担当MS:畑下はるこ

【TC27】天竜宮ティルノギア

開始料金タイプ分類舞台難易度オプション状況
17/04/30 24:00600 Rex全体イベントシナリオ冒険竜宮仙級お任せプションフロートシップ 261人

オープニング

◆序
 神や精霊は、コモンとは違う。守るべき摂理を情で曲げることはしない。
 カオスをデュルヘイムに封じ込める、儀式魔法ティルノギア。それは人々を守る神の恩寵であり、その発動と同時に精霊がシーリーヘイムへと送られるのは付帯する摂理であった。
 そして、かのティルノギアに宿る意思は言った。
 シフールがシーリーヘイムへと送られてしまうのもまた、摂理だと。

 別離の可能性に戸惑うドラグナーたち。
 だが、そんな彼らにメル(tz0001)は言った。
「我らは前に一度、世界の理をねじ伏せ、不可能を可能にしたではないか」
 度重なる交信によって、メルは彼らの悲しみを取り除く可能性に思い至ったのだ。
「似たようなことをやればよいのじゃ!」
 天に浮かぶ竜の宮。
 そこをティルノギアという理――つまり、世界再生の荒波が届かぬ箱舟にしよう、と‥‥。

 シフールのみならず、その傍にいたい者や地上に帰る場所の無い者など、希望者は天竜宮への残留が認められる。
 こうして、ドラグナーたちの未来には2つの選択肢が用意された。
 世界再編の儀式魔法、ティルノギア。その効果を受け、創造される新世界にてコモンとして生きるか。
 それとも天竜宮へ残留し、特別な存在として魔法の力を持ち続けるか。

◆早朝・お出かけメルちゃん
 竜宮暦4月30日、未明のこと。
 薄暗闇の中、大神殿の傍を歩くメル。その姿を、タイコ(tz0022)とマイ・オードリィ(tz0023)が見つけた。
「あれー、お出かけ?」
「うむ。すまぬが数時間ほど留守を頼むぞよ。恐らく、ティルノギア発動までには帰るじゃろう」
 どこかぼんやりと‥‥薄く悲しみを纏ったように微笑んで、メルは2人へ背を向けた。虹色に光を跳ね返す後ろ髪を、ふわりと風が撫でていく。
 何だろうねと顔を見合わせる精霊2人。
 すると反対方向から、ドラグナーたちがやってきた。
 メルは、と問うドラグナーたちに、足の生えたヒラメは身体を変な方向にくねらせ――どうやら首を傾げているつもりらしい――こう答えた。
「何だか出かけるんですって。さっき、七精門の方へ向かったよ」

◆午前中・お喋りコーデリア
 大神殿の一室。
 ふわふわのおふとんに埋まるようにして、コーデリア・リトル(tz0002)はドラグナーたちと話をしていた。
 ティルノギアとの交信に体力をかなり持っていかれたらしく、少し元気がない。だが、ぐったりしている場合でもなかった。
 交信を経て尚も疑問が尽きない者たちへ、何かヒントになりはしないかと、コーデリアはこの休息室へと彼らを呼び出したのだ。

 何故ティルノギアは用意されたのか、何故世界は3つに分かたれていたのか。まず繰り出されたのは、ティーネ・アリエクト(tb3206)とフラーグリア・ハピネス(td5673)の疑問だ。
「答えられなかったのは、ティルノギアの意思は知らないことだったからかもしれないね。でも、そうだなぁ」
 神様は何もかもを人の子に説明してくれはしない。だからこそ、人々は神の言葉の意味を考え、受け止めるのだろう。
 だからこれはコーの想像でしかないけど、と前置きした上で、彼女はこう言った。
「昔の人たちが選んできた結果なんじゃないかな、って、コーは思うよ」
 その時の人々に最適だと思われる形が3つの世界で。
 そして以前シーリーヘイムを訪れた時にメルが言ったように、『神は、無数にある未来の全てを識ることができた』のだろう。闇が広がる今の世界も、辿る可能性のあった未来の1つであり、だからこそ瀕する子らのためにティルノギアは用意されていた――。
「昔のこと過ぎるし壮大すぎるしで、ホントのところは分かんないけどね」

 話はシフールのことへと移る。
「シフールのみんなは、コモンに分類されてるけど‥‥その実態は、ほとんど精霊なんだと思う」
 その生態は未だ詳しく分かっていないが、恐らくは生きるための多くのことを、精霊力に支えられているのだろう。普通のコモンにはない彼ら独自の力も、潜在的な魔法の素養からなるもの、かもしれない。
 だからこそ彼らは魔法的存在として、その身体や命、魂ごとシーリーヘイムに振り分けられるのだろう、と。
 だが、シフールたちがシーリーヘイムへ行かなくて済む方法も見えて来た。
「あのね、どんな未来に行くか、自分の望む道はどこなのか、迷ってる人もいると思うの。だから、頭の整理の助けになれればいいなって」
 そう前置きして、コーデリアとドラグナーたちは未来を語る。
 もしも魔法障壁が上手く作動して、儀式魔法ティルノギアの効果範囲から天竜宮を隔絶させることができたなら。
 その結果。
 ――その結果、一体どうなるのだろうか。
 例えば、今までのように地上と行き来ができるのだろうか?
「できる‥‥とは思うけど。たぶん、大っぴらにって訳にはいかないんじゃないかなあ」
 コーデリアが悩み悩み、そう言った。
 もしもメルの言うとおりに障壁でティルノギアの効果を跳ね除けることができたなら、シフールは、シーリーヘイムに昇華しないですむ――というより、その時に魔法障壁の中にいた者たちは、守護精霊や魔法の力を保ったままになる、と思われる。
「推論に推論を重ねて行く感じになってるけどね!」
 更に推論を上積みする。
 失われた魔法の才を宿して、地上に堂々と生きる訳にはいかないだろう。
 持たざる者を圧する魔の力を持つ存在。そんな魅力的過ぎる者たちが大っぴらに地上を闊歩すれば、どうなる?
 ゆくゆくはその力を狙って、或いは危険視して、誰かがドラグナーたちを狙うのではないだろうか。
 影響が個人にしかないのならば、自由にすればよい。だがその力は持たざる者に比べて圧倒的過ぎて、影響は世界規模になるだろう。戦争の引鉄にすらなりかねない。もしかしたら魔法なき世界のバランスを崩し、カオスを呼ぶきっかけとなってしまうかも‥‥想像は飛躍していく。
 ‥‥ともあれ。
 魔法才能を持ちながら堂々と暮らすことは、世界へと悪く影響することになってしまう。
 そんな事態を招かないために。
「残留組は、なるべくその存在を隠しながら生きていくことになると思うよ」
 恐らくは天竜宮を根城とし、地上には必要最低限の関わりしか得ない、が正道の生き方となるだろう。
 元ドラグナーたちや理解のある者たちと、ごく限られた交流の機会を持ちながら、常春の平和を享受する。
 そして正常な時の流れに生きる知己が死に絶えたなら、その後は‥‥ひっそりと生きることになるのだろう。
 誕生の秘跡――AOSもAOLも、天竜宮では働かない。そして障壁に守られた者たちは、自然出産の力を得ることはない。
 そうなったなら恐らくシフールは永い生を全うし、それ以外の者たちは‥‥天竜宮の外の者から見れば長く、自身にとっては人並みに短い、そんな未来を生きることになるのではないだろうか。

「コーデリアは結局何なんだ? 女神になるのか?」
「わたしはね、たぶん半々だと思うんだー。実態も、これからも」
 カーラ・ヤー(tb9288)に問われた自分の行く末に関して、コーデリアはそう答えた。
 肉体的にはヒューマンで、でもドラグナーたちのように守護精霊を宿している訳ではない。女神の力は、恐らく彼女の内から湧き出るものだ。つまり肉体的な性質はどちらかというとシフールに近い‥‥。
「‥‥と、何となく思うんだけど、どうなるかなー」
 行く末に関しては、ぶっつけ本番なところもあるだろう。
 だが少なくとも、コーデリア自身は女神としてシーリーヘイムへ行くことを望んではいないようだった。
「コーデリアはこれで皆が笑顔になれるって思とるんかいな?」
「‥‥‥‥コーはね、その土台になれると思ってる」
 クヴェン・コーヴィン(tk2115)の質問に対し、コーデリアは悩み悩み返答した。儀式魔法ティルノギアは100パーセントの方法ではないと思っている、と。
 しかしティルノギアが発動しなければ地上の数多の命は喪われ、闇はやがて彼女の愛するドラグナーたちをも飲み込むだろう。
 言うなれば、最大公約数的な幸せ。笑顔になるチャンスを作り出すだけの方法でしかない。
「でもね、これだけは忘れないで。だからこそわたしは、あなたたちを信じてる」
 結局、ちゃんとしたカミサマにはなれなかったコーデリア。
 彼女が愛する人々の未来に向けてできることは、きっとティルノギア発動までなのかもしれない、とも。
 だから、できないことがある代わりに、コーデリアは信じると言う。
「幸せになろうとするあなたたちの意志を、望む未来を作ろうとする心を――わたしは信じてる」

 ティルノギア発動に向けて体力温存、少し眠るとコーデリアは言った。
 睡眠の邪魔はできないからと、ドラグナーたちはぞろぞろと部屋を出ていく。それを見送り、枕に顔を埋めようとして‥‥ふと、コーデリアはジル・ヴァサント(tf1251)を呼び止めた。
「あのね。コー、ジルちゃんが好きだよ。だからね」
 ここでもコーデリアは繰り返した。「信じて」と。
 コーデリア自身がやりたいと願ったこと‥‥ティルノギアの発動を成して。
 そして、その後のこと――。
「――絶対、また逢えるから」
 笑う彼女に、ジルは苦い顔をした。

◆昼頃――闇の軍勢
 そろそろティルノギア発動の準備に取り掛かろうという頃。
 エストリア・サモナー(tz0003)が泡を食って大神殿へと駆け込んできた。
 彼女は語る。哀しみの水瓶が、湛えた水を溢れさせんばかりに震え、巨悪の映像を映し出したことを。
 大量の暗闇がうねり、捩じるようにして船の形を作り出し、それが空へ飛び立って。
 そして邪悪な炎が天竜宮を焦がし‥‥コーデリアが焼け焦げる、と。当然ながら儀式魔法ティルノギアは発動に至らず、世界は闇に覆われる。
 エストリアは語る。
 闇の船の先端にいたのは、凄まじい形相を浮かべた九尾狐だったと!

 世界各国に触れ回られた天竜宮からの報。儀式魔法ティルノギア――その存在に、九尾は誰より深く戦慄した。
 強制的なデュルヘイム送り。そこには絶望も悲しみもない、快楽や悦びすらない! 彼女の特殊な力を持ってしても抗うことのできない悪夢のような話は、到底受け入れがたいものだった。
 彼女はすぐに手を尽くした。幸い、闇の只中に於いても簡単に篭絡できる馬鹿なコモンはたくさんいた。デュルガーを集め、カオスに浸された生物を集め、彼女は妖の血肉で船を作り上げた。
 手に手を結び溶け合って、蠢く船と化した闇の生物たち。その先端に乗って、ここに来ても尚美しいその女は空舞う白き宮を睨みつける。
 過去のような冷静さも深謀遠慮も、そこにはない。
 今まで彼女は生物を魅了し築き上げた、自身に有利な環境でドラグナーたちを圧して来た。今回はそうではない。それを崩されたからこその強引な侵攻。
 歩みを止めたなら、彼女には文字どおりの地獄が待っている。
 地の利を捨て、得意とする攪乱を捨て。それ以外に、彼女には選択肢が残されていなかった。

 全てをデュルヘイム送りになど、させるものか。
 無理やりにでも女神の命さえ獲れば、私の勝ちだ――!

◆成すべき
 闇に沈む世界へ光をもたらすため、そして自身が未来を生きるため。
 成すべきことは3つだ。
 儀式魔法ティルノギアを無事に発動させること。
 魔法的な力を結集し、天竜宮へ障壁を築くこと。
 そして、迫る闇を蹴散らすこと。

 儀式魔法ティルノギアに関して。
 最後に加わったムーの欠片‥‥ポータラカにて、儀式を行う。
 コーデリアの身体は弱っている。儀式発動の手助けをせんと願う者は、彼女に手を貸すことができる。それは祈り、歌、踊り、料理や花を供えるなど。およそ神に捧げるに相応しいあらゆる行為が、彼女の力になるだろう。また、コーデリアの肉体的・精神的な衰弱を回復するようにサポートすることも可能だ。
 ただし、当然ながら儀式魔法は障壁の外で行うことになる。こちらに手を貸した者は天竜宮に残留することはなく、創り変えられた地上で生きることになる可能性が高い。

 魔法障壁に関して。
 それぞれの属性の力を、竜脈<ドラゴンパス>へと流し込み、天竜宮の持つティルノギア『以外の』力を高める。そしてその力を、シーリーヘイムへ旅立った時のように大神殿へ集め‥‥ティルノギア発動の舞台となる、ポータラカ『以外を』覆うのだ。
 前回はドラゴンスポットと呼ばれる各属性の場所でドラゴンパスに訴えかけた。
 だが今回は配布された白い拳大の石――天竜宮の欠片であるミスティックストーンに、各々の力を移してほしいという。
 力を蓄えたミスティックストーンは大神殿にて預かる。そしてそれを、管制室で必要時に解放するとのことだ。
 力は、手を付いて祈る、想いを告げるなど、思考や行動を以て注がれるようだ。またそれら思考・行動が自身の属性や守護精霊らしいものだと、力は感応・流出しやすいようだ。
 また、今回は前回より更に多くの力を求められている。
 世界再編の力はどれだけ強力なものか分からない。それに抗うためには、幾ら力があっても足りない‥‥というより、本当に防げるかどうかも分からない。どれくらいの力を備えれば防げるものなのかが、そもそも誰にも分からないのだから。
 そのためか、配られるミスティックストーンには精霊たちの技術によって、まるで力を吸い取るかのように蓄えるという細工が施されているらしい。
 ‥‥やりすぎてしまえば自身に眠る精霊の力はおろか、下手をすると生きる力までもが石へと流れ出てしまうかもしれない、とも。
 覚悟をもって、或いは注意しつつ挑むべきだ。

 闇の侵攻に関して。
 妖しき狂花はファンシェンにて、闇の力を束ねている。どうやらまたも一部の高官に取り入って財源を抑え、魔法的な技術や道具を得ているようだ。
 彼女は今まさに地上を飛び立たんとしている。七精門ですぐに向かえば妖船が飛び立つ前に、闇の軍勢と戦うことができるだろう。だが彼女らは妨害を振り切って強引に飛び立とうとする可能性が高く、そうなった場合にはドラグナーたちもまた空を飛ぶ力が必要となる。
 最低限、天竜宮を襲う手管さえ破壊すれば、妖船も九尾狐も儀式魔法ティルノギアで蹴散らすことができる。
 無理に浄化する必要はない。だがもちろん、手ずから倒してしまっても構わない。

 それぞれの思惑と未来を掛けて、時は動き出す。
 果たして世界は、どんな道筋を辿るのか――。

◆登場NPC
 コーデリア・リトル(tz0002)・♀・パドマ・陽・人間

◆マスターより
1.このシナリオはTirnogear Chronicle【TC27】新世界へ のメインシナリオにして、天竜宮ティルノギア最後の全体イベントシナリオとなります。世界の行く末、そして各々の望みのために儀式魔法ティルノギアを発動させ、未来を生きる足掛かりを作ることを目的とします。
2.全体イベントシナリオは、ボツ有りプレイングとして処理され、特にMVPを中心に物語が展開します。
3.選択肢をプレイング第1行目で【ア】【イ】のように記入し、次行より本文を続けてください。複数選択可。
4.選択肢未記入、白紙者は原則居ないものとして扱います。但し、他の参加者のプレイングや状況によって、居なければ多大なマイナスが生じるケースでは登場する事があり得ます。
5.一緒に行動したいキャラがいる場合、キャラ名の記載や合言葉・チーム名を【】で覆う(タグ付け)などを推奨します。また今回は各マスターのNPCと行動することもできます。但し、必ずしもそのNPCが本文中に登場するとは限りませんので、予めご了承ください。
6.【イ】選択者はティルノギア発動に立ち会うことになるため、全てが上手く行った場合、最終的に地上でコモンとして生きる(シフールの場合シーリーヘイムへ行く)ことになる可能性が非常に高いものとなります。また【イ】以外の選択肢のみをプレイングへと記入したキャラは、当シナリオの結果及び後日談シナリオで取る行動、プラリプ、自由設定などによって未来の行先が決まることになるでしょう。
7.世界を大きく動かすシナリオは、よほどのことがない限り、これが最後となります。やりたいこと、やり残したことがあれば本筋から逸れても構いませんので気にせず行ってください。但し、だからといって判定に色は付きません。全ての要件が抜かりなく成功しない限り、儀式魔法ティルノギアの発動や天竜宮の魔法障壁作成などは容赦なく失敗し、世界も、キャラの未来も閉ざされます。何を成したいか、何をやりたいか、よく考えて行動することをお勧めします。

◆選択肢
ア:地上に降りて活動する
 ※世界のまだ周知が充分でないと思われる地域にティルノギアのことを触れ回る、今のうちに行きたい所へ行っておく等
 ※闇の軍勢と戦うために地上に降りる場合は【エ】を選択のこと
イ:儀式魔法ティルノギアの発動を手助けする
ウ:魔法障壁のための力を貸し与える
エ:闇の軍勢と戦う
オ:その他
 ※メル・コーデリア・エストリアなどのその他シーリーと話をしたい場合はこちらを選択ください。

リプレイ

◆ティルノギアの理由 〜混乱
 太陽がまだ眠る、早朝のこと。
 メル(tz0001)が七精門へと向かっていると聞き、多くのドラグナーたちがそこへと駆け付けた。
「メルたん!」
 真っ先に大きな声をあげたのはアシル・レオンハート(tb5534)だ。
「アシルか。すまぬが、わらわは少々出掛け――」
「メルたん、もう一度話し合いたいんだ。異種族間で子どもを成すことは、どうしても難しいのかな」
「お、おお?」
 アシルはそのまま力説する。
 誕生の秘蹟で異種族同士でも子供が出来ていたことを考えると不可能ではないはず。種が違うということの問題を、ティルノギア発動の際に変える事はできないのか――。
 異種族を愛し、子を成した者として。
 世界が大きく変容してしまうのは、アシルにとって耐え難いことだった。
「俺達が皆コモンだと言うなら、異種族間同士でも自然に子をなせるようにするべきだ」
 ピーター・スターロード(ta0766)はアシルに重ね、異種族間でも愛し合い夫婦になり子をなした者達は多いことを語る。
「これまで世界で容認された同性婚や異種族婚がティルノギア発動によって否定される事、その辺りは世界へ同意を取りつける際にお伝えしましたのかしら? その後反発はありませんでしたの?」
 エーベル・ヴァイツ(tk8407)も言い連ね、更にアシルは勢い付いて言う。
「ティルノギアが願いを叶えるものなら、俺の魔力を全部使って良い。なにか方法を‥‥」
「待て、待て!!」
 余りの言葉の渦に固まっていたメル。ようやく我を取り戻し、大きな声で彼らの声を遮る。
「それをわらわに言ってどうする!?」
 ――言葉は、ぴたりと止んだ。

 異種族・同性間で、これからも子を成すことができるようにはならないか。
 そう望んだ者たちがメルの所へ来たのは、恐らくメルがどちらかというと神や精霊に寄った思考をする存在で、かつ、ドラグナーたちの心にも寄り添うことができるから、かもしれない。或いは魔法障壁の時のような閃きを期待してか。
 だが――
「すまぬが、そう言われても、わらわにはどうにもできぬ」
 いかにレインボードラゴンとて、神に匹敵する力はない。ティルノギアを実際に見たこともないし、神やティルノギアの意思が言っていた以上のことは分からないのだ。
「最後の手段としては、コーデリア(tz0002)を通じてティルノギアの意思に問いかけることくらいかのう‥‥」
 対話によって、ティルノギアの意思はオートマタをカオスや物ではなく、愛すべきコモンの一部だと理解した。
 この前例があるから、何かしら言葉を伝えることは可能だろう。ティルノギアに何か働きかけたいのであれば、対話は有効な手段であるように思われた。
 ‥‥本当は、ティルノギア発動前にコーデリアを再び疲弊させたくはないのだが。
 それでもドラグナーたちが望むなら今一度試してみればいい、とメルは言った。彼らの願いが叶うならそれに越したことはないと思うからだ。
 しかし彼女の表情は明るくはない。
「――これは、わらわの推測じゃが」
 迷いに迷った末にこう言った。
「お主らの望みを叶えるのは難しいと思う」
 できない、とは言わない。
 挑戦は尊く、望みを叶えんがために行動することは素晴らしいこと。
 だが言葉を発する前の躊躇いと沈黙は、メルがその願いに関して限りなく不可能に近いと思っていることを、如実に語っていた。
「ティルノギアは、願いを叶えるものではないからじゃ」

◆ティルノギアの理由 〜子を成すということ
 まず、ピーターの言った『コモン』という概念。これは非常にあやふやで、曖昧なくくりだ。精霊に近い存在であり、シーリーヘイムに昇華されるシフールも、かつては『コモン』に含まれた時期もあったらしい。
 時代によって変遷するのは、さまざまな現象から『コモン』の範囲を、コモン自らが定義してきたからである。
 一方で、ティルノギアの意思は、特殊な生物に分類されるナーガも『コモン』と認識した。神からすれば、コモンとは「祝福された魂をもつ存在、コモンヘイムに生きることを許された知的種族」ということなのか。
 ともあれ。
 創世の時、神は被造物をそれぞれ種族ごとに創造した。
 ヒューマンはヒューマン、ドワーフはドワーフ、犬は犬、花は花といった具合に。そこには「種ごとに子孫を生して繁栄していくように」との意思が込められている。
 違う種族同士が愛し合い助け合って、共存共栄するのは善いことである。しかし、子孫を成すことができるかどうかは、別な話だ。
 もっと突っ込んだ話をしよう。
「――下世話な話になるが。例えばじゃぞ!? 例えばじゃからな!?」
 必死に弁解した後、メルはきっぱりと言った。
「ヒューマンとシフールが肉体的に交われると思うか?」
 マティアス・ネルケ(tk5396)が、きょとんとして。その隣で、何だかアシルがあわあわし始める。
「で、でもシフールは元々、誕生の秘蹟でも子どもは創れな――」
「あくまで例えじゃ、例え! 体格的に分かりやすそうな例を言ったのじゃ!」
 真っ赤になりながらの反論は、やっぱり真っ赤になりながら返される。
「こほん。もっと分かりやすく言うなら、お主らは植物とは子が成せんじゃろう。それと同じ。つまり‥‥生物として『そういう作り』になっておらぬのじゃ!」
 魔法が失われれば、子を成す際、動物と同じように、体を重ねる必要がある。
 見た目が似ていても、意思の疎通が出来て精神で愛し合うことができても、子を成すのは肉体を新たに生み出すと言うこと。
 歯車は個々が完成していても、噛み合わなければ回らない。身体構造が合致しない限り、新たな生命は宿らない。
 要するに‥‥愛と誕生は、関連はあっても別の理屈なのだ。
「ですが、ヒューマンとエルフは子孫を残せるといいます」
 なのに他の種族でできないというのは、一体どういうことなのか。エーベルの問いに、メルは首を振った。
「何か、神の意図があるのやも知れぬ。じゃが、わらわも詳しくはわからぬ‥‥」
 飽くまで例外であり、この一例をもって全部が覆るわけでもない。
「ではなぜ今まで、誕生の秘蹟で異種族同士でも子が成せたのです?」
 何とか活路が見いだせないかと、エーベルは食い下がる。
「――そうじゃな、物事の発端から考えようぞ」

◆ティルノギアの理由 〜今までと、これから
 現在、コモンが子を授かるには(アルメリアンやナーガを除いて)『誕生の秘蹟』を行う必要がある。この儀式に使われているのがAOS――魂<ソウル>を浄化する魔法の祭壇――だ。

 魂とは一部の知的種族にのみ宿るもの。本能のみに生きず、思考し模索し、さまざまに生きる者たちが宿すものだ。
 魂をもつ者は高い知能があるゆえに、生きていくうちに業にまみれる。自然や本能から来るものではない邪悪な考えを持ったり、悪を行ったりする。それは穢れとなって魂へこびりつく。そして――穢れ<カオス>は全てを歪めてしまう。
 世界と魂を守るために、女神は死した知的種族の魂から穢れを除いてデュルヘイムへ落とし、無垢にした上で転生させていた。ちなみに、精霊や動物に宿るものは魂ではなく精<スピリット>と呼ばれ、業を抱えることはないという。

 600年前、女神の長ヘイルの死去によって、このサイクルが止まった。
 浄化が成されず、前世の業を引き摺った魂は、無垢ではない。無垢になれないのであれば、新たに生まれることもできない。以降、母の胎へ子が宿ることはなくなったのだ。
 このままでは知的種族の断絶だ。
 困ったコモンたちは、ある遺跡で発掘された錬金装置に着目した。それは生命体を人工的に作り出すもの。この装置を徹底的に研究し、ついに、女神が成していた魂の浄化を疑似的に行って新たな命を生み出す方法を編み出した。
 それが誕生の秘蹟。その儀式に使われる祭壇が、AOS――『アルターオブスタプナー』だ。

「つまり、女神がしていたことを、魔法で解決したのじゃ」

 この誕生の秘蹟は、自然出産にはない特徴を備えている。同種族の男女でなくとも――同性同士でも、異種族同士でも――子を成せるという大きな特徴が。
 だが、それは魔法の力によるもの。
 ティルノギアが発動すると使えなくなる。

「裏技になりますけど、魔法障壁の中にAOSを置いておくことはできないんですか?」
 シャオ・リリィ(tk7065)が言った。
 天竜宮ではAOSは上手く機能しない。だが祭壇に宿る魔法の力を残すため、障壁内にAOSを運び込み、ティルノギア発動後にそれを地上で組み立て直すことはできるはずだ。
「‥‥なんて。無理ですよね」
 メルの反論を待たず、シャオはそう言った。
 できたとしても、やってはいけないこと。何故ならそれは、世界へ再び魔法を持ち込むことだから。
 天竜宮に魔法を残すのですら禁忌に近いのに、地上へ大掛かりな儀式魔法を置くことはできないだろう。また、世界へカオスを呼ぶきっかけにすらなりかねない。
 それはシャオ自身、よく分かっていた。
「ただ、やはり希望は持ちたかったんですよねー‥‥」

◆ティルノギアの理由 〜魔法は消えるべきか
 では、なぜ魔法が無くならないといけないのか?
 生きていくために自然と備わっていた力が、どうして神の御業によって消えてしまうのか。カオスだけをデュルヘイムへ放逐することはできないのか。
 その疑問に、メルは答える。
「魔法は、もともと恩寵<ギフト>のようなものなのじゃ」
 身体に宿る守護精霊、あるいは、魔法を成就できるということ。実は、どちらもコモン本来の力ではなく、親が子を守るように、シーリーヘイムから遣わされたものである。ゆえに、カオスがデュルヘイムに落とされ、シーリーがシーリーヘイムに昇華する時、魔法の根源ルミナもまたシーリーヘイムへと還っていくのだ。
 これには別な意味もある。
 600年前、人々は新たな女神を生み出さないという選択をした。それは、神の手を離れて自分たちで生きていく決意をしたということ。
 コモンたちが神の庇護から完全に脱し、自らの力で生きていくというのなら――
「魔法に頼り続けるとは、すなわち、親の力を借り続けるようなものじゃ」
 魔法が失われることによって、コモンはようやく自らの力のみで生きていく――本当の意味で神の手を離れることになる。
 独り立ちのために貸していたものを返してもらう。それは子の自立を願う親の行動としては、至極自然であろう。

◆ティルノギアの理由 〜諍いの種
 大きな目で見れば、確かにそれでいいかもしれない。
 だがエターナ・クロウカシス(tc7434)の懸念は、その答えでは解消されないものだった。
「私は再構成後の世界に懸念があります」
 異種族間で子を成せなくなれば、種族間の隔絶が生まれることだろう。無意識に近付き合う動きは減り、同種族が寄り集まって生活圏を成すことが予想された。
「そうじゃな。それはごく自然な成り行きじゃ」
「ですが、相互理解が失われれば、いつしか互いの異質が不安を呼び、不安は憎しみとなり、争いを呼び‥‥」
 ‥‥エターナは、種族間の諍いを心配しているのだ。
「肉体の構造が違うというのなら、ティルノギアで再構成する時にそれを近づける訳には?」
 アシルがエターナの言葉に着想を得る。
 だがメルは首を振った。
「おそらく、ティルノギアは『それはできぬ』と拒否するじゃろう」
 特性を近づけるというのは、種が特徴を失うのと同義だからだ。
 諸種族はそれぞれその種族たらしめている特性を持っている。
 動物は地を走る為に4足で、魚は滑らかに泳ぐためにエラや鱗を持つ。植物は生きる為、大地に根を張る、といった具合に。それぞれ、そのようにデザインされている。
 相互に子孫を成せるようにデザインを変更し、特性を失っていった場合、それらは果たして、元の種族と言えるだろうか?
 神がさまざまな種族に創造したのを、ティルノギアが無にするようなことをするだろうか?
 それは考えにくい。
「それに‥‥『違いがあるから差別する、劣る点があるから蔑む』のは、種族や能力の差を生み出した神のせいかのう?」
 違いがあることを憎むなら、世の中から全て根絶されるべきだろう。種族も、性差も、能力も努力の差もみんな、あってはならないことになってしまう。
 相互理解の邪魔になるから異質なものをなくせば良い、淘汰すれば良いという考えは、突き詰めていくと、「皆、ヒューマンになればよい」といった極論になってしまう。
 だがきっと、それは間違っている。
 特に、異種族という『違い』を愛した者は、分かっているはずだ。

「――‥‥」
 レイナス・フィゲリック(tb7223)が黙考する。
(異種族や同性で子を成したいと、そんな祈りが地上も含めて多く集まれば、ティルノギアに届かないかと思っていましたが)
 異種族の身体的特徴に付随して子が成せないのであれば、それは先ほどの話と同じ。特性の淘汰になってしまう。
 ――何をどう願えば、幸せに近づくのだろう?
「えっとねー、私たちシフールって、ヒューマンに生まれ変わったりできないのかなー?」
 話が難しいながらも精一杯ついていこうとしているレズリー(tk0952)。おずおずと言い出す彼女にも、メルはゆったりと首を振った。
「恐らく‥‥難しいじゃろうな」
 カオスに歪められた異形や被害者であるオートマタと違い、シフールは過不足なく生まれたのに個人的希望で人間になりたいというだけだ。
 ティルノギアは全ての願いが叶う秘宝――そんな噂もあったけれど、それは飽くまで流れていた噂に過ぎない。
 実際のところ、ティルノギアは個々人の望みを叶えるものではなく、『世界を整える』ものに近い。

◆ティルノギアの理由 〜それぞれの心
 言葉が尽きる。
 ふと沈黙が降りた時、誰かが鼻を鳴らす音が聞こえた。
 ――マティアスだった。
 彼は話し合いを聞きながら、ぽろぽろと涙を流していたのだ。
「神様は世界が存在すればコモンの幸せってどうでもいいのかな? 僕が、此処に来た時は、色んな色の、幸せに、満ちてて、とっても綺麗だったんだ」
 しゃくりあげながら、彼は言葉を絞り出す。
 色んな種族が仲良く共存していた天竜宮。
 それはマティアスの目には多様な文化を全て受け入れるかのような、誰もが認め合うことができるような、そんな素敵な空間に映っていた。
 だが、魔法がなくなれば、その光景は‥‥。
「全部‥‥全部、ダメだって、取り上げられちゃう」
 ぽかぽかと。ケットシーの柔らかな手で、マティアスはメルを叩いた。それは小さなもの同士が喧嘩しているようで、こんな時にも関わらず可愛らしさすら感じさせた。
 だが、メルはどこまでも静かな、大人の目をしてマティアスを見る。
「マティアスよ、幸せとは何じゃ?」
「え?」
「確かに、これから成せなくなることはある。異種族や同性同士で子を成すことは、ティルノギア発動後には得られなくなってしまう幸せじゃ」
 そして言わずもがなであるが、ティルノギアを使わずに世界が滅んだ場合にも、それは得られない幸せだ。
 だが、メルは頭を横に大きく振った。
「願いの全てが叶わなければ幸せになれぬのであれば、幸せなど、誰の人生にもあり得ぬ」
 子を成す。それは大きな夢の1つだろう。
 だがひとつの夢に破れた者は幸せになれないのか?
 個々人の幸せとは何か? 愛するとは何か?
 ――生命の幸福、とは。
「異種族、同性で子を成したいというお主たちの願いを、わらわは否定せぬ」
 それに対して努力するなら、後押しもするとメルは答えた。
「じゃが、幸せは自分で掴むもの。神に用意してもらうものではないはずじゃ」
 願いが叶わないのは悲しい。
 1つの願望が叶わなくなったら、それに付随して様々な問題が湧き出てくることもある。
 だがそれは、人の子が越えていくべき壁。神はコモンの幸せがどうでもいいのではない。手を出すべきでない場所へ、手を出さないだけだ。
 環境に幸せにしてもらうのではない。
 自分で幸せになる。環境は、そのために変えていくべきなのだ。

 なら。それなら――ヴァイス・ベルヴァルド(tk5406)は言う。
「盟主たるメルに問いたい。ドラグナーとはなんだ?」
「?」
 突然の質問に戸惑いを浮かべる、メル。
「ドラグナーとは、思いは千差万別なれど、共に未来を切り開く者ではないのか」
 声に非難の色が混ざってしまうのも、致し方ないことだろう。
 ヴァイスは、ティルノギアを発動することを、受け入れろと迫られている――『苦渋の決断』である、と感じていた。
 ティルノギアを使わない方法も、あるのではないかと。
「選択肢がそれしかないから受け入れ苦渋の決断をせよ、と。それがドラグナーの在り方か」
「‥‥‥‥」
「盟主として放棄しては駄目だ。皆にとって、より良い未来を最後の一瞬まで皆と考えてほしい。そうでなければドラグナーは時代の流れに翻弄された者となり、皆、子孫に胸を張れぬよ。誰が皆で勝ち取った未来だと言える?」
 その言い分の全てを聞いてから、メルは答えた。
「ヴァイスよ。言葉で本音を飾るでない」
「何?」
「ティルノギアという選択に、反発を感じているのは恐らくお主だけではない。押し付けられたように感じている者は、他にもおるじゃろう。じゃが、それは『皆』の思いではない。他ならぬ、お主自身の思いじゃ。そうであろう?」
 メルは、薄く笑った。
 ヴァイスの言葉は、交渉としては上手いものだ。思う未来を手繰る為、まだ見ぬ子々孫々の想いすらも乗せて、メルの立場をくすぐる。
 だが、それで動くメルではない。
「お主がそういう話運びをするのなら、わらわも尊大かつ冷徹に、盟主らしい言葉で返そうぞ」
 静かな声。
「世界がいつ滅びるかわからぬ中、異種族や同性で子を成したいという少数の者を尊重して、世界中の命を危険に晒しながら、他の方法を探せじゃと? できぬ相談じゃな。どうしてもと言うのなら望む者たちで捜せ。少数の我儘に、世界中の命を巻き込むでない」
 諦めのような、怒りのような。
 それでいて深い悲しみを感じさせる、淡々とした声だった。
「ヴァイスよ‥‥望まぬ未来に至ったとしても、わらわに頼らず、お主が考えて、変えよ。お主なら周囲の者とて協力してくれるじゃろう」
 よりよい方法があると思うなら、探せばよい。
 たとえ見つからなくても、行動すればよい。
 その自由が、ヴァイスにはある。
 でも、メルに訴えて打開しようというのなら、それは誤りだ。
 なぜならメルは、神や精霊に近しい考えの持ち主だからだ。私情や個人の都合よりも、皆の幸福を優先する。
 ティルノギアを使うことが、未来を、命を、ドラグナーたちを含めた世界全てを救うための最適解だと信じている。
「わらわにとってドラグナーは‥‥始めはただのコモンじゃったよ。しかし今は、大切な仲間じゃ」
 ――例え、望まない者がいるとしても。
 ここに至るまでには、一人ひとりが悩み、苦しみ、知恵を絞って行動して、そうして積み重ねてきた選択と、それに伴った結果がある。
 ムーの欠片を集め、カオスが絡む様々な事件へ介入し‥‥中には黄昏の幹部を倒しきれなかった、九尾に逃げられたなど、あの時ああしていれば変わったかもしれないという、悔いの残る過去もあるだろう。
 天竜宮へドラグナーたちが入植してから4年間。その間に起きたあらゆる事、それに関連した選択や行動。
 その積み重ねが、今この結果を作り上げた。
「わらわに頼るでない。自らの手で試せ。‥‥それ以上は言えぬ」
 実のところ、ヴァイスの言葉に、メルは傷ついていた。
 メルは最初、ドラグナーのことを「使命を果たすための手駒」と考えていた。自分自身がメリュジーヌが作った分身、仮初の存在で、道具に過ぎないと自覚していたからだ。
 しかし、一緒に過ごすうち、メルの心にドラグナーへの愛着が沸いた。今では、かけがえのない大切な存在と思っており、ドラグナー達の生命を、コモンヘイムと共に永らえたいと考えている。
 ティルノギアという選択は、そんなメルが考えに考え抜いた末の結論なのだ。それを、「ドラグナーの未来に関して思考を放棄している」と言われたら――。

◆メル 〜存在
「長話が過ぎたな」
 気付けば、薄暗闇だった辺りは明るい朝日に照らし出されていた。
 メルはくるりと背を向け、ドラグナーたちに早く帰れと促す。
「わらわは行かねばならぬ場所があるのじゃ」
 話を遮断する態度。何より異種族・同性婚についてはメル以外にこそ言葉をぶつけるべきだと理解したドラグナーたちは、1人ずつゆっくりとその場を離れていく。
 そうして――ジンジャー(tk6688)とリベラ・ルプス(tk7277)とライトニング・ブガッティ(ta1827)だけがその場に残った。ジンジャーは今の難しい話を聞いてか聞かずか、くるくる歌って踊っている。どうやら彼はメルに何か訴えかけにきたというよりは、通りがかっただけらしい。
「何じゃ、これ以上わらわには何も――」
「メルに話がある。大事な話だ」
 リベラの声は、真剣そのもの。
 先程までとは違う内容なのだろう。メルはもう少しだけ足を止めることを決め、リベラへと向き直った。
「まず言っとくがメル、アンタはこの世界に残るべきだぜ」
「――」
 息をのむ、メル。
「考えてもみな、オレ様達はチョイとズルして魔法を温存しようとしてるだろ?」
 魔法障壁を作り出すには莫大なエネルギーが必要だ。
 だが、もし。万が一、似たようなことを思いついた者が同じことをしようとしたり。或いは偶然に魔法や精霊が残ってしまったら――。
「そんなこと、神の御業の前で起こるはずは」
「ないとは言い切れねえはずだ。メル自身が言ったんだからな」
 メルは、言葉に詰まる。
「オレ様はソレに備えて、魔法を捨てない残留組ドラグナーを万が一の事態に備えて統制し温存すべきだと思ってる」
 世界の万が一に備える為。
 世界に生きる全ての民が、理不尽な万が一によって悲劇へ叩き込まれないように。
「そしてそれを指揮して仕切れんのはメル、アンタだけだ」
 ‥‥メルは、沈黙して。
 何か考えているような、それでいて答えなど既に出ているかのような無言を貫いて、ようやく一言を絞り出す。
「‥‥‥‥考えさせてくれ」
「おう」
 ぽん、と肩を叩き、リベラは去っていく。
 そしてライトニングは。
「今まであれほど偉そうなことを並べておいて、最後の時になったらたった一人でケジメつけようっていうのか? らしくないな?」
「‥‥」
 見透かされている気がして、言葉を失うメル。
「俺たちがお前と付き合うのもこれが最後になるかもしれないんだ。どうせすべてを終わらせるんだったら、思い切り明るくやっていこうじゃないか!」
 メルの背中を叩き、ライトニングもまた去っていく。
「‥‥そうはいっても、な」
 虹の光を撥ねる髪を、くるくると弄って、メルは歩みを進める。
「あれ? メル様どこいくの?」
「うむ、少しな。後は頼む」
「あとは? ‥‥そういえば、メル様って」
 その姿は仮初で、本当のものではない。それを思い出したジンジャーは、ちょっと考えてから屈託のない笑みを浮かべた。
「メル様はひとりじゃないよ! いっしょに、シーリーヘイムにいくなら、さびしくないね!」
「すまんな」
 だが、メルはゆるく首を振って、七精門を潜る。
「わらわは多分、一緒には行けぬよ」
 そんな一言だけを残して。

◆メル 〜理由
 ティルノギアの発動と共に、メルは消えるだろう。
 何故ならメルは、レインボードラゴン・メリュジーヌに産み出された魔法的存在だからだ。
 魔法障壁の中にいれば、もしかしたら存在を永らえるかもしれない。だが、そんなことは許されない。
 メルの、天竜宮を管理するという役目は、終わったのだから。
 仮初のメルが残って、本体のメリュジーヌが眠り続ける、そんな主客転倒はあってはならないのだ。

 ――きっとコーデリアも大丈夫。無事ティルノギアを発動することができる。
 ドラグナーたちも‥‥大丈夫だろう。あれだけ言葉を尽くせば、最早メルにできることなどなく、望む未来のためには別の方法が必要だと分かってくれた‥‥と、信じたい。
 万事、問題ない。
 だったら自分の手で、自分の望むタイミングで、この存在に幕を引いて何が悪い?

