【PF03】赤い蠍の「頭」

担当畑下はるこ
タイプグランド 授業(島外)
舞台ロシア(Europa)
難度やや難しい
SLvB(アメリカ程度)
オプ
出発2017/12/29
結果大成功
MDPエイプリル・レモン(pa0679)
準MDP九曜光(pa0455)
リュヌ・アカツキ(pa0057)
ヴェロニカ・ラプシア(pa0222)
小林三代(pa0527)
アイザック・ブライトン(pa0348)
イザベル・クロイツァー(pa0268)
陳華龍(pa1190)
ディルク・ベルヴァルド(pa0112)

オープニング

◆頭を潰せ
 ――「赤い蠍」。
 それは世界の武器密輸に関わる、巨大な闇組織の名だ。
 UNICOの学生たちは『冬期特別演習』として、かの組織が関わる事件を次々と解決する。
 その過程で集めた情報を踏まえてローゼンナハトが調査を行ったところ、彼らは赤い蠍のボスらしい人物を特定することに成功した。
 ロシア有数の資産家、ユーリ・ガルロフ。

登場キャラ

リプレイ

◆セキュリティチェック
 闇のとばり、とはよくいったものだ。まるで黒いヴェールのように濃密な夜空が、山向こうから海の方まで美しく広がっている。
 ヴェールに穴を穿つ星々は寒風に瞬き、そこから降り注ぐ光は広大な雪原にぶつかって煌めきを散らす。
 見ているだけで寒そうな、それでいてどこか神々しさや神秘性を感じさせる光景。
 だが、その芸術的な美しさは怪盗たちにとって歓迎されるものではなかった。
「せめて雪が降っていればよかったんですけどね」
 タクシーから降りたリラ・ミルンの言葉は、白い吐息となって寒空へ上っていく。
 彼女の視線の先には雪原と、一部除雪された道。そしてその先にはユーリ・ガルロフがパーティーを開く、例の邸宅があった。
 邸宅周辺はただでさえ見通しのよい雪原なのに、空まで大層綺麗に晴れ渡っているとなると、いよいよもって身を隠す場所がない。
 平穏無事に脱出する展開になればいいが、ガルロフのパーティーをめちゃくちゃにして逃げ出すことになる可能性もある。そうした時、砦から背中を撃たれるだろうことは想像に難くない。
 流石は元要塞。攻めるも逃げるも、やりづらい。
「本当に」
 相槌を打ちながら、悠来紀うつつの身体は自然と、要塞とリラの間に滑り込んでいた。エスコートのために一歩前へ出たように見せて、その実いつでも庇えるように。
 守る――そう約束した。何があっても、エスコートする彼女に怪我などさせない。
 うつつの差し出した腕にリラのそれを絡め、2人は腕を組む。どこから見張られているか分からない。紳士淑女の顔で、ざくざくと雪を踏んでいく。
 邸宅を囲む塀を越え、やがて入り口に至ると、そこには丁度ボディチェックを終えたアルカ・アルジェントとパートナーの姿があった。
 チェックを行っていたのは男性2人、女性2人の黒服で、その佇まいは威圧感を感じさせる。こういった雰囲気は得意ではないのか、アルカのパートナー‥‥コネで呼んだエキストラ役者の美青年は、すっかり青い顔をしていた。
「さ、行きましょう」
 そんなパートナーの背中にアルカは至極さりげなく手を回し、黒服たちには見えないように支える。
「本当に厳重そうなチェック‥‥ですね」
 事前の話どおりだ。少し怖い気もするが‥‥大丈夫。
 アルカとパートナーが立っていた場所に、今度はリラとうつつが立つ。何も後ろ暗いことなどない――そう自分に言い聞かせれば、黒服に対して笑顔すら湧いた。

 厳重な関門は、時に怪盗たちを跳ね飛ばす。
「いってぇ!?」
「ったく、どこで嗅ぎ付けやがった!!」
 荒々しく雪原に突き飛ばされたのはシグナ・ガントレットエルフ・プレシス。彼らは新聞記者を装ってこの関門を突破しようとしたが、黒服たちは2人の侵入を断固として拒んだ。
 変装が悪いのではない。選んだ業種がまずかった。
 ここで行われるのは裏がある秘密のパーティー、ゲストは金持ちや重要人物ばかり。そうした催しに敢えて報道関係者を入れることもあるだろうが、今回の場合ガルロフはそうした選択を取らなかったようだ。
「しかしここに招待状が――」
「そうだな。実に素晴らしい。一体どうやって偽造した?」
「本物だって!」
「そうかい」
 黒服は聞く耳を持たないが、不審人物となってしまったシグナとエルフをどうこうする気もないようだ。あくまで壁となって2人を入れないことに徹しており、武器を手にする様子はない。
「これはプライベートなパーティーだ。取材目的で来たヤツを入れる訳にはいかん」
「‥‥」
「わかったら帰れ」
「仕方ないか‥‥大丈夫か?」
「問題ない、が‥‥」
 シグナに支えられ、立ち上がるエルフ。睨みをきかせる黒服に鋭い視線をぶつけ返し、2人は邸宅から充分に距離を取る。
「どうする?」
 エルフはもう一度MNで別の姿に変装し直すこともできるが、シグナの持って来たMNは変装後の姿が固定のものだ。それにもし別の姿になれたとしても、MNで変えられる体の大きさは限られているし、招待状も見せてしまった。もし再度失敗したなら警戒が強まり、自分たちだけでなく仲間たちまでも怪しまれる危険性がある。
「やめとこう。正面以外から入る奴もいるだろ?」
 最初から秘密裏の侵入を考えている者――エイプリル・レモン栄相サイスらがそれに当たるはずだった。シグナは彼女らと同行することを検討し、エルフはそれならと別の役割を担おうと決める。
「とりあえず、今は情報が増えるのを待とう」
 頷き合う2人。ただ、そこにはひとつの問題が横たわっていて――。
「寒いな」
 ロシアの雪原、しかも夜。
 かまくらでも作るか? 現実的なのは仲間の車に乗せてもらうことだろうか。
「風邪ひくなよ」
「勿論」
 どちらからともなく向かい合う。こういう時、恋人が隣にいるのはいいものだ。
 愛する人のおかげで目の前の壁に腐ることなく、奮起できるから。

◆ユーリ・ガルロフ
 きらめくシャンデリア、豪華絢爛な装飾に多様な料理。
 中世ヨーロッパを思わせる華やかなパーティーは、主催者であるユーリ・ガルロフの言葉から始まった。
「そろそろ時間ですな」
 文字どおりに私腹を肥やした高齢の男を思い浮かべていた者は、小さな驚きを抱えることになるだろう。ガルロフは整った髭を蓄えた、中肉中背のすらりとした壮年男性だった。大金を扱う者らしい威厳は感じられるが、そこに下卑た雰囲気はない。
(なんだか‥‥)
 栄相セイスは、どこか心細い気持ちでガルロフを眺める。
 大切な双子の片割れであるサイスがここにいない――それも不安の理由。だが、それだけではなくて。
(あの人‥‥怖い)
 ガルロフのギラついた瞳は、どこか空恐ろしい光を放っているように見える。まるで冬山で飢えた獣のような‥‥気を抜けば食われてしまいそうな、そんな光だ。
「軍時代によく見た目です」
 そばにいた集推スイホが、ぽつりと言い添えた。その光の正体を、スイホは知っている。自信、それに野心だ。
「‥‥はぁ」
 その光から軍時代が連想され、彼女はふっとため息をついた。
(『おともだち』の中に軍関係者もいるんでしょうね‥‥)
 或いは、この場でガルロフを見つめる客たちの中にもそうした人間が潜んでいるかもしれない。スイホが会場に入るために魅了した男も、もしかしたら。
 だが、それは考えても仕方のないこと。今回は客1人1人の素性まで洗いだすことはできない。ガルロフの尻尾を掴むことができれば、他の客の悪事も抑えることができるだろうから、いまは目先のことを考えよう。そう、目先の‥‥。
(スイヤと上官は大丈夫でしょうか‥‥怪我なんかしないといいですけど)
 別行動の仲間を思い、また溜息。
 スイホの心配は、どうやら尽きはしないようだ。

