担当MS:恵雨人

みゆきのはら

開始料金タイプ分類舞台難易度オプション状況
14/12/30 24:001300 Rexショート日常竜宮自由お任せプションEXオプション 10人

◆参加者一覧

マリーツァ・フェーヤ(ta1120)E月
クオリア・クレアーレ(tb5227)E陽
シエル・ラズワルド(tb6111)H風
ルエラ・ヴァッセル(tb7465)H水
レフ・ドラガノフ(tb8429)H水
アイラ・アストレア(tc6181)E地
アマツネ・バルフェット(td1399)H火
クレア・ジェラート(tf3225)E水
クセル・クルヴァイト(th5874)P陽
マグリッタ・ガーベッヂ(th7503)E月

オープニング

◆セーレンの夢
 ――ほう、と吐き出した息は真っ白であった。それは忽ちのうちにあたりの色と同化し、消えていく。
 あたりに色があるのかと言われれば、最初は二色、あるいは三色が限界であった。夜空の黒、雪の白、そして陰翳の灰。ただ、たとえば最後の一色にも様々な加減があって、落ち込んでいくような灰から遊離する灰まで、その置かれた場所によりけりで色を変えていく。黒だって、白だってそうだ。

 ――この世界には、完全な黒だとか、完全な白だとかは、存在しないんだね。その発想は、いつか、誰かから聞いたものであったか。それともその時、星か風かが囁きかけたのか。
 もしかしたら、誰かがいるのかもしれない。そう思って声を張り上げようとして、止める。肺腑に大きく息を吸い込むだけで、そこはちくちくと突き刺さるように冷え切って、第一声の後がきっと続かない。誰かに出会うことができたって、お喋りを続けるのも難しい。ことばを交わすなら小声がいい、そういった場所であった。何せこの静けさだ、それが一番にお似合いだ。

 ――もしこんな場所で誰かに出会えたら、一体何の話をするだろう。そういえばそうだ、そもそも話というもの自体をするのだろうか。
 発想が断片的に、まるで淡雪のように降りかかる。相手次第かもしれない。相手によっては雪景色の静けさに耐えられなくなって口を開いてしまうかもしれないし、逆に、雪景色の重さに口を閉ざしたままでいるかもしれない。誰かに出会うことがなくたって、ことばの溢れ出す時は、そういう時なのだ。

 ――この世界には、誰かが、そもそも、いるのかな。
 そうした不安で突飛な連想に、さくり、何かの音がした。その音が、自然と引き上げられて前へと踏み出した己の足音であったと気づくまで、不思議な間があった。誰かに会えるのかな、誰にも会えないのかな。そのあたりは、どうなんだろうな。こんなに深い雪野原を往けば、果たして。

 ――果たして、どこへ辿りつくのかな。
 果てはあるのか、無窮の天壌か。見える世界は、静かな夢のようであった。

◆マスターより
何度目かまして、『雪に不慣れなマスター』恵雨人です。
今回は、深雪野原のお話を。以下「注意事項と補足」です。

〇「夢シナリオ」について
これは夢の中でのお話です。キャラはなぜか夢だと認識できません。
TG世界への影響はなく負傷や普通のアイテムの損失は起きません。但し、錬金素材は未使用で損失する事になりますのでご注意ください。
また、TPSP錬金素材等は手に入ります。

〇できること
「雪野原を往く」
何かを考え、心を整理するには丁度いい。
プレイングは、しっかり受け止めさせていただきます。

〇遭遇
基本は「お一人ずつ」の描写となります(緩やかなリンクの可能性は有り)。
どなたかとご一緒される場合は、その方のお名前をプレイングにどうぞ。
また、偶然の遭遇を希望される場合は「遭遇希望」とお願いします(アドリブ的な台詞や行動が増えるかもしれません、ご了承ください)。

