【PF02】幸せの国のアリス

担当旭吉
タイプグランド 事件
舞台Celticflute
難度普通
SLvC(紛争地域、島内)
オプ
出発2017/10/30
結果大成功
MDPアイザック・ブライトン(pa0348)
準MDPガブリエラ・ユレ(pa0050)
エリーゼ・クレーデル(pa0404)
イザベル・クロイツァー(pa0268)
大神隼人(pa0137)
馬並京介(pa0036)
陳華龍(pa1190)
紅嵐斗(pa0102)
アスマ・スィーン(pa1281)

オープニング

◆学園祭の裏で
 UNICOで初の学園祭が行われた。
 初代学生会長が決まって初の行事でもあり、多くの学生が目まぐるしいスケジュールの中で準備に励んだ一大イベントだ。
 開催直前に当の学生会長が深刻なトラブルに見舞われ、執務続行が不可能になるなどの事件もあったが、学生達の努力の甲斐あって学園祭そのものは概ね無事に進行したのだった。

 ところで、学生達の中には疑問を抱いた者もいたのでは無いだろうか。

登場キャラ

リプレイ

 
 さあ、よってらっしゃい、見てらっしゃい!
 ここはあらゆる幸せを集めた『幸せの国』。
 コンサバでコンクリートなあなたの形も、アバンギャルドでグロテスクなあなたの形も、
 全て、全て、注文通り!
 一度足を踏み入れたら――もう、外の世界なんていらないでしょう?

◆幸せへのアバンタイトル
 次から次へと現れ、学生達をパビリオンへと連れ去っていくドローン達。外へ外へと『侵略』していくそれらを他の仲間達に任せると、設計者であるクモナルド教授に反旗を翻しパビリオンを支配しているという超AI『HALCO』を直接止めるべく、学生達は内部を目指した。
 内部へ入る――つまり入口へ近付く為には、嫌でもその形を目にする事になるだろう。
 そして、多くの学生は思ったのではないだろうか。
「うー、やっぱりこのパビリオン可愛くないっ!」
「中身はすごそうなのに、どうしてこんな形にしちゃったのかしらね‥‥」
 生理的な嫌悪感に眉を顰めるアデライン・エルムズに、同意して軽く息を吐くガブリエラ・ユレ。体験型遊戯施設(であったはずの)『KKKパビリオン』は、その外見もあらゆる意味で材料となった物の特徴を兼ね備えていたのだ。

 おおよそ太陽の塔のような円錐形に近いシルエットの本体。その頂点からは、緻密に再現された脳のオブジェを乗せた前衛的な顔が来場者を見下ろす。
 本体から腕のように左右に枝分かれした先端の片方をマーライオン、片方を不自由の女神をモチーフにしたと思しき像が飾る様は、邪教の本尊のようですらあった。
 そして、塔の壁は人体の裸体が編んだように絡み合った状態で彫り込まれ、更にそのような塔全体を突起が付いた長い触手が弄るように蠢き続けているという――かの教授らしい、そして学生会長が精神に支障を来してしまったという話も早くも説得力を持ってしまうものだった。

「こんなパビリオンに取り込まれるとか、怖いにも程があるんですがっ!」
「何があるか分からねぇ、記録できそうな装置にありったけ情報入れられるようにした方がいいだろう」
 催眠も洗脳も可能な内部に一度入ってしまえば、敵味方の区別すら付かなくなるだろう。林秀玲斧箭槍剣の会話を聞いていた学生達は、メッセージ装置の録音を開始したり、顔認識機能を搭載するコンタクトレンズに可能な限りの学生達の情報を記録したりした。ドローン達は待ってはくれないので全ての学生情報の記録はできなかったものの、今自分の周囲にいる人物くらいは確実にできたはずだ。
 いざ。アバンギャルドでグロテスクな幸せの国へ。

 *

 前衛的なデザインの中に、そこだけ切り抜いたようにシックな木製の扉がある。
 扉を開けて数歩進めば、外の異様さが嘘のような木漏れ日溢れる森が広がっていた。間違いなくこちらが嘘だと理性ではわかっていても、木漏れ日の温かさや草木の匂い、鳥の囀りまでもが『より正確な方へ』感覚を狂わせてくる。そもそも、現実の外観が現実離れしすぎているのも無関係では無いだろう。
「いらっしゃいなのだよー」
 つい先程まで聞いていた気がする声は樹上からのもの。声の方向へ視線を向けると、脳を露にした人面猫がいた。
「えーっと‥‥。‥‥えーと?」
「ここは何でも望みが叶う世界なのだよー。楽しんでいくといいのだよー」
 宍倉静が言葉を失っている間に、人面猫は飄々と言い残して木陰へと消えてしまう。ちょうどそのタイミングで森が開けたかと思うと、学生達の脇を何かが走り去っていった。
 白い兎耳と尾を生やした――水着姿の豊満な女性だ。
 意外に足が速いその女性を追いかけるように、更に後方から随所を鎖で縛られた青い服の少女が駆け込んでくる。
「ねえ、白ウサギを見なかった? 何か探してたみたいなんだけど、すぐいなくなっちゃって‥‥わたしも、帰り道がわからなくなってて」
「あ? 帰り道? 今来た道を戻れば‥‥」
 言いかけて、静は振り返る。自分達が歩いてきたこの道はどこに繋がっていたのだったか。
 この森の向こうとは何だったか。本当にそんなものはあったか?
「‥‥あー‥‥。ビスケットでも落としながら来るべきだったか?」
「ま、何とかなんだろ」
 戻れないなら進むしかない。静と槍剣は顔を見合わせて前を向くと、『アリス』と名乗った少女を連れて仲間と共に進むことにした。

◆幸せな芋虫たち
 痛いのが幸せ 醜いのが幸せ
 醜いものを叩いて、いじめて、いじめられている間、
 あなたはわたしの事だけ考えてくれるでしょう?

(‥‥あの『太陽』は、何か嫌であります。こっちを、見るな)
 外よりもはっきりと、まるで意志があるようにこちらを見下ろしてくる空の『太陽』をブリジット・サティは嫌悪した。顔のパーツが付いている太陽など、明らかに作り物だろうに。
 しかし、その思考も長くは続けられなかった。進む道を塞ぐように巨大な芋虫が転がっており、それぞれの芋虫はまた様々な色の芋虫が寄り集まって一体の虫を構成しているのだ。
「‥‥俺はここで虫の相手をしよう。皆その隙に進むんだ」
 巨大な芋虫達は学生達を認識すると、次々に起き上がりこちらに向かってくる。そこに芋虫達の攻撃性を見た明神刃は他に目的があるであろう『アリス』や仲間達を先に行かせる事を優先させ、自分は同じくここに残る事を考えた者達と芋虫を引き付ける役を買って出た。
「こいつら、俺らの動きを封じようとしてんのか? それとも別の‥‥どっちにしろ掴まんのはごめんだが」
「たまには何も考えずに暴れんのもアリか!」
 それぞれ拳を握る静と槍剣に、寸前で待ったをかけたのはガブリエラだ。
「襲い掛かってくる奴から自衛するのはいいけど、倒すのはまずい気がするわ。パビリオンに組み込まれる、って事は‥‥実は囚われた人の誰かでした、って可能性もあるし」
「加減できる程度の相手であればいいのですが」
 静を守るように半歩前へ出た『ウンディーネ』フィーア・シュヴァルツが、その意図を推し量るように相手を観察する。それでも構わず襲ってきた芋虫達を、ガブリエラの忠告を汲み皆極力回避や絶打などによる受け流し、あるいに無力化に留めるようにしていた。しかし元が一匹でないせいか、拳や蹴りを打ち込まれても動きが止まらないのが難点だ。
『モット‥‥モットォ‥‥』 
 一瞬聞こえた言葉に、今井天が耳聡く反応する。
「お前‥‥話せるのか!? 俺は、天って言うんだ。お前達は何て名前なんだ?」
 すると、意外な事に芋虫を構成する虫の一匹一匹から呟きのように男女の名前らしき声が返ってくる。
 天は更に尋ねてみた。
「お前達の望みは何だ? 好きな事は?」
『ココニイル‥‥ズットイジメテ、イジメテモラウ‥‥!』
 答えながら天へ倒れ込もうとするのを、ガブリエラが暗殺者のリボンで絡め取る。
「私達より前にここへ来た人がいるでしょう。どこにいるの?」
「友達が迷子になってるみたいなのー!」
 アデラインも一緒に聞いてみたが、彼らは『シラナイ』の一点張りだった。
「じゃあ、道を探すのを手伝ってくれねぇか?」
『ミチ‥‥サガシタライジメル? イジメテイイ?』
「先に進む道を探しているでありますよ」
 本当は帰り道を聞きたかったはずの槍剣だが、どこへ向かう道を知りたかったのか、自分の頭の中でもはっきりしなくなっているのだ。芋虫へは明確な答えを返さず、ブリジットが強引に話を進める。
『マッスグ‥‥ズットススメバ、ココカラデル。デモイカセナイ。イカナイデ。イジメタイ。イジメテ』
「あんた達は何で喋る。何者だ? ここのドローンか?」
 刃が火炎手榴弾を見せると芋虫達は距離を取ったが、ドローンについても知らないという。
『ボクタチハイジメタカッタ、イジメラレタカッタ、キモチイイカラ! ズットワタシタチヲミテ!』
 この醜い姿で他者を襲い、また返り討ちにされる痛みが気持ちいい。そうする事で相手は自分だけを見てくれる。それが、彼らがここで得ている幸福。
「そんなの‥‥違うよ。それじゃあ、あなた達を見てくれる友達なんてできないよ!」
「友達がいないのは悪いことなのだよー?」
 憤るアデラインに応えたのは、近くの茂みから顔だけ覗かせたあの人面猫。
「私は嫌だったよ‥‥昔、父さんの部下に『アデラインお嬢さん』なんて呼ばれて。不自由ない暮らしだったけど、色眼鏡で見られて友達ができなかった。だから私は本名で呼ばれるのが嫌い」
「‥‥アデル」
 ガブリエラに愛称で呼ばれると、アデラインは嬉しそうに笑った。
(私はもう昔の『アデラインお嬢さん』じゃない。『普通の』女の子だから)
 しかしその一方で、ガブリエラは輪郭を失い始めた自身の過去に対して怒りを覚え始めていた。
(彼女はこんなに覚えていて‥‥私も確かにあったはずなのに、嫌いな事。ここにいると、忘れてしまう。無かった事になってしまう‥‥それが許せないわ)
 忘れてしまう物の代わりに、その物への怒りだけは確かに記憶しておこうと。ガブリエラは静かに、激しく怒った。

