図書室学生会UNICOサマーフェス

花火大会【レポート】

UNICOサマーフェスで行われた花火大会のレポートです。
18/9/17



イントロダクション

●孤島
 タラップを降りると、熱気を孕んだ風に出迎えられた。

(……この風も13年ぶりか)

 潮風にとび色の髪を流して歩き出す。
 大西洋のド真ん中にぽつんと浮かぶ孤島、セルティックフルート島。
 幼い頃はとにかく島を出たかった。
 この島には何もない。自然と、古い街並みと、失敗した観光施設が墓標のように見えた。外の世界はどこも賑やかで、洗練された街並みを歩く人々は皆輝いているように見えた。

 ジュエリーデザイナーを志して島を飛び出し、学校を出て、ようやく店の片隅に作品を置いて貰えるようになったのが5年前。気に入って手に取ってくれるお客さんも増えてきた。仄かな自信が「私はやれる」って確信に変わって……それが少し落ち着いた時、ふと故郷の事を想った。
 あの小さな島は、今も変わらずにいるんだろうか。
 2年ぶりに実家に電話を入れると、母から思いがけないことを聞いた。

『――それがね、1年くらい前に警察の学校ができて、急に活気が出てきたのよ』

 学園祭に…他にも色々なイベントがあったわね。
 今度、そこの学生さんの主催で花火大会をやるみたいよ。

 私も島への恩返し…と、そんなたいそうな物ではない。一度外に出た私なら、昔の私よりも故郷のいいところをいくらでも見つけられる。そんな気持ちだった。
 スマホが機内モードだったのを思い出して解除する。

「……母さん? 着いたわ。……うん。それで、UNICOの学生さんと打ち合わせしてから帰るね。多分4時くらいになると思う。……ええ、また後で」

 5日後、その花火大会に合わせて花火をモチーフにしたジュエリー展をやる。
 主催するという学園の学生会に問い合わせると『ぜひ、お手伝いさせて下さい』と返事をもらった。国際警察の養成学校だけあって、宝石の警備にも詳しいらしい。
 これなら万が一怪盗に奪われる……なんてことも無いだろう。

(まだ、私の作品なんて盗んでくれないかもしれないけどね)

 スマホの画面から顔を上げた時、声がかかる。

「ダーナ・エイヴリングさんですね」

 引き込まれそうな翠玉の瞳だった。
 褐色の肌に真っ黒な髪の、落ち着いた雰囲気の女性だ。

「はっ……はい!」

 相手がグレーと臙脂の制服のようなものを着ていると気付いたのは、返事をした後だった。彼女の雰囲気が大人びていて『待ち合わせ相手の学生』だと分からなかったのだ。

「もしかしてあなたが……?」

「ええ、フロウティア・モリスン(pa0099)です。お待ちしていました」

「あ、どうも…今回はお世話に……」

 丁寧に挨拶された私の方が挙動不審になってしまう。すごいエリートだって聞いてたけど……やっぱり町の警察官とは全然違う。そして私の学生時代とも全然違う。

「では、こちらです」

 丁寧な所作で打ち合わせ場所へ案内するフロウティアの後について空港を出る。
 どうやら、この島では本当に何かが変わり始めているらしい。

18/9/17
準備

●叢の戦い
 空き地に軽トラックを横付けして運転席から降りる。目の前には好き放題に伸びた雑草の波。
 日差しを遮る麦わら帽子。ツナギ姿で首にはタオル。助手席には熱中症対策のドリンク。
 ナタク・ルシフェラーゼ(pa0155)は考えうる万全の準備をして、眼前の緑と向き合った。軽トラの荷台から草刈機を降ろす。これから空き地を占拠するこの相手を狩る……もとい、刈るのだ。

 交通委員会では、花火大会に向けて駐車場の整備を企画していた。
 土地の所有者との交渉はもう済ませてある。あとはこの空き地を『使える』ようにするだけだ。

 雑草の茎に刃を当てると、唸るような駆動音に高い金属音が混じる。倒れた草は集めて、軽トラの荷台に積んでいく。これで地表部の葉は片付くが、駐車場として利用するには大きな根は掘り起こして取り除かなきゃならないだろう。

(これ、干し草にして餌用に動物医療研究部に持っていけないかな)

 学園に戻ったら聞いてみよう。ただ捨ててしまうよりずっといいだろう。
 ナタクが軽トラの荷台に乾かした雑草の根までを積み終えた時には、太陽が水平線をオレンジ色に染め始めていた。


●キッチン
 ……飴を作るときは温度管理が大切らしい。

 学生寮の食堂のキッチン。
 廻環ゆめ(pa1420)は調理用の温度計の数値をじっと見ていた。
 屋台はまだ設営中だから……とかわりに紹介されたここは、人の気配がして少々居心地が悪い。……が、時折通りかかった講師が様子を見に来たり、飴細工を作った事のある学生がコツを教えてくれたり…おかげで失敗はなさそうだ。この学園には本当に様々な経験をした学生が集まっている。

 飴の原料がぐつぐつと煮詰まった所で鍋を火から上げ鍋底を水につける。じゅわっという音と共に、視界を塞ぐ真っ白な蒸気が立ち上った。
 冷めないうちにすくって『柴犬の型』に注ぐ。常温のまましばらく待てば、『一口サイズの豆柴飴』の完成だ。
 次に熱せられた飴を取り、棒の先端につける。専用のはさみを手に、胴体と首、尾、マズル、耳、と形作っていく。
 最初こそ未確認生物に近い物が出来上がったが、2度目、3度目と回数を重ねていくと、段々と柴犬とわかるようになってきた……ような気がする。
 ゆめが部長を務める柴犬会の屋台で出す、柴犬愛の詰まった『柴犬飴細工』だ。

(……変じゃないかな? ……あとで試食しよう)

 豆柴が固まるには、もう少し待たなければならない。
 窓の外を見ながら待っていると、ゆめの前に皿が差し出される。

「ハリアードッグマークIIの試作品です。いかがですか?」

 同じくキッチンで試作品づくりに励んでいた、アガーフィヤ・コスィフ(pa0970)だった。
 つやつやしたパンに挟まれた熱々のブラートヴルストから食欲をそそる香りが立ち上っている。ただでさえボリュームがありそうだったから、試食用に小さく分けられたものをゆめは貰った。
 ヴルストと一緒に挟まれたザワークラウトの酸味が味のアクセントになっている。
 アガーフィヤもまた、航空部の屋台で出すホットドックを試作していたらしい。

「…良かったら、あたしの飴も。全部は食べられないから」

 ゆめは、試作品の中でも一番可愛く出来た黒柴を選んで差し出す。
 普段は凛々しい雰囲気のアガーフィヤも、この時ばかりはころんとした愛らしい柴犬に目を細めたのだった。