それでは、夢の原野でお会いしましょう。よろしくお願いいたします。

リプレイ

◆ゆきあかり
 私は、歩いているの?
 それとも、景色の方が動いているの?
 ‥‥そう疑うことも忘れてしまう。歩いていることが自然で、不思議にも思わなくて、それくらいに澄み切った夜の下に広がる雪野原。
 野は、きらり、きらりと輝く。そして同じく、空も、きらり、きらりと輝く。
(空の、本当に高いところには、風が吹いているのかな?)
 まるで衣を翻すよう。きらり、きらりと星は囁き、マリーツァ・フェーヤ(ta1120)は幼い頃から慣れ親しんだその姿を見守る。夜の闇は、だから怖くない。そこには囁きをくれる星たちがあるから。瞬くのではなく囁くのだ。彼女は星の声を聞き、その歌を読み、音色を紐解く光の娘。
 そう、自分は星を読む娘。星は近しい、優しい光。
 ――でも、本当にそれだけなの? それだけで、あなたは夜闇を恐れないの?
 彼女の思考に挿しこまれる、星か、風か、誰かのことば。
(‥‥ううん、それだけじゃないよ)
 そして、答える彼女のことば。
(夜の闇は、大好きな兄様の色だから)
 安らぎを内包する、兄様を表わす色。包まれて見る夢はきっと穏やかな一夜になるであろう、深くてやわらかな色。
 ――そう、兄様の色なの? ところで、「兄様」って、だあれ?
 まるで無邪気な再びのことば。それに、はたと気づかされる‥‥ことばは本当に聞こえてきているのか、わからない。もしかしたら自然とそのことに気づいてしまったのかもしれない。
 兄様。でも、今の私は一人だ。一人きりだ。
 兄様は‥‥いない。
(!)
 走って、走って、見渡して、また走って、見えなくて、走って、転んで、それでも走って、走って、見回して、膝が痛くて、それでも走って、走って、痛くて、苦しくて、寂しくて、悲しくて‥‥。
 一人なのは嫌だった。
 兄様がいないのは、嫌だった。
(ねえ)
 教えて、と問うた。
(兄様は、どこ?)
 星に、雪に、夜に、問うた。
(兄様は)
 また転んだ。
 星は静かであった。雪は冷たかった。夜は押し黙っていた。
 それでも上体を起こした。腕にぐっと力がこもった。雪を押しやる手の指の中に、「場違いな」煌めきを見た。
 ――愛していますよ。
 甘やかな色の石を飾った指輪。添えられたことば。記憶。いつも兄様はそう言うの‥‥。
 そんなことを思い出し、小さな笑みが唇から零れた。こんなに、今の私は兄様のことでいっぱいだ。そんな自分に、戸惑ったこともあるけれど、でも。
(今はもう、不思議じゃないよ)
 この雪野原を歩いていた、その時くらいに。疑うこともないほど自然に、息をするように、星の声を聞くように。
 故郷から星空を見上げていた。星空は広く、深かった。そして天に昇った。その天もまた、広く、深かった。そこで出逢った人々も、また‥‥大好きな人たち。そう呼べる存在がたくさんできた。
 でも、たった一人だけ、違う「大好き」を抱く人がいる。
 そして、その人からの問いかけに、答えたいことばを探している。それが今の、マリーツァ・フェーヤ。
(‥‥きっと、とっても短いことばだけれども‥‥)
 その短さが、真実を語ってくれる。
 彼女は立ち上がり、また、いつか辿り着くその夜の果てまで、静かに歩きはじめる――彷徨い続けて漸く見つけた、想いの灯を道標として。

◆ゆきのみち
 私は、何を考えていたのでしょう。
 雪、雪、雪。雪野原。あるいは夜。夜の国。もしくは静謐。静かの園。
 前進している、という意識は、アイラ・アストレア(tc6181)にはしっかりあった。歩いている。進んでいる。
 特に歩きづらい雪でもなく、溶けかかっていたり、再凍結していたり、ぐずぐずになっていたり‥‥という障害もなく、さくり、さくり、と一定の速度で雪を踏む足音だけが聞える。
 だが、それが常となってしまっており、特別な意識もしなくなっていた。まるで人形のように、それも意思を持たぬそれであるように、何かの仕掛けのように前へ、前へと歩いていた。そしてその行為を、今も止めようとは思わなかった。何を考えていたのかと、己に問いかけこそしたが、それは己の前進の停止を求める合図ではなかった。
 ――あなたは、どこへ行くの?
 と、己への問いかけに重ねるよう、新たな問いを投げかける声が聞こえた。それは気のせいであったかもしれない。あまりの静けさ故につくりだされた、一種の幻聴のようなものであったかもしれない。
 さて、彼女はその声にどう応じるのかといえば‥‥正解は「応じなかった」。ただ、どこへ行くのかという問いかけは、新たに彼女の内部に蓄積された。
 問いかけが積もり積もっていく。己から己へと発せられたものもあれば、どこからともなく舞い込んできたものもある。何を考え、どこへ行くのか。何を求めて、何を成すのか。誰のために、どのように、いつからいつまで、それから、それから‥‥。
 そうした静寂の中を、彼女は歩いていく。どれ程の距離を歩いたのだろう。相変わらず、視界には雪と夜としか見当たらない。振り返ればきっと、彼女がここまで刻んできた、途切れることない一本の足跡の路があるのだろう。
 今もまた、その一本の距離を長く、長くしていく。
 長く、長く、とめどなく。
 長く、長く、途切れることなく。
 長く、長く、諦めることなく。
 長く、長く‥‥それは頑なに、それは揺らがずに、それは貫かれて。
 ――随分遠くまで来たわね。
 今度の声は、問いかけではなかった。純粋な感嘆のように聞こえた。
 それでも彼女は歩みを止めなかった。歩んで、歩んで、雪野原を只管に往く。景色は白と黒とに見える混色の渦。音は静寂という名の高音と低音のせめぎ合い。
 次の一歩を踏み出した時、彼女は図らずも、一つの連想に行き着いた‥‥もしかしたら、命のいつか辿り着く先は、このような景色の世界なのかもしれない、と。
 それは寂しい世界なのか。あるいは無心の‥‥濁りなき高みの世、なのか。
 今のアイラ・アストレアには、それは判断できなかった。