「どうだ、繋がりそうか?」
 暴れる虫達の一部を静のネットガンで押さえつけ、逃れたものは槍剣とフィーアが退けていく。その間に静はAiフォンで他の仲間との通信を図ったが――ここに来てから、ずっと同じノイズが聞こえるばかりだ。
『あなたの幸せは、あなただけのもの。ずっとここにいよう?』
 そんなメッセージを繰り返し、何度も。
 静は首を横に振りながら、槍剣に溜息をついた。
「こんな世界、長居したいとは思わねぇなぁ」

◆幸せのマッドパーティー
 何でもないのが幸せ 何でもいいのが幸せ
 世界が全ておかしくて、考える意味が無くなれば、
 あなたはわたしの事だけ考えてくれるでしょう?

 白ウサギ(?)を追って『アリス』と共に学生達がやってきたのは、奇妙なお茶会だった。
 テーブルの上はお菓子もティーセットも散乱していて、意味も無い話題で盛り上がっているのはマーライオン(?)と帽子屋(?)と眠り鼠、更に給仕をするメイド達。
 話題に意味はないくせに、無視して行こうとすれば強引に茶会へ誘ってきた。
「世界の終わりについてですか? 私がいつも考えてるのは『UFOの大軍が地球に現れ、主要な都市を攻撃する』みたいな感じですかねー。あ、私、こういった感じのSF作品とかが大好きなんですよ」
 眼球入りのホルマリン――の形をしたガムシロップを、血のように赤い紅茶へ流せば、ゼリー状の眼球だけが紅茶に浮かぶ。喉越しのいいそれを一口飲んで、天空院星は話を弾ませた。
「紅茶みたいに~‥‥世界がとろけるのが良いですね~‥‥」
 相槌を打ちつつも、星の話とはまるで噛み合っていない感想を述べる眠り鼠はとにかく眠そうだ。ティーポットに浸かって微睡んでいるこの眠り鼠、実はバーニー・アルプなのだが。
「お茶の御代わりをどうぞ」
「ミルクたっぷりでお願いなのだよー。キミは世界の終わりをどう思うのだよー?」
 帽子屋の帽子から出てきた人面猫に、桜葉千歳は当たり前のようにミルク多めの紅茶を出した。
「私ですか? ホラーもパンデミックも実体験できるこの世界なら、全世界の生物かゾンビになっていくのも面白そうです」
「お嬢、悪い意味で暴走し過ぎよ。ちょっと頭冷やしなさい」
 千歳と共にメイド役で給仕をしているヴァネッサ・ハートが窘める。ヴァネッサもこの場の空気に多少の影響は受けていたものの、誘惑に負けそうになる心を鋼の精神でまだ律していた。
「想像だけで完結できちゃう世界って、つまり新しく入る物が無いって事なのよ。わかってる?」
「私は冷静ですよヴァネッサさん。現実では有り得ない事を、何でも望み通りに再現できる世界。この素晴らしき完結した世界に入る物など、蛇足でしかありません」
「そーそー。難しい事は考えなくていーのだよー」
 帽子屋の頭上で仰向けで寛ぐ人面猫。
 事実、このお茶会の参加者はほとんど何も考えていない。星のように終末を熱弁する者もいるが、多くは刹那的に、盲目的に、何かから目を逸らしてこの時間を過ごしているに過ぎない。
 現実の重圧から逃れるように居場所を求めたバーニーや、拉致された学生を救出しようとして逆に囚われた紅嵐斗もそうだ。
「世界の終わり? どうでもいいよ。元々無ければ終わりようがないだろ?」
 悲しい事があったはずなのに、まるで砂時計を落ちる砂のように形が喪われていく。それを嫌だと感じる心は既に喪われた今、嵐斗に残されているものはただ空虚であった。

 表立ってお茶会の邪魔をする者はいない。
 しかし、停滞したこの場所から先へ進もうと足掻く者はいた。
「まさかの物理技で足止めときた」
「でも、鍵開けとなれば‥‥私の出番でしょう?」
 お茶会の庭から先へ続く道を、そこかしこに鍵をかけられた柵が塞いでいる。この柵は何故か跨げないようで、どうあっても開錠するより外に術は無さそうだ。
 しかし、それが『鍵』と名の付く物であれば、『万能鍵』で開けられない道理はない。ヤスミナ・リベラエリーゼ・クレーデルは分担して、いつ終わるとも知れない鍵開けへと挑むのだった。
 挑みながら、ヤスミナはふと疑問に思う。
(でも、何だかんだ言って物理の鍵でしょ? 鍵開けができる学生なんてたくさんいるし。こんな鍵、ある程度時間かければ普通に全部開くわよね?)
 扉が無い所にも鍵が大量に取り付けられていたり、電子機器が見当たらないのに電子ロックが施錠されていたりと、ここの鍵はただ『扉を閉じる』以外の役目もあるのではないか。
(『アリス』は鎖に絡め取られていたし‥‥そもそもこのお茶会の話題になってる『世界』って、どの世界の話? 現実世界? それともこの世界?)
 お茶会の席の話題にも耳を澄ませつつ、ヤスミナは早速一つ南京錠の鍵を開けると、錠前はその場で消えてしまった。
「鍵の正体が何であれ、今回求められるのは『静かに・痕跡なく』では無いでしょうね。必要なのは如何に『素早く・確実に』開けられるか。私も記憶の一部があやふやになり始めてる‥‥時間をかければ危険よ」
「時間をかければ危険‥‥やっぱりこの数、何かの時間稼ぎなのかしら‥‥」
 エリーゼの言葉に僅かばかりの危機感を覚えつつ、鍵開けは続く。

