【SH14】誰そ彼

担当 九里原十三里
出発2017/11/10
タイプ グランド S(Lv350以下) 冒険
結果 成功
MVP 高杉蘭子(ka00512)
MVS 橘二十九(ka01900)





オープニング


「やはりいなかったな」
 偵察隊からは落胆の声が漏れた。
 新免姉妹が証言した場所にはリンリンの姿はなく、ただその痕跡が残るのみであった。
「あいつらの裏切りを知って逃げたんだろう。またやり直しだな」
 偵察隊は失意のままギルドに帰ることを余儀なくされた。

登場キャラ

リプレイ

◆狐の巣食う場所
 暗い本堂には燭台の焔が揺らぎ、朽ちかけた床の上には不気味な土人形がずらりと並んでいた。
 人形には甲骨文字とおぼしき墨字がびっしりと書かれ、頭の部分は何かの液体を垂らされたように赤黒い染みになっている。
 そして、その染みから下に向かい、少しずつ亀裂が進み、人形は裂けていく。
(これが……リンリンの呪詛)
 御前 萌茄は思わず身震いを覚えた。
 その時、暗がりの奥から小さく自分を呼ぶ声が聞こえた。
 九条 鰤々之進が一枚のべっ甲の櫛を手に萌茄を呼んでいた。
(俺は急いで行かなきゃならない。あとは君に任せるぞ)
 そう言うと、鰤々之進は素早く姿を消した。
 自分もやらねばなるまい。
 来世人ギルドへの呪詛を止めるため、まずはこの人形たちを壊さなければならないのだ。
 萌茄は意を決し、隠れていた床の穴から這い出すと、なゐふる霊迎えノ舞を成就した。
 人形が倒れ、音を立てて粉々に砕け散った。
(よし……きっとこれで大丈夫)
 萌茄は素早くその場から立ち去ろうとした。
 しかし――。
「やっぱりね。どこから忍び込んだのかしら?」
 ビクリと後ろを振り返ると、そこには妖艶に笑う女がいた。
 背中の五本の尾には炎が揺らいでいる。
「リンリン……っ!」
 そう認識した瞬間、逆巻く炎が萌茄に襲いかかった。
 床に倒れ込む萌茄。
 外からは大勢の人の声が響いていた。
 来世人ギルドの者たちが一斉に攻撃を始めたのだ。

「ククク、来おったか。待っていたぞ、人間ども!」
 廃寺の縁の下から現れたのは参頭ノ大蛇である。
 大蛇は巨体をくねらせ、廃寺の庭を縦横無尽に這い回った。
「リンリン様が来世人ギルドの連中は良いものを食っているから呑めば力がつくじゃろうと言うておった……ククク、楽しみだわいな!」
「むう。九尾ノ狐め、そう言って邪悪の化身どもを味方に付けたか! 食われる前に成敗してくれる!」
 富栄弩院 頼伝は村雨丸を鞘から抜き、大蛇に向かっていった。
 しかし、大蛇は人を獲物にするための魔法を持っている。
「喰らえ! じわじわと弱るが良いわ!」
 放たれた蟲毒波が頼伝、そして周囲の来世人、大和人に襲いかかった。
 肉体を腐敗させる恐ろしい魔法である。
「やりおったな……! しかし、そんなものでは拙僧は参らんぞ!」
 頼伝は距離をとり、体勢を立て直した。
 そして、刀を一旦収めた状態から素早く抜刀し、池の淵にいた大蛇に斬りかかった。
「喰らえぃ!」
 刀身から放たれた水の刃が冷たい一撃を大蛇へと浴びせかけた。
 村雨抜刀術である。
「ケケッ、マヌケな蛇め! ノロノロしておると蛇の開きになるぞ!」
 からかうような笑い声が聞こえ、屋根の上からいくつもの黒い影が人間たちを狙い、飛びかかってきた。
 旋風を纏って滑空するのは何匹もの五尾ノ鎌鼬。
 その目の前に、ズズイ、と巨大な豆狸が立ちふさがった。
 空木 椋が繰り出した機巧であった。
「鎌鼬がこんなにリンリンの味方をしているとは驚きですね……何か理由でもあるんですか?」
 機巧を盾にしながら、椋は鎌鼬に問いかけた。
「鬼も仲間だったはずですし、メリットはないと思うんですがねぇ」
「そんなのお前らには関係ないわい!」
 そう言って鎌鼬達は笑い声を立てた。
 そして、上空から下にいる人間たちに向かって鋭い風の刃を浴びせかけた。
「リンリン様に歯向かうものはみ~んな敵じゃ! バラバラになってしまえ!」
 何らかの洗脳状態にでもあるのだろうか。
 鎌鼬はまるで廃寺のセキュリティ装置のごとく、機械的に人間たちへの攻撃を繰り出した。
「……っ! ちょっと数が多いですね、これでは……!」
 椋の機巧一体では多少自分の盾とすることはできても、味方への鎌鼬の攻撃を防ぎ切ることはできなかった。
 しかし、味方はさらなる策を持っていた。
「みんな、頼むぞ!」
 鏑木 奈々は自分と仲間に猩々ノ舞を施し、後ろに下がった。
 それと入れ替わって前に出たのは花房 蝶太だった。
「行け! あの鎌鼬を狙うんじゃ!」
 蝶太は式王子道術を成し、折り紙でできた三尾ノ木葉梟を放つと、鎌鼬たちに向けてけしかけた。
 鎌鼬は飛びかかってきた木葉梟に対し、すぐさま反撃した。
「ええい、この紙っぺらめ!!」
 風の刃を放ち、紙の木葉梟に抵抗する鎌鼬。
 そして突然、鎌鼬に異変が起きた。
「うわぁ?! な、何じゃお前は!」
 突然、周囲にいた他の鎌鼬や大蛇たちが悲鳴を上げ始めた。
 一匹の五尾ノ鎌鼬が仲間であるはずの他の鎌鼬に切りつけている。
 切られた五尾ノ鎌鼬は障子戸に突っ込み、派手になぎ倒した。
「さぁ、どんどんいくよ。鎌鼬はウチに任せて!」
 橘 二十九が仲間に言った。
 鎌鼬は奈々に猩々ノ舞の支援を受けた二十九に完全に操られ、道具と化していた。
 潜脈占術である。
 二十九は操っている鎌鼬がダメージを受けて動かなくなると、すぐさま別の鎌鼬に同じ術を施し、容赦なく周りの化身達に攻撃した。
「次は、その蛇じゃ! みんな、退いておれよ!」
 頼伝と戦っていた参頭ノ大蛇もこの鎌鼬により戦闘不能に陥った。
 周りの化身たちが弱ってきたのを見ると、頼伝はすかさず真言を唱えた。
「よし、今日は特別に大日如来真言のバーゲンセールといたそう! まずは一発目じゃ! 行くぞ!!」
 頼伝が放った大日如来真言の眩い光が一瞬にして大蛇、そしてぐったりしていた五尾ノ鎌鼬たちをまとめ成仏させた。
 仲間は操られ、弱った端から容赦なく魔法でとどめをさされるこの始末……。
 廃寺の境内にいた化身達は大パニックに陥った。
 暦 紗月 はこのチャンスを逃さなかった。
(よし……準備は万端! 今じゃな!)
 青龍雷帝占術の龍ノ鱗を盾に大騒ぎの化身達の中へ飛び込むと、紗月は流脈を介し、鎌鼬や大蛇の中に波動を送り込んだ。
 すると、パニックになって飛び回っていた鎌鼬や大暴れしていた大蛇は一気に戦意を失い、動きが鈍る。
「ウチの領域内で十全に戦える思うなや……!」
 境内は広く、全部の化身をこの術に取り込むことは叶わなかった。
 だが、味方の攻撃や行動を起こすチャンスを作るには十分だった。
「重傷者がいるようじゃ、ワシはそっちに行かせてもらうぞ!」
 毒島 右京は化身達の動きを警戒しながら本堂の方へ走った。
 リンリンの攻撃を受けた萌茄がそこにいるのである。
 その後ろを蝶太の繰り出した紙の木葉梟が追っていった。
「来世人ギルド……なんてしつこいのかしらね」
 リンリンは戸の隙間から外を見ながら忌々しげな表情を浮かべた。
 その足元には萌茄がぐったりとなって倒れていた。
(今すぐ、あの首を一撃で食い破ってやるわ)
 リンリンはまずは1人目と、自分の方へ向かってくる右京に目をつけた。
 しかし、リンリンが動き出そうとした時だった。
 突然、得体のしれぬ「悪寒」が全身に走った。
「……これは」
 ぞくりとする嫌な感じ。
 それが「何なのか」はすぐに分かった。
「やってくれるじゃないの……」
 リンリンは屈辱的な表情を浮かべると、その場からフッと姿を消した。

◆鬼たちの真実
 村を出た鬼たちを追撃に向かった来世人ギルドの一行。
 しかし、鬼たちは皆、自分達は人間を害する気はないと主張した。
 果たして――その真偽はどうなのだろうか。