◆ゆきかさね
 静かな場所。例えば森。
 でも、そんな森も、耳を澄ませば「音」の存在を察知できる。梢の軋み、鳥獣の気配、遠くの川のせせらぎの飛沫‥‥。
 だとすると、この雪野原は本当に静かだ。ルエラ・ヴァッセル(tb7465)は耳元に手を遣る。あまりに静かすぎて、その器官の痛むような感じがした。
 ‥‥それにしても、どうしてこんなところにいるのだろう。どうやってここまでやってきたのだろう。それに。
(どうして、誰も、いないのでしょう、か)
 一人きりでここに放り出されただなんて、まるで夢物語。でも、それを信じたくなってしまうこの風景。どこまで歩けば人に会えるのか、そもそも‥‥誰かがいる、のだろうか。だってここはこんなにも真っ白で、こんなにも真っ白で。
(こんなに、も、静かで‥‥静かすぎて‥‥)
 不安になる。
 自分の息をする音も、その息が唇を掠る音も、これほどはっきり聞こえてくるとは。誰かがいればこんなことはないのだろうに。ここまでうるさい心音も、纏ったローブと髪の切っ先とのこすれ合う音も、何かを思い出させるようなたった一人の心音も‥‥。
 かさり、かさりと、軽い音がする。さくり、何かを突き刺すような音にも似ている。軽くて密度の低いものを踏むような音。
 この音は何の音だろう、と、音源を探せば己の足元であった。いつの間にか、とりあえず、の心で以て歩きはじめていた足音。
(‥‥)
 でも、この足音に意味はあるのだろうか。誰にも会えないなら、歩みを進めることに、意味なんて‥‥。
 途切れるよう、弱々しく息を吐き、フードを深く被った。そしてその手をそのまま、ローブの留め具の青色に添える。何かを見えなくするように。何かから見えなくなるように。
 すっぽり、閉じてしまうように。
(最近は、被らなくても、平気、だったのに。私は‥‥天竜宮に来て、少しは強くなったと‥‥大丈夫だと、思ったのに)
 そんなことは、どうやら、全然なかったのかもしれない。強くなってなんかなくて、大丈夫でもなくて、一人きりで森の中に暮らしていた頃と変わりない「私」。
 私は一人きり。家族もいた。師匠もいた。けれども結局、一人きり。
 ――それなら、どうして歩いているの?
 誰かの声が聞こえたような気がした。気のせいだろうか。あまりにも耳が痛むせいなのか。
 声の主を探す。空と大地とを眺める。
 きょろり、きょろりとするうちに、景色に「色」が見えてくる。雪は白くて、空は黒くて、でも、完全なその色は見当たらない。たくさんの白、表情の違う黒。済ました白に拗ねたような黒、笑うような黒に今にも泣きだしそうな白‥‥。
 陰翳の一つひとつが、まるで、知っている誰かのように見えてくる。そしてその誰かたちが、世界を形作っている。
 もし、そうであるならば。
(人とのかかわり、どこかでみた景色、今までの経験、地上での経験も‥‥塗り重なって、私をつくっているのでしょう、か)
 もし、そうでもあるならば。
(弱い私も、認めて、彩りに、していけたら‥‥)
 いつかは、それでよかったと思えるように。
 ‥‥ランタンに灯された不死鳥の如き炎。花のように軽やかなマフラーを巻きなおし、懐中時計の陽気な声を確認する。
 それから最後に、フードを外し――ルエラ・ヴァッセルは、歩き続ける。

