、皆はどう思ったか? ――「ふざけるな、必死になんとかしなきゃ」「学長がそう言うなら、そうなのだろう」「逆に燃えてきた」「むしろこれもタチの悪い特別授業とか?」――まあ、いろいろ。
「というわけなので、ビリンガム君の裏作戦も、コッソリ潰させてもらったよ」
 学長は、中継やSNS投稿について、先んじて発信制御をしていたことを打ち明けた。ブライアンは唇をとがらせて。
「ガチで人が悪すぎるぜ‥‥悲しき過去を持つ国際犯罪組織のボスを怪盗たちが華麗に追い込む様子を生中継! な大作戦だったのによ‥‥」
「すまないね。これもエリシーラ君にとり、なにが一番いいか、を考えた結果なのだ‥‥」
 学長は遠い目をして、そうつぶやいた。
「そうそう、こっちもなんとかしなければね」
 学長は、ずっと腰が抜けたようになっていた可児丸警部に向き直った。彼は、ローゼンナハトとダブルオー、そしてUNICOの学生がファントムであったことなど、全てを目撃していた。
「ま、まさかこんな‥‥ICPOが怪盗組織とつるんでいたというのか‥‥?」
「その通り。事実は小説よりも奇なり‥‥しかし、あなたにはもう少し、若きファントムらのライバルでいてほしいのですよ」
 学長は可児丸警部の顔を覗き込むと、とってもステキなダンディボイスで。
「あなたはだんだん、ねむくなぁ~る、あなたはだんだん、きょうのことをわすれぇ~る‥‥」

 ナナメ上のゲリラ放送を終えたファントムらの前では、ユランテ王女が、恥ずかしそうな顔で。
「実は、エナー学長より事前に申し出がありまして。ダブルオーをあえて存続させることになるかもしれないから、そのへんを暴露するような放送を求められても、うまくごまかしてほしい、と」
「それなら、責めはしないけど‥‥学長の人が悪すぎるわよ」
 リュディアは深くため息。
「ここでもまた、敵を騙すにはまず味方から、か‥‥自分らは壮大な囮に使われたのでござろうな」
 ヤスケはしかし、むしろ清々しささえ感じていた。
「すみません、学長命令で、SNS投稿については、さも投稿され拡散されているかのように、偽装させていただきました」
 HALCOからの通信に、
「本当に学長のてのひらの上で踊らされていたのですね‥‥」
 エルミーネは、まだまだ自己鍛錬しなければ、と誓いを新たにした。
「しかし、あのアニソン熱唱は‥‥あれも学長の指示でゴザルか?」
 スティーヴの問いに、王女は首を振った。
「いえ、あれは前々から考えていたことで。趣味と実益を兼ねるというかな‥‥皆に愛されて、バズって、世界から注目されて国の好感度も上げるには、これもアリなのかも、って迷ってたんだけど‥‥いい機会だから、バシーンと」
「まあ‥‥たしかにアレなら、ウケるかも」
 アリスは苦笑するしかない。
「その方面のアピールは、またあらためて協力させてくださいね」
 三代はメガネをキラリとさせた。
「追われ、追いつき、追い抜かれ。出し抜き、出し抜かれ。それが怪盗の宿命か」
 光は、己の未熟さを痛感しつつも、一方で、己の中に沸き立つ熱い想いに浮かされていた。
 僕は、あたしは、流星のメルクリウス。脇や後ろが見えていない、うかつな面もあるかもしれない。でもそれなら、誰よりも速く、ただ速く、我が道を駆け抜けるのみ。

 ――そして、キティはヴァルツェン公国の美しい自然を眺めながら、本当に旅に出ようか思案していた。
「ウチには、時間が必要や‥‥」
 と、そこへ、ボロっちいトラックがぼすぼすとやってきた。
「やぁ~お嬢さん、乗りませんかな?」
 白ヒゲの立派な運転手おじいさんがそう言った。
「よせよ、こんな小娘、面倒を抱え込むだけだ」
 荷台の農夫Aがぞんざいに言った。
「あら、可愛い子には旅をさせよ、よ」
 助手席の麦わら帽子娘がそう言った。
「‥‥好きにするでござる」
 荷台の農夫Bが小さくぼやいた。
 それを見て、キティは直感した。
「まさか‥‥ルパン一味!」
 ピンポーン! と正体を現したのは、アルセーヌ・ルパンダンディ・ボガートレディ・プレシャス
服部 半蔵でございまして。
「今から、世界最高の謳われる、幻のヴァルツェン熟成チーズを頂戴しに行くんだけどね‥‥来るかい、お嬢さん?」
 ルパンがそう言うと、キティは、よっしゃ、と荷台に乗り込んで。
「可愛い自分には、旅をさせろ、や!」