 そこから少し離れた調理台では、おにぎりとサンドイッチが列をなしつつあった。具材は豚肉とほうれん草だ。どちらも疲労回復には欠かせない栄養素を含んでいる。
 アイザック・ブライトン(pa0348)は生活補助会として、作業中の学生に向けて軽食を作っていた。
 出来上がったおにぎりとサンドイッチをひとつずつラップに包んでいく。作業中の学生でも必要な食事がとれるようにとの配慮からだった。熱中症対策用のドリンクは既にペットボトルに詰められクーラーボックスの中だ。

「色々な国の学生がいますからね」

 文化の違いを考え、豚肉を鶏肉に置き換えた物にシールをつけて分けておく。
 後はこれを作業中の学生に配達するだけだ。


●山
 その部屋は静かだった。
 だからといって人がいないわけではない。

 ちくちくちくちくちくちく……………。

 針を使う音すら聞こえそうなUNICOの一室で、山岳部の部員たちはひたすらに戦っていた。

「どんだけ必要なんだよ!」

 ルシアン・グリフレット(pa0124)が思わず声を上げたのも無理はない。
 ぬいぐるみの縫製作業が始まって数時間。体力には自信のあるルシアンだったが、いまだ作業の終わりは見えてこない。
 「さすがに手伝います…」と参戦してくれた李蕾(pa1220)の協力がなければ、もっと早くまずいことになっていたかもしれない。その李蕾も、霞んだ眼を労るように時々眉間に指を当てている。
 検品担当の羽乃森晴(pa0077)がマスコットの山を見上げた。

「ええと……あと……どれぐらいだったかな」

 これもすべて、山岳部の屋台で行う『夏のポジート釣り』のためだった。ミニプールを水の代わりに満たすのは、今まさに縫っている『UNICOサマーフェス限定、サマーポジート』たち。これを参加者に釣って楽しんでもらう。

 そんな状況だったから、アデライン・エルムズ(pa1094)の差し入れは、まさに天の助けだった。おやつと飲み物を囲んで一息入れた後、再び部員たちはポジートの山を築くべく、それぞれの席に戻って手を動かし始める。

(サマーポジート可愛いー! でも縫い物できないので手伝えない…作るの頑張ってね…!)

 アデラインが心の中でそう言いながら隣を見ると、同じように部員たちを見守る姿がある。
 静かにおすわりをして見守る晴の飼い犬……柴犬のゴンスケもまた彼らの戦いを応援しているように見えた。


●警戒
 集中力を切らしてはいけない場所は他にもあった。

 港の一角にある倉庫群。打ち上げ前の花火を保管する倉庫の前では、監視のシフト分けを終えたアウラ・メルクーリ(pa908)が周囲に隙なく目を配っていた。
 危管委員会は危険物の管理を専門としている。夜空を彩る花火も、打ち上げる前には他の火薬や爆発物と何ら変わりはない。
 監視業務なら搬入業者にも分かりやすいよう制服のほうがいい……というアドバイスに基づいて学園の制服を着ている。さすがにマントは外したが、倉庫群が日陰でなければ暑さで危なかったかもしれない。鞄から出したドリンクを一口含み、人通りの少ない倉庫に視線を戻す。
 隣の倉庫の影から人影が現れたのはそんな折りだった。一瞬身構えたアウラだったが、UNICOの制服に気付いて警戒を緩める。

「倉庫におかしなものが運ばれていないか、確認にきましタ」

 会場の見回りを担当する学内警邏隊のエラ・ウォーカー(pa1057)だ。
 花火大会のさなかには、外部から物や人が入ってきやすい状況にある。花火に紛れ込ませて何者かが危険物を運び込んでいたとしてもおかしくはない。エラはそれを警戒して、運び込まれた花火の点検に来たのだった。

「悪さはさせないように、しっかり確認してきますヨ!」

「ええ、それじゃお願いね」

 アウラの了解を得てエラは倉庫内に入る。
 目についた箱の中を検めると、巨大な薄茶の球体が収まっていた。

「そいつは四尺玉だね」

 直径約120cm。上空では800mの花が開くという。
 ちょうど搬入作業の為に居合わせた花火師の説明に、エラはひととき目を輝かせて聞き入った。


●救護所
 道が屋台で埋まってしまう前に、ドクターカーは所定の位置に停車した。
 ドクターカーから外に出てきた栄相セイス(pa0459)は感嘆の声を上げる。

「わあ、広い会場!」

「花火大会楽しみ……でもここが使われることが無ければ良いな……」

 ドクターカーの入り口から顔を出した双子の姉、栄相サイス(pa0460)がセイスの言葉に答える。
 フリルをあしらった私服の上に白衣を羽織った姉妹は、一見見分けがつかないほどによく似ていた。

「うん。出来れば熱中症や怪我人さんが出ない方が嬉しいんだけどなー」

 衛生委員会では、部の備品であるドクターカーを拠点に『簡易救護所』を設置することにしていた。
 中に戻ると、鈴鳴雪花(pa2285)が箱の開封を始めている。セイスが数日前に雪花と相談して発注した医薬品だ。
 セイスとサイスもすぐに作業に加わった。

 雪花が出した機材はセイスが確認し、薬品はサイスが実際に使う時の配置を意識して並べていく。
 3人で手分けすると、作業はあっという間に終わった。

 周囲を取り巻く薬品を、雪花は診察椅子に座って確認する。
 ドクターカーには薬品全てを最初から棚に並べておくようなスペースはない。ただ、この状況で起こり得る症状や怪我の予測をつけることはできる。よく使うもの、緊急性が高いもの、使う可能性が高いもの……それらが全て、手に取りやすい場所にあるのを確認して雪花は満足そうに頷いた。

「必要なのは大体揃ったかしらね♪」

 3人は薬品の配置をもう一度頭に入れて、その日の仕事を終えた。


●案内所
 機材を電源につなぎチェックを始める。
 情報委員会が作った案内所は、運び込んだ機材で壁が埋め尽くされていた。その中に机と椅子を設置しマイクをセットする。
 キティ・ラップ(pa1077)は飲み物で喉を潤してから、すうっと息を吸い込んだ。

『マイクテストォ、マイクテストォ!』

 ビーチの数か所で、キティの声に気付いた学生が空を見上げた。

 (当日やるより、前日の方がええからね。…心配になって当日もやりそうやけど。)

 万が一の事が起こった時、広範囲に情報を伝えることのできる情報委員会のスピーカーは命綱になる。情報の混乱は、集団の混乱を引き起こす事にもつながるからだ。
 キティはディスプレイを確認し、テスト放送が流れなかったスピーカーが無いかチェックを始めた。


●屋台準備その1
 トンッ、テン、カーーン。
 のこぎりを引く音に木材を打ち込む音、金属パイプを通す音、学生たちの声……それらが入り混じったざわめきが、周囲を賑わせていた。
 屋台通りの設営予定地には、学生たちとその他の屋台の区画がロープで分けられていた。花火大会を控え、そこかしこで屋台の設営が着々と進みつつある。


 ステラ・ワード(pa1302)もその中の一人だ。制服姿で木槌を手に土台を打ち込む。

(はわわっ! 急いで屋台を作るのですよー!)