◆ゆきのいえ
 ぴこぴこ。
 ‥‥んー? ‥‥んー。
 さむいー? さむくないー? ‥‥でも、ゆきー。
(‥‥ゆき!)
 ぱちくりと瞬きを繰り返し、クオリア・クレアーレ(tb5227)は覚醒する。雪だ。見渡す限りの雪だ。これだけの雪があれば、色々作り放題だ。雪だるまも雪うさぎも、ちょっと頑張れば雪ペガサスだってできるかもしれない。翼をどうするかが最大の課題であるが‥‥その仔細な設計図を考えてから作業を始める彼ではない。なんとなく、なんとなくで、どうにかなるかなと思いながら作業を始めるのだ。
 まずは小さく、それっぽく。やはり翼を広げさせるのが困難で、結果、翼を畳ませればなんとかなることに気づいた彼は、一体目を無事に作り終えた。
 ――次も、ペガサス?
 そう問いかけたのは誰であったか。そもそも誰かが問いかけたのか。問いそのものがあったのかどうか、疑わしくはあるものの、彼は無邪気に応答する。
(えーとぉ、つぎー、は‥‥)
 明かされた彼の計画としては、雪で家族それぞれの守護精霊を模って、ちょっとした一家団欒雪だるまを作るのだそう。
(ゆきー、たくさーん、たくさんあるー。つくれなーもの、なー、なの)
 そうだ、その気になれば何だって作り上げられそうだ。そんなの夢物語さ、と言って笑うだけの誰かもいるかもしれないが、彼はかなり本気で、でもどちらかといえば楽しみの割合を多めにして、雪像作成のあれやこれやを実行しているのだ。
 雪の白を掬い取り、指先に冷たさを覚え、その感触に時には声をあげながら、彼の仕事は進んでいく。そして時折、ちょっと休憩と称して、ごろりと野原に転がって。
(‥‥!)
 衣服越しに伝わる背中の冷たさ。それは嫌がるものではなくて、やはり楽しむものであった。ひやり、ひやりと身を転がして、反転させて、逆転させて。終いには仰向けのまま、両手いっぱいに集めた雪を、えいっ! と夜空に向けて投げてみて‥‥白の塊がふわりとほどけ、まるで花の咲くように、はらりはらりと様々な速度で落下してくる。
 淡い青色の瞳に切り取られた視界は、徐々に白へと塗りつぶされていく。手に届く範囲の雪を何度も空に投げあげては、何度もそれに埋もれていく。
 無邪気に戯れることのできる雪。静寂の中にある雪。冷たいとはいえ、命を奪うほどの脅威を持たない雪‥‥クオリア・クレアーレの幸せそうな笑顔は、野の景色に一つの彩を添えていた。

◆ゆきおもい
 静かだな。
 そう、呟いた。
 返事がないとは知っていた。ここはそういう場所なのだ。けれども、返事を期待していた。少しだけ、ほんの少しだけ。とても厳しい母親が、たまに、特別のお菓子を一つ、こっそりと渡してくれる。そうしたものを期待するような僅かさと微かさを、レフ・ドラガノフ(tb8429)は自覚していた。
 できれば、その返事は知り合いの声がいい。だってここは寂しいから。独りは怖いから。怖いのは嫌だから。嫌? ‥‥そんな「幼稚な」ことばでしか表せない感情。見ないふりを必死にしてきたのだ、だから面と向き合ったこともなければ、その感情の名前を訊いてみたこともない。
 漠とした、つかみどころのない感情。無音のままだとそれに全てを持っていかれてしまうかのような気がして、そして、こんな雪野原の真ん中でそんなことになったら、もう二度と戻ってこれないような気がして‥‥夢のような話ではあるが、それが本当に怖くて。彼は無音を蹴散らす。雪を踏み鳴らす、さくり、さくりと刺さっていくような音を聞く。こうして物音を立てていれば、怖い何かは去っていくだろうか。
(‥‥)
 さくり、さくり。
 穿たれた穴の下はまだ白い。どこまで白いのだろうか。どこまで遡れるのだろうか。
 ――じゃあ、遡ってみなさいな。
 そんな声の聞こえたような気がした。しかし、知っている誰かの声ではなかった。そもそもそれは声だったのか、それすら不明であった。
 遡る。それでは、何を遡ろうか。例えば‥‥天竜宮に来てからのことを、雪の音に重ねてみようか。
 一つ。そこには冒険があると聞いた。そのことに興味津々であった。
 二つ。そこには父親と名乗る男がいた。酒臭くてヘラヘラとした、嫌な野郎だと思った。話に聞いていた通りであった。
 三つ。その男のことを、己は未だに許せないままだ。母は「仕事仲間」と割り切っているようだが、自分は、そこまでの感情の整理ができていない。
 四つ。嬉しいこともあった。初めて「友だち」ができた。「友だち」と言ってくれ、そう呼んでくれることが嬉しかった。楽しいという気持ちは、その時は、つかみきれなかった。
 ‥‥さくり、さくり。まだ、足元は白い。
(本当に、色々あったな)
 ‥‥さくり、さくり。少し、雪を踏む範囲を広げてみようか。数も大きくなってきた。
 五つ。やはり冒険、むしろ、事件もたくさんあった。憤りを感じることも多かった。殊にスラヴォに関しては、望郷の念のない自分であっても、嫌な思いに苛まれた。
 六つ。様々な感情の揺れ幅に触れざるを得なかったからだろうか、クリスマスを「楽しんだ」。その時、初めて楽しいという気持ちを知った。縁遠いことだと思っていたが、準備を一緒にして、当日も一緒だった。
 七つ。手紙の一文を覚えた。暗記しようと思ったわけではなかった。くすぐったい気持ちになる、そう感じたのは初めてだった。
 ――レフ君と一緒できるのうれしいよ。
 純粋で、真っ直ぐで、くるりくるりと表情を変えて。真雪のような人だと思った。
 だから。
 ――楽しそうね。
 そう、指摘されたような気がして初めて、レフ・ドラガノフは己の口許が緩んでいることに気づいた。
 そしてその、本当に幽かな声が聞こえたのだから‥‥雪を踏む一人きりの音も、いつの間にか、消えてしまっていた。
 未だ慣れぬ表情を浮かべた少年の胸元で、銅の四つ葉が揺れていた。