 南アフリカ。拘束されたギャングどもは地元警察に突き出され(ちゃあんと、汚職警官でない者に)、新月部隊の関係者は、BICOの指揮のもと、もうちょっと特別な場所へ移送されていった。
 だが、現場のファントムの判断で、ウェイカーとヘスペリデスは、小雪と共に、ひとまずイギリスへ向かうことになった。
「‥‥伝えていい、と許可が出たから伝える。ダブルオー本部は壊滅し、ダッドはローゼンナハトに下ったそうだ」
 典人がそう告げると、ウェイカーはハッと顔を上げ、目を大きく見開いたが――やがて先ほどと同じようにうなだれ、そして何もしゃべることはなかった。
「あの‥‥もう行ってもいいでしょうか?」
 小雪の問いかけに、天は「ああ、もちろん」と答え、護送車まで案内してやった。
「隊長の末路‥‥いや、これは終わりなのか、始まりなのか」
 天は空を見上げ、ため息をつく。
「見ました? ヤツの目‥‥まるで、再起不能って色っすよ‥‥」
 ダンテは、苦虫をかみつぶしたような顔で言った――哀れなほどに空虚な瞳だった。
 ムーンアイズは、超能力を発揮する際、その瞳が満月のように変化する。それは圧倒的に見える反面、人間的には、とでも言えばいいのだろうか、見ようによっては、ひどく空虚に見えることがある――
 ダンテのそんな考えを読み取ったかのように、カルロはこう言った。
「ウェイカーの能力は、素質者の能力を無理やり引き出すもの。数多の能力を無理やり燃焼させた結果、ついには自分の魂まで灼いてしまった、のかもしれませんね」
「いいえ、ウェイカー様‥‥春太お兄様はきっと再起します」
 ハルはきっぱりと言う。なぜなら。
「だって、寄り添う小雪様の能力は‥‥癒しの力、ですもの」

 CERNから悠々と去っていくリムジン。その他、ファントムらは来たときと同じ道を辿り、2人の教授を護送しつつセルティックフルート島を目指す。
「謎のテロリストの潜入と、その未遂に終わった破壊工作。とりあえずその程度で、収まりそう」
 エルミラがモニターを見つめながらそう報告すると、ユリアは「よかったぁ」と、やっとリラックスし。
「これで、ミッション・ルークは大成功、だね!」
「たぶんな。だが無事に帰るまでがミッションだからな」
 葵はそう釘を刺す。
「うん、そうだね‥‥あの二人を無事に送り届けるまで、だね」
「違う。俺たち二人が無事に帰るまで、だ」
「そっか‥‥ふふ、そうだよね。よくよく考えてみれば、あの二人が今ここで急に消えてもとくに困らないかもしれないし」
「こらこらこらこらーなのだよー」
 カカヴィンチがぷんぷん抗議すると、それを遮るように、ディルクが皆に報告した。
「全ミッション、成功だって‥‥ダッドも、ローゼンナハトに下ったみたい‥‥」
「やりました! やれると思ってました!」
 千歳は杏花と千葉にガッチリ抱き着き、3人は勝利を味わう。
「よかった‥‥あの、殉職者などは‥‥?」
 フロウティアの質問には、秀玲が即座に「学生、講師ともにゼロだそうです!」と教えてやる。
「やり遂げたな‥‥戦闘に勝利するだけでなく、ダブルオーまで纏めて盗んだ。これぞ『怪盗』の勝利だ。不可能と思えるものを盗んでこそ怪盗だ!」
 瀧が拳を握りしめると。スイヤは黙って、その拳に自分の掌を重ねた。
「白薔薇作戦、大成功‥‥白薔薇の花言葉は『純潔』『深い尊敬』。そして『新たな始まり』‥‥僕、新世界の神になります」
 ルイがけろっとそう言う。エリカは、それが冗談なのか本気なのか、正直判断がつきかねて、とりあえず「頑張ってくださいね」とお伝えしておいた。
「これで‥‥コネクターも生まれなくなっていくんだよね」
 真央人は、半分の確信と、半分の疑問を胸に、そうつぶやいた。
「おそらくね。あの学長ならきっと、すぐそうなるよう手を打つだろうし」
 タキはそう答える。
「あとは、あの教授らを見張っておく必要があるかもだけどねー‥‥」
 シャールがアイザールをこっそり指さすと、凜音は「まったくだよな」と腕を組んでから、そして。
「‥‥そうだ、あいつらにはギアパーツより、肉体の再生技術でも研究させたらどうだ? すでに改造されたのの中にも、元の体に戻りたいのはたくさんいるだろうしな」
「それなら、いいアイデアがあるかも。事故で手足を失った犬猫の再生技術から研究させるとか。それならモチベーションも上がるんじゃない?」
 水鏡の視線の先では、アイザールが、自身やファントムのペットやドロイドをモフモフしているのだった。