 周囲の屋台がぞくぞくと完成していくのを見ると、負けてられない。
 それでも焦りすぎは怪我の元だ。コツコツと屋台をくみ上げ、屋根を張り、売り台を並べた。

「が、頑張っているな。ステラ」

「あっ、エヴァさん。今完成しましたですよ!」

 現れたのは、ステラと同じ航空部のエヴァ・マルタン(pa0835)だ。
 抱えてきた『戦闘機ハリアーを模したハリボテ』を屋台の隣に設置し、ステラと手分けして屋台と機械の最終確認をする。どこにも不具合が無い事を確認して、エヴァは頷いた。

「あ、明日は…頑張らないとな…」

「がんばるですよー! てへペロ☆」

 一見すると緊張で思い詰めているようにも見えるエヴァの手を、ステラが無邪気に取って空に掲げる。


 重い機材を慎重にシートを敷いた地面に降ろした。
 ネクタイを外し首元を緩めた制服姿で、リュヌ・アカツキ(pa0057)は額の汗を拭う。今日も本当に暑い。
 バースポーツ部の出し物は、バーの雰囲気を体験できる『ダーツバー』の屋台だ。

「いい位置ね」

 お疲れさま、とリュヌの肩に手を置いてから、イルマ・アルバーニ(pa0239)はダーツのボードにゆがみが無いかチェックをする。そして箱を手に休憩中のリュヌの隣の椅子に腰掛けた。ダーツの一本一本を綺麗に磨き上げていく。

「後はダスティンが買ってきた物を並べたら完成ね」

「ええ、まず無事に帰ってこれるかどうかが問題ですが……」

 そうイルマに答えている間にリュヌのAiフォンが鳴る。
 まさか、と思って着信画面を確認すると、今話題に上っていた当の本人からだ。イルマに視線を送ると、どうぞ、というように手で促される。

『……あー……ごめんリュヌ、屋台……いやその前にステージどの辺りだっけ?』

「今入っている小道を引き返して屋台通りに戻って下さい。そこからホテルの見える方角に真っ直ぐです」

 的確すぎるナビを終え、リュヌは通話を切る。

「よく、ダスティンの位置が分かったわね」

「こんな事もあろうかと発信器をつけておいたんです」

 リュヌも身内の迷子レベルはよく分かっている。特に、祭りで似たような屋台が続く状況では、迷子にならないほうがおかしい。
 「ダスティンがステージから戻って来る時間は、多めに見積もっておきましょう」とイルマも苦笑しながら当日の店番スケジュールに一部手を加えたのだった。


●眼

(任務開始……)

 心の中で合図をひとつ、斑鳩恭耶(pa1232)こと『ヌル』は行動を開始する。
 目立たないように観光客を装った私服に身を包んで海水浴のパラソルとそれを縫って歩く人々の間を歩く。その流れるような動きと整った容貌からすると、もっと人目を引いても良いはずだ。しかし、周囲に紛れるように気配を隠しているおかげで誰も彼を注視する者はいなかった。
 査問委員会、そしてその任を引き受けたスパイ部にとって、人の多さはむしろ動きやすい状況だ。

 周囲に油断なく監視の目を送る恭耶が気付いた時には、避けようもなく足に軽い衝撃があった。前をよく見ていなかったうえ、気配を消した恭耶に気付かなかったのだろう。観光客と思しき水色のワンピースの少女が、ぽかんと砂浜に尻餅をついていた。

「……済まない、立てるか?」

 差し出された手にびくっと後ずさった少女は、砂を蹴散らし一目散に反対方向に駆けていく。その後姿を見送ってから、恭耶は仲間に連絡を取った。

「こちらヌル……現在のところ異常なし……」


「了解。コチラも……待って」

 仲間の通信に答えようとして、アルカ・アルジェント(pa0217)は屋台通り近くの砂浜の一点に目を留めた。
 ビーチの恭耶と同じようにアルカも目立たないワンピースに身を包み、一般客に紛れて屋台通りを見て回っていた。その所作や視線の運び方から相手の心理を読み取って犯罪の匂いをかぎ取ろうとしている。そのセンサーが、何かに触れた。

(アイツね…)

 ビーチに作られた砂の城に登って遊ぶ子供たち。それを屋台の影からちらちら盗み見ている男がいる。
 一般人には分からない、捜査官の部分で感じるざらついた感触。人を『視て』きたアルカだからこそ感じた違和感だった。

「妙な男がいるわ。要警戒リストに追加しておく」

 相手に気付かれないよう特徴を記録し、仲間へ情報を流しておく。

(私の目からは逃れられないわよ)


●リハーサル

「破!」

 劉文(pa0392)の踏み込んだ足がステージの床を震わせる。
 リハーサル相手となった大世宮典人(pa0940)が瞬き一つせずに、眼前で制止した文の拳を見る。お互いの力量を十分理解しているがゆえにできる技だ。拳狼会の演武は、リハーサルの軽い技の確認であっても十分に見応えがあった。
 ステージの下から拍手が響いた。バイクをステージ裏に停めたダスティン・ガーランド(pa1171)は差し入れの飲み物の袋をステージの端に置くと、自らも助走をつけてステージの上に軽々と飛び上がった。

「やってるな。当日もそんな感じで行くのか?」

「ああ。幾つか技を出してみたが、このステージの強度なら問題なかろう」

 文がそう言えば、典人もやってきてステージの感想を述べる。

「……横幅は想定以上にあるが、奥行きはそこまでない。……演武の途中で足を踏み外したくはないからな」

「そうか…。おっ? 奥の方からなら、地続きでステージに上がれそうだな」

 本番に向けてとある計画を立てているダスティンは、頭の中でタイミングと物の配置、動線を確認してからステージを降りる。

「もう戻るのか?」

「これからバーの買い出しだからな。……その前に」

 歩き去りかけて、ダスティンはステージに振り向いた。

「……ステージ近くに発信機付けといていいですか」

 差し入れの飲み物を手に、構わないが……と応じた文と典人にダスティンはあえて理由まで告げなかった。


●ライン引き
 草を綺麗に刈り取った空き地に、今日はヴェインも加わった。
 涼しい時間帯からライン引き作業を始める。

「こんな感じでどうかな」

 ナタクが持ってきたのは『Additional Parking』と書かれた看板だ。午前中はそれを立てていったん休憩にする。
 木陰に避難し、差し入れのドリンクに口をつけてようやく人心地ついた。ナタクとおにぎりをぱくつきながら、さんさんと日差しの注ぐ駐車場予定地を見る。