 ガルロフの挨拶は手短なものだった。小さなひな壇から彼が降りたのを皮切りに、スピーカーから穏やかな音楽が流れ始める。
 食べる者、踊る者、談笑する者‥‥それぞれがまるで普通のパーティーに来ているかのように自然と、それぞれの楽しみ方を見つけ始めた。紛れ込んだ怪盗たちもそれに準じ、それぞれの思惑で動きだす。
「お手をどうぞ」
 リュヌ・アカツキからのダンスの誘いを、サラ・ハサンはいつもの穏やかな笑顔で受ける。フロアに連れゆくリュヌが辿った軌跡で、サラのドレスが華やかに翻った。
「えっと‥‥私たちは‥‥‥‥どうしましょうか」
「そうですね‥‥」
 アデライン・エルムズの言葉に、メレディス・メイナードが思考する。
 メレディスの姿は、MNによって綺麗に覆い隠されていた。顔の模様や特徴的なオッドアイはすっかり隠れ、印象に残りづらい標準的な英国人の面差しになっている。
(ベイリー先生のように、場に馴染み、紛れる形で‥‥)
 そう意識したが故の装いは、なかなかに上手くいっているようだ。
 そしてアデラインもまた、いつもの快活さをパーティーらしい華やかな装いの中に押し込めていた。
「もしもの時は護るから‥‥あ、護りますわねっ」
 淑女らしく振る舞おうとする彼女が時折見せる、素の顔。それを微笑ましく見つめた後、メレディスは視線を周囲へと向ける。
「やあお嬢さん、よろしければ私と一曲いかがですか」
 そこには、色んな女性に声を掛けて回るドゥエイン・ハイアットの姿があった。
 ドゥエインのアプローチは、メレディスとは全く反対のものだ。パーティー参加者として敢えて悪目立ちし、注目を集める。パートナーであるはずの中藤冴香はといえば、やはり人目を引くような華やかな化粧と立ち居振る舞いで、初対面であろうパーティー参加者と世間話に興じている。
「おや残念、それではまた後で参ります」
 すげなく断られたらしく、笑って場を辞すドゥエイン。次なる相手を探す視線が、ふとメレディスとぶつかった。
「こんにちは、『初めまして』。何か御用で?」
「ああ、いえいえ‥‥随分と華やかなものですから、つい」
 お互いににこにこ微笑みながら近寄る。男2人の様子に気付いてか、冴香もまた近づいて来た。
 アデラインも含めて4人が至近距離に集まる。
「何か掴めました?」
「いや、俺は目を引く役だ。積極的に話を集めてはいない」
「わー、そのお化粧素敵だ‥‥ですね! とっても華やか~」
「色々と盛ってみました」
 男2人は声を落とし、代わりに女2人が声を張る。化粧の知識が充分にある2人はそのまま自然な流れで会話に花を咲かせ始めた。男2人は置いてけぼりにされた振りをして、着々と情報交換。
「煙草OKなんだな。喫煙所もなさそうだ」
 煙草の入ったポケットをポンと叩く。この分だと、いざという時に火災報知機を鳴らして混乱を招くことは難しそうだ。
 潜入班が見つかったらどうするか、始まったばかりのパーティーでそんなことをこっそり語り合う2人。そして話はもう少し至近‥‥つまり、どう情報を集めるかに戻っていく。
「そういえば」
 ふと、ドゥエインが零す。
「ガルロフのところに何人か集まっているのが見えた。何か掴むならそっちかもしれない」

◆対話
「まあ、素敵」
 メレディスとアデラインがさりげなく近づいた頃には、確かにガルロフはUNICOの学生たちに多く取り囲まれていた。中でも一番距離を詰めていたのはアルカで、ガルロフに肩を抱かせている。警戒心の強いであろう組織のボス相手に、この短時間でここまで距離を詰めたのは流石というべきか。
「ねぇ‥‥2人きりで踊りたいわ‥‥」
「光栄なことだ。だが、仕事の場で君だけを見る訳にはいかない。わかってくれ」
 だが、その甘い囁きでも最後の一線は崩せていないようだ。アルカの経験が告げる。これはとんでもない難敵だ、と。
「私たちを気にしてのことなら、どうぞお構いなく」
「とてもありがたい言葉ではありますが、そういうわけにはいきません」
 李蕾が言い添えても、鉄壁は崩れない。思わず隣のジェームズ・クレイトンを見つめれば、彼は造り物の笑顔で肩を竦めた。
 その横では、ルイ・ラルカンジュが息を吐く。
 ――ルイの目から見ても、アルカはよくやっている。迂闊なところもなく、ただ純粋な恋の駆け引きを持ち掛け、一定の成功を収めている。最後の一歩が通っていないだけだ。
 あれほど卓越した誘惑に耐えられるのは、ちらつかされた美酒よりも勝るものがある時だ。全てを失う恐怖か、固い信念か。
 更に今回の場合、魅力や技巧では越え難いハードルがひとつある。
 時間だ。
(いまじゃなくていい――と思ってるんですよね、相手は)
 怪盗たちにとっては、いまでなければならない。
 ガルロフにとっては、いまは大事な商談の席であり、外せない。
 噛み合わない要望が並び立つと、多くの場合で現状維持が勝る。両者が望まない限り、発展は難しいのだ。
(どうしようかな)
 ルイもガルロフにちょっかいをかけてみようかと思ってたが、仲間と張り合っても仕方ない。もう少し情報を集めた後、改めてガルロフを落としに来てもいいけれど。
(いまはそれより重要人物を誑し込むのがいいかも。なんてね、ちょっと大胆すぎかな?)
 さて、では客の素性が分からないこの場においての重要人物とは。
「――わかった。ああ。ああ、問題ない、それで」
 耳元のインカムに手を添え、何やら頷きを繰り返す背の高い男。
「ちょっといいですか?」
「‥‥ん? はい、何か」
 ルイが微笑みかけたのは――何と、黒服の1人だった。

◆情報収集
 ルイのようにガルロフ以外から攻める者たちもいた。
「美術品に興味がおありなんですか?」
「いや、私はそこまでは。絵の良し悪しは難しいからね」
 莫水鏡は、手近な客を捕まえて話を聞く。普段の彼女と口調が違うのは、相手がかなり年嵩の男性だからだ。水鏡の請け負った任務は有事の際のかく乱だが、怪しまれないためにも暇つぶしの会話は必要だった。
「ああいうのって、好きな人は好きだから。ほら、高値がつくだろう? お金みたいなものさ。第2の通貨というか」
 ――芸術品はマネーロンダリングの道具であって、美を求める者は恐らくこの場にはいない。
 それを感じ取って、水鏡は曖昧な笑みを返す。
「確かに。便利なものですね」
 羽乃森晴がフォローを入れると、男は機嫌よく頷いた。
「こういったパーティーは初めてで、勉強になります。次回もお会いできれば‥‥あの、お名前をお伺いしても?」
「ああ‥‥まあ、君たちになら教えても構わないかな」
 2人の出で立ち‥‥特に水鏡のブランドドレスを眺めた後、男は晴に向かって名刺を差し出した。
 偽名なのかもしれないが、不思議と晴にはその字面に見覚えがあった。恐らく、アナグラム。並べ替えると‥‥これは、ロシアの政治家か何かの名前になる気がする。
(‥‥ガルロフの『お友だち』捜索に役立つかもしれないな)
「生憎、名刺を忘れまして‥‥」
 適当な名前と電話番号を教えると、相手の男は満足げに笑う。
 それにしても、ただの客の1人が晴の知っているほどの知名度を持っているとは、ガルロフは余程強いコネクションを持っているらしい。
(随分と大物だが‥‥やるしかない)
 これから起きるかもしれない大立ち回りを思い、晴の背中に汗が伝った。

「では、パーティーに参加されるようになって長いんですね」
 スイホが探る相手は入り口付近で魅了したパートナーだ。恋人と来ていた金持ちの息子だが、丁度相手と喧嘩をした直後であり、スイホを新たな恋人候補と定めて乗り換えたのだ。
 自慢ばかりの相手に辟易するが、これも怪しまれずここにいるため。そして日常会話の中から相手の素性を知り、更にそこからガルロフの情報を探るためだ。
 非常に遠回しだが、いきなりアプローチして疑われては元も子もない。面倒に感じても、これが正道なのだと自分に言い聞かせる。
「素敵ですね。私、こうしたパーティーは久し振りで」
 優雅に微笑んでみせれば、彼は調子に乗ってなおも自慢を重ねる。
 ‥‥もうひとつ辟易することがあるとすれば。
 彼がなかなか、スイホを解放してくれないことだ。
「あの、私お手洗いに」
「なんだい。エスコートしようか、ハニー?」
「結構です!!」
 何とか振り切って会場を出て、お手洗いへ向かう。
 廊下を進み、お手洗いの扉を開けて‥‥。
「あら、失礼」
 すぐそこにいたのは、1人の優雅な女性。ぶつかりそうになったスイホは、慌てて頭を下げようとする。
「そういえば、これなんだけど」
 しかしそれを制して、女性はスイホの目の前に1枚のカードを差し出した。『ユーリの部屋は地下?』、一言書かれた文字を見てスイホは気づく。目の前の彼女は仲間だ、と。
 そういえば、仲間の中に変装術に長けた者が何人かいた。彼ら彼女らの姿を順に思い浮かべ、結論付ける。恐らく彼女は、小林三代だ。
「これ、外の方に届けて下さる?」
「そとの、かた‥‥はい」
 言われるままに廊下へ出て、辺りを見回す。すると廊下の角から、石動詩朗陳華龍が歩いて来た。
 まるで談笑するようにラフな仕草を見せていた2人は、スイホを見つけると笑顔で近づいて来る。
「お嬢さんは1人かい?」
「はい‥‥あの、これ」
 そっとカードを見せると、
「贈り物かな。こんなに熱烈なアピールを貰えて、嬉しく思う」
「ええ!?」
「しかし‥‥そうだな。答えを書かせてほしいが、ペンがない」
 困った素振りを見せながら、指のジェスチャーで了解した旨を伝える。
「そういえば、見たか?」
「何をです?」
「先ほど、黒服が2階に美術品を取りに行っていてね」
「見たがった者に披露するとかで、絵画やら彫刻やらを運んでいてな」
「キミも見たいなら、ガルロフのところへ急いだ方がいい」
 詩朗と華龍が交互に喋る。世間話の体裁を取りつつ、さりげなく情報を織り交ぜていることに、気付かないスイホではない。
「まあ、私も混ぜて下さらない?」
(――え!?)
 微笑みをたたえてお手洗いから出てきたのは、さっき中で見たのとは別の淑女だった。
「さっきはカードのお使いをありがとう。よかったら、これも使うかしら?」
 淑女はそう言って、スイホにペンを差し出す。その言葉でようやく、淑女が三代であることに確信が持てた。着替えたのだろうか?
(それにこの特徴的なドレス、パーティー会場で見たような)
 背中がざっくりと大胆に開いたドレスはとても美しいもので、スイホの記憶に残っていた。
 もしかして三代は、パーティー参加者のドレスを奪って成りすましている‥‥? それでパートナーを信頼させて、情報を得ているのか? 変装に絶対的な自信がないと取れない芸当だと、内心舌を巻く。
「カードはあなたの好きにしてちょうだい。私はこの方々と少し話していくわ」
「は、はい」
 スイホはカードを持って会場へ帰‥‥る前に、そっと情報を書き加える。
 ――『ユーリの部屋は地下?』『美術品は2F』。