「待った待った、二人ともそこまで!」
 莱堂 凌駕は新免 独楽、新免 狗を止めに入った。
「無駄に殺したところで余計戦いが苦しくなるだけだ。倒す相手は選べ。な?」
「うん、大丈夫! 独楽姉も狗も分かってるわよ。弱そうな相手だけ選ぶわね」
「いや、待て狗! だから、それ違うから!!」
 凌駕は慌てて首を振った。
「いいか? 俺がお前らに教えてやる。正義とかそんなんじゃなくて喧嘩のコツって奴だ。叩くのは強くて偉い奴を選べ。そうすれば喧嘩も長く楽しめるし面倒な事もしなくて済むだろ?」
「ん~、うちらケンカのコツなんか聞いてないよねぇ狗ちゃん?」
「そうねぇ。狗たちに『いたぶるコツ』教えて?」
「って、おいおい?! お前らほど強いんならまさか弱い奴しか相手しないって訳でもないだろ? その代わり強い奴が出てきたら一緒にブン殴ろうぜ!」
「えっ何で? とにかく鬼を殺せばいいんでしょ? 狗たち弱い相手しか選ばないわよー」
「だからそうじゃなくて!」
 全く噛み合わない姉妹を必死で止める凌駕。
 だが、新免姉妹だけでなく、青女鬼たちの「自分達は他の鬼たちとは違うのだ」という主張を受け入れられない者たちは他にもいた。
 それは同時に、鬼たちにつきつけられた「現実」でもあった。
「そんなこと言われたってさ。君ら鬼の存在が、僕たちを来世から呼んだ元凶だからねー。いやはや」
 ミア・カイザーはそう言うと、鳶加藤の忍者刀を手に猿飛ノ術で鬼たちの中へ飛んだ。
 一匹の赤子鬼の角が折れ、悲鳴が上がった。
「何をなさるのです!」
 子鬼の母らしき女鬼が叫ぶ。
 だが、ミアは彼女に冷淡な視線を向けた。
「君らを野放しにすると、静かに暮らしたい人達が安心して暮らせないんだよ。鬼ってのは、そういう存在なんだ」
「ミア様の言うとおりですわね」
 銀石 辺結はそう言うと、天下無双の和弓をきりりと引き絞った。
 放たれた矢は母鬼の角を弾き、呆気なくへし折った。
「子供を守る為に敵対する事は否定も拒否もしませんわ。ただし、手心を加える必要性も感じません」
「どうして……! 何故私達を放って置いてくださらぬのです!」
 角を折られた母鬼は泣きじゃくる我が子を抱き、辺結を睨みつけた。
 辺結はその眉間に矢の先を向けながらこう言った。
「何人もの人間の母親が、そうやって我が子を庇い、助けて欲しいと懇願しながら……鬼たちに子供ともども殺され、喰われたのを知らないとは言わせませんわ」
「私たちは……そんなんじゃ……!」
「そうおっしゃりたいのなら、先に子供を喰らう鬼の退治に手を貸すべきでしたわね。貴方達の主張には説得力が有りませんわ」
 返す言葉も無いのだろうか。
 母鬼はただ黙って我が子を抱きしめるのみであった。
 その時、1人の子鬼が叫び声を上げた。
「おらたちに、角があるからだめなんか!!」
 子鬼は泣きじゃくりながら、それでも気丈に人間たちを睨みつけていた。
「角があるからにくいんか! 角があるからおらや、みんなも殺さんといかんのか! だったら、こんな角いらねえ!」
 そう言うと、子鬼は河原の大きな石を取った。
 そして自ら、自分の角をへし折ったのである。
「こ、このバカタレが! なんて事を!!」
 父親らしき鬼が慌てて子鬼の元へ駆け寄った。
 そして、後ろにいた男鬼たちがわらわらと前に出てきた。
「だめだ、やはり人間とは話し合えねぇ!」
「お前たちが来なきゃこんな事にならなかったんだ! もう刺し違えたってかまわねぇ、ぶん殴ってやる!!」
 男鬼たちが一斉に人間たちの方へ飛び出した。
 女鬼達が止めようと声を上げるが、頭に血が上っているようだ。
「沓ノ屋! 退路を絶て!」
 ヤズゥン・ディガはそう叫ぶと、鬼たちの方へ飛び出していった。
 そして、素早く印を結んだ。
「うっ……何だこれは!」
 突然、鬼たちの足は止められ、その場に固定された。
 影縫ノ術である。
 その傍では提灯の付喪神のタンロンが周囲をカッと照らしていた。
「式神は作ったぞ。どうする? こいつらを捕縛するのか?」
 沓ノ屋 颯樹がヤズゥンにそう声をかけた。
 鬼たちの逃亡に備え、颯樹は周囲に監視のための式神を放っていた。
 その手には鬼を捕縛するための縄も有る。
 だが、ヤズゥンは影縫で動けぬ鬼たちを見ながら「いや、まだだ」と言った。
「……こいつら以外には殺気がない。戦う気がないのは本当だ」
 カッとなったのは数体の鬼のみで、その他は皆不安げな顔で事態を見守っているだけであった。
 さっきの父鬼は角の折れた子を抱きしめ、辛そうな表情を浮かべている。
 その時、1人の大和人が叫んだ。
「もう嫌……! もう見ていられません!」
 花鶏 鶸は父子の元へ走り、彼らを背後に庇った。
「あなた方はどうして……! 来世人だ! 大和人だ! 鬼だ、化身だ! ……それだけで斬るのが正しいのですか?!」
 長船の長巻を手に、鶸は仲間と敵対する覚悟を見せた。
 その傍らには雷上動の和弓を手にした藤枝 菫花が立った。
「私も、花鶏さんと同意見です。この鬼たちを斬るべきではありません」
 菫花は自分が鶸と同じく、鬼たちを見る目が変わってきているのを感じていた。
 彼らは攻撃する、殺すべきものたちではない。
 守るべきものだ。
「……感じませんか! 鬼たちの姿にわたし達の守るべき人の姿を!」
 鶸は涙ながらに訴えた。
「鬼を斬ると言いながら、その前に! あなた方が……鬼になってはいませんか!?」
「酷い事言うわね。狗たち、鬼じゃないわよ」
 狗は刺叉を手に、鶸を見ながらクスクスと笑っていた。
 鶸や菫花が子鬼たちを庇う理由がまるで分かっていないようだ。
「だって、狗たちに鬼を倒すの手伝ってって言ってきたのそっちでしょ?」
「そうそう、今更ダメって言われても、うちら訳わかんないよ。それに、鬼じゃん?」
 独楽も左手の義手をカシカシと鳴らしながら肩をすくめて見せた。
 何を言われても、眼の前にいるのは「鬼」なのだ。
「あー、だろうな。分かるぜ? だけど独楽に狗、ちとストップ」
 平口 工助は新免姉妹をなだめるように言った。
 姉妹が言った「訳わからない」は多くの来世人、そして大和人にとっても同じことなのだ。
「そこの青女鬼、聞け。鬼は人間を食う。だから鬼が勝つと俺達には鬼に家畜にされる未来が待ってる」
 工助は退魔の三鈷杵を手にあの青女鬼を見た。
 青女鬼は黙って話を聞いていた。
「俺達は鬼を食わねぇけど、勝っても危険分子放置すっ訳にはいかねぇ。人に捕まった時点で鬼には死しかねぇ。逆もまた然りだ」
「ええ。おっしゃることに間違いはありません」
 工助の言うことを青女鬼は否定しなかった。
 そして、驚くべきことを口にした。
「私達以外の鬼たちに『人を喰うモノ』が現れたことは……私達も本当に恐ろしく思っています。おかげで、我らはなおさら姿を隠さなくてはならなくなったのですから」
「ちょっと待て! 今、なんて言った?!」
 怪我をした子鬼たちに治療を施そうとしていた更衣 薙が手を止め、青女鬼の顔を見た。
 まるで、「自分達が通常の姿」であるかのような発言だった。
「我らには、『人を食ってはならぬ』という教えがございます。それに……そのような教えがなかったとしても、あえて、我らに近い知能を持つ人間を、食べようと思う鬼はほぼいないでしょう」
「えっ……じゃあ、普段何食べて生きてるの?」
 霧ヶ峰 えあ子がそう聞くと、子鬼達が一斉に木の上を指差した。
 大きなクヌギの木に太い蔓が巻きついている。
 赤く紅葉した大きな葉の間からは、小さな紫色の実が覗いていた。
「ヤマブドウ……ですね。他には?」
 マリン・カイザーはお供のかめらおにレンズを子鬼へと向けさせた。
 子鬼達は「畑がある」「川で魚をとる」などと口々に言った。
「みんなで大根を植えたのじゃ!」
「鮭! おら、この川で鮭獲った!」
「父ちゃんは猪を捕まえるのが上手いんじゃ!」
 皆を助けたいのだろう。
 自分達は人を食べなくても生きていける。
 子鬼達はそう、必死になって訴えた。
「なるほどね。自給自足で食料も足りてる、って事か」
 えあ子は腕組みをした。
「どういうことなんだろう……もしかして、『種類』が違うのかな? 元々、人を食べて生きる鬼と、そうじゃない鬼がいるとか?」
 ここにいる鬼たちには「人を食う」というその「まさに鬼」ともいうべき衝動がまるで理解できないようだった。
「じゃあ、天草さんにどんな風に面倒見られてるの? あの人はどうしてきみ達の村にいたの?」
「四郎様は我が村を守ってくださったのじゃ」
 年かさの女鬼が子供たちを庇うようにしながらえあ子に言った。
 人間たちを警戒している様子ではあったが、話が通じる者がいると理解したようだ。
「大勢の人食い鬼どもが村を襲ってきおってのう。四郎様は村が滅びることを覚悟した我らの前に現れ、奴らを成敗してくださった」
 村の危機を救われて以後、村の鬼たちは四郎を指導者と慕い、長として従ってきたという。
 その理由には四郎もまた人を食う鬼ではないという安心感もあったと鬼たちは話す。
 だが――。
『どうするの、みんな。この村の鬼たちの言うことを信じるの?』
 クリスタル・カイザーは斑鳩占術を成し、仲間に呼びかけた。
 念のため、その中には独楽と狗は含まずに置いた。
『正直な話、敵なら倒すだけだけど、戦術的に避けられる戦いは避けるのが吉だと私は思うわ。私たちがその気ならあの姉妹もまた暴れだすでしょう。それに――』
 クリスタルは新免姉妹をチラリと見た。
『あの姉妹にとって、自分達以外は遊び道具でしか無いわ。状況によっては私達もたやすく裏切るわよ』
 その予想は残念ながら当たっていた。
 大人しく話を聞いているかに見えた姉妹が、突然大声で笑いだしたのだ。
「やっぱり変だよ、来世人ギルドってさ。何なの? ねぇ、何なの?! ホント訳わかんないんだけど! うちらには理解不能だよ!」
「鬼はいたぶっていいモノなのよ?! ソレと仲良く話すとか何?! もう狗、ついていけないから好き勝手するわ!」
 ああ、まずい。
 来世人ギルドの者たち、そしてその場の鬼たちもそう感じ取った。

