担当MS:カランコエ

そして続く物語

開始料金タイプ分類舞台難易度オプション状況
17/05/22 24:0010000 Rexコミック冒険地上仙級お任せプション 8人

◆参加者一覧

ユニコ・フェザーン(ta4681)P地
パシフローラ・ヒューエ(ta6651)E火
アシル・レオンハート(tb5534)P火
レイナス・フィゲリック(tb7223)H陽
ウリエン・エレクトラム(tc2839)E陽
ダフネ・フォクト(te5207)P月
ヘルマン・ライネケ(tj8139)P水
イルメラ・フォラント(tk6085)W陽

オープニング

◆語られるもの
 世界とは一枚のタペストリー。人生とはその織物を作る糸。世界は人々の作る様々な模様によってできていると詩人は謳う。

 あるところに、人生を病と傷を癒やすことに捧げた医師がいた。傷つき病に伏せる人々に手を差し伸べ、富を求めず、名誉を求めず、宮廷医師の招きすらその人を縛ることはできなかった。最新の知識や技術ばかりではなく、遙か遠く異邦の薬草やファンシェンの不思議な技法にまで通じたその人は、苦しみを癒やすことに持てる才能のすべてを傾けた。
 あるところに、剣を手に流離う旅人がいた。振るう技は達人のごとく、威力は備えど暴力ではなし。虐げられ嘆く人々に手を差し伸べ、理不尽と悪意に決然と立ち向かう時代錯誤の傑物。あたかも善きものと女神の教えを固く守り、人々のために尽くしたという遍歴のハイランド騎士のように。
 あるところに、不思議な物語を語る人がいた。空に浮かぶ島の話、凍れる海の女王とそれを愛する生き物たちのこと、スラヴォの廃墟に蠢く亡者の群れ、アトランティク洋を渡る女船長と荒くれたちの航海と冒険、新大陸の発見と驚異。あたかも自らがその場所にいたかのごとくありありと、その目にし、耳にしたかのように。

 あるところに、あるところに、あるところに‥‥
 時にそれは明るく色鮮やかに。時にそれは暗く哀愁を帯び。語られ、綴られる物語の人々は、時にこのような問いを向けられることがある。そのような優れた技術をどこで学んだのか? どうしてそれほどの情熱を傾けられるのか? 苦しみや悲しみに折れることなく、世界はきっと善くなると信じられるのはどうしてか?
 その人たちは、決まって笑いながら天を指さしたという。


◆語られぬもの
「――そうしてドラグナーは悪い竜を退治すると、空の島へと帰っていきましたとさ。めでたしめでたし」
 寝床の中、母の語る物語に目を輝かせていた少年が続きを欲してもぞもぞと身悶える。
「次の話は明日の夜にね」
「‥‥でも、明日が来る前に悪い竜がやってきて食べられちゃうかも」
「その時はドラグナーがやっつけに来てくれるわ」
 子供を寝かしつけるために親が語る、ドラグナーという物語。
 その名の意味を知るものはなく、由来は憶測と想像の間に挟まっている。竜のごとく強く賢いからだとか、優れたものが名乗る肩書きのようなものだとか。というのも、ほんの50年かそこら時代を遡れば、あるのは荒唐無稽な記録ばかり。人が祭壇から生まれるだとか。怪物が世界を闊歩しているだとか。人や生き物が歪み果て、世界は一度滅びかけたとか――
 胸躍る物語に目が冴えてしまった少年は窓を細く開けておっかなびっくり夜を見る。月が煌々と照らす昼ならぬ世界に、物語の影が見えないものかと。
 森がざわめく。へし折れる樹が上げる悲鳴に少年は目を見開き、眠りを妨げられた村は騒然となる。
 少年は見た。赤々とした鱗に覆われた巨大な竜を。世界から魔法、精霊、怪物が人の目から拭い去られ、忘却の潮が持ち去ろうとも、そこにいた竜の姿を。

「――世界から忘れられたものは、世界に干渉できなくなるのではないのか?」
 長い眠りから覚めた火竜が村に向かって一歩踏み出すのを見ていた人影が問う。
「竜は有り様が強いからな。完全に『忘れ』られるまで時がいる。おまけに機も悪い。月は満ち、妖精の目を持つ子までいれば影だって現に立ち現れようよ」
「どうする、竜が気まぐれを起こしてねぐらに帰る気になるまで待てないぞ」
 気取った風に言う誰か。焦燥に駆られて声を上げる誰か。
 答えは決まっている。
「悲劇を防ぎ、誰かを守る――世界が変わったとしても、それは変わらない」