「ふう……暑いけど、いい花火大会にするために頑張らないとな」 

「しっかり作業して、早く涼しい所に避難できるように頑張らなきゃね?」

 くすくすと笑うナタクに同意して、ヴェインも良く冷えたタオルで頭を冷やす。
 この分なら午後には駐車場としての形が整うだろう。

 明日はポスターを貼った後、送迎バスの運行ルートを確認に行こう。


●屋台準備その2
 ショッピングモールの入り口には、花火大会のお知らせと、交通委員会の送迎バスのお知らせ、ジュエリー展のポスターが目立つように並んで貼り出されていた。


 ステージを出たその足で、ダスティンは買い出しに来ている。

(グラスはこれがいいな)

 いくつか並べたグラスは、バーの雰囲気を出すために小さめかつ手に馴染むものを選んだ。
 こういう行事は準備の時からワクワクしてくる。照明は大人っぽいものを買った。あとはカクテル用の酒類とツマミを買っていけばいい。
 買いそろえた物を積んで、ダスティンは『屋台の方角だと思しき方角』へバイクを走らせた。


 別の階では今井天(pa0066)がワゴンセールを覗いていた。
 ゲーム同好会では、部長の紅嵐斗(pa0102)や天の私物、ワゴンセールで購入したカードゲームやアナログゲームを景品として『射的屋台』を出店する。

「あっ、これコンポーネントぎっしりだな。ちょうどいいや」

 ワゴンの底からサルベージしたゲームの内容を確認して、天は既にいっぱいの買い物かごの上に雪崩を起こさないように乗せた。『駒がメタル製のボードゲーム』『やたら小道具がぎっちり入ったボードゲーム』は、部長嵐斗のリクエストだ。これらは射的のトラップとして設置するらしい。

「よし、これで十分だろ」

 買ったものに自分のコレクションを加え、屋台に引き返す。

 完成したゲーム同好会の屋台では、嵐斗がスポンジを弾にした銃を構え真剣に的を狙っていた。
 何といってもゲームを主体に活動する同好会が運営する屋台だ。威力が高すぎるのは危険。威力が低すぎて的に届かなかったり、絶妙な位置に当てても倒れないのも駄目。
 難易度調整はゲームを純粋に遊びやすくする準備として、絶対に必要なのだ。
 集中を保ったまま皿が空になるまで撃ち続け、ようやく嵐斗は天が帰ってきていたのに気付いた。

「……決して遊んでたわけじゃないからね?」

「わかってるって。楽しそうだったな!」

 かえって誤解させたような気もする。
 そんな嵐斗の苦悩も、次々に積み上げられる掘り出し物の山を前にすれば吹き飛んだ……かもしれない。


 部活が運営する射的屋台はもうひとつあった。
 射撃研究会が運営する、コルク銃を使った屋台だ。

「……こんな感じで良かったか」

 ユウキ・ヴァルトラウテ(pa1243)が買ってきた景品を袋から出していく。
 それを台に並べていくのは、航空部での作業を終えたステラだ。
 景品の買い出しに行くにあたって、ユウキは『普段射的屋が並べる景品』を調査していた。

『子供の客も多いからな。全部外したとしても、何かおまけがあるといいぞ。お菓子とかな』

(……ふむ。妙な副作用のないキャンディやクッキーが候補か)

 アドバイスに従いつつ、そこにUNICOらしい要素を加える。警察学校の購買で売られているお菓子。それでも一般人にはなかなかお目にかかれない代物だ。

「あー!」

 銃を点検するユウキの反対側で、的となる台にお菓子とおもちゃをせっせと並べていたステラが声を上げる。
 まるでドミノ倒しのようにお菓子の箱が倒れてくるのに気づいて、ユウキは指で遮ってその流れを止めた。

「ストッパーを噛ませておいた方がいいかもな」

「気を付けるです、てへペロ☆」



 屋台に置いたミニ扇風機の角度を調整し、晴が棒の先の茶柴をくるりと回す。

「いや、うまく出来てるじゃないか」

「……そうかな」

 扇風機の風が当たるように設置された保冷材の箱の上に、ゆめは柴犬の飴細工を並べていった。
 どの子も、表情も体格も、体の色つやも違う。数日間の修行の末の力作だった。

(味と形は期待しないで欲しいけど……)

 ふと、飴細工の仲間たちを見上げる晴の飼い犬、ゴンスケの姿に気付く。今しがた並べようとしていた柴犬の飴を、視界の中で横並びにしてみる。

(ころころした感じと……目が笑ってるところは似てるかな)


 紫から青にグラデーションしながら色が変化するランプは、この屋台にぴったりだった。
 夕闇に包まれ始めた屋台通りに、どこか怪しく、魅惑的かつ幻想的な雰囲気を作り出している。不思議さと美しさ、ほんの少しの怖さは同居するものなのだ。

「よし、準備完了!」

 魔法研究同好会の推橋ソロラ(pa1424)は屋台の飾付けを終えて、両手をはたいた。食材は悪くなってはいけないから、明日搬入する。
 明日を楽しみにしつつ、ソロラは寮への帰路へついた。


●煌めく
 学生のお手伝いで大丈夫かな?と思ったのは本当に最初だけだった。

 フロウティアは個展の場所を既に確保し、使える資材を次々にリストアップ。会場に合わせて動線となる順路のプランを立ててくれた。
 写真撮影の技術はプロのカメラマンとして十分やっていける腕前。その上、ポスターの出来栄えまでお金を払ってやってもらうくらいのレベルだ。『新鋭ジュエリーデザイナー、ダーナ・エイヴリングが故郷のセルティックフルート島で初の……』なんて始まる略歴を載せて貰ったら、つい頬が緩んできてしまうのは不可抗力だと思う。至れり尽くせりとはこの事じゃないだろうか。
 何より『私がどう作品を魅せたいか』考えてくれているのが伝わってきて……なんだか嬉しい。

「花火をモチーフにした作品はこの島の夜の空をモチーフに、作品が輝いているように見せたい」

 花火大会前日の今日は、この数日の総仕上げだった。
 ようやく空輸されてきたジュエリーを展示して微調整を続けていたら、すっかり外は真っ暗。

「フロウティア。もう帰った方がいいんじゃない?」

 連日の打ち合わせに、疲れている様子さえ見せない彼女に声をかける。

「ええ、でもこの照明の角度だけ」

 ここ数日見て来たから、物静かな中にも情熱を持っているのだと今なら分かる。

 (……彼女も芸術家なんだ)
 そんな気が私はしていた。

「もう明日は本番ですからね」

「大丈夫。絶対にうまくいく。これだけ丁寧に準備して貰ったんだから、絶対に成功させる!」

 私の独り言のような気合いにフロウティアは微笑み返してくれた。


●夜
(もう残っている学生はいないわね)

 ヴェロニカ・ラプシア(pa0222)はアロハシャツで夜の屋台通りをひと巡りした。準備に根を詰めすぎている学生もいない、不審者の姿も見当たらないのは、ここ数日の監視のおかげでもあるだろう。
 死角で目が行き届きにくい箇所には、もう既にWifiカメラが仕掛けてある。