 七精門を潜ったメルの視界に現れたのは、黒く濁った世界と、白く吹きすさぶ吹雪だった。
 ――霊峰デヴァドゥルガ。
 メリュジーヌが眠る地だ。
 霊峰の中に潜む洞窟へ足を踏み入れる。
 以前、ドラグナーたちがメリュジーヌの幻影に止められた場所を易々と素通りし――そこで、メルは信じられない声を聴いた。
「何処へ行くのかね、我らが盟主。いや‥‥」
 それはメルにとってたまらなく嬉しく。
 そして同時に。
「我が愛しきメル」
 今だけは絶対に聞きたくない、ハルト・エレイソン(ti5477)の声だった。

◆メル 〜仮初に芽生えた心
 呆然と後ろを振り返り、夢幻ではなく本当にハルトがいるのだと知った後‥‥メルは逃げ出した。
「来るでない!」
 ハルトはそれを、ゆったりとした足取りで追う。
 全力で走っても追いつかれてしまうほど、メルの足は遅かった。まるで、本当に童女であるかのように。
「‥‥」
「来ないで給れ」
 足は、止まらない。
「来ないで給れ!!」
 やがてメルたちは辿り着いてしまった。
 本当のメル‥‥眠るメリュジーヌへの前へと。

 メリュジーヌは洞窟の奥に潜んでいるのが信じられないほどに大きく、そして暗所にいるの驚くほど優美に艶めく表皮をしていた。
 羽毛と皮膜、2対4枚の翼は力なく垂れている。腹部は規則正しく、そして人間よりもずっと遅く上下しており、ただ眠っているのだということを伺わせた。
 追い詰められたメルは、大きなドラゴンに抱き付くようにして、ハルトへ背を向けた。
「――なぜ来た」
「逃げるからだ」
「‥‥知っておるじゃろう。これがわらわじゃ」
 言いながら、メルは竜の表面を撫でる。
「わらわは現身<アバター>に過ぎぬのじゃ」
「‥‥」
 沈黙を守る、ハルト。
 その静けさが恨めしくて、メルは感情を露わにしながら振り返り、ハルトへ言葉を叩き付ける。
「どうして追って来た! 分かっておったことじゃろう、いつか別れが来ることは! おぬしの気持ちを受け取って、それで終わりであることは!」
 メルは所詮、メリュジーヌの独立した一部だ。その身は自分のものですらない。
 ‥‥幾ら愛を囁かれようとも、応えられるわけがない。
「なのになぜ来た‥‥! もう、わらわの役目は終わりじゃ。わらわは消えるべき存在なのだ、応えてやれるはずなど――!」
「愛に見返りなど必要かね?」
「――っ」
「子が産まれなければ愛し合う意味はないと?」
 そうじゃない。
 そうじゃないと――子を成すのみが幸せではないと、先程メル自身がアシルたちへ言ったばかりだ。
「別れが来るのなら愛する意味はないと?」
 そうじゃ――ない。
 なぜなら生物は等しく、いつか別れるものだから。
 だから、愛した今に意味がないなんてことは、絶対にない。
「愛とは与えるもの、賜るもの、心に宿る熱。熱を交わす事こそが愛そのもの。無限の生はなく、永遠の存在などない。ゆえに、愛し愛された瞬間に感じる心の高鳴りこそが真理」
「やめる、のじゃ」
「その七色の髪が好きだ。その幼い微笑みが好きだ。君の唇が紡ぐ高らかな宣言と、優しき心が齎す懊悩の表情が好きだ」
「やめて給れ!!」
「その存在がたとえ幻でも、遥か遠く彼方の世界に在るとしても、私は全てを超えて君を想い続けよう」
「やめ――」

「愛しているよ、メル」

 メルの瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
 仮初の姿とはいえ、何百年、何千年と生きた自分が、このように短い生の存在に教えられるとは。
 いや。
 永く存在しているからこそ、大事なものが見えなくなるのかもしれない。
「――わらわは」
 それでも言えない。
 メルとてハルトの愛を喜び、同じ気持ちを返したいと願っているのだと。
 言ってしまったら――消えるのが、怖くなるから。
『メル』
 二人の頭に声が響いた。
 メルが驚きの眼で、背後の巨竜を振り仰ぐ。
 その声は、眠りながらも世界を見守る、レインボードラゴン・メリュジーヌの意思だった。
『メルよ。おおよその状況は理解しました。世界を救うためにティルノギアを発動するのですね。でもその一方で、魔法を世界の片隅に残そうなどと、愚かなことを企てていますね』
 ぎくりとメルが心臓を鳴らす。
 それは世界の理を揺るがしかねない危険な企て。神の下僕であるレインボードラゴンの現身として、本来ならば決してやってはいけないことだった。
 震えるメル。恐怖に固まる彼女へ、ハルトは近寄る。
 だが、メリュジーヌの意思は、こう言った。
『――自分で言ったことの責任は、自分で取るべきです。そうでしょう?』
「え‥‥」

 リベラの言葉が蘇る。
『メル、アンタはこの世界に残るべきだぜ』
『オレ様はソレに備えて、魔法を捨てない残留組ドラグナーを万が一の事態に備えて統制し温存すべきだと思ってる。そしてそれを指揮して仕切れんのはメル、アンタだけだ』

「‥‥あ」
 どうせ自分は消えるのだ‥‥そう思っていた。
 けれど、もしもメリュジーヌがそれを許すのなら。
『――‥‥』
 ふっつりと、メリュジーヌの意思は途絶えた。
 ‥‥メリュジーヌとリベラの言うことは、とても筋が通っていた。
 ドラグナーたちの誰かが立場を得て偉くなるのは、彼ら自身の為にも違う気がした。
 彼らが対等でいるために、いざという時の決定権を持つ者は、ドラグナーとは別に必要だ。
「ハルト」
 メルは名を呼び、顔を見上げる。
「何だね、我が愛しの君」
 どこか酷薄とした印象を感じさせる彼から生まれるものとしては、その愛の言葉はどこか歪で眩しかった。
「メリュジーヌとリベラの言うとおりじゃ。自分で言ったことの責任を、わらわは全うしようと思う。それと」
 皮の薄い手に、小さくやわらかな子どもの手を添える。
 よく見ればハルトの手は冷え切るどころか、凍傷だらけだった。霊峰の中、立っていられるのが不思議なくらいの寒さで、それを伺わせまいと必死に隠して、ここまでメルを追って来たのだろう。
「――もう少しだけお主の傍にいたいと願っても、よいじゃろうか」
 優しく傷を撫で、メルはハルトの手の甲に頬を寄せた。

◆閑話休題 〜コレハ・オタワ(ti8016)の記録
 後世に伝えるため、儀式の日に記されたコレハの記録。
 その一部をここに記す。

 ――仲間を庇い倒れた者、道を拓くために散った者、未来への礎となった者達‥‥

 ――そして、輝く鋼か
 ――はたまた、敵を雲霞の如く薙払う業火の如き英雄達

 ――偉大なる儀式魔法を成就させんと、星々の如く集った煌めく智慧と究めし叡智

 ――更には、己が矜持か
 ――それとも野心か‥‥を押し通す者達

 ――私の占いでも、星々すら答を示せない
 ――何が起こるのか‥‥女神すらも予測し得ないでしょう

 ――ですが、私は自信と確信を持って、こう答えることができる
 ――コモンは‥‥命は、闇に負けることはない

 ――何故なら、命こそ光であり、女神こそ光であり、それは永久に結ばれるものだから――

◆思い出の地
 ティルノギアが発動したら、どうなるのか。
 魔法障壁がもしも保たれなかったら、天竜宮はどうなるのか。
 分からないことだらけだ。
 だから、一部の者たち――特に地上に降りる者たちは、どうなっても後悔のないようにと、自分たちが暫く暮らした街を眺め歩いていた。

 箒で天竜宮上空を飛ぶ、ユニコ・フェザーン(ta4681)。
 天竜宮の全景を眺めることも、箒に跨って風を切ることも、これが最後。
 なら、あと少しだけ記憶に焼き付けておきたかった。
 先程テレパシーで、知性ある者――主にグリモールやドゥーミンに、テレパシーで連絡を終えた。天竜宮を降りることを希望するなら、ポータラカへ集うように伝えたのだ。
 ――晴れやかな気分だ。
 もう少しだけ、あと少しだけと、言い訳をしながら街を見下ろして――ユニコは、街を歩くグラナート・ベルファイア(tb0129)の頭を見つける。

「見付かんねぇなー」
 クモール・カマラーケンを探して、グラナートは天竜宮の街を彷徨っていた。神出鬼没、よく分からない悪戯を繰り返すかの精霊? は、どこにいるのか全く分からない。
 ティルノギア発動後、グラナートは地上へ降りることを望んでいた。
(フンドシーリーコートに俺はなる!)
 おっぱいの大きな嫁さんを見つけて、産めよ増えよ地に満てよ。
 いつか命の焔が真っ赤に燃えて、燃え尽きて、不死鳥の羽を失っても。
(俺の魂は永遠に不滅で、この先の未来にもずっと続くロードがあるんだ)
 胸で燃えるそんな決意を、儀式にぶつけ――る前に、クモールにも挨拶しておきたかったのだが‥‥。
 仕方ないので、グラナートは適当に叫ぶ。
「エロエロ楽しかったぜ! またどっかで会おうなー!」
「はーい、なのだよー」
 するとどこからか、木霊のように返事が響いた。

 ショコラ・ミルフィーユ(tb7879)は、地属性のドラゴンスポットを訪れていた。
 以前ここに来た時、ショコラは動物とたっぷり触れ合った。そして今日はといえば、通りがかった精霊や自身の連れて来たアースソウルやエレメンタラーフェアリーと戯れている。
「今まで、力を貸してくれてありがとう」
 目の前の彼らは、シーリーヘイムへ往くのだろう。
 いつも食べ物のことを考え、ふわふわと幸せそうな笑顔を見せていたショコラ。だが今生の別れとなると、普段よりもずっと寂しげな雰囲気を纏っている。
「君たちと一緒に、いろんな冒険ができて、楽しかったよ!」
 たっぷりとお礼を言って、フェアリーをぎゅうと抱きしめる。するとそんな彼女へ、青い靄の精霊が、そっと包むように寄り添った。

 そして。
 ギゼル・ファルソ(tk8225)は、儀式の準備に追われる者たちを遠目に見ていた。
(残念ながらどれも望む形じゃないんだよ)
 だからこそ、彼は『なにも手伝わない』という選択をした。
 全てが終わったら、隠遁して‥‥そう、できればキース教授たちに今後のことを聞きたいとは思うけれど。そのために地上に降りる気にもなれなくて。
(異種族同士での子孫の残し方、これをコモンの力で切り開くなら鍵は彼らだろうし)
 ただ、彼らも基本的には魔法技術の研究をしていた者たちだから、すぐには難しいだろうとは思う。果たして活路は開けるのか‥‥。
 などと、考えていると。
 目の前を、忙しなくタイコ(tz0022)が通り過ぎていく。
「あ、ねえちょっと」
「何だい」
 振り返るタイコ。
 タイコもシーリーだ。儀式に向けて、色々忙しいのだろう。
「一口齧らせて?」
「ダメー」
「やっぱり味は気になるでしょ。皆の真剣な疑問、ねっ?」
「ダメ、ダメだって、ぎゃー」
「あ、待ってよー」
 泡を食って逃げていく珍妙な精霊を見送って、ギゼルはふ、と笑みを零す。
(こうやって変わらない空の下、今までのような日々が続けばいいのに)

◆想い石
 ――魔法障壁。
 それは天竜宮に残りたいと願う者のために用意された、特殊な措置だ。
 ティルノギアが発動したその瞬間、ドラグナーたちが力を込めた石を材料に、天竜宮のみをティルノギアの効果から隔絶する障壁を展開するらしい。

「っていってもな」
 サフィーロス・アルギュロス(tj6168)は、その障壁を構成する要素となる『ミスティックストーン』を、気のない素振りでお手玉していた。
 儀式だとか、でっかい闇の軍勢だとか。
 学園で聞いたお伽噺のようだ。話が大きすぎて、ここに至って現実味が感じられなかった。
「まあ、ぐだぐだ言ってても仕方ないか」
 独り言をちょっと寂しく思いつつ、ぽんぽんと気楽に放っていた石を両手で挟み込む。
 精霊の力に未練はなかった。ただ、やる気を出す理由もなかったので――コーデリアは彼的には対象範囲外だったので――あれこれ考えた結果、彼は脳内でティルノギアを擬人化する。綺麗なお姉さんだと思えば。よし行ける行けるやる気出せる。
(‥‥こんな力、出てってくれるなら有り難い)
 普段は他人に言わない本音。それを白い石にぶつけて。精神的な強固さをイメージして‥‥。
「へぇ」
 どうやら石は、込められた念に応じて見た目を変化させるらしい。
 サフィーロスの手の中で、それはヒドラの肌のようにごつごつとしたものへ変化していた。

 ミラベル・メルティーア(tb9768)の生み出した石は、表面に海を思わせる模様が入った、不透明なものだった。深い青に輝くそれは、いかにも莫大なエネルギーが眠っているように感じられる。
 念を込めるために冬の領域にまで足を運び、更には魔法でフィディエルを呼び出して彼女の力を借りたのも良かったのだろう。水のルミナ、雨や湧水が川になって海に注ぎ、波となるように‥‥そんな雄大なイメージは、石に滞りなく吸い込まれた。
「未来のモンスターさんとお会いしたいです」
 石の表面を撫でて、ミラベルはそう零す。吹きすさぶ寒風の中でも、その柔らかそうな手は温度を失わず、波の模様を温めた。
 願わくばこの石に宿った力が、コモンの身体を流れる血液のように、滞りなくルミナの力を循環させてくれるように。
 そしてポータラカから溢れるであろうティルノギアの力を受け止める、氷の壁になってくれるように‥‥。

「俺はあんまり気にしてないけどね」
 今更どうしようもないし。シャール・クロノワール(tk5901)は飄々と言った。
 話題は、未来のこと。取り分け近い未来の、ティルノギア発動についてだ。彼は抗う気はなく、訪れる結果を受け入れるつもりでいた。
「私はこれでも元は神職ですから、思う事も無いではありませんが」
 対して、ルドヴィーク・クリシュ(tk6952)はぽつりと零す。引っ掛かりはあっても、それでも‥‥。
「ここまで来て言う事は、特には」
「神や精霊は人の気持を理解したり、汲んだりは出来ないよね、個別対応してたらキリがないし」
 シャールの言うことは尤もで。
 それでも理解を得ようと抗うのもまた人である、ルドヴィークはそんな風にも思う。
 多様性によって種の存続を期し、知性を理性を持つが故に、選別に耐えられないものを見捨てられない。
 その結果が今回の、ティルノギア発動と魔法障壁の構築の両面作戦。
 ‥‥ルドヴィークは小さく肩を竦めた。
「ある意味では相反し矛盾する、それもまた人の在り方同様なのかもしれませんね」
「うん」
 頷いて、シャールは言う。
「気にしてる子達が、自分の事でなくても友達を、恋人を、案じてる子達がいる」
 その手に握った石が、淡く光りはじめて。
「オートマタに限らず、前を見て、未来を信じて願ってる子達には幸せになって欲しいよね」
 やがて2人の石は、優しき理知の光を宿す。

「ソウ! ムリヤーリツレテーク !ノットジャスティスデース!!」
 と、何やら石に向かって叫んでいるのはリティル・アーゼイ(ti6273)。
 残りたい、そう願う者を強制送還するのは、リティルの正義に反していた。
 だからこそ、彼女は石に祈ることにした。
 理不尽に苦しむコモンを助ける――それがリティルの描く正義の味方であり。
 その『コモン』には、仲間のシフールたちも含まれているのだ。
「エシュローンッ!! コレーガッ! ラストクライマックスッ!! ファイナルッ! フュージョンデースッ!!」
 高らかな宣言とともに、彼女は精霊合身。
 きっとこれが、最後の合身になる。
 ありったけの力を込めて、ただひたすら願う。『連れてかないで』――その熱意はそのまま、正義の炎を思わせる真っ赤な光となって、石に宿る。
「ファイナル‥‥そうだね、最後、だよね」
 その声が遠く聞こえてきて、アド・ラントカルテ(tj0616)は石をそっと撫でる。
 アドは石を抱えたまま、天竜宮の地をゆったりと歩き始めた。
 大地をしっかり踏みしめて歩くイメージ。まるで地上を旅している途中のように、美しい風景を思い浮かべる。
(新しい世界を歩きたい。一緒に歩いてくれる人もいる、から)
 頑張る。‥‥頑張れる。

(‥‥祈り、かぁ‥‥)
 キリエ・フェルディス(tg3925)は目を閉じて、自らの心を省みる。
(僕‥‥少しは‥‥前を、向けた‥‥かな‥‥)
 その問いの答えは、既に自分の中ではっきりと分かっていて。
(ここに、これて‥‥本当に‥‥よかったなぁ‥‥)
 大切な場所。大切な絆。
 それらを守る力になりたい――それが、キリエの願いだった。
 想いはそのまま音となり、キリエの口から零れ出る。
「主よ、我らが主よ
 主に 感謝いたします
 結びつきし縁に 幸多きこの日々に
 奇跡を 今一度この地に
 暖かな加護を 憐みを
 どうか ここに」
 その歌はニナ・チェーホヴァ(tz0060)の耳へ届き、彼女の祈りを加速させる。
「生きていてほしいの。だから、いくらでもあげるわ」
 ギリギリまで力をつぎ込むと、石の表面に光が現れる。それは太陽を撥ねて煌めく水面のような、激しくも小さな輝き――。

 アヴェス・コルタール(tk1373)の下へも、キリエの歌が届いた。己が心に抱く神々への思いを、膨れ上がらせるような歌声。
 そんな音に背を押され、アヴェスは地面に円を描いた。母なる大地を照らす太陽‥‥創造主、ティルノギアを作り出したはじまりの神へ感謝を捧げる。
 魔法が失われる。それが理だというのなら、アヴェスは喜んで力を還すつもりでいた。
 今目の前に描いた円のように、全ては流れ、調和し、元の場所へと還っていくものだから。
「‥‥」
 瞳を閉じる。だがそれでも彼の視界は美しい光に満ちていた。ルミナリィ、これも精霊から‥‥ひいては神から与えられた力によって成される奇跡だ。瞼の向こうにすら、太陽を感じる。
 この魔法がなくなっても、太陽の導きは変わらずアヴェスを導き続けるだろう。
(先祖霊鳥ホークよ、力を貸してくれ。迷路に立つ我らを導き給え。
 進む事が困難であろうと、最後には必ず抜け出せるはずだ)
 今、迷路に立つ者も。
 そして未来に、もしかしたら道に迷うかもしれない自身に対しても、そう信じる。
「俺はキヤクサ、苦境であろうと断ち切ってみせよう」

 儀式後に、オートマタがただの物に戻ってしまったら?
 ティルノギアの意思との対話があっても、マナ・リアンノ(tk5914)の胸から疑念と不安は消えなかった。未来がどう転ぶかなど、誰にも分かりはしないのだから。
 だが同時に、「それだけはさせない」とも強く思う。だからそんな思いを、ミスティックストーンへ込めようとした時。
 近くを偶然、ノーナギンタ・ノウェム(tk7324)が通る。
「あなたも、石に力を?」
 彼女の手に自分と同じ物を認め、マナは思わず声を掛ける。
 聞けば、石へ上手く願いを乗せられない者もいるという。話しかけたのには、「もし悩んでいるのなら力になれれば」というマナの気づかいもあったのかもしれない。
 ノブリスオブリージュを体現せんと生きたマナだからこそ。そしてノウェムが自分と同じ、かつ幸せになってほしいと願うオートマタだからというのもあるだろう。
 だが、だからこそノウェムの言葉は到底聞き捨てならなかった。
「はい。ノウェムにも、精霊の助けが存在するのであれば、この身に流れるルミナの一滴最後まで、この地に留まりたいと願う皆様のモノに」
「‥‥どういうこと?」
 ノウェムの言葉は、どこか不穏な色があった。重ねて問うマナへ、ノウェムはその意図が理解できず言い淀む。
「あなた自身がどうなってもいいように聞こえたわ」
「はい」
「はい、って」
「願わくは機体として、モノとして、不確かな心というモノを捨て、本当の眠りにつく事ができたなら」
「そんなこと――!」
 彼女の願いを否定しかけて。
 そこでマナは言葉を止める。マナは彼女の事情を知らない。死力を尽くして眠りたいという願いの、その源が分からない。
 彼女とて、この地に留まりたいと願う者の為に尽力している。その上での無私の願いは、マナと何ら変わらないのかもしれない‥‥そうとも思ったのだ。
「‥‥あなた」
 だが、マナは気づいた。
 ノウェムの手が、微かに震えていることに。
「その手――」
「! ――思考したく、ありません」
 それだけ告げて、ただ静かに去るノウェム。
 彼女の背中に向けて、マナは。
「全てのオートマタが救われるよう、私は祈るわ!」
 ノウェムが足を止める。
「この力を呪いではなく、祝福に変えるために!」
「――‥‥」
 お互いに、動けず。
 だがノウェムの石には、静かに流れる水のような。
 マナの石には、苛烈に渦巻く水のような。
 そんな色と模様が、灯っていた。

 アルビレオ・マクレーン(tc7812)も、石を手に祈る。
 静かに、ミスティックストーンの中へ入り込んでいくようなイメージ。以前ドラゴンパスへ力を流した時を思い出しながら石へ力を送り込む。
 風を体に受け、風に身を任せ、自分自身が自由な風となってミスティックストーンの中へ入っていくようイメージして‥‥。
(‥‥未来は)
 柔軟に姿を変えていく風から連想し、未来の変化に思いを馳せる。
 アルビレオ自身、これから先、やりたいことも知りたいことも、友だちと話したいことだってたくさんあった。
 迷いはたくさん。これからどう生きていくのかも定まっていない。
 けれどきっと、自分と同じように悩んでいる人もたくさんいて。
 その人たちがギリギリまで悩むための選択肢となれるよう、アルビレオは力を籠める。
 すると石は、柔らかな緑色に変化した。見る角度によって光り方を変えるその石は、どこか優しい風を思わせた。

「――っ」
 ヴィクトル・カレーニア(tk8717)もまた、力の全てを石へ移していく。
「私は黒騎士ゾークと竜宮一の妖花ラリサが息子ヴィクトル! 精霊よ、私に最初で最後の力を与え給え!」
 襲い来る虚脱感に必死に耐えて、ヴィクトルは力を注ぐために槍の演舞を続け、集中力を高めていく。
(紋章を戴かず黒き中に信念を秘めた父上! 蠱惑的な微笑みに果てなき優しさを秘めた母上!
 二人は私の目標であり最も尊敬するドラグナー!)
 彼らの子として、恥ずかしくない様に、全力で。
(たとえ世界が変わり、ドラグナーが御伽噺の英雄になろうと私は忘れない! ドラグナーという等身大の人間達が紡いだ物語を!)
 人は移ろい易いもの。
 いずれお伽噺となったとしても、憶えていたい――強い想いは、ヴィクトルの石を変化させる。
 半透明になった石は、その内側に黒く美しい花を咲かせていた。

 両手で抱えた石を、シヅキ・グリム(tf1369)はゆっくり眺めまわす。
 そしてまるで石に人格を見出したかのように、語り掛けた。
「やりたい事ー、いっしょに居たいひとー、いーっぱいだからー。全部はだめだけどー。俺のチカラ、あげるー!」
 彼は立ち上がると、手近な樹によじ登った。身体いっぱいに風を感じた後、ぴょんと飛び降りて滑空する。蝙蝠怪人の衣装は、空を自由に駆け回る力を与えてくれた。
 ‥‥風を感じる。どんなところにも自由に進んでいける、その素晴らしき特性を持つ存在が、肌の上を滑っていく。
「俺ねー、いろんなとこー。せかいじゅー! もーっと先までー見に行ってみたいんだー!
 ふわーってあったかーい風になって、さむーいひとのこと、ぽかぽかにしたげたりー、
 ひゅーってつめたい風になって、わるいひとーに、それじゃあったかくなれないぞーって叱る! ってするんだー!」
 そして、いつかは船を持つ。
 自分の船‥‥もとい。
 ともに来てくれる仲間たちと乗る、自分たちの船。
「だいじーなひとと、友達とー。いろんな知らないひとーと会って、風になりに行くんだー!」
 希望を乗せて、風に押されて、船はきっと縦横無尽に進むのだろう。
 未知と出会い、幸せと出逢い、世界の果てまでも探検し尽くすような、そんな。
 弾む心は、石に移る。微風を放つその石は半透明、中で絶えずきらきらの輝きが動く――そんな造形へと変化した。

 ラウノ・シルヴェン(tk6396)もまた、力を注ぎ込もうと、石をぎゅっと握っていた。
 混沌合身とて自分の力。弟に、イルメラに、みんなに過ごしやすい世界となるように――風を意識して。
 そうして念じる彼の前を、きらきらと光が舞う幻影が横切る。
「‥‥休憩!」
 その光は、ラウノに疲労を思い出させてくれた。
 疲れたら休む。風らしく気まぐれに。
 だって未来を、ラウノはまだまだ進んでいかなければならないから。
(こういった愛と希望の物語のようなモノは性に合わないんだが‥‥)
 光る幻影の主は、アスター・ストークス(tk1402)だった。自称大錬金術師として、最後に一華咲かせるつもりで作り出したその錬金アイテムは、常春の領域全域に広がって、ドラグナーたちの目を楽しませていた。
 そして、その熱意はアスターの石を、きっちり変化させていて‥‥。
 ‥‥世界は破滅へと向かい、気ままに暮らす事も昼寝をする事もままならない。だから仕方なく、あくまで仕方なく手を貸しているだけだというのに。
 素直に反応する意思を見ていると、何だか腹立たしくなってくる。
「ああ、神め、まったく‥‥いまいましい。どこへなりとも行くがいい」
 ぶんぶんと首を振って、彼は偽物の空を睨みつけた。
「これからは、私の時代だ。切り開くのを、黙って見ていろ」

◆想い石 〜絆を捧ぐ
「最後にどでかいのが来ちゃったわねぇ‥‥」
 リプレ・アルフォート(tb0287)がぼやくように言い、その横でレグルス・オークス(tb0677)が石を空に翳す。光を撥ねるのをぼんやり眺めている彼へ、リプレは不安そうに問いかけた。
「思いを込めればいいのよね?」
「らしいな」
「やりすぎたら危ないとはいうけど、全力でやらないといけないわね」
「んー、まあ試しに。火属性っぽいこと、ねぇ」
 よく分からないという意思をありありと滲ませながら、レグルスは石を握って目を閉じた。
 考えるのは星のこと、月のこと。彼の愛する空の全てと――過去、消えてしまったという幻の星ラファエルのこと。
 魔法が失われてしまえば、それを追い求めるのはきっと困難になる。
 けれどそれでもレグルスは、自分が星を、ラファエルを追い続けるだろうとも思う。もしかしたらその足掛かりとなるかもしれない天竜宮が、残っていてほしいとも思うのだ。
 ――それと。
 こんな変人についてきてくれた妻のことも想う。
(こいつが健やかに生きていける世界じゃないと、やっぱり俺も困るからさ)
 最後は、口に出して。
「頼むな」
 すると石はぼんやり光る。白かった石が赤を纏い、まるで星のような煌めきを宿した。
「‥‥これでいいのかね」
 レグルスを襲う、深い虚脱感。
「いいんじゃない。じゃあ、私も」
 リプレもまた、願いを込めた。
 レグルスの感じている世界を見てみたい。傍らにいる好きな人を守りたい。
(まあ守りたいといっても、時々私から蹴飛ばしたりするけど)
 それはあくまで恥ずかしいからであって、本当は――。
 ‥‥脱線しかけた思考を追い払い、リプレは改めて集中する。
 彼が追い求める世界を守りたい。そして出逢えた場所であるここも、大切にしたいのだ。
(お願い、残って。私たちの大切な場所をください)
 願いに応じて、石はその姿を変える。半透明に透き通り、赤色の、どこか靄のような模様が中へと浮き上がる。
 その模様は、頬の入れ墨を思わせた。
 忌み子である印としてつけられたものだが、リプレとっては絆の印。それに伴侶はこの入れ墨を一切気にせず、リプレに寄り添い続けてくれたから――この模様は入れ墨がリプレにとって負を表すものではないという、ある種の証明なのかもしれない。
「ねえ、好きよ。誰かのために、どこかのために、想えるなんて、幸せなことね」
「だなぁ」
 まるで枕にするかのように、乱雑にリプレを抱き寄せて。レグルスは赤い星を宿す石を、明るい空へと掲げた。

 祈るという行為は、今一つ柄じゃない。ルドラ・ファートゥス(tf3549)はそう思っていた。
 だが、ルドラは心に決めていた。隣に立つジザ・キリュヌカ(tf7124)に生きざまを見せる、と。
 だったら今この瞬間も、彼に見せる生き様の一つということ。それならどこか敬遠していた祈るという行為だって、見事こなしてみせる。
「ルドラ。やばかったら止めてくれや。お前ン時ァ俺が止めッから」
「分かった」
 ルドラは剣を持ち、祈り始めた。
(色んなモン失くしてから、フラフラここまで来たけどよ。守りてーモンが増えちまったんだ)
 だから、力が足りないから障壁が作れなかったとか、儀式が失敗しましたとか‥‥そんなのは許せない。
 踏ん張り時だ。
(サーペントみてーに)
 守護精霊を想う。水中に泳ぐかの大蛇のように、崩れない守りを。
 ルドラの力の全てを、海へ、地へ、世界へ向けることを誓う――。
「へェ」
 祈りに呼応してルドラの石は青く染まり、荒波のように表面をささくれさせた。興味深そうに眺めまわすジザ。
 そして彼は自分はどうやるか、考えて。
「俺ができンのは、やっぱこれだァ」
 そう言って弦の調子を確かめると、ジザは激しく指を動かした。
 掻き鳴らされた音は強く、熱く激しい。自分に宿る精霊の気性を真似て、精一杯に音を生み出し続ける。
 世界は変わる。
(精霊のいねェ景色はどんなモンか)
 それはもしかしたら色褪せたように感じられるのかもしれないし、意外と落ち着いてしまうのかもしれない。
 だが恐らくは、きっとみんな慣れていく。
 失った悲しみにだけ目を向け続けてはいられないから。
 でも、全てを忘れてしまうのは悲しい。
(俺ァ楽しか能がねェから)
 だから、ジザは奏でていきたいと願う。
 自分と、精霊と。ドラグナーとして過ごした日々。
(全部、全部。綴り、奏でていきてェや)
 やがて虚脱感がやってくる。だが、ジザの指は止まらない。もっと、もっと――。
「ジザ!」
 ――我に返る。
 目の前には、怯えのような怒りのような、切羽詰まった表情を浮かべるルドラがいて。
 そして気付けばジザの石は燃え盛る火のような色へと変わっていた。
 その石はまるで弦を震わせるように、小さく規則的に鳴動し続ける――。

 天竜宮に来て、シュウ・カチヅキ(tj2357)にとっては体感で6年以上の月日が流れていた。
 当然それだけあれば、嬉しいことも、辛いこともあって。色んな人と出逢い、さまざまな体験をして。
 でも、その上で。
 ティルノギアに頼らざるを得ない現状を、また少し納得できていない気持ちもあった。
 だからだろうか。魔法障壁に手を貸すため、今ミスティックストーンを手にしているのは。
「ちょっとでもその新しいシステムに、抗ってやろうって」
「そうだね‥‥」
 隣で、エリザ・レッツェル(ta4659)が苦く言う。
「シュウと出会わなければきっと私も、天竜宮に残ろうとしただろうね」
「‥‥エリザさん、手を」
 言いながら、自分の手を差し出す。15歳で天竜宮に上がってきて、6年。この手も随分武骨になったものだ。
「どうにも、祈るのは得意ではないけど‥‥そうも言ってはいられないからね」
 エリザの左手が、ゆっくりと重ねられる。
「儀式の間繋いでてくださいね、しっかりと」
「ああ」
「‥‥全部終わって、地上に降りたら何がしたいですか?」
「そうだね‥‥まずはシュウの希望を聞かせてくれるかな」
 穏やかに言うエリザの義手の上で、石はその指先に似た鈍い銀色の光を纏い始める。
「どうしましょうか。どこかで生活基盤を立てられるといいんですけどね」
 園芸や農業に自信はあるから、そんな未来も――言葉途中で、シュウはがくんと膝をつく。
「シュウ」
 心配げに尋ねるエリザの顔色も、そう良いものではない。
「‥‥大丈夫です」
 繋いだ手を軸に、支え合うように立つ二人。
 全てを出し切るつもりで力を込めた。だから吸い取られた力もそれだけ大きなものだったのだろう。二人の中に宿る精霊を介して、想いの力まで持っていくような‥‥。
 だがその分、石は強く、荒ぶる光を放っていた。

 リヤ・クライフ(tk6685)は悩んでいた。属性に合った方法だと、力が流れ込みやすいと聞いている。
 そしてリヤは月属性。月属性と言えば精神や音楽、それに感情‥‥恋愛。
 隣にいるレイ・ユンカース(tz0088)をじっと見つめ、リヤは考え込む。
「‥‥?」
「あの、さ‥‥」
 静かに、リヤは語る。
 人見知りであること。
 天竜宮に来てからも、他人のことは結構苦手で。
 精霊はそうでもなくても、人とは両親以外、あまり会ったことがなかったから。
「でも、レイに出会って。好きになってからはレイにはそんなことはなくなって」
 好き。その言葉を口にすると、少し恥ずかしくなってしまうけれど。
 でも懸命に、リヤは言う。
「だから、出会えて良かった。好きよ、愛してるわ、レイ」
 どうしても照れが声に交じるリヤを、レイは眩しそうに見つめた。
 だが、穏やかな表情もここまでで。
「‥‥ね、私、キミのお嫁さんになりたい」
 その言葉には、レイも驚きを隠せなかった。
「‥‥それって」
 真意を問いかけて、レイは口を噤む。リヤの声も眼差しも、『遠いいつかに結婚しよう』というような、恋の最中の夢物語とは思えないほど真剣で、勇気を振り絞って言われたものだと感じたからだ。
「私を、お嫁さんにしてくれます、か‥‥?」
 震える声でそう言って、目を閉じる。顎を少しだけ上向けて、リヤは顔を真っ赤に染めながら口づけを待った。
 ほんの少しだけ、そのまま間が空いて。
「俺で良ければ‥‥これからも、一緒に行こう」
 呟きは、思ったよりも近くから聞こえた。
 驚く間もなく、リヤの唇に柔らかい感触が降ってくる。
「俺はリヤが居れば、それで良いから」
 ごく至近距離で零された言葉に、リヤの心臓は破裂しそうに高鳴り。
 抱えっぱなしだった石は、淡い月の色へと変化していた。

「この選択は、本当に正しいものなのでしょうか」
 シャロン・サフィール(ta7085)が柳眉を寄せた。
 しかし迷いがあるからこそ、この先取る道は決まっていた。
「わたくしは、天竜宮へ残ろうと思うのです」
「‥‥ってわけで、残留だな」
 カーム・ヴァラミエス(ti5288)がそう言うと、ゾーク・リジェクト(ti5670)は薄く笑う。
「そうか」
「戦友。黒騎士ゾーク、お前さん達とはだいぶ長くなったな」
「ああ」
「お前さん達は普通に子供が作れるだろうしな。子ができたら知らせてくれ。見に行く」
 カームは石を左手に持ち、剣を右手で抜き放つ。
 差し出した刃は、かつんと小さな音を立てた。カームが同じく剣を持って、交差させたのだ。
「双騎士の片割れカームよ。幾たびの戦場をお前と共に駆けた事、それは黒騎士の生涯に残る誉れだ」
「俺達双騎士の絆は永遠だ。未来永劫、俺が語り継ごう」
 想いの丈をそれぞれ零し、そして――ゾークは柔和に笑う。
「これまでありがとう、お前と友となれて、俺は幸せだった。俺は妻と地上に行く」
 それはとても穏やかで――悲劇的な半生の面影は、すっかりと薄れていた。
「あ、子供にはゾークが女の格好してたとか教えるからな?」
 笑うカームへ、ゾークもまた微笑みを返す。
 やがて、刃は離れた。
「‥‥さらばだ、我が生涯唯一の友よ」
 踵を返す、ゾーク。その手の中で輝く石は深海のように黒く、そして穏やかな青い光を宿していた。
 この後、ゾークはもう少しだけ力を――というよりも、想いを込めに行くつもりだ。
 その足が向かう先は、最愛の妻。
 彼女という花の美しさに愛を知り、孤独と死の恐ろしさを知った。
 黒騎士が人になれたは、彼女のおかげだ。
(共に生きて行こう、我が生涯唯一愛した女よ――)
 ‥‥揺れる長い黒髪を見送って。
 ふと、シャロンの足元が揺らいだ。咄嗟に手を伸ばし、彼女を支えるカーム。
 両手には、眩いばかりに輝く新緑色の石が握られている。少し力を移し過ぎたのだろう、彼女の頬にはいつもの薔薇色が宿っていない。
「大丈夫か?」
「勿論ですわ! この困難に立ち向かい新たなる世界の未来を見届ける事がわたくしの使命と心得ておりますわ!」
 声ばかりは気丈で、カームは思わず笑ってしまう。
「この石を大神殿へ届けるまでが任務ですわ。カーム様、参りますわよ!」
 ふらつく彼女の手を握る
「シャロン。俺達はどのみち子も成せんが、それでも俺はお前さんを愛するよ」
 ――世界が変わっても、天竜宮に残っても、彼女
「これから、楽しくやろう」
「勿論で――」
 お嬢様らしい丁寧な語尾は、紡ぎ出されることはなかった。
 塞がれた唇の横で、2人の石は一層輝きを増した。

「何か感慨深いねー」
 テテュス・アーベント(tc0850)が笑えば、スィエル・アーベント(tc0760)もまた薄く微笑む。
 彼らは地上へ降りるつもりでいた。夫婦は元々、地上で旅芸人をしていた。その頃に帰るだけ――とはいえないか。なぜなら、二人の間には大切な子どもたちがいるのだから。
 夫婦が二人へ今後のことを語った時、
「俺はフィロや母さんが過ごしやすければどこでもいいし」
 息子は二人を守って見せると意気を見せて。
「未来は何が待っているか分からなくて‥‥何となく怖くて。
 でも、家族‥‥一緒だから、大丈夫だよね」
 妹娘は、傍にいたいという意思を表した。
 一家の向く先は、揃っていたのだ。
 だからこそ彼らは、最後の天竜宮に今、別れを告げている。
「ごめんなさい、待って。もうちょっと、だから」
 フィロメナ・アーベント(tj8905)が大荷物を脇に抱えつつ、何やら悩んでいる。家をスムーズに出て行けるよう、荷物の整理をしていたのだ。右手に青、左手に白の生地を持って、どちらを持っていくべきか決めかねているようだった。見かねて、兄エッダ・アーベント(tj8699)が白の生地を勧めると、彼女は「確かに、そうかも」と小さく零してそちらを採る。
「お兄ちゃんの衣装になる、生地だから。お兄ちゃんの気に入った方がいい、よね」
 エッダはたじろぐと、やれやれと小さく笑みを零す。その顔がどことなくスィエルに似ていて、テテュスは何だか笑ってしまった。
「わたしたち、ちょっと湖も見てくるから! その間に荷物、ちゃんとしておいてね」
「はあい」
 娘の気のない返事を背に、夫婦はミューズ湖の傍へ向かう。そこには大切に刻み込まれた、二人の名前があった。
「これはずっと残るんだね」
 その声は、どこか温かい。
 これからの生活に、不安がないわけではないだろう。彼らが紡いだのは異種族同士の恋愛でもある。恐らく世界はいずれ古いもの、あるべきでないだという通念を持っていく。
 だが、二人は明るい気持ちでいた。
「俺は歌い手ですよ? あらゆる時を語り光と夢を見せる、ね」
 ――二人は紡いだ愛を、想いを、広く伝える術を持っているから。
「海辺の旅や、家を設けてもいい。どうにでもしてみせます」
 子どもたちのこともある。彼らが独り立ちできるまで、しっかりと見守れるように。
「そうだね。だから‥‥そのためにも、上手く行くといいよね」
 精霊たちに預けられた石を取り出し、刻んだ愛の印の前で、彼らは揃って祈りをささげる。
「みんなと過ごせた天竜宮が、今までもこれからも、望む人たちの家になりますように!」
 変容した二つの石は、どこか似ていた。
 スィエルの石は、紫と藍色に月の光を混ぜたような色。
 テテュスの石は、青と水色に夕焼けを混ぜたような色――。

 石へ想いを込めよ――そう言われて、リリティア・グラス(ti4611)は自身の守護精霊であるバクを思い浮かべた。
(わたくしの理想は、わたくしの悪夢を食べてくれたバクのようになることです)
 だから、自分も。
(この世界の悪夢を食べてしまいたい)
「リリティア様」
 物思いに耽る彼女へ、エリーゼ・エヴァンズ(tj8566)が声を掛ける。彼女の方を見て‥‥リリティアは、ふと顔の緊張を緩めた。
(どうなるかわからないけど‥‥わたくしには太陽がついてくださってる)
 エリーゼは、リリティアにとっての太陽だった。
 深く沈みこんだリリティアを、今のように目覚めさせてくれる。
「祈りましょう。私達の、未来のために」
 彼女の手には、リリティアと同じ白い石。
 言われるままに、リリティアは石を捧げ持った。エリーゼもまた、両手でしっかりとそれを持つ。
「‥‥リリティア様は、私にとって、とても‥とても大事なお方。
 まるで月のようなお方‥‥私の歩む陽の道に、居なくてはならないお方なのです」
「エリーゼ、様」
 考えているのは正反対で、けれど類似したこと。
 お互いにとって、お互いがなくてはならない存在だということ。
 だからこそ――。
「リリティア様と共に過ごし、生きた世界が‥これからも輝き続けるように。どうか、光を‥‥暖かな光を」
 魔法が使えなくなっても構わない。
 何もなかった自分に、生きる使命を与えてくれた世界。守りたい‥‥それが、エリーゼの願いだった。
 太陽のように温かく輝き始めるエリーゼの石を見て、リリティアは「ああ」と小さく声を零す。
 この人がいる。それならもう、悪夢になんか囚われたりしない。
 リリティア自身も、そして世界も――。

 シーラ・ボンバス(tk8615)とセーラ・ボンバス(tk8637)は、並び立って考えを巡らせていた。
 暫くの沈黙、それを破ってシーラが言葉を零す。
「‥‥この世界がどうなっちゃうんだろう、とか」
「私たちはどうなっちゃうのか、とか」
 するとセーラが、シーラの言おうとしていた続きを言う。
 驚くシーラの顔を見つめ、セーラはにっこり笑って。
「もちろん、不安はあるよ。でも」
 ‥‥シーラもまた、続きを言われずとも分かっていた。
 この世界を守るために戦う人たちがいるから。
 自分たちも、頑張りたい。
「シーラ、私ね、シーラの事、大事で大好きだよ!」
「‥‥セーラ」
 まるで節目のようなことを言って手を握ってくる双子の片割れを、シーラは眩しそうに見つめて。
 そして、少しだけ。ほんの少しだけ、素直な気持ちを零す。
「‥‥言いたくないけれど、今だから一応言っておくよ。大事で、大好きだよ‥‥」
「一緒だね! 嬉しいね! ‥‥きっとこれからも、一緒だね!」
 表情を綻ばせて、2人は祈る。
 今の世界に‥‥。
(さようなら、またね)
 祈りに応じて、2人の石は煌めく。どこか幼さを感じさせる、パステルカラーの光。シーラの緑は白く淡く、セーラの黄金はややくすんで甘い。
「‥‥ふふ」
 そんな2人の様子を木陰から見つめ、シェーリア・カロー(tk5515)もまた石へ祈る。
(新しい世界への不安と、あとちょっとの楽しみ、とか、お別れの寂しさ、とか。
 ‥‥そういうのを考える余裕をちょうだいよ! まったくもう!)
 目の前の双子のこと。そして闇の軍勢と戦う家族や大事な者たち、発動したらお別れになってしまう仲間‥‥。
 そんな、たくさんの人たちの事を考えながら、シェーリアは石へ祈る。
(本当に、未来はどうなるかしら)
 それぞれの場所でそれぞれの幸せを見つけていくだろうと‥‥願望交りでそう思うし、シェーリアはシェーリアで大事な人たちと、これからも仲良く暮らしていくと決めている。
(皆の力をせっかく借りたんだから、ちゃんと出来なさいよ、障壁!)
 風を感じさせる黄緑色は、中に小さな宝石がたくさん入っているかのように、きらきら、きらきらと光を放つ。
 その石を、シェーリアは指でぴんと弾いて。
(新しい世界、楽しみにしているわよ!)