◆補足
 本シナリオはキャラの立場によって、大きく二つに分かれます。どれか一つを(必ず!)選んでプレイングをかけてください。

A、地上に降りたドラグナー:魔法の力を持たぬ「普通のコモン」として地上でどんな風に生き、暮らし、生涯をかけて何を成し遂げたいのかをプレイングにお書き下さい。
B、天竜宮に留まったドラグナー:普段は天竜宮で暮らしていますが、有事の際には、地上に降りて人知れず戦います。今回の敵は火竜です。天竜宮残留のドラグナーは今でも魔力をもち、地上でも魔法が使えますが、地上では魔法使用回数が回復しません。


◆マスターより
 世界は変わり、精霊の加護は記憶の彼方へと押し流され――
 しかし、すべてが忘却の彼方に消えたわけではありません。
 地上人へと立ち返り、コモンヘイムにその記憶を残した人たち。竜宮人として今もなおコモンヘイムの悲しみに人知れず立ち向かう英雄たち‥‥
 地にあってドラグナーは人々の記憶に残る人物であり、人々に忘れられようとなんら変わらず英雄であることを、牛丸絵師の力を借りて刻みつけましょう!

◆コミックリプレイとは
 このシナリオは「ラスト特別企画」の一つである、「コミックリプレイ」です。
 参加するには、参加するキャラが美術室(STARS)にて作成された透過全身図をもっている必要があります。
 コミックリプレイは、ショートシナリオのリプレイに加え、「牛丸恵助」絵師によるコミックが作成されます(参加人数×1頁、4〜8頁)。
 プレイングには、キャラに行わせたい行動内容と共に、外さないで欲しい外見特徴やこだわり(刺青、ホクロ、服装等)を記入してください。服装・装備は出発時に装備しているアイテムやMYページに表示されているイラストを元に制作します。

リプレイ



◆そして続く物語
 それは、夢のようなお伽噺。
 魔法と精霊、運命に選ばれた者たち。恐ろしい怪物やドラゴン。困難に立ち向かい、勝利する英雄。
 悪い怪物、大きな悲劇、諍いや戦争。そんなものを解決し、めでたしめでたしで終わる物語。


◆養護院にて
 ウーディアの春は穏やかで、芝生の上に腰を下ろし、ユニコ・フェザーン(ta4681)は陽だまりの中で目を細めた。
 ゴンスケと、二匹の柴犬たちがきゃあきゃあと歓声を上げる子供たちの間を駆け回る。いつも困った顔をしているように見える茶芝は子供たちの果敢なスキンシップにも耐え、元気いっぱいの黒柴は男の子たちをぶっちぎり、垣根を跳び越え、庭を駆け回る。
 赤いマフラーを優しい春風になびかせ、悠然と子供たちと戯れる毛玉たちを見守るゴンスケの姿はSHIBAの貫禄に満ちている。
「立ち寄ってくれてありがとうございます。旅の途中だったのでしょう?」
 エプロン姿のウリエン・エレクトラム(tc2839)が眩しそうに目を細める。
「子供たちもあんなに嬉しそうで」
 充実した日々を送っているのだろう。天鵞絨のリボンで髪を結んだ彼の表情に、ユニコも少し切なげに笑う。
「私も、だ」
 なんでもない日常の風景。ドラグナーが勝ち取った未来。そのために払った代償は決して小さくはない。
「‥‥もう、魔法も使えない。先祖のような、英雄にはなれなかった、かもしれない。
 でも、こうやって、みんなが笑っている姿を見ることができるのが、嬉しい」
 失ったのは目指していた高み。得たものは子供たちの笑顔と未来。先に逝った英雄たちは彼女のことを誇りに思ってくれるだろうか。
「僕もです。今はまだ遠い望みですが、いつか、恵まれない子供たちも皆‥‥」
 もはや信仰のシンボルとしての意味しか持たないCROSSに、ウリエンは恭しく接吻する。
「‥‥ああして、幸せに育つことができれば」
 きっと、シーリーヘイムの英雄たちも認めてくれるに違いない。
「ウリエンせんせー!」
 今は遠い、多くの記憶からは拭い去られてしまった世界に思いを馳せる二人の元に、堪えきれない喜色を声に乗せて子供たちが駆けてくる。
「はーぶらがきたよー!」
 子供たちと全力で遊んできた柴犬たちを労う(そしてその努力と献身に驚く)ユニコを背に、ウリエンは微笑む。
 再会は、常に嬉しいものだ。