『徹夜組の存在は本日も確認できず……順調に進んでいるようね』

 ここ数日、毎日書き続けてきた報告書をそう締めくくって、ヴェロニカは運営所に向かった。

18/9/17
本番

●幕間
 真っ青な空がセルティックフルート島の上に広がった。
 天気予報は晴れ。
 今日も暑くなりそうだ。


●花火大会~屋台その1~

「よし」

 夜のうちにたわんでしまった屋台の屋根を綺麗に張り直して、イザベル・クロイツァー(pa0268)は踏み台から降りた。たすき掛けの紐を解くと、金魚の泳ぐ浴衣の袖が現れる。
 屋台をまわる前に山岳部に立ち寄ったイザベルは、プールを満たす大量のポジートを前に感嘆の声を上げた。

「か、可愛いっ……!」

 これも、手先の器用な山岳部員の、疲れから針で指を突いてしまったかもしれない血と、暑さの中耐えた汗と、眼精疲労の涙の結晶だ。

 (沢山あるし一個くらいなら貰っちゃ………………いやいや、ダメだよね)

 イザベルが諦めるのに相当の労力を要したのもまた、山岳部の努力の賜物だろう。



「ヘイヘイ! ジャパニーズエンニチの定番射的屋台なのですよー!」

 その声は、人の出が増えてきたお昼の屋台通りでもよく通った。数人が興味を惹かれた様子で射撃研究会の屋台の前に足を止める。
 誰かがコルク銃を構えて撃ち始めると、それを見に人が集まり、見ている内に自分もやりたくなってコルク銃を手に取る。その姿を見て次の通行人が足を止める……。射的屋台は順調な滑り出しを迎えていた。

 小柄なステラが、器用にコルク銃を扱い撃ち方を説明するのも魅力のひとつだ。
 そうして屋台を切り盛りしていたステラだったが、その手が不意に止まる。今渡そうとした銃をじっと見る。客の若い男が、銃を受けとろうと手を出したまま不思議そうな顔をした。

「これは……壊れてるのです! 代わりの物を用意するのですよー! てへペロ☆」

 観客から、「持っただけでわかるのか……!」「すげー!」といった称賛の声が聞こえる。
 屋台の影でステラは冷や汗を拭った。

(この手に馴染む重さ、どう考えても実銃なのです!)

 危ない危ない。厳重に銃を仕舞いこみステラはてへペロ☆ といつもの笑顔で客の前に出る。

「さあ! そこのアナタそこのユーも、1発ドカンとぶっ放していってはいかがなのです!?」


 もうひとつの射的屋台ではさらに若い年齢層の子供が列を作っていた。
 スポンジを弾にした銃は小さな子供でも扱いやすく、見た目も近未来的な物が多い。景品に若年層にも人気があるカードゲームを多く並べたのもその一因だろう。

「体をまっすぐにして、よく狙うんだよ」

 店主の嵐斗が、狙いをつけるあまり体勢を崩して狙いを外している子供に優しく伝える。危ない事をしている子供がいないか気を配りながら、もうひとつ注意している物があった。客と客の合間を見て部員に連絡を取る。

「今のヤシ柄のアロハシャツを着たお客さん、一回通り過ぎようとして『射的台の左から二番目のアレ』を凝視してわざわざ戻ってきて取っていった。絶対『そのスジ』の人間だ。ステージの方に歩いてったから確保して」

 嵐斗の超五感で強化された視覚は見逃さない。
 アレは知る人ぞ知るボードゲーム……だから彼はああいった反応をしてしまった。

『14時40分、確保しました』

 部員の報告を聞いてほっと胸をなでおろす。貴重なゲームの同志を逃さずに済んだようだ。

「あっ……倒れた」

 と思えば少年がボードゲームを獲得した。年の頃は10代前半。まだその『道』は知らないものの、おそらく大きさが物珍しくて狙ったのだろう。自信無さげに隣の男性を見上げる。

「僕、こういうのやったことないけどできるかな…」

「うーん、お父さんもやった事ないからな」

 父親の方も初心者だろう。
 景品のボードゲームを渡しながら、嵐斗は少年に話しかけた。

「もしルールとかデッキの構築でわからない事とかあったら、後でここに連絡しておいで」

 誰でも最初は初心者。アフターサービスは忘れない。ルールを知らないユーザーも逃さないのが良いゲームの条件のひとつだ。
 手を振って歩いていく親子に手を振りかえして、嵐斗は次のボードゲームを設置する。


●花火大会~ステージ~
 傾きかけた陽の下、屋台通りの奥からどよめきが上がった。
 ステージで拳狼会の発表が始まったのだ。
 それが一気に歓声に変わったのは、中国拳法を中心にキレのある演武を見せていた文と、力強く安定感のある演武を見せていた典人を狙って乱入者が現れた時だった。

 エンジンの重低音と共にステージ上に現れたフルフェイスヘルメットにバーテン服の男が、乗ってきたバイクをステージ上に乗り捨てるように倒して2人に対峙する。

「……………………。」

 それに続き、反対側からはハイヒールにチャイナドレスといった出で立ちの女が勢いよくステージ上に飛び込んできた。

「アヒャヒャ! 強そうだねぇ、私の相手をしてもらおうか!」

 文と典人は驚いたような仕草を見せた後、視線を交わしてたがいに背中を預けた。

(ダスティンと紅花か)

(……下見はこのためだったか)

 顔を隠していても、敵として現れても、正体と真意はそれぞれの構えを見れば自ずと見えてくる。
 観客側にもそれは伝わっているのだろう。ステージに漂う緊張感は感じ取っても、逃げたりパニックになる者はいない。固唾をのんで勝負の行方を見守っている。

 台本の無い演武が始まった。

 初めに動いたのは紅花だった。
 足元を狙って繰り出された紅花の蹴りを、すんでのところで典人が距離を取ってかわす。もう一歩踏み込んで追撃しようとしていた紅花は、刹那の判断でその動作をバク転に変えた。紅花の鼻先を腰を落とした典人の手がかすめていく。
 そんな激しい動きの最中にも、紅花は蠱惑的な視線と脚線美を観客に見せつけるサービスを忘れない。


「………………。」

「拳狼同好会部長、劉文……参る」

 文とダスティンのほうも始まった。紅花と典人が機敏さと力の勝負であれば、こちらは間合いの戦いだ。
 悪役として派手に散りにきたダスティンは意識して顔も声も出さない。その方が悪役として魅せられるとダスティンは感じていた。

(部長さん達なら、下手な演技するより全力でかかっていった方が迫力が出る……にしても攻めにくいな)

 文は静かに堂々と構えている。そこにはまるで体に芯が通ったように揺らぎが無い。隙がどこにもないのだ。
 ダスティンがフルフェイスヘルメットの奥で逡巡したのは一瞬だった。

(うし、なら隙を作るまでだ! 行くぜ!)