 セルティックフルート島へ向かうボート。
「キューちゃん、出番なかったね」
 エイプリルの視線の先では、イルカが楽しそうにジャンプしていた。
「ソードマン検事にも、声かけた意味なかったかな‥‥いや、今回あちこちでハデにやったから、事後処理で役立ってもらえそうかな」
 マティアスは天才検事に電話をかけ始めた。
「こんな事を達成してしまうなんて‥‥学長もすごいけど、君のお父さんもすごい人だよ、その子供である君もね」
 ミルクはMyスマホに、いや、その中に宿るベルダンディにそう語りかけた――パパが褒めてくれた‥‥僕もそうだ!
 そして、マクシムと『裏作戦』の事後点検を終えたアルフォンスは、学長に、疑問を投げかけた。
「今回の顛末‥‥どこまで学長の描いた絵だったんです?」
「ふふふ‥‥すべては筋書き通り。ダブルオーもローゼンナハトもUNICOも、私の掌の上で踊っていたにすぎない‥‥実を言えば、私こそがローゼンナハトの代表であり、上層部などというものはハナから存在しないのだよ」
「‥‥‥‥冗談、ですね」
「そう、冗談だ。ローゼンナハトの実態は、これから何年もかけて、組織に貢献し、その資格を得た者がその目で見ればいいさ。で、今回の作戦だが‥‥実を言えば筋書きは、正直、本当に、ほぼまっさらなスタートだったんだよ。どこでどのミッションがどう推移し、皆がエリシーラ君にどんな影響を与えるか‥‥そしてどんな奥義を繰り出すか。それをギリギリまで見極めて、やっと直前で思いついたんだ。後出しジャンケンで美味しい所だけさらってしまったようで悪いけどね」
「そうは言いつつ、SNS拡散と暴露放送は早々に手を回してたんだろ? ズリぃぜ」
 ブライアンが再び愚痴ると、学長は「まあ、そこは念のため早めにね」とウィンク。
「私もまだまだね。敵も味方も信用できず、どこからどこまでが仕掛けなのか‥‥ゾクゾクするほど恐ろしい世界だわ」
 アルカが肩をすくめると、シルフィは「そのために学校で学んでるんだYO」と、なぜかドヤ顔で言ったり。
「ひょっとして、若きエビータを救い出すところから、すべては学長が長年かけて仕込んだ、壮大なイリュージョンだったのかも、なんて考えもしたよ。今もまだちょっと、疑ってるくらい」
 朔がそう言うと、学長は、悲しげに笑いながら。
「怪盗レジェンドの名は伊達じゃない、か‥‥しかしね、これだけは言える。もし私が、あの哀れなエリシーラ君を救い出した瞬間に戻れるとしたら‥‥決して彼女を、メキシコに置き去りにはしないだろう。これから地獄が待っていると知っていながら、見捨てることはしない。たとえ、そうすることで、十数年後にダブルオーを壊滅させられると知っていてもだ。私はまず、目の前の一人の少女を救う。世界を救う方法は、一杯飲んでシャワーを浴びてから、考えるさ」