◆それは物語に命を吹き込むように
「おお、見よ。迎えるは女神の像。それは永き時の散りに汚れてなお、慈愛を失うことなくドラグナーに告げる――」
 養護院に併設された聖堂、その身廊から長椅子を退けて作った舞台が煌々と照らされる。華やかな舞台の上、シャウワールを爪弾きながら朗々と謳うはパルージャ情緒に溢れた衣装を身にまとったダフネ・フォクト(te5207)。副団長である彼女が連れるは移動劇団『fabula』。演目は『天の岩の劇団』という。
 遙か空の彼方にある竜の島‥‥そこに眠る天の岩を目覚めさせるべく、英雄たちが輝きを失った女神像の前で『人の生ける輝き』を演ずるべドラグナーたち。彼ら彼女らを代表して、仮面をつけた老齢のライトエルフの扮装をした劇団員が大仰な仕草で一礼する。
「長々とした挨拶は不要だろうと思うので手短に――女神様が与えてくださった、この世界の輝き。この舞台からそれを少しでも感じていただければ、幸甚に存じます」
 『団長』の挨拶を皮切りに、ドラグナーを演ずる劇団員たちが歌い、踊る。時に華々しく、時に静かに。
 執事服へと着替えたウリエンに引率された子供たちは夢物語の舞台に瞳を輝かせる。
「輝け、ドラグナー。その心のままに!」
「眠れる天の岩が願うは輝き、人の生き様――」
 ヒューマンとメロウ、異なる種族、異なる文化、二人の男女は遠く異国の舞いを通じて想いを交わす幕。
 『今』の常識では結ばれることない悲恋であるのに、メロウの女性はそんな屈託を感じさせることなく舞い踊る。光量の落とされた舞台の上で、流水のごとく滑らかに。閃く扇はわだつみの深みに泳ぐ魚のように。
「たとえ種族が違おうとも、見上げる青に空と海の差はあれど、重ねる想い等しく――」

 今日は星がよく見える。
 舞台が終わっても熱冷めやらぬ聖堂からは賑やかな声が漏れ聞こえ、団員たちのサービスに子供たちの歓声が響く。
「‥‥ふぅ」
 荷物を下ろしたイルメラ・フォラント(tk6085)が額に浮いた汗を袖で拭おうとし、着ているのが舞台衣装であることを思い出してもう一度ため息をついた。地上に降り立ってからどれほどの時間が経っただろう。世界を作り替えた奇跡によって人間の体は取り戻せても、失った時は戻らない。
 故郷に戻る気も起きず、ダフネの劇団に護衛としてついてきたのは彼女の謳う物語を多くの人に伝えたいからでもある。
 それは、すべてを奪われた彼女が残すことができた軌跡であり、この世界を守った証しでもあるからだ。たとえ人々は忘れても。いや、人々が忘れてしまったからこそ。
「あら、こんなところで」
「朝やるより今のうちにやっておいた方が楽だから」
 ダフネの声に振り返る。彼女がいないことに気づいて抜け出してきたのかもしれない。頬に手を当てた副団長――団長の席は劇団創立以来ずっと空っぽだ――は、頓着しない困った友人の振る舞いに嘆息する。
「だからって、そんな格好で?」
「髪をやったのはダフネだからね」
 ダフネは無言で微笑み、イルメラはバレッタを外して髪を下ろす。背の半ばまで伸びた髪は人の体を取り戻した証だ。背も伸び、細かった体は女性らしい丸みを帯びた(一部を除いて)。
「‥‥髪を弄られたり衣装着せられたりは、するけど。身繕い整えてくれて楽だから、いいかなって。髪が伸びるのも、背が伸びるのも、人間に戻ったからだし」
 表情があまり変わらないのはオートマタだった頃と一緒だ。だが、星を見上げるその瞳は万感の色を帯びて。
「‥‥地上に戻れて、本当によかった」
「そうね」
 しなやかな指がシャウワールの弦を弾き、夜のしじまを震わせる。
「世界に伝えたい歌も、知らせたい物語も、沢山あるけれど。でも今は」
 ダフネたちがなかなか戻らないことを気にかけたのか、それとも楽の音に誘われてか。ユニコとゴンスケたち、ウリエンがやってくる姿を見て彼女は曲調を変える。
「仲間との再会を祝して。一時を喜びましょう」
 満天の星空の下、ダフネの演奏会。
 かつて世界を救うために戦った仲間たちへと手を上げて珍しく薄く微笑むイルメラと、伸びやかに演奏するダフネ。