◆ゆきのうた
 ――この言の葉は届きますか、この音の葉は届きますか。
 ――その声も手の温もりさえも、何も覚えてはいないけれど。 

 この静けさを邪魔したくなかった。そっと、細く、できるだけ細く。空気に溶けるような声と音、なんて、夢みたいな条件を己に課しながら、シエル・ラズワルド(tb6111)は歌っていた。
 その方が、きっとすっきりする。その予測は当たっていたようだ。雪の中に沈んでいきそうだった心が、少し、ふわりと浮かび上がる方に向かったような気がした。雪を踏んだ感覚自体、今の一歩ではあまり感じなかったような。足元の違和感にシエルは歌を中断すると、そこには足跡があった。既に、雪は踏み固められていたのだ。
 しかし小柄な足跡で、子どものようで、その足跡を辿ってみれば‥‥いた。ケットシーが一人、雪野原の中に己の後ろ姿を溶かしていた。
 声をかけようかどうか。シエルが躊躇した一瞬、むしろ、ケットシーの方が振り返って彼女の姿を認めた。
「‥‥えっと。こんばんは、なのかな」
「うーん‥‥そう言われてみると‥‥」
 クセル・クルヴァイト(th5874)は礼儀正しく、挨拶を‥‥と思ったようだが、果たしてこれは夜でいいのか。確かに夜なのだが、ずっとずっと、夜のような気もした。だから
シエルも返答に困ってしまったのである。
「アルティさんはどう思う?」
 彼女は連れの白梟にそう問いかけ、直後、訊く相手を間違えた‥‥という顔をする。梟は夜の鳥だ。圧倒的な「こんばんは」の世界の存在だ。
 そうしたやりとりの生まれることがくすぐったくて、クセルはくすくすと笑う。どうしたの? とシエルが問えば、彼は素直にこう返した。
「さっきまでひとりきりで、ここまでひとりきりなのは初めてかもしれない‥‥って思ってたところで、突然こうして賑やかになったから、かな」
「あっ、なんかそれわかるよっ」
 一人と一人、合わせて二人。より厳密には、一羽も合わせて二人と一羽。
「天竜宮って、結構、何だかんだで人がいるもんね。シーリーとかシフールも合わせると、もっと?」
「そうそう。竜宮でも、いつもどこかに人の気配があって、オレの場合は地上にいた頃もそうで‥‥」
「あたしも、家族と一緒に旅してたからなあ。それに、家族と別れて天竜宮に来るまでも、アルティさんと二人旅だったんだよね」
 ね〜、と同意を求めるよう、シエルはアルティに語りかける。
 ‥‥と、そこへ。
「わ〜、とうとうお会いできました〜」
 念願の遭遇です〜、とばかりに、ふわっとした笑顔を浮かべたクレア・ジェラート(tf3225)がやってきた。やはりこの雪景色、綺麗ではあるがどことなく不安を煽られもする。ないしは、心を若干脆くする。クレアの場合は、心の平生が最初にあったようだが。
「うちは、むしろ、心が落ち着いて〜‥‥のんびり散歩して、そのうち、色々考えさせられちゃって〜‥‥」
「オレも、さっきまで考えごとをしていて」
 クセルは足元の雪を掬う。サンドラにいた頃は、まず見なかったこんな景色。馴染みがなくて寒くて冷たくて、結局その雪はほろほろと落としてしまうけれども、でも、考えていたのはそんな雪に閉ざされた世界のこと。あるいは、そうであった世界のこと。
 その世界のことを、人は「フロストアイランド」と呼んでいた。
「この寒さは、今まで寒さの中にいたフロストアイランドの住人たちが、陽射しにさらされた時の感覚と近いのかな、って。オレとは逆に」
 そう話している間にも、体温が奪われていってしまうかのよう。クセルはケットシーの耳にも優しい帽子をぎゅっと被り直す。
 フロストアイランド、およびその浮上。彼の地は「ムーの欠片」であった。まさにその一件について、クレアは思考をめぐらせて‥‥そのうちに、ここへと辿り着いた。これも何かの縁があってのことだろう。彼女は、その思考の断片を語り出す。
「ドラグナーと地上の人との時間の流れは、違いますね‥‥」
 そもそも、ドラグナーになってから、時間の流れというものに対する考え方が変わった。
 ドラグナーになった時は年上だった人が、いつの間にか同い年になっていたり、年下になっていたり。自分より年下で、後からドラグナーになった人に年齢を追い越されていたり、逆に自分だけがどんどん年を取っていったり‥‥最早、基準がどこかさえも不明だ。そうした混乱が同じ天竜宮内でもあるのだから、外にまで視点を広げれば、さらにややこしいことになる。それがクレアの引っ掛かりであった。