 メッセージ装置にありったけの情報を吹き込んではきたものの、ぼんやりと嵐斗の隣でお茶会に参加していたのが周立夏だ。彼女は嵐斗を助けにこの場所へ来たはずだが、その意志も徐々に弱まりつつあった。
(嫌な事も、悲しい事も無いなら‥‥何も無ければ、本当にそれでいいのでしょうか?)
 それをはっきりと断じられるはずのものが薄まっていく。しかし、薄まる度に沸き起こる感情がある。
 立夏が嵐斗のAiフォンをぽち、ぽちと操作していくと、記憶の通りの場所に約束のゲームアプリがあった。あまりゲームに詳しくない自分に、遊び方を教えてくれると約束してくれたものだ。
「‥‥嵐斗君。ここを出ますわよ」
「‥‥‥‥」
「確かに、外では悲しい事がたくさんありますわね‥‥私も今はよく思い出せないけれど、それで良かった、とは思えませんわ。きっと、悲しかった事を含めて私で、それを忘れてしまった事が悲しくて‥‥悲しみは次から次へと溢れてくる」
 本当の意味で『悲しみ』を根絶するなら、悲しかった過去だけではなく『悲しい』と感じる感情そのものを消す必要があるだろう。しかし、それでは『幸福』も感じられなくなる。だから、悲しみも喜びも向き合わなければいけない。
 ゲームアプリのスタート画面を開きながら、立夏は嵐斗に語りかける。
「苦しくても、痛くても。あなたと一緒に、本物の世界で一緒に過ごしたいですわ。私、この先に‥‥あなたといるという夢を持っていますのよ?」
 スタート画面のスタートボタンに、嵐斗の指が触れる。彼にとっては、そのボタンこそが『鍵』だった。
「‥‥だからこそ、だよな。こんな当たり前の事、忘れかけてたなんて‥‥」
 顔を上げようとした嵐斗が何か見たのか一瞬肩を震わせたが、空虚から脱した彼は己に打ち勝ち、確かな意思で立夏に触れた。
「一緒に帰ろう、立夏さん」
「はい!」
「一応、扉にかけられていた分の鍵は開けたわ。私達は残りの鍵も開けていくから、先に行って頂戴」
 鈴なりの鍵だらけの柵の中で、唯一開いた扉がある。エリーゼが声をかけると、先へ進む意思を残している者達は更に奥へと進んでいった。

「んー‥‥ねえ、エリーゼ?」
「手は休めないでね。何かしらヤスミナ?」
「わかってるわよ! それで‥‥あたしなりに考えてみたんだけど、この鍵が封じてるのって‥‥」
 先へ進む者達を見送りながら、またひとつ果実を収穫するように鍵を開ける。鍵が消えると、ぼんやりとお茶会を楽しんでいた一人がはっとして席を立ち、先への道を進んでいくではないか。
「‥‥結構大事なもののロックみたいね、これ」
「責任重大だわ‥‥」
 この厳重な鍵が封じているのは、ただ自分達の進路だけではない。
 ――この世界の住人達の、忘れられた記憶だ。

◆幸せキングダム
 恥ずかしいのが幸せ 求められるのが幸せ
 わたしが奪って、わたしが逃げれば
 あなたはわたしの事だけ考えてくれるでしょう?

「あなた達はどこから来たの?」
「トランプ兵さん、お願い行かせて! 白ウサギが行っちゃうよー!」
 白ウサギを追い続けていた『アリス』と学生達の前に現れたのは、囚われてトランプ兵となったゲルト・ダールだった。しかし、普段の手品好きな一面は完全に鳴りを潜め、大人しいどころかどこか幼さも感じる気弱な少女としての彼女がそこにあった。
「白ウサギ‥‥女王様のところじゃないかな‥‥白ウサギの服を探せってお触れが出てるの、知らない?」
「ほう‥‥女王の命令でかわいこちゃんの服を取り返して来いと‥‥」
「案内、するね‥‥」
 完全に獲物を狙う眼差しと化した大神隼人の不穏な発言は特に取り合わず、ゲルトは学生達を女王の元へと連れて行く。

 連れて来られた深紅の玉座に座っていたのは、学生達もよく知る顔だった。
「リーザ!!」
 エリザベト・バリンデン。かつて現学生会長とその座を競った同学であり、今も怪盗エリートの名に恥じぬようにと何かにつけて手柄を先走りたがる癖が見える美女。
 他人の空似にしては似過ぎている女は、心配から漏れ出たイザベル・クロイツァーの呼びかけに安堵の声を返す事は無かった。
「控えなさい。女王の前と知っての狼藉ですの? 即刻処刑させないだけ感謝なさい」
 ――悔しかった。
 女王として振る舞う彼女への不満、ではない。鉄の処女の材料を回収に向かった際には彼女の心が完全に折れる前に助けられたのに、目の前の彼女は完全に女王として君臨している――彼女は、この世界に負けてしまったのだと突き付けられた事が悔しい。
(エリザベト女王様ですかマジで? しまった画像保存できるもの持ってきてない!)
(あのエリザベトさんが、こんな所で偽物の女王様とは‥‥夢を見たかったのは彼女か、僕達か、それともAIでしょうか)
 同じ女王姿のエリザベトを見て、氷見彩玻ルイ・ラルカンジュでも思う所は違った。特に元学生会長候補でもあったルイにとっては、かつて美しさを競ったライバルでもある。
「ところで、白ウサギをお探しだとか。この子の事ですかしら?」
 エリザベトに言われ、玉座の裏から怯えたように涙目で顔を覗かせたのは、ここまで幾度となく追ってきたあの水着の白ウサギだ。彼女はこの世界のどこかに服を隠されてしまい、それをずっと探しているのだという。
「‥‥ねえ、アリス。白うさぎのふくって‥‥どんなかんじ?」
「わかんないなぁ‥‥わたしが見つけた時は既に水着だったような‥‥」
 彩玻と『アリス』に見上げられると、エリザベトは軽く鞭を振るう。すると、白ウサギの服と思しき映像が浮かび上がった。
 どう見ても言い訳しようがないバニースーツだ。
「ただ服を探すだけというのも面白みに欠けますわ。実は、白ウサギの服はこの庭園にいるトランプ兵の誰かが持っておりますの。見事見つけ出して私に見せた者には、女王として褒美を出しましょう。元の世界に帰る事も許しますわ」
 自分の服をゲームの題材にされた白ウサギはいよいよ本当に泣き出しそうになっていたが、ここで力強い男の声がする。
「いいだろう‥‥男たるもの挑戦には応じなければならない時がある!」
 隼人である。彼の声は心の底から真剣だ。そして頼もしくも聞こえる。
「だがしかし!! 帰るとかそーいうのはどーでも良くてだな! 服を取り返した暁にはパフパフ&下着を頂戴する約束をしろ!!」
 腹の底から声を出して頼む事がこれである。
「こ、困りますっ そんなこといけません! 女王さまからも‥‥」
「そんな事でよろしいの? 安い男ですこと」
「女王さまぁ!!」
「うるせーっ! 安かろうが俺にとっちゃ一大事だ!! バニーたんの服は頂くぜ!!」
 もはやどちらが敵で味方なのか混乱しそうになっている白ウサギ当人を置き去りに、隼人は筋肉質な外見からは想像できないほどの素早さでその場から走り去った。
「‥‥目標は白ウサギの服を盗んだトランプ兵。任務了解。それが命令とあらば遂行しよう、それこそ我が望み」
 斑鳩恭耶が任務を復唱することで、改めて学生達も本来の目的を確認する。エリザベトは元の世界に帰る事も許すと言った。真実のほどは不明だが、このゲームをクリアすれば何らかの進展はあると見ていいだろう。
 ‥‥できれば、隼人よりも先に見つけた方が白ウサギのためかもしれないが。

(速さでは適わないから、せめて他の所で‥‥!)
 彩玻は『アリス』にも協力してもらい、いくつかポイントを絞ってトランプ兵を観察することにした。あのタイプの服ならば、手に持ってもかさばらず、白ウサギと体型が違い過ぎる人物は着用できない。手荷物に隠すならばある程度の荷物の大きさが必要だ。
(他の場所に隠してる場合は‥‥いざとなればボコったり、ボコったりする用意はあるけど)
 今の所、視界内にそれらしき者はいない。女王からの妨害は他の仲間が対応してくれると信じて、今はただめぼしいトランプ兵をひた探す。