◆情報の伝え方
「パーティー会場なんて私には似合わないなって‥‥」
「そんなことないわ。そのドレスだってとってもよく似合っているじゃない。あのブランドでしょ?」
「わかるんですか?」
 女性客と和気あいあい語り合うセイス。
「あの、すみません」
 そこへスイホがやってきて、話に混ざる。調子を合わせながら、後ろ手でセイスにカードとペンを握らせた。
 気付いたセイスは場を辞して、別の会話へ混ざりに行く。
「とても素敵な芸術を見せていただき、ありがとうございました。それでは後ほど‥‥」
 向かった先の相手は、ガルロフから美術品を見せて貰っていたリラとうつつ。恐らく黒服によって美術品が運び出されたのは、リラが上手くガルロフの自尊心をくすぐったからなのだろう。
「おっとっと」
 セイスはうっかり落としたフリをして、カードとペンをリラに拾ってもらう。
「――これ、落としましたよ。あ、そうそう」
 リラがサインでも書くように流麗に、カードへ文字を記入する。『美術品の最大サイズは1m程度』。
「ありがとうございます」
 受け取り直したセイスは、次はシヴ・ゲイルドッティルの下へ。彼女も先ほどまでガルロフと対話をしていた。「パートナーがすぐふらふらどこかに行っちゃって」、そんな愚痴が会話のとっかかりだ。尤もパートナーである詩朗が出歩いているのはシヴも承知の上の作戦であり、実際は嫌に思ったりはしていないのだけれど。
「私、こういう者です。仲良くしてください!」
 セイスが名刺のようにカードを差し出すと、シヴはにっこりと受け取った。
「ありがとう。すごくかわいいカードだね。特にこの‥‥ペン借りていい?」
 差し出されたペンを受け取ると、シヴは手短にペンを走らせた。
「ここのデザイン、すごくかわいい」
 誤魔化しの言葉を口にしながら書かれた言葉は、『黒服の詰め所は地下』
「これ、もらっていい?」
「はい!」
 笑顔のセイスからカードを預かったシヴは、きょろきょろと辺りを見回す。
 すると丁度出入口付近に、品の良い男性と連れ立って会場へ戻って来たルイがいて――‥‥。

 こうしてカードはぐるぐると巡り、その内書ききれなくなって枚数を増やしていった。一見名刺交換のようにも見えるカードのやりとりは、黒服に怪しまれることなく続いていく。ドゥエイン・冴香ペアなど、陽動班の動きが華やかだったこともカードから目を逸らせた理由のひとつだろう。
 ――『階段の上り下りを見るに、2F北方面か?』『美術品は風通しの良い壁際の部屋』『地下室は警戒心が強いため黒服多数』『トイレは各階にある』『廊下の黒服は10人』『←全員銃持ち単独行動』『←警棒も』『←通信はイヤホンマイク』『ガルロフはパソコン所有』『←デスクトップとノート』『ガルロフ着替えに地下へ←部屋は地下確定』‥‥。
 会話や仕草、黒服の動きなどから集められた情報は、数枚の小さな紙に集積されていく。
 そして、4回目にカードが戻って来た時、情報が増えていないことを確認すると、華龍はパートナーとして連れて来たマフィアの下っ端女性を引き連れ、近くの黒服へ声を掛けた。
「少し、いいだろうか」
「はい?」
「実は親族が倒れたらしいんだ。失礼なことで心苦しいのだが、帰宅を許してもらえないだろうか」
「それはそれは‥‥では、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「勿論だ。ガルロフ殿に宜しく伝えてくれ」
 買わない相手を縛り付ける必要はないとの判断なのだろう。すらすらと偽名と偽の立場を答えてやれば、黒服はあっさりと華龍たちを通し、その背中を恭しく見送った。
「本当に黙って酒飲んでれば報酬もらえるんだね。何あれ、ヤバいパーティー?」
 声が聞こえないくらい離れたところで、パートナーの軽口。華龍はすげなく答える。
「知らない方がいい」
 斯くして、華龍は会場を出ることができた――大量の情報が書き込まれたカードを持って。
 外で待っていた仲間たちはそれを受け取って‥‥後は、動くだけ。

◆証拠品捜索
 待機していた証拠品捜索班と美術品捜索班は、同時に動き出すこととなった。どちらかが発見された時に目を集め、もう片方の班から目を逸らさせるためだ。
 まるで決死隊のようだと、崎森瀧は苦く笑う。
 だが用心に用心を重ねることは必要であったと、彼らは後から安堵することとなる。

 証拠品捜索班が侵入したのは下水道だった。
 このルートを取った理由はいくつかある。
 まず、今はパーティー会場にいるドゥエインが、事前に周囲の消防隊員から情報を集めており、その中に『かなり大きな下水道がある』という話があったこと。エイプリルが周辺を調べてマンホールを幾つも見つけたこと。
 そして、邸宅に地下室があるらしいこと。これは三代が招待客の間を渡り歩いて手に入れた情報だ。
 招待客には存在そのものを秘された地下室。これはもう怪しいという他ない。だが、そんな場所に至る道は当然、厳重な警備が敷かれていると予想されるわけで。
「だったらここを進んだ方が当然、良い‥‥んだけどねー」
 顔をしかめるエイプリル。下水道なのだから、どうしてもイヤな臭いは付き纏う。
 仲間たちは、この悪臭を耐えられるだろうか? ぐるりと後ろを見回せば、シグナは涼しい顔。サイスはこくんと首を傾げ、瀧と集推スイヤもまた何事もないような表情で立っている。‥‥問題なさそうだ。
 きっとみんな、嫌ではあるんだろう。ただ、使命感とか信念とか、そういうものが嫌悪を凌駕しているだけで。
 実際、エイプリルにとってもそれは同じで。
(テロや戦争なんて、あっちゃいけないもの――)
 だから、武器商人など、放って置けるはずがない。
「いこっか」
 1歩を踏み出せば、後ろからついてくる沢山の靴音。
 頑張らなきゃ。疎らな音に励まされるように、エイプリルは足を進める。