「何してんですか」
 共に石へ力を込めるため、友人の下へ向かっていたラクシュアル・ラミュール(ta3929)は、ロゼリカ・アリス(tc2590)が困り果てている姿を見つけて声を掛ける。
 振り返った彼女は、少しだけ驚いた後に笑顔を取り繕おうとして‥‥そして、上手く出来ずに困惑の滲んだ顔を浮かべた。
「‥‥なんだか、上手く出来なくて」
 未だ真っ白な石を抱きしめ、小さく溜息をつく。雑念に支配され、集中できないのだという。
「行き先に迷っているの」
 魔法のなくなった未来で、自分が憧れた薔薇姫の様に、天竜宮で英雄としてあり続けるか。
 それとも貴族や英雄と言った立場に縛られることなく、本当の自分を求めて地上へ降りるか――。
 それはロゼリカの根幹‥‥『望まれる自分で居る』ことに関わる、迷いだった。
「‥‥私は貴方たちのお陰で、自分を許すことが出来た」
 ふと、ラクスは穏やかな一言を零す。
 それが、ロゼリカの心を強く揺るがす。
(本当の自分が必要とされるなんてありえない)
 そう思い込んで、ロゼリカは自分を守って来た。
 そうしないと、哀しみに押し潰されてしまいそうだったから。
 でも、今は。
「ロゼリカ様?」
 その時、リスティベル・フィアマイン(te8337)の声が響いた。
 彼女の手には、既に力を移した石が握られている。
「バクさんに、お別れをしてきました」
 幼い頃に人買いに攫われ、奴隷として売られて。所有物となって、人でなくなって。
 怖くて苦しくて、どうしようもなかった。
 ドラグナーとなっても、その過去は首に食い込む首輪という形で彼女を縛っていた。
 だが、それはロゼリカによって壊された。
 だから彼女は、柔らかな声で言う。
「私は、もう大丈夫です、と」
「――」
 ラクシュアルは何も言わず、ロゼリカを見ている。
 リスティベルは目を閉じ、心を移したような穏やかな色で光る石を、そっと両手で掲げ持っている。
 何ともいえず視線を彷徨わせたら、今度は遠くに黒くて小さな影が見えた。
 こちらに気付くと、ぶんぶんと手を振る可愛い義弟、シヅキ。
 恋をして、友人と絆を結び、この地に来て結んだ姉弟の絆を大切に想って。
 必要として、必要とされて。
「――そうね」
 もう、認めよう。
 どんな過去があったって、消えない傷を抱えていたって――どんな未来を選んだって、怖くはない。
 ロゼリカはいま幸せなのだと。
 葛藤の根――恐怖が消えたからだろう。雑念は消え、ロゼリカの白い石に炎を伴う薔薇が咲く。

 ――もう大丈夫だろう。
 何も言わず、ラクシュアルはその場を離れた。
(私の石は、どんな色かたちになるんでしょうね)
 ふと、そんなことを考える。心を映すのか、それとも念じた形を取るのか。
「あっ、ウサギさん、ウサギさん! 一緒にお祈りしよー!」
 ラクシュアルの足は、やがて友人‥‥ソアーヴェ・パストラーレ(ti2273)の下へ辿り着いた。
 約束どおり、隣に並んで念を込めようとして。
 ソアーヴェはぽつりと、迷いを零した。
「‥‥僕ね、ウサギさん。まだどっちに行こうか決めてないんだー‥‥」
 世界再編、などという難しい事態に立ち会って。
 よく分からないけど、石への祈りが上手く行かなければシフールのみんなと会えなくなることくらいは分かった。
 その場合、ソアーヴェたちが出逢えた場所‥‥天竜宮が、きっとなくなってしまうことも。
「僕、僕ね、消えてほしくないなぁって思っちゃうんだよ‥‥」
「それでいいんですよ」
 この先の行方をどうするかは、ぎりぎりまで迷って決めればいい。
 目の前にできることがあるのだから、今は、ただそれに力を注げばいいのだ。
「そっか‥‥うん。少しでも残る力になるなら、僕、いっぱい頑張るんだよ!」
 嬉しそうに耳を動かして、ソアーヴェはがっちりと両手で石を挟み込む。
「えぇっと、力よー! うつれー! いーっぱいうーつーれー!!」
 全力の叫び。やがてルミナの色へ輝きだすソアーヴェの石を眺め、ラクシュアルもまた自分の持つ石へ向き直る。
 自分に宿る精霊が不死鳥であることを考慮するなら、折れない不屈の心を表現するのがいいだろう。
 煌々と燃え続ける埋火をイメージして、ゆっくりと力を注ぐ。
 魔法は永く、永くラクスに宿っていた一部であり、身を縛っていたしがらみでもあった。
(とはいえ、拘束はもう、解けてたんですけどね)
 それもまた、新たに生まれた絆のおかげ。
 だから、しがらみに最後の別れを告げるように、祈る。
 そうしたらきっとイメージどおりの、優しく燃える小さな火が宿るに違いない。
(今。‥‥ねえ、里長。
 今私、‥‥すごく、幸せの中にいるかもしれません)

「エール、ボクの持つミスティストーンに手を置いて?」
 ユウキ・アオイ(tj1834)もまた、大切なひととともに石に力を込めていた。
 真剣なまなざしで、その人――エール(tj2479)を見つめて。
「そして一緒にこう叫ぶんだ。バル――――げほっ」
 何故かめちゃくちゃ咽せた。
「だいじょーぶー!?」
「大丈夫。いやー、何となくやってみたくなって」
 冗談はさておき。
「なーなーユウキー! おどろー! フィアクリスのさそいーつかうぞー!」
「ふふ、楽しいね♪ 皆も巻き込もうかー?」
 ユウキは、エールとともに踊りだす。フィアクリスの誘いによる幻想的な光の中、二人は楽しく身体をリズムに乗せた。
 その時間は楽しくて、嬉しくて。だから心の弾んだユウキは、遂に思いの丈を口にする。
「エール、ボクと結婚してください!」
 ‥‥エールはきょとんと瞬いて、踊りを止めた。
「けっこんー? なんだそれー?」
 愛する人が寄り添い合う誓いでもあるし、更には社会的な意味も持つ。シフールにはなかなか難しい文化だ。
「夫婦になるってことだけど‥‥」
「おー‥‥? おいらたちー‥‥ふーふかー?」
 やっぱりよくは分からなくて、うーんうーんと唸った末に、エールはこう言った。
「ユウキーユウキー? ふーふになったらなー? ずっといっしょーかー?」
「そう! それだよ。ずーっと一緒にいる、家族になるってことだよ」
 するとエールはぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに両手を上げた。
 その仕草があまりにも可愛くて、ユウキはエールを手招きする。
 応じて、顔の前に来てくれたエールを、まっすぐ見つめて。
「それからね、夫婦はこうして相手に好きだよーって伝えるんだよ」
 そっと唇にキスをした。
 エールの唇はとてもとても小さくて、何だか不思議な心地だった。
「おいらーユウキのことーわすれるーないかー? おいらーユウキわすれるのーこわいぞー」
 長い袖で顔を覆い、少し心配そうに零すエール。だがすぐさま恐れを振り払うように、袖も頭もぶんぶん振って。
「でもーわすれないーならなーおいらーふーふーなるぞー!」
「うん。一緒にいるから、きっと忘れないぞ!」
「おー‥! おいらーユウキといたいぞー! いられないーはーいやだー!」
 諸手を挙げると、腰に下げていた石が淡く輝く。木漏れ日のようにぽかぽかと温かそうな色は、エールの想いを切り取ったようだ。
 改めて、ユウキも自分の石を見る。風属性らしい翠色‥‥かと思いきや。石の中央には、愛を感じさせる淡い桃色の光が宿っていた。

 儀式の成功は、もちろん願っている。
 でも石は、上手く反応してくれなくて‥‥ミーナ・メルクーア(td3715)は困惑とともに、両手で抱えた石を握る。
 心に迷いがあるのだろうか? 白い石を前に、思考は内へ内へ篭っていく。
(水はゆらゆらと、私の迷いのように揺れている。
 ‥‥でも、川や海のように流れて受け止める力もある)
 変わりたい。
 ただただ揺れているだけじゃない。迷いを押し流して、もっと、ちゃんと。
 そんな風に思えたのは――。
「できた!」
 手の石を底抜けに明るい色へと変化させた、目の前の彼――リュカ・アレヴ(tz0047)と出逢ったからだ。
「難しく考えない方がいいのかもなー」
 輝く石をぽんぽんと投げて弄ぶ彼の表情は、力を吸われたにも関わらず疲れを感じさせない。
 いつものように、明るく快活に笑っていて――。
「リュカ殿の笑っているお顔をもっと見ていたいです」
 ミーナの想いは、小さく零れた。
(どこかで笑っていて欲しい、じゃなくて、今も、これからもずっと目の前で)
 向き合うのに相応しいと思えるような、そんな自分になりたい――。
「‥‥あ」
 気付けば、ミーナの石もまた、色を変えていた。穏やかで優しい、つるりとして透き通った青。
「水が丸くなったみたいだなー」
 驚きの表情で、自分のものと見比べるリュカ。お互いに、自身のルミナが色濃く出た形となったか。
 ‥‥この力が、きっと誰かを守ってくれる。
 石を届けて、ティルノギアが発動して、その後の未来も。
「一緒に、がんばりましょう」
「おう! 何があっても、ミーナのことは俺が守るからさ」
「え?」
 好意の篭ったストレートな言葉に、ミーナは驚き。
 リュカは笑って、大神殿へ向けて歩き出した。

「止めてくれるな、イリス殿」
 シール・フラァカス(tz0066)は、自分へと寄ってくる小さな影(tj3625)にそう言った。
「私はこの島に選ばれたのだ‥‥今さら俗世に戻る気はない。
 このティルノギアで、運命を見つめ真理を探し続けるつもりだ。いつまでも、ただ静かに、な」
「なら、好都合でやがります」
 だが止めてくるだろうという予想に反して、イリスはしれっとそう言った。
「何故?」
「‥‥わたしも意味がわかんねーでやがります」
 上手く説明ができなかった。
 でも、この知的探求心旺盛なシールという相手には、それでもちゃんと説明しなければいけないような気もしていた。
「天竜宮がどうとか、シフールがシーリーヘイムに行くとか、色々厄介な話が出てきたとき、私は、シール様とは離れたくないって思ったのです」
 シフールから見ても、どこか危なっかしい人。
 彼が天竜宮に居続けるというのなら――イリスも。
「シール様の面倒をずーっとみてやりたいとも思ったのです」
 理屈も過程も分からないのに、答えだけははっきりしている。
「‥‥私は変でやがります」
 シールの肩口によりそって、小さな手でぎゅっと衣服を掴む。
 身体を寄せると、シールは何もしなかった。戸惑っているのだろうか。もしかしたらイリスの言うことが理解できていないのかもしれない。
(‥‥本当に)
 シールは、常識知らずの変人だ。
 だからこそ傍にいたい、そんな風に思ってしまった時点で。
(わたしも変人でやがりますね‥‥)

(私達は先に進まなくてはいけないんですね)
 シース・アイーサワ(tk1851)はそう思いながら、大神殿へと足を急がせていた。
 彼女の腕の中には小さく輝く石があった。どこか熱を持って感じられるその石は、愛の告白とともに変じたものだからかもしれない。
(バルトさん‥‥好きです)
 自分の吐いた想いを反芻すると、呼応するように石が輝く。少し頬に熱が上るのを感じて、シースはぶるぶると首を振った。
 ――何もかもを受け止めて、先に進まなくてはいけない。
 それぞれがそれぞれの想いを抱いて、新しい生活を始めるのだろう。
 きっと、世界は大きく変わる。
 大きな白い階段を、一歩跳ねるように上って。
(皆勝手に幸せになってしまえ!)
 世界がどう変わろうとも、胸に抱いた想いが成就しようとしまいと、きっと。
 幸せは、もがいた者へ降ってくるのだろう。

 デイジー(tj2504)はミカ・ユルハ(te9100)と共に、花畑を訪れていた。
 彼女たちは最初、2人で1つの石へ力を込めようとした。だが各々のルミナが競合してしまって、何やら上手く行かないようだった。
 だから2人はせめて、それぞれの力を一緒に込めようと約束して‥‥そして今、ここにいる。
(俺は只のメロウになるのでいい)
 そう、ミカは思う。魔法も精霊合身も、別にいらない。
 今までずっと、ミカは力を持った理由を考えてきた。
 自分にできることは何だろう、この力を何に使えばいいのだろう、と。
 だが今、世界の崖っぷちで、自分の想いのために力を使おうとしている。
 バカみたいだ、と思う。
 それでも。
 ただただ、デイジーというシフールから、離れたくなかった。
(ああ、今までのどんな戦いよりも緊張してきた)
 心臓が早鐘を打つ。
 でも、それなのに不思議と心穏やかな部分もあって。
 それはデイジーの掌が、自分のそれと重ねられているからだった。
「私、ミカと出会うまで、何も分からなかった」
 デイジーが、ぽつりと零す。
 身体と同じように、心もまたふわふわ浮いていた、と。
 けれど、ミカと出会ってから全てが一変した。
 花畑に行って、星月を見て‥‥いつだって一緒にいた。共にいる人によって、世界が全く違って見えることを知った。
 教えてもらったのは、大好きという気持ち。
「ミカが好き、この先も、ずっと‥‥」
 世界が終わるのは怖い。
 けれど、世界を救う代わりにミカと離れ離れになるのも嫌だった。
 未来を生きたい。
 誰より大切な人と、一緒に。
「‥‥デイジー」
 ミカの心臓の鼓動が、静かに落ち着いていく。
(もし失敗してもきっと2人で込めた思いはずっと一緒だ)
 デイジーの掌を、握り込む。
 祈りは伝わる。2人の石は淡く光り、ルミナカラーへ染まる。と同時に2つとも、その表面にデイジーの髪色そっくりな花の模様を刻まれた。
 青薔薇にもローデにも見えるその模様――。

「フェッフェッフェ‥‥」
 デイジーとミカ。
 2人の様子を遠くから見て、シネラリア(tj2817)は笑う。
(劣情、愛情、友情、憎悪、憤怒、情欲‥‥綺羅星のごとく輝く心の光はコモンにしか宿せぬと思っていた)
 それはシフールの心には宿らない熱だと、そう思っていたのだ。
 だがどうか。シフールたちの一部は、理に背いてまで残留を希望した。
 シネラリアにとって現状は予想外だった。勿論、良い意味でだ。
(まさしく英雄譚の結末に相応しい!)
 コモンの心に、シネラリアは焦がれていた。欲という熱、恋や愛といった情熱に魅せられていた――だから、シフールにその熱を持つ者が現れたことを、とても、とても嬉しく思っていた。
 ――彼女の憧れもまた、その熱に近いものであると気付かずに。
「どうか、妾の命であの熱を守っておくれ!」
 苛烈な祈りは、石を氷のような、透き通って尖った形のものへと変化させ‥‥同時に宙へ浮いていたシネラリアの身体は、ぽたりと地面に落ちた。

◆想い石 〜命すらも捧ぐ
 想いのあまり、全てを出し切ってしまったのはシネラリアだけではなかった。カラドナ・フィロメーナ(tz0087)もまた、持てる全てを石へ注ぐ。
「きっと、人でなしの俺にとっての最愛はいつも世界だったってだけだ」
 石が風の力を纏っていくのに反比例して、カラドナの顔からは生気が失われていく。
「世界<レディ>のためなら、死んでもいい。俺は身勝手だからな」
 そして、レヴィン・アンゼ(tc2374)も。
 石に力を込めると、途端に襲って来た虚脱感。
「ちょっとやりすぎちゃったかなー‥‥?」
 この後、九尾討伐へ向かおうと思っていたけれど‥‥ここまで、持っていかれるなんて。
 でも、不思議と後悔はなかった。
(今生の別れになるとしても‥‥)
 知人が、誰かが天竜宮に残りたいというなら。
 望む未来を、叶えたい。
 そのための礎になれるというのなら――。

(それでもいいのです)
 ギュンター・ディアマント(tk5611)は、そっと隣を見た。そこにいるのはアロイス・ディアマント(tk6315)。
 フロートシップ『ニュイ・ブロンシュ』号。その甲板で、二人は石を手に立っていた。
(この掌に収まる石は、どれだけの力を溜めこめるか解りませんが)
 小さくも思えるが、精霊たちの口ぶりからするにドラグナーたちの力を余すことなく受け止める器となることができるのだろう。
「私たちは制約なきオートマタ、たとえこの身が抜け殻となってしまっても、行き先は同じです」
 アロイスもそう言いながら、ギュンターを見た。
 どちらからともなく手を伸ばす。左手と右手、片方に石を、片方はお互いに指を絡ませて。
「ギュンター、私たちは運命の双子、何処までも、いつまでも一緒です」
 ――2人一緒に生まれ落ち、2人ともがオートマタになって。
 オートマタである以上、酷な過去を持っている。
 けれど、辛くはない。
「ひとりぼっちになんて、絶対にさせません」
 いつだって、片翼がいたから。
(精霊力を全部もっていかれたら、私はちっぽけな人形になってしまうかもしれません)
 ギュンターは、それでもよかった。
 アロイスと、永遠に共にいられるから。
(できることなら、もっとずっと、皆と一緒にいたい。もっと、運命に抗いたい)
 アロイスは、少しだけ苦しかった。
 でも、ギュンターを1人になんてしない。
 2人同時に目を閉じる。
(世界のどこへも存在しなくなっても、記憶は、歴史は、残ります)
(ゆけ、我らが想いよ。大いなる精霊の翼に乗って)
 どうか、届いて。
 祈りは石へ伝わり、全てといっていいほどの力を注いでしまった2人は崩れ落ちる。
 投げ出された掌から、石が零れ落ちた。
 2つの石は、金と銀で色は違えども、全く同じ翼の模様が刻まれていた。

 そして、メリル・ネイヴェ(tk2832)も。
 えらいものに立ち会うことになったと嘆息する。
 ‥‥自分だけならなるようになるし、これまでもそうだったけれど。
 他の若者たちはそうもいかないことだってあるから。
 だから彼女は、天竜宮で見つけた気に入りの場所へ足を運ぶ。森の中の大きな岩、樹の匂いが濃く感じられる場所。ざわざわと鳴る葉の音も、硬そうな樹皮の見た目も、何もかもが心地よい。
「さあ、アースソウルの坊主も力を貸しておくれ」
 樹々を感じながら、あまりしない精霊合身をして。
「あたしの力は好きなだけ吸ってお行き」
 旅の終わりがここであっても構わない。
(こんなバアさんに残ってる力なんざたかが知れてるかもしれないけどね)
 それでも、こうすることで、誰かの未来の選択肢となれるなら。
 ‥‥力が吸われていく感覚。ぐらぐらと頭が揺らぐ。
 意識が途絶えそうになる――その時、ふと歌が聞こえた。

 それは、マルグダ・バラン(tc0368)の歌だった。
「護りたい
 子等の未来を」
 歌詞とは裏腹に、戦いに赴けなかった自身を歯がゆく思う。
 だがマルグダは、お荷物になるのが怖かったのだ。
「護りたい
 生きる命を」
 だからこそ、できることをしようと思った。
 石に願いと祈りを愛を込めて、秘めた思いを歌にする。
「天を夜が覆っても
 月の光が道を照らす」
 愛しいあの人が戻ってくる場所を、しっかりと守りたい。
 それもまた、伴侶の役目だと思うから。
「護りたい
 愛しい貴方が」
 ‥‥歌の途中で、石が反応した。力が吸われていくのが分かる。
 声がふらつく。けれど余計に気合いを入れた。戦場では、もっと辛い思いをしている人だっているだろう。
 何より、このくらいで止めたら、昔の弱虫マルグダちゃんに逆戻りだ、と。そう、思った。
「還るこの世界を」
 あの人に、褒めて貰わないと。
「祈りと愛を込めて」
 あの人に――。

 ジオ・ラーヴァロウ(tf6273)は、奮起していた。
(世界は救われっけど、この世界に残りてぇ連中まで連れてかれちまうとか、守り屋としちゃ看過できねぇぜ!)
 命も力に変わるなら、持って行けるだけ持っていけ――ジオは誰かを守るために、命を惜しむ性質ではなかった。
 だが同時に、無闇に死を望んでいるわけでもない。
 何故なら、彼を守るのは不死の象徴、フェニックスだから。
「生きようと足掻く人間の底力、舐めんじゃねぇぜ!」
 そうだろ、フェニックス。そう心の中で問いかけて、彼は石を両手で挟み込む。
(ここで出会った連中、皆に感謝だぜ! 皆に笑顔で居て貰いてぇぜ!)
 そう願うから、全力で。
「抗ってやんぜ!!」
 激しい虚脱感に見舞われ、足元がおぼつかなくなっても。心の力で何度でも立ち上がって、石へ強い思いを注ぐ。
 倒れても倒れても立ち上がり、何度でも――やがて、膝をついても。
「まだ‥‥だぜ!!」
 目の前が霞んでも、彼は立ち上がろうとすることを、やめない。

 ぬいぐるみのミニィと共に、メリィ・ニコル(ti2413)は石を囲んでいた。
「お別れなんて、したくねぇよな。おらぁができる最後のプレゼントかもしんねぇけんど」
 地面に置いた石へそっと指を伸ばし、つるりとした表面を撫でて。
「『いい子』たちにゃあ、特大のプレゼントをしねぇとなぁ!」
 そして、注ぐ。
 メリィが想ったのは属性や精霊のことではなかった。プレゼントを贈りたいと願う仲間たちのこと。身命を賭す覚悟をしてでも幸せになってほしい、可愛い『いい子』たちのことだ。そして想いは届き、石は緑と赤と白、3色に彩られる。
 と、同時に。
 姿勢を維持できないほどに体力を持っていかれ、メリィはぱったりとその場に倒れた、
 掠れていく意識の中で、思う。
 ――天竜宮が残った未来で、何ができるだろうか。
(ただ暮らすなんて、みんなさまもよぅ、きっとできるわけがねぇんだ)
 ドラグナーという特異な立場に置かれた者たちが、いきなり『普通』になれるはずもない。
 どんな風に生きるのか。この先も考えて考えて、考えて‥‥。
(そしたらなんかいい考えも浮かぶかも――)
 意識が途切れる直前まで。
 メリィは誰かのことを、優しく想い続けていた。

 マルグダの歌声が耳を掠めて、ハツルギ(tk5479)は思考の内側へ潜り込む。
 愛しい貴方。その歌詞がハツルギに与えるイメージは、ティティ・ガラード(td5352)の姿だった。
(彼女に面と向かってお別れを言えないのが心残りだけど‥‥)
 同じ天竜宮にいるのだから、すぐにでも会いには行けるのだろうけれど。それでも行かず、ハツルギは石を握り込む。
 ありったけの力。
(狂気でも思いの力だ)
 視界が霞む。
 強い思いを流し込んだ故に、死線を渡るハツルギ。
(死なない、死なない――ティティ、ティティ、ティティ)
 狂ったようにティティの名前を思い浮かべながら、ハツルギは必死に痛みに耐えた。

 ――いよいよ最後。
 だから、誰かのために尽くしたい。
 そんな思いは、ドラグナーたちの行動を激化させた。
 ウィーピング・ムース(tk0134)もまた、持てる力の全てを石へつぎ込んでしまった。
 地に伏せ、手を付いて天を仰ぎ――そんな風に力強く祈っていた姿も今はくずおれ、天竜宮の地面に頬を付けている。
(ここでできることをせねば、私の魂は故郷へ顔向けできません――)
 ドラグナーへ恩を返す時だから。
 アルメリアンは、死を恐れない勇敢なる戦士だから。
(今日は、死ぬにはいい日です‥‥)
 そうしてウィーピングが意識を手放しかけた、その時。
「こういう形でしたら、誰かが犠牲になって、てのはナシでいきたいですねえ」
 すぐ傍に、マリク・マグノリア(tb9365)が立っていた。
「次に何かあったとき、また犠牲を払うのが当然じゃ、困ります」
 歴史は繰り返す、とは言うけれど。
 実際、残ってる記録を見ても、全く同じ事の繰り返しってのは、そうあるものではない。
 少しずつ、その勢いで軌道を撓めながら、レールの上を加速しながら転がる玉みたいなモノか――そう、マリクは思う。
 だから。撓んでいくべきなのだ。
 目の前で『やり過ぎた』者を救うことは、歴史の犠牲を減らすことに、きっと繋がる。
 マリクとウィーピング、そしてその手前で倒れているハツルギの様子に気付いたスカイタートルが、仲間を呼んで集まってくる。
「他にもきっと、こうして倒れてる人がいるんでしょうね」
 ‥‥命を投げ出しかけるほどに強い想い。
 それに触れて、マリクも自然と自身の行く末を思う。
(まあ、出来れば‥‥ナルシスの書く新刊くらいは目を通したいですね)
 あいつはどうするのだろう。あいつの取り扱う内容は、新しい世界でのヒトにとって、きっと今まで以上に禁断の云々になるのだろうけれど。

 命が危ぶまれるほどに力を注いでしまった彼ら、そして彼らが想いを込めた石は、スカイタートルやフロートシップの乗組員が大神殿や救護所へと運んでいった。
 この決死の覚悟が、誰かの望みを守ると信じて‥‥。

◆エストリア
「ハイ、エストリア!」
 ドローレ・ルスト(tk6826)が訪れたのは、エストリア・サモナー(tz0002)のところだった。
「でさ、アンタは儀式どうするの?」
「いえ、私は仮にも精霊ですから。シーリーヘイムに参ります」
 それが摂理だから。
 きっぱりとした答えに、ドローレはちょっとむくれた顔を見せる。
「私としちゃアンタに天竜宮に残って欲しいのヨ」
 ドローレの言葉に、エストリアは心底驚いた表情を見せた。
 摂理を曲げろというのか? 何故? 問いたそうな顔へ、ドローレは口の端を吊り上げる。
「儀式で何もかも未来永劫平和になるなんて保証はない、水瓶と読み手はこの先も必要なはずヨ」
 障壁さえ上手く働けば、ごく一部とはいえ魔法が残るのだ。地上でも想定外の事態が起きないという保証はない。
 そうした時、悲劇を読めるエストリアの手は必要だ、とドローレは考えていたのだ。
「それに‥‥まだアンタのプレイを私は見てないワ!」
「プレ‥‥え?」
「私とアンタ、どっちが最高の女王様か‥‥鳴かせた男の数で競いたいじゃない?」
「あの、この鞭はそういうアレでは」
「ま、無理にとは言わないケド‥考えてくれたら嬉しいワ」
 溢れ出る淫靡な空気を抑えようともしない、そんな蠱惑的な足取りで彼女は踵を返す。腰の鞭が、ゆらゆらと揺れていた。
 その背中に。
「‥‥メル様に進言をしておきます。ですが‥‥」
 聞こえてきたのは、困惑と、あと。
 留まってほしいと言われたことへの喜びが、薄く滲んだ声だった。
(でも‥‥私のこと、なんか、だいぶ誤解なさってません??)

◆地上へ 〜それぞれの想い
「パパーイ、何でこんなところに連れてきたのさ」
 不機嫌そうなウルズーラ・テスラカイト(tk7848)。世界の危機でも、父に対する反抗心は如何ともしがたいようで、悪態も絶好調だ。
「戦乱が始まる前に、オーディアのこの地に立ち寄りたかったんです」
 テスカライト一家が訪れたのは、ロベルト・テスラカイト(tf9107)が以前仕えていた主人と、その奥方が眠る場所。名も無い小さな教会だった。
 家族ができたこと。そしてゲオルク・テスラカイト(tk7770)とウルズーラのことを紹介したかった――そう、ロベルトは続けた。
「そっか‥‥その主さん達のこと、大切だったんだね」
「じいちゃんばあちゃん、になるのかな」
「‥‥ふーん、あっそ」
 モーリッツ(ta9247)の言葉に続き、子どもたちも各々感想を零す。
 それを聞いた後、ロベルトはきっぱりと続けた。
「僕はこの後、闇の軍勢と戦う人たちを癒す仕事に参ります。そして」
 大切に磨いた墓から家族たちの方へと向き直る、ロベルト。
「無事に切り抜けられたら‥‥この地で暮らしていこうと思っております。
 ゲオ、ウシィ、君達は戦いの後はどうしますか?」
 突然話を振られ、子どもたちは戸惑いを見せた。困ったような視線を母へ向けても、彼女は黙ったまま。彼らの意思を聞くまで、口を開くつもりはないようだ。
「――地上」
 少しの間を空けて、先に応えたのはゲオルクの方だった。
「絶対地上混乱するだろうし、自由に行ける状態の方が手助けしやすいだろぉ」
「にーちゃん」
 まだ考えのまとまり切っていないウルズーラは、先に結論を出されたことで大いに焦ったようだ。家族の視線は思い切り自分へ向いていて‥‥。
「正直あたしゃーこの先どうしたいかわっかんねーんだよ
 世界救った先の事なんて全然考えてなかったからさ」
 ‥‥困った末に、彼女はそのまま今の混乱を口に出す。
「でもよ、にーちゃんの彼女見るなら地上で暮らさなきゃだけど
 パパーイと一緒に暮らすなんざ真っ平御免だね!」
「ええ」
「あのなぁ、これはウルズーラの問題だ。
 一番考えるべきは、ウルズーラ『自身』が将来どうしたいかだ」
 兄らしい威厳のある言葉。
「というかアレだぁ、父さんと一緒が嫌なら地上に行った後で旅にでも出れば良いんだぞぉ。
 なんなら一緒するし」
「にーちゃん‥そっか、家出しちまえばいーんだよな
 地上で家出をずーっとしてれば、色んな事が見られるし楽しめる
 にーちゃんも居るなら楽しさ2倍だぜ!」
「ゲオ、ウシィ、2人ともそんな‥‥」
「あたいも地上に行くよ。子供達と自由に会えないなんて、もう御免だからね」
「モーリッツさん?」
 反抗期にしてもあんまりでは――。
「そうですね、2人は僕たちの子どもである以前に、2人のコモンですからね」
「決めた、あたしゃコーデリアの姉さんに力分けられるようお祈りに参加してくる」
「俺は九尾対策かなぁ」
「じゃ、あたいも一緒に行くよ」
 賑やかな家族を見守るように。
 献花が、さわさわと風に揺れていた。

 最後の時を前に、亡くした知己の下へ訪れたのはロベルトだけではない。リャマ・イズゥムルデ(td7895)やナイトポーン・シャルド(ti8440)、ウリエン・エレクトラム(tc2839)もまた、未来を前に過去を想っていた。
 リャマは共に船に乗った愛すべき仲間たちを想い、海へと花束を流し。
 ナイトポーンはスラヴォの両親へと花を供えた。
(暗殺者だった自分が、今や世界を護る英雄の一人)
 自嘲しつつも、彼女の胸には誇りがある。そして現状に見合ってみせるという気概も、静かに熱く燃えていた。
 そしてウリエンはかつての主の墓へ、挨拶に赴いた。
(貴方ならどうしていたでしょう?)
 祈りながら、ふと彼は思う。
 ウリエンにとって、主の傍にいた頃も――喪ってからも、物事を判ずる様々な基準は主だった。
 これから世界が大きく変容したとしても、それは恐らく変わることはない。
(全ての方にとって良い結果、というのは難しいかもしれませんが
 ‥‥行って参りますね)
 多くにとっての幸せへ向け、最善を尽くす為。
 ウリエンもまた、最後の戦いへ足を向ける。

 クレド・バラン(tc0415)もまた、墓前へ向かった一人だ。
 黒化病と疑われた友は、今思えば別の病か、或いは完全なる誤解であったのだろう。
 恐らく失意の中にあっただろう相手を、喪ってしまった悔しさは、ある。だが胸には別の想いもまた、宿っていた。
 ここまでやってこられた感謝、そしてやっと友の願った時が来る。鎮魂の祈りに沿えて、彼は未来への希望を墓へと捧ぐ。
「俺もこれから最後の剣を紡ぎにゆこう」
 愛しいモノの為に。
 必ず成し遂げ、その目の前へと帰る――そう誓って。
 クレド、そしてウリエンは、レイナスのフロートシップによって戦地へと運ばれていく。

 キュリロス・プロント(tz0039)は、フランシス・ドレークの下を訪れていた。紹介したいと言われ、伴侶であるカルミーニオ・クストーデ(te6064)も、彼に付き合う。
 だが――何と、ドレークは2人と会うことを拒否した。
 扉越しに話はできたが、彼は頑として自宅へ2人を入れようとはしなかった。
(何故)
 考えて、思い立つ。ドレークの声は悲しげでもないのに震えていて――老衰か、先の戦いで怪我でもしたのか、とにかく死期が近いのだと分かった。
 キュリロスが憧れた、2人目の船長。憧れの船長の面影を持つ男。キュリロスにとって、ドレークは特別だった。
(できれば、‥‥できれば今度は泣かずに、でも)
 言葉もないキュリロスへ、ドレークはぶっきらぼうに言い放った。
「他の奴と同じように、忘れろ。他人に他人を重ねるもんじゃねぇし、ましてや死に顔なんざ見に来るもんでもねぇ」
 口調こそ昔と同じだが、そこには年寄り特有の僅かな頑固さが混じる。
「勝手に悼むな。俺は、死体として誰かの思い出になってやる気はねぇのさ」
 それがキュリロスの聞いた、彼の最後の言葉。
 しわがれた、色男の成れの果て。

 そして、古くからの知己ではない相手を悼みに行った者もいた。‥‥ルゥ・ゼークト(te3841)。
 彼が赴いたのはインドゥラ地方、アジャンタの石窟。想う相手は、尊祖ドヴィヴェーディだ。
 墓はあるのかどうかも分からない。ただ、石窟寺院は綺麗に片づけられていた。恐らくは黄昏の者たちが埋葬したのだろうと思われた。
 彼が死んだ場所に、ルゥは酒を置く。
 自ら見届けたディーヴァの最期を虚空へ向けて語って聞かせ、そして彼はいつだかの交流を思い出す。
『賢き人の子よ。世界は朝を迎え、昼を過ぎ、黄昏を迎えた』
 彼は言った――ルゥだけに、問いかけた。
『しかし、世界は壊れている。待っていても朝は来ない――朝を迎えるために、如何とする?』
(ティルノギアの儀式、って答えで彼が満足するかは、今となっては永久に解らないけど)
 それでも、黄昏の世界を案じた彼にとって、吉報となり得る事実が1つ、あった。
「新しい朝は、迎える事ができそうだよ」
 冷たい石壁が作る静謐の中、穏やかな言葉が反響する――。

◆地上へ 〜流布
 ティルノギアで世界は救われる。
 その報は広く伝わったが、それでもまだ全ての人々へは届いていないだろう。
 1人でも多くへ伝えて意思を決める材料を与えるために、或いはティルノギア発動後の世界にて有利に立ち回るために。
 それぞれの考えを持って、地上へ降りた者たちがいた。

 まずは、ミリー・レーン(tz0072)。彼女は故郷ゼスアレオ王国で有力者に掛け合い、支度金を引き出そうと試みた。
 つい最近天竜宮へ来たのでなければ、ドラグナーたちは時間から取り残されている。近親者が全て死亡している者も少なくないだろう。
 故に彼らが地上へ降りる際の補助になれば‥‥と。
 カオスに晒され苦しい中ではあったが、有力者にはドラグナーたちに世話になった者も多く、彼女は信頼とともに多額の金銭を預かることになる。
 これは後に転用され、ドラグナーたちへ配られる虹のミサンガ開発の費用となった。

 オルレアン・ベルジュ(tj0450)はブララ・コーステン(tz0056)を伴いアフリックへ。
 アフリックはローレック国際会議で代表者から同意を得られた土地ではあるが、少数民族などが広く生活している。中には他民族と関りがなく、話が行き届いていない者たちもいることだろう。言葉に関してはオルレアンが熟達しており、何の問題もない。
「まぁ、充分に行き届いていればブララ様と観光になりますけどね」
「オリーちゃん‥‥わっち、喜んでついていくっちよ!」
 どこかうきうきと歩くブララは、世界の危機など感じさせない明るさを持っている。
 訪れた集落はティルノギアに関して知っていると同時に、幸運にも幾つかの少数部族が暮らしている位置を大体把握していた。目的地を見失って彷徨うことも無いだろう、安堵を感じつつブララを振り返れば、彼はボディランゲージで現地民とすっかり打ち解けていた。
 ――この地の人々は音楽とか自然のものが大好きだと聞く。
「ブララ様の音楽とか、自然に対する姿勢はこの地で和を生むと思います」
 だから、もしもブララが良いなら。
「行く行くはこの地で一緒に生きたいと思っています」
 ブララはみるみるうちに破顔して‥‥。
「おめさんの決断、嬉しいっちよ!! 新世界のアフリックで、一緒に畑を耕そうっち!」
 ――2人で世界を終わらせないように、別れの時が来ないように、全力を尽くす。
 あくる日の宣誓が未だ2人の胸に根付いていることは、勢いのままに触れ合った唇が教えてくれた。

 シーザー・クイーン(ti5526)は妻シェーン(ti5753)と共に、フロートシップでファンシェンを巡っていた。
 目的は檄文を広めること。荒廃した大地に、希望を伝えることだ。言語に習熟している彼なら、意図を誤解なく伝えることができたし、現地民に複写と配布を頼むこともまた容易だった。
『黄昏の時は終わりを迎え、運命の歯車が夜明けを呼ぶ』
『誕生の秘蹟に頼る時は終わり、愛し合う男女の営みが生命を産む時を迎える』
『暴政に耐えずとも、山間に忍び暮し新たな国を創れる』――。
「今、仲間がファンシェンに潜む最後の闇を倒すために戦っている、それで闇の時代は終わるよ」
「自由に住む場所を拓くことができるようになります。ファンシェンに巣食う圧政から逃れることもできるでしょう」
 吉報は既に回っている。その上で更に重ねられる具体性を持った希望は、荒れ行くばかりの広大な地に、強い光となってもたらされた。
「全てが片付いたら2人でひっそり暮らすのも良いですね」
 ファンシェンを巡る最中。
 ふと、シェーンはそんな言葉を零した。
「牛馬がそうであるように、自分で子供を産むというのも楽しみです。孫の代には村が造れるくらいたくさんの子が欲しいですね」
 声を密やかな囁きに換え、頬をほんのりと上気させる。そんな甘い想いに、シーザーとて応えたい。
 エイピーダXの甲板からは、黒い闇に圧されながらも懸命に生きる人々の営みが見える。
 いずれ、自分たちもあの輝きの1つとなる――寄り添った二人は、賑やかな未来を夢想した。

 そして、ロージア・メルカトル(tj1921)はスラヴォへ向かう。
 疲弊と戦乱の只中にあるスラヴォ。広大なその地方の中でも、ロージアが向かったのはミハイル帝が現在いる城だった。
 ティルノギアが成就したとて、人々同士で争った傷が消え去る訳ではないだろう。
 戦争で荒れた土地には賊の跋扈が付き物だが、魔法を失った軍は弱体化し、弱き者を守ることができなくなる可能性がある。
 元貴族として、それは見過ごせる話ではなかった。
 彼女はミハイル帝へと謁見、予想されるティルノギア発動の日取りを伝え、綿密な打ち合わせを行った。
「このタイミングでミハイル帝より休戦を申し出て内乱を納めてくださいませ。更に軍を素早く立て直し治安維持に努めれば‥‥スラヴォの正統な統治者が誰か戦をせずとも明白となりますわ」
 彼女の提言は、全て聞き入れられた。何から何まで手厚い対応を取った天竜宮、そしてロージアに対して、ミハイル帝は深い感謝を零す。
「私から何ができる訳でもない。だが、よければ」
 ミハイル帝は、そう言ってロージアを城壁の上へと案内した。
「まあ‥‥」
 ロージアは、感嘆を零す。
 そこから見える城下は、決して美しいものではなかった。戦禍の痕は色濃く、見るからに悲惨な様子を思わせる瓦礫の山も点々と存在している。
 だが、その中に見えるのは、街の修繕痕だ。
 スラヴォは、カオスがここまで激化する前から、アンデッドを初めとした闇の者に幾度となく襲撃されてきた。
 しかし、どこか陰鬱な空気をまとったこの土地でも、人々は希望を持って、未来を生きていこうとしている。
「もし、叶うならば」
 そして、ミハイル帝は言う。
「平和が戻った暁には、ロージア殿にまたこの地を見ていただきたい」
 ロージアは改めて、城下を見た。
 カオスがなくなれば‥‥人々同士の争いならば、こんな無闇な破壊は起きない。家々はきっと、もっと活気を取り戻して、悲惨な痕跡はたちまち消えて行くことだろう。遠く見える悪魔の花畑の赤紫色はやがて豊かな緑か、冬には純白の新雪となって人々を迎え‥‥ここからの眺めを、さぞ美しいものへと変えてくれるはずだ。
「楽しみですわ」
 微笑む、ロージア。
 彼はその後、ロージアへ深い感謝を告げ‥‥上に立つ者の責務として、未来を少しでも明るい方向へ導いていく気概を見せた。
 責任の重さと、それを受け止める使命感。強い情熱を感じさせる眼差しに、ロージアは安堵を覚える。
 きっと、スラヴォは――大丈夫だ。