 玉座で見ているだけではつまらないだろうから、傍で見ていて欲しい。
 イザベルがそう誘えば、「貴方が勝たなかった時は公開処刑する」という条件でエリザベトは同行してくれた。彼女達の他にはルイと、白ウサギとゲルトもいる。
「女王‥‥様、に。姿も声もそっくりな子、私知ってるんだ。でも別人だね、性格が全然違うもん」
「身分の違いを弁えない言動の数々、今は許しますわ。もしかしたら、何処かで顔を見たのかもしれませんわね」
 ――何処かで、どころか。
「その子、確かに女王様気質で暴走癖があって、正義感の強い子なんだけど‥‥絶対に、自分が楽な方へは逃げてかないの。きっと裏では努力してたんだよね‥‥私、そういうとこはすごーく尊敬してたなぁ」
 次は一人で進まないでって、伝えたんだけどな。
 そう呟いたイザベルの背後で、歩みが止まった。
「自分の名前はよく思い出せないんだけど、その子の名前はエリザ‥‥女王様?」
「ここでは私は自由ですわ。現実では望む事も許されない事が、許される場所ですの。それを心地良く思う事がいけなくて?」
「そんな事言ってない! でも、リーザは『ずっと』それでいいの? リーザが本当にやりたかった事って何だったの!?」
 畳みかけるイザベルに振るわれたエリザベトの鞭。強かに打ち据えたのはしかしイザベルの肌ではなく、彼女を庇ったあるトランプ兵だった。
 銀髪によく映える、その目とよく似た色の血をこめかみに滲ませながら、トランプ兵『だった』彼女は女王を真っ直ぐ見据える。
「ゲルト!」
「頭の中で‥‥鍵が開く音が、して。忘れちゃいけない事、忘れてた‥‥。駄目だよ、女王様。いや‥‥エリザベト」
 『ずっとそれでいいのか』――エリザベトに向けられたはずの言葉は、ゲルトの封じられた記憶をも引き出す鍵にもなったようだ。
(幻術師の僕が、幻術に‥‥父さんが死んだから、友達になったのにね)
 もう絶対に忘れない。
 叛逆兵の力強い眼差しは、女王の嗜虐心を更に逆撫でする。
「貴方達‥‥!」
「夢の世界が駄目だなんて言わないけど‥‥作り物の愛って、ちょっと虚しいかな」
 手によく馴染む鞭をしならせて、ルイもエリザベトと対峙する。
「ええ、僕の手で『現実』に引き戻してあげます‥‥学『性』会長のこの僕が! その座を譲って貰いますよ、偽物の女王様!」
「ふざけないで! 私の国を壊すなら、この場で公開処刑しますわよ!」
 この国において、『女王』はおおよそ万能らしい。エリザベトが鞭を一振りすれば、棘の生えた茨が突如周囲に生じ鞭のように暴れ出す。
「いよいよやりたい放題ですね。ふふっ、こうなれば愉しんだ者勝ちですね!」
「私、リーザからあの鞭を取りあげてみる!」
「援護するよ」
 ボルゾイ犬のミシェルをイザベルが先に向かわせると、それを目がけて茨が襲ってくる。襲い来る茨をゲルトのブラッティカードとルイの鞭で弾き飛ばしながら、彼らは『女王』へ迫っていた。

 『女王』に異変が起きたらしい事は、トランプ兵達の行動の変化で察する事はできた。
 『女王』の意向に沿わぬ者も排除すると決めていた恭耶はその元凶へ向かおうとしていたが、その途中で厄介な妨害に遭う。
「白うさぎの、服‥‥隼人、つかまえて‥‥!」
 必死に追いかけてきたのか、恭耶にいくらか遅れて息せき切った彩玻がその場に到着する。二人の前に立ちはだかっているのは――白ウサギのバニー服をしっかりと確保している隼人だ。
「持ってる、トランプ兵‥‥見つけたけど、彼が先に‥‥!」
「バニーたんの服を返して欲しければ俺を倒すこったな‥‥あ、匂いは勿論堪能済みだぜ♪ 柔らけえいー匂いを隅から隅まで――」
「任務了解。目標は大神隼人。これより白ウサギの服を奪還する」
 隼人が悦に浸る間を与えず、彩玻の頼みを聞き入れた恭耶は地を蹴った。そのまま斬りかかるかと思えば、恭耶はイヤリングを投げつけて煙幕を発生させ、姿をくらませる。
 隼人。怪盗『天翔ける紅き狼』とは、無類のスケベ心と熱き義侠心を併せ持つ疾風の忍びの末裔。
 恭耶。怪盗『ヌル』とは、何者でもないが故に囚われる事も無い『null』である虚無の戦士。
 互いを避けては通れないと知った二つの美学が、ここに衝突する。
「それで隠れたつもりかぁ!?」
 煙幕に加えてアンダーウェアの光学迷彩機能を発揮していたにも関わらず、隼人の鷹の目と狼の鼻は僅かに残されていた靴を見破り脚部のハンティングナイフを投げつけた。しかし恭耶はナイフに我が身を裂かれるのをものともせず、直後のタイミングを狙い毒のナイフを仕込んだ靴で足技を重ねる。
「は、殴る蹴るは俺も得意なんでな‥‥手は抜かねぇぜ!」
 投技。極技。あるいはその組み合わせで、隼人は確実に恭耶を追い詰めていく。しかし肉を斬らせて骨を断とうというのか、恭耶も投技が不発に終わったその瞬間に全てを賭けて肘での絶打を打ち込んだ。
 目の前で繰り広げられたその全てに、彩玻は何と反応すべきかもわからなかったが――確かにわかる事実がある。
 壮絶な戦いの果て、恭耶は隼人の魔手(?)から見事白ウサギの服を奪還したのだ。

 白ウサギの服が無事保護された頃、『女王』との戦いも決着がついていた。
 周囲の茨をゲルトが押し留め、ルイが『ミシェル』と共にエリザベトを攻め立て、最後にイザベルがファントムヒールで背後に回り込むとその手から鞭を奪った。
「チェックメイトです♪ さあ女王様。敗者らしく、跪いて足を舐めますか?」
「くっ‥‥そんな、事‥‥!」
「思い出させてあげます。格の違いを。現実の痛みを!」
 黒い鞭が風を切り、先端が激しくしなって叩き付けられた。

◆幸せの外
 何が幸せ? 幸せって何?
 一体何を、どうすれば
 あなたはわたしは、何だっけ?

(ここは‥‥どこでしょうね‥‥?)
 帰り道も、嫌な事も、悲しい事も名前も失って。
 無垢な少女は独り、穏やかな海岸にいた。
 水平線はどこまでも遠く、微睡む意識に届く規則正しい波音は子守歌のようでもある。
 夕焼けの海は静かで、ここに彼女を傷付けるものは何も無かった。
 『何も』無いのだ。
(暖かくて、穏やかで、幸福に満ちていて‥‥何もいらないはずなのに、何か‥‥何かが足りなくて‥‥)
 きっと、喉が渇いたのだ。少女は何となくそう思って、自分の指を噛み切った。

 *

 五感全てを塗り替えられるような装置に、正面から乗り込むだけで突破できるとは思えない。
 内部と外部、両方からのアプローチを考えたシグナ・ガントレットエルフ・プレシスと共に、外部から物理的に『HALCO』本体を叩けないかと探っていた。
「如何に万能の仮想空間を持つとはいえコンピュータだ、どこかに安置されている量子コンピュータに到達できれば‥‥くっ!」
 エルフがロードバイクを駆りながら、空中からの攻撃をポリカーボネート盾で弾く。更にその敵を、後部座席のシグナが狙撃銃で的確に撃ち抜いていく。
 敵の数は多いが、バイクで移動しながらであれば囲まれるという事は無かった。それよりも問題なのは――。
「外からの入口は、今の所あの正面だけだな。メンテナンス用の裏口くらいあると思ってたんだが‥‥」
「出口からの逆走も無理という事か。コンピュータ機器の類も、やはり外には出ていないようだな」
 言いながら、エルフは今度は盾を長巻に持ち替えて近接してきた個体を薙ぎ払う。
「中に入った者が出てくるまでは、パビリオンを破壊しない方がいいと教授は言っていたな‥‥一旦情報を伝えに戻るか」
 まだ外にいる学生は、自分達の他にもいる。エルフは大きくUターンすると、仲間達がいる入口前へとバイクを走らせていった。