◆誰もいない村
 好戦的、ではない。
 鬼武者達からはそんな気配が窺えたが、天草四郎時貞と共に、「村の者を逃がす」ために、退く気はなさそうであった。
 静まり返った村を背にし、人間たちの前に立ち塞がった。
「幕府の手先なんて信用出来るはずがない、って事か……けど、何かムカつくな」
 相葉 楡は四郎を見て小さく笑った。
 どうしてこんな道しか選べないのか。
 熱田神の大太刀を握る手におのずと力が篭った。
「こうなれば仕方あるまい。四郎様と我が娘の命を奪わせるわけにはいかぬ!」
 漆黒鬼武者・鴉翁は刀を手に勢い良く楡に向かうと、逃れる間もなく鋭い一撃を与えた。
 だが、楡はこの攻撃を耐えると、体勢を立て直しそのまま鴉翁に反撃を繰り出した。
「そっちがその気なら……やるしかないよね!」
 機巧合身ノ伎で取り込んだのは井伊神の機巧。
 楡は斬鉄ノ太刀、そして一ノ太刀の威力を込めた大太刀を鴉翁の体へと振り下ろした。
 その瞬間、何かが楡と鴉翁の間に割って入った。
「父上を斬らせはいたしませぬ!」
 漆黒女呪鬼・若黒曜はその一撃を自らの体で受けていた。
 その手にある鬼榊からはらりと1枚の葉が散り落ちた。
「水神よ!」
 若黒曜がそう叫んだ途端、現れた水の龍が楡に襲いかかる。
 水龍神霊迎えノ舞を成したのだ。
 楡の体から、除傷形代道術の符がはらりと燃え散った。
「容赦はいたしませぬ……!」
 若黒曜は楡に向かって何かまた術を成そうとした。
 だが場に吹き荒れた吹雪がそれを阻止した。
「なんじゃい、なんじゃい四郎めが! 喋るのすらめんどくさいなら死んでしまえーー!!」
 森住 ブナは鬼武者達に向かって素戔嗚息吹迎えノ舞を成し、吹雪を浴びせかけた。
 しかし、鬼たちにとってそれはあまり脅威とはならなかったらしい。
 赤鬼武者が飛び出し、そして一瞬消えるとたちまちブナの目の前に迫った。
「死ぬのは四郎様ではない。貴様らの方だ!」
 振り下ろされた刀がブナの体を大きく斬った。
 ブナは一瞬よろめいたが、道術の符がその威力を殺し、どうにか耐え抜いた。
「私らは負けられんのじゃよ……大和の人達の希望じゃからな」
 目の前の鬼武者をブナは気丈に睨み返した。
 すると、赤鬼武者はこう答えた。
「我らとてそれは同じ。守るべきものがあり、希望を託すものがある!」
 そのためには意に沿わぬ戦いもやむを得ないというのだろうか。
 赤鬼武者は再び刀をブナに振りかざす。
 だが――。
「そこを動くなよ!」
 叫んだのは蓮美 イヴだった。
 卜部の和弓から放たれた矢が赤鬼武者の一本の角を弾き飛ばした。
「あなた方全員、角をいただきますわよ!」
 高杉 蘭子が童子切安綱の太刀を手に飛び出していく。
 だが、鬼武者たちとてそう簡単にやられるわけにはいかない。
「今度は此方からお返しいたすぞ!」
 鬼武者はブナから離れると、転移を繰り返し、イヴへと迫っていった。
 だがイヴにも同じことが可能だった。
「もう1本もらうぜ!」
 イヴは転移した先で矢をつがえ、赤鬼武者を狙った。
 だがそこへ、新手が迫っていた。
「二の矢は撃たせぬぞ!」
 青鬼武者は刀を手に、猛スピードでイヴに迫った。
 だが、どこからか放たれた別の矢がその動きを阻んだ。
「戦う以上は仕留める気で挑ませてもらうぜ。だけどさ」
 村正 一刀はイブと青鬼武者の間に入るように立ち、桃太郎の大太刀を抜いた。
「こんなところに隠れて棲むより、ギルドに保護を求めるって発想は無かったのか? 底抜けのお人好しが多いから、鬼でも悪いようにはしなかったかもしれんぜ?」
「我らは来世人ギルドのなんたるかを知らん。貴様らが我らの何たるかを知らんようにな!」
「……まぁ、そうだろうな」
 来世人ギルド、そして人間が鬼を信じきれないように、鬼も容易にこちらを信用できない。
 そうであろうことは一刀にもよく分かった。

◆鬼将・天草四郎
 人を殺す気のない鬼。
 それは今まで幾多の鬼との戦いを繰り広げてきた来世人にとって奇異な存在であった。
 いや、拍子抜けというべきかもしれない。
「そういう面子は最初から連れてこないで下さい。斬る気も起きませんよ」
 藤枝 桜花は四郎を睨むように見た。
「あの鬼武者達は、あなたさえいなければ誰も殺す気なんてないんでしょう?」
 四郎は小首をかしげただけ……いや、「来い」、とあごをしゃくった。
 桜花は分身ノ術を成し、四郎へと迫った。
 同じ姿の分身4体。本体を見抜くのは容易ではなく、またいつでも入れ替わる事ができる。
 四郎を翻弄しながら桜花は四郎へと接近し、斬りつけた。
「忍者の術は厄介だな」
 自分の攻撃が容易には当たらぬと悟ると、四郎は背後に転移して桜花と距離を取った。
 そして一旦剣を収めると、接近してくる桜花に向かって勢い良く抜刀した。
「……!」
 ほとばしる魔法の水が水の刃を形作り、桜花に伸びる。
 それは四郎の剣の間合いの三倍もの長さに届くほどであった。
 桜花は警戒して距離を取る。
 その時、黒岩 綜哲が桃太郎猿の機巧を操り、四郎の背後へとけしかけた。
(これで隙ができれば……!)
 綜哲は四郎に一太刀浴びせるチャンスを狙っていた。
 だがその方法は四郎には通用しなかった。
 四郎は一瞬にして転移すると、次の瞬間、綜哲の背後に現れた。
「死ね」
 綜哲は耳元で四郎が冷たく発する声を聞いた。
 振り下ろされた刀は一撃で綜哲に強烈なダメージを与え、綜哲は血溜まりの中に倒れ込んだ。
「奴が……あれが天草四郎……!!」
 魔神 極奴は激昂しそうになる己の心をどうにか押さえ込んだ。
 その隣に立つミスト・カイザーが「行くぞ」と小さく言った。
「奴は問答無用……ならば極奴殿、迷うことはないでござるよ」
 極奴は頷くと、ミストの大太刀・ピンネモソミに斬鉄ノ太刀を施し、その効果を発揮させた。
 ミストは猿飛ノ術を成し、飛び出していく刹那、極奴にこう言って笑いかけた。
「拙者、この戦いが終わったら、長屋に帰ってプロポーズするでござる」
 その声は、恋人の藤枝 藤花には聞こえていなかったようだ。
 ミストは一気に四郎の元へと接近し、攻撃を仕掛けた。
 四郎はその太刀筋を回避したが、その瞬間背後に回った極奴の共振の太刀が背中を切り裂いた。
「引っかき傷くらいは付けられるようだな」
 極奴が太刀を構え直す暇を与えず、四郎は目の前に迫った。
 そして、声を上げさせる間もなく斬、と袈裟懸けに刀を振り抜いた。
「やはり……刀で語るしかないようですね!」
 湧口 瑞希は意を決し、四郎の懐へと飛び込んでいった。
 四郎は相対して一気に瑞希との距離を詰め、斬りかかる。
 だが無構ノ氣は瑞希にそれを回避させ、莞爾の太刀を抜く間を与えた。
「鬼の将よ! 我が刀を受けてみなさい!」
 抜刀ノ太刀は四郎の体を切り裂いた。しかし。
「それが何になる」
 四郎はそのまま力で瑞希を押し返すと、その傷を回復させながら、覇気を込めた一撃を浴びせかけた。
 そして瑞希が怯んだ隙にその背後へ転移し、さらに一太刀を振り下ろす。
「これ以上はさせねえ!!」
 鈴城 透哉は宗三左文字の打刀を手に四郎へと斬りかかった。
 素早くその太刀筋をかわすと、転移して距離を取った。
「この村を守る事……それがあんたの目指す道か」
 透哉は四郎の目をじっと見た。
「俺たちもきっと、今あんたに立ち向かう力がなきゃ道はきっと開けねぇ! サシでもあんたを止めてみせるぜ!」
 一ノ太刀を成し透哉は四郎へと迫った。
 四郎はその太刀筋をかわし、逆に透哉へと刀を振りかざした。
(透哉が危ない……!)
 雫石 露花は恐怖を堪えながら、大きな投網を四郎に向かって投げた。
 しかし、四郎はそこからいともたやすく逃れると、露花に正面から斬り伏せた。
「何人でかかってこようと同じことだ。お前たちは全員、ここから生きて帰さぬ」
 四郎は刀についた露花の血をほとばしる村雨丸の雫で払い落とした。
 その様子を、遠くから注意深く見ていた者がいた。
(今のところ、転移している距離はせいぜい50mといったところじゃな)
 底水 霧子は四郎の姿を目に焼き付けると、そのまま村から出来る限り距離を取った。
 そして、その場で舞を成就させた。
(では、いくぞ。嫌がらせの法力削りじゃ……!)
 放たれた月読命ノ舞の矢は、たとえ術者が目視できない距離であっても対象に命中させることができる。
 霧子は攻撃を受けにくい位置から四郎の能力を削る事を狙ったのである。
 しかし、四郎の目には霧子の姿がハッキリ見えていた。
「……女か」
 四郎は転移を繰り返し、一気に霧子の方へ迫っていった。
 単独で四郎と戦わせてはまずい。
 来世人ギルドの仲間たちは急いで四郎の後を追った。