 アクアティナ・アイシーア(td8896)もスラヴォ、そしてポルスカへ。避難地域の者たちの間を、フロートシップを利用してどんどん巡っていく。
「間もなくティルノギアの儀式が行われ、恐ろしい闇の住人に脅かされることなく、 精霊や女神の恩寵に頼ることなく、地上に生きるコモンの力だけで生きる世が始まります」
 アクアティナは清廉なエンダールだが、神の下にのみ生きることを理想とはしていない。どちらかというと彼女は、人と人との間を繋ぐ心を持っている。
 そんな彼女が気づかう人々は、未来に対して少しの不安があるようだった。
 勿論、どこを歩いても命の危険がある現状から脱却できることは喜ばしく、それを厭うことは決してない。
 だが動物の出産を知る者、特に女性には恐怖が湧く。それも致し方ないことだろう。誕生の秘蹟では在り得なかった死産や母体の危険が発生することは、充分に想定される未来だった。
「女性の体に負担があると思いますから、男性は優しくしてあげてください」
 そんな不安を、アクアティナは1つ1つ丁寧に解していく。
 避けられない悲しみはあるだろう。だが、生きるための希望が開かれようとしている今、起きるか分からない悲しみの可能性に悩むことはない。
 アクアティナの丹念な言葉は、多くの不安を取り除く。

 イズルード・ドレッセル(tf8752)が向かったのは、オーディア島だった。
 イズルードは信仰の下、広く伝えたい考えがあった。だが女神教には各地の教会とパイプを持つ『総本山』と呼べる場所はない。属性信仰、特定の女神への信仰など、地域の特性によって掲げる女神も違う場合があり、多様な実態を持っているからだ。
 だから彼女は、600年前に誕生の秘蹟を統一して広めたオーディア島のローレックに来ていた。ここならば、世界中の教会ともまだ繋がりが残っているかもしれないと考えたのだ。
「再構成で世界から精霊と魔法が失われ、人々は教会に頼らず出産をする事になる‥‥間違いなく民は混乱するでしょう」
 人は移ろい易く、そして時にはひどく身勝手だ。命を長らえても、喉元過ぎれば熱さを忘れ、喪われた女神の恩寵を嘆くことだろう。
 自然出産を恐ろしいと感じる者は、一定数いるだろう。死産の危険、母体の危険。今までのような確実さは無くなり、異種族や同性といった可能性も失われる可能性が高い。それに変わる恩恵もカオス絡みという目に見えにくいものであるため、人々の勝手な変遷は起こりやすいだろうと感じられた。
「我らは備えねばならない、変わる世界に」
 魔法と精霊が消え、同時にカオスと闇を消し去った。それこそが神の恩寵であると強調し、出産に関する助力を総出で行う。それによって、教会の権威が失墜するのを防ぐべきだと考えたのだ。
 信仰は、多くの人々の心の拠り所。女神教の衰退は、人々の衰退といっても過言ではないだろう。
「人々の為に誰より早く‥‥」
 そして、提言をするからには。
「‥‥私も再び教会の1人として」
 ティルノギア発動後、イズルードは変わらずその身を信仰に浸すつもりだ。

 キリア・クイーン(tj3891)とクアナ・ウィトコ(tj9401)は、二人きりでアルメリアへ。
 元より誕生の秘蹟を使わず、広い大地を旅しながら暮らしているアルメリアン・セントールには、話が伝わっていない可能性がある。それとキリアは、オークのピッグリム・ブラザーズたちにも声を掛けられればと考えていた。
「アルメリアンって、もともとお母さんのお腹から赤ちゃんが生まれてきてたんだよね?」
「そうだ。暮らしあまり変わらないかもしれない」
「他に比べて影響は少ないかもしれないけど、魔法が失われるわけだし。大切なこと知っておいて貰いたいよね」
 アルメリア大陸は最早セントールだけの大地ではない。遠くやって来たユーロのコモンや、アズテク・トラスカのコモンもいる。アルメリアンも心構えが必要だろう。
 クアナはキリアを背に乗せて、次に言葉を伝えるべき相手を探す。荒野を往く蹄の音が、遥か遠く地平の向こうへ響いていく。
「全部終わったら、一緒に世界中旅をしようね」
 ‥‥背の温もりが、温度を増す。
 キリアはクアナにとって恩人だった。一緒にいくつもの戦いを乗り越えて来た。
 種族の差から、子は成せない。それでも――自然のままに生きるセントールという種であることを鑑みても、それでも。
(キリアが一番大事)
 どこまでもキリアの足となる。
 命がる限りキリアの盾となる。
「クアナの赤ちゃんを産んであげることはできないけど、子供はアナが居るしね。
 クアナが一番大好きだよ♪」」
 ――きっと、ティルノギアが発動した後も。
 こうして、どこまでも一緒に旅を続ける。

 レイナスは東方への周知を試みた。
 グリーヴァでは天竜宮の使者であると分かった途端に話はスムーズに通る。そして彼は山奥に住む未知なる知的種族など、自由にグリーヴァを動き回れない身としてはなかなか周知が難しい相手への連絡を、現地民へ託すことに成功した。
 そして彼は、もう1つ。
「さまざまな種族が手を取り合って、今まさに世界を救おうとしています」
 彼の綴った物語は、東方を中心に流布された。時には口で、時には紙に認めて配られたその物語は、異種族への差別を少しでも減らしていくためのものだ。
 手を取り合うことの素晴らしさが、静かにでも広く伝わって行けば‥‥。
「俺には全く読めない」
 リベルト・クレパルディ(ta6844)が、そんなレイナスの綴った紙面を空に透かして溜息をつく。ソニア・サーパティス(tz0046)も、そんな彼を見て曖昧に笑った。
 リベルトとソニアはティルノギアに関しての周知が手薄な場所へ赴こうと考え‥‥東方がまだ甘いかもしれないとの結論に至った。結果として徹頭徹尾レイナスと共に行動することになったのだ。
 途中立ち寄ったインドゥラなどでは、クセル・クルヴァイト(th5874)が通訳として忙しなく働き‥‥彼らは広く東へ話を広めることに成功した。
「ユーロの方には、またおいおい広めていけるといいですね。そちらはティルノギアの後でも間に合いそうですし」
 そう言って、2人はレイナスのフロートシップに乗り込む。
 この船も、ティルノギア発動後は飛ばなくなる。
 だからこそ東の地へは、やはり先に来ておくべきだったのだ。
「‥‥」
 丁度、朝陽が上る時間のようだ。薄暗闇を裂くように、海の向こうから光が上る。
 そのあまりの美しさに、一同は目を奪われる。
「ボクら、ドラグナーは色んな事を乗り越えてきた。その時出来た縁、きっと無駄にはならない」
 それは、この東の地でソニアが懸命に伝えてきたこと。
 零れ落ちた心からの想いを聞きながら、レイナスは自身の胸元に手を添える。
 眼下に広がる、遥かなグリーヴァ。
 朝焼けの中、最後の景色を目に焼き付ける様に、レイナスは静かに島国を見つめていた。

 物語を触れ回る者は、他にもいて。
「世界の終焉を察知して防衛機構であるティルノギアが発動しようとしている」
 ジル・ヴァサント(tf1251)は敢えてユーロにてそう触れ回っていた。女神が意思を持ってティルノギアを使うのではない、あくまで自然と発動するものなのだ‥‥さりげなく、そんなニュアンスへと話を書き換える。
 コーデリアが主導的な役割を果たしたと、人々に思われないように。
 すでにティルノギアに関しての話が地上へ流布された時に、コーデリア‥‥女神の卵を天竜宮が擁していることは広まっていた。そのため、ジルほどの卓越した話術をもってしても、上手く話を持っていくのに相当の苦労が必要となった。
 それでも、ジルは根気よく、話を広めて回る。
 全てはコーデリアのため。神性を抜きにした、人としての彼女の為だ。
 ――子を成す方法を改め、異種族恋愛と同性恋愛から希望を奪った存在。ジルは、コーデリアがそんな負の象徴となることを避けようとしたのだ。
(彼女はこれまで一人で何もかも背負ってきた)
 だからこそ、彼女の負担を少しでも減らすために――。

 また、特に目的地を定めず、フロートシップで世界中を飛び回る者もいた。サクヤ・クリスタル(tf5262)だ。
 ヴォワ・ラクテ号は広く飛び回るのを可能にする優秀な機体であり、
(ついでに婿探しでもしようかの?)
 金持ちイケメン探しの旅。
 ドラグナーの名声は、各地に残っている。だからこそ彼女はその名をフル活用し、世界の変革を改めて伝え回った。特に狙ったのは吟遊詩人だ。
 吟遊詩人同士の繋がり、そして歌として情報を広める技術。広く物を知らしめたいと考える際に、彼らほど優れた相手はいない。
(とはいえ、吟遊詩人はイケメンであっても金持ちではない場合がほとんどじゃからのう)
 などと考えつつ、それでもしっかりと必要な相手に必要な情報を伝え回るのは、流石と言うべきか。これまで数々の功績を成してきた彼女は、目先の私欲に駆られて必要なことを見失う愚者ではなく、むしろ飄々と成すべきことを成す賢者なのだから。
(ついでに美しい姫が婿を探していることも伝えてくれるやも‥‥?)
 ‥‥やっぱり少しだけ、私欲は混ざっていたりもするけれど。

 ライトニングは、アルメリアの東海岸を巡っていた。開拓村を順に訪れ、ティルノギアの周知を重ねたのだ。
(もし、俺が帰る前にティルノギアが発動したら)
 ふと、そんなことを思う‥‥だが。
(その時は、どこかの開拓村にでも移り住むか)
 彼の先進的な性格は、この大地の開拓村には合っているかもしれない。
 荒野の中で伸びをして、ライトニングは大きなあくびをひとつ、零した。

 マウリ・オズワルド(ta4409)はとても忙しく過ごしていた。
(僕のするべきことは、地上に知恵を残すことだと思うんだよね)
 魔法の消失と同時に、魔法的存在であるいくらかのモンスターはその存在が危うくなるかもしれない。
 反対に、存在が残されたのだとしたら、魔法の失われた世界でそれらに対抗していくのは中々に厳しい話であるように思われた。
 どう転ぶか分からない。そんな時、絶対的な武器となるのが知識、そして知恵だ。
 だから彼は急いでモンスターの生体を調査する。
 ひとまずの行き先はフロストアイランド。セージオクトパスやスィラに、協力を要請する。
「スィラはムーの欠片が産んだ生命だけど、それは長い時間を先取りしただけだと思うよ。未来をつくるために力を貸してほしいんだ」
「‥‥ふん」
 どう受け止めたかはともかく、スィラは彼の試みに、セージオクトパスを何人か遣わしてくれた。

 そして、ルーチェ・サフェンティ(th0748)は。
(これが、最後か)
 闇との戦いも、精霊との戯れも。
 彼はペガサスと共に各地の遺跡へ赴いた。遺跡に潜む精霊たちへ、ティルノギア発動までのあと僅かな間、闇を退け世界を護ってほしいと助力を乞う。そして上位の力を持つ精霊に運よく出会えた時には、相手の持つ武勇伝や過去の雄姿を聞かせて欲しいとせがんだ。
 彼は、まだ見ていたかった。
 ティアマットの息吹、スルトスの獄炎、シェルドラゴンの守護、ヴァルキュリエの聖槍、アナインシーの吟詩、バハムートの竜冠。
 ――そして最後には、最も新しき女神の最初にして最後の虹の偉業を。
(‥‥もうすぐ、終わる)
 噛み締めながら、目に、耳に焼き付ける。
 聖なるものとの最後の触れ合い、その記憶を。

◆地上へ 〜思い出巡り
 ヘルマン・ライネケ(tj8139)とアンリルーラ(tj5260)。
 彼らは2人でウーディアへ降りて、思い出の地を巡っていた。懐かしさと生まれいずる想いを、少しずつ少しずつ石へと溜める為だ。
「恋人というわけではないけど、デートみたいだね」
「こいびとー? ボクとヘルマンはこいびとじゃなくて、なにかな?」
「さあ? ま、これからなりたいものになれば良いさ」
「なりたいもの‥‥どうなるかな? たのしみだね!」
 温めた気持ちは、石を変化させる。二人のそれは、あたかも水を注いだかのような透明な器のように変化していった。
 揺らせばそれに伴って跳ねる水粒。幻かただの模様か、その理屈は今一つよく分からないけれど、本当にただの水が入っているようにしか見えなくて、アンリルーラは毎日楽しそうにそれを振り回していた。
「ここはねーあまやどりしたところー!」
 思い出の地を訪れる度、手帳を確認するアンリルーラ。そうだね、と同意を返した後、ヘルマンはつづけた。
「一緒に雨宿りしたり、お爺さんを助けたり、夕日を眺めたり
 そういう思い出はいっぱいだし、大切だけど。私は、もっと欲しい」
 そして、彼は告げる。天竜宮に残るという意思を。アンリルーラは意外そうに瞳を瞬かせる。
「てんりゅーぐーにのこっていいの?
 みんなにおしばいみてもらわなくていいの?」
「なに、俳優が立てばそこが舞台さ」
「そっか」
 アンリルーラは、むむむと何事か考え込んで。
 その後ぱっと笑顔を浮かべ、言った。
「じゃぁボクもおんがくとおどりがんばって
 てんりゅーぐーにのこるみんなをたのしませるのだよ!
 ヘルマンにまけないくらい、すっごいやつ!」
 ――そんな風に、全てを吹き飛ばすように笑う君だから。
「君も一緒なら、きっと楽しい舞台になる。私も楽しみにしてるよ」
「うん! ボクもたのしみ! ヘルマン、だーいすきなのだよ!」
「私も好きだよ」
 さらりと好意を返すと、アンリルーラは嬉しそうに飛び回る。
 そんな彼女へ芝居がかった仕草で礼をし手を伸べ、美しき老齢の演者はゆったりと目尻の皺を刻んだ。
「私の恋した羽妖精、大好きなアンリルーラ」

◆妖船 〜接触
 水瓶の映した闇。それは露骨な程に禍々しかった。
 粘性と光沢を伴った油のような黒の中に時折、黒煙のような歪みや滴る赤黒い液が見える。
 ダークボーンレスに似ているだろうか‥‥大きさは段違いだが。
「詩人としては、ティルノギアの発動の瞬間を見るのも捨てがたいけど、これを見逃すわけには行かないね」
 フロートシップの上から、イクス・アクスティア(ta3880)は、どこか恍惚とした感情を滲ませる。
 周囲には、まるでカオスが可視化したかのような黒く重たい靄。そして巨大な水溜りのように地を這う靄の中心には、凝縮された闇があった。
 ぎゅっと凝り固まったそれは、地平から見たなら逆さを向いた三角形の、ぶよぶよとした嵐の柱のように見えたことだろう。それは渦を巻いて周囲の黒霧を集め、絶えず成長しているようにも見えた。
 そして空から眺めれば、絶えず蠢く渦の中央に大きな塊が鎮座している様子が見えた。
 塊は、見ようによっては船の形にも思える。いつぞや戦ったカオスシップとも印象の似たそれは、傍に寄る者へ強烈な抵抗感を覚えさせた。
 グレゴール・ヴァイツ(td8903)は試しに、目の前の敵へテレパシーを試みる。
 勿論、対話でどうにかなる相手ではないことは分かり切っているが。一応要求を訊ねてみよう、と。
 すると――。
「!?」
 頭の中がうるさい、という珍しい感覚を、グレゴールはひたすらに味わうことになる。
「これ、は、厳しい」
 殺意の混じったでたらめな念。殺す、死ね、殺す、死ね。ひたすらに繰り返される罵詈雑言の念に、グレゴールは自分の行いを後悔した。
 家族にもテレパシーを使おうと思っていたのに、これが中継されてしまうのなら、それもままならないではないか。
 悔いを抱えつつ、グレゴールは目の前の妖船を睨みつける。

「予想はしていましたが――瘴気でしょうか」
「霊魂共鳴もありそうだね」
 嵐のように渦を巻き蠢く黒壁。それを前にアスク・ウォレス(tb9862)が呻くと、モーリッツが応じる。後者に関しては事前にモーリッツが成就させたハウリングマインによって、恐らくは問題ないだろう。
「どうする、アスク」
「――すみません、言を翻すようですが、今回は降りておきます」
 賢明だね、とモーリッツ。
 アスクは本来、この後モーリッツのフロートシップに乗せてもらうつもりでいた。だが想定よりもずっとずっと大きな渦に対して、フロートシップは大きく距離を取るだろう。
 自分が持つ力を、如何なく発揮するためには、自分の足で地上に立つ方が良い。
「ご武運を」
「そっちもね」
 簡単に挨拶を交わすと、モーリッツは自身の船へと乗り込む。
 アスクはといえば、息を吸って――深く吐いて。
 聖なるシンボルを、強く握り締める。
「せっかく色んな覚悟があってここまで来たのに、最後の最後で邪魔されてたまるか!」
 横では、ロレンス・フェルタール(td9471)がギリリと嵐を睨みつけて。
「‥‥死ぬ気で、止めてやる」
 その呟きが、零れ終わると。
 戦いが、動き出す。

「大きい――が」
 自分なら、崩せる。
 サウレ・エルスタール(tk8688)が意識を集中させると、体表に光の模様が奔る。同時に、彼の周囲が光で満ちた。精霊合身による力――陽光操作だ。
 重ねに重ねた血、その内に流れる精霊の強い力は、サウレに絶大な力を与えていた。
 光は船の表面を焼き、ぐずぐずと溶けだすように蠢き始める。だが黒色の靄が、まるで光を遮るように船の周りを取り囲み、光の届かぬ影を作り出す。
(あんな能力、見たことがない。陽の光に対抗するとは)
 世界に蔓延するカオスは進化し、さまざまなものを汚しながら変容させてきた。
 動物が変わり、植物が変わり――花は汚れ、大地は穢れた。
 そうして彼らは新たな生命を闇へ引きずり込むべく、次々と新たな力を生み出してきた。
 つまり目の前の巨悪もまた、誰も知らない新たな力を宿しているのだろう。
「余裕のない狐、何をするかわからないとは思っていました」
 だが、余裕がないのは狐ばかりではないのだと、ナヴィ・アルティシア(tj5711)は理解する。死力を尽くして世界の再編を止めねばならないのは、闇に生きる全てのものなのだ。
 コモンヘイムから放逐されてなるものか。
 そうされる前に、全てを尽くしてでも女神を殺せ――。
(厄介な)
 だが、対抗されるということは、効いているということ。恐らくは光に曝された闇の動きは、鈍っているに違いない。
 サウレは集中を続ける。

 だが勿論、闇とてやられているばかりではなかった。
 周囲を包む黒靄は、まるで水溜りのように、ドラグナーたちの足首ほどの高さに広がっていた。やがてその中の一部が色濃く凝縮し、ぶよぶよとした物体となって現れる。
「これだけの数がまだいたとは‥‥!」
 クレティアン・リベール(tj5834)が苦悶の声をあげる。或いは増えているのだろうか。最早地上のほとんどを覆い尽くさんとする闇の住人を前に、クレティアンは武器を振るいながら苦い表情を浮かべる。
「儀式だけで本当に滅し切るのか?」
 疑う訳ではないが、この地に広がる靄全てがデュルガーやカオスで出来ており、なおかつ巨大な妖船をも作り出すような数がいるとなると、不安も自然と湧いてくる。
(やはり有事の為に、儀式後も私は天竜宮で温存せねばならんな‥‥)
 先の道行きを心で固めながら、クレティアンは今まさに湧き上がりかけた塊を踏みつける。
「確かに多い。とはいえ、最後の抵抗であろう?」
 ラザク・ハザク(tj9701)もまたぶよぶよへ武器を叩き付けてから、クレティアンへ語り掛けた。
「形振り構わぬその行動、悪足掻きとも無様とも言わぬ。立場が逆であったなら、コモンも必死に足掻いただろう」
 なれど。
 だからといって、同情などはしない。
「アルメリアンとして、大地の円環を取り戻す為! ドラグナーとして、世界を守る為! そしてコモンとして我妻と共に生き、亡き友の分もこの命を全うする為!」
 2人のドラグナーを前に、ぶよぶよとした闇が急速に膨れ上がる。
 先程までとは違う、たっぷりの質量を持った闇は、2人へ覆いかぶさった――かに見えた。
 だがラザクはその天蓋からあっさりと逃れ、反対にチャージングで相手を貫く。
「その全力全霊、我等の全力全霊にて討ち砕くッ!!」
 槍の先で、ぶよぶよとした塊がパンと音を立てて弾けとんだ。

◆妖船 〜困惑
 靄は、ぶよぶよと寄り集まり、固まる。
 その時点で倒せていれば問題ない。攻撃を食らえば、すぐにその粘体は破裂して、元の靄へ戻るからだ。
 だがすぐに倒せなかった場合――それは、デュルガーやカオスアニマルなどへ変容して、ドラグナーたちへと即座に襲い掛かる。
 更には、船自体からも。
 船の一部が悪鬼の姿を象り、零れ落ちるようにドラグナーたちへと襲い掛かって来た。

 まるでデュルヘイムにいるかのような気分にさせる、不可解な状態。
 何が起きているのか確かめたくて、シルヴィ・アルティシア(tk2028)はディテクトアンデッドを成就させた。
「‥‥どういう、こと」
 困惑を零すシルヴィ。
 ディテクトアンデッドは、シルヴィへ絶えず動き続ける数を伝えてきた。
 消えたと思えば復活し、分裂しては集合する。つまりあの船は、数多の闇が今まさに融合しているところなのだ。変化していく感覚は、シルヴィを大いに混乱させた。
 だがよかったこともある。船の周りに潜み新たに形を成す敵を、いち早く察知できたこと。
「お母様、後ろを!」
 咄嗟の注意喚起に、呼びかけられたナヴィよりも早くアーシェ・フォルクロア(tj5365)が反応する。闇の塊が今まさに粘液を飛ばそうとしていたところで、彼女との間に割って入る。粘液は皮膚を焦がしたが、スノーマジュですぐさまそれは癒された。
「任せろ!」
 すぐ傍にいたシルト・グレンツェン(tc1016)が塊を叩き割ると、それはゼリーのように弾けて黒靄へと戻った。
「デュルガーなのか、それともカオスか?」
「どちらにせよ、見たことはないですね」
 フィザル・モニカ(tc1038)がくるりと矢を回す。
「数を減らすつもりでいたから、思いどおりの仕事ができていることはいいんだがな」
「あ、また‥‥!」
 苦く言うシルトへ、シルヴィが再び注意を発した。
 今度の発生は少し向こう。箒で今まさに飛び立とうとしているセーユ・エイシーア(ta2083)のすぐ傍だ。
「セーユ!」
 苦渋に満ちた表情で叫ぶと、フィザルはすぐさま矢を番え、放った。――彼女だけは、傷つけさせない。
「ふぇ?」
 素早い射撃の甲斐あって、闇は塊を成す前に散っていく。何が起きたのか分からなかったらしく、セーユは箒の後ろに乗せたニコラ・ボンバス(tz0033)の顔を見つめた後、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。
 ‥‥更に遠くでは、ヴォーパル・ラファーガ(tj9428)が巨大な一つ目老婆と戦っている。あれは確か、きちんと名のあるデュルガーだった筈。
「塊を放っておいたら、ああなるみたいです」
 恐らくこの黒靄はデュルガーが霧散化している状態に近いのだろう。霧となって混ざり合い、その中から好きな場所にいつでも顔を覗かせられる‥‥。
「不意打ちし放題ってことか。セーユ、早く空へ!」
「うん!」
 シルトの言葉に応じて、セーユとニコラが箒でふわりと浮き上がる。黒靄は今のところ地を這っているから、空に行ってしまえばきっと安全だ。
 だが、皆がみんな飛行手段を持っている訳ではない。こうも広く闇が蔓延していると、治療役が不意打ちを受けることが懸念された。シルトとフィザルは、ちらとアーシェを見て。
「大丈夫だ。治療一辺倒という訳ではない」
「ただ‥‥僕たちは攻め手を持っている訳ではないので。協力をお願いできませんか」
 ルシェル・アルティシア(tk8696)が、まっすぐにシルトを見る。
「船は闇の住人同士を繋げて仕上げているようです」
 見た目からも、姉シルヴィのディテクトアンデッドの結果からも、そうした構造は間違いないと見ていいだろう。
 なら、個体による弱点は残っているかもしれない。
「姉のシグナルフェザーと、僕のクロウグラスでそれを見破ることができます。ただ、攻撃はあまり」
 姉弟、いや家族揃って補助能力は素晴らしいもの。
 だからこそ、攻める力を持つ味方と協力したい。
(天竜宮に上って僅かな僕の、最初で最後の大きな戦い)
 足を引っ張りたくない。差し出がましかっただろうか。不安がルシェルの胸を刺す。
 が‥‥真剣な申し出に、シルトはあっさりと首肯した。
「フィザル1人に援護を任せきりというのも負担が大きいと思っていたところだ。これで心置きなく暴れられるな」
 言うが早いか、彼女は船の外壁へと駆けて行く。
「助かります。これで弓に集中できます。ちなみに弱点が見えた個体はありますか?」
「はい、あそこの‥‥」
 外壁の情報を指さすルシェル。その前で、シルトは大きく剣を振り抜き‥‥。
「新しい世界がくるのを地の底で大人しく見ていろ!」
 複数個の塊を、一度に破裂させていた。

 傷ついた人を見つけては高度を下げて癒しの魔法。神出鬼没の回復役として、セーユは戦場を飛び回る。
 空を往く闇は少なく、セーユを傷つける者はあまりいなかった。もしかしたら船を飛ばす力として、飛行や浮遊を持つ闇は優先的に船へ組み込まれているのかもしれない。
 そんなことを考えて‥‥取り込まれて大きなひとつになろうとしている闇の者に、想いを馳せて。
(皆、一人に一つ、世界と未来を持っている‥‥だから)
「やみはやみ、そちらのせかいでくらしたほうがしあわせだとおもうよ‥‥」
 ぽつり、と零したセーユの言葉は、溌剌とした彼女の表の顔には無い、不思議な暗さを感じさせる。
「セーユちゃん」
「‥‥ニコラさん?」
「ほら、笑顔」
 そう言いながら、彼は何かの液体を零した。それは虹色の輝きを曳きながらまっすぐに落下し‥‥着地点で可愛らしい爆発を起こした。
「効果も大事だけど、見た目も華やかにしたいよね」
 闇は凝り、震えている。どうやら気力を喪わせる薬剤だったようだ。
「まだまだあるんだ。どうせなら派手に暴れよう」
 こんな時にも余裕を忘れず、楽しげに。自由な発想で、あらゆるものを楽しく変えてしまう。
 そんなニコラが、セーユはとても好きだった。
「‥‥ニコラさん、ずっと一緒ですからね!」
 気持ちを込めてそう言えば、朗らかな肯定が返される。

(ようやく‥‥ようやくだ‥‥)
 戦場の中央で、ヴォーパルは目を閉じた。
 戦いに身を浸しながらも、思うのはティルノギア発動後の世界のこと。
(儀式が終われば人はかつての姿を取り戻す‥‥天然自然のまま‥‥歪みなき生死のサイクルを取り戻せる)
 セントールにとって、それは心に馴染んだ生活だった。
 だからこそ。
「闇の軍勢よ‥‥貴様らと我らの世界が分かたれる時が来たのだ!」
 叫びとともに合身し、額に一本角を頂いた彼は、縦横無尽に戦場を駆け巡る。彼の見せた隙に付け込もうとしたデュルガーを斬り、ぶよぶよの塊を踏み砕いて。
 今回ばかりは、浄化に気を使う必要もない。ただ蹴散らして、蹴散らして、蹴散らし続ける。
 ランスを振り回し、ヴォーパルは吠えた。
 セントールこそが戦場の覇者であると、見る者全ての瞳へ刻み付ける様に。

「いったた‥‥!」
 レヴィンが負傷した腕を抱え、蹲る。
 虚脱感が残っている。やはり、石へ力を注ぎこみ過ぎたのかもしれない。
「大丈夫?」
 パシフローラ・ヒューエ(ta6651)が彼女を支え、連れているユニコーンのジャンティを招く。ジャンティは主の意図を素早く汲み、レヴィンへ近付き‥‥。
「――っ、ガイアース!」
 治療が完了する前に飛び込んできそうなぶよぶよの塊を見つけ、パシフローラは防壁を展開した。
 それでも元々効果範囲に入っている足元の靄までは遮ることができない。これが形を成したら、目の前の彼女を守ることは‥‥。
「サポートするわっ!」
 アビゲイル・タンボイ(tk0485)が駆け込んで、回復役を狙うぶよぶよを蹴散らす。
「それにしても、いつになったら九尾を見つけられるのかしらっ」
 姿が見えたなら、彼女の持てる技術を結集して、相手までの道のりを開いてみせるのに。
 妖船の壁は分厚く、削っても削っても塞がってしまう。きっとあの中に居るのだろうけれど‥‥。
 なかなか親玉へ辿り着けないという焦りが、ドラグナーたちの間に充満し始める。
「焦ることはありませんよ」
 ウリエンがそう言って、自身の残り魔法回数をパシフローラに伝える。
 確かに、まだ焦る段階ではない。パシフローラは回復役を買って出た者たちの残り魔法回数を積極的に訪ね、戦場全体の状況を把握し仕事を適切に分担するよう努めていた。
 幸い、相手は攻め手はあってもそう激しくはない。空を舞うために力を注いでいるからだろう。
 ‥‥まだまだ戦える。
「そのとおりね。焦らず状況を見守りましょう――」

「狼さんになれんのも最後だろうからなァ‥‥堪能するとしようか!」
 感慨深げ‥‥というよりはどこか楽しそうな様子で、グレイ・フォスター(tk2122)は拳を握ったり開いたり。
「グレイさんも気をつけてくださいねー?」
 そう言いながら、ソフィ・レン(tj8689)はデスサイズをぶんと振るう。愛する人を気づかいながら容赦なく敵を叩き斬るその姿に、グレイは自然と快哉を上げてしまう。
「やっぱソフィは最高の女だぜ! 美人で可愛くて、何より過激で良い!」
「見た目どおりのか弱い女の子なんですけどね」
 などと返しつつ、ソフィは思う。こんな風に、少しでも普通の女の子であろうと主張をするのも、きっとこれが最後だ。
 その言葉に笑みを返して、グレイは敵へと向き直る。
 戦いが始まってから暫くが経ったが、妖船は未だ一切の衰えを見せず、寧ろじわじわと肥大化しているようにも見える。ドラグナーたちがその外壁を削らなければ戦闘は長期戦の様相を呈してきた。
 だがグレイに疲れは見られない。
「まだまだァ! 継戦能力で俺に勝る奴はいねぇぞ!」
 縦横無尽に爪を振るい、受け止めた相手をそのまま強引に押し返す。もうすぐ失われるであろう魔を纏った怪力で、じたばたと暴れるデュルガーを文字通りに叩き潰した。そのまま彼は、船の外壁へ爪を振るう。
「イキんなよ阿保どもがッ! テメェらは狐なんぞに捨て石にされた大馬鹿だ!」
「そう。捨て駒風情が、邪魔をするな」
 ジン・マキリ(tj6129)が2本の剣で、闇の軍勢を切り捨てる。淡く光る刃は、外壁へ大きな斜めの傷を付けた。蠢きながらそれを塞いでいる姿は、苦悶しているようにも見える、が。
「涙を流すか? 啼き声を聞かせるか? どちらも無いのだろう? だからお前達は世界から消えるんだよ」
 結局のところ、闇の本質はコモンの心とは大きく違う。
 彼らは希望を抱かない。彼らは夢を見ない。死と破壊、恐怖と悲しみ。そうした目の前の悦楽へ向け、ただただ進むのみだ。
 ジンは、闇とは違う。ジンには、カレス・カンパニーレ(tk5628)がいるから。
 ジンの雄姿を瞳に焼き付け、自ら傷つきながらチャクラムを投げる彼女。所作のひとつひとつが、ジンの心を揺さぶる、そんな存在――。
「お前達には心が無い、それが未来を分かつ差だ!」

「リズ様の最強ガイア! 受けてみよにゃーー!」
 叫びの直後、リーゼロッテ・マグヌス(tg1669)の杖先からは言葉どおりのガイアが放たれる。1回撃ったら次を、更に次を‥‥どんどん放たれるガイアに妖船は再生が間に合わず、一時的に船の舳をひしゃげさせた。
「にゃにが絶世の美女にゃ! にゃにが狐にゃ!」
 何故か少し恨みがましいような声をあげながら、リーゼロッテは精霊力の限りガイアを撃ち尽くした。そして最後に、こう叫ぶ。
「この可憐で偉大な大魔導士リズ様の方がずっとずっとセクシィで美少女にゃんだにゃ!」
 舳には、甚大なダメージが与えられていた。それは徐々に形を取り戻してしまうものの、どこかリーゼロッテはすっきりした顔だ。
「効くとか効かないとかじゃにゃい、この美貌をお見舞いしたいだけにゃのだにゃ! リズ様バンザーイ!」
「た、楽しそうです‥‥!」
 そんなリーゼロッテを見て、アプルル・シャルドネ(tg4634)が、少しだけ目を輝かせる。
 これが本当に最後の戦い。魔法を使えるのは後僅か‥‥そんな状況下において、リーゼロッテの魔法の使い方はとても楽しそうに見えた。
 自分も、船をこそげとりたい。そして、明るい未来を阻む防壁を取り除きたい‥‥! そんな気持ちは、アプルルの口に詠唱を走らせた。
「ヴィンドスヴァル!」
「おー、よう効いとる」
 強烈な吹雪が外壁を固める様を見て、ランサ・アスール(tz0052)が呑気な声を出した。
「ランサ、あなたとはたくさんの戦いに赴きましたね、きっと今回も大丈夫だと思っています」
 穏やかな声でそう告げる。するとランサも、いつものマイペースな笑顔でその言葉を受け止めて、こう返す。
「この戦いを終えたら、故郷でアプルルや娘と一緒に故郷に行きたいからなぁ」
 辿り着きたい未来がある。
 だから、今更邪魔なんて、させないのだ。

 相手の攻め手は、然程強くはない。
 ドラグナーたちは程なく、周辺の闇への対応のみならず、船体への攻撃にも取り掛かった。
 クレドが船体へ叩き付けた拳。そこから溢れる一瞬の爆発は、黒へ大きな風穴を空けた。彼の周囲で燃え盛る火の幻影は激しさを増しており、それは爆発の威力を驚くほどに引き上げた。
(進化等、は‥‥持っていないよう、だな)
 どこをどんなに叩いても、魔的な威力であれば防がれることはなかった。確かに効いている。
 それと外壁を叩く内、その一部は剥がれては霧のように溶け消えていった。霧散化‥‥デュルガーが基本的に備えている能力だ。普段なら厄介なそれは、だが今回はそれは気にしなくて良い筈だ。
「プロメテウス!」
 ――尤もロレンスのように、元より浄化の手段を持っているならば、それは有用なことであるわけだが。
 そうしてだが、削った穴はすぐに蠢き、埋まっていく。まるで、大地から、空気中から、全ての場所に広がり蔓延ったカオスたちが、今やエネルギーとなって吸い寄せられているようだ。それは、疑似的な再生能力にも等しかった。
「ああ、やっぱり。この分だと、当然船の形を成した後も、飛び立った後も再生するんでしょうね」
 ソフィが予想どおりの結果にげんなりと息をつく。
 本来、デュルガーとカオスは似てはいるが同一存在ではない。
 だが今や、同じデュルヘイムに堕とされるものとして、強固に寄り添っているようだった。
 女神を殺し、全てを闇の手中に――!
「させるかよ!」
 またも、ロレンスのプロメテウスが弾ける。
「俺の力じゃ微々たるものなんだろうけどさ、少しは時間稼ぎになるだろうし、しがみついてでも‥‥!」
「待ちなさい」
 セツナ・アインスベル(ta7726)がロレンスの前へと発ち塞がった。驚く彼へ、セツナは自身を振り返れと告げる。よくよく見れば、吹き散らされた闇に巻かれ、ロレンスは身体のあちこちに火傷のように爛れた傷を負っていたのだ。
 だが、ロレンスは下がりたくなかった。誰かの、自分の覚悟を守るため、退くわけにはいかなかったのだ。
「コーデリアの準備ができればなんとかなるみたいだし、それまでは絶対に‥‥!」
「何時間戦い続けるつもりかしら?」
 九尾の侵攻は思いのほか早かった。そしてコーデリアの体力は随分と落ち込んでいた。30倍の時間の違いを鑑みれば、ティルノギアの発動まで、地上に降りた彼らの感覚では恐らく何日もかかってしまうことだろう。
 対して多くのドラグナーたちが持つ決戦用の切り札は、大抵数分から30分、長くても数時間。
 時間稼ぎは得策ではない。九尾を倒す、或いは船という足を奪うことこそが、今求められていることなのだ。
「これは未来へ繋ぐための戦いよ。私たちが掴む未来はすぐそこなのよ!
 それなのに、こんなところで誰かを失わせたりしない!」
 叫びに次いで叩き付けられるように成就されたエンゲルは、ロレンスの傷をたちまち癒す。
「魔法は有限だわ。あなたの身を護ることが、みんなを守ることに繋がるの」
 そう言って、セツナはロレンスの背を叩き――彼は、小さく頷く。
「立て直すなら、こっちから。手薄だし、死角だわ。ローラさんが目印よ」
 エル・バーニング(tz0044)がロレンスの袖をくいと引いた。言われてロレンスが辺りを見れば、ローラ・イーゼル(tz0057)がアプサラスの掛かったCROSSを手に、懸命に手を振っていた。どうやらローラは、後方支援と応急手当を担っているらしい。
「エルさん?」
「セツナ、あっちにも怪我人が出てるわ。向かってくれる?」
「ええ、でも」
 ごく自然に補佐のように振る舞うエル。思い返せば、先程も怪我人を連れてきていた。
「セツナは治療に集中して。こういう細かい仕事は私がやるから」
 医療の知識はセツナには遠く及ばないけれど‥‥それでも。
「ずっとそばでセツナの仕事はみてきたんだもの。列整理とか知識がいらない作業はこなしてみせるわよ」
 セツナが最大限にその力を発揮できるように。
 周りを見る目となり、できることを手伝いたい‥‥それがエルの願いだった。
「‥‥それじゃあ、任せるわ!」
「ええ、その代わり」
 エルの言葉に、セツナは力強く頷いて、いつもの信条を高らかに述べる。
「私がいる限り、誰一人死なせはしない! 犠牲の上にある未来なんて私は認めない!」
 零れ落ちていく命を、一つでも多く救うため。
「行くわよ!」
 彼女は凛と前を向き、ユニコーンのエラへと飛び乗った。

 アマテラスの結界で黒靄を押しながら、ソディア・ブレイブ(tj3138)は大地を駆ける。結界内には勿論、最愛の人ロゼール・ブランシュ(tz0089)も共にいた。
「お前が必要とするのであれば、私は薔薇より猛る炎となって行く道を彩ろう」
 ロゼールの手にはソディアから送られたダマスカスブレードがある。他にも、彼女には卓越したロゼッタハンドもある。ぶよぶよとした悪意の塊を打ち払うくらい、造作も無かった。
「加減はしない。存分に咲かせるとも」
 言葉どおり、塊を靄へと散らしていく。
 どこを見回しても敵。ぐるりと見回しながらの戦いとなり、自然と互いを守るように、2人の背中は触れ合った。
「薔薇の騎士としての『最後』を看取るのがお前であった事に、心からの感謝を」
 ソディアにのみ聞こえるような声音で、ふとロゼールは言う。
「魔法が消えれば何も無くなってしまう私だが、これからも宜しくな」
「――何もないなんてことはない」
 ソディアは思わず振り返り、ロゼールの肩をしかと掴んだ。
「私だって魔法を捨てる。対魔騎士の誇りは歴史に刻んだ」
 対魔騎士として、薔薇の騎士として。最後であり最期の戦い。
 それら肩書きをかなぐり捨てても、2人の間には誇りがある。
 ロゼールのおかげで取り戻せたソディアの誇りと、ソディアに魂たる刃を贈られて力を得たロゼール。
 魔法を棄てても、2人には互いがいた。
「私は咲く事もなく散らされた花、けれど君と出会い初めて咲けそうなんだ! 愛してる、ロゼール!」
 黒い闇を散らして、ふたつの花が舞い踊る。