「先日、エンリック公爵に会いに行った時も、やっぱりそう思っちゃいましたね‥‥」
「うん‥‥どうしても、そうだろうね」
 シエルはエンリックに会いに行ったわけではない。だが、そういうことが起こるだろうとは予測していた。
 エンリックが特別なのではない。皆がそうなのだ。
「‥‥思うんです。お別れした後、あと何回会えるのかな? と‥‥そうしたら、寂しくなっちゃって‥‥」
 こうして、雪原をとぼとぼと歩いていたのがクレアであった。
 ‥‥会話は続いた。時に途切れ途切れになりながら、時に矢継ぎ早になりながら、それでも不思議と心のざわつく感じはしなかった。懐かしい人の話になった。あの人は今頃どうしているだろう。思い出話と想像と連想とに花が咲いた。未だ見ぬ誰かの話にしてもそうだ。生きている限り、出会いと別れはやってきてしまう。
 ‥‥そのうちに、自然と、三人はまた歩き出すことを決めていた。そして三人が三人ともそうであったから、誰も、お互いのその選択を止める者はいなかった。
 シエルは歩く。歩きながら歌う。先程と同じ、静けさを妨げない声で。
 そもそもどうして歌い出したのか。このような真っ白な景色の中、昔に戻ったみたいに、
彼女はのんびりと歩いていた。そのうちに、ふと思ったのだ‥‥身につけていた羽根飾り。それは昔から持っていたんだっけか。もしかしたら‥‥もしかしたら、形見に近いものだったのか。父さんも、母さんも、この羽根飾りは持っていなかったから。
 ‥‥なんだっけ。形見。そうだ、そうそう。
(「迷わないで、行きたいところにまっすぐ進めるように」‥‥だったっけ)
 朧げな記憶を辿る。いつかは思い出せたらいい。だが、今はその「いつか」ではないようだ。
 今に関して、行きたいところには辿りつけている。トラブル、もとい重大事件はあるけれども楽しい。それこそ、島一つが空を飛んだり、とか。
 ‥‥楽しい、けれども。引っかかることもあって、それはやはり「いつか」が未だ遠くにあるからで。シエル・ラズワルドは次いで、こう歌うのだ。
 なるようにしかならなくて、受け止めないといけない現実に。

 ――何も覚えてはいないけれど、私を愛してくれた貴方たちに。
 ――私は今、生きていますと、私は今、歩んでいますと。

 遠ざかる、細い、細い声を聴きながら、クセルは歩き、雪に足跡を刻み付ける。砂に比べれば随分はっきりと残る痕跡だ。いつかは消えてしまうのかもしれない。否、消えてしまうのだ。それでも歩くしかないのだと、彼は己に言い聞かせる。
 歩いて、歩いて、果たしてその先に何があるのか。何かがあるだけいいのかもしれなくて、もしかしたら、何もないのかもしれない。結局はわからない。それでも歩くしかない。
(それしかないけど‥‥それじゃあ、何を探そうかな)
 砂漠の国からしたら、夢のような景色。
 ここで求められるものは何だろう。決して雪野原に詳しいわけではないから、雪野原特有の価値あるものが何であるかはわからない。例えばこの雪の下には、何かが埋まっていたりするのだろうか。今となっては喪われてしまったものが、ひっそりと息づいている‥‥そんな夢想。喪われたものとは何だろう? 魔法や技術? それとも命? どうしても、どうしてもそうした大きなものの名前を、そこに与えたくなってしまうけれども。
 ――もっと小さなものの名前で、いいんじゃないの?
 それは歌ではなかった。もっと素朴な何ものか、声だと言われればそうだねと同意してしまうようなものであった。だが、クセルはそのことなど気に留めない。気になったのは内容だ。
 もっと、小さなものの名前。一体どういう意味だろう。大層なものではない、けれども大切なもののことだろうか‥‥考えるうち、すとん、と足を滑らせた。見ればちょっとした穴が、ぽっかり口を開けていた。ひやり、尻餅をついた体に忍び寄る冷気。
(‥‥あ)
 クセル・クルヴァイトは、斯くして探求の使命に気づく‥‥砂漠にはありふれていて、雪原には珍しい、小さなものながら大切なものの探索。
 人はそれを、温もりと呼ぶ。