◆総力戦の行方
「良かった、死んではおらぬようじゃの」
 右京は本堂に入り込むと、吉祥天慈悲真言で萌茄を回復させた。
 目を覚ました萌茄は飛び起きるなり「リンリンは?!」と叫んだ。
「今はおらん。歩けるならここから離れるぞ。奴がいつ出てくるか分からんし、けが人もこれから増えるじゃろうからの」
 右京はそう言って萌茄を外へ避難させた。
 その頃、廃寺を出た鰤々之進は境内から少し離れた場所にいた。
「春子姐さん、しっかり!」
 池袋 春子は鰤々之進の声にハッと意識を取り戻した。
 傍では仲間が周囲を守りながら心配そうな顔で見ている。
「本当にもう1回やる気なのか?」
 鰤々之進は周囲を警戒しながら春子に声をかけた。
 春子は肩で息をしながら「やるさ」と強気な視線を鰤々之進に返した。
「もうお終いにしなきゃいけないんだ……これ以上、あいつに好き放題させるわけにはいかないんだよ!」
 傍らには鰤々之進が廃寺から持ち出してきた櫛、そして藁人形があった。
 櫛にはリンリンのものと思われる白い獣の毛が絡みついている。
 これらを使い、春子は自分の身と引き換えにリンリンにダメージを与えるべく魘魅道術を成したのだ。
 しかし、これは非常に大きな博打であった。リンリンに巨大なダメージを与えるためには、必然、自身が巨大なダメージを受ける必要がある。一撃で死んでしまわないのが不思議なくらいの一撃だ。
 しかも、それが本当に効くかは、望みが薄いのだ。この魔法は、抵抗されれば少しも効果を与えられない。猩々ノ舞や七支刀があれど、おそらく高い法力を有するリンリンに対しては、これでも充分かは未知数だ。しかし、体力はそれほど多くなさそうな相手だ、奇跡が起これば、あるいは……
「さぁ、もう1回だ。あいつが来る前に、やれるだけやらないとね」
 そう言って呼吸を整える春子の視線の先には笛籐の和弓に矢をつがえ、五尾ノ鎌鼬の最後の一匹を仕留める梧桐 天兎の姿があった。
 そのすぐ側では海動 涼が退魔剣を振るい、高速で浮遊する七尾ノ狐と対峙していた。
「貴様は特攻役のようじゃな! しかしワシとて、そうやすやすと通してはリンリン様に申し訳が立たんでな!」
「ぐっ……!?」
 七尾ノ狐は涼の首元に食らいつくと、体を大きく回転させ、そのまま鋭い牙で鎧を食い破ってしまった。
 涼は剣で狐を払いのける。
 するとそこへ、すかさず仲間が攻撃を加えた。
「可哀想やけど、仕留めさせてもらうよ!」
 潤賀 清十郎の繰り出した水龍が襲いかかり、七尾ノ狐は「ぎゃっ」と悲鳴を上げて地面に叩きつけられた。
 七尾ノ狐はふらふらと起き上がりながら「おのれ」と来世人ギルドの者たちを睨みつけた。
「貴様らもリンリン様も……何故そこまであの『子犬』に執着するのだ! あんなチビ助、放っておけば良いではないか……!」
 再び飛びかかろうとする七尾ノ狐。
 しかし、それが叶うことはなかった。
 草薙剣の一振りがもたらした鋭い烈風がその身を切り裂き、狐は散り敷いた紅葉の上で動かなくなった。
「子犬、って良人君の事なのかな?」
 藤 あきほは草薙剣を静かに鞘に収めた。
「ペットみたいな扱いだとしたら、かわいそうなのだよ。やっぱり、リンリンの傍にいるのは……」
「聞き捨てならないわね」
 苛立たしげな声がして、軒の上に2つの影が現れた。
 5本の尾のある妖艶な女たち。
 リンリンの分身である。
「七尾ノ狐はヤキモチを焼いたのよ。あんまり私が良人を可愛がるから」
「良人は私の可愛い息子よ。子犬だなんて失礼しちゃうわ」
 今までは倒すことができなかった難敵の登場である。
 しかし、来世人ギルドの者たちにとってこの2人の登場は望むところであった。
「FreshGUMI!! 三人娘、推して参る!!」
 沖田 芽衣子が猿飛ノ術を成就させ、走り出る。
 それに続いて、土方 萌田中 カナタが分身たちの前に立つ。
「私達FreshGUMI!! は人々を照らす灯り! 消せるモノなら消してみなさい!」
 3人は勇ましく前へ出た。
 本体との決着をつけるための突破口を開かねばならない。
「萌ちゃん、来るよ!」
「分かってるよ、カナタさん!」
 カナタと萌は素早く芽衣子の両サイドを守りに入り、援護の体制を取った。
 しかし、リンリンお分身たちは、一瞬にして瞬間移動を行う転移の魔法を武器とする。
「フフフ、貴女たちを消すのなんて造作も無いことよ」
「人間って、とっても脆いんですもの」
 白い妖狐の姿となったリンリンの分身たちが嗤う。
 鋭い牙が萌、そしてカナタの柔肌を抉るように突き刺さった。
「……危ねえな……ったく!」
 萌がブレードオブブラックで分身を振り払った。
 そして、火珠鏡を取り出すと、その光線を分身に向けてカッと浴びせかけた。
 鏡の光には化身の身に宿る強固な守りの力を奪う効果がある。
 しかし、リンリンの分身に対してはその効力を発揮しなかった。
「っ……この……!」
 涼が巴御前の薙刀を萌に噛み付いていた分身へと振り下ろす。
 分身はその斬撃を受けることなく、一瞬にして向かいの軒の上へと飛んだ。
 だがもう一方の化身はカナタの腕を噛んだまま、芽衣子の射程内に収まっていた。
「これ以上好き勝手はアイドルとして許さないわよ!」
 一ノ太刀の威力を得た山姥の槍が振り下ろされ、分身の白い体が前栽の中に跳ね飛ばされる。
 すかさず、芽衣子はこれに次の攻撃を浴びせかけた。
「萌ちゃん行くわよ! 食らいなさい!」
 芽衣子の槍がギラリと光り、これにブレードオブブラックを手にした萌が続く。
「「FGアタック!!」」
 2人の武器が同時に分身へと振り下ろされる。
 しかし、その瞬間、白狐の姿は目の前から消えていた。
「嘘……! FGアタックを避けるなんて!」
 芽衣子が驚き目を見開く。
 すると、その瞬間耳元で「甘いわ」という声が聞こえた。
「人間ごときが私の速さに追いつけるわけがないでしょう?」
「くっ……まだまだ諦めないわよ!」
 芽衣子は槍を振りかざし、分身を払い除けた。
 その背中から、除傷形代道術の符がはらりと燃え散った。
 萌やカナタも同じく、符の効果によってこの攻撃を耐えたようだ。
「随分頑張るじゃない? でも、そうやって私達を追い回しても疲れるだけよ?」
 リンリンの分身は萌の刀による僅かな傷を受けたのみで、全くケロリとした様子であった。
 その憎たらしいほどの余裕な態度は単なる見せかけではないのだ。
「さぁ、そろそろ終わりにしましょう?」
 妖狐の分身は艶やかに笑った。
「貴方達の死をもって……ね」
 分身たちの姿が消え、そして一瞬にして人間たちに飛びかかる。
 そして、反撃しようとすればすぐさま転移してかわしてしまう。
 一方的な攻撃が始まった。
「皆サン、回復しマス!」
 ファウラ・クルシューエはとっさに地蔵菩薩慈悲真言を唱え、仲間を回復した。
 だがその直後、背後に飛び出してきた分身がファウラに食らいついた。
「あなたには一番先に大人しくなってもらおうかしらね?」
「させるか!」
 涼が薙刀を振り下ろし、ファウラから分身を遠ざける。
 そのタイミングを狙っていた仲間がいた。
「もらったのだよ!」
 あきほが振り下ろした草薙剣から烈風が沸き起こり、分身を巻き込んで転倒させた。
 そこを逃さず、一ノ太刀を成就した芽衣子が「萌ちゃん!」と叫んだ。
「もう1回行くよ! 今度こそ……!」
「「FGアタック!!」」
 芽衣子の槍、そして萌のブレードオブブラックが化身の体に突き刺さる。
 そして、そこへ天兎が矢を引き絞り、放った。
「これで一匹……ね!」
 力尽きた分身は一本の白い尾となって動かなくなった。
 残ったもう一体の分身は片割れが消えたのを見て顔色を変えた。  
「調子に乗るんじゃないわよ、人間の分際で!」
 高速で飛び回り、人間たちに襲いかかる分身。
 椋が仲間に向かって「下がってください!」と叫んだ。
「バラバラになっていると不利です! 僕の後ろへ!!」
 その声を聞き、周囲の仲間は椋と機巧大仏ノ法で強化された豆狸の機巧の後ろに入った。
 分身はその陣形を切り崩そうと躍起になって飛び回る。
(よし……これなら狙えるわ。あとはみんなを巻き込んでしまわへん場所に行ってくれれば……!)
 清十郎は黄水晶のかんざしの力で透明になると、分身の動きを読んだ。
 そして、分身が仲間から距離をとったのを確認すると、満を持して舞を成就した。
「みんな、動かんといてな!」
 繰り出された幻影の水龍が分身に向かって飛びかかる。
 そしてこの攻撃を分身が怯んだ隙を狙い、あきほが再び前へ出た。
「ここで死ぬのはごめんなのだよ!」
 草薙神風の威力を受け、転倒する分身。
 そこへ味方が一斉に攻撃を仕掛けた。
「涼様! 今よ!」
「ああ、これで終わりだ……!」
 天兎が矢を放ち、続けて一ノ太刀を成就した涼が薙刀を振り下ろす。
 そして、力尽きた化身はカナタが振り下ろした七星の剣でとどめを刺され動かなくなった。

◆黒く深い傷
 鬼は斬って良いモノ。
 子鬼はいたぶるのが簡単な、楽しい玩具。
 姉妹は沢山の遊び道具を目の前にした子供のように目を輝かせていた。
「決ーめた、っと♪」
 狗は前に飛び出すと、子鬼を庇っていた女鬼に向かって刺叉を振りかざした。
「弱そうだし、あなたから殺すね、おばあちゃん♪」
 刺叉が女鬼の着物に絡まり、引き倒す。
 子鬼達から「婆さま!」「婆さま!」と悲鳴が上がった。
『やっぱりね……仕方ないわ。止めるわよ!』
 クリスタルは朱雀炎帝占術の翼で舞い上がると、村雨丸を振りかざし、狗の真上から飛びかかった。
 だが、突き立てられた刃は狗の体に刺さる事はなかった。
 巌ノ氣が発現し、クリスタルの攻撃を無効化したのである。
「邪魔しないでよ! 狗、来世人と遊びに来たんじゃないんだから!」
 狗は刺叉を振り回し、クリスタルを振り払った。
 クリスタルは空中で体勢を立て直し、再び攻撃を仕掛けようとする。
 そこへ、凌駕と工助が「やめろ!」と叫んで割って入った。
「この姉妹はもう仲間だろ!? 仲間同士で争ってどうするんだ!」
「そうだ。狗、独楽も、やりてえなら俺とやってからにしろ! 俺はお前らにやられるなら――」
「どいてよ、邪魔なんだけど」
 凌駕の不意を突き、殴りかかったのは独楽だった。
 独楽は河原に倒れ込む凌駕を見下ろし、冷たくこう言い放った。
「ほんっと意味わかんないんだけど。別にいいじゃん、ほっといてよ」
「まったくよね。まぁ……殺されたいなら、殺してあげるけど?」
 狗は工助の体に刺叉を絡ませ、引き倒した。
 そして、笑いながらこう言った。
「でもね、みずから進んでやられたがる相手を痛めつけても、ぜんぜん面白くないのよ」
 姉妹は笑っていた、いつもと同じように。だが、その瞳は、いつにも増して――黒々と輝いていた。
「分かっていただけないのであれば……戦うしかありませんね。力づくで止めさせていただきます!」
 鶸は長船の長巻を手に、独楽に向かっていった。
 独楽はそれを素早くかわすと、鶸の懐に飛び込み、義手で殴りつけた。
 無構ノ氣が発現したのだ。
「予定変更。貴女……頭にくるから殺す」
 バランスを崩した鶸の腕に独楽が掴みかかる。
 へし折ろうというのだ。
 だがその時、真上から飛んできた矢が独楽の腕に突き刺さった。
 雷を帯びた矢を放ったのは菫花の手にした雷上動の和弓だった。
「花鶏さんを放してください!」
 菫花は再び矢を番え、独楽を狙う。
 再び矢が独楽の腕に刺さり、血が流れた。
 独楽は鶸を突き飛ばすと、矢を引き抜き、義手を嵌めた腕を菫花に向けた。
「邪魔しないでってばもう、無仏拳(むほとけこぶし)!!」
 繰り出されたのは、なんとロケットパンチ。飛び出した義手が命中し、菫花は悲鳴を上げて地上に落下した。
 その時、背後から長巻を手にした鶸が独楽に飛びかかった。
「しつこいんだよ……っ!」
 独楽は鶸の攻撃をかわしながら、義手のない手で殴り掛かる。が、それを狗が止めた。
「待って待って独楽姉、カッとなっちゃだめ! ここで来世人と戦ってどうするの!」
「えっ、ああ……」
 独楽は荒い息を吐きながらも、その手を止める。
「あー、もう……知らないっ!」
 独楽はいらいらと義手を拾うと、その手にはめなおし、ぷい、といったていで皆から離れていく。後を追う狗。
「静かに、なったのかな……」
 えあ子は、舞いかけの神楽法をやめ、その背を見送る。
『ひとまず騒ぎは収まったかもだけど……目が離せないわよ』
 クリスタルは皆にそう警告する。