◆妖船 〜奮戦
 長時間、妖船を破ろうと奮戦するドラグナーたち。
「下がっていていいですよ。私も本気で行きましょう」
 レスター・ヘルツォーク(tz0031)のアプサラスなど潤沢な支援のおかげで、精霊合身が切れた者も戦い続けることができている。
 だが何せ相手は世界中の闇を集めたような塊だ。叩いても叩いてもどこからか寄り集まるその壁に対し、各々が我武者羅に攻撃したところで焼け石に水だ。
 フロートシップを駆り出した者たちの砲撃もあれど、それでも尚、闇が集まる方が早い。
 再生封じも効果がないようだ。なぜならこれは実際のところ、再生能力とは違う。死んだ者を切り捨て、新しい者を補充しているに過ぎないからだ。
「貴殿らの教官らしいことをしなくては、な」
 オフェーリア・ウォリック(tz0030)が疲れも見せずに戦い続けているが、果たしてそれもどれだけ持つか‥‥。
 シャムロック・パストラーナ(ta5458)が、妖船に冗談めかして問いかける。
「あー、そこのメギツネくん、君たちは完全に包囲されているのです。無駄な抵抗はやめて、さっさとデュルヘイム行きの運命を受け入れるがいいですよ!」
 勿論、反応はないのだけれど‥‥。それでも、シャムロックはどこか楽しそうだ。
「闇の住人をぶっ壊すのもこれが最後ってことで、思い切り派手に暴れまくりましょうか!」
 シャムロックのドラグウッドは、面白いように決まった。妖船の壁を成す個体の一つひとつはどうやら耐久性に優れていないようで、パンパンと面白いように砕けたのだ。
 派手極まる活躍は、周りの戦意を高揚させる。
「フッ‥‥行くぞセイ、ミツルギ家の全力全壊を見せてやろう!」
 キョウ・ミツルギ(ta0035)が淡く輝く両手の得物を携え、黒靄を蹴散らすように舞い踊る。鉄扇が唸り、足元で固まりかけた闇は次々と爆ぜていった。
「我が双月の剣に斬れぬモノなどない!」
 相変わらず、父は凄い。
 見えない斬撃は鋭く、回避を許さない。まるで一切の抵抗がないかのように滑らかに敵を斬り、脆弱な部位を破壊して。その立ち回りに、セイ・ミツルギ(tj4453)は瞠目する。
 だが、背を追いかけてばかりのセイではない。今はもう、父の剣を守る術を身に着けているのだから。
 盾を携え、後顧の憂いを断つ。そしてここ一番ではセイもまた、鋭い斬撃――父によく似たシュライクで敵を綺麗に切り伏せる。
 2人の活躍はどこか派手で、華やかで‥‥。
(私も陽動、頑張らないと)
 シズネ・カークランド(tk1515)は武器をぐっと握り締める。
 妖船の攻略法は今一つ分かっていない。だが注目を集めながら暴れ回っていれば、いずれ母カナタ・ミツルギ(tb6087)が敵大将を落としてくれるはず。シズネはそう、信じていた。
 それに、彼女のやる気を刺激する存在がもうひとつ。
「善なき闇のみの存在達よ! お前達にこの世界は渡さない! 汚させない!」
 目の前で剣を振るう、従兄弟のセイの存在だ。
(叔父さんにはまだ届かないけど‥‥セイ君には負けられないから!)
「託された世界! 僕達は守り、未来へと繋げてみせるッ!!」
 2人はそれぞれ、目の前の敵へ全力を叩き付ける。
 その動きは結果的に、レイラ・バルテュス(ti4498)を窮地から救うことになる。
「感謝いたします」
 急に塊を成した黒靄に、足を取られてしまっていたのだ。負けはせずとも痛手は受けそうな状況から、セイとシズネは彼女を救って見せた。
「恩返しみたいなものですから」
 セイはそう答える。レイラは彼らにハウリングマインを付与していた。
 カオスを含んでいるのだから、妖船も黒靄も霊魂共鳴を持っていたようだ。その対策に、レイラとモーリッツは仲間たちに魔法を掛けて回っていた。おかげで悪意の呪いに苛まれることなく、ドラグナーたちは行動ができている。
「何なら、一緒に戦いますか?」
「そうさせていただきましょう」
 セイの申し出に頭を下げ、レイラは滑り落ちた黒髪をかき上げる。
「一騎討ちで勝てるなどと驕りはしませんよ、この私にも大切な人や仲間が出来ましたので」
 天竜宮で結んだ絆、その中でも取り分け愛しい夫を想い、レイラはダガーをくるりと回す。

◆妖船 〜転機
 九尾は船内にいるのだろう。だが未だ、その姿を見せはしない。
 最後の最後で水を差してきたあの女狐へ、ルクスリア・モール(tj1016)は苛立っていた。
「高いトコから見下ろしてんじゃないわよ! すぐに吠え面かかせてやる!」
 怒号の合間に、ドラグウッドを連発する。粉々に砕け散っていく相手へ愉悦を含んだ眼差しを向けて、ルクスリアはまたも詠唱を重ねた。
「壊れろ壊れろ! 私はアンタ達みたいなデュルガーが大嫌いなんだよ! 自分達こそが上位種だと抜かさんばかりのアンタ達が!」
「お聞かせしたい音色があるのですが」
 嫣然と微笑み、ハープを抱えるカレス。だが船は巨大で、外から弾いたのでは到底九尾まで音が届くとは思えなかった。
 超火力をもってしても外壁を打ち破れず、船は世界の闇を全て吸収しているかのように膨れ上がり続ける。
 このままでは、やがて船は完成し、九尾はそれに乗り込んだまま悠々と空を舞うことだろう。
「‥‥船のコアがあるならその破壊に、と思っていましたが」
 まず、そのコアにまで辿り着けなければ意味がない。
 ならばとリャマは、自分の命というカードを切ることに決める。
「壁を、消失させます。手伝っていただけますでしょうか」
「あ、あの‥‥はい」
 フィリーネ・ランデル(tj9100)がその言葉に自身の杖を握り直した。
 リャマが空けた穴も、きっとすぐに埋まるのだろう。だが船の再生は、一般的な再生能力とは違い、新たな闇が別の場所から寄り集まることで出来ているように思えた。
 その場合、彼女のヴィンドスヴァルなら、動きを鈍らせることができるかもしれない。
「ちょっと待て、でもそれって」
 ラキュエル・ガラード(tb2724)がうろたえる。
 エドラダワーは文字どおり最後の手段。殆どの場合術者の命が危険に晒される上、それに伴って戦線が崩れ、周囲の者たちの動きが変わる。
 術者の――仲間の命を守りたいと願う者も多い。影響力が大きい分、ともすれば味方に不利を強いる魔法でもあるのだ。扱いも難しく、リャマは過去に何度かこの魔法の成就に失敗していた。
 だが、今回ばかりは。
「無謀な事は分かっています‥‥」
 言葉少ななリャマの代わりをするように、フィリーネが一生懸命言葉を紡ぐ。
「でも、やらなければ後悔する事もあるし、やって思いの外上手く行くこともあるのだと‥‥気づいたのです‥‥。
 やってもやらなくても後悔するのであれば、やって後悔した方が、きっと‥‥良いですよね‥‥」
「――そっか」
「大丈夫よ。死なせはしないわ」
 後ろから、セツナの声も掛かる。
 神聖な獣に跨り、美しく笑む彼女。
 彼女のいる戦場で命を棄てるのは‥‥とても、とても難しい。

 そうして、船の中へと突入する者たちが選別される。
「フロートシップに乗っている奴らに伝えろ。俺たちが中にいても、砲撃を止めたりするなと」
 中へ入る者の1人、アーク・レイクウッド(ta0476)が不敵に笑う。彼の狙いは本丸、九尾だ。
 親玉を狙うのに、安全を惜しんでなどいられない。
「行きましょうか」
 カナタが、凛と闇の外壁を見つめる。
 エドラダワーの成就まで、高速詠唱を用いて9秒。
 ――成就までの間、およそ30メートルの距離にて無防備に立ち続けなければならない。
 船から黒炎や闇の塊、他にも周囲に蔓延る闇が形を成して攻撃される可能性は十二分にある。
「これ、持ってなよぉ」
 メイベル・クランドル(tk0291)が、リャマやラキュエルへCROSSを渡す。それには熟達したアマテラスが成就されていた。

◆妖船 〜突撃
 突入する決死隊のために、道を開く。
「世界が変わる。新しい光には、新しい闇が必要だわ」
 ぼこぼこと足元から生まれ出るデュルガーをクリスタルハンマーで打ち据えて、ナイトポーンは笑う。
「お前達の闇も、私の闇も、もう用済みなの。お互いケジメをつけましょう?」
 重みを乗せた一撃はひとたまりもなく生まれかけのデュルガーを砕いた。ぐしゃりと闇を踏みつけるナイトポーン。
 その後ろではシャールとルドヴィークがやかましく喋りながら露払い。
「最後までいらん手間をかけさせないで下さいね」
「全開で行くよ」
 ルドヴィークの言葉へ一切返事をせず、デュルガーの多いところへ突っ込んでいく、シャール。
 その行動の源は、信頼だ。だって、「後はるーくんが何とかしてくれるから」。
「ええ、聞いてませんねこの脳筋」
 溜息をついて、渋々シャールの後ろを守る。
「ここまで来て見捨てるのも寝覚めが悪いですからね、仕方がありませんから、全力で援護してあげない事もありません」
「さっすがー」
 嬉しそうなシャールに、ルドヴィークはやれやれと溜息をついた。

「どうしたどうした闇の軍勢さンよォ! 最後なら最後らしくもッと愉しめやァ!」
 どこか嬉しそうなツヴァイ・ドラグリア(tg1256)。
 ソードボンバーを繰り返し、まるで黒靄ごと根こそぎ奪い去って行こうとするかのようなツヴァイ。背面に現れたものは、ローゼ・ビキシバイト(td7506)が素早く刈り取った。大振りな彼の攻撃の隙間を埋める様に、ローゼは細やかに立ち回っている。
 死角を補ってくれた彼女に、ツヴァイはニッと嬉しそうに笑って。
「1人じゃねェ、群れるだけでもねェ、これが俺の見つけた最高の華! ローゼッて名をした戦場の女だァ!」
「ツヴァイさん〜」
 あまりに褒められるものだから、ローゼはちょっと恥ずかしそうに頬を染める。
「でも‥‥うん。信頼には答えなくちゃね」
 言いながら滑らかに剣圧を飛ばし、闇のひとつを片づける。持ち上がり続けるツヴァイの口の端に、ローゼもまた心弾むのを感じた。
(これが、これが本当にドラグナーとしての最後‥‥)
 並んで戦う、戦場の華になる。肌をびりびり駆け上がる興奮を感じながら、ローゼは裂帛の気合いと共に双子剣を振り下ろした。
「この世界に生きる人達の未来のために!!」

◆妖船 〜穿つ
 ドラグナーたちの猛烈な奮戦のおかげで、一画に黒靄の薄まった箇所が出来た。リャマが素早くそこへ移動すると、他ドラグナーたちは反対にその場を去る。爆風に巻き込まれないようにするためだ。
 一度大きな隙を作ってしまえば、9秒を耐えるのはそこまで難しいことではなかった。何かに気付いた様子の黒靄が、急いでリャマへ飛びかかろうとするが――。
「メイドの本懐、お見せしましょう」
 それは、ステラ・タタリクス(tz0084)の投げたナイフで弾け飛ぶ。
 粛々と詠唱は紡がれ‥‥そして、力ある結びの言葉は放たれる。
「エドラダワー」
 瞬間、圧倒的な力が妖船の壁をこそげとった。同時に魔法の爆風が吹き荒れ、黒靄も妖船を成す数々の個体も悲鳴をあげて暴れ狂う。
「今だ!」
「ヴィンドスヴァル!!」
 爆風の頃合いを見計らって突入組が駆けだすのと、フィリーネが吹雪を放ったのは同時だった。
「身命を賭し、ティルノギア発動を実現する! 我と思う者は私に続け! 極限の剣を、極致の盾を掲げる刻だ!」
 バムクエル・オスト(tg3938)が高らかに謳いあげながら、先陣を切る。
 予想どおり、フィリーネに凍てつく風を吹きかけられた闇は、穴を塞ごうとする動きを鈍らせた。
 人が通るには、心もとない大きさの穴。徐々に縮まるそれへ、全力で飛び込んで‥‥。
「っ!!」
 しかし隊の中ほどで、穴はついに潜る者の肌へ触れる。
 丁度通っていたのはヴォルフラム・エルスタール(tk2108)。その身体を取り込むように、穴は塞がり‥‥!
「――らぁ!!」
 強引に体を動かし、穴を広げる。めちゃくちゃに爪を動かせば、ぐちゃりと嫌な音と共に、壁の一部がこそげとれた。
 再び拡がった穴。閉じないよう、ヴォルフラムはそのまま腕を振るって闇を切り開き、大柄な身体を最大限に伸ばして穴の収縮を抑えた。隙間を縫って、後続の者たちが穴へ滑り込む。周囲から這うように集まる雑魚は、アイン・バーレイグ(tk6291)が切り捨てた。
「俺の闇を裂く紅蓮の狼爪は、大砲よりも強烈だぜ!」
 穴が縮んだらもう1度。何度でも。
 その爪には、シグルーン・ケーニギン(tk5329)の乗せた淡い魔法の光も灯っている。
 だがそれすらも、徐々に追いつかなくなってきて‥‥。
「手伝おう!」
 フリード・ゲオルギウス(tk6828)もまた、ヴォルフラムの隣へと滑り込み、その身体をもって穴を支える。
「道は私が開く! 敵は私が引き付ける! 私の屍を越えてゆけ英雄達よ! 未来は君達のものだ!」
「――!」
 アインが、瞠目した。
「ぐっ」
 最後に、シグルーンが穴を通り。
 やがて穴が閉じかけると、フリードはヴォルフラムを蹴り飛ばした。
「――!」
「どうした闇よ! 老人1人殺せないのか!」
 閉じ行く穴を煽りながら、老爺は凄絶な笑みを浮かべる。
 このままでは飲み込まれる。だが決死隊を往かせることができた今、フリードには何の後悔もなかった。
 なかった、けれど。
「ふっ!!」
 アインの鋭い一閃が、フリードの周囲を大きく切り取った。シュライク、そして怪力。様々な効果を乗せたその一撃は、余りにも滑らかに黒壁を裂く。
「はぁぁっ!!」
 更に、アナベル・ティア(tk6659)のスパイラルランスが、フリードのすぐ傍に穴を開けて。
「こっちです!!」
 そうして拘束が弛んだ瞬間に、箒で文字どおり飛び降りて来たシーキ・シュンラン(tk5529)が老爺の身体を引きずり出す。
「大丈夫ですか? 今治療を」
「――死に損なったか」
 フリードのその言葉は、何故助けた、とアインに問うているような気がした。
 答えは、たったひとつ、シンプルだ。
「‥‥愛する女が、俺に人斬りではなく英雄になれと言ったのだ」
 そして英雄はきっと、目の前で死にゆく仲間を見捨てはしないのだろう、と。
 既に発動している加速装置の効果時間が惜しい。アインは言い捨てると、妖船に少しでも痛手を与えようと、駆けていく。
 苦笑するフリードへ、ベドジシュカ・カレロヴァー(tk5208)もまた苦い笑いを投げかける。
「気持ちは分かるよ、とてもよくね」
 年を食うと、若い者の為ならどうなっても良いような気持ちになるものだ。
 ただ、せっかく若いのが助けてくれたのだ。
「まあ、もうちょっと暴れろってことじゃないかねぇ」
「成程。良いだろう、何度でも捧げてやろう」
 立ち上がるフリード。その横にベドジシュカも並んで。
「婆の命くらいじゃあ、足りないだろうがね」
 それでも、未来を全て使い切ってでも‥‥止めてやる。

 だが――その決意を嘲笑う様に、ずん、と大きな衝撃が走る。
「アナベルさん、危ない!」
「バンリさん、離れて!」
 様々な悲鳴が聞こえて。
 大地が鳴動し‥‥妖船は、重たげに底を持ち上げた。

「狐は雑魚どもを捨て石にして船を飛ばす気だわ‥‥お父様、お母様を援護して! 私も斬り込む!」
「分かり、まし、ぐっ」
 燃え上がる娘ディナイアル・ヴァイツ(tk8401)の声に奮い立つも、グレゴールは頭を抑える。
 テレパシーは、ようやく切れた。だがまだ強い悪意は、呪いのようにグレゴールの頭を支配していた。もしかしたらただの念ではなく、精神を介した攻撃能力をも持ち合わせていたのかもしれない。
 それでもテレパシーが切れた今、もうあの悪意は攻撃を仕掛けてくることは無いから。
 彼は改めて、家族にテレパシーを成就した。
「すみません、急いで船を追――」
「無理をするな、休んでいろ」
 夫の背を、イデアール・ヴェルト(td9857)が撫でる。
 世界が変わる直前の今に、コンディションの悪い中で
 テレパシーを繋ぎ、地上と船の情報を繋いでくれる。それだけでも、充分な働きだ。
「お母様の足元は守るから‥‥行って!」
「ああ。天翔ける私の姿、存分に見惚れるがいい!」
 そう言って、イデアールは飛翔して。
 ディナイアルは足元に湧き上がる黒靄を散らす。
「エーベルとの未来、邪魔なんて許さない!」

◆妖船 〜空へ
 妖船、浮上。
 その衝撃で弾き飛ばされたアナベルへ、箒で宙を舞っていたシーキが再び降りてくる。
「大丈夫ですよ。見た目より、ずっと頑丈ですから」
 ぴょんと起き上る、アナベル。実際、その身体は弾き飛ばされたダメージは入っていないようだった。
 ただ、『見た目より頑丈』の言葉に、シーキは少し微妙な顔をしてしまう。
 ティルノギアが発動したら、きっとオートマタのアナベルとて幸せになれる、はずだ。ティルノギアの意思は、悪いようにはしないと言っていたのだから。
 でも、そうじゃないかもしれないという恐怖も少しだけあって。
「例えティルノギアが発動して、この身からカオスが消えてただの人形になるのだとしても、私はこの大地で生きたいと思います」
「アナベルさん。そんな」
「シーキさんも一緒なら、何も怖れることはありませんから」
 ‥‥カオスに浸された身でも、恋はできるから。
 シーキの唇を優しく奪い、アナベルは浮かび上がった妖船への対処を模索する。
 と、その背中に、シーキは抱き付いて。
「守りますから‥‥最後まで、傍に居させて下さい」
 腹部に回されたシーキの手に、アナベルは自分の掌を重ねた。

「サ、サラさん!!」
 慌てるバンリ・ソレイユ(tk7854)の声。妖船が浮かび上がった衝撃で弾き飛ばされたバンリを、サラ・アセンダント(tk7194)が受け止める形で守ったのだ。
「痛くないですか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、安心してください」
 ただ言葉とは裏腹に、サラは厳しい表情を浮かべる。妖船が浮かび上がるのを許してしまった――その悔しさが今、胸に広がっているのだ。
 だが、サラもバンリも飛行能力は有している。追いかけることは可能だ
「行きましょう! サラさんが一緒なら、この嫌いな姿でも今は戦えます!」
 そう言うバンリは、人狼の姿。その背からは、精霊合身によって翼が生えている。
 翼持つ人狼、ゆえにスカイファング。太陽の名を持つバンリ・ソレイユ。
 ‥‥その身体を蝕む呪いを、解く為にも。
 サラは表情を緩め、バンリと手を繋ぐ。
「そうですね。ここで邪魔をさせる訳には行きませんから!」
 ジェットブーツと背の翼で、2人は空を駆ける。
 世界を救う女神を守る。愛する人の呪いを解く。
 そんな戦いに身を投じたことへの、誇りを胸に。

「にゃにゃーーっ!?」
 妖船は、すぐそばを飛び回っていたリーゼロッテへぶつかった。突然のこと、かつ重量のある相手。彼女は空中でバランスを崩す。
「にゃ!」
 しかしティラミス・ノーレッジ(td1157)が唸りを上げて飛んできて、その背を素早く支えた。あまりの早さで飛来したために、リーゼロッテが感謝の前に驚いてしまったくらいだ。
 そして礼やら何やらを聞く前に、彼はまたギュンと飛んで行き、妖船の外壁へ傷を付ける。
(どんな物語にも結末はある)
 ティルノギアの発動は、今までの世界の終焉となるだろう。
 だがそれは新たな物語の始まりであり、決して終わりではない。ティラミスはそう、確信していた。
「これから始まるのはコモンが自らの知恵と力で築く新たな物語だ! さぁ、共にこの素晴らしき剣と魔法の物語、その盛大なフィナーレを演じようじゃないか!」
 まるで演舞のように、ティラミスは剣を振りかざし、魔法の煌めきを体現する。内なる精霊の力を感じながら――その感覚も最後だと惜しみ、それでも鮮やかに力を使いこなしながら、華麗に踊る。
「最後の共闘だにゃ、トッドローリー!」
 ドラグナーソードの刀身から、ルミナの色が消えるまで。
 ティラミスは、魔を切り裂く風となる。

◆妖船 〜迎撃
「飛ばさせやしないんだからね! ちょいと邪魔するよ!!」
 ドラゴンへと変化したベラニーチェ・アザロ(tk6730)が、闇の船へ取り付いた。
 かなりの重量があるはず――だが、それにも関わらず船の浮上は止まらなくて。
「手伝おう」
 クマリ・メノン(tz0085)もまた隣で妖船に取り付くも、やはり変わらず。
(どれだけ力を蓄えていやがったんだい‥‥!)
 ドラグナーたちの攻撃を受けつつも、尚も地上の靄から力を吸い上げる速度の方が上回っていたというのか。
 だが、それもここまでだ。
 空を飛べば、靄から離れる。自由に柔軟に形を変えられるとは言っても、力の供給源を断たれた今、地上で燻っていた時のような無限に等しい再生能力は喪われているのではないかと思えた。
(後は、そうだね)
 試しにファンシェンの護符を貼ってみるも、妖船の表面に変化は見られないから。
「行きましょう、耐久戦と行こうじゃない!」
 ベラニーチェは妖船から手を離し、全力のブレスをお見舞いする。それに応じて、クマリも。
「ああ。発動の邪魔などさせん。我、クマリ・メノンの武、目に焼き付けるが良い」
 ブレスオブウインドが、船の歩みを止めんと吹き荒れた。

「ここまでありがとう、ユニコーン。――ウィルトス、行くよ!」
 セレン・ヘイズ(tc8225)がサイコキネシスを成就させ、ウィルトス・クロマイト(ti4870)を持ち上げる。そして自身はジャックで飛び上がり、妖船を追いかけて。
「――っ」
 サイコキネシスでの物体の移動は、ある程度の集中力が要る。
 凄まじい速度での飛行しながら、杖先で相手であるウィルトスを操るのは、非常に難解なことだった。自然と最高速度は出せず、船へはじりじりと追いつく形になる。
「‥‥仕方ない。ウィルトス、思い切り飛ばしていい?」
「ああ」
「危険もあるよ?」
「セレンとなら大丈夫だ」
 向けられた信頼に、セレンの胸が温まる。
「‥‥ウィルトス、背中は絶対に守るから安心してね!」
 一旦サイコキネシスの方へ集中し、ウィルトスを思い切り妖船へと押し上げる。そして彼自身が妖船の外壁に取り付いたのを確かに確認した後、セレンもまた高速飛行でその後ろを追う。
 ‥‥ぶよぶよと形を変える外壁。高所で不安定なそこにしがみつき続けるのは、とても恐ろしいことだっただろう。
 だが、不思議と恐怖は無かった。
(‥‥この戦いを無事にセレンと終わらせて、話した未来を築く!)
「お待たせ!」
 やがてセレンが高速で、船の甲板へとウィルトスを押し上げる。
 2人は足元に穴を開け、内部へ浸入した仲間たちと合流‥‥しようとして。
「‥‥何これ」
 ネームドソードで切り裂いても貫き切れない、分厚い肉のような甲板の床に愕然とした。

◆妖船 〜砲撃
「悪足掻きとは申しますまい。一念、天に通ずると言いまする故」
 尤も、通ずればその天こそが落ちるわけだが。独り言ちて、ガリョウ・シェイドネス(tf3167)はグリフォンに乗って飛び上がる。
 飛び立った妖船を援護するように、地上の靄から小型のデュルガーが。そして当の妖船からは触手が伸び、粘液を凝縮した弾が放たれた。砲門などはないようで、寄り集まった闇の者たちが分離したり形を変えたりしているだけのようだった。
 だが何せ相手は小賢しい闇の者だ。放っておけば何をするか分からない。フロートシップの船員に憑依したり、或いは砲門をいじる、囮になる、隙を狙われる故に集中できないなど、百害あって一利なし。結局のところ、それらもさっさと倒すしかないのだ。
 そして、ガリョウはその役目を自分が担うつもりでいた。
 グリフォンはまるで彼の手足のように動き、2人は流麗なシンクロアタックを繰り出して。1体1体、危険の芽を丁寧に潰していく。
「もう、めんどくさいわね!」
 シューリア・シーリア(tc0457)も箒で飛び回りつつ、ガンで周囲のデュルガーを撃ち抜いていった。妖船から放たれた粘液も同じように撃ち、近くのフロートシップや仲間‥‥特に友人セーユを初め、自分にとって大切な人に当たらないようにその軌道を変えさせる。
「あんたらはあんたらの世界で仲良く大人しくしてなさい、っていうことよ!」
 これからも、シューリアは大切な人たちとずっと一緒にいるんだから。
 最後の最後で、こんなくだらない相手に邪魔されたくなんかない――!

「行くぞ我が妻よ、この蒼穹に我らが愛と誇りを示すのだ」
 ゼフィルス・シャード(tk5811)も自身を高める各種魔法を成就させた後、その身を大きな竜へと変える。背に愛しい妻ノルン・スフィア(ti5745)を乗せ、妖船の進みを止めるために空高く飛びあがった。
(‥‥九尾)
 ノルンには、少しだけ九尾へ同情する気持ちもあった。自分の生き方に異を唱えられ、地の底に叩き落とされるのは嫌だろう。
 だが、彼女の生き方は、他の生きとし生ける存在にとって、害悪以外の何物でもないから。
(だから、邪魔はさせません‥‥!)
 これはきっと、生存競争。勝った方がコモンヘイムを手に入れる‥‥それだけの、シンプルな戦いだ。
 彼女は長大な水の剣を生む。ゼフィルスがそれを見計らって妖船の近くにまで飛び、妻の切っ先を届かせた。水は弾け、切り取られた闇が幾つかボロボロと地上へ落ちていく。
 そして――。
「守人ノルンとクシャトリヤのゼフィルスが誇り、見よ!」
 ゼフィルスはそのまま妖船へ取り付き、牙を交えた三段攻撃を繰り出した。
 その威力は絶大で、効いている。
 船底から黒靄は離れているのだ。削れば削るだけ相手のダメージになるはず。

 ゼフィルスの爪が、ノルンの水剣が。
 ヴァイスやシグルーンが持ち出したフロートシップの砲撃が、そしてシャナ・ヴァルガ(ta8696)の雷撃が、次々に妖船を打ち据える。
 それでも妖船は、地上から強引に浮き上がったままだ。
「よくもまあ、しぶといものだ」
 重たい船体を持ち上げる様を、カイエン・シュルズベリ(tj4060)が上から眺める。ローズ・クアドラード(tk8590)のグラン・シャリオ号――ジェイド・ナイトノイズ(tk3078)も同乗している。
「不退転の覚悟で行くしかないわね。女は度胸よ! 衝角戦にも備えておいてね。後は――」
 てきぱきと指示を出す姿は頼もしいが、同時にどこか不自然なくらいにハイテンションだった。カイエンとジェイドは顔を見合わせ‥‥そして、カイエンは口を開く。
「ローズ」
 静かに名を呼ばれて、少女は振り向いた。
「あなたが地上に降りるつもりなのは気づいていましたよ。一応『家族』ですからね」
「あ――」
 無闇なハイテンションは、決戦を前にした高揚と、もう1つ。
 きっと、別れの寂しさを無意識に誤魔化すためのもの。
「勿論、一緒に生きますよ。カイエンもです」
「一人で地上に向かわせるはずがないだろう」
「で、でも」
 予想していなかった言葉に狼狽するローズ。
「目の前のことを成す前に、きちんと言っておこう。共に、地上へ行くぞ」
 頷いて、ローズをひたと見て。カイエンはつづけた。
「俺達は『家族』なんだからな」
「――っ」
 ローズの目に、涙が浮く。
 狼の血も、呪いの血も。巡り廻る時の流れと共に、消えていくのかもしれない。

「ルナ砲、ってー!」
 晴れ晴れとしたローズの声に従い、派手な射撃を繰り返すグラン・シャリオ号。
 それを見て、オニキス・クアドラード(tb6518)はぽつりと零す。
「ローズの無茶振りもなかなかのものです」
 わたくしは何も教えてはおりませんよ? そう嘯くと、周囲の船員たちが愉快そうに笑った。
 どうせオニキスが今乗るこの船‥‥リュンヌ・ド・ソワール号とて、大概派手に暴れまわるつもりなのだから。
 グラン・シャリオ号を援護しつつ、速度を生かしての陽動・遊撃。尤も、相手はあまり戦略的に立ち回るつもりはなく、ただただ守りを固めながら強引に突き進んでいるので、実質上はリュンヌ・ド・ソワール号も単純な攻撃の頭数になっている感は否めないが。
 ともあれ。
「派手にやりましょう」
 その一言で、船員たちは動き出し‥‥オニキスは目を閉じる。
 確か、地上ではフィリーネが戦っていた筈だ。妖船が飛び立った後は、どうなったのだろうか‥‥無事であると信じたい。
(この戦いが終わったら、花のような林檎のタルトを沢山作りますから)
 天竜宮を無事に守り、世界が再構築されても、オニキスは天竜宮に残るつもりいた。
(――ご一緒していただけますか?)
 どう転んでも、主なき館でオニキスは佇み続けることだろう。
 その命が尽きるまで、永遠とも思える長い時間を──。

 ジャックの魔法で、単騎で空を駆けるシャナ。
 度重なる砲撃や魔法を受けても、どこも変わらず機能し続けている――その不気味な在り様から、シャナは薄らと気付いていた。
 この妖船は、通常の船とは全く違う理屈で飛んでいる。
 恐らくカオスやデュルガーの一部が持つ飛行や浮遊といった能力を、どろどろに溶け合うことで全体に共有し合っているのだろう。溶けては混ざり、稀に分離して。蠢き続けるがゆえに、船という大きな1個体としては、その存在はあまりにも流動的なのだ。
 だったらもう話は早い。
 より多くの船体を貫けるように、雷撃を放ち続けるだけだ。
 九尾の首を狙って中に行った者たちは、遠慮はするなと言っていた。それで攻撃の手が鈍り、船を落とせなかったら本末転倒だからと。
 どの道、こんなにも大きな船なのだ。中にいる者にそうそう当たることもあるまい。
「往生際の悪い女狐を、船ごと叩きのめしてやらねぇとな!!」
 超高速の詠唱が流れ、杖先からあっという間に効果力の雷撃が放たれる。揺らぐ船体、表皮の闇はどんどん霧と化していく。
 だが、まだピンピンしている。
 そして妖船は微かな抵抗として、フロートシップへぶよぶよとした物を投げつけてきて――。
「させるかよ!」
 シャナは豪風を放ち、あらぬ方向へと弾き飛ばす。
 彼の動きは、まるで小型のフロートシップのようだ。八面六臂の活躍を見せ、飛び来るデュルガーや妖船からの攻撃を次々霧へと変えていく。
 どうせ霧散化したところで、ティルノギアが発動されれば浄化される。今は何より、相手をとにかく砕いていくことが重要だった。
「うるぁ! ヴァルハラの雷獣の戦いを刻みこんでやんぜ!!」
「無茶をするものだ」
 ルタ・バクティ(tk8199)が零す。この場合の無茶とは、無理のことではない。滅茶苦茶なことをする、という意味だ。
 個人規模の武器や魔法の攻撃であるがゆえに同士討ちは簡単に避けられる。超速の移動だからこそ味方の攻撃からも巻き込まれない。そのくせ、与えるダメージは甚大だ。
 周囲へ良い影響のみを与えながら、彼はぐるぐると目まぐるしい戦場に身を置いていた。
 ‥‥あんな滅茶苦茶な戦い方ができるのも、これが最後。
「さて」
 その姿に少し勇気を貰い、ルタも翼をはためかせる。
 機関部を壊せばと思っていたが、どこが機関部なのかハッキリしない。仕方なく、彼もまた我武者羅に暴れようと、その身体を大きなドラゴンへと変じさせ――。

 ヴィクラム・タラサプナ(tk6712)の背に乗せてもらい、ジュリエット・レスタ(tk6336)もまた妖船へ近づく。
「Hey! 何だいきゅうびってやつは! ‥‥あ、分かったんだぞ! オイラたちが幸せになる前に倒さなきゃいけない悪だね!」
「だいたい、あってる」
 この段に至ってもどこか陽気なヴィクラムの言葉に、ジュリエットは少しだけ心が軽くなる。
 しかしそんな2人を、妖船から伸びた長大に過ぎる触手が狙い――。
「! ジュリエット、気を付けて」
 太く長い、大きな質量。ジュリエットの備えていたフラワーマジュでは、恐らくとらえきれないほどの。
 幾らドラゴンフォームを使用済みといっても、相手はそれ以上の大物だ。しなる触手で思い切り打ち据えられでもしたら‥‥。
 だが、パンと何かが破裂する音が響いて、触手は動きを止めて身悶える。
「‥‥」
 エト(tk8210)が、サイコキネシスで聖水を放ったのだ。
「ありがとね!」
 嬉しそうに言うヴィクラムに、エトは遠巻きに手を振っている。
「‥‥が、頑張らなきゃ」
 助けられてしまった事実が、ジュリエットの心を再度奮い立たせる。
「た、大切な、友人も‥‥一緒に見た、思い出の場所も‥‥なくさせ、ない‥‥!」
 思わずといった感じで零れた声に、どこか悲壮感を感じて。ヴィクラムは少し、考えてしまう。
(ジュリエットはどうなるのかな)
 心配だけど、でも同時にわくわくとした期待もあるのだ。
 だってもしティルノギアが発動した後、彼女が喜んでいたら‥‥。
(一緒に喜べるからね!)

 シューセイ・アイーサワ(tk1824)とシナト・シュンラン(tk1860)も、箒で飛び回りながら仲間たちを援護する。特にシューセイは癒し手として、空中で傷ついた者を咄嗟に支え、その傷を回復させる大きな役割を担った。
「シューセイ、こっちだ!」
 言いながら、ゼウスを放つシナト。それはシューセイへ迫っていた触手を貫き、彼女を守る。
「すまない」
「新しい世界になるってのに往生際が悪すぎるぞ! とっととやられろ!」
 妖船を睨みつけるシナト。その隣へと飛んで行き、シューセイもまた妖船を見つめた。
 ‥‥出掛ける前に行ったシューセイの占いは、吉兆を示していた。
 新しい世界、家族と暮らす生活。そんな幸せな未来のために‥‥。
「お前達は『必要ない』んだよ」
 早く、早く。
 あの船を落として、儀式を完遂したい――。

◆九尾狐
 ごん、ごんと妖船は揺れている。
「まあ、そうだろうとは思ったさ」
 入った先は、ぎゅうぎゅうだった。
 黒い肉のようなぶよぶよとした分厚い黒色が、不規則にでこぼこと尖って壁を成している。船内というよりは、何らかの邪悪な動物に飲み込まれたような見た目だ。
 ドラグナーたちもおしくらまんじゅうのようになっている。よくもまあ、これだけの人数が入れたものだ。もしもアマテラスを持って入っていたら、きっと結界が四方八方から押され、逆に身動き取れなくなっていたことだろう。
「もしかして、この船はどこまでも、この黒い肉のようなものがみっちり詰まっているということですか」
 カナタが不快を露わに、美しい顔を歪めた。
 単純に気持ちが悪いだけではなく、動きづらい、戦いづらい、そして九尾が探しづらいという幾つもの問題がある。
 だが、乗り込んでしまったものは仕方ない。それに、地上で燻っているわけにもならない。それだったら獅子身中の虫として、敵のはらわたを食い破ってやるべきだ。
「とにかく、ここで押し合っていても始まらないだろう」
 イデアールが壁へするりと刃を走らせ、彼らがいられる空間を広げていく。
「私が道を開いていこう。ついて来られるか」
「俺も手伝おう」
 キュリロスもまた、得物を振るう‥‥が、その背中へ、妖船の壁がすり寄った。
「っ、キュリ!」
 不穏な気配を感じ、カルミーニオが彼と壁の間へ手を差し込む。すると壁は突如黒い肉から牙のような器官を剥き出しにし、カルミーニオの腕へそれを突き立てた。
「――カル!」
 狭い空間に、血の匂いが充満した。
「大丈夫か?」
「問題ないよ。すぐに治せる。‥‥だが」
 壁が突然、噛みつくなんて。怖気を覚えたドラグナーたちは、足元や壁へ視線を走らせる。
 これらが、全て牙を剥いてくる可能性がある、と?
 そして、このぶよぶよとした巨大な肉の塊の中に、九尾が埋もれている、と‥‥。
「どうやって探せばいいんだ?」
 憮然と言う、ラキュエル。
「‥‥恐らく、九尾らしい反応を見つけました」
 シルヴィが小さく言い、ドラグナーたちを導く。
 時に噛みつき、時に粘液を飛ばし、時に酸を浴びせ‥‥まるで本当に何かの体内にいるかのように慎重に。イデアールとキュリロスが中心となり、道を開いていく。
 そして‥‥イデアールの剣に、今までとは少し違う手ごたえが走る。