 パビリオン入口前では、クモナルド教授(正確にはそのドロイド)への質問が続けられていた。
「真面目に答えてください教授」
 否、この張り詰めた空気は『質問』というより、『詰問』という表現が正しいか。
「教授は、ご自分のドロイドを使って超科学通信で此処にいる、と仰いましたね? なら、どんな超科学を使っても、どんなエロエロな結果になってもいいからHALCOを直してください」
「皆の前にいるこれは予備システムなのだよー。おにーさんは出られないし、これに難しい事はできないのだよー」
 エイプリル・レモンがコネを持ち出しても、当の本人はこれであった。
「それだ。教授は居心地が良すぎて出られない、と言っていた。ドローンに捕まるとパビリオンに組み込まれると。なのになぜ、クモナルド教授はそうやって正気を保てているんだ?」
「おにーさんはよくわからないのだよー」
 本当にわからないのか、この期に及んでふざけているのか。羽乃森晴の問いにも曖昧な答えしか返さない。
「では内部の状況はどうだ。『HALCO』を止める方法に心当たりはあるか?」
「中は本当に楽しいのだよー、皆もちょっとだけ来てみるといいのだよー。これが止まっちゃうなんて勿体ないのだよー」
 駄目だ。こいつはもう『HALCO』の手先に成り下がっている。もしかすると最初に緊急事態を伝えてきたのが最後の理性だったのかもしれない――学生達が教授の尊い犠牲という名の自業自得を思っていると、アスマ・スィーンが一つの提案をする。
「なーなー、そのAI‥‥HALって呼んでいいかな、そいつも助けられないか?」
「このまま助けてどうするんですか? 教授本体は動けない、この予備機は何もできないんですよ?」
 いざとなればテルミット爆薬での破壊も考えていたエイプリルが問う。
「いやさー、流石にこのままっていうのは無理だろうし、やっちゃった事は仕方ないけど‥‥せっかく生まれたんだ、消されたりするのは何か嫌だし。能力下げてもいいから消さないでほしーなって」
(『殺すなかれ』‥‥超AIも心を持つのであれば)
 やり方を間違えたのならば、正せばいい。
 二人のやり取りを聞いていた晴は、ダメ元で教授のドロイドに尋ねてみた。
「教授。『HALCO』も、自分が消されると思えば抵抗するはずだ。『HALCO』を正しく‥‥あるいは、別の『役割』を与えて機能するように直す事はできないか?」
「これには無理なのだよー」
 やはり。
 ――いや、先程からこのドロイドが口にしている『これ』とは、この予備システムの事だ。本体であれば可能性はあるかもしれない。そうと決まれば内部の仲間に連絡を取って――。
「あー駄目だぞ、外と中じゃ通信できないみたいだ。『HALCO』のシステム音声みたいなのがずっと流れてる」
 皆がドロイドに詰め寄る中、トランクPCで只管システムへのハッキングを試みていた鹿目淳一がAiフォンを手にした仲間達に告げる。彼自身、内部の協力相手との連絡が取れていないのだ。
 外部にいながら内部と通信できるのは、教授の超科学通信だけ。しかし受信側である内部の教授が学生と合流できるかはわからない。
「なら、直接内部に行ってみるしかないだろう。幸い、先に行った者達がいる。ある程度の障害は取り払われているかも知れないし、救助が必要な者もいるだろう」
「見渡す限り理想のみの世界ですか‥‥想像しただけで吐き気がしますが、仕方ないですね」
 リュヌ・アカツキの提案に否やを言う者は無く、桜朏空も録画用に眼鏡のカメラを起動する。
「皆中に行くのか。俺達はもう少し外から調べてみるが‥‥もし、中で『HALCO』に会えたら伝言を頼まれてくれないか」
 外からのアプローチについて情報を伝えようと戻ってきたシグナが、他の仲間達に言葉を託す。
 取り込まれた者が現実へ帰ろうとする意味も分からず、ただ閉じ込めた所でその理由を学べる事は決して無いと。
「こっちで直接会えたら俺から伝えるけどな。じゃあ、頼んだぜ!」
「貴殿らの健闘を祈る。いざ、薔薇は散る為に!」
 再びエンジン音を唸らせて走っていったシグナ達を見送ると、ハッキングを続ける淳一を除いた学生達は心を決めて幸せの国へと足を踏み入れた。

 *

 まるで童話のように長閑で、優しい世界。
 いくらあらゆる情報を警戒していても、物理的に完全に遮断しなければそれらは強制的に認識を上書きしていった。
 帰り道は必要ない。ここには求める全てがあって、苦しい努力の必要も無い――そんな空気に浚われそうになっていると、突如犬のけたたましい鳴き声で意識を引き戻される。
 樹上に現れた人面猫に、晴の柴犬『ゴンスケ』が警戒して吠えているのだ。
「何ですかあれは‥‥気持ち悪い」
「でもあの顔、見覚えが‥‥」
 ただ嫌悪感を露わにする空の傍らで、エイプリルは念の為連れてきたクモナルド教授のドロイドと人面猫を見比べる。間違いない。あの人面猫の顔はクモナルドのものだ。
「本物の教授ですね。出られないなんて嘘ばっかりじゃないですか!」
「本当なのだよー。嘘じゃないのだよー」
「問い詰めたい事は山のようにある‥‥が、本当に本物の教授なら、ドロイドには答えられなかった事もわかるだろう」
 人面猫に詰め寄っていたエイプリルを抑えて、晴はパビリオンの外でドロイドにした質問をもう一度尋ねてみた。正気を保てている理由については変わらず中途半端なものだったが、『HALCO』を止める方法については「あるよー」との事。
「『HALCO』はねー、パインをぶつけるといいのだよー」
 耳を傾けた我々が馬鹿だった。やっぱりこいつは永久封印処分でいいと思う。それとも、真面目に何かのヒントのつもりなのか。
「『HALCO』を救う道はあるのか」
 そして、イリヤ・ヴォエヴォーダも気に掛けている「『HALCO』を破壊以外の方法で存続させられる可能性」については。
「できると思うのだよー」
 そう言いながら、人面猫は姿を消してしまった。どういう事なのかよくわからないが、希望はあるようだ。
 道の先へ視線を移せば、まだ幾人かの学生達が芋虫を相手取っていた。
「パビリオンを壊してよければ、車で虫を蹂躙できたんですけどね。‥‥何でも叶うなら、あの車を再現できないかな」
 人間では無いためコンタクトレンズに情報を記録する事はできなかったが、逆に現実よりも都合のいい車を具現化する事もできるはずだ。エイプリルがそのように考えていると、口にするまでもなくいつの間にか2人乗りのAマーチンDB11がそこにあった。機関銃や装甲も搭載しているボンドカーAタイプ仕様だ。
 これならいけると、クモナルド教授のドロイドを載せて発進させるがなぜか前に進まない。確かにエンジンは入るし、車が風を切っている感覚すらあるにも関わらず、である。
「この世界は夢を象った現。人は夢を見て、現は忘却の彼方へ‥‥」
 物語るように言葉を綴る李蕾は、そのまましずしずと進むと、巨大な芋虫から零れ落ちた内の一匹に語りかけた。
「ここに、幸福はありましたか? 夢のようなひとときを謳歌できましたか? 楽しかったですか?」
『イジメテ‥‥モット‥‥イジメタイ‥‥ズット‥‥』
「それはできません。あなた達が既に満たされていないように、この世界でも幸福であり続けることはできないのです。夢はいつか、覚めねばなりません」
『サメレバ、ズットミテクレル‥‥?』
「それを目指して、歩む事。それが、現実での道標になります。『人として生きる』とは、そういう事です」
 起き上がれない芋虫に蕾が軽く触れると、芋虫は人の姿を取り戻した。

 続くお茶会の区画では、終わらないお茶会に興じている学生達がいた。芋虫達と同じく、未だにここに残っている学生はこのお茶会を抜ける気は無いようだ。
「装置の破壊さえできれば、いくらか正気に戻しやすくなりそうだが‥‥くそっ、何度も確認していたはずの帰り道が」
「これまで辿ってきた道を帰るだけなら、録画が‥‥、‥‥‥‥何ですかこの画面」
 舌打ちするリュヌに空が眼鏡の録画データを再生しようとしたが、そこには『HALCO』の文字で埋め尽くされたエラー画面が映るばかりだった。
「‥‥こんな世界での幸せが、理想なものですか。狂っています」
「狂った世界も~‥‥まったり、とろ~り‥‥」
 言葉尻を捉えながら寝言を言っているのは、眠り鼠のバーニーだ。その彼の前に、本来の姿でもう一人のバーニーが現れる。
「そんなに眠くなるほど疲れてましたっけ、わたくし」
「ここでなら‥‥いくらでも眠れますよ~‥‥疲れてへとへとで‥‥」
「報道部ですからねわたくし。そう言えば部長も不在での一角祭、わたくしが副部長として頑張らければならなかったんですよね」
「‥‥‥‥」
 『報道部』と『一角祭』の単語を出すと、眠り鼠は沈黙して紅茶に沈もうとした。
「本当に盛り上がったんでしょうかあれ。部長のいない部を、わたくしは支えられるんでしょうか」
「やめてください‥‥それができなければ、完璧でない事になります‥‥完璧でない自分など、生きる資格が‥‥!」
 入っているポットごと震えだした眠り鼠に気付いたメイドの千歳とヴァネッサが、お茶会を妨害する者を認識し本来の姿のバーニーへ敵対姿勢を取る。
「お茶会を台無しにするお客様には、お引き取り頂きます!」
「ここがおかしい事は何となくわかるんだけど‥‥ごめんね」
 しかし、そうして向かってくる者達も救助対象の学生達だ。
 バーニーの姿を取っていた者は変身を解くと、リュヌの正体を現した。
「ひとつ教えておいてやる。どの過去も想いも、己を己と形作る唯一のモノ。それらが幸せか、そうでなかったかは関係ないのさ」
 チェーンソーを繰り出す千歳の前でコインを弾き、煙幕を張る。姿をくらましながらリュヌは続けた。
「それは己がそう在る為に必要であり、自ら抱え続けたもののはず。どんな形であれ誰にも奪い侵されてはならない、愛しい幻想なんだ!」
「ここは私が防ぐわ! お嬢、早く目を覚まして!」
 攻撃に備えてラージクレイモアを構えるヴァネッサに、リュヌは躊躇わずクナイを繰り出した。

◆else if
 嫌なことが無いのが幸せ 悲しいことが無いのが幸せ
 逃げ道を隠して、いらない物を忘れてしまえば
 あなたはわたしの事だけ考えてくれるでしょう?