 そして――鬼と来世人らが残された。
 とはいえ、姉妹抜きでも、話は簡単ではない。鬼たちをどうすれば良いのかということに関しては来世人ギルドの者たちの中でも最後まで意見が分かれた。
 過去には巧妙な手段で人間たちを騙した鬼たちも数多く存在する。そう簡単に信じるわけにもいかないだろう。
「もしも君たちがギルドに保護を求めるなら、まだ悪いようにはしないかもね。お人好しが多いし」
 ミアは鳶加藤を手にしたまま、あの青女鬼に言った。
「だけど、逃げるなら女子供も残らず皆殺しにする。その覚悟、見せられる?」
 青女鬼はしばし黙っていた。やがて言った。
「保護というのは、捕虜にする、という意味でしょうか。このまま行かせてはもらえませんか?」
「行くって……ドコへ?」
 工助が尋ねる。再び青女鬼は逡巡したが、やがて、答えた。
「わかりません……行く宛てがあって逃げたわけではないので。ただ、新たな隠れ里を探すことになるとは思いますが。すでに、別の道から逃げた者となんとか合流し、四郎様に導かれれば、あるいは……」
 言葉が尻すぼみになっていく。それは、希望を語るというより、望みの薄さに、あらためて愕然としているようであった。
「この話の流れで、行かせる、つまり逃がすことはありえませんわ。最大限譲歩して、捕虜でしょうね。でも、それがあなたがたのためにもなるでしょう。あてどなく彷徨うよりは、ギルドで危険の無さを証明し、仲間を見つけてもらうほうが、まだ望みがあると思いますわ」
 辺結はぴしゃりと告げた。ただ、これは本心だった。ギルドと鬼の双方にとり、そうすることが、きっと最良だろうと。
 青女鬼は、不安げな顔をしている子鬼達を見てから、「分かりました」と頷いた。
「我らはあなた方の人質となりましょう」
 青女鬼はそう言うと、自分の両腕を前に差し出した。
 他の鬼たちもそれにならって来世人ギルドに投降し、素直に捕縛にも応じた。

「……どうした?」
 捕虜鬼を引き立てていたヤズゥンは、神妙な顔のクリスタルを見て、そう聞いた。
「わからないけど……これで正しかったのかしら?」
「……さあな。今はこうするしかなかったのだろう」
「そうね……」
 そうだろうか。いや、そういうことじゃない。
 このとき、確かに感じていたはずの「いやな予感」を、なぜもっと深く考えなかったのかと、クリスタルは後に後悔することになる。

◆鬼武者の意地
 一度剣を交えてしまったら、容易には止められぬ。
 勝負を決するため、人と鬼とは互いに剣を交えた。
「休戦の余地は無さそうだな、行くぜ!!」
 一刀は刀を手にし、青鬼武者に向かっていった。
 しかし、青鬼武者はそれを素早くかわすと、一刀に一太刀浴びせんと刀を振り上げる。
 だがその時、頭上から一本の矢がその肩を貫いた。
 白鳳 桃花が 機巧合身ノ伎の機巧で同化した鷹の力で空を舞いながら矢を放ったのだ。
「くっ……上か!」
 青鬼武者がそれに気を取られた隙をつき、一刀は青鬼武者に迫った。
 そして一ノ太刀を込めた一撃で、その角の一本をへし折った。
「これはいかん……!」
 青鬼武者と一刀の斬り結び。やがて一刀は、残る角をも折ってみせた。
「みんな、木の上気ぃつけや! 鬼が一匹、暇してるで!」
 桃花は仲間に向かって叫んだ。
 すると、その「暇」と言われた鬼の声が桃花にこう返した。
『貴様らの動きを見ておったのよ。どうにも……油断ならぬ相手ゆえな』
 紺碧鬼武者は思念を通してそう言うと、大きな黒松の上から飛び降りた。
 そして刀を抜き、一気に人間たちの方へ突進してきた。
「みんな! その鬼武者はおらに任せろ!」
 牧葉 真夏は紺碧鬼武者を狙い、月読命ノ舞の矢を放った。
 矢はその角に命中し、砕け散った。
 しかしその時、同じ矢が真夏を襲った。
「我が同胞は死なせませぬぞ!」
 若黒曜は鬼神楽ノ鈴を手に舞い、容赦なく魔法を繰り出した。
 人間たちを近づかせまいというのだろう。
 だがその時、若黒曜の体が地面に仕掛けられた結界の中に入った。
(よし……かかった!)
 地面の下から顔を出し、密かにガッツポーズしたのは小冷 煌尚だった。
 若黒曜は、煌尚が地中でコッソリ作っていた小反閇道術の結界を踏んだのである。
 その違和感に気を取られ、若黒曜には一瞬の隙ができた。
 さらにそこへ一体の機巧が飛び出してきた。
 水上 澄香の放った伊舎那天であった。
(このまま……逃がしません!)
 澄香は村の家屋に身を隠しながら、鬼門封界内の若黒曜を注視し、機巧を操った。
 飛びついた伊舎那天の鬼門封界に挟まれ、若黒曜は魔法が阻まれてしまう。
 このチャンスを仲間が逃さずに捕らえた。
「角を折らせていただきますわ!」
 結界に飛び込んだのは蘭子だった。
 童子切安綱の太刀が若黒曜の角へと振り下ろされ、鬼毒斬の一撃がそれを砕く。
 若黒曜は悲鳴を上げた。
 そして動くことも出来ないまま、呆気なく二本目の角も蘭子によって奪われたのであった。
「まずい、お助けせねば……っ!」
 紺碧鬼武者はとっさに若黒曜を庇いに飛び出した。
 しかし、そこは煌尚の結界内である。鬼には不利なフィールドと化していることに、見ただけでは気づけないでいた。
「な……なんだ?」
「逃がすわけにはいかないべ!」
 紺碧鬼武者が異変を感じたところへ再び真夏の月読命ノ舞の矢が襲いかかり、2本目の角を砕く。
 そして、無念の表情を浮かべたまま、続けて3本目の角をも奪われたのであった。
「若黒曜……っ! おのれ、よくも!」
 鴉翁は刀を手に蘭子へと斬りかかっていった。
 だが、来世人たちとてそう簡単に仲間を斬らせはしない。
(邪魔してやれ……ここだ!)
 土遁ノ術で土中に潜んでいた煌尚が織田左文字の打刀でその足元を斬りつける。
 さらに、上空の桃花が矢を射かけた。
 そしてその間に蘭子が先に刀に力を込めた。
「ぐぁっ……!」
 一ノ太刀の威力を込めた一撃で鴉翁の角が折れ、その顔が苦痛に歪む。
 童子切安綱の太刀は鬼毒斬の一撃で鴉翁の動きを封じていた。
 そしてその間に2本目の角も砕かれた。
「戦う意思がない者を倒すのは気が向きませぬが……四郎の意に従うならば仕方のないことです、お赦しを」
 3本目の角が砕かれ、鴉翁はその場に崩れ落ちた。
 まだ角が残っているのは赤鬼武者1人であった。
「何と……鴉翁殿までもが! ええい! こうなったら我だけでも貴様らに一太刀浴びせねば気がすまぬ!!」
 赤鬼武者は憤怒の形相で人間たちへと突進した。
 他の鬼たちが戦意を失っている中、意地に突き動かされての行動であった。
「まだ戦う気か! これでも喰らえ!」
 ブナが素戔嗚息吹迎えノ舞を成し、赤鬼武者へと浴びせかける。
 だが赤鬼武者は転移してそれを回避すると、そのまま人間たちに向かってきた。
「もう法力も持たないんじゃありませんの!?」
 蘭子が仲間を庇うように飛び出し、童子切安綱の太刀を振りかざす。
 さらに、真夏や一刀が月詠ノ舞の矢で赤鬼武者の角を狙う。
 赤鬼武者は何度も転移を繰り返しそこから逃れたが、そうするうちに、次第に力がなくなってきたようだった。
「もう、これで終わりですわ!」
 蘭子は赤鬼武者の刀をかわすと、童子切安綱を振り下ろし、2本目の角を根元から断った。
 そして赤鬼武者が動けぬうちに、最後の角をも奪ったのだった。
「これでもまだまだ戦うか! 本性見せてみろ、本当に死にたくないならな! 私がこの目でしかと確認してやらあ!」
 ブナが鬼たちに向かって怒鳴った。
「生きたいのは、殺された大和人だって変わらんかったじゃろ! 力があるのに見て見ぬふりしてきた、これがお前らの罪じゃ!」
「貴様……言わせておけば!!」
 角を折られた鬼武者達がいきり立つ。
 すると、根子 ナラが善女龍の独鈷杵を手に前へ出た。
「まだ反抗するというのならば、私が息の根を止めます。鬼とはそうして然るべきものですから」
 ナラは鬼たちの顔を見回して言った。
「これまで鬼達のどこに、信頼できる要素があったでしょう? 華蓮と名乗る尼僧が鬼将だったのも、まだ記憶に新しいです」
「我らを人食い鬼どもと一括りにしおって……! これ以上の愚弄は許さぬぞ!」
 鬼武者達は各々刀を手に身構えた。
 ただ殺されるわけにはいかぬのだろう。
 だが、若黒曜が「待って」と声を上げた。
「もうやめましょう。みんな、もう分かっているのでしょう? 村を逃げた者たちが、とうに来世人ギルドに下ったことを」
 その一言で、男鬼たちは皆黙った。
 鬼たちは思念を通し、遠くにいる仲間と会話することができる。
 戦いの最中、逃がした者たちが来世人ギルドに捕らえられた事をすでに把握していたのだ。
「我らが、人間たちの思う『モノ』とは違う鬼であることを、あちらの方々は理解してくださったようですわ。私達も、話せばわかってくれるでしょう」
 若黒曜は疲れ切った表情で来世人たちを見た。
 周囲の鬼武者達はやりきれない表情で黙り込んでいた。

◆七尾ノ狐
「この攻撃が効いてると良いんだけどな」
 アイナ・ルーラは武士紅玉の根付を握りしめた。
 春子は藁人形を手にし、静かに待っていた。
「……2回目だ、いくぞ」
 返事の代わりに、春子は赤い河童装束の下から笑ってみせた。
 アイナの体が光を帯び、体格が大きくなったかのような幻影を纏った。
 そして――。
「ぐっ……!」
 春子へと振り下ろされたアイナの拳。
 その一撃で、春子は瀕死に陥った。
 手の中の藁人形がクシャリと音を立てた。
 そして――その時だった。
「ここにいたのね、なんて憎たらしいこと」
 倒れた春子の頭上に浮遊していたのは、間違いなくリンリン本人だった。
 その姿を見て、アステ・カイザーが「ああ……」と顔を青くした。
「やはり……春子さんの術が効いてないみたい……」
「当然じゃない。魘魅道術、だったかしら? どんなに工夫したところで、その法力を防げない私じゃないわ。でも、洒落にならないやり方を試してたのね、怖い怖い」
 リンリンはにんまりとに言った。
「誰を相手にしているか、もう一度よく考える事ね。まぁ……もうここで死ぬんだからそんな必要ないかもしれないけれどね?」
「は、春子さんには近づけません……っ!」
 アステはバールをリンリンに向けて振りかざした。
 しかし、リンリンはそれをいとも簡単にかわすと、白狐の姿になり、アステに噛み付いた。
「こうなっては……戦うしかない!」
 グレン・ギーガーは鍛神の金鎚を手に、リンリンを振り払った。
 周囲には廃寺で戦っていた仲間が集まり、一斉にリンリンへの攻撃を開始した。
「怪我してる連中はわしの方へ来い! 程度の酷いモンが優先じゃ!」
 右京が地蔵菩薩慈悲真言で負傷者を回復しながら仲間に呼びかける。
 椋も仲間が効率的に戦えるよう、味方を誘導した。
「回復役は僕もいますから、皆さんムリしないでください!」
 リンリンは数人で戦ってどうにかなる相手ではない。
 総力を結集してかからねばならなかった。