◆ファントム・ファイル:世界はそれから
 その後、どうなったか。ここまでのファントムの活躍を見れば、あえて語る必要もなくご理解されているとは思うが、念のため簡単に、ご報告しよう。

 ウェイカーはダブルオーの洗脳を脱した影響で精神を病み、小雪の看病のもと、イギリスの田舎町でゆっくりと治療を受けている。ローゼンナハトとしては、アルテミス強化のためにその力を役立ててもらえることを願っているが、そう焦ってはいない。なにせ、脅威は大きく減衰したのだから。
 小雪の治癒能力は、精神までは癒す力はない。だが、やっと再開した妹の小雪には、ウェイカーを、兄の春太を、癒すだけの力がある、と主治医は診立てている。

 カカヴィンチ教授とモフモフ教授は、今日もケンカしたりラボを爆発させたり島の東地区で朝まで呑んだくれたり学園祭にヘンなアトラクションを提供してくれちゃったりしながら、なにげに医療分野や教育分野における重要な開発を続々と進めている。
 HALCOのAIがビル・ジョブズの手で超改良され、教授らを尻に敷いてその暴走を(ある程度)制御できるほどに成長したのも大きい。
 あ、順番が前後したが、教授らはUNICOの地下がホームである。学生たちよ、頑張れ。

 東地区の飲み会といえば、非常勤の国際犯罪組織学講師であるエヴァン先生も、講師らと共に飲みにいくのは、だいたいその界隈らしい。
 犯罪組織論となると、講師らの議論も熱が入り、甘い理想を唱えるな、時には力による統率も必要だ、などといった酔客の戯言が漏れ聞こえてくるそうだ。
 そしてUNICO最初の卒業式を前にして、エヴァン先生は契約の1年延長にサインした。

 卒業式より前の話となると、2020年の学生会長には、エリザベト・バリンデンが再選された。モブーノの必死な選挙応援活動が実った結果だが、モブーノは今度は副会長ではなく、書記に収まった。エリザベトいわく「昨年、副会長として大したことができてなかったから」だそうである。

 ヴァルツェンの王女は、アニソン系の歌手として各地でコンサートを行い、日本のみならず世界中の若者をファンにし、それを外交へと繋げていった。
 一方で、ヴァルツェン公国の伝統はそのまま残され、それもまた、観光産業として再注目されるきっかけとなり、国の財政は、健全化の見通しが立っていった。

 そして2021年3月吉日。ついにUNICOで初めての卒業式が執り行われ、1期生が巣立っていった。
 巣立った、といっても、そのほとんどはローゼンナハトに所属し、その多くがBICOへ配属されたのだから、全員がバラバラ、というようなものでもなかった。
 それにきっと、卒業生の何人かはいずれ、UNICOの講師として、戻ってくるだろう。

 今もまだ、ローゼンナハトは世界の人々にその存在を知られることなく、社会の裏側で、華麗に盗み、許せぬ悪を駆逐し続けている。
 今もまだ、UNICOは国際警察養成学校としての看板のもと、世界を裏から支えるファントムらを育成し続けている。
 今もまだ、ダブルオーはローゼンナハトにとっての最大のライバル秘密結社として、世界中の犯罪集団を束ね、その行動に強い支配力を発揮し続けている――なお、このところダブルオーは、暴力的な犯罪件数が激減し、フロント企業活動(すなわち普通の企業活動)の比率がグングン伸びている。これはICPOの捜査を免れ、リスクのない資金源を増やすための、総統の改革によるものである‥‥と、いうことに、ダブルオーではなっているそうだ。そうした新事業のため、少年兵の銃を取り上げ、土地を与えて農具を持たせ、ストリートギャングのアジトを寄宿舎に移し、教育を施してフロント活動に備えさせる等、『与えられた人員の、長期的な視点での最大活用』のためのノウハウを広げ続けている‥‥と、いうことに、ダブルオーではなっているそうだ。
 あ、もう一つ。今もまだ可児丸警部は、ICPOの怪盗特別対策班長として、若きファントムの尻を追いかけるという大事な役目を必死に継続している。その捜査手腕は年々進化し、追われるファントムにとっては、よき訓練相手となっているようだ。