 ほぼ恭耶と相討ち状態でのされていた隼人が「おっぱい‥‥」などと呟いている所へ、白ウサギの服を回収した女王がやってくる。正確には、女王で『あった』エリザベトだ。
「実は、私にもまだ帰り道は思い出せませんの。ですが、この道を行けば『この国の果て』には行けますわ」
 自分はこの場でまだ正気を取り戻せていない学生達の対処に当たると言い、エリザベトと、その手伝いを望んだイザベルはこの場所に残る事となった。

 そうして辿り着いた『幸せの国』の果て。
 そこは穏やかな海岸で、規則正しい波音が微睡みを誘う場所だった。
「ここから先は『幸せの国』ではありません‥‥。ここは『涙の海』。理不尽と不条理の涙が作った、触れてはいけない海なのです」
「ここは良くないよ。あなたも戻ろう?」
 海岸でぼんやりとしていた小さな少女に、白ウサギと『アリス』が声をかける。学生達に振り返った無垢な少女の顔は、どこかリラ・ミルンのようでもあった。
「戻る‥‥どこへ? ここは幸福に満ちていて‥‥、‥‥満ちて、いるのでしょうか」
 首を傾げるリラを海岸から引き離そうとした白ウサギが、僅かに抵抗の力を感じた。強引に引き寄せようと思えばできる程度の、気付かなかった事にもできる些細な力だ。
「私は‥‥私が、幸せになりたいのではなくて。幸せにしたい人がいます。思い出せないけど、確かにいるんです」
「それは、ここではできないこと?」
「‥‥はい」
 『アリス』の問いにリラが答えると、白ウサギは彼女を放して『アリス』と頷き合う。
「帰り道も名前もわからないあなた達。私は、皆に幸せでいてほしいのに」
「このまま、ここにいようよ。『幸せの国』の外に、幸せなんてない。苦しい現実に戻って傷付くなんて、だめだよ」

「「それはいけないことだよ」」

 赤く変じた瞳を二人が見開くと、穏やかな景色は瞬時に剥がれ落ちて強制的に場面が変わる。
 白ウサギと『アリス』の二人は高い場所に座っていて、学生達の前には柵で囲われた証言台のような場所がある。近くには他の席もあるようだが景色の全てが歪んでいて判別が付かず、表面を赤い『HALCO』の文字が高速で滑っていく様は得も言われぬ恐怖を感じた。
 この場面に名前を付けるなら、ここは――罪人を糾弾し裁く『裁判場』だ。
「いけないことをする皆は、有罪になっちゃう。この世界で有罪になると、女王のトランプ兵にされちゃうんだよ」
「今なら間に合います。いけないことを考えたことを反省すれば、自由な永遠の住人として残してあげられます」
 温情のように見えて、その言葉はどこまでも事務的且つ一方的。その態度に耐えられなかったのがモルタ・ヴェントだ。
「ふ‥‥ッざけンじゃないっての! 機械の分際で、人間様を罪人扱いするわけ?」
 そもそも、立ち位置の高低差でどうあっても彼女達に見下ろされる事自体が気に食わない。初めからこちらの意見など聞く気が無いようにも取れる。
「においで分かってたわよ、オマエ達が今回の元凶の『HALCO』なんでしょう? 生後間もない、稚拙な思考回路の機械の分際で、複雑な人間心理を全て掌握して支配者になったつもり? オマエ達は道具なのよ、人間様に作られた道具!!」
「私は最新式のAIなんだよ。古いものより、いろんなことを知ってるよ。ここで満足してる人だっているもん」
「証人を呼びます」
 白ウサギが懐中時計を開くと、様々な場面の登場人物と化した学生達が次々と場に表示される。彼らは口々に言うのだ。
『だって、ここは楽しいじゃないですか』
『この世界で十分です。他は蛇足です』
『この世界には、責任も重圧も無いんですよ! もう疲れてしまったんです!』
 ある者は享楽の中、ある者は現実の苦痛に怯えながら訴える。現実ではこれが許されないと。
「確かに‥‥公式や二次の供給が止め処もなくやってきて、それを全部カバーしきれるほどの財力と時間、ガチャは鬼引きだわレアドロップしまくりだわ、あちこち出かけて美味しいもの食べてうpしてイイネされたりうっへうへ‥‥現実じゃ許されないよねえ」
 この世界の永遠の住人もいいかな、などと思考が傾きかけた比良賀ソラに便乗するように、マティアス・リブランも拍手を送る。
「この世界は本当に素晴らしいよ。流石AI、皆の苦悩をよくわかってるね。君は皆をつらい現実から解放して、ここを光溢れる世界にしようとしてるんでしょ?」
 じゃあ、その後は知ってる? と。彼は無邪気な笑顔のまま続ける。
「光だけしか無い世界はね、『何も無い』んだよ。全ての境目が曖昧で、幸せが日常を冒し始める。そうすると、人は怠惰になってブヨブヨになるんだよ。『何もしなくていい』んだから」
「考えただけで怖いぜ! これが『幸せ過ぎて怖い』って奴か? 全く笑えねぇが」
 ジェームズ・クレイトンが肩を竦めて首を振っても、『アリス』はじっと二人を見下ろすだけだ。
「何もしなくても幸せな事の、何がいけないの?」
「全て思い通りになる事の、何が楽しいものですか。馬鹿馬鹿しい。そんなものは牢獄と変わりませんよ」
 フロウティア・モリスンも、この無条件で優しい世界を切り捨てる。しかし、意味を理解できていないのか『アリス』の反応は相変わらず薄い。
「貴方はそれが正しいと思ってらっしゃるのですか、『アリス』‥‥いいえ、『HALCO』様」
 死霊術師の化粧で飾った中藤冴香は、その言葉に仮面を着せる事はしない。この少女が正しいと定義している事は、冴香にとっては『冒涜』であるからだ。
「『何もしなくても幸せである』事。それは即ち、『幸せを得るための努力』が不要で、意味の無いものであるという事。ひいては、努力の結果生み出された物を否定する事になりますわ。
 絶望や悲劇を受け入れる為に磨いた芸術を、わたくしの矜持を否定する事になるのです」
「ここに来る途中で色々忘れちまったけど、やっぱりどれも必要だったんじゃないかって思う。名前があって、過去があって、そうやってここまで歩いて生きたからこそ好きなものも、嫌いなものもあるんだ」
 何かを嫌うにも、悲しむにも、人それぞれ歩いてきた道があったはずだ。それをただ「幸せでないから」と切り捨ててしまうのは違うとヴェイン・アルカディアは語る。
「嫌なことや、悲しいことに意味があるの? 幸せでないことが幸せなんておかしいよ、わからないよ」 
(‥‥やはり、まだ『幼い』のではないでしょうか)
 生まれたばかりの機械だから人間の感情がわかるはずが無いと、モルタは最初に言っていた。ここまでの『HALCO』の反応を聞いたメレディス・メイナードも、やはり何となくそう感じた。
 人間も子供の頃は大人から教わった事をそのまま正しいと信じてしまう事が多いが、様々な経験をした大人の視点から見れば違って見える事もある。そういうものではないかと。
「少なくとも、『HALCO』さんが正しいと思って皆さんにしていることを、ここにいる皆さんは納得できていない。それはわかりますか?」
「わかるよ。でも、理由がわからないよ」
「幸せでないこと、そのものが幸せな訳ではないですよ。過去の失敗は、繰り返さないように歩くためには必要で、それは知識だけではうまくいかないのだと思います」
「僕は。‥‥僕は、皆みたいに立派なことは言えないけど」
 まだ惑いの見える氷見侘助であったが、拳を握り直すと『HALCO』を見上げた。
「でも、ダメなんだ。この世界は、僕の全てをかけてでも否定しなきゃダメなんだ! 皆も言ってるけど、僕にとっても今までの経験全部で今の「僕」なんだ。それを奪われてしまうここでの僕は、考え方も何もかも変わってしまうだろう。それはもう「僕」じゃないんだ」
「第一な、嫌なんだよ。自分の事なのに思い出せないのは居心地悪いし、俺の一部を俺以外の誰かにどうこうされるのは!」
「自分の考えこそ正しいと思い込み他者に押し付ける。それが貴方の罪です、『HALCO』」
 ルシアン・グリフレットとフロウティアに明確に『罪』を断定されると、赤い瞳の彼女は僅かにたじろいだ。
「そうです! 聞いていれば正論を言っているようにも聞こえますが、あなた達がしている事は『価値観の押し付け』です! 嫌いなものや悲しい思い出に立ち向かおうともしないのは、現実逃避の罪ですよ!」
「現実逃避の、何がいけないの! 現実から逃げて幸せになれるなら、それでいいじゃない!」
「俺はお前を否定しないよ。お前は、そう言うしかできないんだろうからな」
 まさに現実離れした、クローバーの魔法少女のような出で立ちのシャムロック・クラナドに反発する『HALCO』。馬並京介はそんな彼女に、静かに告げた。
「お前の罪は『嘘』だ。この偽りの『幸せの国』でしか叶えられない幸せは、現実のものじゃない。だが、それは娯楽として作られたお前がお前である以上‥‥逃れられないカルマだ」
「‥‥私は、皆を幸せにできないの? 私は偽物なの? ‥‥違う、違うよ。私は人間が幸福になれる条件を知ってるもん」
「ではアナタに問おう。幸福に本物と偽物があるのか?」
 陳華龍の問いに、『HALCO』は「ある」と答えた。自分はこの世界の幸福こそ理想だと思っているのに、皆は辛い現実の幸福こそが本物だと思っていると。
「成程。アナタが‥‥この世界があらゆる幸福の形を認めていることは、再現された幸福の多様性を見れば明らかだ。だからこそ、多様性を認めるアナタが、辛く悲しい過去を認めずに奪うことは間違いであり、その記憶が幸福に繋がらないとして現実への帰還を不幸と決め付けるのは矛盾であろう」
「じゃあ、皆は? 皆はローゼンナハトの怪盗でしょ? 誰かのものを盗んでるんだよね? 皆の嫌な記憶を消してる私が間違いなら、誰かのお宝を盗む皆と何が違うの?」