(お母さん……どうして)
 戦いの光景を、良人は身を固くし、小さくなって見ていた。
 何故リンリンは戦うのか。
 彼女は良人の身を守るためだと言った。
 だが――。
(つめたい)
 良人が紙の狐を握りしめていると、どこからかカタカタという音が近づいてきた。
 そこにいたのは、ブシラの機巧だった。
(怪獣……? なんで)
 良人は驚いて思わず小さな音を立てた。
 するとどこからか、良人を呼ぶ声が聞こえてきた。
『よう、君が良人かい。おいらはブシラってんだ』
 声は耳から入ってくるのではなく、直接良人の脳内に語りかけていた。
 この玩具が喋っているのか。
 斑鳩占術を知らない良人は戸惑った。
 ブシラを操っている茂呂亜亭 萌瑠はどこかに隠れているようだ。
『声を出さなくてもお話できるわ』
 今度は落ち着いた女の声が言った。
 見ると、そこには真っ赤な翼を持った女がいた。
『びっくりさせてごめんなさいね。良人とお話したいの』
 溢田 純子はそう言って微笑んでみせた。
 人間ではないのだろうか。
 良人は小さく頷いた。
 すると、今度は少し離れた木の陰から太った河童がヌッと姿を表した。
『良人君見つけたなっし! 僕は品川の河童の妖精シナッシーなっし!』
 この正体はきぐるみを着込んだ越中 団次郎である。
 団次郎が「こっちこっち」と呼ぶが、良人はリンリンの方を気にしていて動こうとしない。
 仕方なく、団次郎はこっそり良人に近づくことにした。
『僕たちは、良人君にお母さんの傍から離れて外に出て欲しいなっし』
 団次郎はそう言いながら良人に駄菓子を手渡した。
 遠慮がちに受け取る良人。
 その手首にはリンリンが付けたと思しき小さな鈴があった。
『このままお母さんのいいなりだと、一生ペットの様に自由になれないっし』
 団次郎は言った。
『僕らは良人君にそうなって欲しくないなっし。だからそのことを伝えに来たなっし』 
『でも……僕、お母さんに優しくしてもらってるよ?』
 良人は周囲を窺うような素振りを見せた。
 リンリンは戦っており、良人から注意が逸れていた。
 だが、自分の目の届くところに置いているらしく、人間たちの攻撃をかわしながら時々チラリチラリとこちらを見た。
 団次郎はその動きを警戒し、黄水晶のかんざしで姿を消しながら良人と話をした。
 一方の純子は摩利支天隠行真言で獣から姿が見えないように隠している。
『そう、お母さんは優しいのね』
 純子が良人の傍に寄り、そっとその肩に触れた。
『じゃあ、お母さんに言えなくて困ってることはない?』
 純子がそう言うと、良人は困ったような顔で下を向いてしまった。
 その手の中の紙の狐がじっとりと手汗で湿っていた。
『……つめたい』
 良人はしばらく黙った後でそう呟いた。
 何が冷たいのかと尋ねると、良人は自分の心臓の辺りを示した。
『お母さんは優しいのに、心臓の近くが冷たくなるの。前のお父さんとお母さんといたときみたいに。変だよね?』
 そう言って、良人は純子の顔を見た。
 心から不安そうな顔だった。
『お母さんはぶたないのに。痛いことしないのに。何でかな? 僕……おかしいのかな?』
『心で感じる事にはね、絶対意味があるのよ』
 純子はそっと良人の手を包み込んだ。
『心はあなたを守ろうとしてるのよ。だってあなたの心は絶対裏切らないあなたの一番の味方だから』
『僕の心が、味方?』
『そうなっし。良人君の心が、間違ってる、って言ってるなっしよ』
 団次郎もきぐるみの手で良人に触れた。
『良人君はまだ子供なのに、こんな風に隠れなきゃいけないよう暮らしはよくないなっし! だから、そんな鈴は外して僕と一緒に外で遊ばないなっしか?』
『でも……お母さんが』
 良人は手首の鈴をぎゅっと握りしめた。
 りりん、という音に気づき、リンリンが良人の方へ飛んできた。
 良人は団次郎からもらった駄菓子をサッと自分の後ろに隠した。
「大丈夫よ、良人……いい子にしてなさいね。すぐ静かになるから」
 リンリンは優しげな声で良人に語りかける。
 純子と団次郎は息を殺してその様子を見ていた。
 良人が頷いてみせると、リンリンは再び人間たちの方へ向かっていった。
「教えてほしいことがあるんです」
 そう、リンリンに向けて声を発したのは藤枝 梅花だった。
 その前方を、村雨丸を手にした遠前 九郎が守っていた。
「あなたが息子さんを守りたいと思っているのは知っています。とはいえ、正直ここまでこちらを敵視する理由が分かりません。こちらとしては来世人や大和人に害を与えなければあなたを倒してまで息子さんを保護しようとは……」
「理解なんて、どうせできないわ」
 リンリンは梅花をキッと睨みつけた。
「私が良人を愛する心は私のもの……人間に分かって欲しいなんて思わないし、説明する必要もない」
「……貴女は思い違いをしているわ」
 升田 千絵代が口を開いた。
 そして、リンリンにこう問いかけた。
「九尾の狐は……誰かとの約束を果たす生き物だと聞いているわ。貴女は良人君と何を約束したの? もしかして、来世人を消して欲しいって良人君が言ったの?」
「フン。良人がそんなこと言わなくたって、私は来世人を全員消すまで止まらないわ」
 リンリンの姿が消える。
 そして、梅花の背後に現れた。
「来世人ギルドを放っておく限り、私と良人のジャマをするものはいなくならないのよ!」
「梅花さん、危ないっ!」
 九郎がとっさに庇おうとするも間に合わない。
 炎の渦が梅花に襲いかかり、梅花はその場に倒れた。
「人間は脆い……良人も……だから、だから私が守るのよ!」
 リンリンは続けざまに九郎のもとへと転移し、その喉笛に食らいつく。
 そして再び尾を翻し、炎の渦を浴びせかけた。
「貴女に、親子としての愛なんかない!」
 草薙剣を抜き、千絵代はリンリンに向けて振り抜いた。
 一ノ太刀の威力を含んだ一撃がリンリンの身を大きく切り裂き、真っ赤な鮮血が散った。
「貴女のしていることは、愛玩動物を過保護に一方的に飼っている行為と同じよ! 本当に親子の愛があるのなら良人君を正しい道を教え導くわ。時には叱り時には共に笑い涙する。きっと良人君の前の親も最初はそうだったはず……たとえ、最後までそれができなかったとしても」
「……黙りなさい」
「お互いに絆がなければ愛を感じる事なんてないわ! 貴女が私達を殺して良人君が喜ぶと思う?! 答は否よ。良人君が心離れをしたら、貴女は良人君に同じ事をするわ!!」
「私がそんなことするわけないでしょおおお!?」
 リンリンは激昂し、千絵代に向かって飛びかかった。その声音は、形相は、図星を当てられた悲しい女のようであった。
 鋭い牙がその身を抉り、千絵代は血を流して倒れ込んだ。
「千絵さんっ!」
 遠野 絃瑞は神威ノ伎で転移し千絵代とリンリンの近くに飛んだ。
 そして、素早く影縫の忍者刀を振り下ろし、リンリンを千絵代から遠ざけた。
 妻をその背後に庇う絃瑞を見て、リンリンはクスリと笑った。
「分かりたいなら、分からせてあげるわよ。愛するものを奪われる気持ち……目の前で見せてあげるわ!」
 リンリンはそう言うと、一瞬にして絃瑞の懐に飛び込み、その喉元に食らいついた。
 千絵代の悲鳴が響き渡る。
「させるかよ……!」
 九郎が抜刀し、振りかざされた水の刃がリンリンの体を切り裂いた。
 飛び散った真っ赤な血。
 それを見ていた良人が思わず手で顔を覆った。
『良人、辛いでしょうけど、あなたは立ち向かわなきゃいけないのよ』
 純子の斑鳩占術を通じ、藤枝 菊花の声が言った。
『リンリンに縋りたくなるのは理解できるわ。だけど、彼女は人間を平気で傷つける。だから私たちはリンリンと戦わなきゃいけないの』
『お母さんは……人間は悪い存在だって言ってた。人間の大人は、子供をいじめるんだって』
『……それは違うわ。リンリンはね、あなたを誰かに取られないよう、嘘を言ってただけなのよ』
 良人は指の隙間からリンリンの姿を見た。
 今まで見たことないような、恐ろしい形相だった。あれは、僕を守るため? それとも……?
『あなたは、とても辛い目に遭ったって聞いたわ。そんな中で、はじめて優しく接してくれる存在に出会ったのよね? 恵まれた生活をしてきた私にはあなたの辛さが分かるなんて言えない。だけどね、あなたはこのままじゃいけないの!』
 菊花は繰り返しそう語りかけた。
 このままじゃいけないのか。
 リンリンとここにいることは間違っているのか。
 良人の心が揺れ動き始めていた。
「春子、しっかりするのだよ!」
 あきほが吉祥天慈悲真言を唱え、春子を蘇生した。
 春子はさらに近くにいたファウラの地蔵菩薩慈悲真言で回復すると、再びあの櫛を手にした。
「1度や2度で効かなくても……諦めるもんか。何度だってやってやるさ」
 しかし、リンリンがそれを許すわけがなかった。
 転移して春子に迫ると、その体に牙を突き立てた。
「この私に呪いをかけようなんて生意気なのよ! もう二度と甦れなくしてやるわ……!」
「そんな事、させるかよ!!」
 アイナはリンリンが春子に噛み付いたところを思い切り突き飛ばす。
 続けてグレンが金鎚で殴りつけ、さらにそこへ涼、そして千絵代が同時に斬りかかった。
「あんたはここで止めるぞ、リンリン……!」
「貴女には良人君の母親の資格はないわ!!」
 巴御前の薙刀、草薙剣。
 二振りに成就された一ノ太刀の威力がリンリンへと迫り、たまらず転移して逃れる。
 するとそこへ、3枚の風羽が飛翔し、リンリンの体を切り裂いた。
「そろそろウチの出番じゃな……! ガンガン削らせてもらうわ!」
 奈々は太上神仙秘法道術を成就し、紺碧女呪鬼のイタコ服の力を借りてリンリンの法力を削りにかかった。
 リンリンが激昂して奈々に飛びかかろうとすると、蝶太の繰り出した紙の木葉梟がそれを阻んだ。
「どいつもこいつも……生意気なのよ!!」
 攻撃の体勢を立て直そうと距離を取るリンリン。だが、清十郎が水龍神霊迎えノ舞を成就させ追い討ちをかける。
「自分さえ良ければ皆が……子供すら苦しんでも構わへんなんて、そんな考えを見過ごすわけにはいかんよ!」
 来世人ギルドの者たちには疲れが見られたが、攻撃の手を緩めるものはいなかった。
 今日こそはここで倒す。
 その意志は強かった。
「みんな、一気にいくのだよ!」
「観念せい邪悪の化身め! 拙僧が成仏させてくれる!!」
 あきほの草薙剣の烈風がリンリンを翻弄し、そこへ村雨丸を手にした頼伝が斬りかかる。
 カナタは太上神仙秘法道術の風羽根で援護射撃。
 さらに、一ノ太刀を成就した芽衣子、そしてブレードオブブラックを手にした萌が同時攻撃を繰り出す。
「「喰らえ! FGアタック!!」」
「この……しつこい来世人どもめ……!」
 リンリンは忌々しげに唸りながら転移し、高速で飛び回り、来世人達に立ち向かい続けた。
 だが、次第にその身には疲労の色が見え始めても、リンリンは今までのように逃げ出そうとはしなかった。
 良人を連れて逃げられなくはない。だが、ここで逃げるなど――!