 ダスティンはジャブを中心に相手の間合いを測っていった。リハーサルの動きを思い返すと、もう一歩踏み込めば相手のリーチ。ステージを震わせる足取りで踏み込まれれば即座に引き、細かくジャブを入れ相手の消耗を狙う。
 その中でダスティンは劉文の動きに綻びが生まれるのを探していた。
 『揺らぎ』は予想外の所から生まれた。

「アヒャヒャヒャ!」

 典人の拳を躱した紅花は艶やかな身のこなしで典人の肩を支点に体を飛び越えた。そのまま勢いを殺さず文の背めがけて踵を落とす。気配に気づいた文は転がって紅花の脚を避けた。
 その隙を逃さずダスティンは一気に間合いを詰めた。がら空きの文の胴に正拳を叩き入れる。

 綿密に打ち合わせたわけではなかったが、決着はほぼ同時についた。

 ダスティンの拳ごと下から跳ね上げるように文の肘が動いた。隙ができたのではなく誘われたのだと悟って、咄嗟に両腕を間に割り込ませた。
 踵落としを文に回避された紅花はステージに着地するや否や、背に差し迫った気配を跳躍して躱す。気配の正体は床を掴むように踏みしめた典人の足だった。本命は抉るようにやってくる次の拳。僅かな着地の反動を利用し、紅花はもう一度床を蹴った。


 文と典人の技で吹き飛ばされ、紅花がステージぎりぎりまで吹き飛び、ダスティンは大きく飛び退って片膝をついた。

(……受け流しているな)

 典人は宙に残った自分の拳と、たった今感じた手ごたえを確認した。いくら紅花と典人に体格差があろうと軽すぎる。よりド派手な効果に見せるために、観客に分からぬよう自ら地を蹴ったのだろう。おそらく反対側のダスティンもそうだ。
 リングアウトした紅花とダスティンは後ずさりながら目配せし、さっとステージ裏に姿を消す。
 同時にステージの上は盛大な拍手に包まれた。文と典人は応えるように拳を掲げる。

 歓声は、この盛り上がりの立役者の『ワルモノたち』にも確実に届いていることだろう。


●花火大会~救護所~
 大盛況と言うのはちょっと複雑だけど……。

 運営所近くのドクターカー内に設置された救護所は、目の回るような忙しさだった。重傷者や重病の人はまだいないのが幸いだ。いざという時には救急搬送の用意まで整えて、セイスは一息ついた。

「セイス―! 消毒液っぽいのある? この子が盛大に転んじゃったみたいで……ほら、泣かない」

 イザベルの声だ。屋台通りを見回っていた彼女は背中に小さな男の子を背負っていた。
 衛生委員会では『けが人や病人がいないか見回って連れてくる班』と『実際の治療や処置に当たる班』に分かれて行動している。
 ベッドに座った男の子の膝小僧を洗い、ボトルの消毒液をかける。そこまで深い傷では無い事にほっとする。

「大丈夫。安心してね。今絆創膏を貼るからね」

 まずは患者さんに安心して貰う。セイスの心がけている事のひとつだった。

「案内所で放送かけてもらうよ! どこから来たかわかんなくなっちゃったって言うから!」

 言うや否や、イザベルはドクターカーの外へ駆けていく。
 セイスが傷に合うサイズの絆創膏を探していると、集推スイヤ(pa1090)がビーチの見回りから戻って来る。その腕に抱えられているのは……

「犬が熱中症みたいなんだ。体がかなり熱くなってる」

「急いで体を冷やさないと……!」

「私がいくね……セイス」

 処置の最中のセイスをそっと制して、姉のサイスが犬に歩み寄った。サイスは医療技術こそ持っていないが、動物相手なら同じくらい詳しい。スイヤにも手伝って貰い、水をかけるべく暑さで参った様子の犬をドクターカーの裏に連れて行く。

(これから涼しくなる時間帯だけど……動物さんたちも心配だね)



 衛生委員会に所属する推裾スエソ(pa1498)の飼い犬、『カエダ』は元気いっぱいにビーチで仕事に励んでいた。今も一声鳴いて『具合の悪い人を見つける』という任務を立派に果たした。
 そして、スエソは困っていた。カエダが見つけたのは、自分よりもずっと大柄な青年。

「大丈夫ですか! 今救護所までご案内しますね! さあ、手につかまって……」

 ……つかまって貰っても、運べない。
 そんな仲間の危機に駆けつけたのは、同じくビーチを見回っていた推嵩サスウ(pa1692)だった。カエダの声に気付いて様子を見に来たのだろう

「大丈夫か? ドクターカーまで連れて行くんだな……任せておけ」

 そう言って、自分よりも大きな青年を軽々と抱き上げた。


(……ここは?)

 ドクターカーの中の簡易ベッドから身を起こして、青年は目をしばたいた。

「……あ、目が覚めたみたいです」

 隣で大人しそうな雰囲気の少女――推裾ソスエ(pa1632)が別の部屋に声をかける。

「ここは簡易救護所で……あなたは熱中症で倒れてたところを……」

「良かった! 意識が戻ったんですね!」

 ソスエの姉、青年を見つけたスエソが元気いっぱいに話しかける。
 青年は目をこすった。
 髪の長さや雰囲気は違うが、同じ顔が左右から覗き込んでいる。更にその後ろでセイスとサイスの双子姉妹がくるくると働きまわっている。

 そこに雪花が簡単な検査をしにやって来た。

「落ち着いたみたいね。水分補給は忘れちゃダメよ。まだふらついたりするかしら?」

「……それは、大丈夫だけど……さっきから人だけが二重に見えるような気がして」

 え? と雪花は聞き返した後、合点のいった様子で青年に片目をつぶった。

「ここは、姉妹が多いからね♪」


●花火大会~個展~
 そんな暑い日だったから、冷房の効いた個展は人でいっぱいだった。
 近所の人が沢山来てくれたのも嬉しいし、ジュエリーには興味の無さそうな雰囲気だった人がパンフレットの解説文を手に作品の前で足を止めてくれるのを見ると喜びが溢れてくる。