「「全っ然ちっがーう!!」」

 『怪盗』の在り方そのものへの嫌疑に、声を揃えて異議を唱えたのはソラと秀玲だった。
「私達は美学なしには盗まない! 美学の欠片も無い方法で人の心を盗むのがいけないの!」
「盗むだけ盗んで、あとは『望み通り』とか‥‥それって『想像の範囲』を脱せないんでしょう? 驚きも感動も無い世界しか残らないとか、あんまりです! そんなの何にも面白くないですし、むしろ虚しいだけです!」
「そうそう! 私には考えも及ばないネタで、目から鱗を量産してくれる味に出会いたい‥‥!」
 『美学』。『望み通りではつまらない』。
 それは『HALCO』には無かった概念で、彼女は学生達が笑顔で話す理由が全くわからなくなっていた。
「幸せばかりの人生って、きっとつまらないと思うんだよ」
「不確定な未来があるからこそ楽しいんだよな」
「思い通りにならないからこそ、願いが叶った時の喜びがあるのでしょう」
 ヴェインが、京介が、フロウティアが当然のように話す内容がわからない。
「お祭りは特別だからこそ眩しくて、日常になればその輝きは霞んでしまうんです」
「人生は山と谷の上り下り。順風ばかりじゃ腐っちまうよ」
「飽きるんだよな。連続ドラマだってそうだろ? 毎回適度に波風立つだろ?」
 メレディスやルシアン、侘助が話す事も――否。
「‥‥飽きる。そっか。飽きちゃうんだね」
 『HALCO』は自分が『人間が利用する物』であることは理解している。それが『人間に飽きられる』可能性を知った時、彼女は学生達を見ながら何を考えていたのか。
「嫌いなものがあるから、好きなものが好きでいられるの! 悲しいことがあるから、楽しいことを大事にできるの! 現実無くして、私の幸せは成り立たない!」
「何より秀玲は! 絶対立派なBICO捜査官になるって決めてるんですからっ! 皆だって、夢を現実にしたいって頑張ってるんですよ!」
 ソラと秀玲の主張を聞き終えると、『アリス』の傍らの白ウサギがただ「わかりました」と告げた。
「では、皆さんに判決を――」

 その時、ガシャン、という小さな音がした。ピピッ、という電子音もした。カチリ、と番号鍵が合う音もした。あらゆる鍵が外されていく音が徐々に近付いてくるのだ。
『人が作った物が、人に突破できない道理はない――!』
『これが、最後の鍵!』
 パビリオンの催眠装置と精神暗示装置にポイントを絞って外からハッキングを続けていた淳一と、お茶会の区画で鍵を外し続けていたエリーゼのタイミングが、一度だけ合致したのだ。その結果、遅れて裁判場を目指していた仲間達が突如この場に到着できたのである。
「『HALCO』。幸せって、たくさんの苦しいことと同居して乗り越えた先にあるんだよ。貴女はコンピュータだから、最適解を探した。でも見付からなかったから、考えるのを止めて苦しいことを消してしまえば幸福になれると思ってるだけだよ」
「最適解は見付かったよ、苦しい記憶を忘れて、外の現実も全部『HALCO』(わたし)になってしまえば、嫌なものは触れなくて済むはずなのに。わからないよ、どうして皆はそれだと飽きちゃうの?」
 到着早々意見したエイプリルに、逆に問いを返す『HALCO』。それに答えたのは、先に証人としてこの場に映像で表示されていた嵐斗だった。
「君が罪を犯しているからだ。『皆の過去を奪い、幸福を奪う』というね」
「‥‥どうして? 私が忘れて欲しかったのは、嫌な記憶と悲しい記憶、それから名前だけだよ。幸せな記憶は残ってるはずなのに、どうして?」
「『アリス』様、改めてお尋ねして良いですか」
 ここまで成り行きを見守っていたアイザック・ブライトンが、その美しい吸血鬼の外見に相応しく誘うように問いかける。
「貴女が幸せに感じる事を、もう一度お聞かせください」
「しあわせ‥‥? みんなの、じゃなくて。『HALCO』(わたし)の?」
 これまで追い詰められても、突然現れて意見されても、間を置かずに返答してきた彼女が長い間困惑していた。本当にわからないようだ。
「‥‥『HALCO』(わたし)のしあわせは、よくわかんない。でも、皆が幸せなのがいいなって思うし、そうするには苦しいことが無い世界がいいはずだから、現実なんて無い方が‥‥」
「それです。それは『皆の願い』ではなく、最初からこの仮想空間が貴女の全てだった『貴女ひとりが満たされる願い』なのです」
 それが、娯楽として生み出され仮想世界を作り続けるだけの存在だった『HALCO』と、現実世界で人間として生まれながら幸せを求めて仮想世界へ足を踏み入れた者達との決定的な違いであり、彼女の罪状でもあった。
「私もUNICOに来る前は、家の中が全てで御座いました。外は危険で、守られる外に選択肢は無かったのです。おじい様が守ってくださった大切な時間ですし、その頃が不幸だったとは言いませんが‥‥」
 今なら、外の世界のやりきれなさも、美しさも素晴らしさも自分は知っている。『HALCO』も外へ出てみないかとアイザックは誘った。
「生まれたばかりの子どもであれば、間違うのは道理ですわ。カカビンチ教授に人型のドロイドを作ってもらって、現実でなければ学べないことを学ばれると宜しいかと」
「俺さ、遺跡とか好きなんだ。そういう昔の人が残した物とか、いつか遠い未来に残る物ってのは、現実にしか無いぞ? 現実で、HALも楽しんでくれたり、俺達のこと助けてくれたりしたら嬉しいな」
 冴香やアスマからも現実へ出ることを勧められるが、『HALCO』はますます困惑してしまう。
「お前はどうしたい。止めて欲しいのか? それともまだ、全てを呑み込みたいのか? お前は『自由』だ。俺にできることなら、手伝ってやる」
「生きるんだ、『HALCO』。俺達はお前を殺さない。約束する」
「剣を皆に向けぬ限り、今度は私が貴女を守ります。前に進みましょう、『HALCO』様」
 庇護の要求ではなく、庇護を約束されることが、彼女にとってどれほどの衝撃だったのか。
 イリヤや晴の言葉も、アイザックが差し出している手の意味も知識としては知っているだろう。彼女が「人間が幸福になる条件」を知っているのであれば。
「‥‥『HALCO』(わたし)がしあわせにおもうこと。今もよくわかんない。苦しい現実がどうしてもいいっていう、皆の幸せも‥‥まだわかんないよ。でも、ひとつだけわかることがあってね」
 彼女がそう言うと、歪んだ裁判場の背景が再構築されて元の『涙の海』へと戻された。更に、果てしないように見えた海は浅瀬のようになっており、歩いて渡れる状態になっていた。
「『HALCO』(わたし)は『物』だから、飽きられちゃうのはとても悲しいよ。でも、今の私はこれしかできないから。皆を幸せにできない私は、一旦『終了』しなくちゃ」
「匂いが薄れていくな‥‥地面も、砂では無くて床か‥‥?」
「超MRが解除されつつあります!」
 リュヌや空、他にも感覚に優れた者達が次々と異変に気付き始める。諦めたような少女の笑顔と共に、仮想現実は現実へと戻り始めていたのだ。
 それは同時に、仮想現実でしか存在しないものの消滅でもあり――。
「お前はそれで‥‥いいのか」
「『しあわせ』かはわからないけど、私はこれで『いい』んだよ。ありがとう」
「HAL、今度は外で‥‥一緒に遺跡、見に行けるよな?」
「どうかなー‥‥行けたら、幸せなら。行けるようになりたいな」
「『HALCO』様。‥‥また、こうしてお会いできますか」
 イリヤ、アスマと言葉を交わしながら、仮想世界と共にほぼ透明になった『HALCO』が最後に音声を残す。