◆美術品捜索
 証拠品捜索と同時に、美術品捜索班もまた動き出す。
 邸宅の外、冷えた夜空の下――そこに、蠢く影ひとつ。
 静謐の中で、微かに雪が動く音が響いた。野兎の動作音ほどの音量は、例え黒服の耳に届いたとしても自然音だと思われることだろう。
 密やかなのは音だけではない。わざと雪を張り付けたコートは、本来提供してくれる温かさの代わりに、着用者の姿を白い野原へと馴染ませていた。
(迅速に片を付けないと、動けなくなりそうね)
 雪を纏いし白き影――ヴェロニカ・ラプシアは、思考のとおり素早く塀へと取り付いた。‥‥石塀は氷のように冷たい。ロシアの冬は、人間如きの体力など容赦なく奪い去っていくだろう。迅速に行動しなければならない。
 邸宅の塀から低く頭を出し、黒服たちの巡回状況を確認する。人間には酷な寒さが原因だろう、常に外へ立ち続ける黒服はいない。まばらにいる者たちも、定期的に室内へと暖を取りに帰っているようだ。
 姿が消えたのを待ってヴェロニカが合図すると、まず彼女のミニオンズが駆けて来た。ヴェロニカの手を借りて塀をよじ登ると、後ろへ向けて縄梯子を垂らす。今井天、そしてフロウティア・モリスンも続いて駆け付け、それを用いて塀を乗り越えた。
 ミニオンズは梯子を丸めてすぐさま撤収、邸宅を背に駆けだす。反対に天とフロウティアは、邸宅の石壁に向けて足を進めた。グッ、グッと雪を踏み固める音を響かせながら、今度は邸宅の壁へ。
 石壁の色に紛れるように、ファントムワイヤーが揺れている。2人がそれを身体に巻くと、ワイヤーは自動で巻き上がった。
 2人の足先は雪から離れ、窓を越え、そして雪の積もった屋上の端を踏む。
「よーし、オッケー」
 ワイヤーの持ち主であるイザベル・クロイツァーが、登って来た2人に快活な笑顔を見せた。そして2人がワイヤーを外したのを確認し、今度はヴェロニカに向けてそれを垂らす。ほどなく、ヴェロニカも屋上へ降り立った。
「あそこから入って‥‥北だから、つまりあっちか」
 天が屋上入り口を指した後、足元をなぞるようにして方向を示す。パーティーに潜入した者たちからの情報を総合して導き出されたのが、北方向かつ壁沿いの部屋。つまり日差しがあまり差し込まず風通しもよい場所だった。
「美術品の扱いは分かっているようですが」
 しかし、丁寧な取り扱いは美への敬意からではない。
 それが金を生む物だからだ。
「マネーロンダリングに美術品を使うなど、無粋にも程があります」
「よくあることらしいけどねー」
「盗むにも良心の呵責を感じずに済みますね」
 ふっ、と話が途切れる。
「じゃあ‥‥行こう。ただし、より気を付けて」
 天が、仲間たちを促す。
 警備があまり外にはいない‥‥それはつまり、中にたくさんいる、と同義だ。慎重さを失ってはいけないと、天は考えていた、のだが。
「問題ないわ」
「中に入って身体が温まれば、処理は簡単」
 ヴェロニカ、そしてフロウティア。
 2人の美女から立ち上る夜気よりも冷たい空気に、天は肩を竦めた。

◆証拠捜索・覚悟
 下水道を進む間、エイプリルは八面六臂の活躍を見せた。
 分かれ道を先導し、電子錠を壊し、南京錠をこじ開け。時にはファントムガンで鍵ごと壊して。
 たかが下水道にはあまりにもそぐわない、厳重な警備。そして、それを凌駕するエイプリルの準備のよさ。よくもここまでを1人でやってのけると、感心したくなるほどの手際だ。
 そして一同は、最後の難関に差し掛かる。

 上に伸びる梯子。その高さからいって、間違いなく地下室のどこかに繋がってはいる。
 問題は梯子の天辺、つまり梯子の掛かった穴と地下室の床を隔てる鉄格子だった。
 押しても持ち上がらない。恐らく上からシンプルな、打ちかけ錠のような鍵が掛かっているのだろう。格子の目は細かく、手が入るほどの隙間はない。鍵そのものは見えないため、今までのように銃で壊したりピックでこじ開けたりは不可能だろう。
「これしかないかな‥‥」
 エイプリルが渋々取り出したのはテルミット――特殊爆薬だ。爆裂するのではなく、高熱を生み出す。金属ならかなりの大きさを融解させることができる。
 ただし、少々音と光が発生する。できれば金庫など、別の場所で使おうと思っていたものだ。
「入れなかったら元も子もない。使うしかない」
 シグナの後押し。その言葉は尤もで、エイプリルは意を決してスイッチを押した。
 放たれる、花火のような光を格子にあてる。どろどろに溶け落ちる金属を避けながら、少しずつ鉄に穴を開ける。
 やがてこぶし大の穴が開くと、冷めるのを待ってからそこに腕を突き入れ、錠を外した。壊れた格子を持ち上げ、顔を出すと‥‥そこは、男子トイレだった。
 穴から脱け出たエイプリルは素早くへ出入り口へ向かい、扉へ耳をつける。音はしない‥‥いや、どうか。
「任せて」
 小声で言うと、スイヤはエイプリルの隣で耳を澄ませる。すると彼女の耳には、こつこつと小さく規則正しい音が聞こえて来た。
「誰か来る」
「わかった」
 手短な会話で応じたのは、瀧。他の面々に隠れていろと手で合図し、自分は扉の裏に潜む。
 こつこつ音はすぐに大きくなり――やがて出入り口の扉が無造作に開かれた。
「――っ」
「んぐっ!?」
 ささやかな呼気の後、男性の呻き声。飛び出した瀧が、黒服の喉を打ったのだ。
 蹲る黒服。瀧はその身体を引き上げて、壁に押し付ける。
「ぐ、ふっ、ぐっ」
「一度しか聞かない。ガルロフの部屋を教えろ」
 口を押さえられながらも激しく咳込む黒服に、瀧は凄みを利かせる。だが黒服は尚も咳込みながら、首を微かに横へ振った。
 警備なのだから知らない筈はない。つまり、答える気がないのだ。
「なるほど」
 なら、時間を使わされるわけにはいかない。スイヤと2人がかりで黒服の上着とシャツを剥ぎ取り、それをロープ代わりに縛り上げる。暖房の利いた室内だ、上半身裸でも死にはしないだろう。
 ――さて。
「ここからは、荒事になる」
 掃除用具入れに黒服を入れると、瀧が仲間たちの方を振り返る。
 下水道を通るという選択をした以上、ガルロフの部屋に直接入れないことは分かっていた。自室に臭気の元を作る者はいない。
 そして、ガルロフの部屋の前には当然警備がいるだろう。その警備を一瞬で、それも全員を倒せなかったなら、すぐさま仲間を呼ばれることだろう。
 恐らく正面扉以外の侵入口はない。地下室なら窓もないだろう。換気口も人が入れるほどの大きさをしているとは思えない。
 つまり‥‥残る選択肢は強行突破のみだということだ。
「問題ない。もし騒ぎになったら、上に残ったエルフが上手いことやってくれる」
「一瞬で倒せばいいだけです」
「‥‥証拠品探しも‥‥すぐに澄ませてみせます」
 シグナ、スイヤ、サイス。すらすらと応じる彼らに、瀧は頷く。
 そして。
「私も頑張るから。やろう!」
 ファントムガンを構えたエイプリルの言葉に、彼らは大きく頷いた。

◆証拠捜索・ユーリの部屋
 先陣を切ったのは、光学迷彩によって姿を消したエイプリルだ。後ろから付いてくる仲間たちを確認しつつ廊下を直走る。
 案の定、ガルロフのものらしき部屋の前に警備が立っていた。黒服が4人、瀧たちが全員で掛かっても一瞬で倒すのは難しい人数だ。だが、今なら。
「っ!」
 呼気とともに、1人と突き飛ばす。周囲からは、いきなり1人が倒れたように見えただろう。当然、倒れた者へ注目が集まり‥‥そこへ、瀧たちが駆け込んでくる。
「何だお前――ガッ!?」
 誰何の声を遮るように、瀧の手のひらが黒服を打ち据える。
 エイプリルがファントムガンを威嚇射撃、怯んだすきにスイホと瀧が銃と手刀で初撃を食らわせる。だがそれでも、1人は元気な黒服が残る。
「侵入者! 侵入者だ!」
 インカムに向けて叫ぶ黒服。舌打ちしつつ、黒服を扉から引きはがすようにダーツを投げるスイホ。
 ――だが。
「おい、応答しろ! おい!?」
 黒服は何やら狼狽し始めた。
「何だかわからんが‥‥」
 黒服の眼前で、ひゅ、と空気を切る音。
「隙を見せた方が悪い」
 瀧の一撃によって、黒服はあえなく倒れた。