 夕飯時になって少し落ち着いたのを見計らって、フロウティアが飲み物を差し入れてくれた。

「凄い……こんなキラキラしたドリンクなんて初めて」

「外で買ってきました。同じ学校の学生の屋台の物です」

 ジュエリーを見ながらゆったり歩く人々を見て、しばらくストローを通して不思議な味を楽しむ。
 それから、椅子を立ってフロウティアに向き合った。

「何から何まで本当にありがとう。私一人だったら絶対にこんなに手際よく出来なかったよ」

「ダーナさんにもお客様にも、今回の個展が良い思い出として残ったら嬉しいですから」

「うん、あと少し、頑張ろうね」

 そう言って私はフロウティアの手を握った。


●花火大会~屋台その2~

 屋台通りの一角に列ができる。

「ヘイ、カモーン! 寄ってらっしゃい見てらっしゃいなのです!」

 てへペロ☆ と売り子のステラがUNICOの制服姿でチャーミングに声を張り上げれば……

「ハリアードッグマークII。貴方もおひとついかがですか?」

 キャビンアテンダントに扮したアガーフィヤが凛とした雰囲気で片手を上げて勧める。
 その更に奥では食欲をそそる香りと音に包まれて『ハイレグワンピ水着にエプロン』といった素晴らしい恰好のエヴァが、周囲の視線を跳ね除けるほどの集中力で黙々とヴルストを焼き上げていた。

「航空部名物ハリアードッグ……花火大会で一番美味いと言わせてみせる……!」

 三者三様の姿は、屋台の隣に置かれた大きな模型と、肉の焼ける香りと相まって、よく人目を引いていた。

「頑張ってるな」

「「「ニナ先生!」」」

 様子を見に来た講師、ニナ・ガルト(pz0019)だ。
 航空部員たちの歓迎を受け、ザワークラウトの上に熱々のヴルストを乗せたパンを手にニナは、学生の屋台を覗きながら歩いていく。



 柴犬飴売りの屋台では、ゆめが店番をしていた。
 人が一気に並ぶことはなかったが、時折足を止めた人がひとつふたつ、買い求めていく。日本文化の象徴として、世界でも人気が出始めている犬種だからでもあるだろう。

(……屋台って大変)

 今売れた子の代わりに次の黒柴を並べてから、人の波に目を向ける。
 ビール片手に屋台を冷やかす人。両手に飲み物を持ってどこかへ急ぐ人。ゆっくり連れと歩くことを楽しみにしている人。数人でがやがやと何事か笑いながらビーチへ向かう人。
 友人に夫婦、恋人、家族、親子、兄弟……ほんとうに世の中には色んな人がいる。

「………あの…この子……。」

 小さな声にゆめが気付くと、水色のワンピースの女の子が売り台の影からつま先立ちで柴犬を指差している。
 握りしめてきたのか、温まったコインを受け取り、ゆめは女の子に黒と茶の混じった柴犬飴の棒を握らせてやった。



 バースポーツ部の屋台にも明かりが灯り、よりバーらしい雰囲気を強調していた。

「このボードにダーツを投げて、当たった場所に書いてあるカクテルベースとお客様のイメージでカクテルをお作りします。ノンアルコールの物もありますよ」

 リュヌは客にルールを説明する役だ。システムの面白さもあって、大抵の人が普通のオーダーではなくダーツを投げてのお任せオーダーを選んでくれる。

(次のお客さんは……)

 ダスティンはリュヌから回ってきたオーダーを確認し、お客さんの好みやイメージからカクテルを作る。その人が持っている雰囲気、年代、服などのアイテムの色……ひょんな所に好みが分かるポイントは転がっている。

「おめでとうございます! 無料カクテルを進呈します」

 ルールの説明をしていたリュヌが若い女性に拍手を送った。どうやら3回中2回、ブルに当てたようだ。

(学生ではないのが惜しいな……)

 学生なら勧誘レベルだったんだが……と少し離れたところから邪魔をしないようにニナは学生たちの様子を見守っていた。
 客が途切れた時を見計らって、バースポーツ部の講師は部員たちをねぎらうべく屋台に足を向けた。



 この暑さのせいか、飲み物を扱う屋台はどこも列ができていた。
 魔法研究同好会の『魔女の秘薬』も順調に売れていた。ソロラは用意したドリンクの最後の一ケースを屋台に並べた。

 秘薬と言っても怪しい物が入っているわけではない。普通の材料を組み合わせて名前の通り、不思議な色に仕上げたドリンクだ。氷に色を付けてキラキラさせたおかげか、見た目を気に入って買っていく人も多い。

「おまちどうさま! 素敵な魔法が皆様にかかりますように! おまけのフォーチュンクッキーをどうぞ」

「願い事が叶うかも……だって!」

 中に入っているのは前向きになれる占い結果ばかりだ。クッキーとドリンクを手に去っていく賑やかな一団を見送る。

(一歩を踏み出す切っ掛けとなりますように)

 『完売御礼』の札を屋台に出してから片づけを終え、仲間の分のドリンクケースを持ってソロラは屋台通りを後にした。


●屋台通り~査問委員会~
 情報をまとめたタブレットを見ながら、ヴェロニカは運営本部で部員たちの情報拠点として動き、部員に指示を与えていた。
 花火の打ち上げスタートが近づき、人の目が海に向いた今が一番危険かもしれない。

「今のところは異常ナシ。リストに挙げておいた警戒対象も、まだ妙な動きはしてないわ」

 アルカの中間報告にヴェロニカは頷いた。部員たちの目がビーチと屋台通りの各所で光っている。腕の良い犯罪者ほど、何かに感付いて諦める事もあるだろう。
 立ち去ろうとしてアルカが、足を止めて戻って来る。何か報告のし忘れでもあったのだろうかとヴェロニカが首を傾げると、ごく自然なさりげない動作のまま唇を重ねられた。

「……それじゃまたイッてくるわ」

 クスクス笑いながらアルカが今度こそ踵を返し、ふと立ち止まった。

「……あの男。」

 高台の下。アルカの視線の先に、つい先日彼女が行動を怪しんでリストに加えた男の姿がある。
 Aiフォンに向かってヴェロニカは告げた。

「パーティーの始まりよ。幕が降りるまでは警戒を怠らないで」


(……そこか)

 ヴェロニカの連絡を受け、丁度その近くを歩いていた恭耶はほどなくして対象の男を見つけた。元々、アルカの資料で目にしていた男だ。

「目標を発見。ビーチ北西へ向かって移動中……」

 気配を消し、流れる影のように追尾を開始する。人影もまばらなヤシ林の中へ男は歩みを進める。こんな場所に何かあるのだろうか、と恭耶が訝しんだ矢先、幹の合間を歩く女の子の後姿を見つける。
 暗がりの中に小さな腕が引き込まれたのを見て、恭耶は走った。

 誰かに見られているとは思いもしなかったのだろう。驚いた顔の男が飴を持った水色のワンピースの女の子の腕を掴んでいる。一気に距離を詰め、一瞬の早業で男のうなじに手刀を叩きこんで沈める。

「……無事だな?」

 恭耶の短い問いに目を丸く見開いた女の子は何度も頷いて、じわりと目尻に涙を浮かべた。

「……くそっ……!」

 もがくように砂を掻き、起き上がろうとした男の背をヒールが踏みつける。ありふれたワンピースに身を包んだアルカが、氷のような眼で男を見下ろしていた。
 恭耶が手を差し出すと、女の子はその手をしっかりと取って起き上がった。