 イデアールの一振りは、ドラグナーたちを今までよりはずっと開けた空間へと導いた。
 妖艶に微笑む、九尾。
「ようこそ。迷路は楽しかったかしら?」
 そこは、広間と言えば広間のような場所だったし、廊下といわれればそんな気もする空間だった。細長い縦一直線のスペース。床は他よりも比較的均された黒肉、その上で嫣然と微笑む九尾の姿は、余裕でありながらどこか落ちぶれた雰囲気を感じさせた。
「思想や立場の異なる者達が、我々の決定に合意を下し、一つに結束した。既に、コモンヘイムは強固な変化を遂げている」
 今更、彼女に対して何か問答をする気もなかった。だからバムクエルは、一方的に言い捨てる。
「闇の暴虐に覆されるような道理は、最早この世界には存在しない!」
「‥‥なら、そちらの道理を証明してみてはいかが?」
 話の区切りは、開戦の合図。真っ先に放たれたのは、ナヴィのアプサラス。
 それはすんなりと成就し、九尾の能力は封じられたようだ。笑顔を歪める九尾。
(――ん? アプサラスが効く?)
 エルマ・シュタイアー(ta6051)が違和感を覚えるも、場の空気は進んでいく。
「先に行っておくが、魅了は無駄だぞ」
 尤も、もう使えないだろうが。予め仲間たちにアンチジャックを回しておいたポーレット・ドゥリトル(tj5975)が言い放つと、九尾はふふと笑みを零した。
 余裕と艶を覗かせる笑顔だが、彼女の尾は明らかに数が足りていない。7本のたっぷりとした尾が揺れる様は、微かな焦りを感じさせた。
「私の能力を封じたとて、この妖船の中で戦えるつもりでいるなら愚かですね」
「そうだな。確かにこれは動きづらいことこの上ない」
 アークが応じ、隣のペガサスの身体を押し出す。大きな体躯をここまで苦労して捩じ込ませたのには、勿論理由がある。
「白皇、これが俺達二人が共に戦う最後の戦いだ。お前も気合を入れろよ」
 応える代わりにぶると鼻を鳴らし、ペガサス――白皇は魔法を成就させる。
 プリズマティクフィールド。
 ぐちゃぐちゃの闇の中へ、陽光が満ちる。
「今だ!」
 闇の動きはとても鈍くなった。光から逃げようと蠢くも、緩慢なそれはドラグナーたちの脅威にはならない。この隙に足場を踏み固め、空間を広げて九尾までへの道を開く。バムクエルのソードボンバーが、床や壁から湧き上がる黒肉を一掃した。
 だが九尾は、黙って陽光に曝されている訳では無かった。
 九尾は、闇が球を成したような薄衣を自分の周囲へ展開していた。恐らく篭絡したファンシェン人に、新たに作らせた特注品。以前プリズマティクフィールドを使われた経験から、陽光を避けるために用意したものだろう。
 だが、それは見るからに脆い。
「剣で薙げば破けそうだね。それなら!」
 ジーク・レイクウッド(tk0255)とカナタが波打つ足場を踏み越える。懸命に広げた戦場、これなら何とか6メートルの距離を駆け抜けることができる。
 チャージングを突き立てるなら、今だ。
「覚悟することです、女狐」
 剣を握り直す、カナタ。一度限り進化を封じる魔剣は、届けば九尾に甚大な痛手を与えることができるはずだ。
 だが、あっという間のはずの6メートルは、
「敵は私1人ではありませんよ」
 突撃する2人の足元へ、闇の触手が伸びて来た。
「くそっ!」
 勢いを殺がれ、やむなく目の前のそれを打ち払う。
 ‥‥船の床壁が邪魔をしてくるというのなら、それごと滅してしまえばいいのでは?
 エリシオン・クリスタロス(tf2825)はそう考え、化かしの計を練りあげる。
 彼は切り札を持っていた。エドラダワー、究極の消滅魔法。これで九尾や妖船の気を引き付け、隙を作れないかと考えたのだ。既にリャマが妖船の壁を吹き飛ばしたことで、九尾はエドラダワーの脅威を知っている筈。材料としては充分に想われた。
 だが、状況が悪かった。
 本当に撃てずとも良いのだ。本気であるように見せること。それがこの計略の肝だ。
 例え実際に撃てる状態でなくとも、撃つと思わせれば九尾の力はエリシオンに向かい、仲間たちが攻撃をする隙となる。
 だが、それすらもさせないのが、この特殊な状況。狭い空間では飛翔するのも難しく、全ての攻撃を耐えきれるとも言い難い。
 そしてもうひとつ難しい要素は、高速詠唱を用いても尚長い、エドラダワーの詠唱時間だった。
 実行する前から厳しいと判断できた以上、ひとつの策に固執するエリシオンではない。次善の策はないか――思考を巡らせている内に、九尾はくすくすと笑いながら妖船の壁にもたれかかった。
 妖船の壁はずぶずぶと九尾を飲み込み、その姿を覆い隠そうとする。
「逃がすか!」
 駆け寄ろうとする足を、闇がしっかりと抑える。剣でひと薙ぎすればそれは弾けて消えるものの、その一瞬で九尾の身体は大部分が船へと埋没していた。
 ここに来てドラグナーたちは、何故九尾が、戦いやすい広めの空間にわざわざ姿をさらしたのか、理解した。
 過去に殺されている以上、九尾は単純武力では勝てないと踏んでいる。
 だから自分を囮にした上で、こうして逃げまわって時間を稼ぐため――。
「捨て身だな」
「瀬戸際ですもの」
 九尾は壁に半分埋まりながら、艶めかしい唇を歪める。
「そう言うあなたたちの姿は、まるで闇に包まれたコモンヘイムに取り残された憐れな命を象徴しているようだわ」
 愉悦を含んだ言葉に、アーシャ・アルトゥール(td6602)が言葉を叩き付ける。
「私達は、変わった世界で生きるんです。そこには闇の者は要りません!」
「お前たちがどう思おうと、関係ないのよ」
「関係あります! 私達が勝って、生き延びるということを、証明してみせます!」
「では無闇に壁を攻撃してごらんなさい。尤も」
 肉厚な闇に飲み込まれながら、彼女は白い手をひらひらと振る。
「少し暴れた程度でこの牙城、崩せると思わないことです」
「確かに壁へ潜られたら、追いかけるのは厄介でしょうね」
 冷静な声が、辺りに響く。
「――え?」
 ラプトゥーン・アベスト(tc6518)の手が、壁からこぼれ出ている白い手首をしっかりと掴んでいた。
「そんな、なぜ!」
 闇の中から、九尾のくぐもった焦り声が届く。
「大方、船に伝えてもらっているのでしょう。私たちの居場所や、位置を」
 だからこそ悠々とドラグナーたちを待ち構えたり、逃げおおせたり自在に動くことができるのだ。
 しかし。
 ラプトゥーンの纏ったクレセントムーンは、魔からの感知を阻む。
「これでも元暗殺者。潜むのは、得意なのよ」
 九尾の片腕を掴んだまま、もう片方の手に握った刃で妖船の壁を切り裂く。
「九尾‥‥絶望も哀しみも、悦びも快楽も、誰かと分かち合おうとしない限りは何も産まないの」
 ひと裂きで、衣が見えて。
「貴女は結局、何も残してこなかった。だから貴女は、何も無い世界に独りで逝く定めにある」
 もうひと裂きすると、滑らかな肩が見えた。
「受け入れなさい」
「やめなさい! やめ――!!」
 叫びに呼応して、妖船が動く。ラプトゥーンをも取り込もうと、黒い肉をねちゃねちゃと蠢かせる。
「させません!」
 リーシャ・レイクウッド(tk0251)がファンシェンソードを振るい、ラプトゥーンに迫る黒肉を追い払った。凍結の付与されたそれは、切り捨てた黒肉の動きを更に鈍らせていく。
「こんなことなら、もう少し短い得物でもよかったかもしれませんね」
 刃に付着した黒肉をぶんと振り落として、リーシャも壁に吸い込まれていく九尾の腕を握った。
 2人がかりで引っ張れば、強い抵抗を圧して相手の身体が見えてくる。
「あたしも手伝うよ。一気に引っ張り出すよ!!」
 胴部が見えて来た。レイシス・オルトラード(tk3037)が、暴れる九尾の背に片側から手を差し込んだ。黒い肉のぶよぶよとした感触に怖気がするも、それでも力強くその身体を引っ張る。
「おのれ、――」
 九尾が身じろぎした。何か秘策を撃ってくるつもりか?
 だがその前に、切り開いた壁から、ついに九尾の身体のほとんどが覗いて――!
「今度こそ魔乳ハンターの面目躍如だぜ!」
 ハヤト・ウルファング(tk2627)が、現れた両胸を鷲掴みにした。
「‥‥は?」
 レイシスが、ぽかんとそれを眺める。九尾も一瞬、その動きを止めた。
「い、今!」
 驚きに塗れたせいで、九尾の抵抗が弛んだ。
 ドラグナーたちはその隙に、九尾の艶めかしい肢体を引きずり出す。だが同時に、
「――愚かな!」
 壁から転げ出た白い足が、ハヤトの股間を蹴り上げた。
「ぐっ‥‥‥‥はぁ!!」
「何してんだい!」
「やわらか‥‥やっぱ、イイ‥‥」
「聞いてないよ!!」
「――っ!!」
 ばちん、と激しい音がした。
 九尾の纏った衣の1つが明滅し、ドラグナーたちの手にしびれを与えたのだ。どうやらそれは、電撃を纏った衝撃波を放つ衣であるようだ。
 激しい衝撃に、九尾とドラグナーたちの距離は、数メートルほど開いて。
「いたたた。‥‥あんたは本当にブレないね‥‥呆れて物も言えないよ」
 隣に吹っ飛んだハヤトを見て、嘆息するレイシス。
「痛ててて‥‥でもこれで、壁から引きはがしたろ! もう逃がさねえぞ!!」
「ふっ‥‥まぁ、そんだけ余裕があるんだろうよ、ねぇ? ヌルイ戦い方したらタダじゃおかないよ!」
「勿論だぜ‥‥俺の息子は今余裕ないけど」
「聞いてないってば!!」
「素敵よ、ラプトゥーン」
「――アルマ」
 愛しい人の功績を、艶やかに喜ぶアルマ・タロマティ(tf9220)。戦闘開始の合図であり、先程交わした深い口付けを思い出し、ラプトゥーンが少しの羞恥と強い喜びに胸を焦がす。
 2人は軽く指を絡め、そして離す。
「闇の跳梁もここが終着点‥‥最期は激しくイカせてあげましょ」
「ええ」
 そんな2人へ、伸びくる触手。だがアルマはそれを見もせずに、手の銃で正確に撃ち抜いた。他にも荒ぶる触手たちは、イデアールが美しい所作で斬り捨て、デューク・レイクウッド(ta8358)が荒々しく薙ぎ払う。遠くから伸びるものは、槍を投擲して貫いた。
 魔法の指輪の効果によって、槍はすぐにデュークの手元へ戻ってきて‥‥そして、彼は流れるような動きで、九尾を守るように動いた触手を貫き、引き千切る。
「さぁ愛しい貴女、その艶姿を魅せて!」
「――っ!」
 そしてアルマの放ったフラワーマジュが、九尾の身体を捉える。
 床に転がり、それでも尚逃げようと黒肉へずぶずぶ沈み込んで行こうとする九尾。だがそれは間に合わず、レイシスとハヤトによって引きずり出される。
「さて、頼みの綱の妖船も、俺たちに掛かれば抑え込めるようだが?」
 アークが挑発的に笑えば、九尾は乱れた衣を直そうともせずに笑う。
 だがその笑みは、どこか引きつっていて。
 ――実際のところ。
 破れかぶれの九尾にできることは、ひとつだけ。
 時間を稼いで女神の下へ辿り着き、それを討つことだけなのだ。
 だから、それが阻まれた今‥‥できることは、ほとんどない。
「アークさん」
 アーシャが精霊合身すると、夫へ駆け寄った。そのまま2人は溶け合うように1つになり、やがてどこか中性的な容姿となったアークが不敵に笑う。
 そして『彼』は、手の剣を九尾に叩き付けた。
「ひっ」
 魔法の衣が裂ける。進化は抑えられているし、もしもそれがあり続けていたとしても関係ない。アークの剣は1度だけ進化を無効化する、禍々しくも神々しい神剣なのだから。
 そして。
「アプサラスが切れても関係ない。俺のこの剣は――」
 引き抜いた左手の剣と右手の剣が、融合して1つの剣になる。
 そしてそれは――瞬く間に、10本もの剣となって足元の黒肉に突き立った。
「この空間でならば、複製できるのだから」
 1度だけ、をあと10回。――あの重たい斬撃を、あと10回!
 耐えられる、わけがない。
「さあ、受けるがいい」
 もう1回。切り裂かれて。
「最後の掃除だな。一方的すぎて、正直あまり気が進まないが」
 デュークが10本のうちの1本を拾い上げ、逃げる暇もなく、更に1回。
「妖船よ!!」
 斬られながらも、九尾は叫んだ。
「――私を落としなさい!!」
 船さえ天竜宮につけば。船さえ、女神を殺してくれれば。
 言葉に応じて足元が蠢く。妖船が船底を空け、ドラグナー諸共地面へと叩き落とそうとしているのだ。
「アプサラスの掛かった状態で落ちれば、死が待っているだけでは?」
 カルミーニオが訝しむ。九尾は彼女のように癒しの力が使えるわけでも、フェニックスに再生の炎を授けて貰えるわけでもない。
 霧散化して永らえることも、できないはずだ。
「どうかしらね?」
 だが九尾は、カルミーニオの問いにも、余裕の笑みだ。
 落ちると見せかけて逃げる気か、それとも空を飛ぶ魔法の道具を持っているか。
 九尾を引きずり上げようとする動きを見て、妖船が動いた。黒肉の壁から触手を生み出し、凄まじい勢いでそれをドラグナーたちへと叩き付ける。
「くそっ」
 その時、ドラグナーたちへ追い風が吹いた。
 爆音とともに、妖船が揺れる。そして天井に、ぽっかりと穴が開いたのだ。
「誰かのフロートシップのお陰か‥‥? 何にせよ、今がチャンスだ!」
 飛び来る触手を避けるため、リーシャとラキュエルが宙へ躍り出る。すると今度は、闇が天蓋を作るかのように、2人を締めだそうとした。
「させるか!」
 天蓋が閉じきる前に。
 ラキュエルの身体が掻き消えて――次の瞬間、刃は九尾の胸を貫いていた。
「な――」
「アークと違って、この剣はこの世に1本しかないけどな」
 けれど遥か昔の想いが託された、唯一の剣だから。
「ぐ、あ」
 呻き声が上がり――姿が掻き消える。
 ‥‥一見、九尾は打倒されたように見えるだろう。
 だが、死んだふりも逃走も、過去に経験済みだ。同じ手に引っかかるドラグナーたちではない。
 アーシェが魔法で、多量の水を生み出した。それは蠢く黒肉を濡らし、ドラグナーたちの足を濡らし、そして――不自然に歪んだ水痕を生み出す。
 だが、九尾の居場所が分かった所で、妖船は繋いだ手をパッと離すように、その床をぽっかりと開けた。
「のろまな奴らめ――」
 勝ち誇った言葉は、最後の捨て台詞。
 と、なるはずだった。
「いい加減しつこいんだよ」
 地上にいる者たちが、豆粒のように見える高さ。
 それにも関わらず、落ちる九尾に身体ごと飛び込んだ者がいた。
「お互い居場所もねぇだろ」
 エルマだ。
 九尾へ決死の体当たり。腰だめに構えたナイフは、見事九尾の腹部を貫いていた。
「一緒に死んでやるからここでくたばっとけ」
「な――」
 九尾はデュルガーだ。落下の衝撃で身体に痛手を負うことはない。
 だが、この刃を差したまま、エルマが落下死すれば――刃は、九尾に死の痛手を与えることができる。
「エルマ!!」
 思わず伸ばしたラキュエルの手は、空を切り。
 2人はまっすぐに、ただまっすぐに黒靄のはびこる地面へ吸い込まれて――。
「誰か落ちたぞ!!」
 悲鳴が響く。2つの影、ひとつはドラグナー、もうひとつの片割れが九尾だと分かって、辺りは悲鳴に包まれた。

 エルマはゆったりと目を覚ます。
 一瞬か、それとも暫くか。気を失っていたようだ。
 身体中が痛む。ぎしぎしと軋むように痛くて‥‥それで思い出した。
 自分の命が在っては、まずいことを。
 急ぎ手に握ったナイフへ視線を走らせ――愕然とした。
 刃が砕けていない。
(――死に損なった)
 精霊の加護か?
 勝手なことをして。これでもし九尾に逃げられていたら‥‥腹立たしく思い、痛みを堪えて起き上がる。
 すると。
「‥‥え」
 九尾は、死んでいた。
 魔法の衣と、豆と。武器と、札のようなものと、後は何かが入った袋と‥‥それらを残して、黒い塊になって、さらさらと空気へ溶けていく。
 ナイフの一撃。そして、落下の衝撃。それが九尾の僅か残った最後の体力を、削り取ったのだ。
 エルマは少しの間混乱して――そして理解した。
 もしかして、進化の能力も万能ではないのではないか?
 具体的には‥‥一度生まれた耐性は、いつか消えてしまうのではないか。だから初めて戦った時に耐性を持っていたはずの、ナイフの攻撃が通ったのではないか、と。
「‥‥だっさ」
 エルマは嘆息し、立ち上がる。
 彼女に宿った精霊はもしかしたら、死ぬ必要などないのだと、教えてくれたのかもしれない。

「おや」
 フロートシップから降り立ったイクスは、既に消え失せた九尾の死体を前に嘆息した。
「念のため、刺しとく?」
 残された衣服の、恐らく頭があったであろう場所に矢を突き立てた。
「残念でしたね」
 イクスのそんな作業を見守った後、カナタはぽつりと零す。
「最期に見る顔が男ではなく‥‥貴女よりイイ女で」
 どこか密やかに歩いていくエルマの背中を見つめながら、カナタは微笑む。
 その笑みもまた、負けず劣らず、イイ女としての品格に溢れていた――。

◆妖船 〜その最期
 予想外のことが起きた。
 親玉となっていた九尾を倒したのにも関わらず、妖船が動きを止めないのだ。
 だが、船の様子だけは明らかに変わっていた。ぐねぐねと蠢き、まるで身もだえる様にふらふらと飛んでいる。
「統率はすっかり失われてるみたいだね」
 モーリッツが様子を見て、そう断じる。
 だが天竜宮を目指して飛ぶという意思は未だ健在のようだ。高く高く登ろうとする姿を更なる高高度から一瞥すると、モーリッツは振り返る。
 そこには、今まで力を貸してくれた船員たち。
「‥‥この船の初航海から、天竜宮の時間でも一年以上、地上なら三十年越え」
 その間、地上の技術は大きく進んだ。きっとこの船は、すっかり旧型となっていることだろう。
「それでも今まで数多の戦を乗り越えてきた、素晴らしい船と船員達だ。その力、見せつけてやろうじゃないか」
「「「はいっ!!」」」
 全員が、びしりと敬礼をして。
「とにかく攻撃だよ! あの様子じゃ、一度落とせばもう飛べないさ」
 ぶんと腕を振れば、船員たちは慣れた足取りで散会する。
 中に行った者たちの情報が巡り、あの妖船は機関らしい機関は擁していないことが分かった。
 ならもう、後はただの的当てだ。
「全砲門――、一斉掃射!!」
 砲門が、がこんと音を立てて。
 グロスタロック号から、次々爆音が飛んでいく。

 妖船内部。
 やがて精霊合身の時間が終わり、アークはアーシャと2人に戻る。
 手当たり次第に壁を傷つけて穴を空けると、フロートシップがなおも飛ぶこの船に砲身を向けているのが見えた。
「俺たちは一度降りた方がよさそうだな」
 飛行手段を持つ者たちがこぞって船を降りる。
「さ、母さん。乗ってください」
 リーシャに促されて箒の後ろに乗るアーシャ。
 そして、妖船から飛び降りる、その時に。
「ずっと一緒に戦ってきてくれて、ありがとう」
 腕に抱くサラマンダーに、礼を言う。
「とても心強かったですよ」
 どこ吹く風といった様子で、辺りを見回すカークス。
 何だかその仕草すらも、愛おしかった。

 シグルーンのフロートシップが近くまでやって来たのを見て、ヴォルフラムとシグルーンの夫婦は飛び降りる機会を伺う。
 その最中、ヴォルフラムはこんなことを言い出した。
「家族が居るんだろ、無理して俺につき合うことないんだぜ」
 シグルーンは、ゆっくりと瞬きをして。
 そして、夫の広い背中に抱き付いた。
「娘たちはいざ知らず、私から逃げられるとは思わないことです」
 言葉のとおり、捕まえたとばかりに腕へ力を込めて。
「幼い少女の心に、決して消えない爪痕を残したのはあなたなんですから。放しませんよ、私の闇を切り裂く紅蓮の狼爪」

 船に乗った者たちが次々飛び降りていくのを見送って、レア・ナチュール(ta1113)は温めていた作戦を実行する。
 飛び立った妖船、地面に対して斜めに上っていったその船が、充分な高度に達した今、相手の反撃や防衛機構も徐々に弱まっている。背後を取るのは容易いことだった。
 ――この動きは、カオスシップ・リーパー級を参考にしたもの。
「乗員の皆様、この運用に戸惑うでしょうが、どうかその技量と命。今再び、わたくしにお貸し下さいませ」
 楚々と頭を下げるレアに、船員たちの信頼も集まる。そして彼女は艦長とテレパシーで思念を繋ぐと、甲板へ出た。
 ゼウス砲の砲門が前方を向き、レアの杖もまた優雅に前を指して。
「参りますわ」
 これがレアと、彼女が信頼を置くへヴンリイブライド号13の――全力全壊。
 3本の雷は、船体をまっすぐに貫いた。

 あまりにも激しい砲撃を受けて、ぼろぼろとその外皮を崩していく妖船。
 だが防御に優れるデュルガーの残骸を前に出しているのだろう、凄まじい威力に灼かれた筈の船体は、まだ飛んでいた。
 アイオライト・クルーエル(ta6724)率いるクロワ・デュ・スュド号が、その進路へ立ちはだかる。最早相手は矢弾を放つ余力もないようだ。ただ前へ、前へ。材料が多い分ひたすらにタフな身体を抱えて、進むだけ。
 その姿は‥‥どこか、哀れに感じられた。
 ともあれ、同情している余裕も、実はない。このまま削り切れず、天竜宮へ辿り着かれたら。
 クロワ・デュ・スュド号から、艦載艇が飛び出した。彼らは雲を切り裂くように飛び、八方から精霊砲を叩き込む。
 ファイアボム砲を全て、避けもせず受けて。
 それでも尚、黒は重たげに昇っていく。
「‥‥」
 高い高い、空の上。小さな影が、その様子を眺めていた。
 プリムローズ(tj8400)だ。
「プリムも‥‥プリムもたたかうの!」
 ぼろぼろで、くたくたで。それでもまだ我慢しながら天竜宮まで無理やり飛ぼうというのなら。
 いっそその大きな身体に、もう一度風穴を空けてやればいい。
 プリムローズはぴゅんと飛び、砲撃に巻き込まれないようにぐるりと回り込む。妖船の後ろに貼りついて、長い長い詠唱を済ませ――そして。
「――エドラダワー!!」
 不死鳥の杖が輝き、プリムローズを制約の痛手から守る。
 それは船尾にいるプリムローズから30メートル先‥‥妖船の腹に丸い穴を開けた。
 そして、爆風がやってくる――。
(だいじょうぶ、ドレスがあるから――え?)
 だが爆風の煽りを受けて、小さな身体は大きく弾き飛ばされた。
 爆風も制約も、あくまでもたらすのは即死級のダメージ。
 シュルズのような即死をもたらす効果ではないために、彼女のリボンドレスは機能しない。
「‥‥あ」
 意識は途切れる。小さな身体は、木の葉のように吹き飛んで。
 そのまま、ゆるゆると、地上へ向かって落ちていき――。
「まったく」
 爆音を立てて、その落下先へと滑り込む大きな影。
 グロスタロック号だ。
 そしてその看板に立つのは、死者の書を持つモーリッツ。
「危ないことをするもんだね」
 プリムローズの身体はモーリッツの両掌でしっかりと受け止められ‥‥彼女は、命を吹き返す。

 どてっぱらに開いた穴へ、数多の砲撃が降り‥‥そしてマーヤ・ワイエス(ta0070)のファイアボムが炸裂する。
「さぁ、破滅をはじめようか」
 シュバルツフリューゲルの砲撃と同時に放たれた爆発は、内側から妖船を破裂させ――最後の最後、闇を繋いでいた一欠片を、壊す。
「ククク、ハハハ、アーッハッハ!!」
 高笑いに見送られ、闇の塊は散り散りになって地面へ落下していった。

◆闇の結末
 斯くして九尾は打倒され、統率を失った闇は散った。
 崩れ行く闇の船を前に、地を這う闇の眷属たちは絶望を表すかのように蠢いた。
「もう充分でしょう」
 ――もう、闇が空を舞うことはないだろう。
 多くのフロートシップが取って返し、ディアナ・エルスタール(tk7469)がライアンで帰途を開く。

 最後の抵抗は、終わったのだ。

 尚、エルマは不思議とそのまま行方をくらませた。
 恐らく彼女は戦場へ、誰かのフロートシップにこっそり同乗して――七精門を潜らずに来ていたのだろう。
 だから七精門で帰還する時間が来ても、彼女は天竜宮には戻らなかったのだ。

◆警戒
 天竜宮の端に立つオードリー・ハミルトン(ta0101)にも、妖船討伐の報は届いた。
「やりました‥‥!」
 天竜宮に残っているドラグナーたちへ、地上へ行った仲間たちが成すべきことを成し遂げたのだと、ムーンカムで触れ回る。それが終わると、彼女はほっと息をつき、胸元を手で押さえた。
「‥‥この分なら」
 きっと私の活躍の機会はない‥‥そう言いかけて、オードリーは首をぶんぶんと振った。
 いいや、闇は姑息で賢しい。物資に紛れて密偵や暗殺を企てる可能性だってゼロではないんだから。
 きりりと顔を整えて、オードリーは警戒を続ける。
(儀式魔法の邪魔は、絶対にさせません!)

◆地上 〜かの人を探して
 アリシア・アンヘル(tk6251)がいない。
 そのことに気付いたディアナとサウレ、そしてジェミナ・エルスタール(tk8709)は、天竜宮中を探し回った。
 そして、それでも彼女の姿が見えないと気付いた時――不安のままに彼らは七精門へと飛び込んだ。
 心当たりはあった。
 幼いディアナを養育した、そしてサウレとジェミナの2人ともがいた‥‥ローレックの街だ。

「アリシア!!」
「――え?」
 名を呼ばれ、アリシアは心臓を鷲掴みにされた気分で振り返った。
 そこには自分が養育係として見守って来た3人の子どもたち。
「うちは――」
 どうして、迎えに来てくれたのか。
 ‥‥殺戮人形として再生された時、もはや愛しい子どもを抱くことができないと思っていた。
 でも、彼女らを養育できて本当に幸せだった。だからもう、思い残すことなんてなくて。
(このまま人形として、物として朽ち果てても後悔は何一つないと――)
 そう、思っていたのに。
「アリシア、わたくしは天竜宮に上がったばかりで右も左も分からないのです。慣れるまでお世話してくださいな」
「俺の活躍はまだこれからなんだ。最後まで見守ってくれ、アリシア」
 ディアナの子らは、口々にそう言って。
「最後まで責任もってお世話してよね、アリシア」
 そしてディアナまで、アリシアを抱きしめながらそう言うのだ。
「――うちは役に立つ人形ですから」
 贖罪に身を浸した過去が、封じかけていた愛情が、ふわりと溶けだしていく。
「ディアナさま、サウレさま、ジェミナさまが必要とされるならずっとそばにおります」
 アリシアの手は、自然とディアナの背を撫でていた。
 それは昔、幼いディアナにしたことと同じ――。
「お茶を、お入れします」
 胸に込み上げる温かな感触。
 忘れていた。幸せとは、こんなに温かな気持ちだったと。

◆想い石 〜最後の一押し
「慌ただしいですわね。考えようによっては一番大事な時に間に合ったということでしょうか?」
 そう言うジェミナ自身、今日は少し慌ただしかった。
 地上へアリシアを迎えに行って、ディアナのライアンを潜って帰って来て。今、ようやく石に力を籠める時間が取れたのだ。
 ‥‥そんなジェミナを、夫となったクルト・オズワルド(tj0327)は見守ってくれた。
 天竜宮に上がって来たばかりで結ばれた夫。親族――大叔父でもある彼は、見るからに優しくて。
「手を握ってくださいます?」
 だから、そんなささやかな我儘も、きっと聞いてくれるだろうという確信があった。実際、言われるままに彼はジェミナの手を握ってくれた。
「初めてがこの大仕事で不安なんです。それに『絆』の力も地のルミナの性質でありましょ?」
「うん。僕はね、硬く揺るがずみんなを支えて草花を育む地をイメージするの」
 堅固に身を守るクリスタルアーマーのように。
 大切なものを守る盾ガードナーのように――地属性の魔法をひとつひとつ語り、イメージをジェミナに語るクルトは、やはりどこまでも穏やかで。
「ジェミナを大切に守っていくの」
 語りの結びにそう言って、クルトは指先に、ぎゅ、と力を込めた。
「地上が困った時救けに行くかもしれないけど、ジェミナとは何時も一緒だよ」
 指先から伝わる温もりは、ほっと息をつきたくなるような優しさを備えていて。言葉どおりに守られている感じがした。
 包み込まれるような感覚の中、ジェミナもまた、守りたい人を想い祈りを捧げる。

 石へ力を込めたティエルノ(tj2472)は、ポータラカと冬の領域の境界に立つ。
(本当は、どうしたら良いのか分かんないんだよね)
 摂理に従い、シーリーヘイムに行くべきだとも思うし。
 大好きな人が残るなら、残りたいという気持ちもあって。
 ここに来る前に「寂しくない?」とコーデリアに聞いたら、彼女は言っていた。
『うーん、寂しいよ! でも、寂しいから頑張る』
 ‥‥その答えは何だか難しかった。
 ティエルノも、寂しい。
 逢えなくなるのは嫌だ。
 でも、だからって、笑わないでさよならするのも嫌だった。
(伝えるべきかな)
 ティエルノは、想い人であるレズリーの笑顔を思い浮かべる。
(もし、来てくれたら)
 恋をしていると、伝えたい。そしてこの先の未来を、一緒に選びたい――‥‥。

 リベルトは天竜宮に残るつもりでいた。
 だからという訳ではないけれど、彼は地上を巡って帰ってきた後、疲れた身体に鞭を打ち、すぐに石を手に取った。
 儀式が成功して、多くの人が救われて。
 オートマタが、人に戻れるなら‥‥。
 無心に祈るリベルトの姿を見て、ベルシュット・フリューリン(tb8346)も我が身を振り返る。
 想うのは、自身に宿る力のこと。
(守護精霊‥‥これまでありがとう。お前がいたからここまで来れたよ)
 別れを前に、目を伏せてを捧げ――。
「なんて湿っぽいことはさておき! 光り輝きながら俺は力を込めようか!」
 快活に声をあげると、近くにいたシアン・ヴィンター(tb8298)と目が合った。ばっちり華麗なウインクをキメると、彼はびしっとカッコいいポーズをとる。
「変わるって悪いことだけじゃない、ぜったい良いことだっていっぱいある!」
 変化は怖いし、心が痛むのは嫌だから、どうしても悪いことにばかり目がいってしまうけれど。
 良い事に目を向け、信じて祈れば大丈夫。
「皆きっと幸せに‥‥望むようになれる」
 手にした石へ語り掛けるように、ベルシュットは呟く。
 いつだって、未来を切り開いていけるのは自分たちだから。
「俺たちを、俺たちが信じてあげよう」
 言葉を重ねるたびに、手にした石がきらきらと輝きを増していく。
 そんなベルシュットの姿を眺め、シアンはゆったりと石を撫でた。
(ベル君は、いつも凄いな)
 力を捧げるときにさえ、まるでお陽様のような優しさに溢れた発想に満ちている。
(私は?)
 自らの内側へ潜り、考える。
 自分は何を思って、どんな力を籠める?
(――この世界は、これから一体どうなるのだろう)
 石に望む未来を訴える前に、シアンへ降って来たのは冷静な思考だった。
 今までの恩恵も常識も、未来に繋げる手段すらも、世界の再編を機に全てが変化するだろう。
 まるで大水に押し流されるようだ、とも思う。
 だがそれは、全てをなかったことにする禍なのだろうか?
 業を流す為、他のあらゆる全てをも巻き込んで、水は流れゆくのだろうか?
 ‥‥そうではない。
 なぜなら再編の後も、未来は繋がっていくから。
 ターニングポイントは幾つもあった。
 あの時の大戦が成功していたら? 或いは失敗していたら?
 女神が力に目覚めなかったら?
 もしドラグナーたちの働きかけが足りなかったら?
 或いはドラグナーたちが望む未来への矛先が、別の方へ向いていたら?
 大きな流れの中で抗い、ドラグナーたちは選び取って来た。
 その結果全てが、思い通りであったわけではないだろう。予想のできない未来に抗い切れず、悲嘆に暮れたこともきっとある。
 だが、それでも。流れは繋がっている。
(私は見たい)
 深い場所に激流を抱え込んでも、それでも悠々と流れる歴史は美しい。
 どんなに変化しても、変質しても、流れは繋がっている。激流すらも、今までから連なる悠久の流れだから。
(未来を見たいんだ)
 人々の望みによって、様々に姿を変えていく世界。
(誰かの、みんなの選択が作り出す未来を――)
 思考と希望が折り重なり、願望は石に刻まれる。
 ゆっくりと目を閉じ、そして開くと。
 シアンの石は、まばゆいばかりの青い光を放っていた。

◆コーデリア 〜儀式の前に
 やがて体力を取り戻したコーデリアは、儀式を手伝うというドラグナーたちとともにポータラカへと向かった。
 その足取りはとてもゆっくりで、九尾の討伐などの理由で地上に行った者たちも、問題なく追いつくことができた。
 暫く歩いて適した広い場所を見つけると、彼らは思い思いに儀式の準備に取り掛かる。

「大事な儀式の前なんだから、ばっちり綺麗に決めていきましょ♪」
「う、うん!」
 ギィ・グランジェ(ta0481)の申し出に、がくがくと頷いて。コーデリアは彼に髪を整えてもらう。櫛は先ほど、ヒューイ・ラザラス(tg9007)が置いて行ったものだ。
『梳かしゃあちょいと綺麗に見えるっつーこった』
 量の多いもこもこ髪を丁寧に解して纏める。その手つきは鮮やかで、コーデリアは鏡を見ながら思わず感嘆の声を零す。
「ごめんね、忙しいところに。ゆっくり話せる機会も、もうないかもしれないし」
 そこへ、メイ・マートン(tb9157)がやってきた。
「メイちゃん」
 嬉しそうに顔を綻ばせるコーデリアへ、メイはこう言った。
「コーデリアさん‥‥様、ありがとう」
「え‥‥」
「おかげさまで、本当に目標が果たせそうだよ」
 自然妊娠によって子を成す世界。それはメイが描いていた――そして人の力ではまず成し得ない、壮大な夢だった。
 だがメイが生きている内にそれは叶った。
 異種族婚、同性婚などで戸惑う者も、どうしたっているけれど。
「私は求めていた新しい世界を、喜んで迎えるよ」
 穏やかに微笑むメイは、とても幸せそうで。
「コーデリアさんやシーリーさんたちと離れ離れになるのは寂しいけど、絶対忘れないから」
「――うん」
「頭で忘れても、心と魂は、覚えてるから」
「うん‥‥」
 ゆっくりと、掌を重ねて。
「髪が整ったらまた来るね。温かい物とか、食べて欲しいから」
 そう言って、メイは去って行った。
「‥‥」
 小さな背中がもっと小さくなっていくのを、コーデリアはどこかぼんやりと見つめて。
「‥‥ほら、段々髪もまとまって、可愛くなって来たわよ」
「う、うん」
 ギィの言葉に、はっと我に返る。
「自分で可愛いって思える、そう願う心も合わせて可愛いは正義だと思うの。誰か何かを大好きな、守りたい気持ち、その為に前を向ける気持ち‥‥似てるかしら?」
「まえをむくきもち‥‥」
「‥‥選択肢はあったようで無かったとも思えるけど。それでもコーデリアは下を向かず今を選んでくれた、とても多くを」
 髪の結び目に花を括られると、それなりに女神らしく見えた。きっと姿勢を正せば、もっと。
「ありがとう、イイ女よ、アナタ」
 ギィがぽんと背中を叩いて猫背を意識させれば、丸まりは少しだけ伸びて。
「強くて優しくて‥‥ヒトを愛せる素敵な一人の女の子。約束するわ」
「‥‥」
 しかし。
 コーデリアの瞳からは、ぼたぼたと大粒の涙が零れ始めた。
「ごめんね、ギィちゃん。コー、そんなに、言うほどね、イイ感じじゃ‥‥」
 ぐすぐすと鼻を鳴らすコーデリア。何か言おうとしても上手くできないようで、うーと呻き声を漏らしている。
「というかコーよ」
 見ていたカーラ・ヤー(tb9288)が、ぼそっと言う。
「シフールに近かったら、お前、シーリーヘイム送りではないの?」
「‥‥そうだね」
「だが、コモンヘイムにいたかったのだろう」
「そうだね!」
 がくがく頷くコーデリア。
「コー、あんまり頭よくないから、今更すっごい身に染みてるよ!!」
 友人のメイに、コーデリア『様』と呼ばれてしまった。
 今更感じる、隔絶感。自分は他とは違って、だからこそできることがあって、でもみんなと同じにはなれないこと。
 大好きな人たちが世界を生きていくために必要だというなら、やりたい。
 でも、みんなと離れ離れは辛い。
 乖離した気持ちに困惑し、少し気が高ぶってしまったようだ。
「コーデリア」
 エトがそんなコーの前へふわりと飛んできた。
「なんだか、いっぱいむずかしいけど、いやなことだけじゃないとおもう」
「うん」
 エトは、天竜宮に残る気はないようだった。
「ここもたのしいけど、きっとむこうもたのしいから」
「うん‥‥!」
 コーデリアは、ティルノギアが発動した後もこの地へ残りたいと願っている。
 でも、シーリーヘイムに行ったって、シフールや精霊のみんなと、きっと楽しい毎日が待っているから。
「だからコーデリア、だいじょうぶ。ぎしき、おうえんしてる」
「そうですよ、私も応援します!」
 マリン・ポムポム(ta0173)もまた、言葉を添えた。
 以前、今生の別れと思って話をした。けれどコーデリアは結局、ここへ残ることができた。
 だからきっと、今回も。
「無事に成功させて‥‥生まれ変わった世界でもまた会いましょう! 私とギーちゃんで世界を旅しようと思っているので‥‥次に会う時は生まれ変わった世界の話をコーデリアさんたちに聞いてもらいたいんです‥‥!」
「うん‥‥聞く、聞くよ、いっぱい聞かせて欲しい」
「だから、これはお守りです」
 マリンに差し出されたコインと袋を、コーデリアはしっかり受け取って。
「大変な時‥‥私も私の憧れの人も贈り物と想いに助けられました‥‥だからこれは私からの精一杯の応援です‥‥!」
 想いの篭った品々を握り締めて、コーデリアはぐすぐす泣いた。
「泣く程嫌ならどうにかしろよ」
「カーラちゃんのそういう容赦のないところ、ごもっとも過ぎて大好きだよ!」
「泣き顔が可愛くないとは言わないけど、やっぱり笑顔の方がイイわよ」
 ぽんぽん、とギィがコーデリアの両肩を叩く。
 髪はつやつやと美しく、しっかりと結ばれていた。
「はい! 笑顔! がんばります! ‥‥自分のことだもんね!」
 袋をぎゅっと握って。コーデリアはしっかり立つ。
「あ、それと。バタバタしそうだから、先に言っとくね」
 くるりと振り返ると、ギィの飾った花が大きくなびく。
「本当にありがとう! 後ギィちゃんとマリンちゃんは、お幸せにねー!」
 ギィとマリンは顔を見合わせ、はにかんだように笑った。
 大丈夫、大丈夫。
 願いながら、祈りながら。
 やれることをするだけだ。

◆もう一度
 身支度を整え終わったコーデリアの両脇を、モーリス・エメント(ta0535)とアナスタシア・クイーン(tk1622)が固めた。ロウ・バレルギア(tk2374)も護衛として、彼女のすぐ横へと立った。
 彼らはコーデリアの体調管理を買って出たのだ。更には控えとして、ユーリア・エンデ(ti8377)も少し遠くから様子を伺う。
「凄い‥‥手厚い」
 あまりの厳重な体制に、コーデリアは何だか気恥ずかしさを感じているらしく、妙にもじもじしている。
(此処に居たら儀式成功で、やっと見つけた安住の地から去らなきゃかもとか、最悪だろ)
 護衛役のロウは、時々そうして頭の中で愚痴を零す。だが儀式の失敗はもっと最悪だ。
 だからぼやいたとしても、絶対に護衛の手は緩めない。匂いから、視覚から、全ての感覚を研ぎ澄ませて警戒を続ける。
「お腹減ってない? これとか、空きっ腹にも優しいよ」
 そこへシエル・ラズワルド(tb6111)がスープの入ったコップを持ってやってきた。
 お礼を言って口を付けるコーデリア‥‥だが。
「‥‥? シエルちゃん、何かそわそわしてない?」
 何かを言いたそうにして、やめて。
 シエルがこうまで態度で語るのは珍しく思えて、コーデリアは不思議そうだ。
 その視線に耐え兼ねて、シエルはうーとかあーとか唸った後に、思い切って切り出した。
「こう、ティルノギア発動するときに、ちょっとだけ術を弄れたりしないかな?」
 ちょっとした提案なんだけどさ。言い訳めいた言葉を添えながら、続ける。
「こう、異種族婚とかくらいは残せるようにさ」
「え、でも――」
 コーデリアが、戸惑いを口にする前に。
「そのことなんだけどさ」
 真剣な顔をして、アシルたちがやってきた。

「ティルノギアの意思と、もう一回話がしたいんだね」
 異種族や同性の者が子を成す機能が、どうにか残り続けないか。
 朝、メルに想いをぶつけた者たちは、コーデリアに再度の対話を申し込む。
 理屈として難しいことは、メルとの会話で分かっていた。愛することも、差別も、結婚も、子を成すことも。全ては別の問題であり、かつ等しく神がどうこうする領分ではないのだと。
 だが、何かを曲げられないかと。
 もしくは、そうした望む未来を招くためのヒントだけでも、得られはしないかと――。
「儀式の前に、女神の身体を無闇に疲弊させてはいけませんわ」
「‥‥」
 反論するアナスタシアに対して、モーリスは黙する。
 モーリスも、ティルノギアに関しては思うところがあった。これまで1つの、あるいは一筋の未来を見てきたはずが、この段になって不思議とバラバラになりつつある――そんな違和感が拭えなかったのだ。
 コーデリアの体調だけを考えるなら止めるべきだ。
 だが‥‥。
「アナスタシアちゃん。迷惑かけると思うけど、やってもいい?」
「コーデリアさま」
 そしてアナスタシアも、他ならぬコーデリアからの申し出に気勢を殺がれる。
「アナスタシアちゃんとモーリスちゃん、それに他にもコーの体調診てくれる人、いるみたいだから」
 少しの披露なら、癒してもらえるだろうと踏んだ。
「‥‥ティルノギアの発動は全ての知的種族の同意が要るとも言います」
 モーリスが言い添える。それは体調管理者からの、実質上の許可だった。
「此処で潰えれば未来はない」
 だからこそ今一度、彼らは対話すべきなのだろう。

◆ティルノギアの意思 〜対話
 コーデリアがティルノギアの意思をその身へ降ろす。
 雰囲気が一変した彼女に向けて、アシルたちは自らの想いをぶつけた。
 愛する者と、望む未来を生きたいこと。
 自分たちだけではなく、地上にもきっとそうした者たちがいること。
 代償が要るなら何を持っていかれても構わない。だから願いは叶わないか、と。
 だが――。
『それは、できません』
 メルの読みは当たっていた。
 愛することと子を成すことは、関連はあっても別の問題。
 そしてそこへ、どれだけの価値を見出すかも人それぞれ。ティルノギアは個々の願いを叶えるものではない。人々が生き続けるため、その土台を作るものでしかないと。
 その結論は苦しく、個人によっては耐え難い痛みとなっただろう。
 アシルたちは言葉を尽くした。変化によって生まれるであろう傷を。
 するとティルノギアの意思は、こんなことを言い出した。
『――道行きに、恐怖があるのですね?』
 魔法を失い、今まで成せたことが成せなくなる。
 1つの大きな願いを失い、幸せになる道が1つ――異種族や同性間で子をなすという選択肢が消える。
 だが、不安に思うことはない。道が消えるのは悲しいことだが、幸せとはそれだけでは潰えない、と。
『世界の創生主は――あなたたちの生みの親。あなたたちは巣立ちの時を迎えたのです。魔法という、親のくれた大きな補助を失う。それは子らには恐ろしいことでしょう。ですが‥‥』
 必要以上の手を出さず、子どもたちの頑張りを見守るのも。
 子どもたちの幸せを祈るのも。
 そして――手を離れ、自身で生きていく道を選んだ子と別れるのも、また。
 とてもとても、自然なことだ、と。
『幸せになりなさい。それが、親の願いです』

 光が収まり、対話の時間が終わる。
「皆、ありがとね」
 アシルはそう言って、自分と心をともにしてくれた仲間たちへ微笑みかけた。
 それはどこか寂しそうではあったが‥‥諦めの笑みではない。
 やれることは全てやった。想いを抱いて全力でぶつかれば、後に残るのは悔いではない。
 アシルの顔に浮かんだのは、新たな道を紡ぐ為の、覚悟を伴う強い笑みだった。

◆コーデリア 〜信じる心
 疲れを見せるコーデリアを、アナスタシアが診る。
(半女神のバイタルがどうなっているのか気になっていましたが‥‥ほぼ、人のようですわね)
 彼女の身体が見せる反応は、通常のヒューマン女性と変わらない。
「コーデリアさん、お待たせ」
「あっ、メイちゃん!」
 彼女の帰還を嬉しそうに迎えるコーデリア。メイの傍には、スノウ・フレークス(tz0051)もいた。
「はい、羊肉使ったアイリッシュシチューだよ。スノウさんも手伝ってくれたんだ」
 にこにこと笑顔のスノウに笑み返して、コーデリアはふーふーと
「‥‥名残惜しいけど、あんまりコーデリアさんを占有してもいけないし」
 他にも果物やぬいぐるみを次々差し入れたあと、メイは言葉どおりに後ろ髪引かれる様子を見せる。
「メイちゃん、本当にありがとう。でも、大丈夫だよ」
 ‥‥友だちだから。
 大切だから、メイちゃんの望むように、女神らしく。
「大好きだよ、メイちゃん」
 姿勢を正して、コーデリアは精一杯微笑む。

 場を辞したメイとスノウは、何となく周囲を散歩する。
「‥‥ずっと、これから先も、みんなと一緒にいれるって思ってたけど。それは、違ったの、です」
 スノウがぽつぽつと、小さく零す。
 でも、世界はメイの願う形へと変わりつつある。それはとても喜ばしいことだ。
 それに何より‥‥。
「どんな世界でも、僕がメイちゃんのこと、大切なことには変わりま、せん!」
「スノウさん」
「メイちゃん。メイちゃんのことは、僕が守り、ます!」
 スノウはしっかりとメイの両手を握って。
 メイも、はにかんだ笑みを浮かべながら、それに応えた。