 とりあえず、ダブルオーが暗躍し続けているあいだは、『第二のダブルオー』は、そうそう現れないだろう。
 そして、『第二のビル・ジョブズ』が、その悪魔的才能を、人類にあだなす形で使われないようにするため‥‥ローゼンナハトは今日もまた、華麗な怪盗仕事で、優れた国際捜査活動で、スポンサー獲得活動で、人々に美学を魅せ続けているのだ。

 ファントム・ディグニティ――怪盗の尊厳。
 その、世界最高のお宝は、その存在は、その素晴らしさは――美学を磨き行動する者だけにしか、鑑賞することができない。



 17

参加者

a.神をも欺く俺の技巧、見せてやるよ。
シグナ・ガントレット(pa0058)
♂ 21歳 弾知
b.さて、ククの智を生かすとしたらここかな。超能力部隊の相手をするぞ
今井天(pa0066)
♂ 21歳 英探
f.俺たちは「エンターテイナー」だ…そうだろ? 「楽しませる」のが仕事さ。
アルフォンス・サインツ(pa0087)
♂ 25歳 弾忍
c.他の潜入、説得班の補佐に回る桜葉組です。私は統括担当ですね
桜葉千歳(pa0088)
♀ 21歳 英弾
サポート
c.よろしくお願いします。
メレディス・メイナード(pa0098)
♂ 22歳 探魅
サポート
c.潜入に回りましょう。
フロウティア・モリスン(pa0099)
♀ 22歳 忍知
b.たとえ超能力相手でも、怪盗に不可能はないんだよ。
紅嵐斗(pa0102)
♂ 21歳 英忍
c.………出来る限りの事を
ディルク・ベルヴァルド(pa0112)
♂ 24歳 乗知
f.よし、遊ぼうぜ
斧箭槍剣(pa0114)
♂ 22歳 刃乗
e.橋頭保と退路の確保がメインかな?
ナタク・ルシフェラーゼ(pa0155)
♀ 25歳 乗魅
d.教授大丈夫かなぁ……?
莫水鏡(pa0196)
♀ 21歳 忍魅
c.さてさて、先に変装して中から皆をサポートするね。よろしく。
ゲルト・ダール(pa0208)
♀ 23歳 知魅
f.これが私というオンナよ。
アルカ・アルジェント(pa0217)
♀ 25歳 弾魅
f.その絶望を戴いてあげる。
ヴェロニカ・ラプシア(pa0222)
♀ 22歳 英忍
f.俺にやれる事はこれくらいだしな、出来るだけの事はするさ。
ジェームズ・クレイトン(pa0243)
♂ 24歳 探知
b.ホントの人機一体を見せてあげるわ!…懐に入りさえすれば………!
ドロシー・ロマンシア(pa0318)
♀ 21歳 刃乗
c.何時もながら、変装のお手伝いならお任せください。
中藤冴香(pa0319)
♀ 26歳 探魅
c.潜入ならば、それなりに。
リラ・ミルン(pa0389)
♀ 21歳 弾魅
c.此処が一番の得手かしらね……直接潜入するつもりよ。
エリーゼ・クレーデル(pa0404)
♀ 21歳 忍知
c.先に潜入して、内部情報を掴んでおきますね♪博士のハートは掴めるかなぁ?
ルイ・ラルカンジュ(pa0432)
♂ 25歳 英魅
c.作戦コーディネート、橋渡しの連絡役を務めます。いつもの後方支援ですよ。
マクシム・ヴェッカー(pa0436)
♂ 28歳 探知
b.俺は人の説得には向かん。お喋りは任せる。
イリヤ・ヴォエヴォーダ(pa0440)
♂ 26歳 刃乗
z.人が生み出した最高の宝を盗ませてもらうよ。
九曜光(pa0455)
♀ 24歳 乗魅
サポート
f.頑張るよ!
栄相セイス(pa0459)
♀ 21歳 知魅
f.…頑張る。
栄相サイス(pa0460)
♀ 21歳 英探
f.よろしくお願いします。
悠来紀うつつ(pa0653)
♂ 21歳 忍知