 これだけの騒ぎを起こして、今更音を気にする必要もない。ファントムガンで鍵を叩き割り、ガルロフの部屋へ浸入する。
 そこは、ひどくシンプルな場所だった。
 豪華な机、椅子。机の上にはデスクトップとノートの2種のパソコン。そしてその奥に‥‥金庫。
 一抱えほどもあるそれは、開けずに持ち帰るのは無理そうだった。
「私は外を警戒するね!」
 エイプリルの声にこくりと頷きを返し、サイスが金庫の鍵に取りかかる。その間にシグナがノートパソコンのケーブルを手早く外していった。パソコンを立ち上げて調べる時間はないだろう。デスクトップパソコンは諦め、ノートはそのまま持ち出すのがいいだろう。
 ‥‥と、思っていたのだが。
「なんでだろう。黒服、全然こないね‥‥」
 銃を構えたままぱちくりと瞬くエイプリル。おかげで難解な鍵にもゆっくりと取り組むことができているが――何故?
「開いた‥‥」
 ぽつりと、サイス。丁寧な作業に屈した金庫の扉は大きく開け放たれ、中の書類が引きずり出された。続けてサイスは、机の引き出しの鍵を手早く開く。
 困惑した様子のエイプリルに、見つかった書面が幾つか渡された。帳簿、内容はどれも決定的とは言い難いけれど、合わせれば証拠として使えるかもしれない。
 抽斗の底までごっそりと持ち上げれば、もう漁るものもなさそうだ。急いでガルロフの部屋を出て‥‥。
「待って、これ! 抽斗、何か違和感があるよ」
「あ‥‥」
 サイスも気づいた。そして持っていた書類を机に置くと、抽斗そのものを机から抜き取り裏返す。
「‥‥二重底」
 小さな鍵穴を開くと、そこには更に紙と本が入っていた。
 政治家や軍関係者らしきサインの入った、なにがしかの契約書。
 そして、本は隠し帳簿だろうか。主目的は脱税ではないから、いわゆるところの裏帳簿とは少し違うが。
「おい、来たぞ!」
 ――精査する時間はなかった。
 それらを抱え、4人は部屋を飛び出して、男子トイレへ直走る。
「いたぞ! 逃がすな!!」
「ひゃっ!?」
 廊下の向こうから鋭い声、そして破裂音の後、耳元にひゅんと風を切る音が響いた。
 銃弾が通り過ぎたのだ。肩口のファーが数本舞い散り、エイプリルは身体を固くする。
 けれど。決して、決して抱える証拠品を落としたりはしない。
「下水だ! 下水道固めろ!」
「!」
 黒服の言葉に、瀧とスイヤが立ち止まった。
「2人とも、何――」
「先に行け!!」
 2人は反転し、黒服たちへと向かっていく。
「時間を稼ぐ! 早く進め!」
 その言葉で理解する。
 彼ら2人は少しでも黒服の足を止めさせようとしている。エイプリルたちが逃げ出す時間を、伸ばそうとしているのだ。
「あー、これが『俺に任せて先に行け』ってやつか」
 シグナが肩を竦め、エイプリルとサイスを先導する。
「怪我、しないでね!」
 懸命に叫ぶと、エイプリルも返事を待たずに走り出す。
 シグナが穴へ飛び込み、サイスも続く。
「早くしろ!」
「うん、今――え」
 エイプリルが梯子に足を掛けた途端、ずるりと嫌な感触がする。
「わー!? ちょっ、きゃーーー!!?」
 梯子に身体を擦りつけるようにして、落下する。がつんと強烈なしりもちをついて、エイプリルの瞳に星が散った。
「い、いたたた‥‥!?」
「だ、大丈夫‥‥?」
「証拠、濡らしてないだろうな」
「ええっ!?」
 焦って腕の中を確認する。執念か、お尻は濡らしても抱きしめた紙は水滴ひとつ付いていなかった。
「‥‥大丈夫! ごめん、行こう!」
 少しでも濡れないように、紙束をファーコートの内側で抱え直す。
 邸宅に侵入した時に通ったルートと、外で見つけたマンホールの位置を懸命に頭へ浮かべて。
 ポンコツお姉ちゃんは、両の足でしっかりと立ち上がった。

◆美術品・運び出し
 美術品が仕舞われているとされる部屋までは、特に罠らしい罠もなかった。先ほど黒服も美術品を運び出したと聞く。日常的に出し入れするために、大掛かりな罠を設置することはできないのだろう。
 だがその分、警備の人間はしっかりといる。
 扉の左右を黒服が固めている。また丁度『囲』の字のように張り巡らされた廊下には、数人の黒服が巡回していた。
「厳重ですこと」
「な、」
 だが、そんな警備兵もヴェロニカに掛かれば一瞬だった。
 他の警備兵から見えない位置を探りだし、背を向けた瞬間の不意打ち。同時にフロウティアが、別の黒服を落としに掛かる。
 死なない程度の酸欠、或いは脳震盪によって意識を奪う。1人1人を隠したりする時間や労力はないために、落とした黒服は放置、その代わり短期決戦だ。
 扉前の2人も同様に落とし、扉に掛けられた鍵はフロウティアがピックで開ける。そうして入った美術品室は、いっそ質素な佇まいだった。
 棚に入れて布をかけ、綺麗に整頓された美術品。大きめの絵画から、手のひらサイズの彫刻まで。画風から、有名画家のものではないかとひと目で感じさせるような逸品もあった。
「さて、運び出しですが‥‥」
「これで!」
 みなまで言うなとばかりに、イザベルがスクリーンボックスを組み立て始める。1.6メートルほどだろうか、大きな木箱と化したそれに、美術品を詰めていく。売り飛ばすためにか、この部屋にはお誂え向きに緩衝材まで仕舞われていたため、短い時間でしっかりと梱包することができた。
 だが、ラッキーの後にはアンラッキーがやってくるもの。
「まずい」
 ヴェロニカが渋い声を出す。部屋の外で騒いでいる声が聞こえる。倒れている黒服に、別の黒服が気付いたのかもしれない。
 こちらには大荷物がある。仲間を呼ばれて、荷物を守りながら戦うのは難しい。
「急いで行こう」
「オッケー!」
 天とイザベル、フロウティア。3人でボックスを持ち上げ、ヴェロニカが扉を開いた。
「いたぞ!!」
 案の定、廊下には新たな黒服が現れている。
 1Fへの階段からは、黒服が詰めかけてくるに違いない。
 外壁に出入り口らしい出入り口はないし、窓にはまった鉄格子には勿論ボックスは通せない。
「屋上まで、運ぶしか」
 苦々しい天の言葉に従って、4人は屋上へ出た。

◆カボチャの馬車がお出迎え
「観念しろ!」
 屋上の端。銃を構えた3人の黒服に、怪盗たちは追い詰められていた。
「‥‥」
「‥‥」
 ボックスを降ろした怪盗たちと、ぴたりと銃口を向ける黒服。言葉もなく、睨み合う。
 だが、ぴく、とフロウティアの身体が動いた。
「?」
 不思議に思ってイザベルが隣を見ると、
「大丈夫――いま、聞こえました」
「聞こえた、って」
「カボチャの馬車の、車輪の音が」
「! そっか、来たんだ!」
 イザベルは嬉しそうに笑うと、いきなりスプレー缶を取り出した。
「何をする!?」
 当然黒服たちは驚き、発砲する。弾はイザベルを庇った天に吸い込まれ、彼の肩口に血の花を咲かせた。
 だが、それでも怪盗たちは黙ってはいない。
「――うわあっ!?」
 黒服が、落ち着いた佇まいを崩した。ヴェロニカのリボンが彼の足を襲ったからだ。フロウティアもまた黒服に突っ込み、鍵に偽装された短剣で腕を狙う。
 発砲と格闘。緊迫した命のやりとりがそれから2度、行われ。その間、イザベルは床にスプレーを吹き付け続けて。
「できた!」
「それでは、行ってください!」
「まかせろー!」
 イザベルはシェルバルーンを木箱から強引に剥ぎ取ると、スクリーンボックスを押しながら駆けだした。スプレー‥‥スライドワックスは充分にその効果を発揮し、ボックスと、それに手を付いたイザベルを滑らせる。
 彼女は大きなボックスに片手を付けながら、屋上の端から身を躍らせた。
「なっ!?」
「馬鹿な、この高さで落ちて、ただでは――!」
「いっけぇ!!」
 黒服たちの早口を聞きながら、イザベルは片手を伸ばす。その袖口からは、細いワイヤーが勢いよく飛び出した。
 ごくごく細い糸は星明りを移しながらまっすぐ、斜め下に飛び――下に停まっていたウニモビのクレーンに巻き付いた。
「うわっ、とっとー!?」
 支点を得たことで、振り子のように触れるイザベルとボックス。イザベルの手は、ワイヤーがクレーンに巻き付いた瞬間に両方ともボックスに添えられている。人間の体重をしっかりと支えることが可能なイザベルのグローブは、凄まじい揺れの最中でもしっかりとボックスにくっついていた。
 悲鳴をあげるワイヤー。振り子のように振られながらもウインチを巻けば、半ば強制的に揺れは小さくなっていく。
「随分荒っぽいことをするなぁー!」
 トラックの運転手、九曜光が運転席の扉を開けて大声を出す。
「箱の中のお姫様たちは大丈夫なのかーい?」
「大丈夫! がっちり詰めたから!」
「そうかー! じゃあ、急いで中へどうぞー!」
 クレーンがその角度を変えていくと、先端にくっついていたイザベルたちは丁度トラックの後ろに降りた。手早く幌を開き、ワイヤーの力を使って中へボックスを仕舞い込む。
「お前たち、何をしている!!」
 今度は1階出入り口から、黒服たちの声が響いた。
「早いなぁ」
「悪漢はこういう匂いには敏感なものだからものだから」
 ボックスをバルーンで覆い直しながら、唇を尖らせるイザベル。彼女をなだめるような言葉を口にしながら、光は薄く笑う。
「囚われの姫君をエスコートするのは、僕の役目だよ。残念ながら――」
 運転席を乱雑に閉じて。
「少し荒っぽくなってしまうけどね!!」
 ――足を思い切り、踏み込む!
 高速回転を始めたタイヤは白い礫を散らし、力強く前へ動きだした。柔らかいはずの雪も、悪路の走行に長けたこの車ならば踏み固めて進むことができる。
「車だ、車を早く!」
 どんどんと騒がしくなっていく1階出入り口を横目に、光たちは涼しい顔で邸宅を離れていった。