「危ないかもしれないね。良人君、私が身代わりになるから、ここから出よう?」
 リンリンの意識がそれているのを見計らい、希有亭 波新はそう声をかけた。
 良人は戸惑うような様子を見せ、動こうとはしなかった。
 その時、来世人達の接近に気づいたリンリンがこちらに飛びかかってきた。
「私の良人に……触らないで頂戴!!」
 波新に噛み付くリンリン。
 そこへ、きぐるみを着た団次郎が飛び出した。
「波新を放すなっしーー!!」
 団次郎は阿修羅王真言を成就し、恵果の錫杖でリンリンに殴りかかった。
 リンリンは獣の声で唸り、遠ざかった。
「やめて、おかあさんをいじめないで!」
 良人が思わず叫ぶ。だが、やめる来世人ではない。
「おかあさんももうやめて!」
「やめないわ、あなたを奪いにきたのよ、この人たちは。さあ、いらっしゃい」
 リンリンは女性の姿となり、良人のそばへ一瞬で近づき、抱き寄せた。こうなると、来世人も手が出しづらい。
「なっ、子供を盾にするなんて……」
 波新は歯噛みする。
「とんでもない、守ってるのよ」
 リンリンは凄惨な笑みを浮かべる――が、その笑みが一瞬で歪んだ。
「あぐう……?」
 胸を押さえ、ぐらりとよろめく。そして狐の姿になりながら倒れこむ。
「や、やったか!?」
 アイナが思わず叫ぶ。そう、春子の肉体を使った地獄の藁人形攻撃が、通ったのだ。春子のさらなる瀕死と引き換えに。
「チャンスよ、ここで仕留めるわ……!」
 千絵代が、皆が、次々にリンリンを取り囲む。
 だが、リンリンはもはや、苦しげに首を持ち上げるだけで、動く力も残されていなかった。
「おのれ……来世人め……」
 憤怒の形相。だが、むなしい怒りだ。
「……最期に、言い残すことはありませんか?」
 梅花がそっと尋ねた。リンリンは、ぜぃぜぃと息をすると。
「あの子に……こんな姿見せないで……良人を向こうへ……」
「大丈夫、言われなくても、そうしてるから」
 菊花は良人を、しっかりと抱きしめ、遠ざけていた。
「末代まで祟るのはやめてあげるから……あの子を……良人を……どうか……」
「約束するわ。あの子は幸せにするから」
 純子が告げると、九尾ノ狐は、安心したような顔をした。
「幸せ、ね……幸せって……何……? 何百年も生きてみても……よくわからなかった……疲れた……」
 その後も、なにかぶつぶつと意味不明な言葉(中国語のようだった)を言っていたが、気づけば、狐は呼吸を止めていた。

 こうして良人は、ギルドに保護された。リンリンがなによりも恐れ、そして最期に、そう望んだように。
「おかあさん、しんじゃったの……?」
 良人の問いには、皆は「そうだ」と正直に答えた。だが良人は、一度も泣くことはなかった。悲しみを感じていないのか、あるいは、悲しむことにはもう、すっかり疲れてしまっているのか。
 だが、リンリンにもらったあの紙の狐だけは、決して手放そうとはしなかった。

◆四郎の征く道
 隠れている霧子へと接近しながら、四郎は村を出た者たちが来世人ギルドに投降したこと、そして鬼武者達が同じ道を選んだことを悟った。
(……無理であったか)
 だが、彼の顔に変化はない。
「隠れても無駄だ」
 四郎は魔法の矢を放っていた霧子の元へ転移すると、太刀を抜いて斬りつけた。身代わり石では防げぬ威力。
「うちを狙うということは、これが気に食わんというこっちゃな……!」
 さらに舞って、光の矢で、神波占術で、その法力をおおいに削る。だが、四郎の連撃にはとても耐えられず、血を噴いて倒れる。
「鬼武者達の態度で今回斬る気だだ下りだったんですが……あなたに限ってはそうでもなさそうですね。全力で行かせていただきます」
 桜花は再び分身すると、童子切安綱の太刀を手に四郎へと向かっていった。
 四郎は、ときに受け、ときにかわしながら、本体を探るように何度も5人の桜花へと斬り続ける。
 その攻撃のタイミングを狙い、背後から透哉が迫る。
「あんたはここで止めるぜ、四郎!」
 振りかざされた宗三左文字の切っ先、だが四郎は転移して距離を取った。
 そして再び接近すると、正面から思い切り斬りつけた。
 覇気の込められた凄まじい一撃であった。
「直線的すぎる」
 四郎は苦痛に表情を歪める透哉を冷徹な目で見ながら太刀を構え直し、再び斬りつける。透哉の体は動かなくなり、その場に倒れた。
 圧倒的な強さであった。
「村の鬼たちとはやはり違いますね」
 桜花は四郎の動きを読み、一ノ太刀を成就させると、太刀を思い切り振り抜いた。
 しかし、四郎はそれをかわすと、すぐさま反撃に転じた。
 桜花も分身で四郎を翻弄し、斬らせない。
 じりじりと攻防戦が続いた。
(あの角を……せめて一本だけでも破壊せねば!)
 ミストは猿飛ノ術で加速すると、ピンネモソミを振りかざし、四郎に斬りかかった。
 四郎は素早く身を翻し、剣先でミストを牽制。
 白刃がミストの脇腹をかすめ、赤い血が飛んだ。
「やってくれますね……!」
 桜花が刀を構え直し、四郎へと斬りかかる。
 だが四郎はそれをかわすと、桜花の背後へと転移した。
「今度は……正解のようだな」
 強烈な一撃が浴びせられ、桜花はバランスを崩した。
 四郎は無表情のまま、振り向いた桜花にもう一太刀を加えた。
「桜花殿……っ!」
 ミストが飛び出し、四郎へと剣を振りかざす。
 だが、その一撃は四郎には当たらず、逆に反撃を受けることとなった。
「ミスト君は斬らせないわよ!!」
 藤花は阿修羅王真言を成すと、ミストを庇うように飛び出し、殴りかかった。
 しかしその攻撃もかわされ、四郎の太刀が藤花の背中をざっくりと斬った。
「四郎め……藤花殿を放すでござる……っ!」
 ミストは黄金銃を構え、四郎の頭部を狙い、引き金を引いた。
 重心から飛び出した弾丸は四郎の兜に当たり、弾き飛ばした。
 四郎は振り返り、ミストをじろとねめつけた。
 額に突き出た2本の角の他に、もう1本の角があった。
「3本……角か……」
 血溜まりからふらりと立ち上がったのは命を奪われたはずの透哉であった。
 その懐から、金蛇の置物が転がり落ちた。
「この鎧……三枝守全じゃなくて、あんたが作らせたんだよな?」
 透哉は身につけている抗鬼の南蛮胴を手で叩いてみせた。
「なぜそんなことをしたんだ?」
「あの時は、来世人は味方だった」
 四郎は率直に答えた。
「じゃあ、今はなんで敵なんだよ!」
「敵でなければ、なぜこうして戦っているのだ」
 そう言うと、四郎はじりじりと後退した。
「なぜ、って……ええと」
 瑞希は思わず、首をかしげる。戦っているから敵? じゃあ戦わなければ敵じゃない? そもそもなんで戦っている?
「しゃべらなすぎなんじゃオマエはー!」
 ブナがウガーと抗議するも、四郎は、そちらをチラリとも見なかったが、しかし、どういうわけか、語りだした。
「いくつか話しておこう。俺の目的は、生存にあった」
「生存? 自分自身の?」
 楡の問いに、四郎はうなずく。
「俺は特異な存在だった。鬼でありながら、人間への害意も、豊臣秀吉とやらへの忠誠心も持ち合わせなかった。なぜなのか。自分は何者なのか。そもそも鬼とはなんなのか。わかるはずもなかったが、俺は道を決めねばならなかった。鬼につくのか、人と生きるのか。共存は可能なのか。だが、共存は困難と判断せざるを得なかった」
「それはどうでしょうか。私たちは好戦的ではありません」
 澄香が訴えるが、四郎はにべもない。
「ではなぜ、こうして戦っているのだ? 戦闘の抑制は容易ではなく、そして停戦状態は、いとも簡単に崩れ去る。人間も鬼も、愚かであるがゆえにだ」
「だから、わかりあえない、と?」
 蘭子はそう言いながらも、刀を持つ手に力が入っている自分に気づき、ハッとする。そうか、それが言いたいのか、と。
「情報を得るべく、御庭番になりすまし、幕府とギルドと鬼についての情報を集め、分析した。そのうちに俺は、自分と同じく、人を食わない鬼の存在を知った。そこで俺は、その者たちの生存をも目的とした。だがその集落は、他の鬼に勘づかれ、襲われ、そして人間にも知られてしまった。何人かは逃がすことができたが、多くがお前らに捕らえられた。これが俺の現状だ」
「それじゃ、これを機に和解を……とは、いかへんのやろなあ、うん」
 桃花は状況を整理しようとしてみたが、考えれば考えるほど、状況が複雑すぎて、落としどころがサッパリ浮かばなかった。
「俺の目的と現状は伝えた。それをこれまで明かさなかったのは、また明かした今も刀を捨てられぬのは、お前らを信用できたことが一度もないからだ。来世人には和解に繋がる感情、脅威に向かう力はあるが、情に流されやすく、関係を築くには信頼性・安定性がない。最終的に鬼どもに勝てるかさえわからぬ。また、幕府との力関係も不安定だ。日本全土の大衆感情もしかり――今、こうして腹の内を明かしているのは、お前らに捕らわれた同胞を、可能であれば救うつもりだからだ。よって、丁重な扱いを要求する」
「あれだけ乱暴しといてよくも……ま、仕方ない」
 霧子はやれやれといった風情。
「同胞を取り返すためにギルドを襲撃することはしない、その生存が脅かされぬ限りはな。人質として取引材料にすることもやむを得ないだろう。この件はあらためて伝達する、逃げ延びた同胞を安定させたうえでな」
 それだけ言うと、四郎は転移して消えた。

「この村は、天草四郎が起こしたという、あの『島原の乱』とは関係がありますの?」
 村を出る前に、蘭子が鴉翁に訪ねた。
 鴉翁は静かに首を振った。
「四郎様に関してそのような話が語られているとはチラリと聞いた。しかし、我らはただこの地に隠れ住み、掟に従って小さく暮らして来た。ただそれだけじゃ。人の戦の事など何も知らぬよ」
 四郎が成り代わっていた三枝守全という人物に関しても鬼たちは何も知らなかった。
 天草四郎時貞は、ついに、目的らしいものを語った。だが一体、四郎という鬼将は、結局、いかなるモノなのか――。
 その謎は未だ解けぬままである。