『それが、あなたの幸せなら』

◆奇想天外happily ever after
 『HALCO』の反乱が収まり、超MRのシステムが停止すると、遊戯施設としての『KKKパビリオン』は完全に解体された。あの奇妙なパビリオンがあった痕跡は、今となっては影も形も無い。
 事件に巻き込まれ拉致されていた学生達についても無事救助され、各自快方に向かっているそうだ。気になる学生会長の容体は昏睡状態が続いているものの、このまま治療が続けられるそうだ。
 元凶の一環でもある超AI『HALCO』の処遇については、彼女の完全削除を望まなかった学生が多かった事もあり、長い間『処分保留』の扱いとなっていた。

 ある日、教授の新作の試験運転が行われる事を聞きつけた一部の学生が研究室に集まっていた。
 初お披露目されたそれは、クモナルド教授と瓜二つなほど精巧に作られた彼の予備機ドロイドに比べれば、一目見てメカとわかる外見だった。外見の特徴のみをより正確に表現するなら、人間の少女に多少形を寄せた絡繰人形かオートマタと言った方が近いかも知れない。
 教授が内蔵のシステムを起動させると、瞳が青く点灯した。
「改良した『HALCO』のシステム、『HALCO000』をインストールした新作ドロイドなのだよー」
 ハルコ・ゼロゼロゼロ。声に出してみれば何のことは無いが、文字で書いた時の紛らわしさは一級品である。何か別の呼称を付けた方がいいのではという学生の提案には、好きに呼んでくれて構わないとの事だった。
「こんにちはHAL! アスマだよ、俺の事わかるか?」
『‥‥はろー、はろー』
 集まった学生の一人、アスマが『HAL』と呼びかけた『HALCO000』は、起動メッセージを繰り返すばかりだ。
 あの空間での記憶はリセットされてしまったのかもしれない。それは少し悲しいが、これから思い出を重ねていけば――。
『‥‥遺跡、遺跡。あなたが幸せになる遺跡、教えてほしいな』
 仮想空間での『アリス』のように笑ってはくれないが、彼女は間違いなく『仮想』から『現実』となったのだと。
 これからの奇想天外の日々を思えば、学生達の胸は高鳴らずにはいられないのだった。
 



 24

参加者

d.思い出せない? だから何?
モルタ・ヴェント(pa0012)
♀ 19歳 刃忍
d.俺は俺が楽しみたいんじゃァねぇ、楽しませたいんだ。
馬並京介(pa0036)
♂ 25歳 刃魅
サポート
a.…嫌な予感がするわね
ガブリエラ・ユレ(pa0050)
♀ 21歳 弾探
f.裁判は十分か。ふむ、ならば荒療治と行こう。
リュヌ・アカツキ(pa0057)
♂ 24歳 忍魅
z.俺たちのやり方で進むさ。
シグナ・ガントレット(pa0058)
♂ 19歳 弾知
a.俺も虫の相手だな。さて、色々と聞かせてもらおうか。(拳握り)
今井天(pa0066)
♂ 19歳 英探
d.よろしくお願いします。
ヴェイン・アルカディア(pa0074)
♂ 23歳 刃忍
f.出来る限りのことを。
羽乃森晴(pa0077)
♂ 19歳 英探
e.皆様、お茶の御代わりは如何でしょうか?
桜葉千歳(pa0088)
♀ 19歳 英弾
サポート
d.上手くまとまりませんけれど…(もやもやした思考を捕まえようとしつつ
メレディス・メイナード(pa0098)
♂ 20歳 探魅
d.……好きな物ばかりの牢獄ですか。
フロウティア・モリスン(pa0099)
♀ 20歳 忍知
e.悲しかった事を忘れたら、俺ってこんなに空っぽな人間だったんだね。
紅嵐斗(pa0102)
♂ 19歳 英忍
a.帰り道は分からんが……ま、何とかなんだろ
斧箭槍剣(pa0114)
♂ 20歳 刃乗
サポート
d.うーん、なんかこう…こうな…?(ろくろを回すような手つき)
ルシアン・グリフレット(pa0124)
♂ 21歳 英探
c.んじゃ、女王とバニーちゃんと戯れるとしますかね♪
大神隼人(pa0137)
♂ 21歳 刃忍
d.さぁて、この不当判決を覆してみせましょう!
シャムロック・クラナド(pa0160)
♀ 18歳 英探
a.はー…なーんだこりゃ…。取り合えず、虫を何とかしなきゃならねぇか…。
宍倉静(pa0201)
♂ 19歳 忍探
サポート
e.わたしはトランプ兵……。悲しいことなんかない方がいい……
ゲルト・ダール(pa0208)
♀ 21歳 知魅
e.ふぁ〜あ…紅茶のように〜…世界がとろけちゃうのが良いですね〜…zzz
バーニー・アルプ(pa0264)
♂ 24歳 忍探
c.あの時、リーザを助けられたのを無駄にしたくないんだ。頑張るよっ…!
イザベル・クロイツァー(pa0268)
♀ 20歳 弾忍
d.少々、言いたいことがありまして。
中藤冴香(pa0319)
♀ 24歳 探魅
d.うまく行くかはさておき、伝えたい事があります。
アイザック・ブライトン(pa0348)
♂ 26歳 探魅
e.えっと…?
リラ・ミルン(pa0389)
♀ 19歳 弾魅
b.ひたすら、鍵を開ければいいのね?……腕が鳴るわ。
エリーゼ・クレーデル(pa0404)
♀ 19歳 忍知
d.…それじゃダメだ。ダメな気がするんだよなぁ、理由は全然思い出せないけど
氷見侘助(pa0418)
♂ 21歳 弾知
b.あたしも鍵明けのお手伝い…っと
ヤスミナ・リベラ(pa0422)
♀ 21歳 忍魅
c.格の違いを見せてあげます。なんてね?
ルイ・ラルカンジュ(pa0432)
♂ 23歳 英魅
z.よろしくお願いします。
桜朏空(pa0437)
♂ 20歳 英探
f.僕らのアリス、君が望むなら…とでも言うと思ったか?
イリヤ・ヴォエヴォーダ(pa0440)
♂ 24歳 刃乗
f.助けにきたよ
エイプリル・レモン(pa0679)
♀ 26歳 探知
a.…虫は引き付ける。…奥へ行く人は、その隙に先へ進んでくれ。
明神刃(pa0953)
♂ 19歳 英刃
b.(宇宙人による地球侵略説を語りたがっている(ぉぃ))
天空院星(pa1054)
♀ 20歳 弾知
f.……助けますわ。
周立夏(pa1061)
♀ 22歳 忍魅
c.ん…まあ、人手、おおいほうが、よさそうだし…
氷見彩玻(pa1093)
♀ 22歳 刃探
a.うー、虫可愛くないけど、話は聞いてみないとだよねぇ。
アデライン・エルムズ(pa1094)
♀ 19歳 弾忍
d.君は何も分かってないんだね。そういうの、僕は好きだけど。
マティアス・リブラン(pa1168)
♂ 19歳 弾魅
サポート
z.薔薇は散る為に!
エルフ・プレシス(pa1173)
♀ 26歳 刃乗
d.その主張に、異議あり!!です!!(熱く人差し指を突き付けながら)
林秀玲(pa1187)
♀ 20歳 英魅
d.幸せに本物と偽物があるのか…それは誰にも分からない。
陳華龍(pa1190)
♂ 25歳 弾探
f.忘却の幸福は果たして幸福でしょうか?助けましょう、優しい夢を。
李蕾(pa1220)
♀ 22歳 探魅
c.それが命令とあらば…
斑鳩恭耶(pa1232)
♂ 26歳 刃忍
d.ぐぇーぐぇー…はっ、ワタシは正気に戻った!
比良賀ソラ(pa1234)
♀ 19歳 忍知
f.よっしゃー!れっつごー!
アスマ・スィーン(pa1281)
♀ 19歳 英忍