「さて」
 遠ざかっていくエンジン音を、艶やかな表情で見送るフロウティア。
 屋上に残された黒服たち。1人を覗いて銃を落とし、睨み合っている。
「お前たち、ただではおかないぞ。すぐに殺してやる!」
「そんなことが――」
「できるとでも?」
 悠然と笑う女性2人を、止血しながら見守る天。
 何故、2人にこんなに余裕があるのか。
 それは――。
「応答せよ! 応答せよ!! クソッ、何故だ!」
 拳を固く握って、黒服は叫ぶ。
「何故、通信が繋がらない!?」

◆転機
 時は僅かに遡る。それは丁度イザベルたちが美術品を詰め込み始めた頃――そしてエイプリルたちがガルロフの部屋へ辿り着いた頃であり、ダンスを終えたリュヌがサラの手を引いて壁際に移動している最中でもあった。
 彼の優れた耳はひとつの異変を捉えていた。
(黒服たちが慌ただしい)
 さざ波のように微かな、それでいて確かに水面を揺らす波紋。彼らはなにがしかの出来事に動揺しているようだった。
 もう少し意識的に耳を澄ます。彼の耳は微かな音の波を丁寧に捉え‥‥。
 そして。
「――サラさん」
「はい」
 名を呼ばれた彼女は、委細を承知しているとばかりに小さく頷いた。
 リュヌは置いていた自分の荷物からバイオリンを取り出し、ざわついた黒服の目の前で、周囲の客に声を掛ける。
「踊り疲れた頃でしょう。よければ耳を貸してもらえませんか?」
「ふふ、リュヌさんの曲を聴けるなんて嬉しいです」
 やや突然な申し出だが、サラが素知らぬフリで肯定的な空気を作れば強く反対する者もいない。
 リュヌは早速、弦を強く震わせる。大胆な入りに客たちは演奏に引き込まれ‥‥近くの黒服とともに、徐々に上の空になっていく。バイオリンに備えられた、催眠効果が発揮されたのだ。
(これで少しの間、時間が稼げる)
 違和感を与えすぎないよう、相応に美しい演奏をこなしながら、リュヌは時間が過ぎるのを待つ。

 だが、やがて波紋は大きくなっていく。
 バイオリンによる催眠の効果も時間とともに消えていき、我に返る者も増えて来た。
(潮時か?)
 手品で注目を集めながらも、
 微かに届いたその音を、果たして何人が聞き取れただろうか。
「外で異音が」
 黒服たちの声量が増す。窓に寄った黒服は、静かながらも迅速に外へ向かって駆け始めた。

◆呪い
 談笑は続いていた。怪しまれない程度に近づいたり遠のいたりを繰り返しながら、怪盗たちはガルロフと接触していく。
 しかし、転機は突然が訪れた。黒服の1人が焦りを滲ませながら、ガルロフに何事か耳打ちをしたのだ。ガルロフは片眉を跳ね上げ、黒服の語る内容を聞き――。
「すみませんが、少々失礼を――」
「そういえば、また怪盗が出たそうですね」
 立ち去ろうとするガルロフの仕草に気付かないふりをして、アイザック・ブライトンが『最近』『ロシアで』敢えて言葉の修飾を減らし、いま正に怪盗がいるともとれるように語る。
「‥‥ほう」
 その内心は、揺れたか否か。ガルロフは、穏やかな面相を保っている
 ‥‥もう少し、押すべきか?
 明神小夜へちらりと視線を走らせる。
「あの」
 すると、小夜は素早く口を開く。さも、いま思い出したばかりだというような口調で、彼女はこう言った。
「さっき廊下に出た時、『黒服の人』が仮面をつけた子と何か話してるのを見たんです」
「仮面の?」
「はい。別に仮面舞踏会ってわけじゃないので、少し変だなと」
「なるほど、これは不安にさせて申し訳ございません」
 ガルロフはそっと頭を下げる。
「耳ざとい貴方がたなら既にお聞き及びのことと思いますが、確かに『先日』、ロシアに怪盗が現れております」
(――なるほど)
 あくまでこの会場に怪盗はいないと、そう印象づけるつもりらしい。
 ガルロフにとってパーティーの来賓は等しく上客になる可能性を秘めた者たちだ。アイザックらにも一般的な商売相手にするように、あくまで慇懃に、そして親切に振る舞おうとしているのだろう。
「会場の警備は万全です。ご安心ください」
 笑顔で繰り返すガルロフ。
「素晴らしい。自信がおありなのですね。ですが、私は怪盗が出たなら会ってみたいのです」
 アイザックがなおも話しかけ、ガルロフを引き止める。かの大物も、少し苛立った様子を見せ始めた。
 そしてエドワード・カーライルも動く。ガルロフに近づこうとする別の黒服を見つけ、それに話しかけて足を止めさせる。
「すみません、お手洗いはどちらに?」
「お手洗いでしたら扉を出て――」
 警備の者ですら客を無下にできないのは、商売人に雇われているからなのだろうか。
 体面が、この瀬戸際に至ってガルロフを苦しめ始めていた。

◆火蓋
 黒服たちが俄かに慌ただしくなった理由。
 それは捜索中の2つ班の動向ではなく、桜葉千歳の行動によるものだった。
「出番がなければそれに越したことはなかったんですが――!」
 千歳の手にした弓から、ぎりりと木のしなる音。指の向く先にはガルロフの邸宅、引き絞られた矢の先端にはまるで重石のように揺れる焼夷火薬。
 そして彼女の横、少し離れた位置には、ぱちぱちと黒煙を上げ始めた細木がある。黒服たちの聞きつけた異音の正体は、彼女が燃した木が爆ぜる音だったのだ。
 ヴァネッサ・ハートが「やっていいって」と呟いたのは、つい先ほどのことだ。通信手段を持たない千歳の代わりに、邸内や周辺の仲間たちの動向を知る目となり耳となったヴァネッサ。
 いざという時に備え外で待機していた者たちは、証拠品捜索のシグナ、美術品捜索の天の両方から、「そろそろ見つかりそうだ」と連絡を受けていた。更に、パーティー会場内の蕾からも、万年筆型盗聴器をとんと1回叩く音――気を引くべきだという合図――を受け取っていた。
 それらを総合して、待機組は荒々しい手段に打って出ることを決断したのだ。千歳がいの一番に動いたのは、『先んずれば人を制す』という彼女の信条に理由があるようだ。
 木から上がるこの焔と、それによる黒服たちのざわめきは、監視の目が厳しい邸内の仲間たちにも潮目の変化を伝えるだろう。
 ついでにあと一押し、この矢を射れば。
「っ」
 ばちん。
 違和感のある音に、ヴァネッサは驚いて顔をあげた。矢はうねって飛び、邸宅よりも大分手前の雪原に落ちた。ほんの小さな火が上がり、すぐに消えていく。
「手がかじかんでしまって」
 困ったように笑う千歳。ロシアの雪原の寒さは、彼女の指から繊細な感覚を奪っていた。
「大丈夫よ。手を温めて、もう一度ゆっくり射って。そうしたらさっさと行きましょう」
 近くに熱源もあるし。そう言ってヴァネッサが燃える細木を視線で指す。どこかブラックジョークめいた話に、千歳は小さく笑った。
「どうせ、すぐには外にも来られないだろうからね」
 ヴァネッサの言葉を証明するように、邸宅から零れていた光がふっと消えた。

◆かく乱
 邸宅の光を消したのは、アデラインの持つ洋傘。それは巧妙に偽装されたライフル銃であり、ボディチェック程度では見抜けない精巧な代物だ。
 放たれた銃弾はシャンデリアを撃ち抜き、光を少し減じさせる――だけのつもりだった。
「なっ、なんで!?」
 アデラインの予想に反して、いまやパーティー会場の灯りは全てが消え去っている。
 窓から差す月明かり、テーブルの上の蝋燭。揺らめくそれらのみが光源となり、客の間へ一気に動揺が広がった。
 そして、客たちはいつしか気づく。
 窓の外に、月明かりとは別の――橙色の光が見えることに。
「か、火事だ!!」
 誰かが叫んだ。それは千歳が2度目に放った矢が、無事に邸宅の壁に着弾したことを意味する。石壁の元要塞で火事など起こりようもないが、そんな冷静さは実際に窓際で揺れる炎を見ればすっ飛んで行くことだろう。
 会場は優雅な雰囲気から一転、ハチの巣を突いたような大騒ぎになった。
「逃げろ! こっちだ!」
 リュヌの声が、喧噪の隙間を縫って鮮烈に響く。
「ま、待ってください皆さん。火事など起きません」
「実際に燃えてるじゃない!」
 ガルロフの言葉には、水鏡がすかさず反論を叩き付けた。騒ぎは急速に大きくなっていき、やがてガルロフの声も届かなくなる。
「くそっ、おい何をしている。早く――」
 1人では無理だと判断したガルロフは、黒服にも沈静化を手伝わせようとして、
「――」
 寸時、口ごもる。
 一瞬の躊躇い。――『この黒服は、本当に自分の部下か?』
『失礼。確か貴方も怪盗の被害に遭われてましたね』
『‥‥信頼できる部下、何人居ます? そんなにたくさん? 羨ましい限りです』
 雑談に偽装されたアイザックの呪いが、ガルロフの口から言葉を奪った。
 それは一瞬のこと。
 だがその一瞬が、致命的な遅れとなった。
「早く!」
「逃げてください!」
 扇動者たちの声が響く。
「待て、ゲストを勝手に動かさせるな!!」
 ガルロフの命に忠実に従い、黒服たちが謎の扇動者を止めようと動き出す。
 しかし、もう遅い。
 一度大きな流れができてしまえば、それを止めるのは至難の業。指示自体に正当性もあるのだから、尚更だ。
「お待ちください、まずはこの場に留まり――」
「馬鹿なこと言わないで! 火事に巻き込ませて死なせる気!?」
 黒服が止めようとしたドレスの女性はヒステリックに叫び、スカートをたくし上げて駆けだす。
「慌ててはいけません、順次出口へまいりましょう」
 それを、ごく自然な形でサラが助長する。
 雪崩るように出口へ走る客、それを止めようとする黒服、黒服に詰め寄る客。
 混乱は頂点を極め、座り込んでしまう者まで現れて‥‥。