「深呼吸して気持ちを落ち着けてくださいませ」
「ふぁーい」
 気の抜けた返事は、注意の必要すらないほどに弛んでいるようにも感じさせる。だが‥‥。
「こーくん、あんまりげんき、ないみたい」
「あ、分かる?」
 ジーニャ(tk8135)の一言に、アナスタシアはとても驚いた。元気がない? 本当に?
「気持ち落ち着けるの、手伝ったろか。好きな花はあるんかな」
 そこへ、クヴェン・コーヴィン(tk2115)もやってきて。
「ローデが好きだよ」
「そか。じゃ、ちょっと待ってな」
 何やらきょろきょろし始めたクヴェンと入れ替わりに、ムート(tk7643)が連れ立ってやってくる。
「コーにがんばれを届けるよ」
 くるくると彼女の周囲を飛び回るムート。羽妖精の加護を授けてくれたようだ。
 ありがとうというコーデリアへ、ムートは更に指輪を取り出す。
「この指輪もあげるー。やなものなくしちゃおう」
「あ。待った。それ、ちょっと貸したってや」
「? いいよ」
 コーデリアへ行こうとした指輪は、クヴェンの掌へ。ぽとりと落とされた銀の環に対して、クヴェンがむにゃむにゃと呪文を唱えると‥‥。
「いいにおいー」
 ジーニャがふんふんと鼻をひくつかせる。
 指輪から、ふんわりとローデの香りが漂っていた。フレグランスの魔法だ。
「わあ」
「はい、じゃあもっかいコーデリアに渡したって」
「はーい」
「ムートちゃんもクヴェンちゃんも、ありがとう!」
 嬉しそうに指輪にほおずりして香りを確認すると、コーデリアはそれをしっかりと指に填めた。
「ティルノギアは皆の祈りと力で発動するんやから、きっと虹みたいに色んな色のある世界になれる」
 添えられたクヴェンの言葉は、ティルノギア発動後にきっとそうしていくという、決意の表れでもあった。
(悲しみから救うんがドラグナーやしな)
 変化した世界には、過渡期特有の様々な軋轢が産まれることだろう。
 だから、誰がどんな想いを抱き、どんな生き方を選んでも、少しでも傷つかずに済むように。クヴェンはローデの香りに、祈りを込める。
「おはな、じーにゃちゃんもあげたいなぁ」
 コーデリアの指に輝く指輪を見て、ジーニャがどこか羨ましそうに言って。
「ええっと‥‥いつもかみにつけてるおはな、これあげる!」
「え、でもいいの?」
「うん。それじゃあおでかけ、してくるね」
 指輪の填まった手へぽんと花を置くと、ジーニャはふんわり浮き上がる。ムートも彼女に続き、ふわと高く飛んだ。
「女神様もたいへんだよね。ムートもなにか、女神様にあげれたかなあ」
「もらえた! もらえたよ!」
「そっかぁ。よかったー。
 このあとどこにいくのかな? ムートはうえに帰るのかなあ」
 零した疑問を、ジーニャが拾う。
「にっこりして、つちとはっぱと、おはながいっしょだったら、だいじょうぶ!」
 どこに行くにしても、きっと楽しく暮らしていける。
「そうだね、どっちでもいいや!
 どこかのだれかが、笑っててくれるなら。ムートはそれで、よかったんだ」
 儀式を照らそうとライトを成就して、その上で最後に、コーデリアへレジストメンタルを掛けて。ムートはぴゅんと去っていく。
「また、いっしょにあそぼう。やくそくだよ」
「――」
 言葉に詰まっている内に、ジーニャもまた、楽しそうに飛んで行ってしまった。
 残りたいと願うコーデリアには、『また』に『うん』、とは言えなくて。
 女神は、また泣いてしまった。

「気負う必要はない、コーデリア殿。皆でここまで来たんだ、今回も皆で頑張れば良い」
 ひとしきりコーデリアがぐすぐすと感情を燻らせた後。
 エリシス・ヴァゼラード(td1054)がやってきて、コーデリアを強く激励した。
 彼女はコーデリアの立つ場所へカーヴェの旗を設置した。所定の範囲を照らし出す光は、きっと女神を守ってくれることだろう。
「しかし‥‥」
 困惑の篭った声を零す、エリシス。
 彼女は最後の前に、コーデリアの手を想い人に繋がせたいと思っていたのだ。
 だが、当の本人はここにはいなくて。
「違うんだよ。なんていうか‥‥コーいつもちゃんと助けてもらってるし」
「そうだな‥‥だが、今生の別れとなるかもしれない今、傍にいないのは予想外だったのだ」
「ジルちゃんはいつだって、自分にできる最高のことをするから」
 そう言って、コーデリアはポケットに触れる。そこにはジルが置いて行ったであろうメモ紙が入っていた。
 書かれていたのは、一言。
『先に地上に下りてキミを待っている』
 ‥‥いつだってジルはコーデリアを1人の対等な人間として扱って、そしてその上で助けてくれる。
 世界を激変させるような派手なことはあまりしないけれど、冷静に見えてとても丁寧に人の心を考えて、誰にとっても穏やかな結末を迎えられるように尽力する。
「わたし、そんなジルちゃんが好きなんだ」
「‥‥ふ」
 笑うエリシスを見て、はたとコーデリアは我に返った。
 これではただの好きな人自慢だ。
「ちがっ、ちがくて! コーはただね、ジルちゃんの選んだこと信じてるっていうかね!」
「大丈夫だ、分かっている」
 ひとしきり笑うと、彼女は表情を引き締め、きりりとした眼差しで自身の設置した旗を見る。
「私は祈る。だからコーデリア殿は」
「うん。祈りを、貰うね」

「信じるものは救われる!」
 そう言ってクルシェ・ファンドニア(td0106)が差し出したのは、彼特性の気付け薬で。
「え、でもなんか凄く薬くさ」
「大丈夫、可愛い娘の体調を悪化させるような物は入ってないぜ?」
 笑顔で押し切られ、貰ったそれをおっかなびっくり口に運ぶコーデリア。
「うがー」
 決して美味しいとはいえないけれど、何だかすごく身体に良さそうな味がした。実際、ちょっと身体が軽くなった気がする。
「これ、魔法の?」
「そう、俺が錬金術で作ったもの」
「なるほどなー」
 信じる者が救われるなら。
「信じて飲んだから、大丈夫だね!」
「口直しに食べたいものはあるか?」
 シオ・カチヅキ(tc0759)が口の端を上げて尋ねれば、コーデリアはうーんと考えて。
「味濃いものがいい‥‥あと甘いの」
「了解だ。あ、あとこれ」
 シオがコーデリアの目の前で、何かの粉末を風に乗せる。
「‥‥何これすっごいお腹空く!!」
「どうせみんな食べ物持ってきてくれるだろ? 腹好かせて待ってろよ」
「あとこれね。安らぎの木花」
 エルナ・カチヅキ(tf3794)が、優しい香りの置物をコーデリアのすぐ傍に置く。
「よければグッドラックを掛けてもいい?」
「あ、ありがとう!」
 目を閉じて魔法を掛けられる体勢を取る彼女へ、エルナは思いを込めて魔法を成就した。
(儀式が成功するように、じゃなくて文字どおりに幸運を)
 みんなだって、コーデリア1人に責任を押し付けたいわけじゃない。
 最後まで一緒に笑っていてほしい。それが、エルナの願いだった。
「さて、じゃああとはシオおじさんの料理の手伝いでもしよっかな」
 一区切りをつけるエルナの言葉に、ハッと空腹を思い出すコーデリア。
「ねえ、もしかしてシオちゃんたちの料理できるまでずっとこのままお腹ぺこぺこ‥‥?」
「甘いのか、何作るかな。せっかくだし色々作るかー」
「手伝いも最後になるかもしれないしね。今までいろいろありがとね、おじさん」
「なぁに」
「スルー!? 待ってよー! ご飯が出来るまで待つのすっごい拷問だよぉ!?」
「じゃあ、シオさんの傑作の前にこちらをどうぞ」
 クリスティン・カートライト(tk2845)がそう言って、後ろを振り返る。そこには大鍋を抱えてよたよた歩くソンブル・ティミッド(tz0083)の姿。
「‥‥ソンブルさん、大丈夫ですか?」
「は、はい‥‥大丈夫‥‥です」
 大鍋に入っていたのは、クリスティンが手ずから狩った動物を煮込んで作ったスープだった。温かな家庭の香りが、周辺をくすぐる。
「狩人としては、これが神にささげる最上の捧げ物ですので」
「じゃあ、スープに合わせてお茶とお茶菓子をどうぞ。すっきりするわよ」
 キャサリン・ステイシア(tk5804)がさっと言葉どおりのモノを用意する。
 主や客人を完璧にサポートできてこそのメイド。そして今回は、コーデリアを助けることこそ主様の為になる‥‥そう思い、キャサリンはコーデリアの傍に控えていた。
「ファンシェンでは桃が神仙の食べ物と聞いたから、それをモチーフにしたお菓子をお茶請けにして。お茶もファンシェン産にあわせたわ」
「おおー」
 きらきらとした瞳で、スープとお茶菓子を眺めまわすコーデリア。
 そこへ、もう1人お客さんがやってくる。
 エイミー・フォレスト(ta1627)。
 彼女は眼鏡の奥の澄んだ瞳で、コーデリアをひたと見つめる。
 そして、真摯な想いを滲ませながらこう言った。
「信じるわ、コーデリア。あなたの心、あなたの言葉、あなたの意志」
「‥‥エイミーちゃん」
 信じて。
 そう言ったコーデリアに対し、答えを返してくれたのだろう。
「私にできる事は本当に些細なことだけど。祈らせて。そしてささやかな最後の錬金術を‥‥」
 差し出されたのは、花を模した水晶のイヤリングだった。
 どこか神々しい雰囲気のそれは、エイミーがアルケミーで作り上げたものだ。
「ごめんね、私にはこれくらいしかできない。ただの祈りみたいなものだけど。頑張っ‥‥、って」
 言葉の途中で、コーデリアはエイミーに飛びついた。
「これくらいじゃないよ。すごく、すごく嬉しい。ありがとう」
 ぎゅっと力を込めてエイミーを抱きしめた後、コーデリアは少しだけ身体を離した。そこで改めてイヤリングを受け取って、すぐさま耳に飾る。
「コーにできるのは、みんなの土台になることだけ。でもね、足元を信じて貰えたら、きっとみんなは未来に向けてジャンプできるから」
 笑う女神の耳で、コインが光る。
「がんばるよ。いっぱいがんばって、エイミーちゃんにも幸せになってもらう!」
 2人は、少女のように笑い合う。
「おーい」
 やがてシオが肉料理と魚料理、カリー料理と山ほどの料理、それに酒まで持ち込んで。そしてショコラまでもが、腕を振るった自身最高の料理を持って来た。
 大量かつ素晴らしい味わいの料理が勢ぞろい。儀式の前に、まるで宴会のような賑やかな時間が持たれたのだった。

 クリスティンはコーデリアが空にしたコップを、ソンブルは残りのスープが入った鍋を持つ。余った分は、捧げ物にする予定だ。
(‥‥ティルノギアが上手く行けば、新たな未来が待っている)
 ついつい、クリスティンは未来へ想いを馳せる。
 自分がヴォルベルグであることを、忌むわけではない。
 ただ、まだ生きたい。世界と心中するには、まだ早すぎる。
「まだ世界を見たい。知らなかった事を知りたい‥‥そう、思うんです」
 だから地上に在りたい、と。
 そう零すクリスティンに、ソンブルは少し迷った素振りを見せて。
「その」
「はい?」
「ティルノギア発動の時‥‥お隣にいても、いいでしょうか」
「? はい。御一緒出来るなら、心強いです」
 肯定の際、クリスティンは笑顔を浮かべる。
 ソンブルはそれを眩しそうに見て‥‥想いを、決意を固めた。
(御守りします――何が在っても)
 密かに焦がれる、この人だけは。

◆メル 〜もう大丈夫
「集まったかの」
 大神殿の一画。
 訪れたメルへ、ユビキタス・トリニティス(tf5247)が綺麗に整え並べられた石を披露する。
「ええ、ご覧ください」
 障壁形成の為、集められる石。それを属性ごとに仕分けして、管理して。ユビキタスは、そんな役目を買って出ていた。
 本当は彼は、障壁を作る機能を増進させるため、フロートシップの魔法的機構からもエネルギーを送れないかと実験していた。だが錬金術は上手く行かなかったため、せめて円滑に障壁が展開されるように、持ち前の知識であれこれ補佐をしているというわけだ。
「お届けものですのっ!」
 そこへ力を込めた石を持って、ルネット(tj2664)とクセルも現れた。
 柔らかな布が敷かれた豪奢な台座。そこへ、みんなの石が整然と並べられている。障壁を展開し始めると、台座が石の力を吸って、天竜宮の中を巡っていくそうだ。
 そしてルネットとクセルの石も、その列に重ねられる。
 ルネットのそれは、喜びの感情をそのまま具現化したような、大輪の花の形。
 そしてクセルは、まるで好奇心に彩られた瞳のように、きらきらと輝く意志になっていた。
「愛らしい形になったものじゃな」
 メルがそれを見て感心していると、ルネットは破顔する。
「クセルさんと一緒にいられるのが嬉しいって思ったら、この形になってましたのー!」
 表情だけでは収まらず、喜びのままにぴゅんぴゅん飛び回るルネット。
 クセルは、彼女が無事に石へ力を移せて、本当によかったと思う。
 存在が精霊に近いシフールである彼女が、思い切り力を石に移してしまったら、もしかしたら存在すら危うくなるんじゃないか‥‥そんな風に危惧していたのだ。
 安堵で気が弛んだか、クセルはぽろりと心中を零す。
「祈りや力は自分のためじゃなくて、地上のみんなのために使うべきかもしれないけど」
 それでも、隣の誰かと一緒にいたいと願うのは、生物にとって共通する尊い願いだと思うから。
「よいよい」
 言葉にしなかった部分にまで、メルは優しく肯定を向けた。
 すると、ルネットがメルの前にぴたっと止まり、深々とお辞儀をした。
「メルさん、コモンヘイムに残る方法を考えてくれてありがとうですのっ!」
「ん?」
「コモンヘイム‥‥あれ、天竜宮ですのねっ?」
 言い直して、ルネットはうーんと考え始める。
 もしかしたら彼女は大切な人と一緒にいられるなら、場所なんてどこでもいいのかもしれない。
「そうだね。コモンヘイム残留を望む子に希望をありがとう」
 リック・カリーニ(tz0078)も、ルネットの言葉に同意を重ねて微笑んだ。
「これまでお疲れ様、メル様。メル様はこれからも、天竜宮にいるんだよね?」
「そのつもりじゃ」
 ティルノギアという大きな変化の後も、変わらない場所がある。
 それはリックにとってどことなく嬉しいことだった。
 だから彼は、もう一度言う。
「ありがとう、メル様」
「あ、先を越された」
 そこへ、トスカ・ヴェント(tk1650)もやってくる。
「私もお礼を言いに来たのよ。メル様、こんな時にだけど今までありがとう」
 トスカはルネットと同じように、ぺこりと頭を下げる。
「地上で家族がいなくなって孤独だった私が、天竜宮に来て皆と楽しく幸せに過ごしてこれたのも、メル様達のおかげだから‥‥」
「わらわのおかげではないぞよ」
「え?」
「お主が幸せな時間を得たのは、お主自身の努力あってこそだ」
「そう‥‥なのかしら」
 きょとんとしつつも、彼女はどこか晴れやかな空気を纏っていた。

◆儀式 〜物質を捧げる
 女神たちがあれこれ身支度をしている内に、一方で他に儀式を手伝う者たちは、ティルノギアの祭壇を作り上げていた。
 それはラペーシュ・レルーネ(tf6311)が主導で作り上げた、華やかなもの。立体的な造形のそれは、教会に置かれる古き良き風情を持ちながらも、どこか見た事のない新しさを感じさせた。配された6種の色は、勿論ドラグナーたちに宿るルミナの輝きを模したものだ。
 各々が捧げるであろう音楽、物品、踊りやその他色々なものが映えるように。捧げものをする机と、歌い踊るための舞台、そして祈るための台座、更には最終的にコーデリアが立つべき場所まで。
 然して時間はないため実態は簡素なものの、それを感じさせないよう工夫が凝らされた台座は、ドラグナーたちの心へ違和感なく寄り添う。
 今からここへ、思いと祈りを捧げるのだ、と。彼らはそう自然と理解し、その台座へ神性を感じた。

 祭壇が解放されてすぐ、捧げものの机は華やかに彩られた。
 ビーネ・アイヒロート(tb1494)の持って来たお花と料理が、量も多く、かつとても鮮やかなものだったからだ。彼女の子どもであるシルフィ・レオンハート(tj6032)、エルディ・レオンハート(tj7996)も手伝った。
(料理は天竜宮にきて、マーマとパーパに教えてもらったもの。
 お花は、おうちの周りにいつも咲いていて、僕に力をくれたもの)
 悲劇を救う以外に、シルフィが天竜宮で積み重ねた大切な思い出ごと、シルフィは丁寧に机を飾り付けていく。
「後、これも」
 そう言ってエルディがペンダントを机へ置く。
 カーラはそんな一家を手伝いつつも、自身の思う捧げものも作っていた。槍の先端に青りんごを刺し、花を飾る。
 真剣な友人を眺めて、ビーネは微笑んだ。
 そして改めて自分の捧げものへ向き直ると、目を閉じ、小さく祈る。
(ここに来れたのは、精霊のおかげです)
 ここで得た知識、今の自分を形作るもの。
 それらのほとんどが精霊と女神のおかげだと思えば、感謝は自然と湧き上がる。
 祈りを込めて――持てる全ての力を使って、造り上げた6種の料理。
 人参や芋を使った料理、綺麗な水を使ったスープ。火を使う肉料理、緑の野菜を集めたサラダ、陽華のグラスに注いだ酒に、黒いショコラ菓子――6属性を象ったそれは、心を尽くされたことが一目で分かるような、温かい雰囲気を纏っていた。
 最後に、2つの花束をささげて。
 粗方整え終えると、シルフィは机を離れながら歌を口ずさむ。別所に楽器も置いてある。後できちんと、それを奏でながら歌うつもりだ。
(きっと皆不安だと思うんだ。新しい世界に。僕だって同じ)
 だから、少しでも不安を拭うことができるように――。
 そしてエルディは最後に一輪の花を置き、捧げた物の前で目を閉じた。
(俺の力、祈りなんてちっちゃいものだけどさ、持ってっていいから)
 だから、頑張って欲しい。
 若い彼は、まだ終わりたくないと強く感じた。やることも見つけたい、だから。
 ‥‥だから、どうか。

 ビーネたちが机の前を離れようとした時、トパージオ・アウレウス(tb4680)が机の前に歩みを進める。
「ビー。少し‥‥待ってください」
 言われるままに、足を止めるビーネ。
 トパージオはテーブルにローデの花を捧げると、祈りを捧げた。そして手に持っていたもう1つの品‥‥陽之祝の錬金酒の栓を開けると、ビーネへ向けて歩み寄った。
 グラスを渡し、供物としての酒を注ぐ。
「少しでも、コーデリアの‥‥皆の力に‥‥なりますよう」
 2人はそれを飲み干すと、微笑み合って、ともに祭壇を後にした。
 後は静かに、行く末を眺めるだけだ。

 セレスタイン・オブライエン(ta0002)が捧げたのは――。
「おお」
 周囲にどよめきが生まれる。
 艶々と長かった、彼の銀髪。
 それが鋏でぷっつりと切り落とされていた。
「神に捧げ物をするとか、あんまり信心深い方じゃないですから、どうもピンとこないんですが」
 それでも『髪には霊力が宿る』と、どこかの逸話で聞いたことがあった。
 精霊の力を宿すドラグナーの髪なら、相応に力も宿しているのではないかと思ったのだ。
「まあ、女性に間違われることも減るでしょうし」
 戸惑う周囲へそう伝えると、セレスタインは束ねたそれを隅に置く。
(気に入っていたから、少し物寂しい気はしますね)
 涼しくなった背中を想いながら、セレスタインは祭壇を降りる。
 入れ替わりに祭壇へ上ったのはプニ・ロランベルグ(ta0779)とファーエル・ラスティード(tb8822)だ。
「天竜宮に来てからことあるごとに料理の勝負とかしたよね」
 だから、その思い出とともに競作した料理が、二人の捧げものとなった。
 テーマは花。
 ファーエルが作ったのは花びら型に焼き上げた、塩味の強いクッキー。それにチーズやハム、魚のスモークなどを乗せて、ひまわりやローデに見えるように大きく盛り付ける。
 プニが作ったのは桜の形のサンドイッチ。ローレックの学園では春を前に、別れと新たな出逢いを象徴するような花だ。
 お互いの華やかな仕上がりに、顔を見合わせて笑い合う。
 競作といっても、今日は優劣は付けない。どちらも祈りの篭った、大切な料理だから。
(これでコーデリアと会えるのも最後になるかもしれない)
 だから、コーデリアがみんなと離れたくなくなるくらい、みんなの幸せな笑顔を見せてやりたい。ファーエルはそう祈りながら、これを作り上げた。
(また出会えるように)
 プニもまた、祈りを込めた。
 これは別れじゃない。また新たな始まりだから‥‥。

(捧げ物やらなんやらに囲まれて、うまい飯が集まって。なんだ、ここがシーリーへイムか?)
 頭の中でそんな風に冗談を展開しつつ、ヒューイは祭壇へ上って。
 彼が捧げたのは、自作の錬金アイテムだ。
(色々と余ってたんでな、おっさんも女神サマにプレゼントだ)
 それは木彫りの女神像。といっても、モデルは祈るコーデリアだ。頭に花を模した飾りがついていて、それは色鮮やかに咲き誇っていた。
 精緻な上に、どこか愛らしい。
 ‥‥おっさんを自認する彼が作った物にしては、どこか可愛らしすぎたか、と。照れを誤魔化すように頭を掻きながら、ヒューイは祭壇を降りる。
 入れ替わりにやってきたネー(tj2543)は、紙の束を。
「女神さまー みんなーのお手紙ー おとどけー」
 それは、天竜宮に残る者の中から有志で書かれた手紙だった。
 今に対して思うこと、これからに関して思うことが、それぞれの言葉で綴られている。
「ネーちゃん シーリーヘイムいくー 女神さまーお手紙ー おとどけー」
 女神へ手紙を届ける配達人になるということは、ネーの長らくの夢だった。
 一度、天竜宮でシーリーヘイムへ行った時にそれは叶っていて。
 そしてこれからはずっと、シーリーヘイムで女神さまに、想いを配達し続けるのだろう。

 メイベル・フラガラッハ(tj5250)は、作れるだけ作ったスノーマジュを、机に綺麗に並べた。
 そして跪き、深く祈る。
(女神様、女神様♪ どうか闇とカオスの連中を纏めて、徹底的に地獄に叩き墜として下さい♪)
 故郷とともに壊された心は、大願成就の前に浮いていた。
(うふふふ♪ あははははは♪ 闇の糞蟲共が消える♪ カオスの塵屑共が消える♪)
 心は踊る。天まで届きそうな狂気の幸せを抱いて、彼女は深く、深く祈りへ身を浸す‥‥。
「おっと、悪いけど次がつかえてやす」
 ジンガ・グライグ(tk0324)が酒を片手にそう言うと、メイベルはふらっと立ち上がり、祭壇を降りる。
 それを不思議そうに見送った後、肩を竦め、ジンガも自身の捧げものを置く。
 地上に行って探してきた、極上のワイン。名産地を巡って――味見をたっぷりして――選んだから、そりゃもう間違いない。
(悪はデュルヘイム落ちだし、元ドラグナーっつって地上に降りたらちっとはいい目も‥‥)
 そんな気楽な考えとともに、ジンガはワインの瓶をラフな仕草で机に置いた。

 ファム・シャハル(td1602)とサーキット・バイブル(tf7829)は、2人揃って祭壇に上がった。というのも、2人‥‥いや、マグノリア・バイブル(ti8081)、ハスニール・バイブル(tj1036)も含めたバイブル家4人が奉じようとしている品物は、1人では持てない大きくて重たいものだったからだ。
 それは、天竜宮の風景を模した彫像だった。
 朗らかに笑うコーデリア、尊大な笑みを浮かべるメル、それを様々な表情で見つめるドラグナーたち。1人1人は小さくとも、連なったそれらはかなりの大きさとなっていた。だが同時に、掘られた人数が多く大きいからこそ、活き活きと輝かしい日々を送っている彼らの姿が美しく思えた。
 サーキットの技術が、在りし日の天竜宮をまるで切り取ったかのように表現させたのだ。全力を賭して作られたそれは、とても見事な出来栄えだった。そして更にマグノリアが、彫像の表情ひとつひとつに華やかなメイクを施して、こうした場所に置くのに相応しい仕上がりへと彩っている。
 重たいそれを机に奉じると、振り返ってファムはこう言った。
「たとえ世界が変わっても、たとえ永遠の別れが訪れても、私達がこのスカイドラグーンで過ごした日々は消えたりしません」
 それは周囲で順番を待つ、或いはこの後の歌舞や祈りに向けて控えている者たちへ向けて放たれた言葉だった。
「紡いだ記憶、繋いだ想い、それらは偽りでも無駄でもなかったと私は確信します。今日までの日々が、明日を作るのだから」
 その言葉の体現こそが、家族で作り上げた天竜宮の彫像。
 例えティルノギアが発動して、皆がそれぞれの未来に向けて散り散りに歩き出したとしても。
 多くの英雄たちが確かにここに居て、戦って、足跡を残してきた。
 彫像はその証明だ、と。
 そして、彫像の前でハスニールが剣を抜く。天竜宮の彫像と一緒に、剣舞を捧げるためだ。
『貴方は僕と同じで綺麗な顔立ちですからどんな化粧も服も似合いますね』
『だから自信を持って表現なさい、僕がずっと側で見ていますから』
 そう言って、姉は弟の額にキスを贈った。そして踊る間、実際にマグノリアと両親は、ハスニールをしっかりと見ていてくれている。
 だから、ハスニールは言われたとおりに自信を持って、剣と共に舞うことができた。
 イヤリングが奏でる音を聞きながら、所作の一つひとつに思いを込める。
 数多くの英雄が戦いに身を投じて、穏やかな風景の中で絆を作り上げて、心のままに生きて。
 その舞は等身大の英雄の人生を、深く厚く表現していた。

 マーリオン・シャッツィ(tg0478)もまた、持てる技術を賭した作品を捧げた。
 薄く白い布をふんわりと重ねた、神々しい雰囲気を持つドレス。丁寧な刺繍の成されたそれは、錬金術や魔法は使わず、手先の技術のみで造り上げられた衣服だ。
 トルソーに飾られ、机の横へそっと置かれる。
「‥‥」
 マーリオンは普段は非積極的だが、衣服のこととなると話は別だ。
 更には先程ファムが高らかに思いを口にしたことも、マーリオンの背を押したのかもしれない。
「私は」
 彼女もまた、台座の上で思いを零す。
「私は、アルケミーも使えますが、こういう技術にも自信があります」
 天竜宮に来たから得られた技術もある。例えば近年の服飾技術は、マーリオンが生きている内に得られたかどうか分からないものだ。
「そしてそれは、大きく変わるこれからも残ります」
 培ったもの。
 技術もそうだし、絆もそうだ。或いは思想や、知識なども。
 それは確かに、みんなの中へ宿っているはずだから。
「不安は拭えないでしょうが‥‥それだけは、覚えていていただければ」
 小さく頭を下げると、彼女は祭壇を駆け下りた。

 そして、トスカ。
 彼女が捧げるのは、自身で作った錬金アイテムだった。
 ――錬金が出来ない。そんな思い込みを持っていた彼女が、錬金術で作ったお守り。ドラグナーとして最初で最後の錬金は、彼女の祈りが届いたか、素晴らしい出来栄えであるように感じられた。ホーリーシンボルであるCROSSを模して造られた金属のコインは、きっと捧げた先の女神へ幸運をもたらすに違いない。
 感謝と願いを、たっぷり込めて。改めて彼女は祭壇で祈る。
(どうか)
 自分が、孤独でなくなったように。
(誰も悲しむことのない世界になりますように‥‥)

◆儀式 〜精神を捧げる
「うにゃ、いっぱい女神様ーに捧げる踊りー踊るーするーしたらコーさんー元気ーなるーするー??」
 きょとんとチェロ・テンペスタ(ta2036)。
「そうよ。‥‥はい、これでいいんじゃないかしら〜」
 ケトラ・アトリー(ta0567)がぽんぽんと叩いた白粉をくすぐったそうに擦った後、チェロは嬉しそうに笑顔を弾けさせた。
「うにゃ! だったらいっぱいいっぱい踊るーんだー!」
 言うが早いか、彼女は捧げものの近くに創られた簡素なステージに飛び乗った。
 くるんと回ると神秘的な表情を作り、ゆらりと身体を動かし始める。あまり状況が分かっていないのかと思いきや、彼女の踊りは神事に相応しい優美なそれだ。
 誰もが心動かされそうな舞に、ティティがさっと音楽を添える。

 花は散り葉も枯れて孤独な冬を迎えても
 やがて春が来てまた花が咲くから
 冬を恐れないで
 春の喜びの為に

 ‥‥病弱な我が身への思いは、歌詞へと自然と混ざりこんだ。
 ティティは地上へ降りて、絵を描きつつ放浪するつもりだ。
 そして朽ちかけた身でも、子を授かることができたなら‥‥そうしたら、その子に大事なハツルギの介添えを頼むのだ。
 そうすれば、例えティティが早く朽ちてしまっても、誰もが孤独じゃなくなるから。
(枯れるー‥‥?)
 そんなティティの、思いを込めた歌声が耳に届いた時、何となくチェロは彼女の気持ちが入ってきたような気持ちになった。
(かみさまー、いるーするーだったら、皆ー泣くーするーしないー世界ーなるーするーがいーなー)
 いつもはただただ楽しく踊るのに。
 チェロは少しだけ、そんなことを考えてしまった。

 チェロのダンスは、徐々に激しさと華やかさを増していった。
「みんなで一緒に踊りましょう!」
 つられるようにタバサ・アイルーン(ta1614)がぬいぐるみたちを躍らせると、フィリナ・フィリドゥ(tk1967)も同じようにする。魔法でぬいぐるみに命を吹き込み、ダンスさせるのだ。
 ‥‥ティルノギア発動後は、この子たちの踊りは見られなくなることだろう。
「ジンライ、ジンライも一緒に踊りましょう!」
 頂戴と自身の手を伸べれば、意図を汲み取りジンライ・ロランベルグ(ta0726)もタバサのそれに手を重ねる。
「そうだな。これまでの気持ちを込めて、これからの未来に繋げるために」
「今までお世話になったんだもの、いっぱい感謝の気持ちを込めましょう!」
 ぬいぐるみたちに周りを囲まれながら、タバサとジンライは手を繋いだまま素朴に踊る。
 その最中、タバサはぐっと声を潜めて、ぽつりと言った。
「ねえ、ジンライ。あなたに会えて本当に嬉しいの。これからも一緒に隣に立たせてね」
「タバサ‥‥」
 ジンライの胸に、熱が灯る。
 天竜宮で、ジンライは掛け替えのない幸せを得られた。
 だからこそ、皆にも幸せでいて欲しい。
 もしかしたら犠牲になってしまうかもしれない、コーデリアにも。
(俺たちは地上に戻るけど、お前とさよならするつもりはないからな)
 今までどおりとは、きっとならないだろう。
 それでも。
(例え世界が離れても、俺たちはずっと仲間だ)
 繋いだ手に力を込めるジンライ。それを汲み取って、タバサは微笑み、指先をしっかりと握り返す。
「ちゃんと見届けなきゃ。たれ猫さんたちとも、お別れになっちゃうけどね‥‥」
 くるくる踊るぬいぐるみのひとつは、タバサにとって大切なもので。
(今までありがとう、たれ猫さん――‥‥)

 フラーグリア・ハピネス(td5673)とユール・フォルビア(tz0069)は、並んでヴァイオリンを奏でる。アイコンタクトを取りながらの演奏に、2人の胸には幸せな気持ちが絶えず湧き上がっていた。
(懐かしー)
 節目に際し、どうしても思い出してしまう。初めてユールの奏でる音を聞いた時のこと。
(めちゃくちゃ感動したの覚えてる)
「‥‥今こうしてお前の横に立てて、一緒に奏でられるとか幸せすぎるわ」
 思考を敢えて、小さく口に出す。弾きながら喋るのは難しくて、ほとんど口の中で呟いただけのような言葉だったのに、ユールはこちらに視線を走らせた。
 ユールがこちらを、見ている。
「夢みてー、なんて」
 笑いかけると、ユールもまた同じように小さくフラーグリアへ言葉を還した。
「初めは俺の演奏を聞いてくれていて、いつしかフラグも演奏してくれるようになって。最初に奏でた『星』のエチュードから、今はすごく上手くなって‥‥」
 す、と手を止めて。ユールは深く微笑んだ。
「俺の好きなことを一緒にしてくれて、ありがとう。こうして同じ景色を見れることが、嬉しいんだ」
 ‥‥同じ気持ち。
 幸せはどんどん大きくなる。
「皆と幸せをおっきく、でっかくしてこーぜ。どんな世界になったとしても、お前となら大丈夫だ。ずっと一緒で、色んなもん見に行こうな」
「ああ。たくさん大きくして‥‥幸せで満ちるように」
「変わる瞬間手を繋いでよーぜ。何なら、今からでも」
「フラグ‥‥うん」
 するり、と音がして。
 ユールは手袋を外して、フラグの手をしっかりと握った。
「大好きだぜ、ユール」
「大好きだ、フラグ」

 音の切れ目を補うように、ラズリー・フェリット(ta1008)がハープを爪弾く。
 このハープには、アルディス・クランドール(ta5940)とシンクロアルケミーで作り出した錬金アイテムが塗布されていて、ラズリーの指が弦を震わせる度、虹色の箔がきらきらと舞った。
 音には幸運を願い、緊張が解れるように――そんな願いの込もった、温かい錬金術。
(彼のアルケミーが好きだから、見られなくなるのは残念だけど)
 指先で虹が弾けるたび、こんなに素敵なものが失われるのが寂しいと感じるけれど。
 それでも。
(今迄見せてくれたものを絶対に忘れないよ)
 地上で生きることを、ラズリーは前向きに受け止めていた。
 魔法は特別なもの。でもそれが全てじゃないと、思うから。
「いつか」
 斜め上から、声が降ってくる。アルディスの声だ。
「いつか子どもを授かって、夢物語にでも話してあげたいね」
 地上に行っても、家族を幸せに守れるよう。決意の篭った言葉に、ラズリーの頬が薔薇色を点す。
「魔法はなくとも、生活も、此処で培った気持ちや知識‥‥色々な物が糧になる」
 アルディスは空を見上げる。
 空舞う鳥は、彼と視界を共有していた。
 最後に見る天竜宮は‥‥何だかとても、美しく感じられた。

 どこかいつもより華やかなハープの音へ、ストック(tk7069)はヴァイオリンの音を重ねる。
 これは、シエルから貰ったもの。他にもフラーグリアやヘルマンから貰った笛も持っている。
 ストックには、どれも大切だった。人も、世界も、物も。
(だからいっぱいかなでる)
 音によって幸せになったり、楽しい気持ちになったりするために。たくさん、持てる限りの力で音を出す。
 でも、精一杯の中にもちくりと刺すような痛みを感じて、ストックは思わず弓を持つ手を止めてしまう。
 儀式が上手く行ったら、皆幸せ。でもこの場に‥‥障壁外にいるいるストックは、もしかしたら別れを告げる間もなくシーリーヘイム行きかもしれない。
(でも‥‥やっぱり、俺‥‥みんながすきだ。ずっといたいよ、どうして‥‥)
 寂しくなって、今度は横笛を吹いた。
 まだ間に合う。常冬の領域まで引き返すべきか、それとも。
 迷いを抱いたまま、ストックは音を生み出し続ける。

「陽のひかり 海へ
 月のひかり 空へ」
 ユーリアの歌は、澄んで美しい。
(このような場で捧げられるほど、私の気持ちも、歌も‥‥褒められたものでは、ないのですけれど)
 それでも、きっとこの呪歌を使えるのは、これが最後だから。
「ひかりが巡り 木は花咲かし
 風が巡って 火は踊り
 大地は護り 水湧き上る」
 ひっそりと歌いあげたそれは、柔らかい音で辺りを包んだ。ごく自然に周囲の耳へと飛び込んで、優しく鼓膜を震わせる。
「授かりしルミナ 捧げる歌
 命出づる歌 ルミナの力 女神の元へ」
 その歌は、祈りを捧げるドラグナーたちへ寄り添うようで‥‥。
 心地良くなったユニコは、知らず知らずのうちに杖を振る。カーシーの杖は、耳に入ってくる歌に合わせて優しい音色を紡ぎ出した。
「わんわんわわわーん!」
 ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる柴犬ゴンスケとスミレ。まるで歌うように鳴く2匹は、いかにも場を和ませる。エルナの目尻などもうずっと下がりっぱなしだ。
(しばわんだふる、は神にも届く、よね)
 いつどんな時も、例え戦場にいる時だって愛らしい丸尻尾。ふりふり揺れるその姿へいざなわれるように、ユニコは思索に溺れていく。
(例え私の中、から、精霊の力が消えようとも、守りたいものは、この世界だから)
 この先にある未来を、見たいんだ‥‥。

 剣を地面に突き立てたエリシスの耳にも、ユーリアの歌は飛び込んだ。
 女神を賛美する歌詞は、経験なエリシスの心へ滑り込み、思いを強める。
(ティルノギアよ、神よ、私の祈りに応えたまえ)
 神に授けられた魔法という力、精霊という助け。それを今までエリシスは、誰に恥じることなく人々のために使って来たと。
 そして今こそ、お借りしていたそれを天へ返すと‥‥。
(奇跡なき世界は我々が志を持って守ると誓います!)
 その傍ではキャサリンもまた、神剣を翳して祈る。
(女神様には敬服を。主様には忠節を。主様より借受しこの神剣に誓いましょう)
 覚悟はできている。
 全てが終わった時、もしもこの身がただの人形と化してしまったら、その時はこの剣は主の下へ返して欲しい――そう記した遺書を身に着けていることも、彼女の意思を証明していた。
 けれど、もしもキャサリンという存在が、永らえたなら。
 その時は――。

 リュード・カーライル(tk7218)の歌で、アリスフィア・メルス(ti8412)は踊る。
 愛しい人が奉納する舞を眺めながら、リュードもまた歌を通じて捧げる感情――つまりは彼女への愛情を強く意識した。
(この儀式が完成して自分がドラグナーでなくなっても、ドラグナーであり続けても。この気持ちだけは絶対に変わることはない)
 彼女と未来を生きていくために、ティルノギアは絶対に成功させなければならない。
 だからこそ、強く願う。
(愛している、アーシア)
 地上のみんなの平和と、彼女と幸せに生きて行ける未来。
 両方を勝ち取ってみせる‥‥。
 熱意の篭った歌声を耳に、アリスフィアは身体に熱が灯るのを感じる。
(リュードさん)
 幸せに心を弾ませながらの、全身全霊の舞。その所作は、どこか手慣れてもいた。アリスフィアは以前、催事の時に舞を捧げて来た経験があるからだ。
 以前‥‥つまり、地上。
 この舞を通じて、救うべき未来の地。
(これから先の未来の為に、皆さんが‥‥いえ、皆さんと笑って過ごせる未来の為に)
 みんなが、できることを頑張っている。
 だからアリスフィアも、愛しい人と共に。

「みんなでひとつのおっきなわ、つくろー! こえをあわせてうたおーよ!」
 シフール仲間たちに掛けられた声。それに応じて、たくさんのシフールたちがテオ(tj2530)のところへ集まった。
 小さな手と手を、確かに結んで。
「おれーはちーさくても、おれーたちーのきもちはでっかいんだぞー! ってつたえるんだー!」
「私もお手伝いです! 歌って踊ってお手伝いをしますよ!」
 スピネ(tj4382)も嬉しそうに輪に加わる。
「楽しい気持ちが大切だと聞きましたっ、なので楽しく踊りましょう!」
「いっぱい喜んでもらうね!」
 呼応して笑顔を見せるジンジャーに、スピネはますます楽しくなった。
 だが、ふとスピネの顔は曇る。
「でもみなさんとお別れになってしまうらしいですね、むむむ、とても寂しいです」
「あのね、あたしい〜っぱいかんがえたの〜」
 寂しそうなスピネへ、シャインアイ(tj3923)が
「もし、みんなとばいばいになっても、きっと〜‥‥いつかね、ここがあったかくなるひがくるんだ〜」
 少しだけ、そっと結んだ手を離して。
 シャインアイは、胸に手を置いた。
「あたし、みんなにもらったものもおもいでも、ぜ〜んぶもっていくから〜!」
「そうですね!」
 スピネの顔も、花が綻ぶように笑顔になって。
「楽しい気持ちでお手伝いです! それが一番ですよー!」
「んっとなー、おれうたうから、まねしてなー!」
 言い終えると、すぐにテオは大きな声で歌い出す。アンネ(tj4784)が寄り添うように音を零した。
「ララララー‥‥♪ ララララー‥‥♪」
 可愛らしくついてくる声。更にはシャインアイが一度輪を外れて笛を吹くと、その先端から泡が溢れ出て。
 寄り添う彩に嬉しくなって、テオは一層声を張り上げる。
「たいようがのぼって おつきさまがでて
 くるりくるりとまいにちがすすむ
 そんなあたりまえを しあわせをみんなで
 てをとってわになって おいわいしよう
 えがおができたら
 あしたもみんなでいわえるよ」

「できれば一緒に行きたいと思ったのですが、ここでお別れみたいですね〜」
 友人パシフローラに別れを告げ、クレア・ジェラート(tf3225)も祭壇へ祈りを捧げに向かう。
 いつの日かCROSSとペンダントが、また出逢える日へ導いてくれる。そう信じて、クレアはティルノギアの発動を願った。
 ‥‥新しい世界ではどんなことが待っているのだろう。
 前を見れば、丁度フィアレス・クロズリー(tz0032)が祈りを終え、祭壇を降りてくるところだった。
「もういいんですか〜?」
「はい。‥‥」
 気さくに話しかけたクレアへ、フィアレスは少し躊躇ったような態度を見せて。
 そして、ぽつりと心中を語った。
「あの時――天竜宮が私を受け入れてくれたように、新世界が私を受け入れてくれるのなら‥‥」
 ‥‥未来への期待と不安を感じさせる言葉に、クレアは微笑みを還す。
(天竜宮に来たときを思い出します〜)
 昔を懐かしめば、不安は少し和らいだ。
 未知には不安と一緒に、期待だってあるものだ。
「新しい挑戦の場こそが私の居場所になるのでしょうね‥‥」
「良い挑戦に出会えるように、祈ってます〜」
 言葉を終えて、2人は歩き出す。フィアレスは祭壇を降り、クレアが祭壇を登る。
 希望を大きく膨らませて、クレアは祭壇へ跪く。
 上手く行きますように。しっかりと手を組み、祈って。
 それと。
(願わくばまたあの人に出会えますように‥‥)
 想いを捧げた地上の縁を思い出しながら、クレアはそっと、祈りを終えた。