 今も変わらず天から見守る彼の人らのため
 地に物語が満ちますように――


◆白い花に囲まれて
 そこは思い出の残り香。
 いつか再び集まることができるよう作った、憩いの場所――

 それはエーデルワイスの花が咲く丘の一軒家、アルピニオとウーディアを繋ぐ街道の半ばに建てられた喫茶店。
 からん、からんとドアに下げられたベルが鳴る。
「いらっしゃい、『常花の家』へ――っとレイナス! 来てくれたんだNE!」
 猫の雑貨で溢れた店内、顔を上げたアシル・レオンハート(tb5534)が喜色満面で、来店した一家を迎える。
「相変わらず、お元気でした?」
「うん、うん。うちの家族もみんな元気だYO!」
 夫、レイナス・フィゲリック(tb7223)と固く抱き合うアシルの姿。天竜宮から降りても変わらない、そんな彼の様子を懐かしそうに見つめたパシフローラ・ヒューエ(ta6651)は、そっと二人の子供の背を押した。
「さ、ご挨拶しましょう」
「おぉっ双子ちゃんだ! 大きくなったNEー!」
 鼻血を吹き出さんばかりのアシルに、心得たものでレイナスはハンカチを差し出す。
 一人はパシフローラにそっくりなヒューマン。もう一人はレイナスにそっくりなメロウの子供。ヒューマンの女の子は大きな目をまんまるにして父と抱き合っていたアシルを見つめ、メロウの男の子はびっくりしたのか母の背中に隠れてしまった。そんな二人に手製の帽子と人形をプレゼントしたアシルは薫り高い紅茶をティーカップに注ぎながら問う。
「二人はどうしてたNO? ローレックで研究してたんだよNE?」
「妻は魔法に頼らない医療技術の編纂と、皆に忘れられた物語の編纂を」
 漂う紅茶の香りを楽しみながら、少し誇らしげに語るレイナス。
「レイナスさんは代わらずグリーヴァのことで頭が一杯で」
 口元に手を当てて上品に笑うパシフローラの言葉に、恥ずかしげに夫は頭を掻く。
「充実してそうだNE」
 だが、それならどうして遠くアルピニオの『常花の家』を訊ねてきたのだろう? アシルは首をかしげる。フロートシップが失われた今、オーディアからアルピニオまでは気楽な旅とは言いがたい。
「この子たちも世界を見せてあげたくて」
 双子を抱き寄せ、優しく包み込むパシフローラ。
「私たちが守った、世界を」
「ようやくグリーヴァの幕府から許可が下りて、ナガサキのデジマに渡航できることになったんです。その前に、アシルの顔を見せておきたくて」
 グリーヴァは東の果て。七精門もない今、ひょっとしたら今生の別れになるかもしれない。だからこそ、二人はアルピニオまで足を運んでくれたのだろう‥‥
「双子ちゃん、俺がお話してあげるYO」
 そんな想いを汲み、絵本を手に鼻血を吹かんばかりに笑み崩れるアシル。かわいいのは別腹である。
「ドラグナーのおはなし?」
「おかあさんがよくしてくれるの」
「そっか。じゃあ――」
 目を丸くしたアシルは優しく微笑み、一冊の本を開く。
 ギャグ調から一転して優しい笑顔になったアシルが一冊の絵本を開く。


◆物語の夜
 巨体が前に進むたび大地が揺れる。村人たちは、ただ一人の少年を除いてなにが起きているのか把握できておらず、不安げに辺りを見回すのみ。
 ほんの数歩も火竜が歩みを進めれば、竜の吐息は村に届くだろう。
 村にくるりと背を向けたヘルマン・ライネケ(tj8139)は、観客に向けてアピールするように右手を大きく差し伸べる。
「村に被害を及ぼさないことが第一だ。あちらの谷まで誘導しよう。川を挟んでしまえば延焼も心配いらないだろうから」
 迅速に、的確に。周囲の状況と地形を勘案し、村の危機を救うため共に降り立ったドラグナーたちへと彼は指示を飛ばす。
「私の足で鬼ごっこは辛い。頼むよヴィルヘルム」
 火竜の気を引き、誘導しろ。耳を疑うような指示にフィールドドラゴンのヴィルヘルムは迷うことなく咆吼を上げ、ドラゴンの鼻先を駆け抜ける。ヘルマンの判断に信を置いているからこその無茶だ。迸る業火を川縁の段差に飛び込んで避けたヴィルヘルムは、他のドラグナーの援護を受けながら指示された位置まで火竜を誘い寄せる。
「我らはもはや人々の瞳に映らず、讃えられる事もない御伽の物語だ」
 弓が放たれ、今や地上からは失われたゼウスの雷撃が竜を撃つ。怒りの咆吼と共に振り下ろされた爪をすんでのところで避けたヴィルヘルムが間合いをあける。追撃する代わりに火竜が唸り、喉の奥から沸き上がる炎がちろちろと揺れ、広範囲を焼け野原へと変えるだけの威力を持つ炎の吐息が迸る。だが、樫の大木すら炭に変える業火は痩せた老人のコートに焦げ目をつけたのみ。
「だが私は知っている。我らを語り継ぐ、地上の子らを。ならば、彼らに語り継がれるに足る、相応しい英雄たらんとするのは至極当然ではないかね?」
 レジストファイアの魔法で守られたヘルマンの杖がくるりと円を描き、サーペントの装飾が施された杖に氷雪が踊る。
「世界は変わった。この舞台に君は必要ない。ご退場願おう、古き竜」