『うーん、もう少し時間を稼ぎたいですよねー』
 そんな大混乱の最中にいる蕾のAiフォンには、呑気な声が響いた。ステラ・ワードの声だ。
 誰かに縋るためか、はたまた助けを呼ぶためか、電話を掛ける者も多くいた。こうなってしまえば、最早電話を使っていても怪しまれはしないだろう。
「そうですね、いま会場が空になったら潜入した人たちが危ないと思いますから」
 いま、客は出入り口で詰まっている。数人は既にこぼれるように外へ抜け出している様で、このままではすぐに会場はもぬけの空になってしまうだろう。
 混乱は、長く続くべきだ。
『わかりましたー! ステラサンタ行動開始なのですー』
 バラバラバラバラ、パーン。
『ジングルベールジングルベール、ステラサンタからクリスマスプレゼントなのですよー! てへペロ☆』
 けたたましい音と、破裂音。そしてAiフォンの向こうから陽気な声。
 どうやら音から察するに、ステラはヘリコプターで邸宅の上空を飛び、眼下に向けて銃を撃ったらしい。次いで情けない男の悲鳴が響き、それは徐々に近づいて来た。恐らく外に逃げ出た男の客が、撃たれて怖くなって戻って来たのだろう。もちろん威嚇射撃だろうが。
 パーン。パーン。パーン。
 不規則に繰り返される破裂音に、鬼気迫る表情だった客たちに今度は戸惑いが広がっていった。中は火事、外は銃撃。どちらに向かえばいいのかと足は停滞し、迷い始める。
「これで、また時間が稼げますね」
 あと、どれくらいか。
 祈るような気持ちで、蕾はAiフォンに表示されている時計を眺めた。

 暫く続いた混乱だったが、やがて大きな変化が訪れた。
 邸宅の玄関口で、依然ごった返している客を押しのけるようにして、黒服たちが外へわらわらと出ていくのだ。
「水鏡、行こう!」
 彼女の背中を叩きながら、小声で促す晴。
 黒服と同じように客を退け、走り出す。あれだけバラバラとうるさかったヘリコプターは、いまは遠くの夜空で小さな姿を見せていた。弾が尽きたか、それとも十分おちょくったとの判断か。
 黒服たちは雪原で散会し、それぞれ数人がかりで定点を確認している。ピンときた晴は、すぐさま下水道へ行ったという証拠品捜索班のシグナへ電話を掛けた。
「今どのあたりにいますか?」
 エイプリルと2言3言喋り、シグナは答える。
「邸宅の東側のマンホールに向かって――」
「そこはダメです、黒服が抑えている」
 焦りとともに考えを巡らせる晴。黒服は恐らく近隣のマンホールを全て押さえている。1か所でいい、奪い返せる場所は‥‥。
「塀の内側、南のマンホールに来てくれ!」

◆脱出
 それは玄関口のすぐ近くだった。
「もう外の危険は去ったみたいです!」
 まことしやかな内容を告げる大声が、混乱する客たちを外へじりじり押しやっていく。その混乱に乗じて、何人かの怪盗が外へ飛び出した。
 邸宅の外、塀の内側。その隙間にたったひとつだけ存在するマンホール。そこに集まる数名の黒服の下へ、突然ネズミが襲い掛かった。
 それは晴のドロイドだった。驚き気を取られたところを、水鏡が不意打ちで攻撃する。
「ぐっ!」
 すぐさま銃を構えるも、黒服はそれを取り落とした。
 黒服の銃を落下させたのはのは、ルイの投げたカードだ。だが、かの美しき巻き毛の青年は、華やかな装いの客に紛れて見つけられない。
 すかさず水鏡は黒服を雪の積もる大地に引き倒し、動けなくさせる。
 その時だった。
 ごん、ごんとマンホールの蓋が激しく揺れ、やがて大きく跳ねあがる。蓋はすぐに落ちて傍の雪に埋もれ、空いた穴からは‥‥。
「お待たせ!」
 すっかり髪を乱したエイプリルたちが、その姿を見せた。
「よし。行くぞ!!」
 彼女たちを引っ張り上げ、荷物を分配したなら、もうこの邸宅に用はない。
「もう銃撃のヘリはいない! 外に出るんだ!!」
 更にダメ押し。
 客と、それに紛れた怪盗たちは、1人、また1人と外へ転げ出ていく。他のマンホールに集まっていた黒服たちは邸宅付近の動向が理解できず、ばらばらと逃げ出す者たちを言葉で諌めるのみ。
 エイプリルもまた、雪原に向けて勢いよく足を踏み出した。
「よーし、任務達成――」

「待て!!」

 一際大きな声と、銃声。
 瞬間、エイプリルの右腕がカッと熱を持った。
 ――撃たれた。力を失い垂れ下がる右腕。それでも堪え、何とか抱えた荷物は取り落とさない。
 振り向けば、そこにいたのは‥‥ユーリ・ガルロフだった。
「行かせはせん。その書類は置いていけ」
 客たちによる悲鳴やどよめき。ただ、先ほどまでよりどこか冷静なのは、相次ぐパニックにマヒしたか、それとも元よりガルロフという男を――人殺しの道具を売る人間の残虐性をわかっているからか。
 より戸惑ったのは、怪盗たちの方だったのかもしれない。この場合、どうしたらいい? 表立ってエイプリルの味方をするべきか、それとも策を講じるべきか――。
「お前たちに何がわかる?」
 だが答えが出る前に、ガルロフの方が口を開いた。
「祖国が崩壊して、真面目に働いても給料を貰えず、店にはロクに物が並んでいない‥‥そんなクソのような状況で、私は生き延びるために最大限努力したのだ! 倉庫に眠っている品を欲しがっている者の手に渡すことでな!」
 煙の揺らめく銃口を突き出す、ガルロフ。
 彼の瞳は、この期に及んでギラギラと光を増す。サイスが怯えた、野心の光だ。
「私の商売のお陰で飢え死にしなくて済んだ者は大勢いる。私の商品のお陰で自分の命を救った者も大勢いる。何が悪い!」
 おためごかしではない。そう信じて、胸を張って言葉を紡いでいる。だから瞳は光り、周囲を圧倒する。
 けれど。
「――私はテロや戦争を憎む」
 ぽつ、とエイプリルが呟いた。
「他の方法はなかったのか、なんていうのは綺麗ごとだよね。生きるには手段を選んでられないこともある。でも」
 書類を抱きしめる腕に力が入る。
「それでも私はきみを許さない」
 ガルロフには見えていない。否、きっと敢えて見ていないのだ。
 自分が売った商品で、何人が死んだのか。
 生きるため。自分を守るため。それそのものは責められるべきことではない。けれど――だからといって、行った悪事が正当化されていいはずもない。
「悪いと知りながら争いを招く武器を売ってる。誰かを生かすために誰かを殺すことを当然にしてる」
 その行為が悪だと――裁かれて然るべき行いで、秩序を乱すと知って尚、ガルロフはやっているのだから。
「きみは、犯罪者なんだ」
 ガルロフは何か言おうとして口を開き‥‥やがてそれを、笑みの形に歪めた。
「私を倒しても、無駄だ。他の何者かがこの商売に手を染める。兵器は作られ続けるし、戦争は無くならない‥‥」
「だったら」
 ――エイプリルの憎む、不条理な命の奪い合いが潰えるまで。
「何度だって捕まえるよ」
 それが、最後の言葉。
 エイプリルはガルロフに背を向け、走り出す。
「撃て!」
 容赦なく叫びながら、ガルロフもまた引鉄に掛けた指へ力を込める。
 だが、銃が火を噴く前に。
「退くんだ!!」
「うわっ!!?」
 突如横合いから現れた巨大なエンジン音。雪を散らし、容赦なく突っ込んでくるオフロードバイクを前にして、ガルロフと黒服は一歩下がらざるを得なくなる。
「やらせはしない。彼女たちは私が守り抜く!」
 大きなバイクを駆る美女。その正体は、エルフだ。バイクはガルロフのいた場所を少し通り過ぎると、騎士の礼服を思わせる清浄な衣装を翻らせてターンする。ほとんど速度を落とさずにもう一度ガルロフたちへ突進する。
 怒号とともに何発もの銃声が聞こえた。真正面、いままさに突撃している先の相手から放たれた弾丸に、エルフの端正な顔へ赤い筋が生まれる。
 それでも彼女は速度を緩めることはない。本気でぶつかるつもりで体重を前に掛ける。
 そして寸でのところで彼らが避けたことを確認すると‥‥彼女はハンドルを雪原へ向けた。
「‥‥くそっ!」
 ガルロフが、忌々し気に銃を放り捨てる。
 2度の突進。その間にエイプリルたち、そして残った怪盗たちは散会していた。
「赤い蠍も、これで終わりだ」
 そしてエルフも小さな呟きを残して、白くけぶる野原の向こうに消えていった。