f.世界の半分を私にくれれば、君の提案を考えなくもない
エイプリル・レモン(pa0679)
♀ 28歳 探知
f.よろしくお願いします。
シルフィ・レオンハート(pa0829)
♀ 23歳 英探
b.……露払いくらいは出来るだろう。
大世宮典人(pa0940)
♂ 24歳 刃乗
f.ダッド、三度目の正直ネ! 今度は勝たせてもらうヨ!
エラ・ウォーカー(pa1057)
♀ 25歳 刃忍
z.よろしくお願いします。
キティ・ラップ(pa1077)
♀ 21歳 弾知
d.狙撃にて援護予定だ。
集推スイヤ(pa1090)
♀ 21歳 英弾
a.ダブルオーの好きにはさせたくないもんね!
アデライン・エルムズ(pa1094)
♀ 21歳 弾忍
e.狼煙を上げてくるよ
マティアス・リブラン(pa1168)
♂ 21歳 弾魅
d.よろしくお願いします。
崎森瀧(pa1178)
♂ 26歳 英刃
c.主にサポート役ですね!目指せ最新部ですよ!
林秀玲(pa1187)
♀ 22歳 英魅
a.戦闘で力にはなれませんが、小雪様の護衛とお手伝いなら……
ハル・エスペラント(pa1365)
♀ 20歳 忍魅
サポート
f.白い子カラスが、研がれた狙撃を撃ち込んでみせるよ……
ミルク・マクナイト(pa1465)
♀ 21歳 弾乗
d.敵はなぎ倒す。安心してくれ
オリバー・カートライト(pa1468)
♂ 23歳 忍魅
サポート
a.よーし、突入だ!
推裾スエソ(pa1498)
♀ 21歳 探魅
e.イェーイ皆見てるぅ?レクチューブ生配信中!チャンネル登録よろしくな!
ブライアン・ビリンガム(pa1505)
♂ 26歳 乗機
c.桜葉組電脳工作担当だよ、姉達とは別働だけどね
桜葉杏花(pa1513)
♀ 20歳 知魅
d.あんまり得意じゃないけど……状況判断になら一役買えるかな?
日暮真央人(pa1555)
♂ 23歳 探機
d.…よろしく。
タキ・バルツァ(pa1565)
♂ 24歳 忍機
サポート
d.こっちで敵の相手だな。
イーノク・オルティス(pa1600)
♂ 24歳 英機
c.電算方面から支援するね。
エルミラ・ベルトラム(pa1648)
♀ 24歳 知機
d.わたしにはわたしのできることを
ユリア・ジェラード(pa1688)
♀ 21歳 英刃
d.俺達なら、何だってできるさ。なぁ、ユリア?
一条葵(pa1712)
♂ 20歳 刃乗
d.援護が主になるかな。
暁靫凜音(pa1739)
♂ 23歳 弾探
d.潜入する人たちを援護、及び護衛します。
エリカ・ファラデー(pa2109)
♀ 27歳 刃機
e.貴様は「悪」ではない。「独善」だ。悲劇と喜劇は、容易に逆転するものだ。
煌宵蓮(pa2148)
♂ 25歳 刃機
e.さて、一番槍は貰うぜ?
陳晶晶(pa2267)
♂ 23歳 刃機
b.カルロ兄と一緒だぜ。どんな時でも一緒にいるって、決めたんっすよ。
ダンテ・ヴェッキオ(pa2360)
♂ 25歳 弾超
b.「誰も死ぬんじゃない」が学長のオーダーですから。勤め上げて見せます。
カルロ・ヴェッキオ(pa2361)
♂ 25歳 知超
e.無茶をする気はないけれど。自分の未来を人任せにはできないよ、ね。
色原朔(pa2372)
♀ 19歳 英超
c.桜葉組洞察班です、最後の手段運頼みもありますが
桜葉千葉(pa2377)
♀ 20歳 探超
a.私の能力で皆さんを転移させて、一気に制圧、というのはどうでしょう?
ライリー・ホワイト(pa2387)
♂ 19歳 知超
 華麗に盗むより、殺してでも奪い取るほうが早いよ、学生さん。
ダッド(pz0135)
?歳