●花火
「楽しんでくださいね♪」

 乗客のひとりひとりに声をかけ、打ち上げ15分前のバスを勤め上げてナタクは運転席から降りた。

「それじゃヴェインさん。あたしは遊覧船の営業に行ってくるね。こっちが終わったら帰りのバスの運転手をするから」

「おう、いってらっしゃい」

 客を見送ったナタクは、すぐに港に向かっていった。

 ひとりヴェインは交通誘導灯を担ぐようにして駐車場に目を向ける。
 駐車場には車がすべて収まった……というより島という特性上、フェリーでもやってこなければ一般車両は大幅に増える事はなかった。バスを同時運行したのも功を奏した。屋台で飲酒するつもりの島民が『バスがあるなら』とそちらを選んだためだ。
 花火大会の通行人の移動が道を塞ぐトラブルこそあったが、部員の丁寧な運転のおかげで事故には至らなかった。

 不意にヴェインの影が紅に染まる。遅れて破裂音とビーチの歓声が聞こえる。
 空を見上げれば、大輪の花が次から次へと島の空に輝いては消えてゆく。距離はあるが、高台にあるおかげで悪くない観覧場所だった。

(ゆったり会場で花火を見ることはできなかったけどたまにはこうやって裏方に徹して、ここからみる花火も悪くねーよな)



「あっ……上がった…!」

 浴衣姿の明神小夜(pa0954)はサマーポジートを手に屋台の屋根の合間を指差した。隣を歩く明神刃(pa0953)も景品の袋を肩に提げて空を見上げる。
 夕飯を兼ねて屋台通りを歩き回っていた姉弟は足を止める。

「……始まったんだな。見やすい所に行くか?」

「そうだね……あっ、でもあのリンゴ飴美味しそう」

「……買ってくる」



 おいしそう、と言われて片眉を上げた陳華龍(pa1190)はサッカー部のユニフォーム姿で、右手にフランク、左手にリンゴ飴を持ち食べ歩きの最中だった。

(大人にはなり切れないものだ……いや、この場ではそれが正解なのやも知れんが)

 黙々とフランクを味わいながら、薄桃色に空を埋める花火を見上げる。
 花火に映し出される、その表情は依然として動かなかったが……

(楽しい……顔には出さずとも、確かにそう思っているのだから)



 花火大会の運営テントは、ビーチから坂道を上がった広場にある。
 その近くに停車したドクターカーからの眺めも、穴場と言っていいロケーションだった。

「とっても綺麗ね、1日の疲れも吹き飛んじゃうわ♪」

「本当に綺麗ですね。見られて良かったです」

 オレンジから紅に色を変える牡丹に、銀の尾を引く菊。雪花とスイホは今日一日の事を思い出しながら、ソロラの差し入れドリンクに口をつける。

「ここからは俺も協力するからな」

 魔法研究同好会で一日屋台を出店してきたソロラは、ドリンクを配りながら委員会の仲間と花火を見にドクターカーまで戻って来ていた。

「綺麗ですね…。あ、今ハートが……」
「すごい! どこどこ!」

 その前ではスエソとソスエがそっくりなシルエットで並んで空を見上げている。

「花火って、こんなに綺麗なものだったんだな」

 サスウはドクターカーに寄り掛かり、千輪小菊が作るパステルカラーの花を見上げる。
 隣に座るスイヤが同調した。

「昔は狙撃の邪魔になるから苦手だったけれど、今は綺麗だと思えるな」

 国によって爆発音は命の危機に直結する。戦闘が始まった音であり、その場から逃げだす合図だからだ。
 爆発音を耳にして『花火かな?』と思えるのが平和の証なのだろう。

「私、今日、皆と見られて良かったよ! ありがとう!」

「…皆と見られて、本当に良かった…ありがとう」

 セイスとサイスは同時に言って、くすりと笑いあった。

「さあ、もう少し! 最後まで皆の健康を守りましょうか!」



 波は程よく穏やかで、真っ黒な海面を花火が上がるたびにその色に輝かせていた。
 花火を堪能できるようにエンジンを止めた船上で、招待客が息をのむ。
 海洋部の備品のプレジャーボートに軽食とお酒を積み込んで、ナタクは特別な角度から花火を堪能できる観覧席を用意していた。

 花火が綺麗に見えるかどうかは煙の流れ方に左右される。風が弱すぎたり観覧席の方に吹き付けていれば『綺麗な色に染まった煙を見る』なんてことにもなりかねない。その点、ボートは移動できる分リスクを回避できる。
 始まる前こそ酒やおつまみの追加が相次いだものだが、始まってしまえばそれも時々で、ナタク自身も花火をゆっくり楽んだ。

 黄金のヤシが空に広がり、残像を残して消える。

 この後は帰りのバスの運行が待っている。
 しばしの安息の時間をナタクは花火の近く、船の上で過ごした。



 煙草の煙が揺蕩い、風にふわりと流れる。
 紫の牡丹が咲いては消えていく。

(儚い光に惹かれるのはヒトが儚いからかしら)

 一瞬でも輝いて、空に溶けるように消えていく。人と花火に共通点を見出して、アルカは煙をゆっくりと吐いた。

 黄金のナイアガラが、ビーチの端から端までを埋め尽くす。
 溢れんばかりの光の上に、最後とばかりに大輪の菊が、艶やかに煌めく。

 色も、形も、輝き方もそれぞれ違う。

 混雑を避けるためか、花火を見ながらゆっくりと帰り道を歩き始める客もちらほら出てくる。
 そのさまをアルカは屋台の撤収まで見守り続けた。

「ふぅ……ミッションコンプリート、かしらね」

18/9/17
帰り道


●エピローグ

 空港は出発を待つ客であふれていた。

 ようやく観葉植物の後ろに空いた席を見つけて座る。
 その隣では、男の子が大きなボードゲームを大事そうに抱えて父親と話している。

(短かったけど、色々な事があったな……)

 久しぶりの故郷は確かに変わっていた。
 なんだかすごい技術をもった学生たちがいて、捜査官の卵だというのにイベント運営までこなして……。

 この先、そんな国際警察の警察官たちが世に出て行ったら、どんな事が起こるのだろう。
 一介のデザイナーである私に、それは分からない。
 でも……。

(戻ったら……作ってみようかな。『警察官でも身につけられるジュエリー』なんてどうだろ?)

 何か私も新しい事に挑戦してみたくなった。

『……ロンドン・ヒースロー空港行き。最終便の搭乗手続きは……』


 夏が終わる。


【花火大会レポート 了】




18/9/17

レポート作成


本レポートを作成するにあたり、イベントに協力・参加して下さった皆さま、大切なキャラクターをお任せ下さった参加者の皆さまに感謝いたします。


校正協力
 劉文
 神崎真比呂
 ナタク・ルシフェラーゼ

執筆者
 アイザック・ブライトン


18/9/17