 ――いつかまた逢えるのならば、私の生きた道を聴いてくれますか。
 ――いつかまた逢えるのならば、それまで待っていてくれますか。 

 いつかまた。
 その繰り返しが、クレアの足取りを‥‥緩やかに、緩やかに、ゆったりとしたそれへと変えて、やがて彼女は立ち尽くす。
 一人になって、ふと思い出すと、誤魔化せなくなる感情のこと。人といる時は、賑やかさで誤魔化して、感じないフリをできる感情のこと。
(‥‥泣かないって、決めてるのに)
 その決意を裏切るような、感情のこと。
 立ち尽くし、それすら辛く、しゃがみこみ、崩れ落ちる。
 ‥‥ぼうっと見上げた空の黒の中に、幽かに舞うものの姿を見た。雪が降っている。それなのに、空は晴れあがり星までもがきらり、きらりと瞬いている。
 雪。この雪も、地面で積もって塊になり、いつか溶けて水になり、そして流れて消えていく。この世界に変わらぬものなどなくて、変わらぬようにねだるのは、夢物語の信じすぎになってしまう。
 そうだ。クレア・ジェラードも、いつかはこの雪と同じ運命を辿るのだろう。
(ただ、それが早いか遅いか、それだけの違いなのに‥‥それだけなのに‥‥)
 どうして、するりと呑みこめないのだろう。さらりと流してしまえないのだろう。
 ‥‥彼女の頬に宿る、流れ落ちる温もりに触れた雪のひとひらが、それと溶け合い、煌めいた。

◆ゆきさがし
 ヤダー! あたくしが五分以上黙ると死ぬということを知っての所業に御座いましょうか!? 致命傷じゃないですかもー!
 って、ハッ! 此処はもしや!! もしやもしや!! あたくしを葬り去るために用意されしただ一つの世界!!
 そんな夢みたいなことが本当にあっちゃいますの本気ですの本気で御座いますの!?

 ‥‥と、ここまでが一息。マグリッタ・ガーベッヂ(th7503)の声は響きに響く。そりゃもう、ガンガンと。そしてまだまだ続きます。

 そうですわ名づけるとしたら、そうッ! マグリッタ・マスト・ダイ・ザ・ワールドォッ! 超絶難関クレイジーヒャッハーステージに御座いまして!?
 ああもう本当に静かすぎますわこれは不味いですわ相手の思うツボですわ!
 喋っている自覚すら危うくなってきましたわ!!!

 ‥‥人間、静かすぎる空間に放り込まれると、それだけで感覚が狂ってしまったかのような気分になる。そしてそこへ真逆の騒音を投入すれば、やはりそれはそれで、気がどうかしてしまったかのような心持になる。
 ‥‥五分以上黙ると死んでしまう系女子のマグリッタ。ここまでの無音は、息をすーはーした時だけ。それでも雪は音を吸い込んでしまう。

 非情ですわ無情ですわ! 然してこのような姑息な処刑には負けませんことよ!?
 この世界には必ずやあたくし以外の方がいらっしゃるに違いませんもの! そう! この瞬間この一刹那の間も世界の理に刃向い続けてらっしゃる素晴らしきお方が!!
 あっでもここはあたくしを葬り去るためだけに用意されしただ一つの以下略でしたわ! けど!! けれども!! きっと何方かがいらっしゃるはず!

 ‥‥この世界に誰かはいるのか、いないのか。
 ‥‥いや、いる。彼女は確信する。それは足元に見出した足跡。人間のものにしては小さいし歩幅も狭いし、むしろこの点々としている感じは獣のそれだが‥‥気にしない気にしない。

 見つけ出すまで弱音は吐きませんわ! でも涙が出ちゃう! だってシスターだもん!
 ということで何方かいらっしゃいませんことー!? マグリッタ! シスターのマグリッタ! マグリッタは要らんかねー!? ではございません間違えましたわ!
 ええとそうそう! マグリッタ! 皆々様の助けを求める声を聞き! 西へ東へ北へ南へ参りますれば!
 ああ、ああ! こうしている間にも顔も知れぬ何方かがお困り申し上げているかもしれない!