◆余談
 帰りの飛行機の中。
 偶然隣席になったエイプリルに、ディルク・ベルヴァルドは捕まっていた。
「聞いたよ、あれってきみの功績だったんだってね!」
「‥‥う、うん」
 逃げ場のない席でのおしゃべりに、ディルクは戸惑いながら受け答えする。
 『あれ』とはつまり、邸宅で起こった電気系統のトラブルのことだ。
 雪の降る地域において、ライフラインは地下にある。下水道含む水道施設もそうだし、電気系統の線もそうだ。そのためディルクは下水道とは別に地下に潜り、ライフラインの内の1つである電気に干渉していた。高めの電圧を断続的に流し、精密機器にゆっくりとダメージを重ねて行く。
 実は邸宅には警備室があり、監視カメラやマイクが至るところに隠されていた。
 だがそれらはディルクが与えたダメージにより調子を狂わせていた。そのため、怪盗たちの廊下での語らいも、潜入班の潜入も、見咎められることがなかったのだ。潜入班を追い詰めた黒服が通信に関して焦っていたのも、機器の大本が故障し通信が途絶していたからに他ならない。
 そしてパーティー会場の様子を耳で聞きながらタイミングを測り、アデラインが照明を撃ったのに合わせて非常に高い電圧を流し、全ての電気機器をショートさせた‥‥。
 もちろんこれらを行うには、高い技術と知識が必要だ。だからこそ、同じく電気機器に関する知識のあるエイプリルはとても感心していた。
「私ももう少しじっくりガルロフの情報を調べてみたかったんだけどなぁ」
 そして溜息。
 時間があるならノートパソコンを解析して、やってみたい悪戯があったのだ。
 ディルクにその内容を語って聞かせると、彼は何かを思い出したように自身のノートPCを開く。
「あの‥‥なら、これ。合間に色々してたら‥‥盗めちゃったんだ」
 彼はエイプリルに画面を見せて、こう言った。
「ガルロフの、口座情報」

◆顛末
 斯くして、証拠品と美術品はUNICOへ持ち帰られた。
 当然、持ち帰ったノートパソコンもじっくりと解析された。これそのものには決定的な内容はなかったものの、紙面の裏付けとなる情報は幾つも出てきた。全て合わせて、盤石な証拠が確保できたといえるだろう。
 となれば、後やることはひとつ。

「何だ、これは」
 突然の国際郵便に、可児丸ジュスタンは目を丸くした。
 不審に思いながら開けると、そこにはずらずらとガルロフの悪行が並べ立てられ、更にはその証拠となる書面の原本が同封されていた。コピーか? 偽造か? 疑ってみるが、きっと本物なのだろう、と彼の勘が告げていた。
 可児丸は渋面を作る。彼の知る限り、匿名でこんな重要書類をポンと送れる存在なんて――。
「また怪盗か!」
 手近なメモをぐしゃりと握りつぶし、可児丸は周囲の部下に向けて叫んだ。
「ユーリ・ガルロフを逮捕するため、動くぞ。準備急げ!!」

 その頃、ロシアでは小さな事件が起きていた。ヘミングウェイの『武器よさらば』が、ユーリ・ガルロフ名義で政治家や財界、教会などに大量に送り付けられたというのだ。
 丁度ガルロフの悪行が報道され始めたばかりであり、メディアは強烈な皮肉か、或いはガルロフが突然改心でもしたのかと、この一件を揶揄し、面白がった。ガルロフ自身がそんなものを購入した覚えはないと発言し、不思議な悪戯の真相はどんどんと謎に包まれていく。
 ――ロシアの人々は、知らない。
 その悪戯の奥には、1人の少女の真摯な祈りが籠められていることを。



 36

参加者

e.取り敢えず此方か。サラさんはパートナー、よろしく頼む
リュヌ・アカツキ(pa0057)
♂ 25歳 忍魅
c.上手く潜入出来れば良いんだけどな・・・
シグナ・ガントレット(pa0058)
♂ 19歳 弾知
a.楽しいパーティを始めるとするかァ!
石動詩朗(pa0059)
♂ 24歳 刃忍
d.皆の穴を埋めるように動くつもりだ。よろしくな。
今井天(pa0066)
♂ 19歳 英探
e.ああ、こちらこそ>水鏡
羽乃森晴(pa0077)
♂ 19歳 英探
e.私の仕事は出番が無い方が良いもしもの時の撤退支援の予定です
桜葉千歳(pa0088)
♀ 19歳 英弾
サポート
b.とりあえずこちらで…
メレディス・メイナード(pa0098)
♂ 20歳 探魅
d.美術品を捜索します。
フロウティア・モリスン(pa0099)
♀ 20歳 忍知
z.機器の破壊を…試みるよ……あと…出来るだけの…情報を…集めるよ……
ディルク・ベルヴァルド(pa0112)
♂ 22歳 乗知
e.晴くん、宜しくなのだよー
莫水鏡(pa0196)
♀ 19歳 忍魅
a.蠍の毒、タマシイごと飲み干してアゲル。
アルカ・アルジェント(pa0217)
♀ 23歳 弾魅
d.よろしく。
ヴェロニカ・ラプシア(pa0222)
♀ 20歳 英忍
d.帰るまでが怪盗だー!輸送方面頑張るよー!
イザベル・クロイツァー(pa0268)
♀ 20歳 弾忍
b.ありがとう。これで受付はパスし易くなる筈だ。>冴香部長
ドゥエイン・ハイアット(pa0275)
♂ 26歳 英弾
b.ええ、受付を越える事が、まず第一関門、でしょうから。>ドゥエインさん
中藤冴香(pa0319)
♀ 24歳 探魅
b.ここまで来たなら『頭』の顔を見に参りましょうか。
アイザック・ブライトン(pa0348)
♂ 26歳 探魅
サポート
a.さて、何が起こるか…
リラ・ミルン(pa0389)
♀ 19歳 弾魅
b.城内に潜入して「お金持ち」の一人になりすまして動き回りますね!
ルイ・ラルカンジュ(pa0432)
♂ 23歳 英魅
z.お宝を救出した紳士淑女の退場をエスコートさせて貰うよ。乗り心地はご容赦
九曜光(pa0455)
♀ 22歳 乗魅
b.出来る限り気付かれないようにするね!
栄相セイス(pa0459)
♀ 19歳 知魅
c.色々、捜索してくるね・・・。
栄相サイス(pa0460)
♀ 19歳 英探
a.パーティ内部で有力な支援者から情報を引き出してお知らせします。
小林三代(pa0527)
♀ 19歳 英魅
a.『約束』、だから……。
悠来紀うつつ(pa0653)
♂ 19歳 忍知
c.私がとるべき道は此しかない
エイプリル・レモン(pa0679)
♀ 26歳 探知
a.やってみるっきゃないね。
シヴ・ゲイルドッティル(pa1004)
♀ 25歳 知魅
c.証拠品発見と敵対応を。
集推スイヤ(pa1090)
♀ 19歳 英弾
a.とりあえず、パーティーには潜入する気でいます。
集推スイホ(pa1091)
♀ 20歳 英魅
b.メレディスと一緒にパーティー参加だよー! bの予定!
アデライン・エルムズ(pa1094)
♀ 19歳 弾忍
c.やってみるしかあるまい
エルフ・プレシス(pa1173)
♀ 26歳 刃乗
c.よろしくお願いします。
崎森瀧(pa1178)
♂ 24歳 英刃
a.私の眼からは逃げられんよ。
陳華龍(pa1190)
♂ 26歳 弾探
e.リュヌさん、よろしくお願いしますね。
サラ・ハサン(pa1214)
♀ 19歳 乗魅
b.夢に魅せましょう、語るは夢達の踊る輪舞…
李蕾(pa1220)
♀ 22歳 探魅
サポート
e.てへペロ☆
ステラ・ワード(pa1302)
♀ 19歳 弾乗