「ラグさんも、一緒に祈って貰えますか?」
 ロサ・ルゴサリア(tk6634)は、自分が持つ桜吹雪の一部をラグラージュ・ブレンネン(tz0080)に渡すと、彼は笑顔でそれを受け取った。
 空から祈りを込めた桜吹雪を撒こう。ロサの提案に乗る形で、ラグラージュはタンデム箒を持って来た。後ろに乗るように促されてそのとおりにラグラージュへ歩み寄るロサ。
 その最中、彼女はふと花弁を摘み上げる。
「この花びらは、見た目だけが同じ仮初の花びら‥‥。それでも。それが本物になることを信じて、祈りたいんです」
 姿だけではなく。
 ロサたちオートマタが、本物のコモンになれるように。
「俺は信じている」
 ラグラージュは、はっきりとそう返した。
「ラグさん‥‥」
「ほら、乗って」
 箒を叩くと、ロサは笑ってラグラージュの背中へ寄り添った。
(‥‥ロサの願いを叶えてやりたい)
 それがラグラージュの願い。だから彼は、心から祈る。
 新しい世界で、どうか彼女の笑顔が見られますように‥‥。

 舞を披露したラペーシュと入れ違いに、舞台に上がったのはリン・コンルゥ(tf7157)とカルロッタ・マイナルディ(tz0082)だ。
「さぁ一緒に歌い踊ろうカルちゃん! 私達の心が紡いだ光を、身体を通して世界に放とう!」
 最初はしっかりと手を繋ぎ。時には放し。
 艶やかなポールダンスで魅せたかと思えば、突如キリリと冷厳な剣舞を見せるリン。その隣でカルロッタは、元気で華やかなダンスを繰り返した。
 明るいステップを踏んだ後、カルロッタを抱き寄せてリンは踊る。
「あのね、リン。呪いが解けたら、色んな所に行きたいのよ〜。地上の満月の夜を、一緒に歩きたいのよ〜!」
 社交ダンスの最中、カルロッタは嬉しそうにそう言った。
 ‥‥彼女はリンの大切な人。そして、呪いが引き起こした孤独に苛まれて苦しんできた人でもある。
 でも、それはもうすぐ変わる。
 儀式を成功に導くことで、そして何より自分が寄り添うことで、変えてみせる。
 答えの代わりに、決意を込めて歌を口ずさむ。孤独を忘れさせる温かな言葉と音に、カルロッタは頬を緩ませた。
 そして小さな声で、そっと耳元に囁く。
「ありがとう、貴女のおかげで、あたしは今最高に幸せなのよ」

 ダーヴィト・ベルネット(te5488)は踊りを終え、他の者へ舞台を譲るために端へと寄った。
 するとそこに待っていたのは、ケツァコアトルのハイレン。
「お別れって、寂しくて嫌だよな」
 どうしようも無い時があるのも、悲しいだけでは無いのも知ってる。
 でも、今回は望まない別れの危険がある者がいるから。だからダーヴィトは、ここに至る前に石へ力を込めていた。想定より長く踊り続けられなかったのも、その疲れが残っていたからかもしれない。
 そして――別れのことを考えると、途端にハイレンのことを考えてしまう。
 彼女はきっと、此処に残っても苦労するだろう。
「だから、元気でな」
「‥‥あなたも」
 それから、ハイレンは言葉を探すように身じろぎして‥‥。
「あ、エルバ」
 ダーヴィトはハイレンの大きな身体の向こう側に、エルバ・ナルバエス(tf4702)の姿を見付けた。
 小さな身体で大鍋をよたよた運ぶ姿は危なっかしく、急いで駆け寄って鍋を支える。
「ありがとう」
 彼女が持って来たのは、家庭料理。鍋の中で揺れているのは、作り慣れている素朴なシチューなどだ。
「歌ったり踊ったり‥‥疲れてるだろうから‥‥」
 それは祭壇に捧げるのではなく、儀式を手伝う者やコーデリアに振る舞うつもりで作られたものだ。
「やっぱり‥‥美味しいものを食べれば元気が出ると‥‥思うのよね‥‥」
 手助けになれているかは分からないけれど、それでも得意なことで力になりたいから、と。
 実際、料理はとても上手く行った。ただ、鍋を運ぶのだけはとても大変だった。
 自分が苦労して運んだ鍋を軽々持つダーヴィトを見て、思わずエルバは零す。
「ダーヴィトは頼りになるわね‥‥本当に‥‥これからもお願いしたいくらい‥‥」
「‥んー、なぁ、エルバ」
 だが、ダーヴィトは考えるような素振りを見せた後、自然な態度で言った。
「もし構わないなら、地上行くとき着いてってもいいか? 折角出来た縁まで、手放したくは無いよ」
 驚いた顔を見せるエルバだったが、「これからも」と先に口走ったのは彼女自身だ。
 だからエルバは、ダーヴィトへ小さな笑顔を見せる。

 歌い踊る人たちの横で、祭壇へ向けてライラ(tj5364)は本を音読していた。
「そして、おひめさまとおうじさまは‥‥むむ、むー?」
 だけど、文字を読むのはライラにはちょっと難しくて。
「誰かよんでくださいませー!?」
「どうした、の」
 大騒ぎするシフールを見つけて、イルメラ・フォラント(tk6085)が寄って来た。読んでくださいと言われるままに、お伽噺を読み上げる。
「ありがとうございます♪」
「何で、これを捧げものにしたの」
 イルメラは、歌も踊りもできないからと、祈りを捧げることに決めていた。
 だから本の朗読を捧げるというライラの行動は、少し興味深かったのだ。
「魔法も精霊さんも、シフールも一緒にいた証のお話だからです♪」
 そして、答えの明快さに驚く。
「わたくしはきっとすぐに忘れてしまうけど、物語は残ります♪」
 ‥‥オートマタであるイルメラも、ティルノギアには思うところがたくさんあるけれど。
 シフールである彼女は、また別の思いがあるのだろう。そう感じて、イルメラは黙り込む。
「すぐ忘れてしまえるのは幸せなんです。でも覚えててくれる人は悲しいのです」
 そんなイルメラへ、ライラは思いを重ねて言葉にする。
「長生きが悲しいから、忘れるんです。きっと」
 幼いのか、老成しているのか分からないような発言に、イルメラはますます何も言えなくなって。
「成功するよう、お祈りいたしましょう!」
「‥‥、そうだね。望みに一番近い形になるように」
 2人一緒に、ただ成功を祈った。

 ララハト・ルクイア(tj9989)の力強い歌舞は、アルメリアの大地を思わせた。
 これまで生まれ持ったドラグナーとしての力を振るい、最後に生まれ育った中で得た力を役立てることができる。
 それはとても誇らしいことだと、ララハトは強く感じていた。
 踏み込む蹄に力が入る。舞台を叩く音が高らかに鳴り、身体の内までリズムに浸されるようだ。

 アイダ・ドシィ(tz0065)は祭壇には上らず、ただただずっと、必死に祈っていた。
(踊りも歌も得意じゃないけど、祈るなら私にもできるわっ)
 みんなの無事を、明るい道行きを。全力を注いで、願い続ける。
 そんなアイダの背中を見るような形で、ジルヴァ・ヴェールズ(tj8140)も1人、隅にて祈りを捧げていた。
 先程、リュードに貰った剣をお守り代わりに石へ力を込めて来た。
 結果、この期に及んで2色に分かれた石へ、ハーフエルフである自身の瞳を思い出して嫌味かと思ったりもしたけれど。
 ‥‥思えばハーフエルフに生まれた時から死も精神的苦痛も近くにあった。貴族の両親が保護してはくれたけれど、それでも苦しみが消えることはなくて。
(それに耐え生きたから月の加護を貰ったのかな?
 それとも月の加護があったから耐えられたのかな?)
 どちらにせよ。
(どちらであれ月の女神さまに最大の感謝を)
 目を閉じて、流れる音を聞く。とりわけ耳に入って来たのは、同じユーリアの、女神を慈しむ歌声だった。
 ‥‥この儀式が終わったら、女神はいなくなる。
 でも、その加護がなくなっても、自分はもう大丈夫だ、と思う。
(ハーフエルフの僕とでも大丈夫という女神さまのような誰かを探そう)
 隠れ住むか、人里に触れるかは悩みどころだけれども。
 魔法がなくなるから、戦術的な意味で苦手としていたエンダールにも、もう一方的な敗北はしないだろうし。
(『彼女』の条件も下がるしね)
 大丈夫。
 精霊がいなくなれば、精霊に嫌われていたって事実もいずれ忘れられるだろうし。
 逆境ともいえるけれど、それでも未来は明るかった。

◆儀式 〜発動
 全ての捧げものが終わると、女神が祭壇へ向かう。薄く音が流れる中、裸足の彼女はゆったりと歩みを進めた。
 髪に飾った花が揺れ、ローデの香りが尾を引く。指輪と耳飾り、そしてコインのお護りが、柔らかに光を撥ねる。
 ゆったりとした女神らしい貫頭衣がゆらゆらと揺れ、歩いた後にはまるでシフールのような燐光が残った。
 儀式魔法の発動に向けて、捧げものや祈りから着実に力を得ている‥‥それが一目で分かる風貌。
 女神へ向けてカーラは歩み出て、槍を飾っていた花を挿した。そして自分は、先端に刺していた林檎を斬って口に含む。
 神と共に食事をし、共に生きることを示す。その風習に倣ったものだという。コーデリアは新たに髪を飾った花を撫で、また一歩、所定の位置へと歩みを進める。
 ‥‥少し、躊躇いの感じられる足取り。
「ありがとうコーデリア」
 そんな彼女へ、ルーチェは語り掛ける。
「君と、君の周りにいる人達。皆に出逢えて光栄だった」
 感謝と、別れの言葉。
 それだけ告げると、彼はくるりと背を向け、祭壇から遠ざかる。
「わたしも――」
 思わずルーチェの背に言葉を投げようとして、コーデリアは踏みとどまった。
 ‥‥名残惜しいけれど。
 今、それをしてしまったら。もう神様としてここに立つことはできない気がした。
 ぎゅっと拳を握り、我慢して、祭壇へ向けて歩こうとするコーデリア。
 ココ・ルルノン(tj1611)が杖を振り、その効果で彼女の背中に微風を贈った。
 不思議な風をしっかり感じ取ったのか、女神は振り返る。
 だからココはもう一度、希望の小風を贈る。
(ココね、この先もずっと風使いでいようと思うんだ)
 こうして、魔法の力で風を起こすことができなくなっても。
 誰かの背中を押したり、導いたり。笑顔や気持ちで、心に風を吹かせてみたい。
 きっとやれる。そう信じている。
(ココの胸には、天竜宮で見つけた『自分色の風』が確かに宿ってるんだもの)
 そしてココは、心からの笑顔を向ける。
 すると、女神もまたつられて笑う。ありがとう、と口を動かして、前へ向き直って歩いていく。
(ココたちは失くすわけじゃない。生き方も絆も、育んできたものは、全部ちゃんとつながっていく)
 だから、女神も恐れずに、前へ。
「ま、生本番の一発成功で頼むぜ、女神さんよ!」
 その背中へ、ロウが粗野な風情で声を掛けて。何だか意味深な言葉遣いに、周囲の注目を一身に浴びた。

「世界が変わるのか‥‥なんか実感沸かねぇな」
 いよいよという気配を察して、リクハルド・シルヴェン(tk6392)がぼやきを零す。
 音楽は絶えず鳴り続け、食べ物の良い匂いが鼻をくすぐる。まるで普通のお祭りみたいな光景だが、これで世界は様変わりするのだというから驚きだ。
「ふふー、上手くいけば世界を救ったんだぞって自慢出来るんですよー!」
 何せ儀式に参加したんだから。リクハルドの隣で、メルチェ・エスティラ(tk6803)が胸を張った。
 参加、といっても。
 別に大したことはしていない気がして、リクハルドは据わりが悪くなる。
「祈る事も、力になれんのか? ‥‥だったら」
 メルチェに、手を差し出す。できれば彼女と、手を繋ぎながら祈りたい。
 一瞬、彼女はその意味を計りかねたらしい。自分に向けて伸ばされた手をまじまじと見つめた後、笑ってその手に手を重ねた。
 だが、ここからが予想外。
 繋いだ手を起点に、メルチェはリクハルドを引っ張ったのだ。
「わっ?」
「ほら、踊りますよー☆」
 何か誤解されたらしい。
 訂正しようとしたリクハルドだが、まあいいかとも思う。踊りながらだって、祈ることはできる。
(俺にとってこいつは‥‥メルチェは、すげえ大事な奴なんだ‥‥守りたいと思ってるんだ。‥‥そういう想いも、力になれるなら)
 踊りに付き合いながら黙してしまったリクハルドを見て、メルチェは零す。
「‥‥あたしたちオートマタがただの人形になってしまうかもしれなくても、あたしはリクハルドがいれば幸せですよー☆」
「え?」
「大丈夫、うん、大丈夫」
 言い聞かせるような声は、きっと不安も感じているからで。
「‥‥」
 未来が拓けるなら、幾らでも祈るから。
 頼むから、無事、生きて。幸せな未来を‥‥。
 どこか不安を感じたのは、リクハルドとメルチェだけではなかった。
 ラズリーも演奏を止め、アルディスと手を繋ぐ。指輪は重なり合って、2人の空間を作り出した。少しだけ、安心が広がる。
 ナヴィも心から祈り、隣のアーシェを見上げる。
(多くは望まない、妻が寿命をまっとうするその時まで一緒にいられればいい)
(平和になって、家族一緒に安心して生活したい)
 シルヴィも祈り、隣のルシェルも目を閉じる。
 妻の不安を吹き飛ばすように、スィエルも小さく歌を口ずさんだ。

 所定の位置に立つと、コーデリアは深呼吸する。
(――準備、できた)
 確信があった。
 自分の中に湧き上がる力が、辺りの空気を取り込んで膨れ上がっているものだということ。
 そして今なら、きっと儀式魔法を完遂できると――そんな確信が。
 だからこそ。
(こわい)
 焦がれる人。可愛いシフールたち。
 どちらかとは、どうしても離れ離れになってしまう。
 ここに来て震える手を隠すように、コーデリアは両手を組んで祈りの姿勢を作る。
 みんながこの先も、未来を進んで行けるように。
 そう念じて思い浮かぶのは、まずやっぱり大好きなジルのこと。
 他にも仲良くしてくれた人物の顔が浮かんでは消え、思い出もまた連想されて蘇る。
 メイに守られたときのこととか。ジンジャーが泣いてくれたこととか。
 海でぬるぬるの触手に追いかけられたこととか。ダッシュパインに追いかけられたりとか。欠片を目覚めさせる時は、寒かったり、怖かったりもしたっけ。
 思い出しきれないくらいに、たくさんの思い出があって。それはコーデリアだけではなくて、きっとみんなにも。
 ドラグナーのみんなにも、天竜宮で過ごしてきた思い出があって。
 地上に生きるみんなにも、懸命に生きている日々があって。
 全部関わって、繋がっている。
『信じるわ、コーデリア』
(エイミーちゃん)
 思い返しはとうとう、つい先ほどのことにまで及んで。
 次にリフレインしたのはギィの言葉。
『それでもコーデリアは下を向かず今を選んでくれた、とても多くを』
(わたしの意思――わたしが選んだ?)
 きっと、そうではなくて。
 コーデリアは選ぶまでもなく、決めていた。
 ドラグナーたちの役に立てるような選択をしようと。ドラグナーたちを信じて、彼らに尽くそうと。
 コーデリアはいつだって、あくまでメッセンジャー、想いを届けるための補助をする配達人に過ぎなかったのだ。
 そしてその結果、今ここに立っている。彼らが幸せな明日を迎えられるように――幸せになるため、懸命に生きることができるように。
(大丈夫)
 信じてと言ったのだ。
 そして、信じてもらえたのだから。
 コーデリアも上手く行くことを信じ、精一杯の大声で儀式魔法の最後を飾る。

「――ティルノギア!」

 透明な水晶の内から、光が膨れ上がる。それに圧し負けるように、水晶は音を立てて割れた。
 あまりの眩しさにドラグナーたちは目を細める。ごうごうとまるで嵐のような音が響く。
 どうにかその発生源へと目を凝らすと、水晶の欠片がぐるぐると環を成して巡り、その中央にコーデリアが浮いていた。
 目を閉じた彼女はだらりと腕を投げ出しており、意識が無いかのように見える。
「コーデリア!?」
「いけませんわ!」
 エイミーがひきつった声を出し、アナスタシアが駆け寄ろうと天竜宮の地を蹴った。
 しかしアナスタシアの身体は、コーデリアと水晶の環から発される光を伴った風に弾き飛ばされる。
「っあ!」
 地を滑るアナスタシア。飛ばされてしまいそうな細い身体を、モーリスが地面に押さえつけた。
「――落ち着いて」
 職業柄、死者の顔を見て来たモーリスには、コーデリアは死んでいるようには見えなかった。
 先程ティルノギアの意思と交信した時と同じ。恐らく神の依り代となった為に、意識がないのだろう。
「ですが、っ」
 言葉もままならないのは、衝撃の波のせいだ。
 嵐のような、或いは渦潮の中にいるような錯覚を覚える、光の奔流。

◆愛を謳う
 祈りは足りて、ティルノギアは発動したようだった。
 けれど、暴れ狂う光に曝された者たちは、一様に不安を胸に抱く。

「――っ」
 あまりの風に、ダフネ・フォクト(te5207)の歌が途切れる。
 幸せを呼ぶような、心を鼓舞する歌。彼女にとって最後の魔法となるはずだったそれが唇から掠れ消えると同時に、ドラグナーたちを不安が襲った。
 髪は狂ったように暴れ、眩さと風とで目を開いていられなくなった。
「ダフネちゃん――!」
 だが、そんな荒ぶる光の奔流の中、確かに感じるものがあった。
 薄く目を空けると、奔流から守ろうと懸命にダフネを守ろうとしている影が見える。
(――クルシェさま)
 指先に、確かに結ぶ温もり。
 愛を知らなかったダフネ。女神の僕、月の踊り子――神秘的ゆえに誰をも本当の意味では近づけなかった彼女は、天竜宮に来て変わった。
 光に揺れ、嵐に揺れ、雨に濡れても、震えながら健気に咲く、ただ1輪の素朴な花のように変わったのだ。
 そして、花として咲くことを許してくれたのは。
(あたたかい)
 彼がくれる温かさからダフネは唯一の愛を知り、全き愛をも識った。
 だからこそ祈る。
 人々の、仲間たちの選択の先が、幸福な道であるように、と。
 だから――荒れ狂う奔流になぶられながらも、彼女はそっと息を吸い込んだ。

「輝く欠片を 言葉で繋いで
 君に捧ぐ 夢物語
 境界の向こう 空を越えてく
 響いた鐘の音 足跡増えてく」

 ダフネは、途切れた歌を再び謳った。

「青の地平 咲く花の香り
 水に零れる 星屑の燐光
 彩る世界を歩いていく
 君の笑顔を ただ願う」

 想いを込めて、丁寧に音を紡ぐ。
 荒れ狂う音の中、自分の声すら聞こえない中で、それでも紡いだ。
 すると――。

「祈りは空へ 全て未来へ
 記憶はただ両手で抱きしめて」

 聞こえて来た。
 自分の声ではない、自分の歌が。

(届いて)
 多くの祈りと歌声が重なる今だからこそ、届くかもしれない。
 誰もが幸せであるように。
 地上の人々に幸せが降るように。
 そんな祈りが、神へと――。

 か細い歌声は、やがて重ねられ。
 祈りとなって、光を纏って輝き始める。

◆魔法障壁
 光の奔流が生まれたその時、魔法障壁は抜かりなく展開された。
「障壁、保ちません!」
 だがすぐに発されたエストリアの切羽詰まった声に、メルもまた焦りを滲ませる。
 死力を尽くして想いを、精霊力を絞り出してくれたドラグナーたち。
 それでも尚、足りないのか。それとも他の何かが足りなかったのか。
 管制室の錬金装置が示す表示は、悪化の一途をたどっていく。
 何か方法は――。
「――!? 待ってください」
「これは‥‥」
「持ち直しています。そして‥‥何か、別の力が生まれています!!」

「え?」
 誰かから発された、不思議そうな声が漏れ聞こえた。
 その理由は、誰もがすぐに理解した。
 ドラグナーたちの身体から、半透明の何かが出現し始めていたのだ。
「エシュローンッ!!」
 リティルが思わず悲鳴を上げた。彼女から出たのは炎の塊‥‥エシュロンだった。
「えっ、えっ? どうしてですの?」
 そして同時に障壁内、ルネットが混乱した声を出す。
 ついに障壁が破れてしまったのか? 自分の存在は消えてしまうのか。恐怖から、シフールは思わずクセルへしがみついた。
 だが、怯えは別の感情へと様変わりした。
「あ――」
 ルネットの小さな身体から、大きな大きなユニコーンが姿を現した。
 神秘的な白馬は、ルネットをちらと横目に見て‥‥障壁の向こうへと跳び込んだ。
 そしてダーヴィトからは、翼の生えた白馬が。更には隣のハイレンまでもが、障壁に向かって進んでいく。
「‥‥っ」
 別れが来るとは分かっていた。
 でも、こんな形で。まさか背中を見送ることになるなんて。
 何も言えないでいるダーヴィトへ、ハイレンはゆっくりと振り返り。
「ありがとう、ダーヴィト」
 先程言わなかった言葉を、そっと告げた。

 そして、リスティベルの身体からは、バクが。
「バクさん。今まで力を貸してくれて、ありがとうございます」
 バクはリスティベルと向き合い、嬉しそうに体をよじる。
「私は、もう大丈夫です。でも最後に一度だけ、力を貸して下さい」
 そのつもりでいてくれていることを何となく理解しながら、リスティベルはそう言った。
 ‥‥この世界に残りたいと願う人たちに、自分と同じ悲しみを与えたくない。
「だからどうかティルノギアの離別から、その人達を守る力を!!」
 名残惜しそうに鼻をひくつかせると、バクはリスティベルに背を向けて、障壁へ向かって飛んで行った。
 リスティベルのバクだけではない。まるで荒ぶる奔流から障壁を庇うように、ドラグナーたちの守護精霊は次々と飛び出していく。
 自分の身体からふんわりと抜け出た大蛇に、サフィーロスは手を振った。
「さよならは言わないぜ、ヒドラ。地の精霊よ! ‥‥待った、もし美人だったら惜しいものが‥‥!」
 ヒドラは、何か言いたげな目でサフィーロスを見て。
「なんてな、冗談だ!」
 パッと笑顔になったサフィーロスは、快活な笑顔で見送る。そこから少し離れた場所で、トパージオからもカーシーが抜け出ていた。
(別れの言葉は‥‥口にしません。ただ、ただ‥‥感謝を)
「私に、守る力を‥‥貸して下さって。有難う、御座いました」
 カーシーは、茶目っ気たっぷりの仕草を見せた後、何も言わずに去っていく。
「離れてもずっと忘れない、ずっと大好きだよ!!」
 叫ぶラズリーに手を振って、バクとエレメンタラーフェアリーもまた、障壁の向こうへ飛び込んでいき。
 そして、アドのユニコーンも、また。
「こんなにすごい力、ありがとう‥‥僕、いっぱい、いっぱい‥‥頑張れたんだ」
 自分から抜け出たユニコーンに感謝を述べる。
「守護精霊、さん。君がいたから僕は‥‥今ここに、立っていられるん、だ」
 天竜宮に来る機会をくれて。
 自分をここまで、歩かせてくれて。
「感謝しかないよ。ありがとう。‥‥お返しするよ」
 最後にそっと、ユニコーンの背を撫でる。
 半透明の精霊は、触れることはできなかったけれど――ユニコーンは気持ちよさそうに目を細めて、くるりとアドへ背を向ける。
「またね」
 最後だと知りながら。
 アドはそう言った。

 障壁が受けるべき奔流を、守護精霊たちが身を挺して受け止めた。
 そのことによって障壁は輝きを取り戻し、再び光の奔流を遮断する。
 そして。
 奔流は収束するように融合し、障壁の外で眩い光が放たれる。
 そのあまりの眩しさに、誰もが目を閉じる――‥‥。

◆全ての終わりと始まり
 ‥‥目を閉じて尚、真っ白な世界。
 余韻を残して、光が晴れて。
「痛たた」
「だい、じょうぶ?」
「生きてるか!?」
 ざわざわと周囲の言葉が耳に入り始める。
「‥‥ユール?」
 フラーグリアもまた、愛しい人の名を呼んだ。
 とにかく眩い光に包まれていたから、目が眩んで何も見えない。
 もしも、目が慣れた時に、愛しい人がいなかったら――不安に心臓が潰れそうに痛んだ。
 だがそんな痛みも、すぐに消えていく。
 指先には――変わらない温もりが残っていた。
「フラグ」
「――ユール!」
 手元の感触を引き寄せ、抱え込む。まるで、決して離すものかというかのように。
 そして、やがて目が慣れると、ゆっくりと身体を離して相手の顔を見つめる。
 至近に現れたのは、誰より大切な――ユールの赤く染まった頬。

 そして、同じ頃。
「――っ」
 ロサの口から、言葉にならない声が零れた。
 合身、呪いの言葉。それらを試してみなくたって分かる――明らかな感覚の変化。靄に身体を浸していたような生命は、カオスを失いただの人へと変わっていた。
「ロサ」
「ラグさん、私‥‥!」
 ラグラージュは何も言えず、ただ彼女を引き寄せ、固く抱き締める。ロサもまたラグラージュへ縋りつき、大粒の涙を零しながら只管に泣いた。
 もう二度と、手にできないと思っていた幸せ。
 それは今、愛する人の温もりとなって、ロサの両手へ帰って来たのだ――!

 雪の様に、光が降る。
 奔流にその身を浸した者たちは、全員が魔法の――精霊の力を失っていた。

◆新世界
 世界に蔓延っていた闇は、すっかりと晴れていた。
 どんよりとした空気は消え去り、カオススポットの黒も、あの赤紫の花も、変質した人々も見られなくなって。
 穏やかで優しい自然が揺れる中。
 ただし、清廉な気配を漂わせていた精霊の気配、その神秘性もまた、姿を消していたのだった。

 その後。
 まず、石に力を宿す際に『やり過ぎた』者たちが、意識を取り戻した。
 それは彼らから抜け出ていった守護精霊や精霊力から贈られた最後の祝福だったのかもしれないし、或いは彼ら自身の思いの強さが生きる力を与えたのかもしれない。
 そして、オートマタは人になっていた。
 混沌合身はできなくなり、螺子の代わりに柔らかな関節を得た。

 詳細を知るべく、何名かの魔法を宿したドラグナーたちが実験を行った。
 マグノリアがネックレスの効果で火を吹いてみようと試みたり‥‥。
 結果、分かったことが幾つかある。
 まず、天竜宮では確かに使えた魔法が地上では使えず、魔法を宿した道具もその効果を発揮しないこと。
 そして、精霊合身ができないこと――。

 最後に、コーデリアのこと。
 光が晴れたとき、彼女はそこにはいなかった。
 たくさんのシフールたちと一緒に、シーリーヘイムへ昇華されたのだろうか?
 それはそれで、きっと幸せなのかもしれない。だが、離れたくない人がいて、残りたいと願っていた‥‥そんな彼女の気持ちを考えると、少し心が痛んだ。
 ドラグナーたちが念のためにポータラカを捜索しても、彼女の姿は見つからず。
「‥‥絶対また逢える、か」
 一度天竜宮へと呼び戻されたジルは、ぐるりと周囲を見渡して嘆息した。
 結局、自分は彼女の役に立てたのだろうか。
 大事な時に、傍にいてやるべきだっただろうか。
 だが――ジルは、最もすべきことをした。
 世界を揺るがす大きなことを成したわけではない。それでも、彼の成すべきと感じたことを成し‥‥そして、コーデリアを守ろうとしたのだ。
 ただ、どうしても。
 最後に声を聴きたかったと、そう思ってしまう‥‥。
「‥‥ちゃーん」
 そのとき。
「ジルちゃーん」
 声が聞こえた。
 幻聴かもしれないと思った。だが――そうではない。
「降ーろーしーてー」
 捜索隊が、一斉に上を振り仰ぐ。
 ポータラカと常冬の領域、その境目。
 大きな樹の、頑丈な枝の上で。
 まるでクリスマスの飾りのように、コーデリアはぶら下がっていた。

 彼女は神性や力など、全てを失っていた。
「何かね、守ってもらったの」
 ぽつぽつと零された要領を得ない話を纏めると。
 ティルノギアの光が満ちて、身体がただの力へと分解される感覚がして。
 ああ、こうしてシーリーヘイムへ行くんだな、と思った時。
 誰かの声‥‥たくさんの声が、コーデリアの周りを取り巻いて、身体を引き戻してくれた。
『コーデリアの望みが叶うように』
 それは、コーデリアを想ってくれたドラグナーたちの声だった、と。

◆結末
 メルは魔法的存在だから、コーデリアは自分でも気づけない神性が残っていたらまずいから。そんな理由で、2人は天竜宮に残ることになる。
 ドラグナーたちは、自身の選択どおりに。
 光に呑まれたシフールはシーリーヘイムへ。
 障壁の中で魔法を持ち続けたドラグナーたちは、天竜宮に。
 そして、魔法を失ってただのコモンとなった元ドラグナーたちは、地上へ――。
 それぞれが、それぞれの未来を歩み出す。

 やがて、ドラグナーたちは人々の目には見えなくなり。
 魔法や精霊は、お伽噺の存在となる。
 世界は巣立ちを迎え――愛し子たちは、自分の足で旅立ったのだ。

参加者

◆MVP

シャナ・ヴァルガ
(ta8696) パドマ風
モーリッツ・キルドルフ
(ta9247) エンダール月
シアン・ヴィンター
(tb8298) パドマ水
ダフネ・フォクト
(te5207) パドマ月
ロージア・メルカトル
(tj1921) パドマ地
リベラ・ルプス
(tk7277) パドマ陽

◆参加者一覧

セレスタイン・オブライエン(ta0002)H風
キョウ・ミツルギ(ta0035)W月
マーヤ・ワイエス(ta0070)P火
サポート
オードリー・ハミルトン(ta0101)W地
マリン・ポムポム(ta0173)H水
アーク・レイクウッド(ta0476)W風
ギィ・グランジェ(ta0481)P陽
モーリス・エメント(ta0535)E月
ケトラ・アトリー(ta0567)W水
ジンライ・ロランベルグ(ta0726)H風
ピーター・スターロード(ta0766)W火
プニ・ロランベルグ(ta0779)E火
ラズリー・フェリット(ta1008)H月
レア・ナチュール(ta1113)P風
サポート
タバサ・アイルーン(ta1614)H月
エイミー・フォレスト(ta1627)H月
ライトニング・ブガッティ(ta1827)H風
チェロ・テンペスタ(ta2036)E風
セーユ・エイシーア(ta2083)E陽
イクス・アクスティア(ta3880)E水
サポート
ラクシュアル・ラミュール(ta3929)P火
マウリ・オズワルド(ta4409)H水
エリザ・レッツェル(ta4659)P月
ユニコ・フェザーン(ta4681)P地
シャムロック・パストラーナ(ta5458)E火
アルディス・クランドール(ta5940)H風
エルマ・シュタイアー(ta6051)W月
パシフローラ・ヒューエ(ta6651)E火
アイオライト・クルーエル(ta6724)W風
サポート
リベルト・クレパルディ(ta6844)E風
シャロン・サフィール(ta7085)P風
セツナ・アインスベル(ta7726)E地
デューク・レイクウッド(ta8358)W月
シャナ・ヴァルガ(ta8696)P風
モーリッツ・キルドルフ(ta9247)E月
サポート
グラナート・ベルファイア(tb0129)W火
リプレ・アルフォート(tb0287)H火
レグルス・オークス(tb0677)P陽
ビーネ・アイヒロート(tb1494)P風
ラキュエル・ガラード(tb2724)W陽
トパージオ・アウレウス(tb4680)E月
アシル・レオンハート(tb5534)P火
カナタ・ミツルギ(tb6087)W火
シエル・ラズワルド(tb6111)H風
オニキス・クアドラード(tb6518)E月
サポート
レイナス・フィゲリック(tb7223)H陽
サポート
ショコラ・ミルフィーユ(tb7879)P地
シアン・ヴィンター(tb8298)P水
ベルシュット・フリューリン(tb8346)W陽
ファーエル・ラスティード(tb8822)W火
メイ・マートン(tb9157)P月
カーラ・ヤー(tb9288)P風
マリク・マグノリア(tb9365)H月
ミラベル・メルティーア(tb9768)P水
アスク・ウォレス(tb9862)E水
マルグダ・バラン(tc0368)E月
クレド・バラン(tc0415)W火
シューリア・シーリア(tc0457)H月
シオ・カチヅキ(tc0759)H地
スィエル・アーベント(tc0760)P月
テテュス・アーベント(tc0850)P陽
シルト・グレンツェン(tc1016)W火
フィザル・モニカ(tc1038)H水
レヴィン・アンゼ(tc2374)W風
ロゼリカ・アリス(tc2590)H火
ウリエン・エレクトラム(tc2839)E陽
ラプトゥーン・アベスト(tc6518)W月
サポート
エターナ・クロウカシス(tc7434)P月
アルビレオ・マクレーン(tc7812)P風
セレン・ヘイズ(tc8225)P地
クルシェ・ファンドニア(td0106)H火
エリシス・ヴァゼラード(td1054)E水
ティラミス・ノーレッジ(td1157)P風
ファム・シャハル(td1602)H月
ミーナ・メルクーア(td3715)E水
ティティ・ガラード(td5352)H月
フラーグリア・ハピネス(td5673)E風
アーシャ・アルトゥール(td6602)H火
ローゼ・ビキシバイト(td7506)E風
リャマ・イズゥムルデ(td7895)P火
アクアティナ・アイシーア(td8896)E水
サポート
グレゴール・ヴァイツ(td8903)P地
ロレンス・フェルタール(td9471)E火
イデアール・ヴェルト(td9857)W風
ルゥ・ゼークト(te3841)H陽
ダフネ・フォクト(te5207)P月
ダーヴィト・ベルネット(te5488)W陽
カルミーニオ・クストーデ(te6064)E火
リスティベル・フィアマイン(te8337)P月
ミカ・ユルハ(te9100)W火
ジル・ヴァサント(tf1251)P水
シヅキ・グリム(tf1369)E風
エリシオン・クリスタロス(tf2825)P火
ガリョウ・シェイドネス(tf3167)W月
クレア・ジェラート(tf3225)E水
ルドラ・ファートゥス(tf3549)E水
エルナ・カチヅキ(tf3794)E風
エルバ・ナルバエス(tf4702)E陽
ユビキタス・トリニティス(tf5247)H風
サポート
サクヤ・クリスタル(tf5262)P地
サポート
ジオ・ラーヴァロウ(tf6273)H火
ラペーシュ・レルーネ(tf6311)E月
ジザ・キリュヌカ(tf7124)H火
リン・コンルゥ(tf7157)W水
サーキット・バイブル(tf7829)H水
イズルード・ドレッセル(tf8752)P風
ロベルト・テスラカイト(tf9107)E水
アルマ・タロマティ(tf9220)H火
マーリオン・シャッツィ(tg0478)H水
ツヴァイ・ドラグリア(tg1256)W陽
リーゼロッテ・マグヌス(tg1669)P地
キリエ・フェルディス(tg3925)P月
バムクエル・オスト(tg3938)W陽
アプルル・シャルドネ(tg4634)P水
ヒューイ・ラザラス(tg9007)H風
ルーチェ・サフェンティ(th0748)P月
クセル・クルヴァイト(th5874)P陽
ソアーヴェ・パストラーレ(ti2273)E風
メリィ・ニコル(ti2413)H月
レイラ・バルテュス(ti4498)E月
リリティア・グラス(ti4611)E月
ウィルトス・クロマイト(ti4870)W月
カーム・ヴァラミエス(ti5288)W風
ハルト・エレイソン(ti5477)W地
シーザー・クイーン(ti5526)P火
サポート
ゾーク・リジェクト(ti5670)W水
ノルン・スフィア(ti5745)W水
シェーン・オズワルド(ti5753)H水
リティル・アーゼイ(ti6273)W火
コレハ・オタワ(ti8016)P陽
マグノリア・バイブル(ti8081)W地
ユーリア・エンデ(ti8377)P月
アリスフィア・メルス(ti8412)P月
ナイトポーン・シャルド(ti8440)W地
クルト・オズワルド(tj0327)P地
オルレアン・ベルジュ(tj0450)W地
アド・ラントカルテ(tj0616)E地
ルクスリア・モール(tj1016)E火
ハスニール・バイブル(tj1036)P火
ココ・ルルノン(tj1611)P風
ユウキ・アオイ(tj1834)W風
ロージア・メルカトル(tj1921)P地
シュウ・カチヅキ(tj2357)W陽
ティエルノ(tj2472)H火
エール(tj2479)P陽
デイジー(tj2504)P水
テオ(tj2530)P月
ネー(tj2543)P風
ルネット(tj2664)P地
シネラリア(tj2817)P水
ソディア・ブレイブ(tj3138)E陽
イリス(tj3625)P陽
キリア・クイーン(tj3891)E風
シャインアイ(tj3923)P陽
カイエン・シュルズベリ(tj4060)W月
スピネ(tj4382)P陽
セイ・ミツルギ(tj4453)E陽
アンネ(tj4784)P水
メイベル・フラガラッハ(tj5250)H風
アンリルーラ(tj5260)E水
ライラ(tj5364)P月
アーシェ・フォルクロア(tj5365)H風
ナヴィ・アルティシア(tj5711)E水
クレティアン・リベール(tj5834)E風
ポーレット・ドゥリトル(tj5975)E地
シルフィ・レオンハート(tj6032)E風
ジン・マキリ(tj6129)W陽
サフィーロス・アルギュロス(tj6168)P地
エルディ・レオンハート(tj7996)P火
ヘルマン・ライネケ(tj8139)P水
ジルヴァ・ヴェールズ(tj8140)W月
プリムローズ(tj8400)P火
エリーゼ・エヴァンズ(tj8566)P陽
ソフィ・レン(tj8689)W火
エッダ・アーベント(tj8699)W陽
フィロメナ・アーベント(tj8905)H月
フィリーネ・ランデル(tj9100)P水
クアナ・ウィトコ(tj9401)W地
ヴォーパル・ラファーガ(tj9428)W地
ラザク・ハザク(tj9701)W風
ララハト・ルクイア(tj9989)W陽
ウィーピング・ムース(tk0134)W地
リーシャ・レイクウッド(tk0251)E風
ジーク・レイクウッド(tk0255)W火
メイベル・クランドル(tk0291)E月
ジンガ・グライグ(tk0324)W月
アビゲイル・タンボイ(tk0485)W陽
レズリー(tk0952)P月
アヴェス・コルタール(tk1373)W陽
アスター・ストークス(tk1402)H陽
シズネ・カークランド(tk1515)W月
アナスタシア・クイーン(tk1622)E火
トスカ・ヴェント(tk1650)H風
シューセイ・アイーサワ(tk1824)E月
シース・アイーサワ(tk1851)H陽
シナト・シュンラン(tk1860)P風
フィリナ・フィリドゥ(tk1967)H月
シルヴィ・アルティシア(tk2028)E風
ヴォルフラム・エルスタール(tk2108)W火
クヴェン・コーヴィン(tk2115)H地
グレイ・フォスター(tk2122)W火
ロウ・バレルギア(tk2374)H水
ハヤト・ウルファング(tk2627)W風
メリル・ネイヴェ(tk2832)H地
クリスティン・カートライト(tk2845)H水
レイシス・オルトラード(tk3037)W水
ジェイド・ナイトノイズ(tk3078)W火
ベドジシュカ・カレロヴァー(tk5208)W地
シグルーン・ケーニギン(tk5329)W風
サポート
マティアス・ネルケ(tk5396)P陽
ヴァイス・ベルヴァルド(tk5406)E月
サポート
ハツルギ(tk5479)P水
シェーリア・カロー(tk5515)H風
シーキ・シュンラン(tk5529)E月
ギュンター・ディアマント(tk5611)H水
カレス・カンパニーレ(tk5628)H月
キャサリン・ステイシア(tk5804)W水
ゼフィルス・シャード(tk5811)W風
シャール・クロノワール(tk5901)W火
マナ・リアンノ(tk5914)H水
イルメラ・フォラント(tk6085)W陽
アリシア・アンヘル(tk6251)H火
アイン・バーレイグ(tk6291)W陽
アロイス・ディアマント(tk6315)W陽
ジュリエット・レスタ(tk6336)H火
リクハルド・シルヴェン(tk6392)H火
ラウノ・シルヴェン(tk6396)H風
ロサ・ルゴサリア(tk6634)W地
アナベル・ティア(tk6659)W地
リヤ・クライフ(tk6685)P月
ジンジャー(tk6688)P陽
ヴィクラム・タラサプナ(tk6712)W月
ベラニーチェ・アザロ(tk6730)W水
メルチェ・エスティラ(tk6803)H火
ドローレ・ルスト(tk6826)H風
フリード・ゲオルギウス(tk6828)W地
ルドヴィーク・クリシュ(tk6952)W水
シャオ・リリィ(tk7065)H風
ストック(tk7069)H火
サラ・アセンダント(tk7194)W地
リュード・カーライル(tk7218)W火
リベラ・ルプス(tk7277)P陽
ノーナギンタ・ノウェム(tk7324)W水
ディアナ・エルスタール(tk7469)P月
ムート(tk7643)P月
ゲオルク・テスラカイト(tk7770)W火
ウルズーラ・テスラカイト(tk7848)E月
バンリ・ソレイユ(tk7854)W陽
ジーニャ(tk8135)E地
ルタ・バクティ(tk8199)W火
エト(tk8210)P地
ギゼル・ファルソ(tk8225)P月
ディナイアル・ヴァイツ(tk8401)W地
エーベル・ヴァイツ(tk8407)H火
ローズ・クアドラード(tk8590)H火
サポート
シーラ・ボンバス(tk8615)E風
セーラ・ボンバス(tk8637)E陽
サウレ・エルスタール(tk8688)E陽
ルシェル・アルティシア(tk8696)H水
ジェミナ・エルスタール(tk8709)E地
ヴィクトル・カレーニア(tk8717)E陽
コーデリア・リトル(tz0002)P陽