 ‥‥今までも歩いてはいたものの、より足取りは軽く、しっかりと。そうだ、こんな雪原だ。雪に埋もれて大変なことになっている人もいるかもしれない。気づけば、彼女はスコップを携えていた。完璧じゃないか。ブーツも東西南北なんとやら、ばっちり準備万端だ。
 ‥‥もしかしたらもしかしたら、運命の出会いがあるかもしれない。そう、例えば雪の中に素敵なナイスなおじい様が埋もれてらっしゃるかもしれない。彼を華麗に助けるのよ、マグリッタ! ああでも雪に埋もれるおじい様、おいたわしや‥‥どちらかといえば暖炉の前にいらっしゃっていただきたくて云々かんぬん‥‥。
 ‥‥そんなことをつらつらと思いながらも、彼女は雪を踏み分け踏み分け、声を張り上げ、進んでいく。

 きっと、きっとあたくしがお救い致します! それこそあたくしの人生で御座います!!
 そう! マグリッタ・ガーベッヂは、此処に居りますれば!!!

◆ゆきのはて
 あの。
 共にいたいと願った。
 あの人はどこに。いるのだろう。
 あの人は。
 あの。
 ――ねえ。あなた言う「あの人」は、どんな人なの?
 すい、と黒髪の合間から伸びた耳の先に、声の届いたような気がした。アマツネ・バルフェット(td1399)は、そうですね、と心の中で返しはじめる。
 共にいたいと願った人。さっきまで。一緒に‥‥いた、気がするのに。何時離れてしまったのだろう。何時から、傍に。いなくなってしまったのだろう。夜のような。黒。それと、白。雪原のような。この景色のような。だから、一緒にいた気がする、のだろうか。まるで夢でも見ていたかのように。
(‥‥いつ、から。こんな風に‥‥考えるようになったのだろう)
 「あの人」のことを、こんな風に。
 心境の変化とは劇的なこともあれば、緩やかなこともある。白が黒へと反転することもあれば、黒から始まり、気づいた時には白と化していることもある。何が困るかといえば、兎角、予測のつかないことだ。どのようなきっかけで、心は何色になるのか。それは錬金術に似ている。同じ素材と同じ条件と同じ術者とを揃えても、結果が同じになるかはわからない。
 ‥‥「あの人」に関し、今の彼は寂しかった。隣にはいない。それだけといえばそれだけだが、それが致命的であった。
 彼には両親がいた。しかし彼らはいなくなった。次いで、魔女と呼ばれたエルフに拾われた。育て主のあのエルフ。それから彼は天に昇って。
(そこで、あの人に出会った)
 出会いは他にもあった。そして、出会いと同時について回る別れのことも認識した。
 しかし、「あの人」については状況が違った。いつもと同じ、というわけではないようだ。
 ――それは、どういうこと?
 無邪気に、回答をねだるように声は問う。そうですね。彼は少し考えてから、ふふ、と笑う。
(自分、でも‥‥わからない。不思議な、気持ちです、ね)
 なんとも、なんとも。如何ともしがたい。
 ふふ、と笑ううち、足元のくすぐったさに気がついた。それになんだかあたたかい。
 ふわふわしていて、くるくるしていて‥‥見遣れば、「てん」がそこにいた。ぱたぱたと丸まった尻尾を振っている。撫でて、撫でて、と言っているようで、アマツネはしゃがみこんでその願いを聞き入れてあげた。
 ぱたぱた。尻尾の振られる速度は上がり、わん! と一鳴きして彼女は「先」へと歩いていく。満足気な後ろ姿。
 ところでこの、どこを見たって雪、雪、雪、の雪野原において、「先」とはどちらの方向だろう?
 誰が問いかけたわけでもないが、アマツネは一人、答えを導き出す。
(‥‥それは、きっと。てんすけの向かう方、でしょう)
 だって彼女も「あの人」も、先へ、ずっと向こうに離れていってしまうのだ。自分はエルフで、彼女は柴犬で、「あの人」は人間だ。そうなれば、いずれは必ず。
 確かに、別れはくるだろう。
 でも‥‥まだ。まだ、その時ではないはずだ。彼は歩み出す、「先」へと踏み出していく。
 追いかけなくては、いけない。
(そうだ。立ち止まっていてはいけない。限られているから、こそ‥‥前に行かなくては)
 アマツネ・バルフェットの歩みは、しっかりとしていた。
 どこまでも歩いていこう。
(また、会えるまで。そして、それから)
 ――いつか来る、その時、まで。
(‥‥そう。いつか、会えなくなる時まで)
 だから。