◆鬼と人の生きる道
 この戦いのあと、改めてあの鬼の村の周辺で聞き込みをして回る者たちの姿があった。
「鬼? そうだなぁ……ここらで見たって話は聞かないなぁ。な、婆様?」
「ああ、鬼っ子だべ? 旅の人らが遠くの国で見たって話くれぇは聞いたことあったけんどなぁ」
 御前 輔兵衛を前に、人々は首を傾げてみせた。
 あの鬼たちが本当に人を食わないのか、また、家畜を襲ったりして人々に害をなしたことはないのか。
 輔兵衛が彼らの証言の「ウラ」を取って歩いたところ、鬼による近隣への被害は全く見られず、あの場所に鬼がいたという事実に驚く者のほうがむしろ多いくらいであった。
「あの青女鬼の言った……『静かに暮らしたい』というのは本当だったのでござろうな」
 村人に差し出された茶を飲みながら、輔兵衛はそう呟いた。
「すでに人に仇なしているようなら、静かに暮らしてるとは言えぬが、この分ではあの鬼たちが嘘を言ってはおらぬという事で良さそうでござる」
「そうですね。これだけいろいろな方に聞いたのですから、もう信じて大丈夫でしょう」
 隣に座る庚 閑もそう言って頷いた。
「ハロウィンで縁があった化身の参頭ノ大蛇様や葛城左衛門様も首を傾げておられましたし、時間はかかるかもしれませんが、もしかしたら……いつかは鬼と人との共存の道が開けるかもしれません」
 もっと時間をかけて鬼や化身と棲み分けしたり、約定を交わしたような伝承や古文書等がないか尋ねたりすれば、あるいはそういうものも見つかるかもしれない。だが、これだけ探してないのであれば、望みは薄いだろう。
「人であれ鬼であれ、子の命を守りたい母の想いは……同じ筈です。鬼も人も、争うことなく平和に生きられる道が見つかればいいですね。憎しみには憎しみしか返ってこないのですから」
「閑殿の言うとおりでござる。無駄な血を流すべきではないのだからな。ではそろそろ、ギルドに戻ろう。今日のことを報告せねば」

 だが、ギルドでは大問題が生じていた。クリスタルのいやな予感が、凄惨なかたちで表面化してしまったのだ。
 あの姉妹が、来世人の隙をついて、捕虜であった子鬼や女鬼のうち半数を惨殺してしまう事件が発生したのである。
 それ自体が、浮世の罪に問われることはない。殺したのは鬼であり、人間ではないからだ。しかし、事態を重くみたギルドは、姉妹を厳重に幽閉することにした。
 この件は、四郎にも伝わるだろう。それはいい結果を及ぼすはずもない。
「四郎さんが言ってたという、情の流されやすさ、か……」
 清十郎は憂鬱だ。では、どうすべきだったのか、と。答えは容易ではない、いや、正解などないのではないか。
 この事件により、残る捕虜は当初、協力を拒んだが、長い説得により、なんとか友好的な態度を取れるまでに至った。
 だが、彼らから聞き出せたことは、あまり多くない。四郎や鬼武者が語った範囲であった。
「いつからあの集落があったのかは誰も知らない。でも、伝えられる限り昔より、あそこに隠れ、生きてきたんだ……それだけだ。本当にそれだけだったのに……」

 黄昏の空に雁の群れが横切っていく。
 これから、寒い冬がやってくる。だが、今の寛永には、クリスマスもとい霜月祭が待っている。
「なかなか心を開かないわね。せめて霜月祭では、たくさん笑ってくれるといいんだけど」
 芽衣子は、庭で遊ぶ良人を眺める。しゃべらないわけではないし、人見知りもしないし、笑うことだってある。だが、その表情にはつねに陰があり、心の底から楽しんでいる瞬間は、まだ見られないでいる。
 冬がやってくる、寒い冬が。はたして、その雪が解け、明るい春が訪れてくれるのか。来世人は、捕虜の鬼は、良人は、初冬の澄んだ空を見上げていた。



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参加者

a.これ以上好き勝手はアイドルとして許さないわよ!
沖田芽衣子(ka00120)
Lv102 ♀ 22歳 武忍 来世 大衆
サポート
e.俺も子鬼殺したからな。姉妹と一緒にいて鬼と話してみっな。倒す準備OKと
平口工助(ka00157)
Lv141 ♂ 22歳 武僧 来世 異彩
サポート
a.機巧を前に出します、鎌鼬を引き付けられると良いのですが……
空木椋(ka00358)
Lv109 ♂ 20歳 傀僧 来世 大衆
g.喋るのすらめんどくさいなら、死んでしまえ!!
森住ブナ(ka00364)
Lv128 ♀ 15歳 神陰 来世 異彩
z.鬼将と戦う方に形代を、伊遮那天は皆さんの守りや、鬼の邪魔をする為に。
水上澄香(ka00399)
Lv181 ♀ 17歳 陰傀 来世 異彩
f.どの道を選ぶにしても、ここであんたを止められなきゃ道はきっと開けねぇ!
鈴城透哉(ka00401)
Lv107 ♂ 15歳 武僧 来世 異彩
サポート
g.戦う意思が本当に無いのかしらね
高杉蘭子(ka00512)
Lv136 ♀ 20歳 武神 来世 傾奇
サポート
c.この際です。リンリンさんと話してみますか。何か分かるかもしれませんし
藤枝梅花(ka00566)
Lv113 ♀ 22歳 神陰 来世 麗人
サポート
d.あなたはどうしたいの?今は逃げるしかなくても、いつかは立ち向かわないと
藤枝菊花(ka00568)
Lv173 ♀ 17歳 神傀 来世 異彩
f.やる気がないのを戦わせないで下さい。斬る気も起きない。
藤枝桜花(ka00569)
Lv156 ♀ 23歳 武忍 来世 異彩
サポート
b.よろしくお願いします。
潤賀清十郎(ka00609)
Lv141 ♂ 27歳 神忍 来世 異彩
e.なんか話がおかしな方向に逸れて来たけど、ま、いっか。
莱堂凌駕(ka00613)
Lv157 ♂ 17歳 忍僧 来世 大衆
f.拙者、この戦いが終わったら、長屋に帰ってプロポーズするんだ(ぷひー)
ミスト・カイザー(ka00645)
Lv171 ♂ 24歳 武忍 来世 影
サポート
e.コラマテ。逃げても逃げなくても、そこの双子(新免姉妹)をけしかけるぞ☆
ミア・カイザー(ka00679)
Lv157 ♀ 24歳 陰忍 来世 異彩
b.呪詛をおーじゃまじゃまじゃまっと
御前萌茄(ka00753)
Lv163 ♀ 21歳 神忍 来世 影
c.話をしてみたいわね。といっても言いたい事を伝えるだけかも
升田千絵代(ka00869)
Lv276 ♀ 25歳 武陰 来世 傾奇
サポート
d.見つけて保護できるといいね。無理やり連れてく様な事はせんよ
越中団次郎(ka01138)
Lv135 ♂ 32歳 武僧 来世 傾奇
g.封鬼狙い。さて、どこまでいけるやら
相葉楡(ka01176)
Lv107 ♂ 27歳 武傀 来世 異彩
b.回復なのだよー
藤あきほ(ka01228)
Lv175 ♀ 20歳 陰僧 来世 異彩
e.わからない時はひと(?)に聞く! 争いは止める派だよ☆彡
霧ヶ峰えあ子(ka01260)
Lv216 ♀ 16歳 神僧 来世 麗人
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e.捕縛中心で動くな
ヤズゥン・ディガ(ka01287)
Lv255 ♂ 22歳 陰忍 来世 質素
サポート
b.癒し手として参戦じゃ。
毒島右京(ka01318)
Lv105 ♂ 35歳 陰僧 来世 大衆
サポート
d.えー、ちょいとネタが思い浮かびましたので、こちらに参加を。
茂呂亜亭萌瑠(ka01356)
Lv108 ♀ 23歳 神傀 来世 異彩
g.すまん。行動変更で、こちらに回るぜ。
村正一刀(ka01389)
Lv92 ♂ 23歳 武神 来世 異彩
a.なんとしても突破口は開いてみせる。分身は最低でも2体は来るだろうな。
海動涼(ka01489)
Lv201 ♂ 22歳 武僧 来世 傾奇
サポート
z.鬼と共存が無理としても、棲み分けできないものか縁のあった方等にご相談を
庚閑(ka01503)
Lv123 ♀ 15歳 神陰 来世 麗人
b.もう終わりにしようじゃないか…
池袋春子(ka01511)
Lv95 ♀ 34歳 神陰 来世 麗人
サポート
g.回復です
根子ナラ(ka01549)
Lv80 ♀ 22歳 神僧 来世 異彩
g.上空から火力支援するで。何をするにしてもまずは勝たんとな。
白鳳桃花(ka01568)
Lv134 ♀ 17歳 武傀 来世 異彩
d.厳しいけれど彼自身に選んで貰いたいわね。…ところで朱雀は入用かしら?
溢田純子(ka01629)
Lv98 ♀ 25歳 僧流 来世 異彩
z.四郎や鬼武者の側で小反閇を敷いてみんなを援護する…ので、みんな頑張れ…
小冷煌尚(ka01631)
Lv89 ♂ 23歳 陰忍 来世 質素
e.あの姉妹の監視を中心に行うわ。この仕事どこに転ぶか分からないしね。
クリスタル・カイザー(ka01634)
Lv207 ♀ 29歳 忍流 来世 異彩
a.化身どもの成仏は、拙僧が引き受けたわい!!
富栄弩院頼伝(ka01639)
Lv97 ♂ 36歳 僧流 来世 異彩
d.芸人として、子供の笑顔を取り戻せないかなってね。
希有亭波新(ka01670)
Lv182 ♀ 23歳 忍流 来世 異彩
b.ウチの領域内で十全に戦える思うなや。
暦紗月(ka01738)
Lv159 ♀ 29歳 流誓 来世 麗人
f.嫌がらせの法力削りじゃて、まさかこれは回復できまいよ。
底水霧子(ka01792)
Lv168 ♀ 33歳 神流 来世 麗人
e.相手が複数だから『墓』じゃなく『墓場』ね。同じ墓には入り切らないわよ?
銀石辺結(ka01862)
Lv100 ♀ 20歳 武風 大和 大衆
f.鬼の将よ、来世人さま方を決して倒させは致しませぬ!
湧口瑞希(ka01873)
Lv105 ♀ 19歳 武空 大和 大衆
e.正しい選択ではないのでしょうが、鶸にはどうしても見捨てることなど……!
花鶏鶸(ka01883)
Lv125 ♀ 16歳 武火 大和 異彩
サポート
z.鬼の村がある山の麓の村などで、家畜や人が被害にあってないか聞き込みでも
御前輔兵衛(ka01901)
Lv136 ♂ 23歳 僧水 大和 大衆
 死ね、来世人よ。ここがお前たちの墓だ。
天草四郎時貞(kz00012)
♂ ?歳 化身