◆デジマにて
「――こうして、ドラグナーは悲しい出来事から人々を救い、空に帰って行きました」
 鮮やかな紅の大傘が作る日陰の下、茶屋の長椅子に腰を下ろしたパシフローラは結びの言葉を口にする。
「めでたし、めでたし」
 見慣れない松の木、南アルメリアほどではないがむっとする湿気、ゆっくりと離れていく三本マストの大型帆船‥‥ナガサキのデジマは、鎖国体制をとるグリーヴァにおいて数少ない外への窓口だ。
 ユーロを離れてからもう随分経つ。着物を身につけた子供たちもずいぶん成長した。グリーヴァにユーロの薬学を伝える傍ら、彼女は子供たちにかつての記録を物語として伝えてきた。嬉しかったこと、悲しかったこと、喜劇、悲劇、そして愛の物語――
 領事館から出てきたレイナスが、助手になにかを指示しながら歩いてくる。
「パシフローラ、本土に足を伸ばすことになるかもしれません。自由に歩くことはできないでしょうが」
「ええ、準備はできています」
 グリーヴァの高名な大名が床に伏せっていることは秘密ではない。ひょっとしたらとは考えていたが、藁にも縋りたいのだろう。身分を隠しての旅になるだろうが‥‥こっそりと誰かを助ける、そんな状況に昔を思い出す。天の島から地上の悲劇を救うために奔走していた、世界からは忘れられても失われない懐かしい時を。
「‥‥お母さん、ドラグナーは今もいるの?」
「でも、これはお話でしょう?」
 お話に夢中な娘と違い、息子は物語を一歩引いたところから眺めている節がある。そんなところも研究者肌の父に似たのかもしれない。パシフローラはそっと息子の髪を指で梳く。
「そうね、目には見えないかもしれないわ」
「それでも」
 レイナスが息子の言葉に不満そうな娘の手を取る。
「きっと世界のどこかで、ドラグナーは今も見守っています」
 息子がぱちぱちと目を瞬かせ、手の甲でごしごしと目をこする。今、確かに見えた気がしたのだ。母の背に燃えさかる炎が鳥の姿を取ったようななにかが。父の傍らに、翼を生やした白馬の姿が。ほんの一瞬、幻のように。
 どれだけ目を凝らしても、見えるのは優しい両親と青い空を舞うカモメの姿、鱗のように割れた樹皮を持つ松の木ばかり。
 だが、少年は我が目を疑わなかった。それは、確かに存在したのだと。
 ――後に少年はグリーヴァの神変怪異を蒐集し、世界から隔絶した国にわだかまる闇を覗き、夜に遊ぶ妖異怪異を想い描き、物語を紡ぐ父とはまた違った研究者にして作家となるが、それはまた別な物語である。


◆それは続く物語
 それは、夢のようだった悲しみを防ぐ戦いの軌跡。
 身に宿った精霊の加護、強い絆で結ばれた仲間たち。恐ろしい怪物やドラゴン。困難に立ち向かい、勝利し、時には苦い敗北も味わった。
 人を害するモンスターやデュルガー、歴史には残らない人々の悲しみ、大きな諍いや小さなケンカ。そんなものをなんとかしようと駆け回り、めでたしめでたしで終わる物語。

 たとえ遠く離れたとしても。たとえ歩む時間を共にできないとしても。
 あなたたちの前途に、女神の祝福がありますように。